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見習い魔法使いの憂鬱


麻帆良学園に、雨が降る。連日の惨劇を洗い流すように、雨が降る。
朝から降り続ける雨の中、あえて出歩く者はほとんど居なかったが……
ここ、麻帆良学園の中心部、世界樹前広場には、何本もの傘が留まっていた。

「まだ同一犯だと決まったわけでは……! 全ての事件において手口が違うわけですし」
「しかし我々の目を欺けるような犯罪者が複数いるということの方が、信じがたい」
「犯人の数などどうでもいい! 重要なのは、生徒たちの安全確保です!」
降り続ける雨の中、傘を片手に議論を交わしていたのは、十数人の先生や生徒。
学園都市に点在する、様々な学校の制服。様々な先生。一見すると何の共通項もない顔ぶれ。
ただし、知る者が見れば分かる。個々の顔を確認していけば、おのずと分かる。
愛衣がいる。シャークティがいる。刹那がいる。高音がいる。そして、子供先生のネギもいる。
魔法の存在を知り魔法を使いこなし、学園を陰から守る存在。魔法先生と魔法生徒たちだ。
彼らの雨の中の会合の議題は、もちろんここ数日起こっている例の事件。

「……犯人が魔法に関わる存在か否か、という点の方が重要かと」
「うん、確かに。それによって我々の取るべき方策がまるで変わってくるんだよね」
刀子が口にした新たな疑問に、弐集院は腕を組んで頷く。
今のところ、相手が「単なる変質者」なのか、それとも「魔法的な存在」なのか判断つかない。
前者なら、いかに抜け目のない犯罪者でも魔法的な防護はない。見つけさえすれば後は簡単。
しかし後者なら、これは用心して掛からなければ。今まで出し抜かれてきたのも納得である。
この新たな疑問に対し、しかし刹那は不思議そうに問い返す。
「しかしその件は、エヴァンジェリンさんの『結界』に反応なし、で決着していたのでは?」
魔力こそ極端に抑えられているエヴァだが、その魔法の技術はなおも超一級。
その技を活かし、エヴァは学園を取り巻く形で魔法的な警報装置・「結界」を展開していた。
魔法的な存在、例えば妖精や魔物が侵入すれば、エヴァはそれを察知することができる。
エヴァが「侵入者なし」と報告している以上、そこは疑う余地がないはずであったが……。

「いや、その判断は早計だな。『闇の福音』の報告があっても、まだ可能性はいくつか残る」
「可能性、ですか?」
刹那の問いに答えたのは、魔法先生の1人、ガンドルフィーニ。
「まずは、魔法的な欺瞞技術が使われていた場合。この手の感知魔法には、対策もある。
 エヴァンジェリンの技量次第では、偽装を施した侵入者を感知しそこなう可能性がある」
「…………」
ガンドルフィーニの、あまりにエヴァの能力を軽視した発言。刹那もネギも黙って睨む。
「次に、犯人がここ数日は『結界』を通過していない場合。通過しなければ、感知もできない。
 既に何らかの形で学園に潜伏していたり、学園内で召喚されたりしたケースが考えられる」
ある意味で真相を言い当てていたこの言葉。しかし現時点では決め手に欠ける。
「最後に――『闇の福音』が虚偽の報告をしていた場合。
 なにしろ賞金は取り消されたとはいえ、あまたの犯罪に手を染めてきた前科者だ。
 再び悪の道に手を出す、あるいは悪しき存在に手を貸す可能性は、十分に考えられる」
「ガンドルフィーニ先生ッ!」
色眼鏡でモノを言うガンドルフィーニに、とうとうネギが声を上げる。刹那も顔を強張らせる。
2人の知るエヴァは、そんな人物ではない。が、魔法先生たちの態度は硬いままで。
「あくまで可能性だよ、ネギ君。我々は全ての可能性を考えに入れねばならないんだ」
「信じたくない、あるいは、望ましい展開ではない、というのは我々にとっても同じだがね」
「…………!」
敵意剥きだしの魔法先生たちに、ネギと刹那は怒りを隠しきれない。
現在タカミチは海外に出張中。学園長は歳のせいか体調を崩し、ここ数日姿を見せていない。
そしてこの2人を除けば、ほとんどの魔法先生はエヴァのことをあまり信用しておらず。
……まあ、これには不信のみならず、嫉妬のような感情も混じっているのかもしれない。
学園内の他の誰にも、エヴァのように大規模な「結界」を作る能力など無いのだから。
学園を守る気のない「悪の魔法使い」に、学園の監視を委ねなければならぬ自分だちの無力さ。
彼らの苛立ちは、心の奥底でくすぶり続けているのだった。

「……まあ、今の段階では、これ以上議論しても得るものはないようだ。
 今日のところは巡回を強化するということで、新しいローテーションを決めて解散としようか」
雨の中、「教授」と呼ばれる魔法先生が、まとまらない議論をまとめようとする。
穏やかな微笑を崩さぬ若き教授、しかしその顔に翳りが見えるのは、一連の事件のせいか。
「そうですね……では」
教授の提案にとりあえず全員が頷こうとした、その時。
「…………待っテ」
唐突に、意外な人物が声を上げる。シャークティの陰に隠れるようにしていた魔法生徒・ココネ。
普段はほとんど口を利かない彼女が、先生たちに淡々と事実を告げる。
「瀬流彦先生カラ、念話。緊急連絡。コノエ コノカが、病院デ……!」

「これは……『禁呪』の魔道書……!」
「長谷川さんの病室でね、僕が彼女と共に見つけたんだ」
「このちゃん! ちょっ、このちゃんッ!」
雨の降り続ける病院。その一室に、無惨な姿となった木乃香が眠っていた。
白い肌に浮かぶ無数の刀傷。捻じ曲がった手足。刹那に揺すられても目を覚ます気配はない。
現代医学では何が起こったかまるで見当もつかぬ状態に、医師たちも対処に迷っていた。
会合の場から急ぎ駆けつけたネギと刹那は、その場に居た瀬流彦に事情を聞く。
「僕は、みんなが会合を開いている間の巡回を受け持っていたわけなんだけど……
 ちょうどこの病院の近くを通った時に、強大な魔力が発動する気配を感じてね。
 何事かと思って駆けつけてみたら、この状態だったんだ。
 どうやら彼女はこの『禁呪』、『転呪移傷』を例の事件の犠牲者たちに使ってしまったらしい」
「そんな……!」
「せ、先生!? 禁呪とは何です? このちゃんはどういう魔法を使ってしまったんです!?」
衝撃を受けるネギ、西洋魔術への無知から、訳が分からず問い返す刹那。
瀬流彦は説明する。その禁呪の内容と、その意味を。
木乃香が覚悟し、体験し、そして耐え切った、その苦痛の概要を。


「こんな重大なこと、1人の判断でやって欲しくなかったんだけど……こうなった以上、仕方ない。
 とりあえず病院関係者には緘口令を敷いて、この事実は一般には伏せることになるだろうね。
 彼女は表向き病気で入院、面会謝絶、ってことにでもなるのかな。
 和泉亜子と全く同じ傷痕を見られたら、一般生徒にも不審を抱かれるだろうからね……」
瀬流彦は淡々と、事後の処理について考えを巡らす。
今回の件は、連続暴行事件とは直接は関係がない。少なくとも彼らはそう考える。
そう考えるから、次に考えるのはこの事態の収拾だった。それが自然な流れだった。
しかしネギも刹那も、そう簡単には割り切れない。2人はそれぞれに、自分を責める。
「このかさん……そこまで、思いつめてたなんて……!」
「なんで自分は気づけなかった……!? このちゃんがそこまで悩んでたことを……!」
雨が降り続ける。彼らの後悔も無念も全て飲み込み、雨が降り続ける――


――その日の雨は、夕方になってようやく上がった。
濡れきった路面を、満月にあと1日だけ足りぬ月が、照らし始めている。
普段は学生たちが遅くまで出歩く土曜の夜だったが、しかし今夜は人の気配は少ない。
「やっぱ、例の事件のせいかね~。みんなビビッてるのかなー」
「…………」
「まあさ、正直言って、私だってビビってんだけどさ。仕事じゃなきゃこんなトコ歩かないッスよ」
「…………」
「……ねえ、何か答えてよココネ。1人で喋り続けて、バカみたいじゃん、私」
「……うン、馬鹿みたいダと思ウ」
「ちょッ、そこだけ肯定かよッ!」
月の下、連れ立ってあるく修道女姿の2人組。思わずツッコミを入れる片方。
巡回に駆り出されていた見習い魔法使い、春日美空とココネのコンビだった。

本来、こういう危険な任務はまだ彼女たちの仕事ではない。
戦闘力のない2人組、仕事に出るにしても、上司のシャークティと共に行動するのが基本。
しかし……連日の事件を受け巡回を増やそうとすると、未熟な人材も使わざるを得ないのが実情で。
麻帆良学園の広さに比べ、どうしても魔法先生たちの数は足りない。こうでもしないとカバーしきれないのだ。
「まあ、この時間は刀子さんと教授も出てるって言うし?
 いざという時は、ココネの念話でSOS求めりゃいいんだけどさぁ。
 それって要するに、私ら逃げ足以外はまるで使えないってこと? ねぇ?」
「……でもソレ、真実……」
「かーーッ! そりゃそーなんだけどさー!」
ココネの的確な答えに、美空は短い髪を掻き毟る。何ともしがたい無力感。
「ああ、親の意向で嫌々魔法使いしてるとはいえ、こうなると普段の修行不足が恨めしいわ……」
「……ミソラ、ちょっとわざとらしい……。絶対、明日には忘れてる……」
演技がかかった美空の溜息に、ココネはまるで信用してない目つき。
殊勝なことを言ってても、真面目に修行に励むようになるわけでもあるまい。ま、いつものことだ。

春日美空。見習い魔法使い。
彼女の立場を例えて言うなら「知られざる伝統芸能を伝える一家に生まれちゃった」ようなもので。
彼女の意志も適性も関係なく、魔法使いに「ならなければならない」立場。これは正直、キツい。
とはいえ、運動が得意ならそれなりに、勉強が得意ならそれなりに、道があるのが魔法使いの世界。
従者として契約を結びアーティファクトを授かった美空は、体育会系魔法使いの道を歩んでいた。
複雑な魔法を沢山覚えて戦うタイプではなく、恵まれた体力をさらに強化して戦う路線である。
まあもっとも、修行に不真面目な美空は、ロクな戦闘訓練を積んではいなかったが……。

これが普通の伝統芸能や伝統工芸のように、一般にも認知される仕事ならまだ良かっただろう。
しかし、魔法使いというのはあくまで陰の存在。世のため人のため、陰の仕事をする者たち。
……言っていることは立派だが、そんな空気のような存在、フツーの中学生が望むものではない。
もっと社会に認められ賞賛を浴びるような、そんな仕事に憧れてしまうのも当然で。

「私も陸上競技やってるけどさー。でも、頑張ったところでオリンピックとかには行けないのよ。
 まほーつかいが『表』の社会で目立つわけには行かない、ってさ。掟だとか何とか。
 そりゃ『戦いの歌』とかアーティファクトとかってドーピングみたいなモンだから、反則だけどさ。
 今の私だって、そーゆーの使って本気出せば、男子の世界記録抜く数字出せちゃうけどさ。
 でも『素の私』でも、女子中学生の日本記録に近い数字出るんだよ? 学園で一番なんだよ?
 それを、全国大会には絶対出るな、とかさ。仮病つかってサボれ、とかさ。
 いっくら魔法使いだからって、そーゆーのストレス溜まるんだよねー、ったく……」
グチグチと愚痴り続ける美空。過去何十回目も聞かされた話を、黙って聞くココネ。
陰に徹することを強いる、魔法使いの掟。その影響は、こんなところにも現れる。
理屈抜きに走ることが好きな美空にとって、これは苦痛だった。
そりゃ、真面目に魔法使いやる気もなくすというものだ。サボりたくもなろう。

満月にほんの僅か足らぬ月の下、2人は濡れた道を歩き続ける。
一方的に美空が喋り続けて、時折ココネが毒のあるツッコミを入れる関係。
いつもの関係。すっかり馴染んだ、2人の関係。
「にしても、このかも案外熱血というか馬鹿というか……。あんな禁呪、私頼まれたってヤだよ?
 大体どっから見つけてきたのさ、そんな貴重な呪文書。初心者が手にするもんじゃないよ?
 やっぱアレかね、じじぃ関連かね。学園長なら、変な魔道書いっぱい持ってそうだし……」
「…………ミソラ」
喋り続ける美空を、ココネが呼び止める。服の裾をギュッと握り締める。
その彼女の緊張した様子に、流石の美空も表情を変える。
「なになに? どうかしたの?」
「今、何か、変な気配を感じタ……。ひょっとシテ……!」
ざわっ。2人を包む森を、湿った風が吹き抜ける。
どこかから見られているような感触。取り囲まれているような緊張感。
まさか、これは……!!

 8th TARGET  →  出席番号09番 春日美空