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忘我の温もり

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匿名ユーザー

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木々が枯れ雪の舞う季節、冬。
長年山奥の洞窟に住んでいるというのに、ワシは毎年この季節になると憂鬱な気分になる。
フサフサの厚い毛皮を身に纏っているとはいえ、吹きつける冷たい風が否応なく体温を奪っていく。
それに、なによりも食料がない。まあ、冬の間食べ物など一切口にしなくても生きていくのには困らぬのだが、食料が減るとなるとつい寒さも気にせず何かを捜し求めに外へ出かけてしまうのは、ドラゴンといえども生物の持つ本能なのだろう。
今日もまた収穫のない雪山の散歩を終えると、ワシはトボトボと住み処の洞窟へと引き返し始めた。

「ふぅ・・・ふぅ・・・」
膝までかかるような深い雪の中を掻き分けながら、僕は雪山に登ったことを激しく後悔していた。
登山を始めて3年、そろそろ冬の山に登ってみようかと思い立ったはいいが、今年の冬はどう考えても異常気象だ。
場所によっては例年の倍近く雪が積もったところもあるというのに、まだ駆け出しの僕には少々荷が重すぎる。
だが、人間決断を下すには大きなきっかけが必要だ。
辛い辛いといいながらも大したトラブルもなくすでに山の中腹まで登ってしまい、僕は引き時を逸していた。
だが、標高が高くなるにしたがって雪の深さが見る見る増していく。
ついさっき膝までしかなかった雪が今は太腿まで上がってきていて、もはや全身でラッセルしながらでないと前に進めない。もうそろそろ、引き返すべきなのだろうか。
ボコッ
「うわっ!」
突然、今まで目の前にあった雪の壁が消失した。広い道に出たのだ。
誰かが通った跡のような1本の深い道が雪面に刻まれていて、それが山頂の方に向かってずっと続いている。
誰かはわからないが、先客がいるのだろう。この道を辿っていけば、少しは楽に山頂に近づけるかもしれない。
またしても引き返すきっかけを失って、僕は導かれるように開けられた溝の中を突き進んでいった。

「それにしても・・・随分広い道だな・・・」
まるで人が4、5人くらい固まって通ったようなその道幅に、僕は疑問を感じ始めていた。
しかも、その割に地面はほとんど踏み固められていない。
まるで1匹の大きな動物か何かが通った跡のようだ。
「ん・・・あれは・・・?」
ふと前を見上げると、切り立った岩壁にぽっかりと口を開けた洞窟が見えた。
僕のいる広い雪洞が、その洞窟に向かって一直線に伸びている。
あそこにいけば、誰かいるかもしれない。それに、僕は少し疲れていた。
風雪を凌げるのならあそこで休んでいくのもいいだろう。

きつい坂を登りきって洞窟に到着すると、僕は中を見回した。
かなり奥まで続いている洞窟だったが、誰もいる気配はない。
辺りを見れば、細かな粉雪が舞い始めていた。これは吹雪になる可能性がある。
僕は躊躇うことなく洞窟へ足を踏み入れると、風の吹きこんでこない奥へと向かった。
中は決して暖かくはなかったが、それでも冷たい風の吹き荒れる外よりはいくらかマシというものだろう。
僕は荷物を地面に置くと、洞窟の壁に背中を預けるようにしてしゃがみ込んだ。
「ふう・・・」
気が緩んだのか、途端に猛烈な眠気が襲ってくる。
「あれ・・・確かこういう所で寝ると危ないんじゃ・・・なかったっけ・・・」
頭では凍死の危険をわかっているものの、疲労と寒さに体が強制的な休息を要求してくる。
しばらくは必死に眠らぬように頬を叩いたり首を振ったりしていたものの、いつしか僕は帰らずの眠りの世界へと落ちていった。

それにしても、最近は本当にすることがない。
別に1日中洞窟で眠っていてもよいのだが、だからといって洞窟の中が暖かいわけでもないのだ。
大きな体を揺らしながら、ワシは洞窟を出たときに残していった道を辿って洞窟へと辿りついた。
「む?」
何やら、人間の気配がする。暗い洞窟の奥に目を凝らすと、1人の人間が壁に凭れかかって眠っているのが見えた。
「・・・ワシの居ぬ間に勝手に住み処に侵入しおって・・・」
一瞬食ってしまおうかという考えが頭を過ぎったが、別に特別腹が減っているわけでもない。
だが、こんな状況になってしまった以上あの人間をこのまま帰すわけにはいかないだろう。
ワシは極力音を立てぬように眠っている人間に忍び寄った。
よく見れば、時折寒さにブルブルと体を震わせている。
おそらく、放っておけば凍えて2度と目を覚ますことはないだろう。
「ふむ・・・よいことを思い付いたぞ・・・」
ワシはゆっくりと人間の肩に手をかけると、そっとその体を地面に横たえた。
「う・・・ん・・・?」
だがそれが刺激になったのか、あるいはどこかを地面に強く打ったのか、突然人間がパチリと目を開けた。

突然体を動かされたような感覚に、僕は目を覚ました。
目を開けると、真っ白な何かが視界のほとんどを覆っている。
「・・・何だ?」
ぼやけた目で上を見上げると、僕をじっと覗き込んでいた2つの黒い目と視線が絡み合う。
「・・・え・・・ド、ドラゴン・・・?」
状況がよく飲み込めずにそう声を上げると、ドラゴンは突然僕の上に覆い被さってきた。
雪が付着して冷たい水玉の垂れ落ちる白い毛皮が全身にかけられ、その上からずっしりとした重量感がのしかかってくる。
「う、うわああ!」
僕はうつ伏せになってドラゴンから逃げようともがいたが、成す術もなくあっという間にその巨体の下に組み敷かれてしまった。
鋭い爪の生えた大きな手に肩をがっちりと掴まれ、絶対に逃げられないようにしっかりと押さえ込まれてしまう。
「た、助けて!助けてぇ!」
この洞窟は、ドラゴンの住み処だったんだ。そんな所で眠っていたなんて・・・
こ、このままだとく、食われてしまう・・・
ドラゴンに完全に動きを封じられてしまい、僕は深い絶望の淵に追いやられていた。
「あ、あああ・・・あ~!」
後はその巨大な恐ろしい牙で無防備な僕の頭を噛み砕くだけ・・・
嫌な音を立てて頭に牙が食い込む様子を想像してしまい、僕はパニックに陥って悲鳴を上げていた。

だが、予想に反してドラゴンは僕を抱え込んだまま僕の頭を枕にして眠り込んでしまった。
まるで子犬が腕枕に対してそうするように、グリグリと後頭部に顎を擦りつけられる。
「あう・・・う・・・」
僕はこれからどうなるんだろう・・・?ドラゴンが起きた後食われるんだろうか・・・?
眠ったままでも決して僕を離そうとしないドラゴンの様子に、僕は徐々に不安を膨れ上がらせていった。

スリ・・・スリ・・・
寝ぼけているのかそれとも故意になのか、ドラゴンが時折僕の背中に体を擦りつけてくる。
毛皮で包まれたまま動かれ、僕はほんのりとした温もりが伝わってくるのを感じていた。
だが今にも食い殺されるかもしれないという恐怖に、とてもそんなことを気にかけている余裕はない。
隙を見てはドラゴンの下から這い出そうと試みるが、僕がちょっとでも動こうとする度にドラゴンの手に力がこもる。
本当は目覚めているんじゃないかと思えるほど、ドラゴンは的確に僕の自由を奪っていた。
「誰か・・・助けて・・・」
ドラゴンに掴まったまま時間が経てば経つほど、恐ろしい結末を幾通りも想像してしまう。
大きな顎の下敷きにされた頭を動かすと、その度にドラゴンがまるで枕の位置を確かめるように顎を強く擦りつけてくるのだった。

・・・もしかして、ドラゴンは僕を食べる気はないんじゃないだろうか?
睡魔に襲われながらもドラゴンにのしかかられたまま眠れぬ1時間を過ごして、僕はようやくポジティブな考え方ができるようになってきた。
まるで羽毛の布団に包まれているかのように、心地よい温もりがドラゴンの体から伝わってくる。
それは当然、ドラゴンも同じように感じているはずだ。
ドラゴン自身が暖まるために僕を抱え込んでいるのか、それとも凍死の危機に瀕していた僕を助けるために暖めてくれているのかはわからないが、そうでも考えないと僕はもう恐怖に押し潰されそうだった。
どうせ、僕はもう逃げられない。それならドラゴンの意図がどうであれ、もうなるようにしかならないだろう。
僕は腹を決めると、ドラゴンに敷かれたまま襲い来る睡魔に身をまかせた。

「む・・・う・・・」
心地よい・・・眠ってはいなかったものの、ちょうどよい温もりと柔らかな感触に、ワシはうっとりと目を閉じながら何度も人間に体を擦りつけた。
その摩擦が更なる温もりを生み、何ともいえぬ快感にも似た極上の心地よさへと変わる。
苦しいのかそれとも恐怖に逃げようとしているのか、時々人間が身を捩るせいで枕にしている頭の位置がずれ、その度にワシは顎の座りがいいように黒髪に覆われた人間の頭に顎を強く押しつけた。
まだ動くようなら、今度は腕を顎の下にでも敷いて動けなくしてやるとしよう。

だがその思惑とは裏腹に、人間は抵抗を諦めたのか再びスースーと寝息を立て始めていた。
ワシは元々この人間を殺すつもりなどなかったが、それを人間に言ったところでとても信用などしないだろう。
まあ、おとなしくなってくれたのならワシも少し眠らせてもらうとしよう。
こんなに心地がよいのならずっと洞窟で眠っているのも悪くない。
ワシは腕に更に力を入れると、肉布団と化した人間から温もりを貪るように体を震わせた。

意識を取り戻した感覚に、僕はそっと目を開けてみた。まだ食われてはいないらしい。
外はすでに夜になっているらしく、辺りには全く光のない闇が広がっていた。
背中にはまだドラゴンがのしかかっている重さを感じるが、後頭部に押しつけられていた顎の感触が消えている。
その瞬間ドラゴンが身じろぎしたのに気付き、僕は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
ドラゴンが起きている・・・!
辺りの暗さも手伝って、僕は今にも齧りつかれやしないかと心底怯えていた。

「・・・起きたか?」
「え・・・?」
闇の中の洞窟に反響する野太い声。それがドラゴンの発した声であることに気がつくのに、僕は相当な時間をかけたような気がした。
「ぼ、僕を食うつもり・・・?」
身動きできぬまま、恐る恐るドラゴンに尋ねる。
いつまでもこんな生殺しのような気分を味わうのはごめんだった。
「お前がどうしてもというのなら、食ってやっても構わんぞ」
「い、いや、いいです・・・」
僕は慌ててドラゴンの言葉を遮った。どうやら、まだ食われる心配はないらしい。
「じゃあ・・・なんで僕を捕まえてるの?」
「さすがのワシにも今年の寒さは堪えるのでな・・・お前で温めさせてもらったまでだ」
「そ、それなら、僕はもう帰っても・・・むぐ・・・」
うつ伏せのまま話す僕の口を封じるように、ドラゴンは巨大な手で僕の頭をバフッと地面に押しつけた。
その手の上に顎を乗せるようにして、ドラゴンが再び蹲る。
「お前は無断でワシの住み処を侵したのだ。だから、お前の体はワシの好きにさせてもらう」
「む、むぐぐ・・・」
窒息するような息苦しさに、僕はモガモガと暴れると何とか顔を横に向けて呼吸を確保した。

「しばらくはお前がワシの寝床だ。絶対に逃がさぬからそのつもりでいるがいい」
「そ、そんな・・・」
「逃げようとするのは別に構わんぞ?だがもしワシに捕まったらその時は・・・」
何かを考えているかのように、ドラゴンの言葉に一瞬の間が空く。
「ワシの腹が減っていないことを祈るのだな」
「そ、それじゃあやっぱりいつかは僕を食うつもりなのか・・・?」
「ヌフフフ・・・・・・」
ペロリという舌なめずりの音が聞こえ、僕は泣き出しそうになった。
「う、うわあああ・・・助けて・・・」
「心配するな・・・当分先の話だ。それまではワシもお前を温めてやろう・・・ヌフフフフ・・・」
ドラゴンに食われる・・・1秒先か、それとも1ヶ月先のことなのか、いずれ確実に訪れる死をドラゴンに予告され、僕は温もりを感じながらも全身に冷や汗をかいていた。

「ね、ねえ・・・逃げないからさ・・・せめて仰向けにしてくれないかな」
うつ伏せで地面に押しつけられているのはどうにも息が苦しい。
それに、ドラゴンが視界に入っていないのは何とはなしに不安だった。
「・・・構わんぞ」
そう言いながら、ドラゴンは体を浮かせると僕の体をひょいっと引っくり返した。
間髪入れずに、再び重量感のあるドラゴンの巨体が降りかかってくる。
ズシッ・・・
「あうう・・・」
背骨で体重を支えられたうつ伏せの時とは違い、獲物の動きを封じるその圧迫がもろに内臓を直撃する。
肺は無事だったお陰で呼吸は特に苦しくならなかったが、ぴったりと地面に圧着されたこの状態ではますます逃げることなどできそうもない。
ドラゴンもそれをわかっているのか、僕を抱え込んだまま余裕たっぷりに顔を覗き込んできた。
「では・・・覚悟はよいな?」
「か、覚悟・・・?」
ユサユサユサユサ・・・
一体何のことかと訝る間もなく、ドラゴンの体が左右に激しく揺さ振られた。
「はああ・・・」
柔らかい綿が一杯に詰まった洗濯機の中に放り込まれて全開で回されたような、暖かくも冷静さを失わせる甘美な刺激が全身を駆け巡る。
「ヌフフ、いいぞ・・・温い温い・・・」
まるで巨大なバイブレーターのように、ドラゴンはひたすら小刻みに体を震わせていた。
あっという間に、体中がジンと温まるような熱がドラゴンの毛皮の中に溜め込まれる。
「あ、ああう・・・」
ドラゴンが動きを止めた瞬間、僕はドッと疲れが吹き出していた。
グタッと全身の力が抜けてしまい、全くと言っていいほど体が動かせなくなっている。

「どうだ・・・心地よかろう?」
「は・・・はい・・・」
虚ろな目を泳がせながら、僕はぼーっとした頭で曖昧な返事を返した。
氷点下の寒さの中で、まるで一晩中熱したコタツの中に潜り込んだような最高の暖かさを感じることができるなんて・・・
時が経てばその恐ろしい牙がこの身に突き立てられるかも知れないというのに、僕はこの場から逃げ出そうなどという意思も気力も残らず溶かされてドラゴンのなすがままに体を預けた。
「フフフ・・・もっと温めて欲しいか?」
「ああ・・・うん・・・もっと・・・もっと温めてほしい・・・」
ドラゴンの毛皮に蓄えられた熱を貪るように、僕はその白い巨躯を両手で抱き締めた。
暖かい・・・たったそれだけのことで、身も心もドラゴンに奪われてしまうなんて・・・
頭では早く逃げなくてはと理性が警鐘を鳴らし続けていたが、僕はドラゴンの思惑通りその手の内に深く深く引きずり込まれていった。

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