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エヴァンジェリンが、数ある格闘技の中から合気柔術を選んで習得したには、訳がある。1つは、その技術体系が腕力や体格をほとんど要求しない種類のものであったこと。そして、もう1つは――「痛み」によって相手を制する、関節技や押さえ込み技の数々の存在。相手が抵抗し暴れる力さえも利用して、関節を極め、痛みを与える。あるいは、押されれば激痛の走る「ツボ」をピンポイントで指圧し、痛みを与える。そして、それらの痛みをもって敵の抵抗力を奪い、押さえ込む。元々、刀を持つサムライを素手で制するための技術だ。サムライですら刀を取り落とす「痛み」だ。そんな痛みを与えられたら、「魔法使い」が抵抗などできるはずもない。ほんのデコピン1発で呪文詠唱が妨害されてしまう「魔法使い」。そんな彼らを相手にするのに、これほど有効な技術体系はそうそう無いわけで。さらにこれに、人形使いとしての超一級の技術を加えれば。人形使いの糸は、言ってみればどこまでも伸びる第三・第四の「腕」。両の腕でできることは、大概できる。両の腕でできる技は、大概再現できる。これらの技術を駆使すれば、今のガンドルフィーニのように、触れずして関節を極めることも――「なっ……!? 『魔法使い』の力も、『吸血鬼』の力も、使わずに……!?」苦しい息の下、ガンドルフィーニは呻く。もがけばもがくほど、絡まる糸。軋みを上げる関節。魔法のための集中など、とてもできない。自分自身も「万能型」の「魔法使い」として、魔法のみならず射撃や格闘についても修行を重ねた彼。その多岐に渡る経験が、揃って1つの結論を告げる。「格が違う」、と。この目の前の小さな怪物は、あらゆる意味で自分を上回っている、と。体術も、戦闘の駆け引きも、引き出しの多さも。全て自分とはケタ違いで。……その上で、全く何の慢心もなく、残酷なまでの完璧さで、自分を封殺しようとしている。全く、容赦がない。全く、迷いがない。
――あの日。揺らめく炎の向こうに、少女は探していたのだ。 彼女の処刑に、反対する誰かの姿を。体制と戦わんとする、誰かの意志を。 拘束など、いつでも解けた。拷問など、受けずに済ますこともできた。 けれど、ギリギリのその瞬間。逆らえば自らも「魔女」とされかねない、その状況で。 それでも、誰かが味方してくれると信じたかった。誰かが味方してくれる光景を、期待していた。 ……いや、表立って戦えずともいい。そこまで強い「ヒーロー」でなくてもいい。 痛ましさのあまり、涙を浮かべて目を逸らす人が、1人でも居てくれたら。 彼女は、ただそれだけで、街の人全てを許せたかもしれないのだ。 たった1人で良かった。 孤独な彼女に手を差し伸べてくれる存在が、たった1人でも居れば。 彼女が「作った」人形たちは何があろうとも彼女の味方だが、しかしそれは実に虚しい味方。 人形たちは、彼女の一側面でしかない。彼女自身の延長でしかない。 無数の人形たちの中でも特別な存在、チャチャゼロであっても、また―― だから。 だから、彼女はあの日のあの手を、忘れられない。 あの型破りで自由で無茶苦茶な「ヒーロー」が差し伸べた、あの手の温もりを――――麻帆良学園の外れ、森の中。穏やかな午前の光に包まれたログハウスの前に、キラキラと光る欠片が舞う。かつてガンドルフィーニだったモノ。絶対零度で凍結され、砕け散った、彼の残滓。この世に居た痕跡すら残さず、塵となって消えた彼。エヴァンジェリンは俯いたまま、呟いた。どこか寂しげな横顔で、呟いた。「……馬鹿め。奴に憧れていたと言うのなら、何故、そんなつまらん『大人』になどなる。 お前と違って、奴はそんな『大人』じゃないぞ。わがままで、勝手で、ロクでもない奴なんだ――」「……目標の消滅を確認。マスターの完全勝利です」「ケケケッ。ダカラ言ッタロ。手ェ出ス必要ナイッテヨ」遥か遠く。エヴァンジェリンの家を遠くに眺める、古い時計台の上。一連の戦いを眺めていた、2つのヒトならぬ影があった。エヴァの従者、ロボットの茶々丸。同じく従者の生き人形・チャチャゼロ。朝から女子寮に出かけ、そして一悶着あった後、戻ろうとして――そして察知した、この戦闘。咄嗟にエヴァを助けに飛びだそうとした茶々丸を留めたのは、ゼロだった。「オ前ニハ、1度シッカリ見セテオキタカッタカラナ。本気ノ御主人ッテ奴ヲヨ。 覚エテオキナ。アレガ、本当ノ『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』ダ。 15年ノ学園生活デ腑抜ケタ奴ジャナイ、南海ノ孤島デ『正義の味方』ヲ狩リ続ケタ、『悪』ノ姿サ」「はい、姉さん。メモリーに記録、認識を修正しておきます」チャチャゼロの言葉に、素直に頷く茶々丸。その顔に、表情はない。普段から表情に乏しく感情の起伏の少ない茶々丸だが、今は奇妙なまでに表情がない。……そんな「妹」をよそに、チャチャゼロは喋り続ける。「デ、アアイウ奴ダカラナ。俺達ガ逆ラウノモ、簡単ジャネーンダ、コレガ。 オ前、御主人ガ魔法使エネー時期ナラ、楽勝デ勝テルト思ッテタダロ?」「はい、姉さん。確かに私の見通しが甘すぎました。シミュレーションを再試行する必要があります」「マダ、アレデモ見セテナイ技ガ幾ツモ残ッテルンダ。注意シロヨ」まるでエヴァを敵に回すかのような会話を交わす、従者2人。普段からエヴァをもからかうような言動をするゼロはともかく、忠実な茶々丸までもが。ゼロの言葉に、生真面目に応える。無表情なまま、頷く。「……はい、姉さん。 我々の完全勝利のためには、いくつかの準備と今しばらくの時間が必要かと思われます」 NEXT TARGET → ???
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