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手乗りドラゴン

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匿名ユーザー

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「おーい、そろそろ帰るぞー」
遠くから、パパが僕を呼ぶ声が聞こえた。
薄っすらと紅葉を始めた赤と黄色と緑の森が、視界一杯に広がっている。
今年もこの山に遊びにくるのは最後になるだろう。
「うん、今行くー」
真っ赤に燃えながら西に傾きかけた太陽を恨めしく思いながら、僕はパパ達の元へ向かった。
その時、ふと大きな木の根元に不思議な色の石があるのを見つけた。
白と赤の斑模様で、見事なまでに真ん丸だった。
「なんだろ?これ」
10cmくらいのその石を持ち上げてみると、大きさの割りに少し軽く感じた。
綺麗な石だし、記念に持って帰るのもいいかもしれない。
僕はその石を背中に背負っていたリュックに放り込むと、大きなキャンピングカーに飛び乗った。
「ふあぁぁぁ・・・」
遊び疲れて唐突に襲ってきた眠気に目を擦りながら、車の中で石を取り出す。
軽く叩いてみると、コンコンと石にしては妙な音がした。中が空洞にでもなっているのだろうか?
「あら、それなぁに?」
「これ?なんか綺麗な石だったから持ってきちゃった」
「なんだ、石なんか持ってきたのか?しょうがないなぁ」
広々とした車の中で両親とそんな会話をしているうちに、何時の間にか僕は眠っていた。

気がついたときには、僕はもう家に到着していた。
楽しかった家族旅行の雰囲気を味わう暇もなく、車に積んだお土産や荷物を次々と家に運び込む。
山のようにあった荷物を全部家の中に入れると、僕は自分の部屋に戻ってまた石を手に取った。
「それにしても不思議な石だなぁ・・・あんまり重くないし変な音するし」
1時間ほど飽きることもなく石を弄繰り回していると、階段の下からママが僕の名前を叫んだ。
どうやら夕食の用意が整ったようだ。
「はーい」
とりあえず大きな声で返事をしてから、僕はその石をベッドの上に放り投げてご飯を食べに階段を降りて行った。

遅い夕食とお風呂を済ませて部屋に戻った時には、もう寝る時間になっていた。
「もうこんな時間か」
僕はベッドの上に放置されていた石を机の上にどけると、下着姿のままガバッと布団を被った。
夏休みも後数日で終わってしまう。宿題はできているが、何かこう、もうひとつ刺激的な出来事が足りなかったような気がする。なんか面白いことでもあればいいんだけどな・・・。
そんなことを考えながら、僕は貴重な夏休みの一日を終えるべく目をつぶった。

ピシ・・・ピシピシ・・・
家中の誰もが寝静まった後、子供部屋の机上に置かれていた不思議な石に薄っすらと亀裂が走った。

「おい、起きろ小僧!いつまで寝ておるつもりだ!?」
翌朝、僕は不思議な声で目が覚めた。薄っすら目を開けると、真っ白な壁紙が貼られた天井が見える。
「今・・・なんか聞こえたような・・・?」
気のせいだったのだろうか?寝ぼけた頭で辺りを見回すが、霞んだ視界の中には取り立てておかしなものは映らなかった。
「やっと起きおったか。小僧、さっさとワシをここから降ろさんか」
「え?」
今度ははっきり聞こえた。誰かが部屋の中にいるらしい。いや、ここから降ろせってことは何かの上に・・・
ふと、僕は昨日の石が気になって机の上に目を向けた。
安っぽい貯金箱を壊した時のような無造作に砕けた赤と白の欠片が机の上に散乱していて、その横に何か小さなものが立っている。よく目を凝らすと、それは綺麗な緑色をしたドラゴンの人形だった。
その人形がゆっくりと両腕を振り上げて・・・え?
「早く降ろせと言ってるのが聞こえんのか小僧!」
「うわぁ!」
訳がわからず、僕は布団を頭から被った。
人形が・・・あれ?だって昨日はそんなもの・・・それに石が割れて・・・喋ってる?
僕は夢を見てるのかな?それならきっともう元通りに・・・
恐る恐る布団の中から机の方を覗き込むと、やはり物凄く小さなドラゴンがその体を精一杯動かして何かを叫んでいた。
声はくぐもってよく聞こえなかったが、どうやら机の上から自力で降りられないから助けろということらしい。
それにしても・・・なんていうか・・・小さいくせに態度がでかい。
僕のことを小僧って呼んだぞ?それにワシって・・・まるでお爺さんみたいだ。

冷静になって考えてみると、別に特別恐がることはないような気がする。
そっと布団から抜け出すと、僕は目覚し時計よりも小さいそのドラゴンに近づいた。
「フン、腰抜けめ。早くワシをここから降ろせ!」
僕はそのドラゴンに手を伸ばしかけて・・・思い留まった。ちょっと待った。その前にするべきことがある。
人の言葉を話せるならいろいろ聞いてみたいこともあるし、ペットか虫用の籠も用意して、それから・・・
「何をぐずぐずしておるのだ!ワシの命令が聞けぬなら焼き殺してやる!」
そういうと、ドラゴンがいきなり僕に向かって火を吹いた。
「わっ!」
僕は一瞬驚いたが、マッチ棒を擦った時のような小さな炎がポッと上がっただけだった。
後には、よっぽど疲れたのか四つん這いでハァハァと荒い息をついているドラゴンだけが残っている。
「あは、あははははっ」
よくわからないがその虚勢の張り方が滑稽で、僕は思わず笑ってしまった。
「うぬぬ・・・屈辱だ・・・」
1人、いや1匹途方に暮れるドラゴンをその場に残し、僕は部屋を出た。
「あ、ま、待て小僧!どこへ行く!戻って来んか!」
全力で張り上げているだろうドラゴンの叫びを軽く背中で聞き流しながら、僕はドラゴンを捕まえておくための檻について考えていた。少なくとも燃えないものなら何でもよさそうだ。
インコ用の鳥篭かなんかが鉄でできていて丁度いいだろう。
夏休みの間せっせと溜めた貯金を引っ張り出すと、僕はパパとママに部屋に入らないように言って鳥篭を買いに出かけた。
少なくとも残り数日、楽しい夏休みになりそうだ。

僕はペットショップから小型の鳥篭を買ってくると、両親に見つからないようにそっと部屋に入った。
ドラゴンは騒ぎ疲れたのかそれとも諦めたのか、机の上に蹲って頭を抱えていた。
僕が部屋に入ってきたのに気がつくと、再びドラゴンが顔を上げる。
また大声で騒ぐのかと思ったが、聞こえてきたのは意外にも弱々しい懇願の言葉だった。
「た、頼む、ワシをここから降ろしてくれんか」
ドラゴンは机の端からそっと下を覗き込んでからゆっくり後ろへ身を引くと、僕を見上げて訴えた。
どうやら自力で降りられないというよりも、高いところが苦手なようだ。
確かに、高さ1メートルの机も体長10cmのドラゴンにしてみれば、僕が深さ13メートルの崖っぷちに立っているようなものだ。自力じゃ降りたくても降りられないだろう。
「降ろしてあげてもいいけど、今度はこの中だよ」
そう言って、買ってきた鉄製の鳥籠をドラゴンに見せつける。
「な、なんだと!このワシにその中に入れと言うのか?ふざけ・・・る・・・な・・・」
叫んでいる途中に僕の表情の変化に気がついたのか、ドラゴンが言葉に詰まる。
「ふーん、いいよ別に入らなくても。じゃあ今夜もそこで寝るんだね」
「な・・・こ、小僧、貴様・・・」
「あ、そうだ、揺らしちゃおっかなー?」
その一言に、途端にドラゴンがサッと顔色を変えた。僕が何をしようとしているのかわかったらしい。
僕は机の端を持つと、ドラゴンが机から転げ落ちないように加減しながらガタガタと揺らしてみた。
「よ、よせ!わかった、どこへでも入るからお、降ろしてくれ!」
その途端ドラゴンは必死で机にしがみつき、僕を見上げながら情けない悲鳴を上げた。
尊大な態度のドラゴンを屈服させると、僕は鳥篭を机の上に置いた。
耐え難い屈辱と戦っているのか、ドラゴンがその小さな顔に複雑な表情を浮かべながら渋々籠の中に入っていく。
扉を閉めると、僕は鳥篭を持ち上げた。
「うっ・・・」
目まぐるしく周囲の風景が揺れ、ドラゴンが恐怖に青ざめる。
だがさすがに自分の置かれている立場は理解しているらしく、僕が籠を床に置くまでドラゴンは一言も憎まれ口を叩くことはなかった。

トン
ようやく広々とした床に落ち着き、ドラゴンが大きな息をついた。
「さ、さあ、もういいだろう?ワシをここから出すのだ」
「何言ってるのさ。お前はもう僕のペットになったの!」
小さなドラゴンの動きがピタリと止まった。
「ペ、ペット・・・だと・・・?」
しばし間を置いた後、ドラゴンが俯きながら小さな声を絞り出した。
全身がワナワナと震えている。相当怒っているようだ。こういうときは先手を打って黙らせるに限る。
「小僧!よりにもよってこのワシをペットなどと・・・」
突然目の前に突き出されたオレンジ色の板を見て、顔を上げて怒鳴ったドラゴンが再び静かになる。
「何だこれは?」
「餌だよ。ニンジン」
「え、餌・・・」
それを聞いて、ドラゴンが固まった。惚けたような顔で僕を見上げたまま、口をパクパクさせている。
僕はその瞬間、ドラゴンの中で何とか保とうとしていた最後のプライドが音を立てて崩れていくのを感じた。
ドラゴンはがっくりと肩を落とすと、黙ってニンジンを受け取って噛りついた。
ムシャ、ムシャ・・・
「う・・・うぐ・・・ぐ・・・」
固いニンジンを咀嚼する音に混じって、僕はドラゴンの押し殺した咽び声が聞こえた気がした。

な、なぜだ?一体どこでこうなったのだ?
苦労して卵の殻を破って外に出たかと思えば、ワシはどうして人間の住処にいるのだ?
おまけにこのような檻に閉じ込められ、幼い人間から餌などもらう始末・・・
自分の体ほどもある大きなニンジンの欠片を齧りながら、ワシはどうしようもなく己を情けなく思った。
許せぬ。こんな屈辱などあっていいはずがない。ワシはドラゴンなのだぞ?
人間のもとでペットとして飼われるなど断じて・・・
ニンジンを食べ尽くし、ワシは興味深そうにこちらを眺めていた人間の子供をキッと睨み付けた。
うぬぬ・・・考えれば考えるほどに腹が立つ。決してこの恨み晴らさずにはおかぬ・・・ぐぬぬぬ・・・
「はい、次キュウリ」
ワシの視線を餌の催促と勘違いしたのか、人間は今度は細長い緑色の棒のようなものを差し出してきた。
怒りではらわたが煮え繰り返っているというのに、差し出されるとついそれを受け取ってしまう。
しかたない・・・とにかく今は従順な振りをしておくとしよう。だがもし逃げ出せる機会があれば・・・
ワシは瑞々しいキュウリのスティックに食らいつきながら、頭の中で目の前にいる憎たらしい人間を思う存分に嬲り尽くしていた。だが、所詮想像は想像。深い絶望とともに虚しさが襲ってくる。
おのれ・・・おのれ・・・・・・おのれぇぇぇ・・・・・・

葛藤と憤慨と自己嫌悪に繰り返し苛まれながら黙々と餌を頬張るドラゴンを、僕はいつまでも飽きることなく眺めていた。時折殺気を孕んだ視線を突き刺してくるが、素知らぬ顔で受け流す。
勿論、ドラゴンの性格を考えればこんな仕打ちをする僕を猛烈に恨んでいるだろうことはよくわかっていた。
お互いに無言の牽制を続けながら一通りの餌やりを終えると、僕はベッドにゴロンと横になった。
ドラゴンはふてくされているのか、僕に背中を向けて蹲っている。
さて、次はどうするんだろう?

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