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善意の代償


最初の日の夜、和泉亜子の肌は切り刻まれた。
2日目の夕方、明石裕奈の魂は犯され、終わることなき自殺衝動に取り付かれた。
3日目の夜、雪城あやかは返り討ちに会い、両手両足をへし折られた。
4日目の夕方、柿崎美砂・釘宮円・椎名桜子は殺し合いを演じ、3人の仲は引き裂かれた。
同じく4日目の夜、宮崎のどかは怪物の心を覗き込んでしまい、心を病んだ。
5日目の夜、長谷川千雨は逃げ出そうとして、吊るされた。

ここまでで、8人。31人のクラスの、およそ1/4。
血と苦痛にみちた5日間のウィークデーが終わり、そして始まった土曜日の朝。
その日は未明から降り出した雨が、しとしとと降り続けていた。
分厚い雲が、朝日を遮る。

「…………」
麻帆良大学付属病院の、病室の一つ。
あの後、打ち捨てられていた所を巡回中の魔法先生に発見され、病院に収容された千雨。
懸命の治療により一命はとり止めたが、未だ彼女の意識は戻らない。
首にくっきりとヒモの痕を残す彼女。規則的な呼吸に、その胸だけがゆっくりと上下する。
「千雨さん……あなたは、何と出会ってしまったですか?」
見舞いに駆けつけた夕映は、呟く。小さな拳が、ギュッと握り締められる。
のどかのことが心配で、千雨に最後まで付き合わずに帰ってしまった夕映。
しかし結局のどかは心を閉ざしたままで、できることは何もなく。急いで帰るだけ無駄だった格好。
かつて裕奈が亜子に抱いたのと同様の罪悪感が、夕映の心を責め苛む。
「私が先に帰らなければ……私があなたと一緒に居れば、こんな事態は防げたのでしょうか」
夕映の問いかけに、応える者は誰も居ない。
眠り続ける千雨。単調な音を立て続ける医療機器。ベッドの傍に置かれた、千雨の荷物。
夕映はふと、その荷物に目を留める。正確には、カバンからはみ出したノートパソコンに……!

「…………」
同じ病院の、別の病室。
こちらの患者は、眠ってはいない。目を開けて、宙をみつめている。
ガラス玉のように生気のない目で、虚空をみつめ続けている。
ギプスや固定具で拘束された両手両足。ブツブツと何かを呟き続ける唇。
そんな彼女の手を、ぎゅッと握り締める手。見舞いに訪れていた明日菜だった。
「大丈夫、大丈夫だから、いいんちょ。ちゃんとリハビリすれば、動けるようになるって話だし」
まるで聞こえてない風のあやかに、それでも明日菜は微笑みかける。励まし続ける。
ここのところ毎日、朝刊配達が終るとあやかの病室を訪れていた明日菜。
しかしあやかの受けた精神的ショックは大きく、何を言ってもロクな反応がない。
手術によって修復され腱などを繋ぎなおされた手足は、確かに回復の可能性はあったが……
あくまでそれは、本人の意欲があればのこと。辛いリハビリに耐える意志があればのこと。
こんな様子では、治るモノも治らない。
すっかり魂の抜けた格好のあやかに、明日菜は目の端に涙を滲ませる。
「いいんちょ……しっかりしてよ……。アンタがそんなんじゃ、張り合いがないじゃない……!」

「…………」
同じく、同じ病院の別の病室。
入院当初は個室だった彼女も、だいぶ落ち着き状況も良くなり、一般病棟の大部屋に移された。
全身包帯で巻かれた格好の彼女。包帯の隙間から覗く両目は、あやかとは違う意味で虚ろだ。
ベッドの上に腰掛けて、降り続ける雨をぼんやり眺めている。
「何もなければ、明日にも退院だっけ? よかったねー」
寮で同室のまき絵が声をかけるが、しかし亜子からの反応はない。黙って雨を見つめている。
元々、亜子の傷は浅い。見た目は酷いが、命に関わるような怪我でもない。
当初のような狂乱が見られなくなった彼女は、通院治療に切り替えられることになっていたが……。
感情らしい感情の消失した親友の姿に、まき絵は困惑することしかできない。
「どーすればいいのかなー。私バカだから、こーゆーシリアスなの苦手なのに……」


朝からの雨は、巨大な麻帆良学園を等しく包み込む。
学園のはずれ、森の中に建つログハウスも、雨に濡れる。
しかしログハウスの地下、巨大なフラスコに封じられた『別荘』までは、雨も届かず……


南海のリゾートのような、青い空。青い海。
その只中に突き立てられた巨大な塔の頂上で、激しい戦闘が繰り広げられていた。
「ハハハ! どうしたボーヤ! そんな調子では、誰も守れはしないぞ!?」
「くッ!!」
笑いながら、無数の魔法の矢を放つエヴァ。急速に間合いを縮める茶々丸とチャチャゼロ。
息もつかせぬ攻撃を転がるようにして避けながら、ネギは3人を睨みつける。
「ラ・ステル マ・スキル マギステル 来たれ虚空の雷 薙ぎ払え 『雷の斧』!」
接近する2人の従者に向けて放たれる、巨大な雷の刃。散らばる2人。そして……!

「『雷の斧』を捨て技にこちらの連携を絶ち、バラけた所に各個撃破狙いの魔法の射手、か。
 私の教えた連続技を逆に使うその発想は良かったが……一歩足りなかったようだな、ボーヤ」
「ふぁい……」
激しい実戦訓練が一段落し、倒れ伏すネギにエヴァンジェリンは微笑む。
狙いは悪くなかった。実に惜しいところだった。ネギの実力は、確実にアップしている。
茶々丸の拳を叩き込まれた頬を押さえたまま、ネギも頷く。
頬は大きく腫れあがり、言葉も聞き取りにくい。歯が折れたか、下手すれば骨までイッてるか。
「木乃香。コイツの怪我、治してやれ。……ああ、もうその『火』の維持訓練はいいぞ」
「はいな」
エヴァは闘技場の隣、屋根の下で観戦していた木乃香に声をかける。
木乃香もただ観ていただけではない。手にした杖の先に、魔法の炎を灯し続けていた。
基本中の基本の魔法とはいえ、一定の火力で長く維持するには少なからぬ技術が要る。
ネギが実戦訓練に励んでいる間、木乃香もまた、魔法の練習をしていたのだった。

「来たれ(アデアット)! ……ほいじゃ~ネギ君、ちゃっちゃと治してあげるからな~」
木乃香はアーティファクトを召喚し、扇を広げる。
心地よい風が吹きぬけ、傷が癒されていく。ビデオを巻き戻すようにネギの顔が治ってゆく。
「…………」
「ありがとうございます。……どうしました、木乃香さん?」
傷を治してもらったネギは、彼女を見上げてお礼を言うが……当の木乃香は、浮かない表情。
「……うちのまほー、あの3人には、役に立たへんのやな……」
「しつこいぞ、近衛木乃香。そのための特訓だろうが。焦っても得るものは何もないぞ?」
うなだれる木乃香に、エヴァは苛立ちも露わに声を荒げる。ネギもどう慰めていいか分からない。
木乃香は、2つの扇を握り締めたまま、顔を伏せる。
亜子の消せない傷痕。迂闊に治せないあやかの関節の損傷。
同じく簡単には治せない、たとえ治しても魂までは元に戻せぬという、千雨の脳細胞の損傷。
ネギの傷なら、こんなに簡単に治せるのに……どうして、あの3人には……!

そもそも、こんな朝から2人が『別荘』で特訓しているのも、一連の事件のせいだった。
3度までも生徒を守りきれなかった自分を責めるネギ。治癒術の限界に直面した木乃香。
2人はそれぞれに「今まで以上の力」を求め、エヴァの別荘を借りて特訓に励んでいた。
励んでいた、のだが。
まだまだ未熟な木乃香は、「治癒術の修行」の前に「魔法の基礎」を身につける必要があった。
そしてその訓練内容は、ひたすら地味な、治癒術とは無縁にしか思えぬ反復練習。
具体的で分かりやすい戦闘訓練に励むネギを横目に、木乃香の焦燥は募る。
いつまでこんなことを続けなければならないのか。いつになったら3人を救う力が手に入るのか。
そもそも、治癒魔法は苦手なエヴァの下で修行し続けて、意味などあるのか。
いつもはのんびり屋で楽天家の木乃香だったが、今は気持ちが空回りするばかり。

「よし。ではボーヤ、実戦訓練は終わりだ。次は基礎力のアップのトレーニングに行くぞ。
 さっきの戦闘も、コンマ1秒詠唱が早ければ面白いことになっていただろうしな。
 まずは呪文の連続高速詠唱から行こうか。魔法の射手を1本ずつ、199本連続詠唱」
「はいッ、師匠!」
「茶々丸、チャチャゼロ。お前たちはもういい。好きにしろ。
 木乃香、今日はもう休め。基礎のできていないお前に、これ以上の練習はかえって有害だ。
 下にでも下りて、勝手に休んでろ」
エヴァはぶっきらぼうに指示を飛ばす。エヴァとネギを闘技場に残し、解散する面々。
どうやらエヴァ自身は最後までネギの特訓に付き合うつもりらしい。
階下の居住スペースに向かいながら、木乃香はチラリと背後を振り返る。
……エヴァが、ネギの修行に掛かりきりになるというのなら――!

塔の奥。木乃香はキョロキョロと周囲を見回しながら、複雑に入り組んだ通路を進んでいく。
……大丈夫。誰も居ない。塔の掃除などを受け持つエヴァの人形たちも、どうやら居ない。
木乃香は明らかに挙動不審な態度を取りながら、塔の奥へと歩みを進める。
途中迷いながらも辿り着いたのは、エヴァの蔵書室。図書館島を思わせる大量の本。
木乃香は呪文書の一冊を勝手に抜き取り、ページをめくり始めて……
「――コラ! ソコ、何ヤッテル!」
「ひぁッ!?」
「……ナーンテナ。ケケケッ、ソンナニ驚クナヨ」
突如声をかけられた木乃香は、悲鳴と共に跳ね上がって。小さな影は、そんな彼女を嘲笑う。
振り返れば、そこにはチャチャゼロ。例の不気味な笑顔を浮かべ、木乃香を見上げる。
「見カケニ拠ラズ悪イ奴ダナ。御主人ニ見ツカッタラ、折檻程度ジャ済マネーゼ?」
「ううっ、そうなんやけどなー。あ、ゼロちゃん、お願いだからエヴァちゃんには言わんといて~」
「ケケケッ、マアイイケドヨ」
木乃香の嘆願に、あっさりと頷くチャチャゼロ。ゼロにしては意外なまでに聞き分けのいい態度。
ゼロはそして、木乃香に逆に問いかける。

「デ、コンナ所デ何シテンダ、オ前ハヨ」
「こんだけ本があるんやから、何か無いかと思てな~。ウチの魔力で、何とかなるような魔法とか」
木乃香は素直に告白する。
魔法使いの世界に入ったばかりで、未だ「何が可能で何が不可能なのか」実感のない木乃香。
彼女にはどうしても信じられないのだ。あの3人に対して、打てる手がないということを。
一般人の感覚を引きずる彼女にとって、まだ「魔法」とは「奇跡」と同義。
簡単かどうかは別として、できないことなど何もないはず……という思い込みを、抱いていた。
――実際の「魔法」というものは、現代科学とはまた異なる、1つの技術体系に過ぎないのだが。
「ウチがエヴァちゃんに怒られるくらい、どーでもええの。
 ウチ自身が痛かったりとか苦しかったりとかは、いくらでも耐えられる。
 けど、何もできんと見てるだけなんて、ウチ、耐えられんのや」
木乃香は涙ぐむ。
優しさと強さ、そして時に禁を犯してでもなんとかしようという、彼女の行動力。
そんな彼女を、チャチャゼロはつまらなそうに見上げていたが……
ふと、何かを思いついたのか、ニヤリと笑う。木乃香に問いかける。
「ソンナニ アノガキドモヲ救イテェノカ? ドーアッテモ救イテェノカヨ?」
「うん……」
「自分自身ガ本当ニ痛イ目ニ合ッテモ? 自分自身ガ本当ニ傷ツイテモ?
 自分自身、取リ返シノツカナイ身体ニナッチマウ可能性ガアッテモ?」
「……ひょっとして、何かいい手があるん、ゼロちゃん!?
 やっぱゼロちゃんてばいい子や! なあ、ウチ何でもするから、教えてぇな!」
木乃香の覚悟を問うチャチャゼロの言葉に、木乃香の表情がぱぁっと明るくなる。
それはつまり、方法があるということなのか。何か「使える」魔法があるというのか。
一気にやる気を漲らせる木乃香に対し、ゼロは邪悪な含み笑いを噛み殺すのに必死だった。

「ケケケッ、馬鹿ナガキダゼ。コノ俺ガ『いい人』ナ訳ガネェダロ……!」

 7th TARGET  →  出席番号13番 近衛木乃香