秘湯

    

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「ふう・・・ここがこんなに険しい山だとは知らなかったな」
鬱蒼とした森林に埋もれた山の中腹をひたすらに歩きながら、俺は切れてきた息を整えるようにゆっくりと呟いた。
1度山登りを覚えると、いろんな場所の山に登ってみたくなるのが人の心理というものだろう。
俺もそのご多分に漏れず登り慣れた山から離れて新たな頂を求めてみたが、標高が低い割に険しい道程に少し不安を抱え始めていた。
時刻は午後の5時。まだ雪が降るような季節ではないものの、さすがに空は薄っすらと朱に染まり始めている。
「こりゃあ夜は冷えるだろうな・・・」
一応簡易テントと寝袋は持っていたものの、今まで登山は日帰りが多かった俺には山中での宿泊はほとんど経験がないのだ。
分厚く茂った木々のお陰でさほど肌寒さは感じないものの、それでも時折吹き込んでくる風の冷たさに冷え込みを予感させられる。
とにかく、どこか風だけでも凌げる場所を見つけたほうがいいだろう。

ほとんど道とは呼べないような木の隙間を抜けていくと、突然視界が開けた。
岩に覆われた窪みがあり、その中から、もうもうと白い湯気が立ち上っている。
「なんだろう?」
湿った空気と微かな硫黄の臭いを感じて、俺はゆっくりとその岩の窪みに近寄った。
不思議に思って窪みの中を覗き込んで見れば、綺麗に澄んだ水が静かに湛えられている。
恐る恐るその水面に手を触れると、じんわりとした温かさが指先を包み込んだ。
「これは・・・天然の温泉じゃないか」
温度はさほど熱いというほどでもなかったが、紛れもなく、それは自然に作り出された温泉だった。
底は剥き出しの岩でゴツゴツとしているが、腰をかけて座るにはむしろちょうどいいだろう。
とりあえず、折角温泉があるのだからここで体を温めておかない手はない。
俺は早速荷物を置いて服を地面に脱ぎ捨てると、ゆっくりと湯の中に足を入れていた。
「はぁぁ・・・」
気持ちいい・・・冷たい風に当てられて冷えていた体が、まるで芯から温まっていくようだ。
皮膚はふやけてしまうかもしれないが、できれば明日の朝までずっとこうしていたい気分だった。

「・・・貴様、そこで何をしている?」
やがて心が休まるような心地よさにうっとりと目を閉じかけたそのとき、突然背後から唸るような声が聞こえてきた。
「え?」
咄嗟に後ろを振り向くと、今まで背を預けていた岩の上から全身真っ赤な毛に覆われた大きなドラゴンが俺の顔をじっと覗き込んでいる。
「う、うわああっ!」
それに驚いてドラゴンから離れようと身を引いた瞬間、ドラゴンの大きな手が俺の頭をガシッと掴んでいた。
そして、ゆっくりとドラゴンの正面に顔を振り向けさせられる。
「あ・・・ああ・・・」
「私の温泉で何をしているのかと聞いているのだ。近頃は獣達ですら恐れて近寄らぬというのに・・・」
そう言ったドラゴンの鋭い眼が、不意にすっと細められる。
「貴様はいい度胸だな」
少しだけ開けられたドラゴンの口からぞろぞろと並んだ恐ろしい牙が見え、俺は頭を掴まれたまま恐怖にガタガタと震えているしかなかった。

「ま、待ってくれ・・・知らなかったんだ!」
今にもドラゴンの牙が俺の顔に襲いかかってきそうで、カチカチと歯の根が上手く噛み合わない。
「た、頼む、すぐ消えるから命だけは・・・」
だが半分泣きながらそう叫ぶと、ドラゴンが俺のいきなり頭を掴んでいた手をパッと離していた。
突然拘束から解き放たれて、思わずバシャッと湯の中に倒れ込んでしまう。
「うぶっ・・・」
「フフフ・・・別に構わんぞ。私も、独りで湯に浸かるのは飽いていたところだ」
やがて愉快そうに笑いながら、ドラゴンがゆっくりと湯の中に入ってきた。
真っ赤な体が澄んだ湯に浸かり、フサフサと靡いていた体毛が水中にひらひらと漂う。
そして大きな溜息をついたドラゴンが水面から首だけを出して石床に顎を乗せると、温泉のお湯がザバッと周囲に溢れ出ていった。
ギュッ
「うっ・・・」
ドラゴンの珍しい行動に目を奪われていたその時、水中で伸びてきたドラゴンの長い尻尾が俺の片足にしっかりと巻きつけられた。
俺が逃げないようにということなのだろう。
試しに逃げようと足を動かそうとすると、巻きつけられた尻尾にグイッと引き寄せられてしまう。
しかたなく、俺は気持ちよさそうに目を閉じているドラゴンから少し離れて恐る恐る湯の中に体を沈めた。

「フフ・・・人間と共に湯に浸かるなど、初めての経験だな・・・」
収まりのよい場所を探して石床に顎をすりつけながら、ドラゴンが静かに呟く。
だが俺の方はというと、下手にドラゴンを刺激しないように恐怖と緊張で身を縮めていた。
「どうした?そう怯えずともよかろうに・・・さあ、もっとこちらへ来るがいい」
言いながら、ドラゴンが尻尾を巻きつけた俺の足をドンドンと自分の方へと引き寄せていく。
それに半ば引きずられるようにして、俺はドラゴンのすぐ間近まで来てしまっていた。
「い、一体何を・・・」
ドラゴンの意図が読めず、思わずそう聞き返してしまう。
「なに・・・近頃は冬に備えて体毛が長くなる時期のせいか、体が痒くてな。その・・・擦ってはくれぬか?」
片目だけ開けて俺を見つめながら、ドラゴンが俺の足に巻きつけていた尻尾を解く。
「あ、ああ・・・いいよ・・・」
思ったほど、このドラゴンは危険な存在ではないのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は水中で靡く体毛に隠されたドラゴンの皮膚を両手でゴシゴシと擦った。
時には爪で掻くように、時には指先でなぞるようにして、巨大なドラゴンの体から痒みを落としてやる。
「おお・・・フフフ・・・なかなか心地よいぞ・・・フフフフ・・・」
恍惚とも呼べる表情を浮かべながら、ドラゴンは俺が擦る場所を変えるたびに気持ちよさそうに声を漏らした。

痒そうな所を考えうる限りあちこち探って擦ってやると、ドラゴンはすっと首を持ち上げた。
その顔に、満足げな笑みが浮かんでいる。
「フフフ・・・もうよい。今度は私の番だな」
「え・・・ええ?」
「貴様だけに働かせては悪かろう?さあ、そこの浅瀬に寝そべるのだ」
ドラゴンはそう言うと、深さ2、30cmくらいになった岩棚を指し示した。
「で、でも・・・」
「いいから黙って寝るのだ」
有無を言わせぬドラゴンの勢いに負け、俺は言われるままに浅瀬に寝そべるとさっきのドラゴンと同じように顎だけを岩棚に乗せた。そこへ、ドラゴンがゆっくりと近寄ってくる。
そして、たっぷりと湯を含んで毛が垂れ下がったドラゴンの腕が、水面から持ち上げられた。

ペチャッという音と共に濡れた手が俺の肩に置かれたかと思った次の瞬間、
ドラゴンはうつ伏せになった俺の上にガバッと覆い被さってきた。
「う・・・わああっ!」
今ひとつドラゴンを信用できず胸の内に不安を抱えていたせいで、思わず悲鳴を上げてしまう。
だがドラゴンはそれにも構わず温かい湯の中に寝そべる俺の上にのしかかると、肩の横から鼻先を突き出して耳元に囁いた。
「フフフフ・・・」
「な、何をするんだ・・・?」
妖しげな笑いと共に、ドラゴンが左右に体を揺らし始めた。
サワサワと水中に揺らめく体毛が俺の背中を優しく擦り、気持ちいいようなくすぐったいような不思議な感触を塗り込めてくる。
それと同時に体を背後から抱え込むようにドラゴンの両腕が回され、俺は自分の腕ごとドラゴンにギュッと抱き締められてしまった。
「あう・・・ぅ・・・」
温かい湯に浸かっているせいだろうか。フサフサの毛で覆われた柔らかいドラゴンの体に包まれただけで、気持ちよさと急激に襲ってきた眠気に瞼がトロリと落ちそうになる。
背中にかかるズッシリとしたドラゴンの体重も、まるで厚い羽布団をかけているかのように俺の眠気を増幅した。
「どうだ・・・心地よかろう?眠りたければそのまま眠るがいい・・・フフフ・・・」
うう・・・だめだ・・・眠気を我慢できない・・・でも・・・本当に眠っても大丈夫なんだろうか?
もしかしたら次に目を覚ました時には・・・いや、まさか眠っている間に・・・
だけど・・・ああ・・・ね、眠・・・い・・・・・・
疲労と温もりとドラゴンの愛撫に耐え切れず、俺は身の危険を感じながらもガクリと眠りに落ちてしまった。

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|