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辿り着く者たち


2週目の火曜日の朝――
近衛木乃香が、目を覚ました。

先週の土曜からだから、ほぼ3日間眠っていたことになる。
その間ずっと枕元につきそっていた桜咲刹那。病院に泊り込んでいた刹那。
彼女は、木乃香が目を開けたその瞬間にも、木乃香のすぐ傍にいた。
「…………あー」
「ッ!? こ、このちゃんッ!?」
「……ここ、どこ……? うち、何してるん……?」
「このちゃんッ! 大丈夫ッ!?」
「……? 誰ー? ……まあええわ。せっちゃん、どこにおるか知らん?」

……この一言が、全てを意味していた。
やがて医師が呼ばれ、目を覚ました木乃香が調べられ、問診を重ねられ……
そして、医師たちは、聞いたこともない珍しい症例に、頭を抱える。
「どうなってしまったんです、お嬢様はッ!?」
「我々も、こんな症例聞いたこともないんだがね……
 おそらくは高次脳機能障害による相貌失認、ということになるのだろうが」
現代医学でも未だ完全には解明されていない、人間の脳機能。
特にその、高次の複雑な機能が侵される障害。
その症状は多岐に渡り、また本人も周囲も気付きにくい障害は多い。
「相貌失認」もまたその症状の1つだが、しかしこんなピンポイントにはっきり出るとは……。

目が覚めた木乃香は、人間の見分けがつかなくなっていた。
相手の顔の特徴を認識し記憶と照合し、目の前の相手が誰かを判断する能力を失っていた。
良く見知った知り合いに会っても、それが誰だか分からない。初対面の他人にしか思えない。
他にも軽い健忘や視覚失認も見られたが、しかし……。



別の病室では――
長谷川千雨もまた、木乃香とほぼ同時期に目を覚ましていた。
一報を聞きつけ、かけつけた綾瀬夕映が面会する。

「……千雨さん、」
「? 『ちさめ』って誰のことかな、ゆえっちー」
「?!」
「私の名前は『ちう』だぴょん♪ で、ちうに何か用かなー?」
「千雨、さん……!?」

いつも不機嫌そうな様子だった千雨とは180度違う、能天気で突き抜けた陽気な人格。
木乃香の時と同様、あるいはそれ以上にありえぬ症状に、頭を抱える担当医たち。
これもまた高次脳機能障害、ということになるのだろうか。
確かに、性格や行動の急変というのは良く知られた症状の1つではある。
けれどここまで極端な例はそうそうない。自己認識上の名前すら変化するとは。
まるで二重人格の知られざる人格が登場して、それがそのまま固定化したような雰囲気。
軽い健忘の症状もあって、事件前後のことは覚えていない様子。

木乃香の異常も、千雨の異常も――やはり、木乃香の使ったあの『禁呪』が原因だった。
普通では絶対にありえない、『ダメージの分配』。不安定な魔法。
2人はそれぞれに、再び目覚めるだけの回復を遂げることができたが……
その脳が受けたダメージは、深刻だった。深刻かつ、通常ではありえない形だった。
加えて、木乃香には現代医学が把握した症状に加え、大幅な魔力の低下も見られて。

魔法使いの才能を失い、親しい人々をそうと見分ける能力を失った木乃香。
人格が崩壊し、別人と化した千雨。
2人の受けたダメージは、ある意味『精神的な死』と言って過言ではないものだった。
……周囲や本人がそのことを完全に認識するには、今しばらくの時間が必要なようだったが。



……放課後。
ノートPCを小脇に抱え、図書館島にやってきた夕映は、本棚の前で意外な人物に出くわした。

「あれ? ゆえっちも調べ物?」
「朝倉さん……?」
まさに夕映が調べようと思っていた、『学園史編纂室』の会誌が並ぶ本棚の前。
麻帆良パパラッチの異名を取るジャーナリスト・朝倉和美が会誌のページをめくっていた。
「珍しいですね、こんなところで」
「そっちも珍しいじゃん、パソコン持ち歩いてるなんて。今日は本屋ちゃんのことはいいの?」
「これは千雨さんのものです。のどかについては、気にはなりますが後回しです」
「そっか」
しばしの沈黙。夕映は弱小サークルである学園史編纂室の会誌を、順に追っていく。
……どうやら夕映が用事がある一冊は、今まさに和美がめくっている一冊のようだ。
「……ん~、やっぱわかんね。『事件』ってのはコレのことだと思うんだけどさぁ」
「何を調べているのです?」
「いやね、さよちゃんが言ってたことなんだけど……」

「ゆえっち、『笑う人魚』って知ってる?」

「…………」
「なんか、15年前の事件と関係があるみたいなんだけど。調べても何も見つかんないんだよねー」
「それでしたら……」
夕映は手にしていたノートPCを起動させる。千雨から聞き出したパスワードで、ファイルを開く。
「『にんぎょ』というのは知りませんが、『笑う人形』なら。時期も丁度、15年前です。
 千雨さんが襲われる直前、調べてまとめかけていた私的なレポートの中に、この通り」
「…………ッ!」
2人は顔を見合わせる。
合致する時期。合致するキーワード。異なる場所から出てきた情報。
探求者2人が、それぞれ真実の断片を携えて、ここに遭遇する――



夕方の寮の廊下を、素っ裸のアキラが駆けていく。
感情のない目でその姿を見送る茶々丸。その頭上で小さく笑うチャチャゼロ。
2人はそのまま寮の廊下を進んで、とある一室を訪ねる。

「はーい、どなたですかー、って……!」
「ケケケッ。連絡ネェカラ、コッチカラ来テヤッタゼ」
「……ッ!」
葉加瀬聡美の私室。そこに無遠慮に踏み込み、後ろ手に戸を閉める茶々丸。
機械の腕を外した痛々しい姿で、聡美は彼女たちに怯える。
「ほ、報告は、もうちょっとしたらこちらからするつもりでしたー。遅れてごめんなさいですー。
 既に『仕掛け』は完成してますー。あとは茶々丸の側の発信機の改造だけですかねー」
「ケケケッ。ナラ、サッサト始メテクレ。コノ場デ出来ルンダロ?」
「は、はい~ッ」
何やらゼロの命令で動いていたらしい聡美。
彼女は工具を取り出し、作業を開始する。途中で不自由に気付き、慌てて義手をつける。
カチャカチャと作業を進めていく……

コンコン。ガチャッ。
「おーい、ハカセ。ちょっと聞きたいんだけどさー」
無造作に部屋に入って来たのは、これまた意外な人物。
早乙女ハルナ。図書館探検部の一員にして中学生離れした画力を持つマンガ家。
同じ3-Aの生徒ではあるが、聡美とはほとんど接点のない人間である。
彼女はしかし馴れ馴れしくも部屋に入ってきてから、笑顔で謝る。
「ありゃ、取り込み中だったかな?
 ゴメンゴメン。いやちょっと聞きたいことがあってさー」



「な……何でしょう?!」
「ハカセのその腕の怪我だけど……本当のとこ、どうなわけ?
 『実験中の事故』とか言ってたけど、本当に事故だったの?」
「は? あの、その、何でまたそんなこと……!?」
単刀直入なハルナの質問。
耳のハッチを開けたままの茶々丸と、壁際に座らされた格好のゼロにも、緊張が走る。
その2人の存在を意識しつつ、聡美はしどろもどろに誤魔化そうとする。
「いや、その、本当に事故なんですけどー」
「ふぅん……。その事故さ、人為的な事件だった可能性ってないの?
 誰かが機械に細工してたとか、そーゆー可能性って」
「はえッ?! いや、そ、そんなことないと思いますー。完全に私のミスですー」
必死に否定する聡美。
ハルナはそんな聡美を、眼鏡の奥からじいっ、と観察して。

「……うん、分かった。ごめんねハカセ、急に押しかけて、変なこと聞いちゃって」
「い、いや、それはいいんですけどー。何で私に、そんなこと……」
「ああ、ちょっと『ある可能性』に気付いちゃってさ」
来た時と同様、さっさと立ち去ろうとしたハルナは、戸口のところで振り返って聡美に微笑む。

「ひょっとしたら、例の一連の事件の被害者、実はもっと多いのかもしれないな、と思ってさ。
 ここ一週間くらい、変になった子多いじゃん。裕奈とか、のどかとか、チアの3人とか」
「……!」
「で、ハカセにもちょっと聞いてみようと思ってさ。でも違うならいいんだ。
 じゃ、また明日~」

閉ざされる扉。沈黙の戻る室内。



「……どどどど、どうしましょうゼロさん~! わ、わ、私……ッ!」
「落チ着ケヨ。コノ程度ジャ何モ心配スルコトネーッテ」

明らかに不審を抱かれたに違いない聡美。ウソのつけない性格。
ゼロを気にして大いに動揺する聡美だったが、当のゼロは軽く笑い飛ばす。
笑い飛ばしながら……しかし、しっかりと現在の危機について認識していた。

普段はふざけているくせに、イザというときには無類の勘の良さを発揮するハルナ。
彼女は鋭敏な直感力と旺盛な行動力を活かして、一歩ずつ真相へと迫りつつあった。
そして真相に到達した時、それは彼女の噂拡大能力によって誰もが知るものとなるだろう。
――危険だ。コイツは危険だ。放置しておいていい相手ではない。
どうやらまだ、茶々丸やゼロへの疑いには至っていないようだが……
この調子では、いつ彼女たちの所まで到達しないとも限らない。

「ケケケッ。不安ノ芽ハ、サッサト摘ミ取ッテオクニ限ルゼ。
 早速、潰シテオクゼ。ケケケッ!」

ゼロは覚悟を決める。
暇つぶしでも歪んだ楽しみのためでもない。
自衛のために、刃を振るってハルナを潰すのだと。
待ち構え好機を見て襲うのではなく、危険を冒してでもできるだけ速やかに潰すのだと……!

 16th TARGET  →  出席番号14番 早乙女ハルナ