常世の寝室

    

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「ハァ・・・ハァ・・・」
山裾に広がる小さな町の中を、輝くような黄色い毛を靡かせた小柄なドラゴンが懸命に走っていた。
「いたぞ!あっちだ!」
武器を持った数人の男達が、あちらこちらで怒号を上げる。

私はほんの少し、ほんの少しの家畜を奪って逃げるだけのつもりだったのだ。
ここ数年の異常気象のせいで、すでに私の住む山の食料は枯渇していた。
空腹に喘ぎながら人間の街へ忍び込み、放し飼いにされていた鶏を襲ったまではよかった。
そこを運悪く人間に見つからなければ、こんなことにはならなかったというのに・・・
必死で建物の角を曲がりながら殺気立つ人間の気配から離れようとしているうちに、私はいつしか町の奥深くへと迷い込んでしまっていた。
「こっちに逃げたぞ」
「あそこの道は塞いだか?」
周囲から聞こえる私を探す者達の声。もし捕まれば、まず生きてはいられぬだろう。
私は建物の陰で震えながら、彼らに見つからぬことを祈った。
だが、追っ手の手は確実にすぐそこまで迫っている。
「し、しかたない・・・人間がいないことを祈るまでだ」
私はそう呟くと、手近にあった人間の家屋へ飛び込んだ。
バンッ
「わぁっ!」
戸を開けて中に入った瞬間、人間の叫び声が聞こえる。
しまった、人間がいたのか・・・私もこれまでだな・・・

突然家の中に飛び込んできた闖入者に驚き、僕は大声を上げた。
慌てて音のした方を振り向くと、見なれない黄色の体毛に覆われたドラゴンが立っている。
「声が聞こえたぞ!?」
「こっちだ!」
それに続いて、なにやらがやがやと辺りが騒がしくなった。
追われてるのか?このドラゴン・・・
ドラゴンの目を覗くと、そこには落胆と絶望の暗い光が宿っていた。
「早く!隠れて!」
僕は咄嗟に、ドラゴンだけに聞こえるように声を潜めて叫んだ。
その声に反応し、ドラゴンがサッと近くの家具の陰に身を隠す。
その直後、殺気立った男達が家の戸をバンと蹴り開けた。
「な、何だい、あんたら?」
わざと驚いたふりをしてとぼける。
「この家にドラゴンが逃げ込まなかったか?黄色い奴だ」
「まさか。そんなのが入ってきたら大声出してるよ」
「だがさっき声が聞こえたぞ?わぁってな」
僕はなるべくドラゴンの隠れている家具のほうを見ないようにしながら、冷静に答えた。
「ああ、さっきカップを落としちゃったんだ。熱いコーヒーの入ったやつでさ。幸い火傷はしなくて済んだけど」
「・・・本当か?」
怪訝そうな面持ちで、先頭の男が聞き返してくる。
「本当だよ。後始末が大変なんだから後にしてくれないか?ドラゴンを見かけたら知らせるからさ」
「・・・よし、すぐに知らせろよ。俺の家畜を襲いやがった奴だからな。生かしちゃおけねぇ」
男はそういうと、後に続いた数人の連中を従えて家を出て行った。
外から、捜索を続ける指示がくぐもった声で聞こえてくる。
辺りが完全に静かになると、僕はドラゴンの隠れている方を振り返った。
その家具の陰から、様子を窺うべくドラゴンが恐る恐る首を覗かせていた。

「なぜ、私を匿ったのだ?」
安全なのを確認したのか、ドラゴンは家具の陰から出てくると僕にそう聞いた。
「なぜって・・・その、綺麗だったからさ」
「綺麗だと?」
家に飛び込んできたドラゴンを一目見たとき、僕はその姿態の美しさに見とれていたのだ。
スラリと伸びたドラゴンの首から体にかけて艶やかに光を弾く黄色の体毛がそよそよと揺れ、顔はまるで馬のそれのように細長い角錐の形をしていた。
ドラゴンらしい気品さが体中に満ち溢れている。
僕には、それがとても家畜を襲うような生物には見えなかった。
「お前は私が怖くはないのか?」
「家畜を襲ったって聞いたけど・・・逃げてきたってことは人間を襲ったりはしてないんだろ?」
「人間を襲ってどうなるというのだ。私は生きるために少しばかりその・・・食料をだな・・・」
告白するのが憚られるのか、ドラゴンが俯く。
「そ、そんなことはどうでもよい。世話になった」
ばつが悪そうに、ドラゴンはそっと僕に背中を向けると家を出て行こうとした。
「あ、ま、待ちなよ。今出て行ったら危ないよ」
「しかしいつまでもここにいるわけには・・・お前にも危険が及ぶかも知れぬのだぞ?」
首だけをこちらに振り向け、ドラゴンが呟く。
「いいよそんなの。町中逃げ回って疲れてるんだろ?あっちの部屋にベッドがあるから、そこで休むといいよ」
「ベッド・・・」
ドラゴンはしばし何か考え事をしていたが、やがてのそのそとベッドのある部屋へ入って行った。

その後結局、夜になるまでドラゴンが部屋から出てくることはなかった。
部屋の中を覗くと、心底安心したのかドラゴンが安らかな寝顔でベッドの上に蹲っている。
僕は寝る支度をすると、ドラゴンを起こさないようにそっと部屋に入った。
スースーと寝ているドラゴンの横のスペースに、ゆっくりと体を入れる。
柔らかいベッドが僕の体重でさらに沈み込み、ドラゴンがハッと目を覚ました。
「な、何をしておるのだ!?」
ドラゴンが慌てて飛び起き、ベッドの隅に寄って僕を見つめる。
「何って・・・僕も寝るんだよ」
「そ、それなら私は床に・・・」
「いいから・・・一緒に寝てくれ」
逃げるようにベッドを降りようとするドラゴンを強い口調で制すると、ドラゴンは迷いながらも前と同じようにベッドの上に蹲った。

フサフサのドラゴンの体はとても暖かかった。
ドラゴンは落ちつかないのかしばらく目を開けたままそわそわとしていたが、僕が眠りにつくと後を追うようにドラゴンも目を閉じた。

翌日目が覚めると、ドラゴンはすでに起きて床の上に蹲っていた。
もそもそと動き出した僕の様子に気付いたのか、ドラゴンが首を持ち上げてこちらを振り向く。
「ん・・・いつ起きたんだ?」
「つい先程だ。起こしてしまったか?」
「いや、全然・・・」
眠気目を擦りながらよく見ると、ドラゴンは朝方の寒さに少し震えているようだった。
まだ雪こそ降らないものの、季節はすでに冬に差しかかろうとしているのだ。
このドラゴンがわざわざ危険を犯してまで人間の町まで食べ物を取りにきたのは、もう山にも食べるものがなくなってしまったからなのだろう。
「寒いなら中に入れよ」
そう言ってかけていた布団を少し持ち上げてドラゴンを誘ったが、ドラゴンは顔を背けてボソボソと口を開いた。
「に、人間と寝るのはやはり気が進まぬ・・・」
「なんだ、僕が嫌いなのか?」
「い、いや、そういうわけでは・・・お前には感謝している・・・」
ドラゴンが慌ててこちらを振り向き弁明する。
「じゃあ入りなって」
「う、うむ・・・」
渋々、ドラゴンがベッドの中に潜り込んでくる。
その暖かい体から温もりを貪るように、僕はドラゴンの体に抱き付いた。
「・・・!」
それに驚き、ドラゴンが一瞬ビクッと身を縮める。
よほどあの男達に追い回されたのが恐怖だったのか、ドラゴンはまだ人間を信用しきれていないようだった。
「大丈夫、何もしないよ。暖め合おう」
「う・・・む・・・」

時間が経って少し落ち着いたのか、ドラゴンはやがて自分の方からも僕の体に触れ始めた。
僕の足にフサフサの尻尾を絡ませると、布団の中で柔らかい体毛に覆われた体を肌に擦りつけてくる。
室温の低さも相まって、ベッドの中に充満した熱気がこの上もなく気持ちよかった。
ドラゴンも緊張した体を癒すその温もりに、ウットリと目を閉じて身をまかせている。
ずっとこうしていたい気分だった。
ドラゴンもそれは同じらしく、僕の上にのしかかってはひたすら心地よさそうにスリスリと身を揺すっている。
「いたか?」
「いや、こっちにはいなかったぞ」
「じゃあやっぱり・・・」
そんな幸せな一時を邪魔するかのように、昨日の男達の声が近くから聞こえてきた。
「聞こえた?」
「ああ・・・またここに来るつもりかもしれぬぞ」
ドラゴンは急に神妙な顔になると、不安そうに辺りを見回した。
「早くどこかに隠れるんだ。また追い返してやるから」
「済まぬな・・・」
ドラゴンはベッドから降りると、近くにあったクローゼットの中に身を隠した。
小柄なドラゴンとはいえ大人には狭いクローゼットに無理矢理体を詰め込むと、窮屈そうに扉を閉める。
「動くなよ。音を立てたら見つかるぞ。そしたらお前も、多分僕も・・・お終いだ」
その言葉の意味を悟り、ドラゴンの体にピンと緊張が走る。
バン!
それに続いて、男達が扉を蹴り開ける音が辺りに響き渡った。

「小僧、いるか!?」
昨日の男達の怒鳴り声が聞こえてくる。僕は素知らぬ顔で寝起きを装うと、欠伸をしながら粗暴な男達を迎えた。
「ふぁ・・・今度は何だい?」
「やっぱりこの家にドラゴンが逃げ込んだとしか思えねぇ。家の中を調べさせてもらうぞ」
そう言いながら、家畜を襲われたという先頭の男が僕の了承も待たずにズカズカと家の中に上がりこんできた。
「おいおい、待ってくれよ」
僕は慌てて男を引き止めようとしたが、あまり派手に抵抗すると何かを感づかれる可能性もある。
ここは危険だが少しだけ家の中を調べさせて帰ってもらうのが得策のようだ。
「手短に頼むよ。出かける用事があるんだからさ」
「フン」
男は鼻を鳴らすと、バスルームへと入って行った。後に続いた他の男たちも、鎌だの斧だの物騒なものを持ちながら次々と家の中へ雪崩れ込んでくる。
誰かが寝室へ入ろうとしたら時間切れだ。すぐにでもあの男をひっ捕まえて帰らせなければならない。
リビングからキッチン、居間、トイレとあちこちを隅から隅まで男達が嗅ぎ回っていた。

と、そのうちの1人がまだ誰も調べていない寝室のドアの方に目を向けた。
まずい、早くあの男を見つけなければ!
僕はバスルームから出てきたリーダーの男を捕まえると、顔にしわを寄せて迫った。
「おいアンタ、もういいだろ?いいかげんにしないと警察を呼ぶぞ」
目の端でチラッと寝室の方を見やると、斧を持ったその男はすでに部屋のドアを開けて中を見回していた。
早く・・・寝室にあるのはベッドとテーブル、洋服ダンスに観音開きのクローゼットだけだ。
隠れている生き物を探すとしたらクローゼットしかない。
案の定、男が真っ直ぐにクローゼットの方に向かう。
「まあ待て、もう少しいいだろ?」
僕の焦燥を知ってか知らずか、リーダーの男が踏み止まる。
「大人数で勝手に他人の家に上がりこんできてなんだよその態度は?さっさと帰ってくれ」
視界の隅に映る男が右手で斧を構えたまま、左手をクローゼットの扉にかけた。
何かが飛び出してきてもすぐに斧を振り下ろせる体勢だ。
早く・・・引き上げると言ってくれ・・・
「チッ・・・おい、引き上げるぞ!」
ついにリーダーの男がそう声を上げた。しかし、時はすでに遅かった。
斧を持った男は引き上げの合図が聞こえたものの、せっかく手をかけたクローゼットを開けずに去るつもりはなかったようだ。
ガチャッ・・・
その絶望の音に、僕はリーダーの男の目も気にせずバッと寝室の方を覗き込んだ。
リーダーの男もそれにつられて背後を振り向く。
直後に巻き起こるであろう喧騒と惨劇に、僕はギュッと目を瞑った。

斧を持った男がクローゼットの中を一瞥し、俺の方に向かってフルフルと首を振る。
「ここにはいない」
その言葉を受けて軽く頷くと、俺はがやがやと集まってきていた他の男たちを引き連れて家を出た。
そして小声でそばにいた数人の男に声をかける。
「お前達はこの家を見張ってろ」
「やっぱりここにドラゴンがいるのか?」
「わからねぇ。だが俺達があれだけ張っててあの目立つドラゴンが誰にも見つからずに逃げられるはずがねぇ」
注意深く辺りを見回すようにして視線を巡らせると、俺は更に続けた。
「奴は出かける用事があると言ってた。もし奴が家を出てこなければ、ドラゴンが中にいると見て間違いない」
「もし出てきたら?」
「その時は・・・もう1度ゆっくりと調べさせてもらうだけだ」
それを聞いた数人が了解したとばかりに頷く。
「よし、他の奴らは周りを固めるぞ」

外が静かになると、僕は高鳴る胸を押さえながら両手でクローゼットを開けた。
クローゼットの中は中央が仕切り板で仕切られていて、2つの箱を合わせたような作りになっている。
その右側で、ドラゴンがきつく目を閉じて身を縮こめていた。
「大丈夫か?」
「ああ・・・奴らはどうした?」
「もう行ったよ」
それを聞いて、ドラゴンがゆっくりとクローゼットから這い出してきた。
「なぜ、私は見つからなかったのだ・・・?」
「もしあの男が左利きだったら見つかってた。危なかったよ」
あの時、男は利き腕で斧を振り上げたまま左の扉に手をかけた。
中央に取っ手のついた観音開きの扉は反対の手では開けにくい構造になっている。
その構造が、男の利き腕が、そして中央の仕切りが偶然にも全て噛み合い、ドラゴンは見つからずに済んだのだ。
もし1つでも何かが狂っていれば、今頃この部屋の中でどんな惨劇が起こっていたことか。
「またお前に迷惑をかけてしまったな・・・」
「僕の方こそ・・・奴らがきた時に頑として追い返していれば、お前をこんな目に遭わせなくても済んだんだ」

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