死に際して


 こんな時じゃないと言えないから、
 君に言葉を残そう。

 なに、縁起でもないって?

 それはお互い様だと言ってやりたいよ。


 若い頃のこと。
 僕らはとっても素敵な夢を見た。
 草はまだ青々としていて、
 空はどこまでも続いていたね。
 海ははてしなく遠くて、
 道は地平線の向こうまでまっすぐ延びていて、
 向こうにはゆらゆらと誘うような蜃気楼が浮かんでいた。

 なに、あれは大きな入道雲だったって?
 それは君の見間違い。
 さもなければ記憶違いの、思い違いさ。


 僕は全く生きることに疲れていて、
 やりたいことも見つからず、
 好きな人にさえ逃げられて、
 今はこんなみじめな生き様。
 日々何かせわしなく追い立てられて
 夢を見ることさえ苦労に思えて。


 ただね。
 君は夢に生きることができたんだろうけど、
 あれは浅はかだったよ。

 今の僕になら言える。
 君はもうすこし生きてみることも悪いことじゃなかったんだ。


 こんなふうに魚の骨みたいになってしまってもね。
 きらきら光っているものは君と僕にしかわからないんだから。


 僕は君のためにもうすこし生きていたいと思う。
 なに。あの日には。
 あの日には帰れるんだ、いつだって。


詩。2006年。ユーミンの「あの日に帰りたい」に寄せて。

カテゴリ: [落書テキスト]

最終更新:2006年05月28日 22:18