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チャチャゼロ残酷編10  後編

 ヒロシマのニュースを聞いたその時、彼はOh, weh!(ああ、何たることか)と呻いた。

 彼があの時あの手紙にサインをしたのは、ニホンに原爆を落とすためではない。
 ナチスが先に原爆を完成させることを恐れてのこと、だったのに――
 彼の名は、アルベルト・アインシュタイン。
 質量がエネルギーそのものに変換しうることを初めて世に示した人物。
 舌を出したおどけた表情の写真で有名だが、しかしあの表情は普段の彼のモノではない。
 たった1度きり、誕生日にしつこく言葉を求めた記者たちに対して向けた、珍しい表情。
 本当の彼は、ヒロシマとナガサキの爆発に心痛め、平和運動に力を注ぐ真面目な人物。
 科学の発達が必ずしも人類の幸せとはならぬことを、最も強烈に自覚した人物の1人。

 彼のその小さな呻き声をもって、科学万能信仰は、トドメを刺されたのだ。一般的には。

 ……そんな彼を胸に抱くには、葉加瀬聡美は少し能天気過ぎたのかもしれない。
 彼の嘆きを理解していれば、こうも無防備に兵器開発などには手を出さなかったろうに。


白衣の合間から、舌を覗かせたアインシュタインが笑う。
巨大なホールのように広く巨大な耐爆実験室。
その中央近くで、聡美は小型端末を片手に、「実験」の準備をしていた。
聡美の頭上には、しがみ付くようにして乗るチャチャゼロの姿。
「はい、では始めますよー。『田中さん』たちは、コッチで大まかな指示出しますねー。
 今回は寸止めでなく完全破壊で。敵チームを抵抗不能にした方の勝利ですー。
 では、『田中さん』vs茶々丸、戦闘開始ー!」
聡美の右の方には、臨戦態勢の茶々丸。左の方には、『田中さん』が5体。
まるで試合のレフリーのように、聡美が手を振り上げて……戦闘は、始まった。


片や、巨漢体型の新型機・T-ANK-α3が5体。片や、女性型で先行試作機である茶々丸。
数でも体格でも新しさでも、一見すると茶々丸の方が不利かと見えたが……
「田中さんビーム、一斉射撃!」
聡美の指示を受け、5体の「田中さん」が破壊的な閃光を口から放つ。
何本ものビームが茶々丸を包み込むように放たれ、上下左右どちらにも避ける余地はない……
……かに見えたが、しかし身をよじるようにして茶々丸は床を蹴る。
ジェット噴射で低空飛行。床と平行に飛ぶことで被弾面積は最小。ビームの嵐の中を潜り抜ける。
そのまま一気に距離を詰める。女性型ならではの、圧倒的な速度の違い。
「田中さん」たちが気付いた時にはもう既に、1体の懐の中。
「…………」
茶々丸は無表情なまま、「田中さん」に拳を叩きこむ。ゼロ距離でのロケットパンチの炸裂。
その硬い装甲を突き破り、茶々丸の拳が「田中さん」の腹部を貫通、1体を破壊する。
開始の合図からまだ数秒も経ってない。
仲間の「死亡」にも動じることなく残る4体の「田中さん」が反撃するが、これも掠りもしない。
また1体、今度は茶々丸の目から出たビームに頭部を貫かれ、機能停止する。

「す、すごい! 速度が格段に上がってます! チャチャゼロさんの予想通り!」
手元の小型端末にリアルタイムで出てくる各種データに、聡美は歓声を上げる。
今回「外してみた」茶々丸の「人命尊重の基本ルール」。
本来は、命に関わるような損傷・障害の残るような損傷を負わせぬための安全装置だったが……
このプログラム、実は戦闘の際にはかなり「邪魔な」ものではあった。
茶々丸の高度な人工知能が出した「行動予定」を常にチェックし、繰り返し再検討を要求する。
結果として反応は一瞬遅れることになる。その一瞬が、達人の世界では勝敗を分ける。
またこのプログラムは相手が「田中さん」のように「人間そっくりなロボット」の時にも邪魔をする。
相手が「人間ではない」と「分かっていても」、何度も再検討せずにはいられないのだ。
元々採算度外視の「茶々丸」と量産性重視の「田中さん」では性能差があったが……
それにしても、である。

「マア、当然ダナ。コレクライ出来ル能力ハ元カラアッタゼ。妙ニ甘イ所モアッタケドヨ」
聡美の頭上で、ゼロは笑う。
笑いながらも、しかし茶々丸の真の性能に、改めて驚かされていた。
武装こそ抑えられているが、下手すれば幻想空間での戦いの時よりもいい動きをしている。
プログラム的に「躊躇」や「罪悪感」に近い要素を「外す」だけで、これだけの怪物に化けるのか。
「……コリャ、魔力戻ラネェ限リ、現実世界ジャコイツニハモウ敵ワネーナァ」
ゼロは内心嘆息する。もう二度と茶々丸があんな隙を見せることはあるまい。
つくづく、あの場で決着がつけられたことに感謝する。
つくづく、あの場で茶々丸を「縛る」ことに成功したこと感謝し、改めてほくそ笑む――

「田中さん、ロケットハンドで捕捉を……ああ、だめですかー」
頭上のチャチャゼロの心も知らず、聡美は「田中さん」たちに指示を飛ばす。
しかしまるで効果がない。茶々丸の強さがケタ違いだ。
ビーム主体の戦い方からロケットパンチ主体に戦闘スタイルを変えるが、まるで捕らえられない。
1体がまた破壊され、残る2体ももうボロボロ。
それぞれ両腕を失った2体の「田中さん」が、軋みを上げて倒れこむ。
まだ完全機能停止とは行かないが、中破状態でとても戦えない状況。茶々丸の勝利だ。
「ここまでですかー。ま、いいデータ取れたから、良しとしましょうかねー。
 あー、茶々丸ー、戦闘モードを終了して……」
「……T-ANK-α3の脅威度、いずれもレベル1に低下。
 引き続き、脅威度が低いと判断し後回しにしていた対象への攻撃に移行します」
「――へ?」
茶々丸の無機質な言葉に、聡美は間抜けな声を上げる。
……次の瞬間、茶々丸の目からビームが放たれ……聡美の手元の小型端末が、貫かれる。
小さな、しかし強烈な爆発。端末を持っていた聡美の左手が、もろともに吹き飛ばされる。


「……え? は!?」
聡美は訳が分からないといった表情で、自分の左手を見つめる。
綺麗に手首から先が失われた左手。飛び散った肉片。メガネや白衣にも、赤い血が飛び散る。
痛みを感じるより先に、混乱が聡美の心を埋め尽くす。
ぼんやりと、「ああ、貴重なデータが入ってたのに……!」などと考える聡美。
まだ、自分が傷つけられたという事実そのものが、認識できない。
「――T-ANK-α3への指令ユニット破壊を確認。脅威度低下。
 しかしまだ抵抗力を残している模様。戦闘を続行します」
「あ――!」
茶々丸の無機質な言葉に、聡美はようやく思い至る。
茶々丸から「外してしまった」人命尊重の上位コマンド。そして、模擬戦開始時の曖昧な指示。
 『『田中さん』たちは、コッチで大まかな指示出しますねー』
 『敵チームを抵抗不能にした方の勝利ですー』
要するに茶々丸は、聡美をも「田中さんチームの一員」「倒すべき対象」と見なしているのだ。
しかも一切の慈悲や躊躇を「外された」、狂った殺人機械の状態で。
聡美の表情に、ようやく恐怖の色が浮かぶ。
「ひッ……! ちょっ、茶々丸、緊急停止! ……って、ああッ!?」
慌てて聡美は茶々丸を止めようとするが……
その、万が一の時は緊急停止もできた小型端末は、既に自分の左手と共に木っ端微塵。
右手で何も無い空中を押す動作をして、初めてその事実に思い至る始末。
今頃になって、ようやく左手の痛みにも気付く。激しい激痛。溢れ出す血。
聡美は、リアルに己の死を直感する。
己が作った「兵器・茶々丸」を、初めて「怖い」と感じる。

核のような大量破壊兵器が、現実問題としての使用がまずありえない現在。
この茶々丸のような限局的な兵器は、世界を変えうる。
初めて聡美は、己が「開発してしまった」兵器の意味を自覚し、恐怖する――
「た、『田中さん』、茶々丸を止めて……! 誰か、誰でもいいから、茶々丸を……!」
「抵抗の意志を確認。攻撃を続行します」
聡美が震える声で呟くが、既に中破状態の「田中さん」に、茶々丸を止める力などありはしない。
そして暴走状態の茶々丸は、その聡美の声さえ聞き逃さない。

茶々丸の目が光る。ビームが放たれる。
咄嗟に聡美は身を捻って避けようとするが、しかし素人の聡美に避けきれる訳が無い。
身体への直撃はなんとか避けたが、またしても左腕をビームが貫く。
今度は上腕。肘と肩の中間あたりを光が貫いて、聡美の細い腕はあっさり千切れ飛ぶ。
手首がない腕が、ボトリと地面に落ちる。
ようやく聡美は、悲鳴を上げた。大きな声を上げた。
「い……いやぁぁぁ! 誰か、誰か助けて……!
 お願いだから、何でもするから、お礼ならするからッ! だから、だから誰か、誰かッ……!」
聡美は半狂乱になって叫ぶ。
腰を抜かしその場に尻餅をつき、無表情で近づいてくる茶々丸に恐怖しながら、大声で叫ぶ。
……しかしこの部屋は、爆発をも伴う実験のための、耐爆実験室。
ちょっとやそっとの爆発では外部に影響が出ないよう、防音対策もバッチリだ。
たった1人で借り切って使っていた聡美の声を、聞く者はいない。
無表情のまま、迫る茶々丸。怯える聡美。
ゆっくりと伸びてくる関節剥き出しの手に、聡美は、死を覚悟して――

「――聞イタゼ。後カラ知ラネーッテ言ッテモ、聞カネーカラナ」
それは、唐突に。嘲りを含んだ耳障りな声が、聡美の耳を打つ。
同時に飛び出す小さな影。驚くほどの速度。
そのままシュルリと巻きつくように、茶々丸の身体を登って。
茶々丸の後頭部にくっつくと、そこで「何かを」素早く行う。
途端に凍りついたように動きを止める茶々丸。
「……『ゼンマイ』ニナ、チョット細工シタゼ。コレデモウ、コイツハ動ケネェ。
 コノ『ゼンマイの穴』、改良ガ必要ダナ。ケケケケッ!」
チャチャゼロだった。
実験に熱中し、茶々丸の恐怖に呑まれ、すっかり聡美が存在を忘れていたゼロだった。
聡美は腕の痛みも忘れ、命の恩人を見上げる。魅入られたように、ぼんやりと見上げて――

――翌日。月曜日の朝、久しぶりに登校してきた3-Aの生徒たちは、驚いた。
欠席の多さに対して、ではない。また包帯でグルグル巻きの亜子の姿に、でもない。
それらについては既に知っている。彼女たちを驚かせたもの、それは――

「ちょ、ちょっとハカセ、その左手何なのよ!?」
「メカ!? ロボット!? 何それ、なんかカッコいいよー!?」
「アハハ……。ちょっと実験中にミスしちゃいましてー」
能天気なクラスメイトが騒ぐ中、聡美は力なく笑う。笑いながら、そのゴツい「左腕」で、自分の頭を掻く。

――そう、聡美の身体には、失われたハズの左腕がちゃんとあった。
ただし生身の腕ではない。聡美自身の腕よりも2回りほども太い、力強い機械の腕。
それが、左肩あたりから残された左腕の断端を包み込むようにして、身体に固定されている。

「昨日ですねー、ビーム兵器の実験中、左手無くなっちゃったんですよー。完全に私のミスでしたー。
 それでー、片腕だと色々不便なんでー、研究中のサイボーグ技術を私の身体でですね……」
「は、ハカセ、それって大丈夫なの!? てか左手無くしたって……!」
「流石ハカセ、本物のマッドサイエンティストですー!」
本気で心配する明日菜、能天気に喜ぶ鳴滝姉妹。
クラスの面々も、心配する者が半分、ハカセの態度や技術に呆れつつ喜ぶのが半分、といった所。

――そんな中、聡美は自分を射るように見る視線に気付き、ビクリと身体を震わせる。
恐る恐る聡美が伺った、その先に居たのは……茶々丸と、その頭上に居座るチャチャゼロ。
茶々丸は相変わらずの無表情。ゼロは相変わらずの不気味な笑顔を張り付かせている。
「……どうしたの、ハカセー?」
「い、いえ、何でもないですー。
 コレ、『田中さん』の腕を応急的に改造して作ったんですけどー、いずれ作り直したいですねー。
 もうちょっと細い、女性型の腕にして、もう少し器用さ重視で。どうせだから、多機能搭載で……」
聡美は慌てて誤魔化す。
不審を抱かれてはならない。この「不用意に結んだ無期限契約」のことを、他者に漏らしてはならない。
それが、「何でもするから助けて」と言った聡美に対し、ゼロが命じた命令の1つだった。

言霊。
言った言葉は現実化する。口にした言葉には縛られる。そういう思想、そういう信仰。
魔法の基礎と言うべきか、魔法の原型とでも言うべきか。
呪文のような確実性や安定性は無いが、しかし状況次第では下手な呪文よりも強烈な「魔法」。
チャチャゼロはソレを最大限に利用し、聡美を茶々丸に次ぐ自分の「奴隷」と化していた。
死の恐怖に揺らいだ聡美の心の隙を見逃さず、深く深く、楔を打ち込んでいた。
たとえそれが、ゼロが描いた茶番劇であったとしても。茶々丸が演じた、茶番劇であったとしても。
あの時の聡美の恐怖と、あの時の聡美の感謝の気持ちは本物だったから。
ゼロが予想していたよりも遥かに「都合のいい」言葉を、勝手に聡美が口走ってしまったから……!

「……機械の腕、か。流石はハカセだな」
不意に、聡美の背後から声がかけられる。今まで話の輪に入ってなかった、ある人物の声。
聡美は作り笑いを浮かべたまま、そっちの方を振り返る。
「まあ、そういう研究もしてましたからー。丁度いい機会かな、って……って、あれ?」
「そのサイボーグ技術、腕以外もあるのかな? だとしたら――」
淡々とした言葉。聡美はゼロたちからのプレッシャーとは違う意味で、言葉を失う。
なぜなら、その人物の姿は、……

 NEXT TARGET → -???