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 今月9日、スーダンでの南北内戦の末に南スーダン共和国が悲願の分離・独立を果たした。その原油資源やインフラ事業を巡り、関係各国が駆け引きを繰り広げている。新たなビジネスチャンスをうかがう国々。日本もその例外ではない。【服部正法、平地修、ジュバ高尾具成、北京・工藤哲】

 「あのまま現地に入れていれば、今ごろ日本企業の動きはもっと活発化していたかもしれない」。日本政府関係者の一人が悔しがる。

 3月下旬、日本政府は外務省アフリカ審議官をトップとする民間企業との合同代表団を南部スーダンに派遣する予定だった。

 独立で政情が安定しインフラ整備が進むことになれば、アフリカでインフラ輸出を積極化させる日本企業にとっては、大きな商機となる。派遣団は、その足掛かりを作るはずだった。

 だが現地入りを目指したところに、東日本大震災が起きた。派遣は中止され、再開のめどは立っていない。

 これとは別に、南スーダンと南側の隣国ケニアを結ぶ新パイプライン構想も現地で持ち上がり、日本企業の名前が挙がっている。

 「日本の商社とハイレベル協議を進めている」。今月1日、ケニアの首都ナイロビにある首相府で、インフラ整備担当のカスク顧問はそう言って、分厚い内部文書を広げた。

 ケニアの大規模開発計画(総額100億ドル=約8000億円以上)の調査報告書だ。南スーダンの原油を首都ジュバからケニアのラム港へと運ぶ新パイプライン(約1400キロ)構想が描かれ、06年にウガンダで発見されたばかりの油田(埋蔵量約25億バレル)とも結ぶ。「日本や中国、ウガンダにある米国系の企業が事業参加に意欲的」という。

 南北スーダンで採掘されるのは「ナイルブレンド」と呼ばれ、硫黄分が少なく火力発電に適した原油。東日本大震災の影響で原子力発電が大幅に落ち込み、各電力会社が火力発電への切り替えを余儀なくされる日本にとっては、原油輸入を拡大させたい思惑もある。

 この日本の商社のナイロビ支店は取材に対し「答えられない」とした。だが独立前の南部スーダン自治政府のグベク鉱山エネルギー省次官は5日、「日本とは独立後、本格的な協議をすることになるだろう」と語った。

 南北分離前の旧スーダンはアフリカ第6位の産油国(埋蔵量約60億バレル)。99年に北部の港へと運ぶパイプライン(最長1610キロ)が完成し、1日に原油約50万バレルを産出する。

 輸出先の上位3国は中国(65%)、インドネシア(15%)、日本(12%)。原油収入は輸出全体の93%(50億ドル=約4000億円)を占める。
 ◇資源争奪 中国独走 米、再参入へ

 「今のままでは北部がパイプラインを止めたら、南部はお手上げだ」。ケニア政府の開発担当責任者のムゴ・キバチ氏が強調する。

 南北スーダンは原油権益の分配をめぐり、対立してきた。内戦終結の包括和平合意(05年)でいったん折半すると決めたが、今回の分離で交渉を再開。互いに取り分を増やそうとしている。

 油田の4分の3は南部に集中するが、輸出港へのパイプラインは北部にしかない。北部は交渉を有利に運ぼうと、南部への供給制限を繰り返す。南スーダンはこれに対し、ケニアへの新パイプライン構想を掲げる。北部のパイプラインの存在価値を揺さぶる戦略だ。

 南北内戦を激化させたのは、宗教的対立だ。現在もイスラム教徒が多数派の北部は北側のエジプト(イスラム教主流)、キリスト教徒の多い南部は南側のケニア(キリスト教主流)との関係が深い。

 ケニア側は、独立後間もないため政府機能の脆弱(ぜいじゃく)な南スーダンを経済協力で引き寄せ、自らが主導する東アフリカ・キリスト教主流国のグループに組み込むことで、北側のイスラム教圏拡大を阻止したい思惑がある。

 だが、そこには中国が立ちはだかる。もともと原油を採掘したのは米国企業だが、80年代半ば、内戦の影響で従業員が殺害され撤退。さらに米政府が93年、旧スーダンを「テロ支援国家」に指定し、欧米の企業は相次いで撤退した。

 くしくも同じ93年、中国は急伸する国内消費を背景に、世界5位の産油国でありながら石油輸入国へと転じる。中国は欧米撤退後の空洞化を埋めるように、原油事業を拡大させた。

 9日、独立に沸く南スーダンの首都ジュバには、中国系企業の看板があふれていた。ホテルやレストランの職場で中国人とスーダン人の姿が入り交じる。独立式典で掲揚された新国旗も中国広東省で作られ運ばれてきた。

 人とカネを送り込み、インフラ整備を進める。「走出去」(外に打って出る)とも呼ばれる海外戦略で、中国はアフリカ大陸における進出と投資を加速させてきた。欧米主体の支援は条件や規制を厳しく求めるものが多いが、中国は「アフリカに必要な投資を持ってきてくれる」(カガメ・ルワンダ大統領)と歓迎する声も少なくない。

 米国政府は、そんな中国の動きを注視する。告発サイト・ウィキリークスは昨年12月、在ナイロビ米大使館が発信した公電を暴露した。「(ケニアにとって)中国は、南スーダンやウガンダとのパイプライン建設を含む地域開発のパートナーとなりうる」。親米国ケニアと交渉を進める中国への警戒感がにじむ。

 「米国の企業から、約5カ月で完成できるという石油精製技術の提案を受けている」。南部スーダン自治政府鉱山エネルギー省次官だったグベク氏が明かす。米国自身も最近、南スーダン側に原油事業参入の意向を示しているという。
 ◇国家繁栄 石油依存に限界も

 南スーダンが仮に、原油の権益分配や新パイプラインの完成で大きな利益を得たとしても、未来への課題は少なくない。

 アフリカでは資源の発見が内戦や政治腐敗を招き、経済活動の多様性を失わせるケースが目立つ。「資源の呪い」とも呼ばれ、資源の豊かさが、皮肉にも国家の基盤をむしばんでいくのだ。

 例えばアフリカ第3位の原油埋蔵量を誇るアンゴラ。内戦を27年も長引かせた要因の一つは資源だった。政権側が石油、反政府側がダイヤモンドをそれぞれ資金源に武器を入手、紛争を拡大させた。

 ダイヤやコバルトが豊富なコンゴ民主共和国では、鉱山利権を押さえようと武装組織が割拠。周辺国も介入し、紛争は500万人以上もの犠牲者を出して今なお終結していない。

 アフリカ最大の石油生産国ナイジェリアは、かつてはヤシ油などの農産物輸出国として知られた。だが石油が見つかり輸出が進むと、農業は衰退。経済は石油依存を深めた。

 分離前のスーダンも農業国で、綿花やゴマなどを輸出してきた。国内総生産(GDP)に占める農業の割合は45%程度。パイプラインが完成した99年以降は石油産業に押され、最近では35%程度にまで落ち込んでいる。

 ライマン米スーダン担当特使は南北スーダンについて「大きな技術革新や新たな油田の発見がなければ、今後5年間で石油収入は着実に減少する。南北とも、石油依存の経済は続かないと理解すべきだ」と述べる。

 一方で、資源国が遂げた成功例もある。世界トップ級のダイヤ生産国ボツワナは、その輸出で得た利益を教育に投資。金融や情報産業の地域ハブ作りも目指し、産業の多角化に力を入れている。カーマ大統領は昨秋、取材に対し「(資源は)いつかは尽きるので、備えないといけない。『ダイヤモンドは永遠』ではない」と話した。

 南スーダンが「資源の呪い」を見ないために、求められることは何か。国連大学の今年1月の報告書は南北スーダンについて「石油依存が産業の多様化を阻む」と指摘。全労働人口の8割は農業従事者で、原油収益を農業の拡充にあてることが持続可能な繁栄につながるとしている。

 世界銀行のエゼクウェシリ副総裁も昨秋、南スーダンの将来について「農業分野の開発こそ、『資源の呪い』を解く。重要なのは貧困削減のための開発計画で、それこそ我々(国際社会)が支援すべき分野だ」と訴えた。
 ◇日本、PKO派遣難航 震災で余力なく、政治混乱も拍車

 日本政府は国連から、南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に参加を打診されたが、当面は困難な状況だ。派遣を想定する陸上自衛隊は東日本大震災の復興活動などで人員の余裕がなく、菅直人首相の退陣表明後の混乱で政府・与党の検討も進んでいない。政府内では「派遣するにしても年明け以降」(防衛省幹部)との声が出ている。

 国連安全保障理事会は8日、南スーダンの独立に伴い、インフラ整備要員や警察官など約8000人規模のPKO部隊「国連南スーダン派遣団(UNMISS)」を派遣することを決めた。日本には道路整備やがれき撤去などを行う施設部隊の派遣を求めている。

 しかし、自衛隊は現在も2万人を超える規模で震災対応を続けている。また、施設部隊はハイチ大地震の復興を支援するPKOに、昨年2月から約330人を半年交代で投入中で、余力は乏しい。南スーダンの治安情勢に不安もある。

 首相退陣表明後の混乱した政治状況も拍車をかける。もともと、民主党政権はPKO参加による国際貢献には積極的で、昨年10月には「PKOの在り方に関する懇談会」を設置し、自衛隊の派遣条件を緩和するPKO5原則見直しを視野に入れていた。

 ところが、懇談会は今月4日に中間報告で5原則見直しを先送り。座長の東祥三副内閣相は「方向性を決めたいとの思いもあったが、政治的リーダーシップが必要」と語り、PKOに対する政権の関心が低下していることを認めた。【坂口裕彦】

毎日新聞 2011年7月18日 9時43分



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