MAGISTER NEGI MAGI from Hell

鳴滝姉妹編―第二話―

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日が暮れる頃から、寮の中は騒がしくなった。
普段なら遅くまで部活動などに励んでいる生徒たちも、皆揃って帰ってきているのだ。
大浴場などはいつもより早く混み始め、食堂などにもヒマを持て余した生徒が溢れる。
3-Aだけでなく、念のため女子中等部全体に出された『夜間外出禁止令』は、かなりの影響を出していた。

そんな中、寮の屋根の上に立つ人影が1つ。
忍装束に身を包んだ、長瀬楓だった。
彼女の視線が、寮から出て行く1人の女生徒に向けられる。
「……なるほど、魔法先生たちが護衛するでござるか。考えたでござるな」
どうやら工学部の研究棟に向かうらしい葉加瀬聡美。その後方、彼女に気付かれないよう後を追う影。
おそらく気配を消す術か何かを使っているのだろう、聡美はその「密かな護衛」に気付かないようだったが。
彼らがついているなら、まあ安心だろう。
楓は「外出時に許可を申請させた」先生たちの意図を理解し、目を細めて何度も頷く。
「拙者がフォローせねばならぬことは、なかったでござるかな? 週末の罪滅ぼしをしたかったでござるが」

実は楓は、魔法先生たちの護衛のシフトなどには、組み込まれていない。
刹那やネギなど、魔法先生たちと繋がりのある知人から情報を得て、独自に活動していたのだ。
まあそれらの動きも全て、魔法先生たちの努力と同様、空振りに終っていたわけだが……。

特に楓を苦しめていたのは、土日の間に出た被害について、である。
ネギがエヴァの所で修行に没頭していたように、楓もまた、己の無力さを痛感し、山に篭っていたのだ。
そしてその間に出たいくつかの被害。美空や真名、小太郎のような「力あるもの」たちの敗北。
もし楓が居たところで何か出来たとも思わないが、しかし。
「コタロー、お主ほどの者が、何故……」
全身バラバラに刻まれていたコタロー。将来を期待していた少年の早すぎる死に、楓は唇を噛む。



と――
屋根の上に佇む楓の感覚が、何かの接近を捕らえる。
忍びの鋭敏な感覚を駆使するまでもない。派手に炎を噴き、ふわりと浮き上がってきた人物。
「……ここにいましたか、長瀬さん」
「これは茶々丸殿。拙者に何か用かな?」
思わぬ来客に、目を細める楓。
そもそも茶々丸は寮に住んでいるわけではない。彼女が住んでいるのは、エヴァの家だ。
学校でも普通に会えるというのに、わざわざやってくるとはどういうことなのか。
屋根の上に降り立った茶々丸は、しかし何か迷っているようで。
「…………」
「黙っていては、分からぬよ。思うに、相談か何かがあるのでござろう?
 どれだけ力になれるかは分からぬが、この場でよければ話を聞くでござるよ」
もじもじする茶々丸に、助け舟を出す楓。
やがて茶々丸を意を決したように真剣な、無表情な顔になると、楓の顔をしっかと見つめる。
「……自分がどうするべきか、最適解が見つかりません。参考になる意見が必要です。
 様々な条件を照らし合わせた結果、長瀬さんが最も相応しい相談相手と思われました」
「ふむ。して、悩みとは」
「昨夜――犬上小太郎さんが命を落とされた現場に、私も居合わせていました。
 龍宮真名さんは、プロフェッショナルとして沈黙を守って下さったようですが」
「…………!!」
楓の目が、さらに細められる。僅かに開かれた片目が、鋭く茶々丸を射抜く。
「それは――もっと詳しく聞かせて欲しいでござるな?」



「ウヒヒ。よし、誰も居ない。今のうちに……」
「や、やめるですお姉ちゃ~ん!」
寮の裏手、あまり知られていない、普段なら住人も近づきもしないような非常口の1つで。
小さな影が2つ、何やら小声で囁きあっていた。
それはもちろん、鳴滝風香と、鳴滝史伽の2人。

子供っぽく悪戯好きの2人。いつも明るく陽気な2人。
――そんな彼女たちも、繰り返される事件に神経をすり減らしていた。
変わっていくクラスの空気、暗くなっていくクラスの空気に、息苦しさを感じていた。
特に彼女たちに衝撃だったのは、頑張って開いた亜子退院記念パーティの空振り。
少しでもいつものクラスの明るさが戻ってくれれば、と願っていたのに――

そんな中、姉はなおも、無理矢理にあの明るさに戻ろうとした。
そんな中、妹は諦め、現実的な危機回避を第一にしようとした。
止められても賛同者が誰も出なくても、なお推し進めようとした風香の「度胸試し」。
ほとんど意固地とも言える風香の態度には、実は彼女なりに必死な無意識の想いがある。
自らの半身、本当にヤバい時にはブレーキをかける役でもある史伽の声も、かえって反発しか生まず。

「とにかく、僕は行くからね! 臆病者の史伽は、1人で残ってりゃいいんだ!」
「もうッ、知らないですからね! お姉ちゃんなんか、1人で襲われちゃえばいいんです!」
とうとう、史伽も堪忍袋の緒を切らし、ぷいッとそっぽを向く。
史伽を挑発することで同行させようとしていた風香も、もはや引っ込みがつかない。
こちらもぷいッとそっぽを向き、ずかずかと、足音も荒く寮の裏庭を抜けて出て行って……
暗い非常口、後には、史伽1人が残された。
小さく溜息をつく史伽。そんな2人を、こっそり見ている邪悪な影が1つ……!



「……ふむ。それは確かに大変なことでござるなぁ」
茶々丸の告白に、楓は悩みこむ。
エヴァの潔白のために、巡回中の真名と小太郎を支援しようとしたという茶々丸。
彼女が交わした契約と、彼女が良かれと思って持ってきた銃。そしてその銃の爆発と、犯人の逃走。
茶々丸の言葉が真実なら、確かにネギたち魔法先生には相談できまい。
ネギ1人ならともかく、魔法先生たちは完全に茶々丸を、ひいてはエヴァへの疑いを固めてしまう。
犯人側にとって都合の良すぎる銃の爆発と、それを予見したかのような契約内容のために。
普段の茶々丸の真面目さを知る楓たちクラスメイトなら、そんなはずがないと考えるところだが。
「しかし、それだけのケガをしておいて沈黙を守るとは、流石は真名殿」
「ええ……私も、魔法先生側に知られることは覚悟していたのですが」
だが真名が沈黙を守ったことで、茶々丸は困ってしまったという。
今さら名乗りでるわけにも行かない。名乗り出たところで、真名の証言に追加することもないだろう。
だが果たして、このまま黙っていていいものだろうか。
「2人がかりで敵わなかったのではなく、茶々丸殿も加わっての敗北、でござるからな。
 魔法先生たちが、犯人の強さを勘違いする恐れもあるでござる」
「はい。私もそれが心配です。
 マスターにも無断で行動していたため、マスターに相談するのも躊躇われます」
「それで、拙者か」
魔法使いたちの裏事情を知っており、エヴァを敵視しておらず、魔法先生たちに直接協力してもいない。
確かにこのような立場の楓は、他には無い相談相手である。
相談相手ではあるが……楓としても、すぐに妙案が出てくるはずもない。
茶々丸の立場も考え、どうするのが最善か、考え込む。

楓は、気付かない。
茶々丸が嘘を言っている可能性を。真実の一部を意図的に伏せている可能性を。
そして「秘密の共有」を強いることで、楓を茶々丸の「味方」にしようとしていることなど、気付くはずもない。
茶々丸は本来、そんな交渉や駆け引きをやる者ではない。エヴァも、こんな搦め手は使わない。
茶々丸の後ろに性格の悪い黒幕が居て全ての絵を描いていることには、気付かない。



と、突然。楓の眉が、ピクリと動く。
「どうなさいました、長瀬さん?」
「今、何か、どこかから声が……!」
言いかけて、楓は気付く。
夜風に乗って届く、微かな血の臭い。
彼女は急いで身を翻す。屋根の上を走り寮の裏手へと急ぐ。
「長瀬さん!?」
「話は後でござる! 次の事件やもしれぬ!」
後ろから呼びかける茶々丸に、楓は振り返りもせずに叫び捨てる。後を追う茶々丸。
そして……。

……寮の裏手、非常口の前に、血まみれの少女が2人、転がっていた。
姉が心配で、非常口の所で待ち続けていた妹。
妹が心配で、途中ですぐに引き返してきた姉。
2人がバツの悪い対面をしたその瞬間――2人は揃って、小さな怪人に襲われた。
宙を舞うワイヤーに首を絞められ、悲鳴1つ上げる余地もなく、気を失った。
そして意識を失った双子に加えられた、刃の攻撃。ただ痛めつけるためだけの攻撃。
楓が聞きつけたのは、意識を失ったまま漏れた呻き声。嗅ぎ取ったのは、その血飛沫。

楓の目の前に、2人の少女が仲良く並んで横たわっていた。
風香の右目は、潰されている。史伽の左目は、潰されている。
風香の左耳は、斬り落とされている。風香の右耳は、斬り落とされている。
風香の右手は、肩から斬り落とされている。史伽の左手は、肩から斬り落とされている。
風香の左足は、太腿から斬り落とされている。史伽の右足は、太腿から切り落とされている。

2人合わせてようやく両の目と耳、手足が揃うような、2人の傷。
血まみれの2人は、しかし微かな微笑を浮かべたまま、それぞれ無事な手を繋ぎあって。
「……風香ッ! 史伽ッ!」
楓の悲鳴。しかし瀕死の2人に、その呼びかけは届かずに。



――ごめん、史伽。僕が意地を張ったりしたから
――ううん、いいんです、お姉ちゃん。
切り刻まれながら、なおも赦しあう姉妹。朦朧とした意識の下、互いの手を握り合う。
2人の間に、言葉は必要なかった。すぐに、互いの意志を察っすることができた。
2人はいつも一緒。時にケンカや仲違いをしても、彼女たちは常に一緒。
襲撃者は、忌々しげに舌打ちする。あの耳障りな笑い声は、漏れ出さない。
苛立ちにまかせ、2人の身体を刻んでいく。
とうとう、それぞれの腕1本、足1本を刻みきって、ゼロは呟く。
「……ケッ。オ前ラハ、2人合ワセテ ヨウヤク1人前ナンダヨ」
そしてゼロは逃げる。楓と茶々丸の接近を察して逃げる。

ゼロが本当に裂きたかったのは、2人の仲。
互いに罵りあい傷つけあい、責任を押し付けあう姿が見たかったのに。
「お前のせいだ」「お姉ちゃんのせいです」と言い合う姿が見たかったのに。
身体こそ散々に痛めつけたものの、ゼロは微妙な敗北感を味わう。
少しずつ、何かが上手く行かなくなりつつある。
「ケケケッ。マア、たーげっとハコイツラダケジャネーシナ。次行コウ、次」
ゼロは頭を切り替える。次なる目標に狙いを定める――。


――夜が明ける。
寮の屋根の上には、再び楓と茶々丸の姿。
風香と史伽を発見し、止血をし、人を呼び、病院に収容して――
姉妹の緊急手術が無事に終ったのを見届け、戻ってきた2人。
姉妹の病室に留まっているべきだったのかもしれないが、しかし。
「……茶々丸殿が見たという、犯人でござるが」
「はい」
「失礼を承知で、あえて聞きたい。
 エヴァ殿の従者が1人、チャチャゼロ殿が犯人である可能性は、無いのかな?」



子供あるいはそれ以下の小柄な体格。刃物を使う手口。
魔法先生たちの内情に通じているとも思われる作戦に、優れた戦闘力。
……楓はゼロの戦闘を直接見たことは無かったが、しかし刃物を持ち歩く姿は見ている。
魔力不足でロクに動けないとは聞いてはいたが、しかし「あの」エヴァの従者だ。弱いはずがない。
薄目を開けて茶々丸を睨む楓の視線に、茶々丸は。
「それはない、と断言します。
 真名さんと小太郎さんの事件の時ではありませんが、別の事件の際、姉にはアリバイがあります」
「アリバイ、か」
「もっとも、そのアリバイも私が証言できるというだけです。証拠能力はあまりありません。
 何となれば画像データとして出力も可能ですが、改竄も容易な電子データですから……」
「疑いを払拭するには足りぬ、と……。あい分かった、拙者が悪かった」

明け広げに語る茶々丸の姿に、楓は自らの仮説を放棄する。
あの茶々丸がこうまで言うのだ、その証言には間違いあるまい。楓はそう考える。
元より言ってみただけの話だ。まだチャチャゼロ1人に疑いを固めたわけでもない。
そんな楓に対し、茶々丸は、最後に一言、言い添えた。

「私の言葉を信用するのなら、姉についても、信用してください。
 姉を疑うというのなら――私をも、疑う必要があります」

無表情の茶々丸。朝日に照らされた横顔。
今の茶々丸には、これが精一杯。ゼロに魂を拘束された茶々丸が言えるのは、これが精一杯――

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