MAGISTER NEGI MAGI from Hell

千雨編―第一話―

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『哂う人形』の闇


千雨が『それ』を初めて知ったのは、例によってPCの前に座っている時だった。
「……なんだこりゃ。『哂う人形』?」
クラスとは少し距離を置いている彼女だが、流石に級友が2人も襲われれば気にもなる。
そして気になって調べる先は、やはりネット。
何故かこの手の事件とは無縁な麻帆良学園。2人の女生徒の事件は当然大きな話題となる。
その情報の洪水の中に、千雨は少し気になるやりとりを見つけていた。
麻帆良学園ローカルの、匿名掲示板の片隅。

これってさ、『哂う人形』じゃない? ほら、昔流行った七不思議の
動かなきゃ切り刻まれて、戦えば折られて、逃げれば・・・・何だったっけ?
うわ、分かる奴居たw あれって小学生の頃だっけ?

……これだけだ。千雨は腕を組み、しばし考える。
そもそも2つの事件は同一犯なのか別々の事件か、という話題で盛り上がっていたスレッド。
そこで唐突に出てきた、『七不思議』に『哂う人形』。
ほとんどの者はその話題を理解できない様子で、まるっきり無視扱いされていたが……
切り刻まれた亜子。全身の関節を折られたあやか。その一致に、千雨のカンが何かを告げる。

千雨は検索を始める。
『哂う人形』の話題を出した人物のIDを元に、その人物の書き込みを全て表示。
他のスレの書き込みを見るに、どうやら麻帆良工大の院生らしい。教授の愚痴などもある。
この人物がエスカレーター式で上がっていったなら、『小学校』とは恐らく麻帆良の初等部。
時代を考えれば……
「10年以上前……幅を取って、10年から20年前か」
しかし『笑う人形』『哂う人形』などで検索をかけても、あまりたいした情報は見つからない。
いや、唯一、使えると思われたものは。
「『麻帆良学園七不思議研究会』の会誌、か……十数年前の目次だけ載せられてもな……」


かくして千雨は、夕映と共に図書館島の一角にいた。
机の上に積み上げられたのは、『麻帆良七不思議研究会』の数十年分の会誌。
昔のモノは藁半紙にガリ版刷り、ホチキスで留めただけの見づらいものだが……
それでも、他にはない貴重な資料である。
「ありがとな、手伝ってくれて。……ああそうだ、学園史編纂室の資料も、場所を聞いておくか」
「それはいいのですが……何を調べてるですか? 千雨さんにしては珍しいのです」
図書委員としての仕事もサポタージュしたのどかの代わりに手伝いながら、夕映が問う。
確かに珍しいのだ。いつもパソコンを弄ってる彼女が、こんな所に来るのは。
「ああ――この『七不思議研究会』、自前のHP持ってるくせに、その内容が貧弱でさ。
 まるで使い物にならなくてな……」
「いえ、そうではなくて――何故そんな調べものを? 何について調べているのです?」
夕映は千雨を見上げる。探るような瞳。千雨はぶっきらぼうに答える。
「学園七不思議の、8番目だか9番目だかに当たる都市伝説。『哂う人形』ってヨタ話さ」

七不思議。
どこの学園でも語られる罪のない噂であり、この巨大学園・麻帆良にも当然ながら存在する。
ただしこの七不思議というもの、結構いい加減な代物ではあるのだ。
不思議が6つだったとしても、『六不思議』にはならない。8つでも『八不思議』にはならない。
7という数が重要なのか、それとも『ナナフシギ』という音の響きがいいのか……
ともあれ、必ず『7つ』の不思議が選出される。
逆に言えば、数合わせにでっちあげられる『不思議』や、選から漏れる『不思議』もあるわけで。

そしてこの手の噂というのは、固定的なモノではない。かなり適当に、流動的に変化する。
7つの不思議、その上位3つ4つはほとんど変わらないが、下位のいくつかは時折入れ替わる。
時代により流行により、少しずつ入れ替わっていく。語る人によっても違いが出る。
麻帆良学園の七不思議の場合、『世界樹伝説』や『学園長のあたま』などはほぼ固定。
しかし下位の3つは語る人や時代によって大きく変動する、というのが実情だった。

この『学園七不思議研究会』は、そういった噂話の定点観測を行う稀有な団体だ。
毎年毎年、かなりの数の生徒からアンケートを取り、彼らの『知っている』七不思議を調査。
どんな『不思議』が『七不思議』の中に取り込まれているのか、などを研究している。
もちろん個々の『不思議』について、追跡調査するような活動もしているのだが……

「だけどお蔭で、普通は曖昧になっちゃうような都市伝説とかが、しっかり分かるんだよな」
のどかの具合を心配する夕映は既に去り、閲覧室に残された千雨は1人で呟く。
千雨は古い会誌をめくっていく。過去の「登場する不思議のランキング」を調べていく。
8番以降というのは、要するに「それを七不思議に加える人があまりいなかった不思議」だ。
七不思議の上位に食い込めず、時代と共に忘れられていくような、そんな噂話だ。
毎年の会誌を並べ、順に追っていけば、その噂がいつ登場し、いつ消えたのかが理解できる。
「しかしコイツら、HP持ってるんだからちゃんと電子化しておけよ……。手間かけさせやがる」

哂う人形。
その「不思議」が登場したのは、15年前だった。唐突に、突然出現した。
ある年に突然噂に登場し、いきなり七不思議の「6番目」くらいに入っている。
しかし次の年にはもう「8番目」くらいにランクダウンし、3年後にはベスト10から消えている。
噂の内容は、こんな感じだという。
『夜中の学園で、満月の夜に1人で歩いていると、耳障りな笑い声が聞こえてくる。
 笑っているのは小さな呪いの人形。1人で会ってしまったら、助からない。
 立ち尽くせば、切り刻まれる。
 抵抗すれば、体中の骨を折られる。
 そして逃げれば――』

『怪人赤マント』や『口裂け女』などの都市伝説に近い雰囲気の話だ。
あるいは『赤い紙・青い紙』のような『学校の怪談』か。
この『哂う人形』は、それらの麻帆良学園ローカルのバリエーション、と考えられないこともない。
だが……

「だけど……なんか引っかかるんだよな……」
千雨は考える。研究会の会誌とノートパソコンを前に、考え込む。
一見するとごく自然な都市伝説風の、『哂う人形』。
しかし、ネット上でこの手のフォークロアを色々見てきた千雨には、かなりの違和感を覚えて。

まず、その内容が独創的過ぎる。突飛過ぎる、と言ってもいい。
「○○すれば○○で殺される」といった条件が並ぶのは、確かに学校の怪談などの定番だ。
しかしそれは、『赤い紙を頼めば血まみれ、青い紙を頼めば血を抜かれて真っ青』のように、
話を聞く側が連想しやすい内容になっているのが普通だ。
留まると斬殺、抵抗すれば骨折とは、いったいどこから出てきた発想なのだろう?

また、この手の「間違えると殺される」話は、大抵「救済法」とセットで語られる。
示された選択肢の中に助かるものがあるだとか、難を逃れるための呪文があるだとか。
しかし、この『哂う人形』にはそれがない。遭遇した時点で死亡確定なのだ。
あまりに、救いがない。怪談としても投げっぱなし過ぎる。

最後に――噂の登場と退場が、あまりに早すぎる。急に出現し、すぐに忘れられた感じだ。
そこに何か、不自然なものを感じずには居られない。

「哂う人形」は、流行していた短い時期でも、七不思議の下位に留まったお話である。
だからだろう。七不思議研究会のメンバーたちは、あまりこの噂を重視してない。研究してない。
けれど、千雨は考える。
根も葉もない噂なら、こんな形にはならない。誰かの作為的な作話なら、こんなに広がらない。
「これは背後に根も葉もある、つまり、何らかの『事実』『事件』があるということなのか……?」

調べてみた千雨は、そして知る。『学園史編纂室』の会誌の中に、それを見つける。
15年前に起きていた、連続女子生徒暴行事件。迷宮入り扱いされた、古い事件を――!


「……やべ、すっかり遅くなっちまった。急いで帰って、サイト更新しないと……!」
気がつけば外はすっかり暗くなっていた。
明日は休日、だから生活リズムが崩れても別に構わないのだが、千雨には大事な仕事がある。
食事やら何やらはどうでもいいが、定時のサイト更新が遅れてしまうのは気に食わない。
「ったく、私は何やってんだ……! 意味のない調べ物にこんな時間かけて……!」
図書館島から寮に戻る道を急ぎながら、千雨は自らの気まぐれを呪う。
例の『哂う人形』が実際の事件と関係があるかどうかは、結局のところ分からない。
15年前の連続暴行事件も、確かに今回の事件と似た部分があった。
が、しかし、その時の事件も、都市伝説『哂う人形』と違い、死人は出ていない。
そして関係があったとしても、別に千雨が調べねばならない義理などなかったのだ。
誰に頼まれたわけでもない、犠牲者と特に親しかったわけでもない。
むしろ、本当に考えなければならなかったのは、自分が実際の事件に巻き込まれないこと。
あやふやな過去の事件や噂話ではなく、今現在進行している事件のこと。
こんな風に、日が暮れてから暗い夜道を1人で歩くような事態を、回避することで――!

「――――ッ!!」
ざわっ。
暗い森の中、駆け抜けた生暖かい風。思わず千雨は足を止める。
何かがいる。誰もいないはずの暗い道、しかしどこかに『何か』が潜み、千雨を見ている。
伊達眼鏡の下、千雨は表情を強張らせる。
「なんだ、この悪寒……まさか――」
『ケケケケッ』
ざわっ。
再び風が吹く。風に乗って、耳障りな笑い声が聞こえてくる。
千雨の背後に、巨大な刃物を担いだ、都市伝説の魔物のシルエットが、静かに忍び寄り――!

 6th TARGET  →  出席番号25番 長谷川千雨

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