MAGISTER NEGI MAGI from Hell

茶々丸編―第二話―

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チャチャゼロ残酷編9  後編

絡繰茶々丸。
学生として麻帆良学園女子中等部に在籍している彼女だが、その正体はロボット。
駆動系・フレーム・量子コンピューター、人工知能プログラム。光学兵器を含む、各種武装。
いずれも一般社会の常識を遥かに超えた、最先端科学のさらに先。
まだ専門の学会でも公表すらできぬ段階の実験的技術が、惜しげもなく注ぎ込まれた存在。
まさに科学の結晶と言ってもいい、彼女であったが……
たった1つだけ、「現代科学」では未だにクリアできない問題があった。
それは、動力源。
他のパーツはその人間並みのボディに収めきることができたが、動力だけはどうしようもなく。
何しろ、消費される電力が尋常でない。
バッテリーにしても内燃機関にしても、とても足りるものではない。すぐに尽きてしまう。
開発当初は外部から有線で電力供給していたが、しかしそれでは自由に動き回れない。
行き詰った開発陣。救いの手を差し伸べたのは、ある意味、科学とは対極に位置する……!

チャチャゼロ。
一般には「ただの操り人形」と見られている彼女だが、その正体は自動人形(オートマータ)。
ある意味ではゴーレムにも近い、魔法で創られ命を吹き込まれた、魔法生物の一種である。
その出来にもよるが、人間並み、あるいはそれ以上の知性を持つモノも存在する。
人格もあれば個性もある。この手の「無機物から産まれた魔法生物」としては、最高級の存在。
チャチャゼロの場合、元の素体が操り人形ということで、体格こそ恵まれぬモノではあったが……
それでも、エヴァの最高の技術を用い、数百年に渡って改良を重ねられた、自動人形の最高峰。
茶々丸が最新科学の結晶なら、ゼロは伝統魔術の結晶と言っていい存在だ。

エヴァの下に居る無数の人形たちの中でも、最新参の末妹と最古参の長姉。
科学の申し子と魔法の忌み子。優しきガイノイドと邪悪な殺人人形。忠実な従者と不敬な従者。
あらゆる意味で対照的な2人が、今、本気で向かい合う――


寮の裏庭で向き合う2人。しかし、茶々丸にはゼロの自信に満ちた態度が、まるで理解できない。
エヴァにかけられた登校地獄の呪いと、魔力を抑える学園結界。
この2つの呪いにより、ある意味エヴァ本人よりも割を喰ったのは、ゼロだった。
指一本動かすにも、主人のエヴァから供給される魔力に依存するその身体。
エヴァの魔力が月齢に従い移り行くのに合わせ、ゼロの運動能力も変化する。
月の半分ほど、新月に近い2週間ほどは、自力で歩くことすらままならない。
満月直前のこの時期は、ほぼピークと言っていいが……それでも、茶々丸には遠く及ばない。
「……貴方の考えは分かりませんが……失礼します」
軽く謝罪を口にし、茶々丸は大地を蹴り、抵抗力なきゼロに、その拳を……!

「…………!?」
拳がチャチャゼロの顔面に叩き込まれる、その寸前で。
茶々丸の身体が、不自然に動きを止める。
ギシギシと軋みを上げて止まる身体。茶々丸の脳内に、有り得ないアラームが鳴り響く。
「エネルギー供給、レッドゾーン!? ゼンマイ式動力ボックス、作動異常……!?」
唐突な、動力系統の異常。ブラックボックスから常に供給されている電力の激減。
咄嗟に茶々丸のシステムは、脳に相当する量子コンピューターへのエネルギー供給を優先。
結果としてボディを動かすパワーが失われ、このような急停止となる。
「ケケケッ。馬鹿ダナァ、オ前。俺ヲ疑ッテタ、ッテ言ウナラヨ……
 何デ大事ナ『ぜんまいの穴』ガ有ル頭ニ、俺ヲ乗セテンダ? アンナ無防備ニヨ!」

笑うチャチャゼロ。
見ればその片手からは、細い細い、眼を凝らさねば見えぬような細い糸が伸びている。
裏庭の木の枝に引っ掛けて、迂回しつつもピンッと張ったまま繋がる先は、茶々丸の後頭部。
後頭部の、ど真ん中。
よくよく見れば髪に隠れるようにして、指1本分ほどの大きさの穴が開いていて。
その奥に、ゼロの手から伸びた人形繰り用の糸が伸びている……!

茶々丸の動力源、それは『ゼンマイ』。もちろんタダのゼンマイではない。
これは科学者たちに魔法使いエヴァンジェリンが提供した、魔法の力の篭ったゼンマイだった。
巻き上げることで魔法的なチャージが行われ、手を離せば信じがたい程の出力を発揮する。
自動人形の動力にも使われる、この魔法の道具。小型軽量、出力も一定。振動も音もない。
その科学的な原理が不明であることさえ棚上げすれば、工学的応用は十分可能。
ヒトの手でちょっと巻いてやれば平気で1日動き続けるのだから、便利なものだ。
……そのゼンマイであるが、どういう設計意図によるものか、後頭部に位置している。
後頭部に穴が開いており、巻く際にはそこに脱着式のハンドルを差込む形になる。
つまり、普段は髪に隠れる頭の後ろに、ぽっかり穴が開いているわけで……。

「オ前ノ身体ハヨ、俺ニトッテハ理解不能ナ超科学ノ塊ダケドナ。
 『魔法のゼンマイ』ダケハ、俺モ良ク知ッテル代物サ。
 ドコヲ弄レバイイカ、何ヲドウスレバ動カナクナルカ、知リ尽クシテルンダヨ。ケケケッ!」
ゼロは笑う。動けぬ茶々丸を見上げ、嘲り笑う。
こうして向かい合う前、茶々丸の頭の上に居た時、既に仕込んでおいた人形繰り用の糸。
ゼロの言葉どおり、勝負は既についていたのだ。100%、茶々丸の敗北は「決まっていた」のだ。
この狡猾な性格こそが、ゼロの最大の武器。この迂闊さこそが、茶々丸の最大の欠点。
実力を発揮する機会すら与えない、容赦のない『姉』。そしてまんまと嵌った『妹』――

「ダガナ――マ、コレジャァ、オ前モ納得デキネーダロ。ナァ?」
「……ギッ……ギギギッ……」
茶々丸の喉から、奇妙な音が漏れる。
ゼロの糸が絡まった魔法のゼンマイ。ゼロの糸繰りにより、最低限に抑えられた電力供給。
喋ることすら困難な茶々丸を、ゼロは見上げる。ガラス玉のような眼球が、茶々丸の目を見つめる。
「後カラ『卑怯だ』トカ『油断しただけ』トカ言イ出サレルト、面倒ナンデナ。
 オ前ノタメニモ、『遊んで』ヤルヨ。 ――俺ノ眼ヲ見ロ、茶々丸!」
「―――――あ」
鋭い声と共に、チャチャゼロの眼が光る。乱れる視界。走るノイズ。そして――


「――え?!」
そして――茶々丸は、我が目を疑った。
いつの間にか立っていたのは、エヴァの『別荘』。巨塔の頂上、闘技場の上。
時刻は深夜。暗い海を、満月が照らしている。
静かな波音だけが、辺りを包み込む。実に穏やかな夜。
見れば自分自身も、先ほどまでの制服姿ではなくなっている。
戦闘を前提とした、見かけよりも遥かに動き易いメイド服。各種武装の使用を阻害しない設計。
いったい、いつの間に。

茶々丸は困惑しつつも、自分自身と周囲の状況をスキャンする。
「……武装オールグリーン……動力系異常なし……データ異常なし……。
 いえ、これは……外部からのハッキング? エーテル波通信!? シミュレーション強要!?」
「幻想空間(ファンタズマゴリア)、ッテ奴ダヨ」
聞き覚えのある、嘲り笑い。茶々丸はハッとして頭上を見上げる。
――満月をバックに、小さな悪魔のシルエットが、そこに居た。
「オ前ニ効クカドウカ、心配ダッタンダガ……オ前、見タ目モ動キモ考エ方モ、人間ッポイカラナー。
 『類似』シテレバ効果ガアルノガ、『魔法』ッテモノナノサ」
「……!」
高度な幻術。その幻術による、仮想空間。
言ってみれば確かにそれは、ハッキングされ、シミュレーションを強要されているようなもの。
しかし――それを認識したところで、術が解けるわけではない。
茶々丸は彼女独特の緊張表現、すなわち無表情な顔つきで頭上の『姉』を見上げる。
表情のエミュレートに使う容量すら勿体無い。全演算能力を動員し、ゼロの動きに備える。

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