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夏きにけらし


 暗い闇が迫る時間に、僕はいつものように浅い憂鬱を感じるのだった。夜の女王が空にかけると同時に僕にも淡い闇のカーテンを重ねて行ってしまったかのように。僕は深い吐息とともに見上げる、紫紺に染まろうとする空を。かつてはあの空は輝きに満ちていたのに、今の僕には宝石が傷つきその涙で翳っているように、鈍い金属のような冷たい重い光しか届かない。
 たとえば青い海の底。緑に、青にゆらめく底に僕は沈んでいる。
 あるいは深い森の奥。光も届かぬ暗闇で、草の香りに朽ちていく。
 ほうっという虫の声に僕は瞼を開けた。誘うような音の香りの中に、それとは違う色が混ざっている。僕は垣根の間から中を覗く、ここから聞こえる、確かに聞こえる。
 月明かりにぼうっと浮き上がる縁側。まだ一二,三であろうか、それでも髪黒く目もはっきりとした、それぞれとても可愛らしい少女が五人、楽しげに話している。その後ろには彼女たちが仕えている主人がいるのであろうか、ぼんやりと光る几帳に映っているは。僕の心は熱い砂漠の中で冷たい水の流れに出会ったように、この動悸する心は、と思う。
「それにしても綺麗な夜ね」
「虫の音も澄んでいるよう」
「澄んでいるよう。それに姫様の琴も」
「ええ、姫様は本当にお琴が上手ね」
「上手ね」
 五人のはしゃぐ姿はそのようであったが、ふいに静まると少し悲しそうな様子になった。
「それにしても悲しい夜だわ」
「虫の音も澄んでいる」
「澄んでいるわ。それに姫様の琴も」
「ええ、姫様は本当にお琴が上手ね」
「上手ね」
 その時琴の音がやみ、僕も少女もせわしない虫の音に沈んだ。いつの間にか虫たちの声は高なり、僕の鼓動もそれに合わせて早くなっていた。なぜなら僕は聞いたのだ。何を?
 几帳に映った影がゆらゆらとうごめいた。僕には忍び泣きが聞こえたような気がした。


2002年ころ書いたもの。

カテゴリ: [落書テキスト]