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我が翼を想いて3

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rogan064

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バサ・・・バァサ・・・バァサ・・・
やがて10分程もそうして翼を動かし続けていると、突然体が軽くなったかのような感覚が全身を駆け巡っていく。
効率のよい羽ばたき方が体でわかってきたのか、翼や筋肉の疲れ方も先程に比べると大分楽になったようだ。
「こ、こんな感じかな?」
「そうだ。だが、空を飛んでいる間中ずっと羽ばたいている必要はないぞ。風を利用して、緩やかに飛ぶのだ」
彼女はそう言うと、僕の上達振りに満足したのか相変わらずたどたどしい歩き方で僕の方へと近付いてきた。
そしておもむろに僕の肩口の毛を両手で引っ張りながら、彼女が何やらウンウンと唸り始める。
どうかしたのだろうか?
「全く・・・人間とは思ったよりも随分と不便なものなのだな・・・尾が無くては、歩きにくくて仕方がない」
だがその全く予想だにしていなかった彼女の愚痴を聞いて、つい笑いを堪えられずに噴き出してしまう。

「ぷ・・・あ、あははははは・・・」
「な、何がおかしい!早く身を沈めるのだ。ただでさえ不慣れだというのに、これでは高くて登れぬではないか」
「あ、ああ・・・ごめん・・・」
顔を膨らませて怒った彼女にそう言われ、僕は含み笑いを噛み殺したまま静かに地面の上へと身を伏せていた。
竜の姿だった時はそうでもなかったが、彼女が人間の体になった途端に感情が見えやすくなったような気がする。
それは正に、表情豊かな人間の人間たる所以であるとも言えるかも知れない。
そして彼女がそう言ったということは、僕が彼女に乗るときも彼女が身を低めてくれていたということになる。
やはり強気で勝気な雌を演じはしていても、自らの伴侶と決めた人間には密かに身を尽くす性格なのだろう。
「ふふふ・・・」
「まだ、私を嗤っているのか?」
もぞもぞというくすぐったい感覚を残して背の上に攀じ登った彼女が、何処かムッとした様子でそう訊いてくる。
「いや・・・やっぱり、僕の目に狂いはなかったなぁって思ってさ・・・」
「何のことだ?」
「ん・・・何でもない」
僕はそう言いながら大きく翼を広げると、力強く大地を蹴って宵闇の空へと飛び上がっていた。

「わぁ・・・」
初めて自分の翼で空を飛んだその時の光景を、僕は恐らく生涯忘れることはできないだろう。
月の無い真っ暗な闇夜の中に、町中のあちこちで焚かれた篝火の明かりが点々と輝いていた。
上空を吹く風が穏やかに首筋を吹き抜けていき、手足や長い尾の先にまで心地よい感触を送り込んでくる。
彼女の言ったように一旦空高くまで飛び上がってしまいさえすれば、翼を広げたままなだらかに滑空することも意外と簡単にできることらしい。
「どう?僕、上手く飛べてる?」
だが背後にいるであろう彼女にそう声を掛けてみても、何故か一向に返事が帰ってくる様子はない。
そして不思議に思って長い首をクルリと後ろに振り向けてみると、彼女が渾身の力を込めて僕の鬣を掴んだまま必死に顔を伏せていた。

「どうしたの?」
「は、早く・・・降ろしてくれ」
どうやらこの余りの高さに、酷く怯えているようだ。
取り敢えず、すぐに何処かに降りるとしよう。
僕はキョロキョロと辺りを見回して民家の少ない養成所の塀の陰へと静かに舞い降りると、力の抜けた彼女をそっと地面の上に降ろしてやった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
その苦しげに荒い息をつく彼女の様子に、何か僕に落ち度でもあったのかと不安になってしまう。

「だ、大丈夫・・・?」
「あ、ああ・・・だが、翼も持たずに空を飛ぶというのは・・・かくも恐ろしいことなのだな・・・」
そしてそう言った彼女の目頭には、何かキラリと輝くものが滲み出していた。
尾も、翼も、そして巨大な体さえも・・・竜として誇れるものを一瞬にして全て失ってしまった彼女にとって、非力な人間の姿でかつての自分に身を預けるのは大変な苦悩を伴うものなのだろう。
「ねえ・・・今日はもう、厩舎に戻ろうよ。こんな所で泣いてたら、風邪をひいちゃうよ・・・?」
泣いていることは隠していたつもりなのかそれを聞くと彼女はキッと僕を睨み付けたものの、そのまま何も言わずに僕の腕の毛を引っ張って厩舎の方へと歩き始めていた。

やがて人目に付かぬよう厩舎の自分の部屋にまで戻ってくると、僕はゆったりとした長い息を吐きながら藁の地面の上に身を伏せた。
その僕の腹に寄り掛かるようにして、彼女が相変わらず俯いたまま遠慮がちに背を預けてくる。
事情を知らぬ者が傍から見れば、どう見てもいつもの僕と彼女にしか見えないに違いない。
だが彼女は、あれから一言も言葉を発しようとはしなかった。
これまでできていたことが突然全て失われてしまったという現実を、本当は彼女自身も上手く受け止め切れていないのかも知れない。
「ねぇ、寒くない・・・?」
「ああ・・・」
ようやくその問いに答えてくれたものの、やはりその声にはいつもの彼女らしい覇気は全く感じられなかった。

「これからどうしようか・・・?」
「上手く、考えが纏まらぬのだ。人間のことなど知り尽していたつもりだったが、いざこうなって見ると・・・」
そう言って少しだけ僕の方へと傾けられた彼女の顔に、深い不安の色が見え隠れしている。
「心配しないで・・・どうしてこうなったのかはわからないけど、あなたのことは僕が絶対に護るから・・・」
「フン・・・人間にそんな気休めを言われるとは・・・立場が逆なら、お前を張り倒してやりたいところだ」
「そんな・・・僕はそんなつもりじゃ・・・」
だが余計に機嫌を損ねてしまったのかプイッと顔を背けてしまった彼女を宥めようと慌てて声を掛けると、1度は向こうを向いたはずの彼女の顔が少しだけこちらに戻ってきた。
「わかっている・・・それに私は、お前が傍にいるお陰で辛うじて大声で泣き喚かずに済んでいるのだからな」
それはもしかしたら、危うく崩れ落ちそうな心の堤防から零れた彼女の本心だったのかも知れない。
そして目の周りを2、3度ゴシゴシと腕で擦ると、彼女が仰向けになった僕の腹の上へと攀じ登ってくる。

「さあ・・・今夜はもう寝るとしよう」
「もう気分は落ち着いたの?」
「多少はな・・・それにお前が熟睡していた自分の腹の寝心地とやらに、私自身も些か興味があるのだ」
彼女はそう言うと、大きな僕の腹の上に突っ伏してあっという間に眠りについてしまった。
組んだ両腕の上に顎を乗せて心地良さそうに目を閉じているその様子に、身を伏して眠っている青き巨竜の姿が重なって見えてくる。
そんな突然小さな人間の体に押し込められてしまった彼女が何とも不憫で、僕はどうしてもこの雌竜の心を宿した若者を護ってやらなくてはと心に決めて夢の世界の彼女を追い掛けていった。

やがて翌朝になって目が覚めると、僕の腹の上で眠っていたはずの彼女が忽然と姿を消していた。
一体何処へ行ったのだろうか・・・?
だが微かな不安を胸に厩舎の外に出てみると、次々と空に飛び出していく他の竜騎士達を切なげな視線で見送りながら入口横の壁に寄り掛かっていた彼女の姿が目に入る。
「おはよう。どうしたの・・・?」
そしてそう声を掛けると、彼女が小さく俯いたまま弱々しい声を絞り出した。
「あ、ああ、お前か・・・お前は今、その強大な竜の力を手に入れて一体何を思っているのだ?」
「何をって・・・素直に嬉しいよ。でもあなたがそうして悩んでる姿を見るのは・・・僕も何だか辛いんだ」
「そうか・・・では、何処か遠くへ行くとしよう。ここで他の竜達を眺めているのは・・・少しばかり胸が痛い」

そう言った彼女の望みを察すると、僕は眼前の小さな人間の前に低く身を伏せていた。
「何だ、お前も随分と気が利くようになったではないか」
「へへへ・・・まあね。それに今度は、あなたが怖がらないようにちゃんとゆっくり飛ぶからさ」
「言うな。もう・・・お前に情けない姿は見せぬからな」
そう言いながら彼女がいそいそと体毛に覆われた大きな背中に攀じ登ってくると、僕は小高い山のある東の方角目指して大地を離れていた。

領土の四方を残らず高い城壁に囲まれているこの国でも、東側には遠征の頃の自然が色濃く残っている。
その未開の山野が広がる地域には人間達の住居がほとんど存在せず、代わりに巡回を兼ねた竜騎士達の静かな憩いの場となっていた。
だが近頃は周辺の蛮族達にも特に目立った動きが見られないため、かつてはちらほらと見掛けられた竜騎士達の姿も随分珍しくなってしまったのだという。
人目を忍んでゆっくりと落ち着きたいという彼女の希望を満たすには、正に打ってつけの場所だと言えるだろう。
「この辺りは・・・20年前と何も変わっておらぬのだな」
「前に来たことがあるの?」
僕がそう言うと、彼女は懐かしげに眼下の風景を見下ろしながら答えてくれた。

「当然だろう?この深い山の中でも、私はあの男とともに大勢の蛮族どもと戦ったのだぞ」
「そっか・・・あなたは、この国の発展の歴史を全部見てきたんだものね」
「それだけではない。ここらの地域が平定された後も、私達はしばしばこの場所を訪れたのだ」
そんな彼女の指先が、すっと山の中腹に広がっていた森を真っ直ぐに指し示す。
「あの森の真ん中に、私達がよく通っていた小さな洞窟がある」
「じゃあ、そこへ行こう」
かつての主人との楽しい思い出を想起したのか、彼女の声に少しばかり明るさが戻ってきたような気がする。
そして彼女がしっかりとその青い鬣を掴んでいるのを確認すると、僕は大きく翼を広げたまま森の切れ間から覗く洞窟目掛けて滑空していった。

しばらくして目的の洞窟の前にフワリと着地すると、彼女が幾分慣れた様子で僕の背中から滑り降りていた。
そして薄暗い闇に覆われた洞窟の中へ、ゆっくりと足を踏み入れていく。
その後を追って僕も暗がりの奥へと恐る恐る進んでいくと、やがてその奥に天井の隙間から陽光の差し込む小さな広場が見えてきていた。
「何とも懐かしい・・・この幻想的な光明・・・立ち込めるひんやりとした空気・・・何もかもあの頃と同じだ」
「ここで、一体何をしてたの?」
「フフ・・・知りたいか・・・?」
そう言った彼女の顔に、心なしか妖しげな笑みが浮かぶ。
元が自分の顔なだけに何だか不思議な気分ではあったものの、僕はそれを見てここで繰り広げられていたであろう光景を脳裏に思い浮かべていた。

「何だ、その興味ありげな顔は?」
「え・・・?わかるの?」
「フン・・・お前の考えていることなど簡単に読み取れるわ。私は、そんな色気にのぼせた顔などせぬからな」
どうやら彼女は、比較的表情に乏しい竜の顔を見ただけでもその感情を読み取れてしまうらしい。
まあ、無言で意思の疎通ができるというのはいいことなのかも知れない。
「それじゃあ・・・」
そして試しに硬い岩で覆われた地面の上へと仰向けに寝そべると、僕は初めて自分の股間に花開いた真っ赤な秘所を彼女によく見えるように指で押し広げてみた。
「や、止めぬか!お前の誘いには応じてやるから、勝手に私の体を弄ぶでない!」
思った以上の効果だ。
まあ、こんなふうに眼前で自分の痴態を見せつけられたら、きっと僕も冷静さを保ってはいられないに違いない。

やがてチュプッという音とともに指先が粘っこい愛液の糸を引いて秘所から離れると、彼女がようやく観念したかのように自分の服を脱ぎ始めていた。
そしてその股間から我ながら情けない小さな雄が顔を覗かせると、彼女の不思議そうな視線がそちらに集中する。
「フン・・・こんな小さなモノで、一体どうやって雌を満足させるというのか甚だ疑問だな」
「う・・・そ、それは・・・」
だがその仕返しに僕が顔を歪めたのを見て取って、彼女がしてやったりというずる賢い笑みを浮かべていた。

「まぁ、それはさておきだ・・・この機会に、人の身のまぐわいというものを知っておくのも悪くはないな」
やがてそう言いながら、彼女が微塵も臆することなく僕のもとへと近付いてくる。
彼女は本心からそう思っているのだろうか、その股間に小さくぶら下がっていたはずの人間のペニスは、何時の間にか体内に湧き上がる興奮に正直過ぎる程の屹立を保って僕の眼前へと突き付けられていた。
そして僕の下腹部に走った熱い割れ目を片手でクイッと押し開くと、彼女がもう一方の手に握った自らの怒張をゆっくりとその中へ押し入れてくる。
ズ・・・ジュブ・・・ジュルル・・・
「ん・・・うぐ・・・ぅ・・・」
だがその瞬間、彼女の体が僕の膣から流し込まれた凄まじい快感にビクンと跳ね上がっていた。

な、何という心地よさなのだ・・・
これまで雄の精を搾り取る一方だったはずの雌雄の行為に初めて感じた、倒錯的で屈辱的な快楽の嵐。
妖しく蠢く自らの膣に突き入れた敏感な肉棒がグチュグチュという柔肉の荒波に弄ばれる度、思考という思考がまるで背筋に高圧電流を流し込まれたかのような甘い刺激によって蹂躙されていく。
グブ・・・ズチュ・・・グジュル・・・
「くっあ・・・うああ・・・」
「だ、大丈夫・・・?」
私のモノにこれだけの快感を叩き込みながらも、恐らく彼はほとんど何の刺激も受けてはいないのに違いない。
この青い体毛の内に秘めた暴虐の器官は、雄を搾り尽くすためだけに備わった私の唯一無二の武器なのだ。
そんな強敵にいくら貧弱な人間の肉棒で立ち向かってみたところで、何も出来ぬままいいように嬲り回されるだけなのは最初からわかり切っていたことのはずだった。

「うぬ・・・な、何だ・・・この感覚は・・・?」
やがて一頻り僕の中でペニスをしゃぶり上げられると、彼女が不意に何かの予兆を感じ取っていた。
竜としての本能的な矜持に支えられながら必死に堪えていたそれ・・・雌に対する屈服の証である射精の瞬間が、薄皮を剥ぐようにして少しずつ削り取られていく彼女の忍耐力の陰で今か今かと傑出の時を待ち詫びている。
そしてそんな眼前で悶える自分の姿を無表情に眺めながら、僕はほとんど無意識の内に呑み込んだ肉棒を思い切り咀嚼していた。
ズズリュッ・・・ジュブジュブジュブブ・・・!
「ぐ・・・かはっ・・・あああっ・・・!」
その瞬間、彼女が息の詰まるような声を上げながら僕の中に大量の熱い飛沫を噴き上げた。

ビュビュ~~~ビュルル・・・
鈍くくぐもったその音とともに、熱くて粘り気のある精の感触があっという間に下腹部の辺りへと溜まっていく。
彼女は昨夜の僕がそうであったように、射精が止まるまでの間ずっと僕の腹の上で細かく身を震わせ続けていた。
「は・・・ぁ・・・こ、これ程とは・・・私の前に無様な醜態を晒す雄の気分が、少しはわかった気がするぞ」
「でも自分が目の前で気持ち良さそうに喘いでるのを見るのって、何だか変な気分だったよ」
「フ、フン・・・その割には、随分と容赦なく搾ってくれたではないか」
そしてそう言うと、彼女が照れ隠しのつもりなのかあからさまな不機嫌さを装って僕からふいっと顔を背ける。
「ちょっとした、昨日のお返しさ。だからもし僕達の体が元に戻ることがあったら、この次は少し手加減してよ」
「元に戻ることがあったら・・・か。まぁ、考えておくとしよう」
だがそうしてお互いの信頼関係を確認しながら何気なく洞窟の入口へと目を向けてみると、僕は何やら遠くに見える西の空がおかしな色で染まっていることに気が付いていた。

「ね、ねぇ、あれ見て・・・何だろう?」
その問いにつられるようにして僕の視線を追った彼女の口から、おもむろに緊迫した声が漏れ聞こえてくる。
「あれは・・・竜騎士達の召集の狼煙ではないか?赤と青と白・・・どうやら、私達も呼ばれているようだぞ」
狼煙・・・?
そう言われれば確かに、混沌と曇った空の下には養成所の辺りから立ち昇る3色の煙のようなものが見えていた。
3つの部隊が同時に呼ばれたということは、もしかしたらかなり大きな任務が言い渡されるのかも知れない。
「それじゃあすぐに養成所に戻らないと!ほら、早く服を着て!」
そして少しばかり慌てながらそう叫ぶと、彼女が地面の上に脱いであった服を羽織りながら大急ぎで僕の背中の上へと攀じ登ってくる。
「準備はよいぞ!」
「よし、行くよ!」
やがて彼女とそんな短い会話を交わすと、僕は勢いよく洞窟を飛び出して西の方角へと翼を羽ばたいていた。

養成所へと向かう道中では、僕達と同じように狼煙を見て招集に気が付いたのであろう他の竜騎士達が続々と集まってきている様子が目に入った。
国のほぼ中央に位置する養成所から上げられた狼煙は、山陰や建物の中にでもいない限りは国中の何処からでも見ることができる。
故にこの僕も小さな頃から幾度となく狼煙の上がる様子を見てきたものだが、それでも大抵は1部隊、多くても2部隊の竜騎士達が呼ばれれば十分に大事だったと言っていいだろう。
「何かあったのかな?」
「わからぬ・・・だが少なくともここしばらくは、特に大きな召集が掛かったことはないはずだ」

大勢の竜と人間が入り乱れるその物々しさに何となく一抹の不安を抱きながらも養成所に帰り着くと、僕は数十組の竜騎士達が整然と並んでいる厩舎の前の広場へと降りていった。
やがてその場にいた全員が地面の上に降り立つと、僕が竜騎士の試験を受けに来た時に姿を見せたあの教官が広場の前方に置かれていた小さな壇上へと上っていく。
そして壇上に上り切った教官がしんと静まり返った頼もしい竜騎士部隊を満足げに見回すと、いよいよ彼の口から僕にとって初めての任務が声高らかに伝えられていた。
「急な招集に応じてもらって済まない。ここ最近、武装した大勢の蛮族達が南方の森で不穏な動きを見せている」
南方の森・・・ということは、僕の家のすぐ近くに違いない。
「あの森は、南の城壁が造られてから長い間平穏を保ってきた場所だ」
僕の背に乗っていた彼女が、それを聞いて不意にピクリと小さく体を揺らす。
あの森で最愛の人間との悲しい別れを経験した彼女のことだ。
それも、無理の無い反応だと言えるだろう。
「それだけに、蛮族達が密かにこのサルナークへの侵略の力を蓄えている可能性がある」

力強い声で教官がそこまで言うと、列の前方にいた何人かの竜騎士達が小さく頷いていた。
つまり、蛮族達による大規模な侵略が始まる前に彼らを叩こうというのだろう。
同時に3つもの部隊が招集されたのは、敵の戦力が分からない故の保険の意味合いを兼ねていたわけだ。
「だが勘違いするな。これは遠征ではなく、侵略への牽制だ。だから、無理に彼らの長を深追いする必要はない」
「賢明な判断だな・・・」
その教官の声に呼応するように、彼女が突然小声でそう呟いていた。
20年余りの月日が流れ、僕という新たな伴侶を見出した今になっても、やはり彼女の心の奥底には目の前で失ってしまったかつての男の幻影が消えずにこびり付いているのだろう。
「では、健闘を祈る!美味い夕食を作って待っているから、全員、無事に帰ってくるのだぞ!」
やがて何処か間の抜けた感があるその教官の激励の言葉を受けて、飛翔の時を待ち侘びていた大勢の竜騎士達が一斉に空へと飛び上がっていった。

色取り取りの竜を駆る竜騎士達と南の国境を目指す間、僕は頻りに彼女の様子を気にしていた。
彼女にとっての最後の戦い・・・その忌まわしい記憶の元へ今度は人間として赴こうとしているその胸中は、僕なんかにはとても推し測れないくらいに複雑で暗澹としたものなのかも知れない。
だが僕が背後を振り向くたびに終始物憂げな表情を浮かべていた彼女も、やがて高い城壁の先にある森の様子が見えてくると真っ直ぐにその顔を上げていた。
微かな曇り空の下に広がる深緑の絨毯・・・その切れ間のそこかしこから、成る程確かに幾人もの蛮族達が原始的な武器を手に集まり騒いでいる様子が窺える。
これだけの大所帯で駆け付けたのだから、彼らの方も竜騎士達の接近には当然気付いているに違いない。
その証拠に僕達が国境を越えて森の手前まで近付くと、薄暗い木々の回廊の中から大勢の蛮族達が大声を上げながら飛び出してきていた。

何処からともなく漂ってきてはフワリと鼻を突く、懐かしい戦場の匂い。
蛮族達を相手に縦横無尽に駆け回ったあの頃の感覚が、人の身となった今でも記憶の底に色濃く残っている。
そして眼前に現れた倒すべき敵に意識を集中すると、私は自らの鬣をきつく握ったまま彼に声を掛けた。
「気を付けるのだ。原始的な武器しか持たぬとは言え、彼らも昔と違って竜騎士達と戦い慣れているからな」
だがそう言った次の瞬間、突然ヒュンという音とともに1本の木の矢が私と彼の首筋を掠めて飛んで行く。
「わっ!」
私も彼も反射的に身を捩ったお陰で助かったとはいえ、このまま空中にいては彼らの弓のよい的になるだろう。
「このままでは危険だ!早く地上に!」
「で、でも、そんなことしたらもっと危険じゃないの?」
「地上での混戦になれば、彼らも同士討ちを恐れて弓は使わぬようになるのだ」
他の竜騎士達もそれを知っているのか、周囲にいた誰もが敢えて敵群の真ん中へと勢いよく突っ込んでいく。
「さぁ、彼らに続くぞ!」
「う、うん、わかった!」
その言葉に彼もようやく納得したのか、地上へと滑空するべく我ながら凛々しい青の翼がバサリという音とともに大きく左右へと広げられていた。

次々と大地に向かって滑り降りていく竜の群れに、蛮族達から放たれた激しい矢の雨が襲い掛かっていく。
ドスッブスブスッ
「うわああああ!」
「ガッ・・・アア・・・」
その空を飛び交う無数の殺意の塊を前にしてある者は不運にも滑空の途中で射止められ、またある者は急所を打ち抜かれて絶命した竜とともに高所から地面の上へと落下して動かなくなった。
それは正しく、数十分前までは想像すらしていなかった死と隣り合わせの戦場の光景だ。
僕も体のすぐそばを掠めるように飛んで来る矢の恐ろしさに戦々恐々と身を縮込めながらも、背に跨った彼女を落とさぬよう失速だけには気を付けて精一杯翼を張っていた。
そして思ったよりも遠くに感じた地上がようやく近付いてくると、バサリと大きく翼を羽ばたいて速度を落とす。

やがて首尾よく無事に地上へと降り立つと、私は右手から斧を持って近付いてくる1人の敵の姿を認めて彼の首筋にある長毛を力強く引っ張っていた。
「右から来るぞ!打ち払うのだ!」
その声に反応して、彼の首がクルリと敵の方へ向けられる。
だが巨竜に睨み付けられて怯んだ蛮族を前に、大きく振り上げられた彼の手が一瞬ピタリと止まっていた。
「何を迷っている!?やらねば私達が死ぬことになるのだぞ!」
「で、でも・・・」
まるで怯えているかのような小声で呟いた彼の視線が、自らの指先から生えた長くて鋭利な爪へと注がれている。
その脆弱な人間にとっては致命的な凶器を振り下ろすことに、彼が逡巡していることは誰の目にも明らかだった。
いくら私の身を借りているとは言ってもやはりその心は竜騎士という人間であり、決して竜そのものではない。
血や争いを好むような好戦的な人間であれば別なのだろうが、つい数日前まで平和な農家で暮らしていた少年が自らの行為で他人の命を奪うことに恐怖や躊躇いを感じぬはずがなかったのだ。

僕が爪を振り下ろす気配がないと悟ったのか、一度は動きを止めていた敵が再び斧を振り翳す。
「お前は何のために竜騎士になったのだ?こんな腰抜けを、私は伴侶に選んだ覚えはないぞ!」
「う、うう・・・うわあああ!」
そんな彼女の怒声に押し出されるように、僕は振り上げた爪を眼前の人間に目掛けて思い切り振り降ろした。
ズガッ!
「ぎゃっ!」
指先に残った何とも形容のし難い奇妙な感覚が、周囲に飛び散った血の赤色とともに僕の全身を冒していく。
だが数瞬の間を置いて我に返った時には、その足元に無残な姿で横たわる1人の人間の亡骸が転がっていた。
「ああ・・・」
やがて自分のしてしまったことに対する暗い後悔の念が溢れてきそうになったのを、僕の太い首筋に抱き付いてきた彼女が辛うじて押し留めてくれる。
「自分を責めるな・・・よくやった。だが敵はまだ大勢残っている。今は、無事に帰ることだけを考えるのだ」
「う、うん・・・わかった」
そしてそれから数時間もの長い間、僕は必要以上に人間を殺さぬように長い尾を振るって敵の猛攻に耐え続けた。

「・・・どうやら、取り敢えずは片付いたようだな」
無我夢中で必死に戦場を駆け回っていた僕の耳に突然届いた、落ち着いた彼女の声。
その声に気持ちを落ち着けて周囲を見渡してみると、森に囲まれた広場に残っていたのは累々と積み重なった屍の山と十数組の竜騎士達だけだった。
「終わっ・・・たの?」
「いや・・・生き残った蛮族達の多くは皆、奥の森の方へと逃げて行ったようだ」
それはつまり、事実上の勝利と受け取ってもよいのだろう。
「じゃあ、これで帰れるんだね?」
「そうだな・・・これ以上は、お互いに要らぬ犠牲を増やすだけになる。私達も、厩舎へ帰るとしよう」
そう言って彼女が指差した先に見えたのは、帰路につく他の竜騎士達の姿。
一先ずの戦いが終わりを迎え、僕はフゥーと深い安堵の溜息を漏らしていた。

再び空へと飛び上がった僕の背後で、彼女が頻りに僕の首筋を優しく撫でてくれていた。
流石は自分の体だとでもいうべきなのか、サワサワと小さな手が体毛の上を滑る度にまるでそこが性感帯であるかのような不思議な心地よさが全身を駆け巡っていく。
「あんまりに夢中でほとんど何をしてたか思い出せないんだけど・・・何処も、怪我してない?」
「ああ・・・お前も私も、奇跡的に無傷で済んだ。それにお前はあの後、誰も蛮族達を手に掛けてはおらぬ」
「ほ、本当に?」
誰も殺してはいない・・・
その彼女の言葉に、僕は何だか胸の内で蟠っていた不安がスッと晴れていくような気がしていた。
やはり、僕は竜に向いていないのだろう。
たとえ僕や彼女の命を奪おうとするような危険な敵に対してさえ、僕は爪を振り下ろすことを躊躇したのだ。
「今回の目的は蛮族達への牽制なのだろう?命を奪いはしなくとも、彼らを追い返したお前は十分によくやった」

そこまで言うと、私は固く強張っていた彼の筋肉がゆっくりと解れていく様子を感じ取っていた。
本当は夢中で放った加減を知らぬ強烈な尾撃で命を落とした者達も中にはいたのかも知れぬが、人の心を宿した竜にこれ以上良心の呵責を味わわせぬためにはこう言ってやるのが得策だというものだろう。
そして彼が完全に平静を取り戻したことを確信すると、赤く染まり始めた夕日を眺めながらゆったりと彼の背に身を預けてやる。
だが・・・ようやく取り戻したその平穏は、ものの数秒で再び打ち破られることになった。
ヒュン!ドス!
「ぐ・・・あ・・・!」
眼下の深い森の中から突如として飛来した1本の矢・・・
それが、油断していた私の肩口に深々と突き刺さったのだ。
巨大な竜の身であれば、こんな小さな矢の痛みなどさして気にも留めるほどではなかったかも知れない。
しかし人間の体になって初めて負った矢傷がもたらす想像以上の激痛に、私は固く握っていたはずの彼の鬣から思わず手を放してしまっていた。

「うあああああ・・・!」
「え・・・?」
突如として軽くなった背中の感覚に、僕は一瞬何が起こったのか理解できずに周囲をキョロキョロを見回した。
だが彼女が発したのであろう悲鳴が小さく下方に消えていくのを感じて眼下に視線を向けてみると、丁度バサバサッという木々の梢を突っ切る音とともに僕の背中から転げ落ちた彼女の姿が森の中へと消えていく。
「ああっ!」
彼女が・・・落ちた・・・!?
その現実を受け入れるのに、僕は一体どれ程の時間を浪費したのだろうか。
やがて彼女を探さなくてはという目的に頭が切り替わると同時に、自身の置かれている状況の危うさが黒い靄となってその思考を覆い尽くしていった。

僕の背中から落ちる直前・・・彼女は小さく悲鳴を上げていた。
恐らくは故意か偶然か、森の中から放たれた矢が彼女に当たったのだろう。
だが、彼女が負ったであろう傷はそう大きな問題ではない。
森の中に姿を消す直前に僕が見たのは、痛みに肩を押さえた彼女の姿だった。
肩口の矢傷ならば致命傷になることはほとんどないし、ここから落ちたとしても厚い木々の葉が緩衝材の役目を果たしてくれたに違いない。
それよりもまず憂うべき問題は、彼女を射落とした矢の出所の方だ。
矢が飛んできたということは、この森の何処かにまだ僕達と戦う意思を持った蛮族達がいるということになる。
手負いの上に丸腰の彼女がそんな蛮族達に見つかれば、恐らくは一溜まりもないことだろう。
「早く・・・彼女を助けないと!」
そうして一瞬真っ白に染まっていた頭に何とか厳しい現実を認識させると、僕はバキバキという枝を折る激しい音とともに彼女が落ちたであろう森の近辺へと勢いよく突っ込んでいった。

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