三十路旦那鋼尾談

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『はぁいアナタ……あ~んっ♪』

『あ、あ~ん』

 愛妻から差し出された木さじ一杯。その旨みを心行くまで堪能してから嚥下し、ヴィス
トは苦笑まじりに諭す。

『うん……美味いっ。けどな……その』

(一口ごとにそれじゃ、いつまで経っても食事が終わらないぞ?)

 手料理を妻が夫に手づから食べさせる。新婚夫婦によくある仲睦まじい光景だ。

 ――そう。食事に時間と愛情がたっぷり掛かるのは、良くある事。

 ――ただし。

 妻が人間より遥かに強靭な竜の場合は……なんというか、その非常に稀有な光景と言え
るかもしれない。

 『その……なんですか? あっ……』

 妻の黄色と赤、左右色違いの瞳がたちまち潤み始める。不用意な発言をヴィストは悔い
たがもう遅かった。

『味付けが濃すぎましたか? 健康に良くないって言うし……あぁ! そういえば昨日
もお肉だった! 飽きますよねきっとそうですよね!そういえば胡椒を入れ過ぎたかもし
れないし後それから』


 尻尾をしゅんと垂らして自虐的妄想に突入する彼女に、ヴィストは深く溜息をつく。連
れ添ってまだ間もないとは言え、この悪癖は止めようが無い事は早々に悟っていた。
下手にフォローしようとすれば大喜びで負の方向へ燃え下がる為、ある程度気の済むまで
やらせておくのが一番なのだ。

『せっかく番(つがい)になれたのに、家事も満足にこなせない私なんて私なんて……』

 俯きながら器用にも床に尻尾で『の』の字を書き始めた竜の仕草を確認して、ヴィスト
は穏やかに声をかけた。

『スーフィ、森の巡回に行ってくるから弁当を』

 途端に彼女の顔と尻尾がぴょこんと跳ね上がる。全身を覆うつるりとしたきめ細やかな
朱鷺色の肌が、彼女の奮起を示して微かに色艶を増していた。

『はいただいま今すぐ作りますから待っててくださいねっ♪』

 先程の汚名返上とばかりに、藍色の鬣を振り乱して台所へ突撃していく妻を背後に溜息
一つ。ヴィストは装備の準備を始めた。何ががぶつかったり、落ちて割れたらしい音は聞
かなかった事に……。

(あぁ。今割れたのはアリタ製の湯飲みだぞ……まぁいいか安……安物だし)

 聞かなかった事にはできなかったが、実際スーフィはよく尽くしてくれている。なれな
い魔法で身体つきを人間に近づけているだけでも大変な負担だろうに、仕草や振る舞いま
で真似ようと一生懸命だ。無粋な例えだが彼女への借金は一生掛けても払いきれない額に
なっていそうである。


(一度元の姿で羽を伸ばさせないと……今度お気に入りの場所へ連れて行くとするか)

 警備の巡回ルートからは外れているが、今度仕事にかこつけて妻を連れて行こうとヴィ
ストは決めた。今日にでも安全を確認しておくとしよう。たまに無粋な密猟者がキャンプ
をしている事があるからだ。竜といえど幻想種相手の装備には油断禁物――精神を侵食す
る彼女の魔眼も、自分同様訓練を積んだ彼らには通じない。

『はぁい。アナタ。お弁当です……よ?』

 雑考に耽ってしまった様で、気が付けばスーフィに怪訝そうに覗き込まれていた。彼女
の疑念が際限ない心配に変わる前にヴィストは慌てて取り繕う。

『いや、お前の……綺麗な瞳の事を考えていたんだ……なんてな』

『もうっ……いやですぅアナタ恥ずかしい……朝から変な気分になっちゃいますぅ』

 いやんいやんと可愛らしく悶えつつ妄想に突入した妻に苦笑しながら、ヴィストは荷物
を背負って周囲を見渡す。得物――魔法の戦杖は手に。その他の装備は全て背嚢にある。
肝心要の愛妻弁当も確保。昨晩から乱れた寝台の上にも忘れ物は――。

『おや?』

 あった。といってもなくても仕事には全く差し支えない、と思う代物。けれど風呂に入
る以外は肌身離さず身に着けている簡素な真鍮のペンダントだ。妻とくんずほぐれつした際
に鎖が切れたらしく、蓋が開いて内に刻まれた文字が見えていた。

 "二十歳の誕生祝に――父より"

『親父っ……! そうか……そうだったっけ』

 ヴィストは内心のむず痒い苛立ちに耐えかねて呻いた。

『アナタ、このペンダントがどうかしたんですか?』

 スーフィが止める暇もなくそれを手に取った。こういった事には驚くほど察しがいい。

『お誕生日?っていうんでしょうか。の贈り物……ですよね』

『あぁ。もう十年も前に親父から貰ったんだ……もう十年だ。十年経っちまったんだ』

 気が付かずにとんだ間抜けを演じていた。いや気が付かないフリをして安寧を貪ってい
たのかもしれないとヴィストは自身を静かに糾弾した。同時にそんな自分を情けないとつ
くづく思う。

 ――出世に背を向け、この仕事に就いた時から覚悟はしていた筈だったのに。

『もう十年……と言うと……あっ、ああっ♪』

 合点がいったらしく、スーフィがぽんとかわいらしく手を打つ。

『今日がアナタの三十歳のお誕生日なんですね?』

『……そうなるか』


 ヴィストの口から押し出されるような言葉。どうしようもない重さが妻の祝福を封じて
しまう。少しして懐疑の問いがそれに変わった。

『どう、したんです? 人間は生まれた日を祝うものなんでしょう?』

『すまん。その……ありがとう。いや俺がバカだったんだ。実際こんな小さな事で気に
病む方がおかしいふっ……!』

 ――戦慄と柔らかい感触がヴィストの口を捕らえた。夫の愚痴を手で塞いだ妻の眼は。

(や、ば、い。本気だ?)

 普段は押さえ込んでいる筈の魔眼の魔力が燃えるような光としてスーフィの双眸を彩っ
ていた。同時にその頭部から左右に張り出した角が微かに放電しているのが分かる。

『……アナタ』

『は、はぃいいい?』

『さっきからおかしいですよくないです。何をいじいじしてるんですか』

 精神を犯してでも聞き出してあげますと竜の視線が告げる。健気で献身的な彼女とは思
えない過激な行為だが、これも自分の事を案じての必死さ故の事だとヴィストは悟ってい
た。

 ――また彼女も悟っているのだろう。夫を捕らえているこの小さな気の迷いは…・・・う
やむやにするのはあまりにも大きすぎると。


 そう思った時。ヴィストの呪縛はあっけなく解けた。

『すまない。俺は……話したと思うが人間社会ではそれなりの地位に就く事もできた。
でもそれを蹴ってまで好き勝手にここで暮らしてきたんだ』

 身体の力が抜けて近くの寝台に崩れ落ちる――のを柔らかい感触がそっと支えてくれる。
いつの間にか隣に滑り込んだスーフィに寄りかかって、彼は封じていた重い何かを吐き出
していった。

『三十歳……っていうのは人間じゃ中堅というか、親父に言わせれば真の意味で一人前
になってしかるべき歳だ。家庭を持って地位を築いて、一族を、ひいては社会を支える責
を本格的に担う』

『でもアナタはそういうのがお嫌いなんでしょう? 地位や名誉なんて何の意味もない
ものだと』

『いや上手くいえないが……もう若いから、未熟だからと言い訳できないんだ。子供で
いたいって訳じゃないぞ。とにかく何かしら確固たるものを築かなくてはならない歳なの
に、自由気ままに生きてきた自分にそれがあるのかって……怖くなったんだ』

 母親に慰められる子供の様に。妻に身を預けて頭を撫でられながらヴィストは最後の言
葉を吐き出した。ひどく惨めで辛い気分なのに悪くはなかった。すっきりした。


『まぁ例えるなら三十歳ってのは熟れ時の果実だ。もいで齧った時甘いか苦いか……さ
しずめ俺は後者だな』 

 恥ずかしくなって自嘲で締めくくった彼の口はまたしても塞がれる。

 くちゃっ。ちゅっ……。

『む……むふっ……んんんっ』

 甘く痺れるような一時がヴィストの痛みを癒した頃、ようやくスーフィは口付けから解
放してくれた。

『わたしがいます』

『スー、フィ?』

『……わたしがいるじゃないですか。アナタがわたしを勝ち取ったんですよ』

 いつもの様にべそをかくのではなく。静かに微笑みながら雌竜は泣いていた。

『ス……』

『アナタの三十年は、私では足りませんか?』

 スーフィの言葉に今度はヴィストが口を塞がれる番だった。唖然とした彼の表情を見て
クスッと笑うが、その瞳は恐ろしく真剣な色を湛えている。

『アナタがこの森に来なかったら……雄竜に犯されかけた私を助けてくれなかったら、
私と番になれませんでした』

 ともすれば傲慢とも言える力強い自信。竜族独特の威厳をスーフィは体現していた。初
めて見る妻の一面にヴィストは後悔に近い感情を覚える。

 ――いかに彼女を軽く見ていたかに……否。自分の人生を侮っていた事に。

『自身の魔力に怯えるだけだった私を……救い出せませんでした』

 視線を交わすだけで相手の精神を破壊する竜の魔眼。実に二百年もの間スーフィを縛り続
けたそれを、理由は不明だがヴィストは受け止める事が出来た。いい練習相手ができたおか
げで、その猛威は徐々に持ち主の意に沿うようになって来ている。

『私の二百年はアナタのものになったんです。それでも……足りませんか?』

 気高き竜が誇らしげに微笑む。深い吐息と共にヴィストは笑った。

『俺には……重すぎて。潰れそうだからな……これからも一緒に支えてくれないか?』

『ええ……アナタ』


 一人と一頭はどちらとも無く唇を軽く合わせていた。貪りあうのではなく、あくまでそ
れは誓約の厳かさを持って互いを繋ぐ。暫く静寂がその場を支配した。

 ――そして。

 ムニュ。

『お、おい? そこは、そんな所おっ、ああっあああっ』

 心地良い脱力感から一転、股間をまさぐる快感にヴィストは狼狽し悶絶した。的確にツ
ボを抑えた妻の愛撫を受け身体の一部に力が漲ってくる。

『さっき、御自身の事を苦い果実と仰いましたよね』

 甘い囁きが熱く、彼の耳元に吹き付ける。

『でも、麦酒みたいに苦くて美味しいものもあります。特にアナタのが……うふ』

 逆らう間もなく竜に押し倒された。脚には何時もの如く彼女の尾が巻きついていて、
そのまま鮮やかな手付きで衣服の間から勃起を導き出される。早々と絶頂へ肉薄する快感
と共に、熱い喘ぎが意識に染み込んできた。

 ――だから、飲ませてくださいな。

『うっ……スーフィ』

  ニュパッ……チュパッ。


 拘束した獲物を手際良く全裸にすると、雌竜はいそいそとその股間を味わい始めた。灼
熱の快楽がイチモツに巻き付きくまなく濡らしていく。

『あふ……もうこんなになられて……嬉し……ちゅっ』

 初見では十中八九清楚な印象を持たれがちなスーフィだが、この方面に関してはかなり
情熱的だ。台所でも風呂場でもお構いなしに求めてくる程で、ヴィストは本気で自分の寿
命を心配した事がある。ちなみに抵抗しても押し倒されるので全くの無駄なのだが。

 グチュッ、ジュルジュル……。

『だ! も、でそ……あ、あああっ』

 ムスコに巻きつき巧みに扱きあげる舌の快楽。会陰の奥からせり上がってくる熱い塊を
感じヴィストは悲鳴を上げる。昨晩から今朝に掛けてたっぷりと搾り出されたはずの精が、
今回もあり得ない量で放たれる事は確信していた。
 スーフィの技巧もあるのだろうが、竜の魔力かナニかが自分の身体を作り変えているの
ではという恐怖を禁じえない。だがそれも悪くは無かった。

『チュパッ……我慢はお体に毒ですよ……遠慮なさらずに濃いのをたっぷり……んっ』

 ギチュッ! ジュルジュルジュルッー!

 一旦離した舌を肉棒にきつく巻きつけ、一気に引き抜く苛烈な止め。だがそれは限りな
い慈愛と奉仕の精神に満ちていた。その刺激が倒錯的な激しい喜びを生み、ヴィストの理性
は完全に溶け落ち――。


『うアぁっ!、アッ! あああああッ!』

 ビュグググググ……!

 絶叫と絶頂に震えるヴィストのイチモツから弾ける様に精が脈撃ち出され、待ち受ける雌竜の
牙口へと吸い込まれていった。

 ビュク……ビュビュッ。……ゴクン。

『むふぅ……うむぅん……ジュル』

 ひとしきり欲望を受けると雄を優しく口腔で包み込み、頬を窄めながら最後の一滴まで
吸い取ろうと喘ぐスーフィ。その眼差しは純真で淫らな色を湛え、早くも次を欲していた。

『はぁん……アナタ。次は、ココに……ね? 』

 我慢しきれないとばかりに射精の余韻にひくつく肉棒に雌竜は跨って来た。ここまで来
たらもう止められない。

『ちょ、待てし、仕事が』

『仕事? ウフフ。これも、雄のおシゴトですよ。フゥ……』

 ……クパァッ。

 ヴィストの抗議もむなしくスーフィは腰を落としていく。秘部の飢えた淫肉が左右に開
いて涎を垂らしているのを確認しつつ彼は観念した。

(あぁ。また一日――か)

 おそらく昼までは咥えこんで離してくれないだろう。そして回復した頃は夜でそしてま
た……いつものパターンではあるが――しかし。

『盛り上がってるトコ、邪魔するよ』

『!?!?』

 スグチュッ!!

『! き、きゃああ、ああっ!……あんっ』

 突然で唐突な闖入者に腰を抜かしたスーフィのおかげで、見事に合体を果たした若夫婦
の視線の先――食卓に"彼女"はいた。


『朝からお盛んなようだねぇ。結構結構』

『あっ、おっ、おおおお、おばあさまっ!』

『元気そうで何よりだよ。スーフィ♪』

 そういってウインクするのは腰まで緩やかに伸びた髪と同色の、藍のローブを緩やかに
まとった初老の婦人――というとやや違和感が生じる。美女が外見は殆ど年をとらないま
ま老成したような魅力を彼女は全身から発散させていた。


(ううっ……お、おばあさまってか……なるほどな)

 妻自慢の祖母にして、古竜からも一目置かれるという竜の賢者。それが変じた姿という
ならこうなるだろうと理屈抜きでヴィストは納得し感心した。その余裕は次の一言であっ
さりと粉砕されたのだが。

『悪いんだけどさ、早いとこ一発済ませてもらえないかねぇ』

『!!!!』

『なんならアタシが手伝ってあげようか? まぁ下見ってのも悪くないしねぇ。ウフフ
フフフ』

『『いいいい、いえいえ結構です!!』』

 にやにやしながら服を脱ぎつつにじりより始めた彼女の様子に、一つがいは慌てて交尾
を解いたが遅かった。


『うっ! ウウウウッ』

 ビュルビュビュルッ!

 ――雄は基本的に精を早く放つのが本能である。のでつまりそのやむを得ないというか、
引き抜く際の刺激にヴィストはあっけなく情けなく達してしまい……。

 ……ベチャ。

『おや? まあ、よく飛んだものだね』

『え……お、おばあ、さま?』

 そのイキつく先はよりによって最接近したおばあさまの顔だったりしたわけで。つまる
所誇り高き竜の顔に思いっきり"ブッかけた"状態に、加害者はムスコ共々大いに縮み上が
った。

『あ、あの申し訳ないすみません生まれてきてすみませんから妻の命だけは』

『んー?……んんっ。濃くてイイ味じゃないか?』

 何故か妻の体にひしとしがみついて命乞いをする人間に特に怒ることも無く。竜の賢者
は自らの顔についた冒涜を味わって目を細くした。

『人間にしてはなかなか強そうだね。それに度胸も悪くない。お楽しみの最中に入って
きたアタシに対して、動じるでも無し恥らうでも無しときたもんだ』

『いや、十分驚いたけど、年相応の竜ならば警備装置をすり抜けて不思議じゃないしな。
それに恥ずかしくても逃げ場が無いからここにいるだけなんだ』


 もう開き直れるだけ開き直ったのが功を奏したか、ヴィストはいつもの調子を取り戻す
ことができた。最もスーフィからもらった予備知識で話ができる相手だと踏んではいたの
だが。

『賢毛と称えられるアタシに対する不遜なまでのその態度。いいねぇ。気に入ったよ。な
んでアタシのところに連れてこなかったんだい ?スーフィや』

 祖母から唐突に話を振られた雌竜が、その朱鷺色の体躯を鮮やかにしながらしどろもど
ろになる。

『あ、あああの申し訳ありませんおばあさま! もしエルダーの方々に知れたらご迷惑
が掛かるかと……でも本当は一族の皆に紹介したいぐらい素敵な方で例えばお風呂で体を
丁寧に洗って下さったりご飯の後片付けも手伝ってくれるとかそれから交尾の時はもちろ
ん相性は最高で前から後ろから』

『あーはいはい。もうノロケはその辺にしときな。十分わかったからさ』

 尻尾と手足をバタバタさせて必死に暴走……アピールする孫竜を手を振って止めると、
賢毛の二つ名を持つ竜は真剣な眼差しでヴィストを捉えた。

『さて。アタシがここに参上した理由はね……ちょいとアンタに来てもらおうと思ってさ。
委細後ほど。異存は無いね?』

 人間の姿をしていてもその瞳は紛れも無く竜のそれであり。迫力に押されたヴィストは
頷くしか選択肢が無かった。

『じゃあ決まりだ。とっとと支度おし。 あ、服はそのまんまでもいいけどさ……何か
しらエモノは持っていった方がいいかもねぇ』

 何が起こるかわからない、という言外の示唆を感じ取り、ヴィストは愛用の魔杖を手に
取り、大急ぎで服を身に着けた。他にも装備を整えたかったが年経た竜はその時間さえ惜
しい様子で彼を急き立てる。

『ほら人間、そんな余計なオモチャはいいさね』

 一刻の猶予も無いと言わんばかりの勢いで、彼女はヴィストの手を強引に引いて玄関へ
と向かって行く。先刻までの余裕は影を潜め……焦っている、もしくは浮かれている様な
らしくないその態度にスーフィは目を丸くして見入っていた。

『スーフィ! 何を呆けてるんだい? お前も来るんだよ!』

 『は、はい! ただいま!』

 実に慌しい様相で3人は――正確には2頭と一人は玄関をくぐって外へ出た、その刹那
の瞬間。

『――う?』

『は、わ?』

 一名を除き視界と思考が混乱する。なぜならそこは見慣れた野菜畑では無かったからだ。
ちょっとした大聖堂クラスの広がりを持つ洞穴に世界が一変していた。


『ようこそ人間。アタシの巣に竜以外を入れたのはアンタが初めてさね』

『――空間連結? 嘘だろ?』

 落ち着きを取り戻したヴィストは思わず後ろを振り返った。案の定我が家の扉は跡形も
無い。長大な距離を繋ぐ魔法は理論上可能なのは知っていたが、それを事も無げに実行す
る竜とはナニモノなのかと彼は戦慄を禁じえなかった。このような相手と本当に人間は戦
えていたのだろうか。

『ふふん。まぁさすがに驚いてもらわないと立つ瀬が無いってもんだわさ。安心おし。
思ってるほど気軽にできる芸当ではないからね……さ、ちょっとアタシから離れていてく
れるかい?』

『あ、ああ……』

『アナタ、まだ下がって下さいな。おばあさまは大きいですから』

 内心を見透かすような竜の言葉に再度背筋に冷たいものを感じながら、促されるままに
距離を取ったヴィストは次の瞬間再度驚愕した。今度は声すら出ない。

【フシュルルル……あーあーあー。アタシの言ってる事がわかるかい?】

 頭の中に響くような声もしくは意思。それは瞬時に彼の視界を占めた藍色の巨躯――竜
の体から発せられていた。スーフィと異なり角は無いものの、美しい豊かな鬣が頭頂から
背筋に波打ち、その両側には優雅に折り畳まれた一対の翼が玉座の背飾りの如く掲げられ
ている。それはヴィストの想像を越えたモノであり、理屈ぬきで畏敬の念を抱かせるに十
分な姿だった。


『あ、お、"おばあさま"……なの、か?』

 彼が何とか搾り出せたのは一言だけだった。眼下の人間の様子に竜は満足げに頷く。

【あぁ。さっきと同じくアタシだよ。何かおかしい所でもあるかねぇ?】

『いや……その、綺麗だ……と思う』

 ヴィストが我知らず漏らした感想に、彼女は黒水晶の如き瞳を嬉しそうに細めた。それ
を見てようやく彼の意識が認識に追いつく。

(確かにスーフィと似ている……意外とかわいいもんだな)

【えへへ。おばあさまは一族の中でも屈指の魅力的な雌と謳われています。私のこの鬣
もおばあさま譲りなんですよ】

 彼の背後、気配の揺らぎに聞きなれた妻の声――否、思念に振り返ると、変身を解き四
足歩行に戻ったスーフィが嬉しそうに微笑んでいた。彼女の真の姿を見るのは久し振りだ
が、体が比較的小さい事と特徴的なオッドアイなどを除けば、祖母の血を引いていると改
めて納得できる。

【発情期はおばあさまに求愛する雄が多くて大変なんです。ここだけの話、いつぞやは
エルダーの方もお忍びで来られてそれはもう情熱的に腰を……】


【こらこら!滅多な事を言うもんじゃ無いよ】

 内容に若干問題があるが、我が事のように誇らしげに語る孫娘を慌てて嗜める祖母。極
めて微笑ましい光景に、ヴィストは竜に抱いていた頑なな何かがほぐれていくのを心地良
く感じていた。

【全く……以前はこんなにはしたない仔じゃなかったのにさ】

 溜め息をつく祖母の視線が突如ヴィストを急襲した。

【……誰の影響だろうねぇ?】

『い? お、おオお俺か? いやそのチガ……うよな? スーフィ』

 彼の弁明が尻切れトンボになったのは、男いや夫としてパートナーとして……妻にアレ
でナニなイロイロな事を教えたりした為である。無論勉強熱心な彼女に請われての事であ
り、決して無理強いした覚えは無かった。

(頼む。そう言ってくれ!)

 援護を求める夫の悲痛な視線に、スーフィは持ち前の察しの良さで素早く応じた。

【はい。妻のたしなみとして色々教えて頂きました……家事はまだまだですけど、こっ
ちはもうおばあさまにも負けませんよ】

【ほう。た し な み ね。……モノは言い様ってかい。んん――?】

(逆効果だって! これじゃまるで俺が)

 じり、と祖母の鋭い視線と鼻先を顔面に突きつけられ、ヴィストは生きた心地がしなか
った。このままではいたいけな娘にいかがわしい調教を施した、特A級戦犯にされてしま
う。しかも種族を越えたド級にアブノーマルな感じで。おそらく人間からも竜からも弁護
士のなり手はいないだろうと思われた。


【ふぅ……全く問題の多い事だよ……そう人間。問題はアンタなのさ】

『……俺か』

 別の意味で背筋が冷えたのは、首を戻した祖母の声が年経た竜のそれに変わった為とヴ
ィストは追認した。雰囲気の変化を察して傍らのスーフィからも笑みが消える。

【単刀直入に言うよ人間。アンタ達の事がエルダーの連中にばれた】

 竜の賢者は重々しく眼下の夫婦に最悪の事実を告げた。

【え――そん、な……ど、どどどどうしましょよよよよ】

 おろおろと夫と祖母を交互に伺うスーフィを尻目に、ヴィストは自分でも驚くほど驚い
ていなかった。できるだけ先延ばしにしておきたかったその時がついに来たと言うだけの
事――と冷めた自己分析を終えると、柄じゃないなと自嘲気味に苦笑する。そんな彼に藍
の竜は感心した様に目を細めた。

【ますます気に入ったよ。人間にしておくには本当に……本当にもったいないね】

『ヴィストだ……いい加減に名前で呼んでくれると嬉しい。できればそちらの御名も頂
戴したいんだが』

【ほうほう。そういやすっかり自己紹介を忘れていたよ。まぁ滅多に使ったことが無い
しね。アタシの名は"リューノゥーラ"、ややこしいから……ノーラとでも呼んどくれ】


『何だか人間みたいだな……じゃあノーラ、焦らさずどうしたらいいか教えて欲しい。
俺達に残された時間と選択は?』

 事が事だけに遠慮などせずヴィストは竜に問いかけた。

【正直あまり無いね。エルダーの連中はあんたらを審問にかけたがっている。いや正確
にはスーフィをだ。まぁ……形だけで"脆弱な下等種族と通じ、竜族らしからぬ生き方を
した"件で有罪は事前確定、罰としてよってたかって慰み物にされるのがオチだろうね。
ヴィスト、あんたはよくて即死ぬか、趣味の悪いヤツに犯され殺されるかのどちらかさ】

『俺はともかく、かわいい孫の悲惨な末路をよく平気で語れるな』

 冷えた鉄のように冷徹なノーラの宣告にヴィストは思わず噛み付いてしまった。無論彼
女は悪びれた様子も無く切り返す。

【あたしら竜はこういうモンだからね。他の種族にどうこう言われる筋合いは無いよ。
それに人間だって同じぐらい残酷さ。異教の神を拒んだからって村人全員嬲り殺しなんて
……よくあるじゃないか?】

 心なしか錆を帯びた竜の言葉にヴィストは反論できなかった。実際彼女も孫の事を案じ
ているのを言外に悟ったからだ。それに互いに種族の品性をどうこういっても仕方が無い。
問題は如何にこの窮地を脱するか。彼は傍らの妻を一瞥すると切り出した。


『何か考えがあるんだろう。竜の中でも賢者として称えられるあんたならな』

【当たり前さね……ただし覚悟おし。どのみちタダでは済まないんだよ】

 ここで初めてノーラの瞳が殺気めいた何かを帯びる。しかヴィストは怯まなかった。先
程と同じく予測してしまっていた死刑宣告をそのまま受け入れる。

【ヴィスト、この場でアタシの相手をしてもらうよ。竜を娶るに相応しい強さがあるか
を見定めるためにね。アタシを満足させる力がなければあの世行き。異存は無いね?】

『力を重んじる竜族らしいやり方だな……それしかないだろう』

(俺だけが死んで手打ちになる……か)

 圧倒的な絶望に押し潰されまいと、彼は奥歯を強くかみ締めた。

【……いい覚悟だ。じゃあとっとと始めるよ】

 ノーラの翼が風も無く洞窟いっぱいまで拡がり、押し包もうとする様な威圧感をヴィス
トに叩き付けてきた。精神が吹き飛びそうになるのに逆らいながら彼は確認する。

『スーフィはきちんと守ってくれるんだよな?』

【言われるまでも無いさ。まぁ、一応そのぶら下げてる貧弱な棒切れであがいてみるん
だね。もしかしたら……かもしれないよ】

 ヴィストは手にした唯一の得物――全てを『撹乱』する魔法の戦杖を意識したが、確か
に竜の前ではただの棒以下にしか思えなかった。つまるところ――完全な手詰まり。

【ではさっそく頂くとするかね……アンタの――】

  ノーラの全身が獲物に襲い掛かるソレを見せて撓んだ時だった。

【ああっ! あァあアアァあああああーっ!】

【!!!!】

『んなっ……』

 ギュアオオオォオォオオオオオ!

 錯乱した思念と咆哮を上げながら、朱鷺色の体躯がヴィストを守るかのように割って入
った。そのまま目の前の祖母を見据えてカッと目を見開く。


【ご、ごごごめんなさいおばあさまこの人だけはこの人だけはダメ! だから! だか
らァアアアアアアアーッ!!】

 スーフィは相手を快楽で破壊する魔眼の力を全開にして、最も向けたくない相手に叩き
付けた。抵抗力の高い同族には効果は無いとされているが、それさえ打ち破る程の決死の
覚悟が魔力の嵐となって空間すら歪ませて行く――しかし。

 ブシャアアアアッ!

【ウッ!……ヒッ、ひぎいぎいギィイイいいいいーッ!!】

 人間なら快楽死する程の絶頂と恍惚に苦悶しながら、股間から大量の潮を撒き散らして
崩れ落ちたのはスーフィの方だった。全身を痙攣させながらのた打ち回り、相次ぐ追い討
ちに悶え続ける。

 ギュィオオーッ! ギュアオッ!ギュアオオオッ!

『スーフィっ! 大丈夫か!』

【……ア、あなあなだっ、た、助けタダズケてぇい、あ逃げで! へ、へっ? い、い
ぎぎぎぃイッ!】

『ぐあっ!!』

 跳ね飛ばされない様に注意して介抱を試みたヴィストの手が触れた途端、スーフィの体
が一際大きい絶頂に撥ねて彼を弾き飛ばす。


『ウッ……ああっ! す、スーフィいいいっ……』

 受身を取り損ねて転倒した意識の中、朦朧とする妻の姿に無力感に苛まされながらもヴ
ィストは必死に手を伸ばした。

【オイタが過ぎるよスーフィ。しばらくそこで反省しておいき……っておやおや、そん
な脳みそはもうないかね】

 頭上からどこまでも冷徹な竜の声が降って来る。凍てつく霜のようなそれはヴィストに
とっては火に油だった。

『孫を手にかけるとは正気かあんたはァアアアッ!』

 彼は全身を焼き尽くしそうな、生まれて初めての激昂をノーラに叩き付ける。悲壮な死
の覚悟や恐れなど跡形も無く吹き飛んでいた。そんなものがどうだというのだろう。もし
もの事があればタダでは済まさないという理屈抜きの確信に突き動かされて間合いを詰め
る。

『答えろ竜! スーフィに何をした! どうすれば元に戻る!』

【別に何もしちゃいないさ……アタシはね。この仔は跳ね返った自身の魔力を浴びてる
だけ。ほっときゃ元に戻るだろうよ】


 相変わらずの調子で返すノーラに苛立ちを抑えられないまま、ヴィストは再度杖を握り
締めひとりごちる。

(死ねない――)

 強い確信があった。自分が死ねばスーフィは何度でも祖母と矛を交えるだろう。そして
――結局は夫婦仲良くあの世行きなのだ。

(しかしどうしろっていうんだ?)

 決意だけが空回りして踏み出せずにいる彼をノーラの視線が舐めまわす。先程の様に襲
い掛かるそぶりも見せず佇んでいるのは余裕か、それとも何かを待っているのか。その表
情が笑いをこらえるかのように歪み、ついに言葉を吐き出した。

【あっはははは。いい顔になったじゃないかい? 雄はこうでなくちゃダメさね。自己
満足で命と伴侶を見捨てるヤツに、孫娘は渡せないからねぇ】

『な、何を……』

 唐突に殺伐とした雰囲気をかなぐり捨てた藍の竜に、ヴィストは困惑しながら問いを続
けようとしたが――。

【ウフフフフ、では仕切りなおしだよ。……かわいい孫娘に免じて先攻は譲ってやるか
ら、とっととかかってお い で】


 ……クチャッ。

 蕩けた口調で仰向けになり、濡れ蠢く秘部をさらけ出したノーラに思考もろとも停止さ
せられたのだった。

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