美女と野竜

    

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プロローグ

バン!
巨大な扉を勢いよく蹴り開ける音で、我は目を覚ました。
暗闇の中に目を凝らすと、腰に長剣を携えた気品の高い人間の若者が、数人の従者を伴って我の寝床にずかずかと踏み入ってくる所だった。
その胸元に、真っ白に輝く細かな装飾の入ったペンダントを身につけている。
「ようやく見つけたぞ!忌まわしきドラゴンめ!」
「・・・人間か・・・我に何の用だ?」
その無謀な若者は、冷たい眼で睨み返す我に向かって白刃を突き付けると大声で名乗りを上げた。
「私の名はアルタス!罪なき人々を襲う邪悪なドラゴンめ、我が父ルミナス王の命により貴様に天誅を下す!」
「愚か者めが・・・後悔することになるぞ・・・」
眠りを邪魔された怒りに我がのそりと首をもたげると、アルタスと名乗ったその若者はけたたましい雄叫びと共に剣を振り上げて飛びかかってきた。
我の頭を目掛けて、鋼鉄の剣戟が思い切り振り下ろされる。
ガギィン!
硬度の高い金属同士がぶつかるような高周波の音と共に、砕けた刀身の先が弾き飛ばされて壁に突き刺さった。
「なっ・・・!?」
「そんなもので我の鱗を貫けるとでも思ったのか?馬鹿めが!」
「くっ・・・」
唯一の武器を失って狼狽した若者がじりじりと後ずさる。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ~!!」
その光景に恐れをなしたのか、若者の後ろでガクガクと震えていた従者達は手にしていた燭台を辺りに放り投げると一目散に逃げ出した。

「・・・お前は逃げぬのか?」
なおもその目に我への憎しみを宿しながら、若者が叫ぶ。
「だ、黙れ!たとえ剣を失おうともこのままおめおめと引き下がれるか!」
若者はそう言いながら胸にかけていた純白のペンダントをブチッと引き千切ると、妖しい輝きを放つその石を我にかざして何かを唱え始めた。
シュウウウ・・・
その途端、まるで全身から力が向けていくような倦怠感が襲ってきた。
つい先程まで真っ白に輝いていた石が、見る見るうちに真っ黒に変色していく。
「う・・・ぬ・・・な、何をしたのだ!?」
まるで黒曜石か何かと見紛うほどに黒く染まった石を我に見せつけながら、若者が顔に薄ら笑いを浮かべる。
「貴様に呪いをかけたのだ。時と共に貴様の体は弱り始め、100年後には完全にその命が尽きることになる」
「何だと・・・おのれ・・・人間如きが小賢しいわ!」
見る見るうちに失われていく体力を振り絞ると、我は鋭く生え伸びた爪を振りかざして逃げようとする若者に飛びかかった。
ズバッ
「ぐあああっ!」
若者は我の一撃に背中に3条の深い傷を負ったものの、真っ赤な血の跡を残しながらその場から走り去った。
「ぐ・・・う・・・」
たったそれだけのことで一気に体力を使い果たすと、我は力なくその場にくず折れた。


第1章

「これ姫様、あまり急がれると危ないですぞ」
「だって、父が心配なんですもの。なんでも、急に倒れられたのでしょう?」
姫と呼ばれた女性は、馬車を操る御者を何度となく急かしては荒れた山道を故国ルミナスへ向かって急いでいた。
100年ほど前、ルミナスは国こそ大きく豊かであったものの、度々空から漆黒の鱗に覆われた巨大なドラゴンが姿を現しては民を苦しめていたそうだ。
当時のルミナス王には2人の息子がおり、そのうちのアルタスという王子がルミナスから少し離れた所にある森の中でドラゴンの棲む城を発見した。
王子は数人の従者を伴ってドラゴンの討伐に向かったが、従者達はドラゴンの恐ろしさに途中で逃げ出してしまい王子とドラゴンがどうなったかを見ていた者は誰もいなかったという。
だがしばらくして、アルタス王子が背中に深い傷を負って城の外で息絶えていたのを逃げた従者の1人が見つけたのだった。
その後、ドラゴンが町に現れることはなくなりアルタス王子は英雄として称えられたが、恐ろしさのあまりドラゴンがどうなったのか確認したものは誰1人としていなかったという。

「姫様、ここらで少し休憩なさってはいかがですかな?」
「あら、私は平気ですわ」
「で、では私めに休憩の許しをお与えくださいませぬか」
御者はそう言って振り返ると、私の顔を懇願するような目で見つめた。
確かに、私達は3日3晩ほとんど食事以外の休みを取っていない。
私はずっと座り心地のよい馬車の椅子に腰をかけていたためあまり気にはならなかったが、体を固定するための固い椅子に座っていた彼にはかなりの疲労が溜まっているようだった。
「わかりました。あなたは少し体を休めなさい」
「は、はい、ありがとうございます」
御者は恭しく礼を述べると、馬から飛び降りて近くの木陰に座り込んだ。
「私は少しその辺りを散歩してくるわ」
「この辺りは崖も多く危険ですゆえ、あまり遠くには行かれぬほうがよろしいかと存じますが・・・」
「心配ないわ、ちょっと景色を見に行くだけよ」

私は心配そうな顔で見つめる御者を振り切ると、小走りに緑の草に覆われた丘を駆け下りた。
山々の尾根を繋ぐような貿易のために開かれた道が、眼下の森を囲むようにして張り巡らされている。
「わあ、綺麗ね・・・」
深緑の絨毯の周りを青黒い山脈が取り囲み、晴れ渡った空の下に薄っすらと霞みをかけていた。
私はその大自然の美しさに見とれるあまり、いつのまにか砂利に覆われた急な坂道に足を踏み入れていたことに全く気がつかなかった。
ズルッ
「きゃっ!」
突然、私は何者かに足を掬われたかのような錯覚に陥った。
細かい丸石を踏み付けてしまい、あっという間にバランスを崩す。
「きゃああああああああっ!」
固い地面に強烈に尻餅をつくと、私は地滑りを起こした後のような急な坂道を真っ逆さまに転げ落ちていった。

突然、姫様の甲高い悲鳴が体を休めていた私の耳に突き刺さった。
慌てて飛び起きて声のした方へと駆け出したが、小さな丘を1つ越えて見えてきた光景に私は息を呑んだ。
滑りやすい砂利が敷き詰められた急な坂道が、眼下の森まで延々と続いている。
姫様の姿はどこにも見えなかったが、パラパラと転がり落ちる砂利が最悪の事態が起こった事を私に告げていた。

「ぐ・・・ぐうぅ・・・・・・」
暗闇に包まれた部屋の中に、体中を蝕む苦しみに呻く我の声が響く。
「うぁ・・・ああああ・・・・・・」
あの忌まわしき呪いをこの身に受けてから、もうじき100年が経とうとしていた。
日に3度襲ってくる強烈な激痛が、容赦なく我の命を削り取っていく。
床に這いつくばって残り少ない命を逃さぬように歯を食い縛っていると、やがて少しずつ痛みが引いていった。
「ふぅ・・・ふぅ・・・」
我は荒い息をつきながら城の外へ出ると、真昼の太陽に照らされた森を見回した。
少し、外を出歩くのもよいかも知れぬ。100年前、人間の町の上空を自在に飛び回った我の黒翼も、埃に塗れた城の中に長くいたせいか色褪せているように見えた。
固く閉ざされていた門を開け、我は薄暗い森の中へと足を踏み出そうとした。と、その時・・・
「きゃああああああああっ!」
どこからともなく、人間の女の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「・・・何だ?」
ただ事ならぬその様子に、ゆっくりと声のした方へと向かって歩き出す。
しばらく行くと、まるで天から降ってきたかのように森の木を突き抜けたと思われる若い女が地面に倒れていた。
ふと上を見上げると、岩壁の更に上の方に急な坂が見える。どうやら足を滑らせて落ちてきたらしい。
・・・100年振りに見る人間。アルタスと名乗った若者にかけられた呪いを思い出して我は一瞬反射的にその人間を食い殺そうとしたが、寸での所で思い留まった。
もう先の短い命だ。そんなことをしても仕方がない。少し迷った後、我はその人間を背に担ぎ上げた。

「ん・・・んん・・・・・・」
夜になって体が軋む痛みに目を覚ますと、私はキョロキョロと辺りを見回した。
真っ暗でほとんど何も見えなかったが、暖かく柔らかい感触にそこがベッドかソファの上であることがわかる。
御者の彼が助けてくれたのだろうか?しかし、そうだとしてもここは一体どこなのだろう?
父の城にしては明らかに雰囲気が違っているし、少し埃っぽい気もする。
それに、彼らならば私をこんな真っ暗な部屋に1人で置いておくなどということはしないだろう。
キィ・・・
その時、突然誰かが大きな木製の扉を押し開けた。
廊下に燈る燭台の淡い光が扉の隙間から零れてきたが、誰が部屋の中に入ってきたのかは全く見えない。
しかし、光を遮った影からそれがとても大きな・・・
誰かもわからずに私が声をかけようとしたその瞬間、鋭い2つの眼が闇の中で光っているのが目に入った。
幸か不幸か暗さに慣れてきた私の目がその正体を捉え、背筋に冷たいものが走る。
闇の中に溶け込むような巨大な黒いドラゴンが、じっと私の顔を睨みつけていたのだ。
「ひっ・・・あ・・・」
心臓を鷲掴みにされたような恐怖に、悲鳴すらもが飲み込まれる。
私はあまりの衝撃にパニックに陥り、ガサガサとベッドの上を必死に後ずさった。
「目が覚めたか?」
空気を震わすようなドラゴンの声が耳に届いた瞬間、私は張り詰めた緊張の糸がプツリと切れて気を失った。


第2章

チュン・・・チュンチュン・・・・・・
朝日に喜ぶ雀の鳴き声に呼び起こされ、私は薄っすらと目を開けた。
眩いばかりの太陽の光が、小さな窓にかけられたカーテンの間から燦燦と差し込んでいる。
コトッ・・・
ベッドに横になりながら明るい窓の方を向いていた私の背後で、唐突に小さな音が鳴った。
誰かがいる気配がする。そう言えば、昨夜のあれは一体・・・いいえ、きっと悪い夢だったんだわ。
鮮明に記憶に刻みつけられたドラゴンの眼を思い出し、夢だとは思いつつも恐る恐る後ろを振り向く。
果たして、部屋中に拡散する淡い光に照らされた黒いドラゴンが間近で私の顔を覗き込んでいた。
その無表情な眼とまともに視線が合ってしまい、ピタリと時間が止まる。

「あ・・・・・・」
ようやく絞り出した私のか細い声に、ドラゴンが反応する。
「怯えずともよい。何もせぬ」
その言葉を数十回も頭の中で繰り返し反芻してから、私はようやく落ち着きを取り戻した。
まだ心臓がバクバクと激しく暴れている。
「あ、あなたは・・・」
何もせぬとは言われたものの、巨大なドラゴンと相対するには余りにも近すぎる距離に私はうまく声が出てこなかった。
今にもその恐ろしい口で一飲みにされるのではないかという本能的な恐怖が、私の体を縛り付ける。
「・・・そのままでもよいのか?」
「え・・・?」
ドラゴンの発したその言葉に、ハッと自分の体を見回す。よほど心のゆとりがなくなっていたのか、私はその時になって初めて服をほとんど着ていなかった事に気が付いた。
生白い肌のあちこちに、坂を転げ落ちた時に負ったと見られる痛々しい擦り傷がついている。
しかしその割には、体は綺麗に清められていた。
「わ、私の服をどうしたのですか?」
「お前の服はもうない。そこらにある好きなものを着ればよかろう?この城の元の持ち主が使っていたものだ」
そう言いながら、ドラゴンがついっと部屋の隅を顎で指し示す。
厚く埃を被った木製の箪笥から、色とりどりの服の端がのぞいていた。
「そんな・・・ああ、そんな・・・」
ドラゴンの言葉と態度に、私は激しい恥辱に襲われた。
裸の体と失われた服が、気を失っている間にドラゴンが私の体を舐め清めていたことを示している。
そして両手で顔を覆って嘆いている私に向かって、ドラゴンがとどめの一言を放った。
「お前は今日からここで我と共に暮らすのだ。何も嘆くことはなかろうが?」
「なんですって!?」
信じられないその言葉に、かけていた布団で体を隠しながらドラゴンに向かって聞き返す。
ドラゴンはフンと鼻を鳴らすと、背を向けて部屋の入り口に向かいながら言い放った。
「気紛れでお前を助けはしたが、城から出て行くことは許さぬ。長生きしたいのならば我に従うのだな・・・」
返す言葉を失い唖然とする私をその場に置き去りにすると、ドラゴンはバタンと扉を閉めて部屋から出ていった。

「う・・・うう・・・う・・・」
目を伏せて己の不運な境遇を嘆いているうちに、私は旅の目的を思い出していた。
突然倒れたルミナス王の父。体は大丈夫なのだろうか・・・?
一刻も早く、私は父に会いたかった。だが、あのドラゴンは私をここから逃がしてはくれないだろう。
ああ・・・私は一体どうすれば・・・
葛藤と煩悶に嗚咽を漏らしながらも、私はベッドから抜け出して埃塗れの箪笥を開けた。
1世紀以上昔の古臭い服が、どことなく黴臭い臭いを発している。
王女である私がこんなみすぼらしい服を着ることになるなんて・・・しかし、贅沢を言ってはいられなかった。
屈辱を我慢してその服に袖を通すと、そっと扉を開けて廊下へ出る。
絶え間なく煌煌と輝く燭台の光と、天窓から降り注ぐ明るい光が趣のある城の回廊を照らしていた。
カツン、コツンという足音が、静かな城内に響き渡る。
ベッドの横にそのままにされていたこのハイヒールだけが、微かに残った私の王女としてのプライドを支えていた。

「う・・・うぐぁ・・・ぐああああ・・・・・・」
その時、どこからかドラゴンの苦しむような呻き声が聞こえてきた。
「な、何・・・?」
突如辺りに流れ出した不穏な空気に、私は身を縮めながらドラゴンの居場所を探し始めた。
回廊を進むにつれて、ドラゴンの声が大きくなっていく。
「ここだわ・・・」
あの恐ろしいドラゴンが発しているとは到底思えぬほどの苦しげな喘ぎが、1枚の扉の向こうから漏れてきていた。
キィ・・・・・・
私は極力音を立てないようにそっと扉を開けると、中の様子をうかがった。
「ぬあああ・・・ぐ・・・が・・・・・・」
部屋の中では、黒いドラゴンが地面に這いつくばって体中を駆け巡る苦痛に身悶えていた。
あまりの苦しみにドラゴンが暴れたのか、周囲のテーブルやソファには深々と爪跡が刻まれていて、調度品の数々がドラゴンの周りを避けるように辺りに散乱している。
その異様な光景に、私は手で口元を覆いながら驚きの表情を浮かべて後ずさった。
カタッ・・・
その拍子に、思わず扉の横に置かれていた小さなテーブルにぶつかって音を立ててしまう。
苦痛に顔を歪めたドラゴンが、私に気付いてこちらを振り向いた。
「あ、あの・・・ごめんなさい・・・」
見てはいけないところを見てしまったような気がして、私は思わず謝った。
「そんなところで・・・何をしておるのだ・・・?」
ハァハァと全身で大きな息をつきながら、ドラゴンが声を絞り出す。
「その・・・あなたの苦しそうな声が聞こえたから・・・大丈夫・・・?」
「なんでもない・・・すぐに出て行け!」
ドラゴンに恐ろしい声で脅され、慌てて部屋を飛び出す。
急いで元の部屋に逃げ帰ると、私はベッドに潜り込んで恐怖に震えていた。

しばらくして、再び部屋の扉が開けられる小さな音が私の耳に届いた。
キィ・・・
そっとそちらへ視線を向けてみると、憔悴した表情のドラゴンが入り口のところから私の様子をうかがっていた。
なんと声をかけていいのかわからずに私が戸惑っていると、ドラゴンの方が先に口を開く。
「・・・そんな目で我を見つめるな」
「あれは・・・一体なんですの?」
会話の取っ掛かりを見つけ、乾いた喉からようやく言葉が出る。
あのドラゴンの苦しみ方は尋常ではなかった。だが、今は落ち着きを取り戻しているように見える。
「・・・100年前にこの国の王子にかけられた・・・死の呪いだ」
その言葉を発するのも躊躇われるかのように、ドラゴンが静かに呟いた。
100年前・・・100年前といえば、アルタス王子が森に棲んでいたというドラゴンを退治した頃では・・・
ハッとして、私は思わずドラゴンに念を押していた。
「そ、その王子の名前は・・・まさかアルタスというのでは・・・?」
「?・・・なぜお前が知っているのだ?」
アルタスという名前を耳にした途端、私はドラゴンの目に暗い憎しみの炎が宿ったのがわかった。
「で、ではあなたは・・・アルタス王子が退治したとされていたドラゴン・・・なのですね?」
「フン、退治しただと?あの忌まわしき人間は我に100年の苦痛をもたらす呪いをかけて逃げ去ったのだ」
しかし、そこまで言ってドラゴンは自分の話に矛盾があることに気がついたようだった。
もしアルタス王子が無事に逃げ延びていれば、ドラゴンが生きていることを人々が知っていたはずだからだ。
「そうか・・・誰かに真相を告げる前に、あの王子は息を引き取ったのだな?」
「・・・はい。城の前で倒れているのを従者が見つけたときには、すでに息はなかったそうです・・・」

思わぬ歴史の誤謬に気がつき、私は複雑な立場に立たされていた。
もしこのドラゴンが私の素性を・・・私がルミナス王家の人間であることを知ったら・・・
冷たいドラゴンの眼を見つめてしまい、私は知らず知らずのうちにカタカタと足が震え出していた。
「どうした・・・何を震えておるのだ?」
「い、いえ・・・なんでもありませんわ・・・」
私は背筋に伝う冷たい汗の感触をグッと堪えたが、ドラゴンにまじまじと見つめられてしまっては、とてもその動揺を隠しきれるものではなかった。
「そういえば・・・お前の名を聞いていなかったな」
その言葉に、ドキリと心臓が跳ね上がる。私をじっと睨み付けるドラゴンの細められた眼に、私は全てを見透かされているような恐れを感じた。だが仮に素性を隠した所で、いずれ知られてしまうだろう。
私はゴクリと唾を飲み込むと、意を決してドラゴンに自らの素性を明かした。
「私の名はシーラ・・・このルミナス国の王女です」
ドラゴンが相当な衝撃を受けたであろうことは、見開かれたその眼を見ても明らかだった。
「では・・・お前は我に呪いをかけた王家の・・・」
「・・・末裔です」
はっきりと言い切ると、私はギュッと目を瞑った。
「うむむ・・・・・・」
辺りに流れる静寂に、私はドラゴンが怒りを抑えてくれることを一心に願っていた。

今我の目の前にいるこの人間が、ルミナス王家の末裔・・・
これは命の尽きかけた我に悪魔が与えた復讐の好機なのか・・・?
10万回以上も味わった地獄の苦痛を思い起こし、100年越しの怒りに思わず鋭い爪を振り上げそうになる。
だが、恐怖に震えながらも気丈に振舞おうとしている女の様子に、我は辛うじて怒りを鎮めた。

ゴソッ・・・
恐怖に怯える私の耳に、ドラゴンの動く気配が伝わる。
「・・・!」
思わず漏らしそうになった悲鳴を噛み殺し、私は胸の前で合わせた両の拳を強く握り締めた。
・・・・・・・・・だが、いつまで待ってみてもドラゴンの憎しみが私に向かって吐き出されることはなかった。
キィ・・・
扉の開く音が聞こえ、恐る恐る薄目を開ける。
「たとえそうだとしても、お前には関係のないことだ・・・」
それだけ言い残すと、ドラゴンは静かに部屋を出ていった。
「・・・・・・助かった・・・の・・・?」
グゥゥ・・・
はちきれんばかりだった緊張が一気に解け、空腹に腹が唸り声を上げる。
そういえば、昨日の昼から何も食べていなかった。
タイミングがタイミングなだけに今ドラゴンに声をかけるのは非常に心苦しかったが、背に腹はかえられない。
私は急いで部屋を飛び出すと、ドラゴンの後を追った。

高く上った太陽に照らされた回廊を歩きながら、我は本当にこれでよかったのかと自問していた。
だが最初にあの女を見つけたときも、我は殺すのを思い留まったではないか。
それが王家の人間だったからといって、憎しみにまかせて1度助けた命を奪うのは己のプライドが許せなかった。
カツン、カツン、カツン・・・・・・
その時、我は背後から足音が近づいてくるのに気がついた。
相当焦っているのか、妙に早足・・・いや、走っているといってもいいほどに音の間隔が短い。
何事かと背後を振り向いたまま待っていると、人間が息を切らせて我に追いついてきた。
「どうかしたのか?」
「あの・・・何か食事を・・・私、昨日から何も食べていなくて・・・・・・」
「フン、何かと思えば・・・たった今しがた命が助かったばかりだというのに、ふてぶてしいものだな」
痛い所を突かれて、人間が言葉に詰まる。だが、こうなってしまった以上放っておくわけにもいかぬだろう。
「この城にはもう食い物など残ってはおらぬぞ」
予想はしていたのだろうが、改めて突きつけられた現実に人間が落胆する。
「・・・・・・それとも、我と共に狩りにでもでかけるか?」
食べ物が手に入るという期待からか、それとも外に出られる嬉しさからか、人間の顔に明るい笑顔が浮かぶ。
その直後、どこにそんな元気が残っていたのかというほどの大きな声で返事が返ってきた。
「はい!」

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