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チャチャゼロ残酷編Ex 番外編  「悪の」魔法使いと、「善の」……

 ――夢の中に、あの日の炎が今も揺らめく。少女の心を、今もちろちろと焼き続ける。

 ――傷ついた身体が、大地に突きたてられた長い木の杭に括りつけられる。
 破壊されつくした両足。立てるはずのない状態。無理やり立った姿勢にされ、縛りつけられる。
 自白を引き出すために、当時正当化されていた「拷問」という手法。
 全身に痛ましい傷跡を見せる半裸の少女。しかしその顔に、苦痛の色は見られない。
 ただ、冷ややかな目で見ている。街の外れの丘の上、火刑台を囲む人々を見ている。
 「……と交わった罪、畑の小麦を枯らした罪、疫病を流行らせ14名を殺した罪、家畜を……」
 民衆の前で、司祭が罪状を読み上げていく。
 少女の小さな身の上にかけられた数々の嫌疑。身に覚えなどない罪の数々。
 要するにそれらは、この数年間この地域に起こった不幸のリストでしかなく。
 彼らはこの10歳ほどにしか見えぬ少女に、全ての不幸の原因を押し付けようとしていた。
 彼女を焼くことで、全てに決着をつけようとしていた。
 「…………」
 理不尽なこの仕打ちに、しかし金髪の少女は何も言わない。ただ不機嫌そうな顔で、沈黙を守る。
 司祭は最後に「魔女の罪」「嘘つきの罪」「頑固者の罪」を告げ、その場を後にする。
 最後の2つは、つまり少女が最後まで罪を認めなかったことを意味していた。
 大人でも半日で音を上げる苛烈な拷問にも、最後の最後まで屈しなかったことを意味していた。
 「魔女に死を!」「火あぶりにしろ!」「あたしの赤ちゃんを返して!」
 「焼き殺せ!」「邪悪な魔女に正義の裁きを!」「地獄に落ちろ!」
 これから始まる陰惨な処刑を前にして、民衆の間から熱の篭った声が上がる。
 普段は善良で温厚な市民たち。親切で優しい、ごく普通の人々。
 しかしそんな彼らも、教会の権威の下に許された悪趣味な残酷ショーに、興奮を隠しきれず。
 少女は、そんな彼らを冷め切った目で眺める。縛られたまま、眺め続ける。


そういう時代だった、などと言う言い方をすれば、あるいはそれで終ってしまうのかもしれない。
 中世ヨーロッパ暗黒時代、魔女狩りの季節。
 十字軍と並んでカトリック教会が今も悔やみ続ける、古い時代の大きな過ち。
 聖書に書かれた膨大な文章の中の、ほんの1文。「魔女を生かしておいてはならぬ」。
 このたった1文が、文脈も何も全て無視し、一人歩きを始め。
 異端信仰への弾圧が、いつしか魔女狩りへとすり替えられた、その時――
 欧州は、血と炎の熱狂に、飲み込まれた。
 理不尽な、集団ヒステリーとしか呼びようのない「魔女狩り」にむけ、突き進んだ。
 魔女と認めてしまえば火あぶり。魔女でないと言えば、認めるまで延々と拷問。
 嫌疑をかけられた時点で事実上の死が確定する、恐るべき宗教裁判――。

 少女の足元に、木の枝が積み上げられる。燃えやすい乾いた薪ではなく、あえて生木の枝。
 処刑役人が、少女の足元の枝に火をつける。
 乾いた薪を使わぬのは、高温の炎で犠牲者が簡単に焼け死ぬのを防ぐため。
 わざわざ低温の炎で炙り続け、最期の苦痛を引き伸ばすため。
 水分を含む木の枝はむせ返るような煙を巻き上げ、これもまた火刑台の罪人を苦しめる。

 足を包むように、ちろちろと炎が燃える。皮膚が焼け肉が焼け、しかし速やかな死すら許されず。
 これまでも散々痛めつけられた身体に、さらに最期の苦しみが与えられる。
 少女はしかし、苦痛を顔に出さない。炎の向こうに揺らめく市民たちを、冷めた目で眺める。
 初めてこの街を訪れた夜、一夜の宿を貸してくれた親切な老婆。
 頼んでもないのにいつもオマケで自慢のスープ(それもニンニク風味!)を出してきた、宿屋のおかみ。
 彼女の欲する貴重な材料をいつもどこからともなく手に入れてくる、物静かな行商人の青年。
 鬱陶しいほどになついていた、能天気で陽気な街の子供たち。
 ほんの数年留まっていただけではあったが、それでも愛着が湧きつつあった街の人々。
 それが今――誰もが魔女への怒りを露わに、彼女に罵声を浴びせかける。
 じわじわと焼け死んで行く姿を期待して、目をギラギラと輝かせている――


ああ……いっそ、ここで死んだ方がマシなのかもしれない。
  我慢して灰になるまで耐えれば、こんな自分でも死ぬこともできるだろう。
  どこにも居場所のない自分。どこにも行き場のない自分。
  ならばいっそのこと、今、ここで――

  『ケケケッ。ラシクナイゼ、御主人。
   ソノ気ニナレバ、簡単ニ脱出デキルハズダゼ? 何デ大人シク焼カレテルンダヨ?』

  ……ゼロか。そうか、まだ、お前がいたな。
  私が『作った』、お前がいたな。
  たとえこの世の全てが私の敵だとしても、まだ、お前だけは。
  ならば――

 火刑台の上。少女の瞳に、意志の力が戻る。 
 途端に、炎の中だというのに彼女の火傷が見る見る治ってゆく。拷問の傷が、見る見る治ってゆく。
 『再生』。彼女の呪われた身体に備わった、呪われた力。ずっと我慢していた力。
 どこかから飛んできた小さな翼の小さな悪魔がナイフを振るって、彼女を縄から解き放つ。
 小悪魔そのものの乱入者のシルエットと、魔女そのもの少女の姿。
 拘束から解かれ宙に浮かぶ少女の姿に、市民は恐怖する。逃げ出す者もいたが、もう遅い。
 小さな魔女は、そして笑う。
 市民と、司祭と、かつて世話になった街の人々を睥睨して、魔女は笑う。
 半裸を晒したまま、凄惨な笑みを浮かべ、その小さな手にありったけの魔力を集めて――!

 ――その日。小さな街は歴史と地図の上から、永遠に消え去った。
 跡形もなく、消え去った。
 ただ、少女とその使い魔の、かすかな記憶にのみ姿を留め――。







――激しいノックの音に、彼女は目を覚ます。
何か、夢を見ていた気がする。遥か昔の、おそらくは思い出したくもないような昔の記憶。
胸の奥を焼き続ける炎の残りカスを振り払い、彼女は窓の外を見上げる。
だいぶ高くまで昇った太陽。のどかな空気。もう10時くらいにはなるだろうか。
……ああそうか、今日は日曜だったか。
同居人たちが朝早く出かけてから、彼女は休日の二度寝を堪能していたのだった。

ノックの音は続く。彼女は溜息1つつくと手早く身づくろいをし、玄関へと向かう。
「……誰だ。全く、茶々丸どもが居ない時に限って、鬱陶しい」
「……それは悪かったな、『闇の福音』。だが、我々も君の事情に構う余裕などないのだ」
扉の向こうに居たのは、浅黒い肌をした1人の教師。思わぬ珍客に、彼女の目が細められる。
「事件のことは、聞いているかな」
「大方のことは、ぼーやからな。じじいにはちゃんと報告が送られているはずだぞ」
「……近衛木乃香のことは? そして、昨日の夜のことは?」
「…………!?」
ピクリ。
ガンドルフィーニの言葉に、エヴァの表情が僅かに変わる。
ログハウスの前に、緊張が走る――

――昨夜。ココネと美空は、ココネの念話を受けて急行してきた刀子と教授に発見された。
大量の出血をしていた美空だったが、教授たちの素早い処置により、なんとか一命を取り留めた。
取り留めたが……しかし、断ち切られた両足は、絶望的だった。
あるいは、近衛木乃香が無事だったなら、ひょっとすれば繋ぎ直すこともできたかもしれない。
幸い断面は綺麗なものだ。彼女の膨大な魔力をもってすれば、傷痕も残さず治せた可能性はある。
だが、当の木乃香も、入院中。魔法使いとしては、既に死んだ身と言ってもいい状態で。


「……そうか、木乃香が、か。
 私の蔵書が荒らされていたので、ボーヤか木乃香か、どっちの仕業かと疑っていたが……。
 ったく、あの馬鹿者めが。あれほど焦るな、と言ったのに。自業自得だよ」
「結局、我々が魔法的な治療を諦め、近代医学に委ねた時には既に手遅れだった。
 春日美空君は、もはや復活できまい。魔法使いとしても、陸上競技の選手としても。
 そして、ココネ君については……!」
ガンドルフィーニの身体が、震える。怒りと絶望に、思わず震える。
魔法使い仲間の中では、別に親しかったわけでもない。正直、使えない生徒だと思っていた。
しかし、あんな姿を見てしまえば。虚脱状態となったシスター・シャークティを見てしまえば。
「フン。……しかし、それは奴らが未熟だったというだけのことだろう?
 覚悟は、あったはずだ。いや、覚悟が無かったなら尚更悪い。
 覚悟も無しにこんな事件に首を突っ込んだ時点で、死に値するよ」
「貴様ッ……!」
エヴァの言葉に、怒りを滲ませるガンドルフィーニ。鼻で笑うエヴァ。
「それで、何の用だ。また貴様の泣き言に付き合わせるために、私を叩き起こしたのか?
 だったらもう帰れ。私はまだ眠いんだ」
「……悪いが、そういうわけにはいかない。いや、眠って貰うことにはなるのかな? 別の意味で」
背を向け戸を閉めようとしたエヴァに、ガンドルフィーニは低い声で告げる。
高まる緊張。エヴァは振り返りもせず、背後の気配を探る。
ガンドルフィーニの、さり気ない立ち姿。ポケットに突っ込まれた片手。
しかしその身体は臨戦態勢のような緊張感に包まれ、ポケットの中の手は、何かを握っている。
ナイフか、拳銃か。はたまた魔法のアイテムか。
「……何のつもりだ?」
「美空君の足を断ち切り、ココネ君を死に追いやった『犯人』。君は知っているのだろう、『闇の福音』。
 君自身、木乃香君を罠に嵌め、犯人を手助けするような奴だと判明したわけだしな。
 未熟な魔法使いに貴重な蔵書を荒らされる間抜け、というよりも、よほどその方が筋が通る」
完全に決め付けている。確認というより、断定し断罪するかのようなガンドルフィーニの口調。



「……知らんよ。それに、木乃香は」
「君が知らないはずがない。
 逃げ足に長けた『あの2人』を仕留められるような使い手が、ただの変質者のはずがない。
 と、なれば、君が学園長に提出した報告書が、偽りだった可能性が高い。
 君が、悪意をもって悪しき存在を招きいれ、協力している可能性が極めて高いんだ。
 いや、あるいは――君自身が、『犯人』なのかもしれないな。『闇の福音』」
「…………」
以前、ガンドルフィーニ自身がネギに語った3つの可能性。
その1つに過ぎない『エヴァの虚言説』だと決め付け疑わない、ガンドルフィーニの態度。
背を向けたまま、エヴァはどこか笑いを含んだ口調で問いかける。
「……どうやら、私の話を聞く気すら無いようだな。で? だとしたらどうする気だ、貴様は?」
「お前を、倒す。元賞金首の邪悪な魔法使いだ、後からいくらでも罪状は見つかるだろうよ。
 我々にも『立場』があるのでね――せめて共犯者くらい挙げないことには、マズいのだよ」
いつの間に手にしたのか、黒光りする拳銃がエヴァの無防備な背中に向けられている。
必殺必中の間合い。力の篭る指。そのまま問答無用で、彼はエヴァを射殺せんと――!

「――ガンドルフィーニ。私が『悪の魔法使い』を名乗る訳が、分かるかい?」
「……?」
唐突に、エヴァが背後の彼に問う。魂も凍るような、冷たい声。
返答に詰まる彼に、エヴァがゆっくりと振り返る。
「それはな――数百年の長き生の中で、貴様らのような『正義』にほとほと嫌気が差したからさ。
 貴様らのような存在が『善』だというのなら――私は『悪』で構わん。むしろ、『悪』の方がいい」
振り返った少女の口元に浮かぶのは、凄惨な笑み。
かつて火刑台の上で見せた、あのゾッとするような「魔女」の微笑み。
「――いいだろう、『正義の味方』。かかってこい。久しぶりに、戦ってやるよ」

 EXTRA TARGET  →  ガンドルフィーニ先生 !?