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それから、15年。
相坂さよは誰にも気づかれることなく、年月を過ごした。
かつて彼女の身を心配した霊感持つ親友たちは、「急に消えた」さよを心配しながら卒業していった。
その後に入学してきた生徒たちの中にも、彼女の存在に気付く者はいなかった。
ただ漠然と、「その席に座ると寒気がする」という程度の感触を覚えるだけ。
誰も、さよの姿を見たり、言葉を聞いたりすることはできなかった。

ゼロの呪いの刃に切り刻まれたさよの霊体は、消滅寸前まで痛めつけられていた。
ほぼ全ての力を失い、自分自身の姿を維持できなくなり、記憶の大部分を失い……
ほとんど残留思念のような形になって、彼女はその場に残り続けた。

これが麻帆良学園でなければ、彼女はそう遠くないうちに、本当に消滅していただろう。
元々、肉体無き霊体はダメージの回復が遅い。遅いというより、ほとんど回復しない。
肉体さえあれば、その新陳代謝に合わせ霊的な部分も回復するのだが、霊体にはその肉体がない。
ここまでダメージを受けてしまうと、普通は霊体の回復よりも自然崩壊が先に訪れるものだ。
すなわち、幽霊としての『死』が待っている。

ただ幸運なことに、ここは麻帆良だった。世界樹に抱かれし聖地・麻帆良だった。
年一回、学園祭の時期に満ち溢れる世界樹の魔力。不可能を可能にする不可思議の力。
それが、さよの回復を助けていた。さよの傷を癒していた。
自身も気付かぬうちに、毎年毎年少しずつ、失われた姿と力を取り戻していく彼女。
そして22年に一度の世界樹大発光が巡り来た、この年。
相坂さよは、ほぼ完全に回復を遂げていた。ほとんどのものを取り戻していた。
未だ記憶の一部は戻らなかったが、ようやくにして彼女の傷は癒えていた。
あまりにもゆっくりした回復のペースに、彼女自身、全くそんな自覚は持てなかったのだけれど。
だが……。


「――よちゃん! さよちゃんってば!」
場面戻って、2003年の3-Aの教室。
頭を抱える幽霊の親友・相坂さよに、朝倉和美は必死に呼びかける。
これが普通の人間なら、すぐにでもその身を抱きかかえただろう。その背を撫でさすっただろう。
しかしさよに伸ばした和美の手は空を切って、ただその名を呼びかけることしかできない。

さよの身体が光る。さよの身体が揺らぐ。
15年の時をかけ、やっと取り戻したさよ自身の姿。それが揺らいで、消えようとしている。
自らの身体を抱くようにして苦しむさよの、胸のあたり。
ゆっくりと、傷口が開く。セーラー服が裂け胸の皮膚(?)が裂け、青い光があふれ出す。
まるで古い傷が今になって突然開いてしまったかのように――

あの夜、人形は言った。「忘レロ」と。「俺ノコトヲ思イ出スナ」と。
あの夜、人形は言った。「語ルナ」と。「俺ノコトヲ誰ニモ喋ルナ」と。
あの満月の夜、人形はさよの胸にナイフを深々と突き立て、呪いをかけた。
「オ前ガ約束ヲ破ッタソノ時、コノ傷ハ再ビ開クダロウ」と。

15年越しの呪い。
15年前の満月の夜、ゼロが「条件」を提示しながら刺し入れた最後の1太刀。
思い出してしまったさよの耳に、あの笑い声が聞こえる。耳障りな嘲笑が蘇る。
斬られたことすら忘れていた、遭遇したことすら忘れていた、あの夜の記憶。
それが一気にあふれ出し――同時に、その古傷が開く。
全てに気付いた時には、もう遅い。さよの存在自体が、見る見るうちに失われていく。
この事実を、誰かに伝える間すら与えられない。
……元々、それを意図してのゼロの「呪い」だったわけだが。

「さよちゃん!」
『朝倉さん……たぶん、私、ダメです……』
「だめって、どういうこと!? ちょっと、ねえ!」
胸から血を噴き出すような格好で少しずつ消えていくさよに、和美は大声で叫ぶ。
元々さよを見れない級友たちが、そんな和美を不思議そうに見つめるが、それどころではない。
消えていくさよは、苦しそうな表情の中、それでも懸命に言葉を発する。
和美に対して、それでも伝えねばならない言葉を、必死で口にする。
『15年前……よく似た事件……満月の夜……』
もはやはっきりした文章すら口にできない。ほとんど見えなくなった姿で、さよは最後に、微かな声で。
『大きな、ナイフ……笑う、にんぎょ……』
最後まで言い切ることができず、そして、相坂さよは、それっきり姿を消した。
後には数粒の光の粒が、宙を舞うだけ。
まるで状況を理解できないクラスメイトの視線にも構わず、和美は、やがて大声を上げて、泣き始めた。
訳も分からないまま、恥も外聞もなく、泣きじゃくった。

(朝倉さん……泣かないで……。私は、ここに居ますから……)
誰かが、すぐ傍で呟く。けれど残留思念に過ぎぬその声は、今度こそもう誰の耳にも届かない。
名もなく、姿もなく、力もない、ただ、そこに遺されているだけの、想いの欠片。
「それ」が再び「相坂さよ」の姿まで回復するのに、今度は何年かかるのだろう。何十年かかるのだろう。
「それ」はそして目の前で泣いている彼女の名前さえも思い出せなくなって、やがて考えるのをやめた。
何十年もの間そうしてきたかのように、ただ、そこにいて、皆を見守る存在となった。
居ても居なくても、全く何も変わらない、そんな存在に堕ちた。
どこか遠くで、誰かが笑っている。
穏やかな陽光が、前列窓際の空席を、静かに照らしている……。

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