MAGISTER NEGI MAGI from Hell

木乃香編―第二話―

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――エヴァの家の地下に、閃光が満ちる。
『外』の時間で1時間。『別荘』内の時間で、丸1日。それが、『別荘』の使用単位。
フラスコに封じられたミニチュアを囲むように光が生じて、次々に人影が出現する。
ネギ。木乃香。茶々丸。チャチャゼロ。そして、エヴァンジェリン。
「……どうやら、まだ雨は降り続けているようだな。全く、鬱陶しい」
「こんな時間から修行に付き合ってもらってありがとうございました、師匠」
「ありがとな~。次の集合はいつもどおり、夕方やったっけ」
「ああ。面倒くさいが、約束だからな。仕方あるまい」
一階への階段を上がりながら、エヴァとネギ、木乃香は言葉を交わす。黙ってついていく従者2人。
「ほなら、一旦解散やな~。ネギくんはこれからどうするん?」
「僕はこの後、魔法先生と魔法生徒の会合があるんで、そっちに行かないと」
「ああ、そう言えばせっちゃんも言うとったな。お爺ちゃんに呼ばれとるて。
 ……ウチはな、この後、入院してるみんなのお見舞いに行こ思てるんよ」
「オ、イイナ。俺モ連レテケヨ。ボロボロニナッタガキノ姿、見タイカラナ。ケケケッ」
木乃香の言葉に、ゼロが下から声をかける。そんなゼロに困った様子を見せたのは、茶々丸。
「しかし私はこれから、ハカセの所で定期整備の予定があります。どうすれば良いのでしょう」
「あ~、ならウチがゼロちゃん連れていくわ。頭の上に乗せるの、いっぺんやってみたかったんよ」
1人で人目のあるところを歩き回るわけに行かないゼロ。普段はその「足役」でもある茶々丸。
彼女に予定が入っていたことを「今初めて知ったフリ」をし、木乃香は微笑んだ。

「ほな、また夕方な~」
「はい! では失礼します、師匠!」
雨の中、傘を差してログハウスから出て行くネギと木乃香。それぞれ別々の方向に歩いていく。
「……上手くいったなぁ、ゼロちゃん。あとはウチが頑張るだけやな」
「アア。案外悪ダナ、オ前モヨ♪」
降り続ける傘の下、木乃香と、その頭にしがみつくゼロは、互いにほくそえむ。
木乃香の肩から提げた鞄の中には、エヴァの蔵書からこっそり拝借した魔道書が1冊。
魔法の名は、『転呪移傷』……


――魔術の基本は、「類似」と「接触」の原理にある。
類似したモノは、互いに影響を与え合う。あるいは、互いに相手の代りになる。
接触していたモノは、物理的に引き離しても、魔法的には繋がっている。
この2大原則に「言葉」という人類の叡智を加えることで、魔法は飛躍的に発展した。
言葉は、それ自体がある意味で魔法的なもの。
例えば、杖とはまるで形の違う指輪。これに「杖」を意味する語を刻むことで、魔法の発動体になる。
ここまで分かりやすい例はそうないが、比喩や韻文を駆使すれば応用は果てしなく広がる。
呪文の丸暗記などより、こういう基本を認識することこそ魔法使いとして大事なことで。

「ソレデ、ダ……コノ魔法ハナ、消エナイ傷痕ヤ負傷ヲ、一種ノ『呪い』ト『見做す』ノガぽいんとデナ」
「『呪い』……」
「治癒魔術デハ扱イニ困ル状態モ、『呪い』ト見做セバ扱ウ方法モアルッテモノサ」
エヴァの蔵書室に忍び込んだ木乃香、その彼女にゼロが示した1冊の魔道書。ゼロは解説する。

本来、傷痕は「呪い」ではない。関節の怪我も脳の損傷も「呪い」ではない。
呪いではないのだが、それがもたらす苦痛と簡単には消えないという事実が、呪いと「類似」する。
「類似」していれば、同様のモノと「見做す」ことも「不可能ではない」のが魔法の論理だ。
……とはいえ「呪い」を完全に「払う」のは、極めて難易度の高い技。
それよりは「呪い」を「移し替える」方が、はるかに現実的。

人の身に降りかかった災いや不幸を人形などに託し、川に流す。あるいは焼却する。
それが本来持っていた魔法的意味が忘れられた今でも、日本や世界の各地に残る風習である。
このように、災いというのは他の「モノ」に移すことができる。少なくとも、そう信じられている。
ただし実は、人間という「生き物」から人形という「無生物」に厄を移すのは、簡単ではない。
このような風習が完成するよりも前。人間の命の価値が今よりもずっと低かった時代。
これらの災いは、生贄に、人身御供に移され、その上で殺された。
あるいは神官などの霊格の高い者に一旦委ねた上で、改めて問題の解消が図られた。
ヒトからヒトへ。その方が両者は「類似」しているのだから、術が簡単になるのも道理。

怪我や傷痕を「呪い」と「見做して」操作する術。
ただし実は、最初のその「見做し」自体、結構無理のある話ではある。
だから、100%の解決は見込めない。上手く行っても50%ほど。
また、最初の段階で無理があるので、解呪系魔法としては最も簡単な術しか使えない。
一番簡単な、対象から術者自身に移し替える技以外は、無理が多すぎて使い物にならない。

すなわち――対象の傷を、術者自身の身の上に「少しだけ」移し替える。
術者が一部を「受け持つ」ことで、対象の傷を軽減する。完全ではないが、治す。
それがこの自己犠牲的な「禁呪」、『転呪移傷』……!

これは治癒魔法ではない。エヴァの不得手な、そして木乃香が得意な治癒魔法ではない。
呪いを操作する、解呪魔法の一種。解呪魔法の変種。
あまりに馬鹿らしく、あまりに効率が悪いため、魔法使いの世界では「禁呪」とされる魔法。
「デモナ、術式自体ハ難シクネーカラナ。素人同然ノ オ前ニモ使エルハズダゼ。
 モットモソノ分、魔力以外ノ犠牲、自分ノ身体ヲ傷物ニスル覚悟ガ要ルンダガナァ」
「う……! で、でも、ウチに出来ることが他にないなら……!」
ゼロの恐るべき提案に、それでも木乃香は懸命に頷く。
何もできない自分への苛立ち。苦しみ続けるクラスメイトの姿。
それが木乃香を追いつめていた。自分の身体などどうなってもいいとまで、思いつめていた。
「ところで――なんでエヴァちゃんトコにこんな魔法があったん?」
「さうざんどますたーガ死ンダ後ナ。御主人ガ『呪い』ノ研究ニ没頭シテタ時期ガアルンダ。
 奴ガ解呪シニ来レナイナラ、自分デ解コウッテナ。
 結局無駄ダッタケドヨ、コイツハソノ頃ニ見ツケタ、おまけノヨウナモノサ」
登校地獄の呪いに苦しむエヴァが、ナギの死のニュースを聞き、慌てて始めた悪あがき。
結局のところ、登校地獄を解けないのは技術的問題でなく、単純な魔力の総量の問題であったのだが。
それでも、例えば「ネギの生き血を丸1人分吸い尽くす」という解決法は、この頃に見つけたもの。
この、いささか使い道のない禁呪も、その過程で手に入れたものだった。

……病院は、相変わらずの雨。お昼前ではあるが、まるで時間の感覚のない空の色。
木乃香たちが訪れた時、包帯で覆われた和泉亜子は眠っているようだった。
大部屋の一角のベッドの上、目を閉じ布団を被ったまま、ピクリとも動かない。
「ほな、さっそく……」
「かーてん閉メロヨ。ミンナニ見ラレチマウゼ」
いそいそと呪文書を取り出す木乃香に、頭上のゼロが小さく囁く。
慌ててベッドを取り巻くカーテンを閉める木乃香。これで、周囲からの視線を気にする必要はない。
改めて片手に初心者用の杖、片手に魔道書を広げ、杖を亜子の身体に触れさせる。
「プラクテ・ビギ・ナル……えーっと、我は生贄、贖罪の山羊、かの者の苦痛を我が身の上に……」
木乃香は小声で呪文を唱える。魔道書をチラチラ見ながら、上位古代語の文言を唱える。
ラテン語もギリシャ語も意味など分からぬが、とりあえず文字の読み方はエヴァに叩き込まれた。
英語以外のアルファベットは、基本的に表音文字。基本の読み方を抑えれば、唱えることはできる。
「これでええんかな? ……『転呪移傷』!」
自信のない様子を滲ませながらも、全ての呪文を唱え上げ。
木乃香は最後に、「力ある言葉」を口にする。
瞬間、杖が触れている亜子の身体が輝きだし、次いで木乃香の身体も――

「――痛ッ!? な、なんやの、コレ!?」
光に包まれた瞬間。右の鎖骨あたりに小さな痛みを感じ、木乃香は軽い悲鳴を上げた。
見れば、襟首から覗く鎖骨の辺りに、小さな傷痕が浮かび上がっている。ただし出血はない。
木乃香を背後から見守るゼロは、わざとらしく咳をすると、彼女に告げる。
「アー、ウッカリ言イ忘レテタガナー。ソノ魔法、使ッタ側ハ、対象ノ感ジタ苦痛ヲ追体験スルンダ。
 マダマダ続クゼ。精神集中、乱スンジャネーゾ。下手スリャ全部ムダニナルカラナ♪」
どう考えても、「うっかり忘れていた」とは思えぬゼロの嘲笑。
しかし木乃香は脂汗を浮かべつつ、ニッコリ笑ってゼロに頷く。
「んッ、分かったで……ぎゃうッ?!」
再び悲鳴。今度は背中。巨大な刃に切り裂かれる感触を追体験し、木乃香は悲鳴を噛み殺す。

亜子の全身に執拗につけられた、数十の刀傷。
亜子自身は早々に気絶し体感せずに済んだその苦痛が、連続して木乃香の身体に襲い掛かる。
血こそ出ないものの、全身を生きたまま切り刻まれる痛みは本物そのものだ。
見えない刃に斬られる感触と共に、紅い傷痕が木乃香の白い肌に浮かび上がっていく。
少し薄れてはいるが、亜子の身体の傷と寸分違わぬ位置に生まれる傷痕。
傷痕が浮かび上がる度に、木乃香の身体が大きく震える。
「き、きついな~、コレ……! でも亜子ちゃんのために、頑張らんと……!」
「ケケケッ。思ッタヨリ根性アルナー、コイツ」
ゼロは意外な木乃香の頑張りに、思わず呟く。
並みの術者なら、術の維持も困難なはずの激痛だ。術の維持自体、精神力を大きく削っていく。
この辺りが、術式自体は簡単であるにも関わらず「禁呪」の扱いを受けている所以。
しかし木乃香は悲鳴を押し殺しながら、延々と続く拷問のような苦痛に耐え続けて……。

――十数分後。
木乃香は床に両手を着き、荒い息をついていた。
亜子は相変わらず眠っている様子で。その傷は、全身に巻きつけられた包帯に隠れ見えない。
「ど、どうなったん……? まほーは成功したん……?」
「自分デ確認シテ見レバイイダロ」
木乃香の疑問をゼロは鼻先で笑い飛ばす。消耗しきった木乃香は、気力を振り絞り立ち上がる。
目を閉じたままの亜子の包帯をほどき、その下の傷を確認する。
「わ……! だいぶ薄うなったなァ……! まだちょっとは残っとるけど……!」
「マア、ソウイウ魔法ダカラナ」
「ゼロちゃんのお陰や~。これで亜子がちょっとでも元気になってくれればええんやけど……!」
確かに前より目立たなくなった亜子の傷。本数や長さはそのままに、傷の色合いだけが薄れている。
木乃香の身体に浮き上がった傷と、ほぼ同じ程度。元の傷を、2で割って分け合ったような形。
木乃香は、自身も傷だらけの身体となった木乃香は、無数の刀傷の走る顔で微笑んだ。

木乃香は、知らない。
和泉亜子にとって、傷の「深さ」は、あまり意味がないということを。
「消えない傷が残ってしまっている」という事実こそが、亜子にとっては重要だということを。
多少傷痕が薄くなろうとも、傷は傷。亜子にとってのショックは、大して変わらない。
だから実は、この犠牲は無意味で無価値。木乃香の自己満足でしかない。
……そのことを見通しつつ、しかしゼロは悪意をもって沈黙を守る。
「ソレデ、ドースンダ? 結構辛イダロ、モウヤメトクカ?」
「ま、まだや。いいんちょと千雨ちゃんも、治してあげんと……!」
ゼロのさりげない挑発に、木乃香は立ち上がる。ゼロを頭に乗せなおし、亜子のベッドを後にする。
「次は――いいんちょやな」

「プラクテ・ビギ・ナル、我は生贄、贖罪の山羊、かの者の苦痛を我が身の上に……」
雪城あやかの病室。こちらは個室だから、同室の病人の視線を気にする必要はない。
あやか自身は目を覚ましていたが、しかし虚ろな目でブツブツと何事かを呟いている状態。
ゼロに「構ワネェカラ、ヤッチマエ」とそそのかされ、木乃香は呪文を唱え始める。
「いいんちょ、楽にしたげるからな……『転呪移傷』!」
あやかの身体が、光に包まれる。木乃香の身体も、光に包まれる。
……途端に嫌な音を立てて、木乃香の右手中指があらぬ方向に曲がる。
右手首が、右肘が、右肩が。それぞれ形を歪ませる。
「ぎひッ!? ……あ、あかん~。杖が……!」
右手が歪んだのだから、当然、杖を握っていられなくなる。杖が手から離れれば、術は解ける。
木乃香は咄嗟に自分の身をベッドの上、あやかの身体の上に覆い被せ、その危険を回避する。
あやかの体の上に杖を置き、その上に壊れた右手を「乗せている」状態。これなら、大丈夫。
術はなおも続く。今度は左足のアキレス腱が断裂する痛みに、木乃香は悲鳴を上げた。

「へ、へへへ……! お、おしっこ、ちょっと漏れてもうた。でも、この程度……!」
「スゲーナ、コイツ。マジデ2人目モ最後マデヤリ通シヤガッタ。失敗スルト思ッタノニヨ」
両手両足がグチャグチャな状態になりつつも、笑う木乃香。呆れるゼロ。

見たところ、ベッドの上のあやかの状態は変わらない。元より外からはわかり難い怪我だ。
木乃香の献身にも関わらず、相変わらず虚ろな瞳でブツブツと呟いている。
あやかの場合、その精神的ダメージは「小柄な怪人」に対する完敗によるもの。
今さら手足の怪我が多少治ったところで、大した意味はない。
意味はないが、しかし木乃香は満足げだった。自力で立つことも適わぬ身体で、呑気に笑う。
「あと、1人……。千雨ちゃんも治してあげんと……。でもウチ、ろくに動けへん……」
およそ半分程度、とはいえ、両手両足の全関節がイカれているのだ。動けるはずがない。
だがゼロはそんな彼女の頭の上によじ登ると、なにやら細いヒモをヒュンヒュンと飛ばして。
「仕方ネーナー。俺ガ動カシテヤルヨ。ホレ、立ツゼ?」
「うわ、ありがとなー、ゼロちゃん。助かるわ~」
ギクシャクと、壊れた関節を軋ませ、木乃香は立ち上がる。立てるはずのない身体で立ち上がる。
その手足には、人形繰り用の極細の糸。比喩でも何でもなく、文字通りゼロの操り人形状態。
ゼロに吊り上げてもらってようやく歩ける状態。一歩ごとに壊れた関節が動かされ、激痛が走る。
「ほんま、ゼロちゃんはいい子や~。ウチ、本当に感謝やわ~」
「…………ケケケッ」
苦痛の連続に霞む意識の中。思考力の低下した状態で、木乃香はそれでも礼を述べる。
しかしゼロが「いい人」のハズがない。邪悪な想いを短い笑いに押し隠し、ゼロは沈黙する。

「プラクテ・ビギ・ナル、我は生贄、贖罪の山羊、かの者の苦痛を我が身の上に……『転呪移傷』!」
昏睡状態の続く、千雨の病室。奇妙な足取りで、それでもやってきた木乃香たち。
ゼロの操り人形の木乃香は、それでも自分の意志で呪文を唱え、魔法を発動させる。
光に包まれる千雨の身体。光に包まれる木乃香の身体。
千雨が感じた苦痛そのままに、木乃香の首にヒモの跡が出現する。
「……ぐぇッ! ………! …………!!」
先ほどまでの2人とは、また異質な苦痛。木乃香は刀傷の浮かぶ顔を歪ませ、悶え苦しむ。
しかし、喉を掻き毟ろうにも、その両腕は自由に動かない。
虚空を見上げ、木乃香は苦しむ。息ができない。意識が遠くなる。
木乃香は舌を突き出し、白目を剥き、口の端から泡を吹きながら……

……窓の外に、雨が降り続ける。
単調な雨の音と単調な医療機器の音が、単調なハーモニーを奏で続ける。
病室の中には、意識を失った半死人が2人。片方はベッドの上、片方はベッドの傍に倒れ伏す。
どちらもピクリとも、動かない。
「本当ニ驚キダナ。コノ意志力、コノ根性。本気デ『偉大なる魔法使い』ノ素質アルゼ。
 コノ調子デ成長シタラ、将来ハ……イヤ、モウ無理カ。ケケケッ!」
3人の入院患者に「禁呪」を施すという苦行を、最後までやり通した木乃香。
彼女たち3人の怪我は、ほぼ半分に軽減された。それぞれ、今後のリハビリなども楽になるだろう。
しかしその分のダメージは、全て木乃香が己の身で引き受けて。
特に最後、千雨の受けたダメージに関しては……!

脳に損傷を受ければ、当然精神も影響を受ける。魂も傷つく。
知性を失い、精神力を損なえば……当然、「魔法使い」としての能力も、傷を負う。
東洋随一の魔法使いに成れる素質を持っていた木乃香、しかし、その才能は永遠に失われた。
実のところ木乃香の自己満足、独り善がりに過ぎない自己犠牲のために……!
ゼロは、嘲り笑う。木乃香の努力と善意を、思いっきり笑い飛ばす。

「キャハハ。キャハハハハ。キャハハハハハッ!
 馬鹿ダ、馬鹿ダゼ! コノ手ノ善人ハ、勝手ニ自滅スルカラ見テテ飽キネーナ! ケケケッ!」

木乃香は応えない。応えられない。
刀傷だらけの身体。へし折られた両手両足。そして、脳の障害。
自身も完全に入院必至の身体となり、意識を失ったまま動かない。
その片手に初心者用の杖を、もう片手に例の魔道書を握ったまま……!

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