湖の邂逅

    

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

正直、私は暇だった。
いつ見ても変わらぬ輝きを放つ金や銀の財宝の山の上で、私は大きなあくびをした。
ゴォーという低く重い音が洞窟中に響き渡り、周辺にいた動物達が恐れをなして草陰に飛び込む。
この洞窟に篭って早100年。時折人間の町を襲っては、世に宝物と呼ばれる金品の類を奪い集めていたが、同胞の多くが持つこの趣味に、私は既に飽きていた。
もし、この洞窟に人間がくるようなことがあったら、ちょいと気晴らしにおちょくった後にでもこの財宝の山を全部くれてやろうかとも思っていた。

ぽっかり見える洞窟の入り口は燦燦と降り注ぐ太陽の光を乱反射して真っ白に輝いている。
そうだ、ここでボーッとしているくらいなら、近くにある湖にでもでかけてみようか。
どうせこんな山奥に財宝を求めて入ってくる人間などいまい。
いや、そもそももう財宝などに未練はないのだから、人間がきたなら好きに持って行けばいい。
私は重い腰を上げると、ガラガラと崩れる財宝の山から転げ落ちるようにして入り口までやってきた。
久し振りの外出だ。暗い洞窟から外に出ると、眩しい太陽の光が目を射抜いた。
私は右手で目をかばうようにして空を見上げると、大きな赤い翼を精一杯広げた。
バサッという大きな音とともに、周囲の常緑樹が激しく揺れはためく。
さらに2度、3度と羽ばたくと、私の体がふわりと宙に浮いた。
そして、私は南にある大きな湖に向けて飛び始めた。

正直、俺は遭難しているという事実を受け入れたくなかった。
道は広かったし、コンパスも正常に機能している・・・はずだ。
ただ、どこにも人間の足跡らしきものがないのが不安だった。
一緒に山を登っていたはずの仲間たちとはぐれたのは、ほんの一時間ほど前のことだった。
それまでは登山道を歩いていたから、ちょっと・・・ほんのちょっと脇道に逸れた程度だろう。
だが、俺の足には急な坂道を素人が大股で登っていたツケが来ていた。足が棒のようになり、膝を曲げて体重を吸収するなんていう歩き方が大道芸かなにかのように思える。

ガサッと目の前の茂みを分けると、目の前に澄んだ大きな湖が広がっていた。
「助かった!」
全然状況は好転していないのだが、とりあえず飲めそうな水が見つかっただけでも幸運だった。
既に水筒は空になり、歩く度にリュックの金具に当たってカランカランという乾いた音を立てている。
水辺に膝をついて湖の水を掬うと、俺はゴクリとその水を飲みこんだ。
炎天下の中とは思えないほど冷たく透き通った水に、俺は思わず水面に直接口をつけてがぶ飲みを始めた。
その上、涼しい風が体中に吹きつけてくる。バサッ、バサッと巨大な団扇で煽られたように、定期的な突風が体を心地よく冷やしてくれた。
「あ~生き返った~~!」
そのまま背伸びをするように俺は後ろへ倒れ込んだ。背中が地面についた瞬間、突然ズ~ン!という巨大な音と振動が巻き起こり、俺は猛烈に驚いた。
辺りをキョロキョロと見回すと、俺の背後に巨大なトカゲのような生き物が四つん這いで立っていた。
びっしりと細かい鱗に覆われた太い足と腕の先からは、湾曲した円錐型の鋭い爪が伸びている。
その上、腹の下から伸びた太い尻尾がうねうねとうねりながら時折地面を叩き、その度にドスッ、ドスッという重そうな音が響いていた。
「ド・・・ドラゴン・・・?」
俺は地面にへたり込んだまま、その生物を伝説の怪物に重ね合わせた。
スラリと伸びた鼻先から出入りする空気が陽炎のように立ち昇り、強い熱を含んでいるのがわかる。
巨大な膜のように見える翼が背中から左右に広がり、俺を真っ直ぐに見つめている眼には爬虫類のように縦長に伸びた鋭い瞳が光っていた。

「こんなところに人間がいるとは」
突然、ドラゴンが口を開いた。全ての生物が屈服してしまうような、厳かな威厳に満ちた声。
俺はしばらく固まっていたが、突然ハッと我に帰ると、その場から全力で逃げ出した。
冷たい水を飲んだからか、さっきまで疲労困憊だった足が驚くほどよく動く。
とにかく森の中に逃げ込もうと俺は精一杯走った。

だが、ドラゴンはもっと速かった。俺は後数メートルで森の中というところで、猛烈な勢いで追いかけてきたドラゴンに捕まって宙吊りにされていた。
「あ・・・あ・・・」
恐怖で声が出ない。殺される。
よくわからないがそんな予感がした。片手で足を持って俺を逆さに吊るしたドラゴンは、珍しいものでも見るように俺の体中をじろじろと見回した。そして、突然パッと手を離した。
「いでっ!」
ゴッという音とともに頭から地面に墜落した俺は、痛みに頭を押さえて数分間その場に蹲っていた。

頭痛が収まると、俺は恐る恐るドラゴンを見上げた。
ドラゴンはなおも好奇心を一杯に含んだ眼で俺を見ている。
「お、俺をどうするつもりだ?」
一応聞いてみる。
「安心するがいい。別に取って食おうというつもりはない」
そうは言うものの、逃げ出した俺を追いかけて捕まえた上に頭から落っことしたくらいだ。
このまま見逃してくれるとも思えなかった。だが、ドラゴンは次の瞬間予想だにしなかったことを言った。
「私と一緒にこないか?」
「一緒に・・・?どこに?」
拒否権はないのだろう。だが行き先を聞く権利は主張させてもらう。
「私のねぐらに決まっておろう」
ドラゴンは当然のように言った。
「なんでそんなとこに・・・」
「いいものを見せてやろう。くるのか?こないのか?」
そう言いながら少しだけ口を開け、鋭く並んだ牙をこれ見よがしに見せ付ける。
断わると食い殺されそうなので、俺はついていくことにした。
「ああ・・・いくよ」
それを聞くと、ドラゴンは俺にクルリと背を向けた。そして、翼を大きく左右に広げる。
「では、乗るがよい」
乗る?ドラゴンの背中にか?
俺はとりあえず言われるままに大きく広げられたドラゴンの背中に飛び乗った。
鱗に覆われてはいるものの、ドラゴンの背中は驚くほど滑らかだった。だが、それでいてどんな刃物も通しそうにないほど硬い皮膚であることもわかった。
俺が背中に乗ると、ドラゴンは大きく翼を羽ばたかせて飛び始めた。
小刻みに上下に揺れるが、左右への揺れはほとんどない。少し酔いそうなのを除けば、ドラゴンの背中で行く空の旅は比較的快適と言えた。
森をひとつ越えると、大きな洞窟が見えてきた。
「あそこにいくのか?」
「そうだ」
心なしか洞窟の中にキラキラと光るものが見える。
洞窟に近づくにつれてその光の数はどんどん増えていった。そして、俺はそれが何なのか理解した。
巨大な洞窟の中に積まれた金や銀の装飾品、剣や盾、宝石・・・およそ宝物と聞いて想像しうるありとあらゆるものが、まさに文字通り山積みとなっていた。
「すごい・・・」
高さ数メートルの宝の山が目の前に広がっている。
「欲しいのなら好きなだけ持っていくがよい」
「い、いいのか?」
「ただし、私の退屈をしばしの間紛らわせてくれたらの話だ」
そう言うとドラゴンは、俺を洞窟のさらに奥まで連れていった。
そこでは、やや広くなった部屋のようなものがあり、真ん中には草を敷いて作られた寝床があった。
その大きさから言って、このドラゴンが寝ているのだろう。
「で、退屈を紛らわせるっていうのはどうすればいいんだ?」
「一月の間でよい。私の夫になれ」
「夫!?」
「そうだ。それができるならばあの財宝は全てくれてやろう」
俺は悩んだ。宝は確かに欲しいが、ドラゴンの夫というのは一体どうすればいいのだろう・・・?
「返事は明日でよい。今日はここで休むがよい」
その晩、俺は新たに敷かれた柔らかい草の寝床に入った。
草でできている割に肌触りは悪くなく、疲れていた事もあって俺はすぐに深い眠りについた。

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|