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春日美空には、「覚悟」がない。
己の意志ではなく、親の圧力で入った魔法使いの世界。
「世のため人のため、人間社会を陰から守る」などという「建前」など、正直クソくらえと思っている。
いや、それが立派なことだとは分かってはいるが、「なんで私が……」という思いを捨てきれない。
良くも悪くも現代ッ子の中学生。裏方仕事に、魅力を感じられるものではない。
ましてや――そんなもののために、己自身や親しい相棒を危険に晒す「覚悟」など。

度胸はある。決断力はある。本人には自覚がないが、素質だって実は十分にある。
けれども、本人はこんな現状が嫌で嫌で仕方なくて……
だから、そんな無意識を反映したアーティファクトを得ることになった。反映した能力を得た。
彼女の無意識の願い、それは「こんな現実からいっそ逃げ出したい」、である。


ほぼ真円に近い月の下。修道女姿のココネと美空は、深い森の中の道で、周囲を見回す。
「ねぇココネ、本当に何か感じたの? 気のせいじゃなくて?」
「……気配消えタ……デモ、確かにさっき……」
雨に濡れた森の中を、湿った風が吹き抜ける。ザワザワと木々が揺れる。
何もなくても不気味な印象を受ける森。ココネの勘違いという可能性は、捨てきれないのだが。
「ん~~、とりあえずココネ、『乗って』。いざというとき動けるように、さ」
「わかっタ」
「救援呼ぶにしても、もうちょっと相手の姿とかを見極めたいしねぇ。
 あ、そうそう、今のうちに……『来たれ(アデアット)』!」
美空に促されるままに、美空の肩の上に上るココネ。アーティファクトを召喚する美空。
履いていたハイヒールは魔法のスニーカーと「入れ替わり」、ココネを肩車した格好で周囲を見回す。

人間離れした脚力の美空が「足」となり、カンが鋭く念話に長けたココネが「頭」となる。
この肩車の体勢はこの2人の基本スタイルであり、本気の「戦闘態勢」だった。
……といっても、回避と逃亡を主眼に置いた、極めて後ろ向きな戦闘スタイルであったが。
それでも、この状態になれば、例え相手がドラゴンだろうと逃げ切れる。殺られはしない。
少なくとも、2人は確信していた。
「……どう?」
「殺気……。でも、どこから来てるか分からナい……。コレ……本気デ、やばイ……!」
目を閉じて、周囲の気配を探るココネ。覆面越しのその声が、小さく震える。
美空の顔に、笑みと共に脂汗が浮かぶ。ココネがこんな表現をすることは、めったにない。
どうやら本当に――ヤバいらしい。
「……了解ッ! 戦術的撤退するよッ! ココネは先生にSOS発信よろしくッ!」
美空の決断は、早かった。あっさり前言を撤回し、敵の把握も諦めて全力逃走に移る。
魔法のスニーカーと、魔力を上乗せした両足。大地を蹴れば、一足でトップスピード。
子供1人背負っていても、男子の世界記録どころかレーシングカー並みの速度。
ココネを乗せたまま大きく前傾し、一目散に、この場を離れるべく――

「――ミソラ! ちょっ、待っテ……!」
「へ?」
ココネの慌てた声が聞こえた、と思った、次の瞬間。

 ひゅんッ、と、何かが美空の頭上を掠めて。
 ふわっ、と、肩の上のココネの体重が少しだけ軽くなった気がして。
 一瞬遅れて、バシャッ、と、何やら熱い液体が、美空の身体に降り注ぐ。

「……は?」
間抜けな声を上げ、立ち止まる美空。恐る恐る、頭上のココネを見上げようとした、その時――
何か丸いモノが。宙に跳ね上げられた球体が。彼女たちの目の前に落ちてくる。
未だ事態が理解できない美空は、呆けた表情で。その転がるスイカのような物体に目を向ける。
……そして、目が合ってしまったのは、ココネの虚ろな瞳。

「……え?」
美空は、まだ事態が飲み込めない。
頭上から降り続ける、熱い液体。鉄の錆びたような匂いの、ぬめる液体。
数秒の間を置き、肩の上のココネの身体が、力を失ってズルリと崩れる。
自ら美空の上に留まり続けることができず、立ち尽くす美空の背後にドサリと落ちる。
馬鹿みたいに口をポカンと開けたまま、美空はゆっくりと振り返る。
背後に落ちたココネの身体には――頭が、ない。肩から上に、何も、ない。
「……は? ……え? ちょっと……冗談、でしょ?」
ココネの血で全身を濡らしたまま、美空は何度も前後に転がる2つの「モノ」を見比べる。
前に転がる、ココネの生首。
後ろに転がる、ココネの首なし死体。
鋭利な刃物ですっぱり切り落とされたような、その断面。
最期の瞬間、ココネの驚きがそのまま張り付いたような、その表情。
間違いない。ココネは、死んでいた。見えない刃に首を刎ねられ、死んでいた。

「……あの、さ。こーゆーのって、無いと思うんだけど……」
なおもこの現実を受容できず、引き攣った笑みを浮かべ生首の方に一歩踏み出した、その時。
ヒュンッ、と音を立て、小さな風が、足元を駆け抜ける。何かが足に絡みつく。
『ケケケケッ!』
耳障りな笑い声。視認すら困難な速度で、踊るように煌く糸の輝き。
美空がその正体を見極めるよりも先に――今度は、美空の身体が、ぐらりと倒れていく。
「えっ、ちょっ、待ッ……!」
ドサリ。
どうしようもなく倒れてしまう、美空の身体。濡れた地面の土の匂いが、鮮烈に感じられる。
顔を上げれば、手の届きそうな所にココネの生首。
立ち上がろうとして、立ち上がれなくて、美空は匍匐前進のような姿勢のまま、振り返る。
……倒れてしまった身体をよそに、まだ立っていた。スニーカーを履いた2本の足が、まだそこに。

「あ……?」
断面から血を流しながら、まだ立ったままの自分の両足。血に染まる純白のストッキング。
それを視認して初めて、美空は自らの足に痛みを感じる。激痛が走る。
美空の両足は、どちらも膝上で断ち切られていた。すっぱりと、綺麗に斬られていた。
「うわ……あ……あ……あああああああッ!」
美空は、ようやくにして状況を理解し、叫ぶ。狂ったように叫ぶ。
ココネの生首を抱きしめ、2度と立ち上がることも叶わぬ身体のまま、叫ぶ。
こんなハズはない。こんなハズではない。こんなことになるなんて、思わなかった。
いつも無愛想で不機嫌で生意気な相棒ココネ、でも彼女は美空の大事なパートナーで。
身体と永遠の別れを告げた両足は、オリンピックなど行けずとも大事な彼女の生きる喜び。
覚悟などなかった突然の惨劇に、所詮は今時の女子中学生に過ぎぬ美空は、心砕け散る。
任務のことも襲撃者のことも全て消え失せ、ただただ、身体と魂の痛みに叫び続ける。
「――あああああああああッ!」

「……マサカ、首刎ネチマウトハナァ。素直ニ俺モ驚キダ。ケケケッ」
傷ついた身体で慟哭を続ける美空を物陰から眺めながら、チャチャゼロは笑う。
血に染まった極細のワイヤー、人形繰り用の糸を回収しながら、ゼロは笑う。
千雨の時と同様、標的の逃走に備え張り巡らせておいたワイヤートラップ。
しかし、そこに突入してきた標的の速度は、ゼロも想定すらしていない程のものだった。
前傾姿勢ゆえ、美空ではなくココネの首にかかったワイヤー。ケタ違いのスピード。
細く強靭な繰り糸は、そのとき、刃物と化した。幼い命を断ち切る、ギロチンと化した。
「御主人ノ命令ハ、『ぼーやのクラスに死人を出すな』ダカラナ。アッチノガキハイイハズダゼ。
 シカシ……面白イ技、見ツケチマッタナァ。コイツハ使エルゼ♪ キャハハッ♪」
ヒュンッ。闇の中に、細いワイヤーが舞う。美空の両足を切断した、凶器が舞う。
標的が高速で突っ込んで切れるなら、繰り手側が高速で引いても切れるのが道理。
新たな「オモチャ」を手に入れた人形は、久しぶりの殺人の愉悦にいつまでも笑い続ける……!

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