MAGISTER NEGI MAGI from Hell

鳴滝姉妹編―第一話―

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2人はいつも


――事態は、どんどん悪化していた。
この1週間、連続して起こった、3-A女子生徒連続暴行事件。及び、巡回中の魔法使いへの攻撃。
現時点で魔法先生たちが把握しているだけで、直接の被害者が8人。うち、死者2名。
木乃香のような間接的な影響(と魔法先生たちは思っている)を加えれば、さらに人数は増える。

「さらに、昨日の朝から、ガンドルフィーニ先生の行方が分からなくなっている。
 魔法も使って探してみたのだけど、気配すら掴めなくてね」
「事件とは無関係に、麻帆良を離れられただけなのではないですか?
 あるいは巡回や事件が嫌になって、逃げ出したとか……」
「いや、それはない。彼には妻も子もいる。あの愛妻家が家族を置いて逃げ出すことは、ありえないよ。
 念のため、奥さんにも話を聞いたのだがね。
 日曜の朝は学校に溜まっている仕事があると言って出て行ったきり、音信不通だそうだ」
「…………」

麻帆良学園の、学園長室。
学園長不在のこの部屋に集まっていたのは、魔法先生たちだった。
教授。刀子。瀬流彦。弐集院。シスター・シャークティ。黒スーツにサングラスの2人。そして、ネギ。
「学園長の調子は?」
「ここに来る前に病院に寄ってきましたが、かなり弱られているようです。
 特にお孫さんの事件が相当応えられたようで……。
 学園長も、まだまだ魔力は衰えないとはいえ、もうかなりの高齢ですし」
「高畑君は?」
「タカミチさんは連絡取れませんね。向こうも大変なことになっているようですから。
 先週の金曜に国際電話で話した時は、早めに切り上げて帰りたいと言ってたんですが……」
教授の問いかけに、刀子と瀬流彦がそれぞれ答える。部屋の空気が、さらに重くなる。



体調を崩して入院中の学園長と、海外出張中にトラブルに巻き込まれたらしいタカミチ。
学園最強の魔法使い2人を実質欠いた状態の魔法先生たち。
彼らは、もはやこの事態が自分たちの手に負えないことを認めざるを得ない。
特に、龍宮真名と犬上小太郎の2人が返り討ちにあったという事実は、彼らの絶望を深くしていた。
戦闘力に限れば、ひょっとすると魔法先生たちをも上回る彼ら。
生き残った真名の証言から、ある程度敵の手口も分かってきてはいたが……しかし、それにしても。

「……死亡した犬上小太郎は、どう処分します?」
「ココネ君と同じく、一般生徒には死亡の事実は告げられないだろう。
 表向きは『失踪』ということになってもらうしかないね。申し訳ないが、彼には家族もいないことだし。
 シスター・シャークティ、辛いとは思うが、丁重に葬ってあげて下さい」
「……はい」
暗い顔で頷くシスター。彼女はつい昨日もココネの密葬を行ったばかり。
自分の直属の部下に続き、同じように未来ある子供を、こんな形で、続けざまに……。

その隣では、子供先生・ネギが、拳を震わせていた。
真っ赤に泣きはらした目。昨夜小太郎の無惨な遺体と直面し、号泣しながら明けた朝。
一晩泣き通して涙は枯れ果てていたが、犯人への怒り、そして自分の無力さへの怒りは未だ収まらない。

そんな彼を見ながら、教授は小さく溜息をつく。
これから告げる作戦変更に、彼は一体どんな顔をするのだろうか。
できれば教授自身、こんな方法は取りたくない。一種の賭けでもある。
しかし、この低下した戦力と、敵の手強さ・敵の悪質さを考えると――

「ネギ君、済まないがね。今日から少し、やりかたを変えてみようと思うんだ。
 それで、ものは相談なんだが――」



「――ネギ先生が、担任を外れる!?」
月曜日の午前中。休講の後に登場した瀬流彦先生の言葉に、3-Aの一同は一斉に声を上げた。
教壇の上には、申し訳なさそうに頭を掻く優男の姿。
「あー、ここ一連の事件で、彼にも少し休息が必要だろう、と判断されてね。しばらく休職されるんだ。
 で、あくまで一時的な処分だけど、彼が離れている間、ボクがA組の担任も兼任することになった。
 みんな、短い間だとは思うけど……よろしくね♪」

ネギと3-Aを、試験的に切り離してみる――これが、教授の案だった。
何故かこのクラスにだけ集中する被害。他のクラスや学校には一切出ない被害。
事件に積極的に関わった美空や真名は除外するにしても、これは明らかに不自然だった。
何か、3-Aが狙い撃ちにされる理由があるに、違いなかった。
そして――最も疑われたのが、ネギの存在。「ネギが受け持つクラスである」という理由。
修学旅行で買った恨みの延長か、それともサウザンドマスターの息子という理由なのか。
3-Aにはエヴァンジェリンや木乃香など、トラブルの種になりうる存在は他にも居たのだが。
まずは一旦ネギをクラスから引き離し、様子を見てみようという作戦。
「それにネギ君――君には、本当に休息が必要だ。傍から見ても尋常な顔色ではないよ。
 先生の仕事に加え、夜中の巡回に日々の修行。そのままでは、敵を見つける前に君が参ってしまう」
教授の細い目が、眼鏡越しにネギを射抜く。鋭い視線が、ネギの反論を封じてしまう。
何事にも手を抜けぬネギ。思いつめやすい性格のネギ。どうみても、彼はオーバーワーク気味だった。
実際、彼がいくつもの重要な手がかりを見過ごしていたのも、この過労による思考力低下によるもの。
教授でなくとも、この10歳の少年に休みを与えねば、と判断したことだろう。
そして、ネギをクラスから外すだけでなく、教授はさらに……。

「それから――」
ざわめくクラスの面々に向け、瀬流彦の言葉は続く。
「一連の事件を受け、女子中等部では『夜間外出禁止令』が出されることになった。
 日没後、寮から出る用事がある時は届け出るように。許可なく1人で出歩かないように――」



夜間外出禁止令。
これまでの事件は、全て寮の外、日が暮れてからに集中している。
少なくとも魔法先生たちが「事件」として認識できているものは、この状況に限られている。
ならば、その状況の目を摘んでしまえばいい。そう考えたのだ。
既に夜間の外出を控えている生徒も居るようだが、全員が外出しなければ、被害も出ないのではないか。
生徒が襲われる状況を作らないことで、襲撃自体を防止しようという発想である。

それでもなお、何らかの事情で出歩かなければならない者には、事前に届出をさせておく。
こうすれば、魔法先生たちが陰から護衛することができる。
生徒自身には気付かれないよう、その背中を守り、万が一の時には守ることができる。
夜間動き回る生徒の数を減らし、その動向を把握していれば、広範囲の巡回をせずとも守りきれる――

逆に言えばこれは、今までの夜間巡回をすっぱり諦める作戦でもあった。
今まで被害が出ていない、麻帆良学園女子中等部以外については、もう最初から無駄な力を割かない。
他校の生徒が無防備に襲われる危険は除外しきれなかったが、しかしこの作戦に賭けるしかない。
もはや魔法先生たちの人数も力も、全てのフォローは到底無理なのだ。

そんなわけで――
ネギの休職と、夜間の行動の不自由を一遍に知らされた3-Aは、ちょっとした騒ぎになった。
……けれど、クラスの半分ほどは心身を病んでいて。一番騒ぐであろう雪広あやかは、未だ入院中。
せいぜい、「ちょっとした騒ぎ」で、収まってしまった。
新田先生が隣のクラスから飛んでくるようないつもの「大きな騒ぎ」に発展することなく、終ってしまった。
明らかにクラスは精彩を欠いていた。活力を失っていた。普通ではなかった。

そんな中――未だに普段の調子を崩さない小さな影が2つ。いや1つ。
「ウヒヒヒッ。ダメって言われると、意味もなくやりたくなっちゃうよねー?」
「だ、だめですよお姉ちゃ~ん! ホントにホントに危険なんですから~!」



禁じられると、かえってやりたくなってしまうもの――
鳴滝風香の言葉は、ある意味で人間心理の真実を突いたものではある。
ただ、妹の史伽が言う通り、普通はこんな状況でそんな無茶はしない。
現実に危険が迫っているのである。リアルに犠牲者が出ているのである。
しかし、風香はまるで深刻に考えてはいないようで。
「寮の近くなら大丈夫だってば。森の方とか行かなきゃさ」
「で、でも、センセーがダメだって……」
「瀬流彦なんかネギ君よりも怖くないって。度胸試しだよ、度胸試し!」
そう、風香の言う通り、一般の生徒たちは「寮の近くは安全」だと思っていた。
過去に被害が明らかになっている人々は、どれも森や林の中を抜ける道の途中での被害。
寮の裏庭で事件を起こしたチア3人組の例もあるのだが、しかしこれは一般に知られていない。
そして、これが「おばけの仕業」だと思っていれば、双子も怯えたかもしれないが……
一般生徒たちはこの時点でもまだ、変質者のような「ちょっとおかしい人間の仕業」だと思っていた。
魔法先生たちは人外の存在の可能性を考え始めていたが、しかしこれを公にできるはずもない。

「よーし、では早速今夜やるよー! 参加者を募ってー、寮からこっそり抜け出して……」
「――駄目でござるよ、風香殿」
拳を振り上げた風香の頭に、ポンと手が乗せられる。
振り返れば、そこには糸のように細い眼をさらに細めて笑う、長身の女性。
2人の姉貴分、隠れた実力者、長瀬楓だった。
「今は本当に危険でござるからな。迂闊な行動は控えるが吉でござるよ」
1人では姉の暴走を止めきれなかった史伽が、救い主の登場にぱぁぁっと顔を輝かせる。
抗弁する風香、優しく諭す楓。どうもこの調子では、「度胸試し」は行われないかと思われたが……

「ケケケッ。自殺志願者ガ居ルナラ、ソノ期待、応エテヤラネートナァ」
教室の片隅、そんな3人を静かに見ている冷たい視線があった。小さな含み笑い。
絡繰茶々丸。そして、その頭上に今日も乗っていた、悪意の人形・チャチャゼロ……!


 14th TARGET  →  出席番号22番 鳴滝風香 出席番号23番 鳴滝史伽

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