雪山の暖

    

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相変わらず、冷たい雪が降り続けている。
私は厚い雪に覆われた山の洞窟の中で蹲り、呼吸の度に気管を焼く灼熱の冷気に身を震わせていた。
今年の冬は異常だ。例年よりも1ヶ月早く雪が降り始め、気温は平均で5度下がった。
数え切れぬほどの冬を過ごしてきた私にも、この異常気象ともいえる厳しい冬を乗り切ることができるかどうかは怪しかった。
保護色になるように真っ白な鱗で覆われた手を顎の下に敷きながら、私は先行きの不安を隠せずにじっと洞窟の外を睨みつけていた。

「ったく、今年は早く雪が降ったって言うからスキーにきてみりゃ・・・降り過ぎじゃねえのか?」
真っ赤なスキーウェアに身を包んだ若者が、辺りを見回して呟いた。
膨らんだ雪の結晶がしんしんと降り積もり、彼の通った航跡の溝を次々と埋めていく。
大きなスキーとバッグを担ぎ、彼は仲間と落ち合うために山の中腹にあるロッジへと足を早めた。
真横から吹きつける風が痛く感じる。まるで吹雪が悪意をもって若者を
雪の中に閉じ込めてしまおうとしているかのようだ。
腰まで積み重なった雪の壁を掘り進み、小さな坂を登り切る。
「見えた!」
小高い丘の上に、がっちりとした丈夫そうなロッジが姿を現した。
若者はまるで疲労が吹き飛んだかのように、ラッセルのペースを上げて走り出した。
ズボッ!
「う、うわああぁぁ!」
その瞬間、突然地面の感触が消えた。
小さな穴に吸い込まれるように、若者が一瞬にして雪の中に姿を消す。
後に残ったのは、まるで雪でできた蟻地獄のようにすり鉢状になった窪みと、落ちるときに外れた一対の真っ赤なスキー板だけだった。

ザザーッ・・・ドスッ・・・
「グアッ!?」
寒さに耐えながらそろそろ眠りにつこうとしていた私の背中に、突然冷たさとともに何かが落ちてきた感触があった。
その何かは柔らかい私の背中でバウンドした後、固い地面の上へ滑り落ちる。
「ヌ・・・何だ?」
不意に受けた衝撃に困惑しながら、私は落ちてきたものを覗き込んだ。
真っ赤な服を来た若い人間が倒れている。見たところ怪我はないようだが、気を失っているようだ。
「人間か・・・なぜこんなところへ・・・?」
人間の落ちてきた洞窟の天井を見上げると、小さな穴が空いていた。
今は厚く積もった雪で暗い蓋がされているが、きっと人間が上に乗ったときに滑り落ちたのだろう。
「さて・・・どうしたものかな・・・」

真っ白な鱗に覆われたドラゴンは、突然降って湧いた人間を興味深げに見つめながら、これからどうすべきか考え始めた。この寒さでは、放っておけば恐らく2度とは目覚めないだろう。
しばし迷った後、意を決したドラゴンはぐったりと横たわる人間に覆い被さった。

「ん・・・んん・・・」
意識を取り戻した俺は、闇の中でこんがらがった頭の整理を始めた。
俺はどうなったのだろう・・・確か雪山に登って、それからロッジに向かおうとして・・・
いや、それもこれも全部夢だったのだろうか?俺は今まで温かいところで眠っていたようだ。
ベッドがちょっと固いけど、厚い羽布団を何枚もかけているようなちょうどいい圧迫感と温もりが・・・

だがいい知れぬ違和感を感じ、俺はゆっくりと目を開けてみた。辺りが暗い。
冷気を孕んだ洞窟の岩壁がしっとりと濡れていて、俺はまだ夢の中にいるのかと疑った。
体の上に巨大な雪の山ができている。俺は・・・そうだ、やっぱりどこかに落ちて気を失ったんだ。
でもなんで凍死しなかったんだろう?この雪の山から温かさを感じ・・・
「気がついたか?」
「えっ?」
突然、体の上に積もっていた雪の山が喋った。その雪が見る見る形を変え、長い首と尻尾を持った大きな生物になる。その正体に、俺は暖められていた背筋を再び凍りつかせた。
ドラゴンだ。全身が雪のように真っ白なドラゴンが、俺の上に覆い被さっていたのだ。
いや・・・暖めてくれていたというべきだろうか。
「な、何だお前!?」
「それはこちらの台詞だ。私の眠りを邪魔しおって・・・本来なら食い殺しているところだ」
ドラゴンはなおも体を密着させたまま、首だけを伸ばして俺の顔を覗き込んだ。
「じゃ、じゃあ何で助けてくれたんだ?」
そう聞くと、ドラゴンは顔を背けて少し躊躇いがちに言った。
「フン・・・わ、私も少し寒かったのでな・・・」
「えっ?」
その言葉の意味を理解するのに、俺は寝ぼけた頭をフル回転させる必要があった。
「なんだ、俺は湯たんぽ代わりだったのか?」
「だ、黙れ!お前も凍死せずに済んだであろう」
ドラゴンはそう言うと、さらにしっかりと俺の体を抱き込んだ。
「ここ数日は厳しい寒さが続くだろう・・・今はお互い暖め合う必要があるのだ」
「で、でも俺行くところが・・・」
そう言いかけると、ドラゴンは俺の顔を見下ろしながら鋭い牙を剥いた。
「何か言ったか?」
「あ、い、いや・・・」
この様子ではドラゴンに湯たんぽを手放すつもりはないようだ。
まあいい、スキーもどこかへ落としちまったし。それに・・・これはこれでなかなか気持ちいい。
溜まっていた疲労が噴き出し、俺は一方的にドラゴンに抱き抱えられたまま、2度目の眠りについた。

私は再び眠った人間を見つめながら、自分の中に不思議な感情が湧き上がってくるのを感じていた。
腹の下に伝わってくる温もり、少しでも力を入れれば壊れてしまいそうな柔らかい体。
これまではただの食い物程度にしか考えていなかった人間を、これほど身近に感じたことはなかった。
人間の体の下にそっと手を差し込んで完全に抱き抱えると、純白の鱗に覆われた腕と掌にも、温かい人間の体温が直に伝わってくる。
私は背中に力を込めると、真っ白な皮膜に覆われた翼を広げた。
そして人間を抱えたままゴロリと仰向けに転がると、大きな両翼で人間の体を自分の体ごと包み込むように巻きつける。再びうつ伏せになるべく転がると、その一連の刺激に人間が小さく呻いた。
「ムゥ・・・これもまた心地よい・・・」
翼の内側にも人間の温もりが伝わってくる。

保温力がさらに高まり、丸まった翼がまるで巨大な繭のように人間とドラゴンの体温を内に封じ込めた。
「うう・・・ん・・・」
ドラゴンの体に、腕に、そして翼に全身を絡め取られ、圧迫感に人間が寝返りを打とうと身じろぎする。
「ム・・・動くな」
その動きを逃走の兆しと受け取ったのか、ドラゴンは人間を抱えた両腕に力を入れてさらに自分の体にギュッと押しつけた。
「ぐ・・・う・・・」
突然の締め付けによる息苦しさに、人間が目を覚ます。
「ん・・・な、何してるんだ!?」
何時の間にか全身を抱え込まれて全く身動きできなくなっていることに気付き、人間が慌てふためく。

「騒ぐな、お前もこの方が暖かろう?」
穏やかな声色でドラゴンが言う。確かに、汗すらかきそうなほど体は温まっている。
だが、眠っている間にますます逃げるに逃げられない状況になっていたという現実に、俺は数日後吹雪がおさまったときのことを想像して戦慄した。
「確かに暖かいけど・・・て、天気が回復したら解放してくれるんだよな?」
「フフフ・・・」
だが、ドラゴンはまるで俺の声など聞こえていなかったかのように目を閉じて温もりを貪っている。
その様子に、俺は不安に駆られて大きな声で繰り返した。
「な、なあ、解放してくれるんだよな?」
「ん?解放だと・・・なぜだ?」
そう言いながらドラゴンが不思議そうな顔で俺の方を振り向く。
「な、なぜって・・・吹雪がやんだらもう俺は必要ないだろ?」
恐ろしい答えが返ってこないように祈りつつそう言うと、ドラゴンはしばらく黙り込んだ。

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