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――幽霊とは、本来「あってはならぬもの」だ。この世の理に反するモノだ。
魂というものは、肉体と共にあるのが「あるべき姿」。肉体無き精神は、いずれ消滅するのが道理。
その世界そのものの「基本ルール」に反して存在し続けるためには、「拠り所」が要る。
怨念や未練など、この世に留まらねばならない理由。
執着ある物体や場所など、あの世に去るわけにはいかない理由。
それらがあるから、幽霊たちは「こちら側」に留まることができる。
逆に言えば、これらを失えば彼らは「こちら側」に留まる「拠り所」を失い、いずれ消滅する。
いきなり消滅まで行かずとも、やがて自我を失い姿形を失い、「特定人物の幽霊」では居られなくなる。
漠然とした亡霊、悪霊、あるいは残留思念のレベルに堕ち、その存在が根本から変質してしまう。
生前の姿と自意識を残したままこの世に留まり続けるのは、実は非常に難しいことなのだ。

そういう意味では、相坂さよは極めて特殊な「幽霊」である。
己の死を覚えていない。己がこの世に留まる理由も覚えていない。地縛霊にしては、行動範囲が広い。
もうそれだけで、実は幽霊として標準から大きく外れている。
実際、霊能力者にも視認が困難で存在にすら気付かれないというのは、もう「幽霊」ではない。
姿形を持たぬ、残留思念に近い存在だ。
近いのだが――しかし見えないとはいえ、さよは確固たる姿を持つ。確固たる自我を維持している。
相坂さよは、基本的な霊の分類からは大きく外れた存在なのだ。

とはいえ、彼女も最初からこんな珍しい霊だったわけではない。
「あの時」までは、ごく普通の幽霊だったのだ。
霊感少女たちとごく普通に交流し、ごく普通に会話を交わし、色んな意味で「普通の幽霊」だった彼女。
自分がこの世に囚われている理由も自覚していた。自分の死の状況も覚えていた。
――あの、満月の夜。さよとはまた違う意味で、この世の理から外れた怪物と遭遇するまでは。


『ひッ……!』
――満月の下。
血まみれの少女を踏みつけ、血に濡れた凶器を担いで笑う、歪な体型の人形。
さよは、直感する。
「これ」が、犯人だ。一連の事件の、犯人だ。
そして――コイツが次に狙っているのは、間違いない。誰にも触れぬはずの――
『い……いやぁぁぁッ!』
さよは、逃げ出す。
今そこで虫の息になっていた犠牲者を救うためではない。
自分自身が身の危険を感じ、恐怖に駆られてその場を逃げ出す。
既に死んでいる自分が、害を成されるハズなどないのに――

「ケケケッ。ツレナイナ、オイ!」
背後から耳障りな声がかかる。肉の塊を蹴り飛ばし、恐るべきスピードで迫る気配がする。
全速力で宙を飛ぶさよは、振り返り、そして見る。
不気味なほどに開かれきった、人形の目。振り上げられた、巨大な刃。
ぶん、とその大きなナイフが振るわれて――
『ああああああッ!?』
背中に走った熱い感触に、さよは悲鳴を上げる。
……幽霊なのに、熱い?
そう、熱かった。そして痛かった。まるで己の存在そのものがごっそり削られたような感触。
『い……痛い? 痛い! 痛い痛いいたいいたいいたいですッ!!』
「ケケケッ。『死んで』以来、初メテ感ジル痛ミカナ? 貴重ナ体験ダ、ジックリ味ワイナ!」
数十年来感じたことのなかった『痛み』に、さよはその場でのたうちまわる。
さよの背中には、セーラー服もろとも切り裂かれた大きな傷口。
底なしの穴のような傷口から、何やら青白い光のようなモノが、まるで血のように噴出する。
幽霊を構成する非物理的な霊的媒体。それが、さよの存在からこぼれ落ちていく。

肉体のみならず、精神をも切り裂くチャチャゼロの呪いの刃――
それは、亜子のように犠牲者の精神を傷つけるのみならず、霊体に対しても殺傷力を持つ。

裏の世界で様々な敵と対峙してきた、『闇の福音』エヴァンジェリン。
その豊富な経験の中で、彼女は時に、同じく闇に属する者たちとも敵対したことがある。
そんなとき彼女が苦戦したのが、実体を持たないゴーストの類だった。
この手の実体なきアンデットに対しては、聖別した武器や聖なる力を扱う魔法が最も効果的。
しかし自身も吸血鬼であるエヴァに、この手のモノが扱えるハズもない。
そしてこの手の対抗策が封じられれば、下等な亡霊の類であろうとも、実に危険な敵となる。

そこで彼女は、自らの従者にそれらの対処を任せることにした。
聖なる力が使えぬのなら、相手の呪いをも上回るさらに強力な呪いの武器をもってこれを破る。
しかも間違ってもエヴァ自身が呪いに捉われぬよう、エヴァではなく従者に持たせる形で。
ゼロにとっては過酷なこの対策に、しかしゼロは笑って応えた。
「ケケケッ。ソイツハイカニモ『悪』ッテ発想デ良イナ。面白イ、喜ンデ呪ワレテヤルゼ、御主人。
 タダシ――人ヲ呪ワバ、穴2ツ。セイゼイ御主人モ気ヲツケロヨ。ケケケッ」
こうしてゼロのナイフには呪いがかけられ、殺傷力が高められ、霊体への攻撃力を得て。
そのナイフを使いこなすために、ゼロはナイフ格闘術の達人となった。
エヴァの劣化コピーであり時間稼ぎの壁役でしかなかったゼロが、エヴァにはない、確固たる能力を得たのだ――


――満月の下。
さらに数度斬りつけられ、その輪郭すら危うくなった相坂さよ。
もはやのた打ち回る力さえ失い、霊力を失い、幽霊から姿無き残留思念に堕ちる寸前。
彼女を見下ろし、ゼロは笑う。
「……ヘェ、案外丈夫ナ幽霊ダナ。面白イ、コノ場デ滅ボスノハ、勘弁シテヤルゼ。
 ソノ代ワリ……!」
ゼロは呪いの刃を振り上げて、「ある約束」を強要する。呪いを込めて、さよの胸に、その刃を……!