MAGISTER NEGI MAGI from Hell

ハカセ編―第一話―

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ヒトの手に余りしモノ


……広い空間。
どこかの建物の中なのか、ちょっとした体育館ほどもあろうかという四角い空間。
白い壁に囲まれ、明るい照明に照らされた中で……筋骨隆々たる1人の男が、銃を構えていた。
2mを越す長身目を隠すサングラス。腰のあたりからは、何故か太いコード類が壁に伸びて。
これもまた長大なライフルで狙うのは、なんと男と瓜二つの姿形をした人物。
逃げようともしない双子のような敵、しかし男は、何の感動もなく何の躊躇もなく、引き金を引いて……

室内に、爆発音が響いた。

爆発したのは、しかし銃で狙われていた方ではない。
なんと、ライフルを構えていた方が爆炎に包まれている。
ライフルの横腹から上がる白煙。銃を構えた姿勢のまま、吹き飛んで消滅した男の頭部。
銃の暴発。哀れ、鏡映しの兄弟を撃とうとした男は、自らの銃により、その短い命を――

「あー。またやっちゃいましたねー。どーにも安定しないですねー、これー」
なんとも呑気な声を上げたのは、白衣に身を包んだメガネとお下げの少女。
白衣のはだけた隙間からは、アインシュタインの顔のTシャツがおどけた表情で舌を見せる。
彼女の名は、葉加瀬聡美。
中学生でありながら、麻帆良大学工学部で数々の研究をリードする天才。
「やっぱり『結界弾』ってのは難しいですねー。どーも魔法ってのはブレが大きくて困りますー。
 出力はアップしてるハズなんですけど……今度エヴァンジェリンさんに相談してみましょうかー」
白煙を上げ続ける男性型ロボット・T-ANK-α3(通称・田中さん)を見上げ、聡美は溜息をつく。
彼女の最近の研究テーマは、『魔法の工学的応用』。
今、「田中さん」2体を使って実験しているのも、魔法技術を応用した結界弾の改良の一環であった。


「ん~。ライフル側の破損状況を見るに、打ち出す時に魔力が暴走してるんですねー。
 この口径だとこのパワーは無理なんでしょうか……でも口径上げると今度は……
 もうライフルの形は諦めてバズーカにする手も……ああしかし今度は弾数と射程が……」
壊れて沈黙する「田中さん」の前で、ボードを抱えブツブツと呟く聡美。
こうなると彼女は完全に「自分の世界」に入ってしまう。自分の思考に没入する。
背後から忍び寄る悪意の存在にも、まるで気付かない……

「ナカナカ派手ニヤッテルナ、相変ワラズヨー。ドンダケ予算アルンダヨ、オ前ラ」
「ハカセ、それ以上の実験は無意味に『田中さん』を消耗するだけかと思われます」
「……うわッ!? い、いつの間に?!」
嘲るような笑い声と、淡々とした忠告。思わず聡美は飛びあがる。
見ればこの、兵器評価用の耐爆実験室に、チャチャゼロを乗せた茶々丸が入ってきていた。
まあ、真後ろに立たれ声をかけられるまで気付かなかったのだから、どう考えても聡美が悪い。
「ロボ研の皆さんに尋ねたら、ハカセはこちらだろうと言われましたので」
「結界弾ノ実験カ? 面白イコトシテヤガンナー。非魔法的ナ方法デ威力増大サセヨウッテカ。
 構ワネーカラ、モウチョット出力アゲテミナ? 今度ハ確実ニ暴発スルカラヨ。 ケケケッ!」
「もー、ゼロさん酷いですー。私、一生懸命頑張ってるんですよー?」
聡美は頬を膨らませる。恐るべき超兵器の開発をしていながら、その仕草は可愛いものだ。

天才の切れ味と、ちょっと抜けた性格。高速で回転する頭脳と、のんびりした口調。
危険極まりない実験の数々と、危機感なき態度。
相反するこれらの性質を矛盾無く持ち合わせたのが、葉加瀬聡美という人物であった。

彼女は信仰している。疑うことなく、信仰している。
科学は、ヒトを幸せにするモノだと。
科学の発達は、必ずや人間社会をより良いモノにするのだ、と。
そして科学は、常に発達し続けていかねばならないモノだ、と。
そのためなら――多少、問題のあるコトをしても、許されるハズだ。
後の歴史が、許してくれるハズだ。そう、信じている。

「……で、何の用ですかー? 茶々丸の定期整備なら、昨日やったばかりですけどー」
無事だった方の「田中さん」に、壊れたもう1体の片付けを命じて、聡美は2人に向き直る。
ゼロが聡美を訪ねる理由は、ちょっと考えられない。用事があるとしたら茶々丸の方だ。
このようにアポ無しで訪れる時というのは、何かトラブルでも起きたか、それとも。
「私自身の身体に、現時点では特に問題はありません。しかし……」
「茶々丸ノ戦闘力ヲ上ゲル相談ガシタクテナ。コイツ、弱クテチョット使エネーカラヨ」
「茶々丸のぱわーあっぷ……ですかぁ?」
ゼロの言葉に、聡美は首を傾げる。
実のところ、茶々丸という存在は、既に相当「完成された」代物だ。簡単に強化はできない。
外付けの追加換装パーツのプランはいくつかあるが、しかしそれにも限界がある。
「将来的に付けたいパーツはいくつもありますけどー、まだ信頼性低いんですよねー。
 何か必要なオプションパーツがあるなら、すぐに作っちゃいますけどー……」
「イヤ、ソウジャナクテナ……。俺ガ指摘シタイノハ、コイツノ頭ノ中ノコトサ」
ゼロは、自分が乗っている茶々丸の頭をコンコンと叩いてみせる。無表情な茶々丸。
「こんぴゅーたートカ、俺ニハ良ク分カンネーンダケドヨ。
 オ前ラ、コイツニ何カ変ナ『抑制』カケテルダロ?
 禁止命令ナノカ、『呪い』ナノカ知ラネーガ。不自然ニ攻撃ニぶれーきヲカケル、何カヲヨ」
「ああ、そうですねー。強制力の強いコマンドとして、人命に関わるような攻撃を禁じてますー。
 今の茶々丸の成長した自我プログラムなら、これ無しでも問題起きないとは思うんですけど」
かの「ロボット3原則」ほど単純ではないが、茶々丸の思考や行動には様々な制限がある。
この人命尊重のルールは、人間相手に深刻なダメージを与えることを禁じていた。
勢い、その攻撃は常に手加減の入ったものになる。
聡美の言葉に、そしてゼロは笑う。望み通りの展開に、もっともらしい言葉で誘導していく。

「ナラ――チョット試シニ、外シテミテクレネーカ?
 何ダカヨ、戦闘訓練ノ時ニヨ、一瞬妙ナ動キスル時ガアルンダ。
 実戦ジャ、コンマ1秒ノ躊躇ガ命ニ関ワルカラナ。――ケケケッ!」

 10th TARGET  →  出席番号24番 葉加瀬聡美

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