我が翼を想いて2

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翌朝、僕は彼女の大きな腹の上で心地良い眠りから目を覚ましていた。
柔らかな体毛に覆われた彼女の体はさながら高級な羽毛布団のような暖かさと肌触りを兼ね備えていて、昨夜は満腹の腹を摩りながら彼女に抱かれた途端に眠りに落ちてしまったのを薄っすらと覚えている。
「よく眠れたか?」
「うん、とっても気持ち良かったよ」
僕はそう言うと、のそのそと藁の敷かれた地面の上へと滑り降りていた。
「それで、今日はどうするの?」
「そうだな・・・今日はここの訓練所へ行ってみるというのはどうだ?他の竜達が戦い合う所を見られるぞ」
「本当?行くよ!」
だが僕が勢い込んでそう言うと、彼女が小さく息をついて半ば起こしていた体を再び藁の上へと横たえる。

「竜達の訓練が始まるのは午後からだ。それまでは、もうしばらくここで休んでいてもよかろう?」
「そっか・・・じゃあ・・・」
その不意に何かを思い付いたかのような彼の様子に、私は何となく嫌な予感が走っていた。
「昨日の話の続きを聞かせてよ」
「う・・・むぅ・・・仕方のない奴だな・・・」
やはりそうきたか・・・
まあ、昨日も食事を理由に半ば強引に話を切り上げたのだから、彼が続きをせがむ気持ちもわからぬではない。
私は潔く諦めて昨夜と同じように彼の体を懐に抱え込むと、途中で途切れた記憶の中の歴史を遡っていた。

新しく創始された竜騎士達の目的はサルナークの平和を脅かす蛮族達を平定し、その地域に国の領土を拡げるという極めて単純明快なものだった。
今でこそこの国もそれなりの領土を持つに至っているが、かつては王国というにはあまりにも小さな城とその城下町の集合体だったのだ。
大きな領土を持たない小国は、それだけで自然と蛮族達の標的になりやすい。
それ故当時の竜騎士達は、その絶対数が少なかったこともあって些かの平和を取り戻した今などとは比べ物にならぬ程の苛烈な戦いに連日その身を投じていた。
西へ東へ忙しなく遠征と制圧を続けて少しずつ国が領土を拡大していくその様は、蛮族達の目にさながら森を侵食していく1匹の大きな生き物にように映ったに違いない。
私も男も、激しい戦いの中で怪我を負わぬ日はなかったと言っていいだろう。
だが周囲の竜騎士達が1人、また1人と戦線を離脱していく中にあっても、私達はお互いに助け合って過酷な戦場を無事に生き延びてきたのだ。

「あなたは、本当にその人と信頼し合っていたんだね」
「そうでなければ、到底生き残ることはできなかっただろう。実際、大勢の竜や竜騎士達が命を落としたらしい」
「そう・・・でも、その人は一体今何処に・・・?」
彼の放ったその何気ない一言に、私はズキッという激しい痛みが胸を貫いたのを感じていた。
そう・・・あの男は、もうこの世にはいない。
「今から24年前、東西への遠征にも一区切り付いたのをきっかけに、今度は国の南方への進軍が始まったのだ」
「南っていうと、僕の家がある辺りだね」
「そう・・・当時あの一帯は平坦な荒野だったが、その奥の森は依然として大勢の蛮族達に支配されていた」
今から彼に話すそれは、もう2度と思い出したくないと思っていた忌まわしい記憶なのだ。

「あんたはこれまで、南の森に行ったことはあるのかい?」
「いや、私も今回が初めてだ。お前と会うまでは、元々私も洞窟の中で惰眠を貪る生活を続けていたのでな」
その言葉を聞くと、私の背に乗った男が楽しげに身を揺らす。
「そうか。じゃあ、今回の任務は何だかワクワクしちまうな」
「何故そんなに浮かれているのだ。これからまた、凶暴な蛮族どもと戦いに行くのだろう?」
「もちろん危険なのは百も承知さ。でも人間ってのは、どうしても未知の物に好奇心が湧いちまう生き物なんだ」
成る程・・・そして彼の言うその未知の物の中には、きっとこの私自身も含まれているのに違いない。
そうでもなければ、蛮族どもに襲われる危険を冒してまで薄暗い森の中で単身私の洞窟を探し回るなどという無茶はしないことだろう。
「フン・・・時々、私はお前が何を考えているのかわからなくなるな」
「俺の考えなんていつも1つさ。俺はあんたとずっと一緒にいたい。俺にとって、あんたはもう俺の一部なんだ」
「・・・そうだな・・・私も、近頃はお前の存在をお前と同じように感じ始めているのかも知れぬ」
だがそんな取り留めのない会話も、眼下に大勢の蛮族達の姿が見えてくると自然に終息の時を迎えていた。

「竜騎士達を待ち構えているなんて、随分と好戦的な蛮族だったんだね」
「国に住む人間達は蛮族などと言って一括りにしているが、その正体は元々その地で暮らしている原住民なのだ」
そんな僕の問いに答えて何気なく放った彼女の言葉に、僕は少なからずも衝撃を受けていた。
これまでは蛮族と言えば、平和に暮らしている人々に危害を加える野蛮な連中を指すものだと思っていたからだ。
だがもし彼女の言葉が本当ならば、森を削り川を埋め立て大勢の血を流してまで国土の拡大に躍起になる僕達のような存在こそが、彼ら蛮族達にとっての好戦的な侵略者だったのだろう。
「そして多くの場合、戦いの決着はその一部族の長を討ち取った時に初めて迎えることになる」
「じゃあ彼らは・・・自分達の暮らす土地や一族を守るためにこの国を襲っていたっていうの?」
「そうだ。人間に限らず自然界で起こる闘争の本質は、何かを奪うためではなく守るためにあるものだろう?」
そのまるで愚かな人間を諭すかのような落ち着いた口調に、僕は彼女の体に背を預けたまま項垂れていた。

「こいつはまた、随分と派手なお出迎えだな」
「油断するな。この辺りの者達は今までの敵と違って、度重なる戦いに疲弊などしてはおらぬのだからな」
そしてなおもおどけた様子で笑う背後の男をそう諌めると、私は眼下に蠢く斧や鉈といった原始的な武器を振り翳す人間達の群れをゆっくりと眺め回した。
共に戦いに赴く仲間の数も当初に比べれば大分増えたものだが、それでもこれだけの人数を相手にまともに立ち回ってはいかに竜族といえども無事には済まぬだろう。
「よし、下に降りるぞ。さっさとこいつらの長を見つけて、またゆっくりと厩舎で羽を伸ばすとしよう」
「フン・・・そうだな」
やがて背に乗った男が私の肩越しに地面を指差したのを見て取ると、私は大きく翼を広げて敵の渦巻く大地へと飛び込んでいった。

ドドオンという地響きを伴って巨大な竜が着地した衝撃に驚いて、近くにいた数人の人間達が思わず身を翻す。
それでもようやく敵がその凶刃の届く所へやってきたと踏んだのか、一瞬の間をおいて大勢の蛮族達が私と・・・私に乗る男を殺すべく一斉に飛び掛かってきた。
ブゥン!ズドッドドオッ!
だが咄嗟に振り回した太い尻尾が周囲にいた数人の人間を薙ぎ払ったことを確認すると、背後の男がスラリと剣を抜いて私の背から飛び降りる。
彼と出会ってからのこの数年間、私達は何時もこうして人竜一体となって戦いを繰り広げてきたのだ。
そんな私達の姿に後押しされたのか、依然として空を舞っていた仲間の竜騎士達も次々と大地に舞い降りてくる。
決して忘れることの出来ぬ私達にとっての最後の戦いが、そうして幕を開けたのだ。

「最後の戦い・・・?でもあなたがここにいるってことは、その戦いには勝ったんでしょ?」
「もちろん、私達は勝利した。互いに一致団結した人と竜を前にしては、所詮彼らに勝ち目などあるはずもない」
だが彼女はそこまで言うと、何故か突然その顔に悲痛な面持ちを浮かべていた。
「だが恐らくはその圧倒的な勝利が、却って私達の・・・ひいては彼の危機感を鈍らせてしまったのだろう」
「一体、何があったの?」
「その戦いの場に、蛮族達の長はいなかったのだ」
僕はそれを聞いて、その後の彼女達に一体何が起こったのか大体の想像がついていた。
「大規模な戦いだった・・・恐らく彼らにとって、部族の命運を懸けた一大決戦であったことは疑いようがない」
にもかかわらず・・・何となく脳裏を横切ったその言葉が、一瞬遅れて彼女の口から聞こえてくる。
「にもかかわらず、彼らの長は少数の仲間達とともに森の中でひっそりと息を潜めていたのだ」

「ふぅ・・・粗方片付いたようだな。この荒野さえ平定できれば、一気に南方へも国土を拡げられることだろう」
「そうだな・・・だが、私も些か疲れてしまった。他の者達も同様だろう。ここで少し、休ませてはくれぬか?」
私は疲労に打ち負けた体を地面に横たえると、辺りに転がった無数の蛮族達の骸に囲まれながら彼にそう言った。
「それなら、俺は森から薬草を採ってくるよ。相変わらず、全くの無傷というわけにはいかなかったからな」
「わかった」
今思えば、何故私はこの時彼を止めなかったのだろうかと思う。
余りに大きな戦いに勝利したせいで、まだ森に敵が残っているという可能性を愚かにも見過ごしていたのだろう。
その判断が、取り返しのつかぬ事態を招くものだということにさえ気付かずに。

「・・・・・・?」
最初に異変に気が付いたのは、彼が薬草を採りに行くと言って森へ消えてから2時間程が経った頃だろう。
戦いが終わったのは昼を少し回った辺りだったものの、今はもう空に夕焼けがかかり始めていた。
「遅い・・・一体、あ奴は何をしているのだ・・・?」
私と同じようにその場で身を休めていた者達も、ようやく隊長が戻ってきていないことに気が付き始めたらしい。
まさか・・・森の中で彼の身に何か・・・?
だがそこまで考えが及んだ次の瞬間、私は広大な荒野のそこここに転がっている無数の蛮族達の屍の山をグルリと見回していた。
彼らの長は・・・この場に敵の長はいたのだろうか?
もしまだ長を含めた何人かの敵が森の中でこの戦いの様子を窺っていたのだとしたら・・・

そう思った瞬間、ザワッという悪寒にも似た激しい戦慄が私の背中を駆け上がっていた。
そして地面に横たえていた体をガバッっと勢いよく跳ね起こし、彼を探すべく森の上空へと飛び上がる。
私のこの大きな体では、巨木の密生する深い森の中には入っていくことができぬのだ。
だがそうかと言って空から彼の姿を探そうにも、深緑の絨毯にも見える木々の葉が眼下の視界を遮ってしまう。
「何処だ・・・お前は一体・・・何処にいるのだ・・・?」
フラフラと森のすぐ上を飛びながら僅かに覗く梢の切れ間に鋭く目を向けてみるものの、この広大な森の中から1人の人間を探し出すのは容易なことではない。
やがて少しずつ暗さを増していく空を恨めしく眺めつつも、私は激しい焦燥に駆られながら彼を探し続けていた。

「それで・・・彼は見つかったの?」
「翌朝になってようやく、私は森の中から一筋の白い煙が上がっているのを見つけたのだ」
「その人が上げた狼煙だね?」
そう言うと、彼女が突然グッと僕の体をその身に強く引き寄せた。
きっとその脳裏では、思い出すのも辛い記憶が蘇っているのだろう。
「彼は無事だ・・・そう安堵して、私は狼煙の元へと急いだ。そして、確かに彼はそこにいたのだ。だが・・・」
不意に彼女の声が途切れ、微かな嗚咽にも似た唸りがその喉から漏れ聞こえてくる。
僕は早くその結末を知りたかったものの、無理にせかすのも悪いと思ってじっと彼女が落ち着くのを待っていた。

ガサッガサガサッ
必死の思いで狼煙の上がっていた場所まで辿り着くと、私は深い木々の梢を掻き分けるようにしてその下を覗き込んでいた。
そして開けた視界の中に、大木に背を預けて座り込んでいる彼の姿が飛び込んでくる。
「こ、これは・・・」
果たして彼の体には幾条もの痛々しい傷跡が刻み付けられ、凭れかかった木やその足元には無数の血痕が飛び散っていた。
更には彼の周囲に転がった数人の蛮族達の亡骸に混じって、恐らくは彼らの長であろう1人だけ身形の異なる男が剣を突き立てられて息絶えている。
「だ、大丈夫か?」
やがて狭い木々の間に体を滑り込ませるようにして何とか彼のそばに降り立つと、私は力無く小さな息を吐いている彼にそう問い掛けた。

「あ、ああ・・・あんたか・・・やられちまったよ・・・はは・・・うぐ・・・」
不意に走ったのであろう激痛に、彼が醜く顔を歪める。
見れば彼の脇腹に、斧で断ち割られたと見える深い裂傷が黒々とした血に塗れて顔を覗かせていた。
明らかな致命傷・・・そんな絶望的な闇の色が、私の脳裏を重く塗り潰していく。
「ああ・・・そんな・・・」
「で、でも・・・奴らの長は討ち取ったよ。これが証拠だ・・・王に・・・届けてくれ」
彼はそう言うと、自らの胸元から麻縄と無骨な白い石で作られたペンダントを取り出していた。
きっと、蛮族達の長が身に着けていたものなのだろう。
「あれ・・・?おかしいな・・・見つけた時は綺麗な黒曜石だと思ったのに・・・白くなっちまったよ」
「馬鹿者が。お前が自分で届ければよいではないか・・・さあ、立つのだ。厩舎へ・・・帰るのだろう・・・?」
何時の間にか、私はボロボロと大粒の涙を零していた。
そして泣いていることを誤魔化すかのように何度も何度も彼の顔を舐め上げてやったものの、ただただ出血のせいで徐々に失われていく彼の体温が直に舌へと伝わってくるばかり。
「へへ・・・最期に、あんたの泣き顔が見れるなんてな・・・俺、あんたと会ってからの数年間、楽しかったよ」
「頼む、逝くな・・・私はお前の一部だと言ったではないか。私を残して消えるつもりか、この薄情者め・・・」
「済まない・・・もう、目も霞んできちまったんだ・・・でもいつの日か、またあんたと一緒に空を・・・」
だがそこで不意に言葉が途切れると、彼はもうそれきり2度と目を開けなかった。

「結局、私は男の亡骸を抱えて戻ってきた。そして彼の形見として、渡された石を鬣に編み込んでもらったのだ」
「・・・悲しい話だね・・・」
「だが、心の傷は癒えなかったのだろうな。やがて南方の城壁の建設が始まると、私は元いた洞窟に帰っていた」
そしてそれから20年余りの間、彼女は信頼し合える伴侶を失ってしまったことを独りで嘆き続けたのだろう。
表面上は何処か人間に対してつっけんどんな態度を取っているようにも見えるものの、その実彼女は心の底から彼を慕い・・・或いは愛していたのかも知れない。
「でもそれじゃあ・・・どうしてまたここに戻ってきたの?」
「彼を失ったことで空いてしまった心の穴は、自分では決して埋められぬということにようやく気が付いたのだ」
「それであなたへの信頼を試すために、あんなふうに竜騎士の志望者に襲い掛かっていたんだね」
そう言うと、僕の体をきつく抱き寄せていた彼女の大きな手が不意に僕の頭を優しく撫で回す。
「そうだ・・・尤も、お前のような小僧があんな反応を示すとは流石の私も思ってはいなかったのだがな」
やがて彼女の長い話が終わりを迎えると、部屋の天窓から真昼を告げる眩い陽光がサーッと降り注いでいた。

竜達の訓練所は養成所の入口から見て更に奥側、つまり城の裏側に大きく広がるように作られていた。
そこには巨大な檻にも似た竜達のための闘場が幾つも立ち並び、屈強そうな2匹の竜達が爪や尾を振るって相手を叩き伏せようと戦い合っている。
更に闘場に隣接された通路では竜達の勝敗を巡って賭け事でもしているのか、激しい戦いが決着する度に大勢の一般の人々が大きな歓声を上げて一喜一憂していた。
「・・・凄く賑わってるね」
「招集が無ければ、竜も竜騎士も退屈を持て余すだけだろう?故にこれは、我らにとっては丁度よい娯楽なのだ」
「あなたも、あそこで戦ったりするの?」
思わず興味本位でそう訊いてみると、彼女が楽しそうに背中を揺らす。
「そうだな・・・気晴らしに少し暴れてみるのも、悪くはなさそうだ」
気晴らしに、か・・・
それはきっと、辛い過去を思い出させてしまったこの僕に対する彼女なりのささやかな皮肉なのだろう。
だが僕は心の内で彼女に申し訳ないという思いを抱きながらも、初めて彼女が戦うところを見られるという期待に胸を躍らせていた。

やがて訓練所の入口に颯爽と降り立つと、僕は彼女とともに空いた闘場の中へと入って対戦の相手となる他の竜騎士達が現れるのを待つことにした。
あの小さな厩舎で自らの乗り手となる人間を待っていた時から、彼女はこの訓練所では負け無しだったという。
だが何処の闘場を見回しても、彼女の数倍は凶暴そうな雄の竜達が激しく雄叫びを上げながら暴れ回っていた。
「何だか、ここにくると緊張するね・・・あなたは、相手の竜が怖くはないの?」
「フン・・・命懸けの戦いも碌に経験したことのないような雄どもに、この私が遅れを取るとでも思うのか?」
そしてそう言いながら、彼女が鉄格子で仕切られた闘場の向こう側に入ってきた相手の竜騎士達を睨み付ける。
「グルルル・・・」
その挑みかかるような視線を受けて、全身を堅牢そうな緑色の鱗で覆った巨大な雄竜が低い唸り声を上げていた。

もちろんこの戦いは、竜達がお互いに強くなるための訓練の一環だ。
だからいかに殺気を漲らせて爪牙を振るおうとも相手を殺したり必要以上に痛め付けたりすることはしないし、場合によっては彼らの戦いを背後で見守る竜騎士が降参を宣言することもある。
だが巨大な竜達がその身をぶつけ合って戦い合う様は実に迫力満点で、闘場の周囲を取り囲んだ観客達の応援にも自然と熱がこもるのだ。
そして唐突にガシャンという音を立てて闘場を東西に仕切っていた頑丈な鉄格子が跳ね上がると、いよいよ彼女と雄竜の戦いの火蓋が切って落とされていた。

そう言えば、この国では竜の存在自体は決して珍しいものではないものの、竜同士が戦う光景はこの訓練所でしかお目にかかれないものかも知れない。
人間の何倍もの巨躯を誇る2匹の竜が至近距離で睨み合う様は、これが訓練だと知っている人間から見てもドキドキと胸を弾ませてしまうものなのだろう。
そしてピリピリとした短い沈黙が向かい合った2匹の竜の間を通り過ぎていくと、やがて雄竜の方が先に鋭い爪を振り翳しながら彼女へと躍り掛かっていた。

「グオアッ!」
雄竜独特の低くくぐもった雄叫びが、勢いよく振り下ろされた爪の風を切る音とともに周囲に響き渡る。
だが彼女は微塵も慌てた様子を見せずにヒラリとその切っ先をかわすと、背後に伸びていたはずの太い尾の先を雄竜の顔に目掛けて思い切り叩き付けていた。
バシィ!
その瞬間柔らかな体毛を纏った毛尾のものとは到底思えぬような激しい音が弾け、彼女よりも一回りは大きいはずの雄竜の体がグラリと傾ぐ。
「ガ・・・ウ・・・」
あれだけ派手に頭を横殴りされては、流石の巨竜といえどもその場に踏み止まるのは難しかったのだろう。
空しく空を切った爪先を地に着ける間もなく、雄竜が踏鞴を踏むようにしてフラフラと数歩よろめいていた。
そしてその機を逃さず、今度は彼女がバランスを失った雄竜へと飛び掛かっていく。
だがもし仮に彼女の攻撃が成功したとしても、彼女は一体どうやってあの雄竜を追い詰めるというのだろうか?
雄竜の全身は、ほとんど例外なく硬い鱗や甲殻でびっしりと覆い尽くされているのだ。
相手が人や獣や鱗を持たぬ雌竜であるならともかく、竜同士の戦いに本来爪は大した役には立たないはず・・・

ドスッ・・・ズズゥン!
やがて青と緑の巨体がぶつかり合ったかと思うと、闘場の地面に倒れ込んだ2匹の竜が軽い地響きを巻き起こす。
そしてあっという間に雄竜の体を仰向けに組み敷くと、彼女がその首筋にそっと口を近付けていた。
もしかして、喉に食らい付こうとしているのだろうか・・・?
だが少なくとも僕が見る限り、雄竜の首は蛇腹状になった甲殻と細かな鱗でしっかりと護られている。
あれではたとえ彼女が渾身の力を込めて雄竜の首に噛み付いたとしても、多少息苦しい程度で済むことだろう。
まあ、この戦いも詰まる所は訓練なのだから、それで決着が着くのなら問題はないのだが・・・

シュル・・・
「ガァ・・・!ウ・・・グ・・・」
だが次の瞬間、予想に反して不意に何か衣擦れのような音とともに雄竜が全身をビクンと仰け反らせていた。
ガッチリと地面の上に押し付けられた雄竜の両手が、助けを求めるようにヒクヒクと痙攣している。
シュリ・・・シュルル・・・
「ウアッ!グア・・・アァ・・・」
一体、何が起こっているのだろうか・・・?
そう思ったのは僕だけではなかったらしく、相手の竜騎士の方も何が起こっているのかわからないといった様子でオロオロと狼狽えている。
てっきり喉元に噛み付くのかと思っていた彼女の口は雄竜の耳元に何やら囁き掛けているようにも見えるものの、かなり小さな声で話しているらしくその内容は僕にまで聞こえてはこなかった。
シャワ・・・サワサワ・・・
「ア・・・ガフッ・・・」
だが相変わらず苦しげに悶える雄の様子を具に観察し続けていると、ようやく彼女の"攻撃"の正体に思い当たる。
地面に組み敷かれた雄竜の無防備に晒された股間に、彼女の柔らかな毛尾がゆっくりと擦り付けられていた。
相手の竜騎士や闘場の周囲を取り囲んだ観客達からは見えぬよう巧みにその秘所を隠しながら、彼女が甘い睦言とともに露出した雄の最大の弱点を、密かに、それでいて執拗に舐り回している。

「フフフ・・・そろそろ音を上げたらどうなのだ?他の人間達に、これ以上無様な姿は見られたくなかろう?」
くだらぬ雄としての矜持にでも囚われているのかなかなか折れようとしない眼前の竜を見つめながら、私はなおも毛鱗の隙間で戦慄くその怒張を優しく尻尾で締め上げてやった。
ギュ・・・ギリ・・・
「う・・・お、おのれ・・・くあ・・・やめ・・・」
「強情な奴だ・・・だがこの期に及んでもまだいらぬ虚勢を張るというのなら・・・もう容赦はせぬぞ・・・!」
そしてそう脅し付けながら、尻尾で絡め取った雄の肉棒をそっと花開いた膣へと誘い込んでいく。
チュプ・・・
「ぬあっ・・・!ま、待て・・・許してくれぇ・・・」
だが張り詰めた雄槍の先端が微かな水音とともに私の膣へと触れた次の瞬間、ついに雄竜が情けない唸り声を上げて私に許しを乞うていた。

しばらくすると、どうやら決着がついたのか彼女が地面に組み敷いていた雄竜を解放していた。
そして澄ました顔で僕の方へと戻ってくると、倒れていた雄竜の方も少し遅れてのそりと身を起こす。
「勝ったの・・・?」
「フン・・・当然だろう?あんな腰抜けの雄など、軽くあしらってやればよいのだ」
何処かバツが悪そうに自らの主を伴って闘場を後にする雄竜の後姿を見送りながら、彼女が自信満々にそう呟く。
勝負の一部始終を固唾を呑んで見守っていた観客達もようやく彼女の勝利を実感したのか、どよめきにも似た歓声が辺りに沸き上がっていた。
だが無事に勝利を収めた彼女はもう既に満足してしまったらしく、彼女がそっと僕を闘場の外へと誘い出す。
「もういいの?」
「ああ・・・厩舎に戻って、少し休むとしよう」
その言葉に促されて大勢の観客が見つめる中から彼女の背に乗って空へと飛び立つと、僕は微かに汗ばんだ・・・いや、ほんのりと上気した彼女の暖かい首筋にそっと頬を擦り付けていた。

「どうかしたのか?」
「ううん・・・ただその、僕もちょっと興奮しちゃってさ・・・」
それは彼女があの雄竜に迫った甘くも激しい誘惑に対する正直な感想だったものの、どうやら彼女は別の意味で受け取ってしまったらしい。
「そう心配せずとも、あの程度の雄に不覚など取らぬ。あの男の名を汚さぬためにも・・・取ってはならぬのだ」
そうか・・・自らの不注意で愛しい伴侶を失ってしまった彼女にとって、敗北は自分だけでなく彼の不名誉にもなってしまうと考えているのだろう。
これ以上何かを言えばまた彼女の辛い記憶の一部を掘り起こしてしまいそうで、僕は厩舎に帰り着くまで黙って優しげな青い毛皮の海にその身を預けていることにした。

「ところで・・・お前は何故竜騎士などになろうと思ったのだ?」
やがて西へと傾き掛けた太陽を横目に自分達の厩舎へと辿り着くと、昨日と同じように藁の上で彼女に寄り掛かった僕に不意にそんな質問が投げ掛けられた。
それに驚いて頭上にあった彼女の顔に目を向けると、多少は僕という人間にまともな興味を示してくれたかのような輝きがその大きな双眸に宿っている。
「どうして?」
「興味本位で竜騎士という肩書きにしがみ付くだけの小僧なら、私の牙を前にしてあんな虚勢は張らぬだろう?」
確かに彼女の言う通り、僕にはどうしても竜騎士になりたかった理由がある。
でもそれは、決してこの国の発展に寄与したいからなどといったような崇高な目的ではないのだ。
「それはそうかも知れないけど・・・そんなに大した理由じゃないよ?」
「いいから・・・聞かせてくれ」
仕方ない・・・彼女に辛い身の上話をさせてしまった手前、僕の方も竜騎士を目指した理由を打ち明けておいた方がいいだろう。

僕の両親は今から丁度20年程前、南の大きな城壁が完成してすぐの頃にこの国へと移り住んできたそうだ。
尤も当時は蛮族達の残党が侵入してくるのを防ぐために城壁の建設を優先しており、両親が来たときもあの辺りにはまだ荒涼とした土地が広がっていただけだったという。
だが両親が元々農業を営んでいたことや土地を潤すための清涼な水は豊富にあったことから、国王は整地の必要性も兼ねて僕の両親に荒れたままの広大な荒野をそのまま与えてくれたらしい。
そのお陰で南の城壁のそばには、広い土地を有する僕の家と極少数の新たな移民の家だけが並んでいるのだ。

「随分と恵まれた生活ではないか。命を落とす危険のある竜騎士を目指す必要が、一体何処にあるというのだ?」
「いくら城壁で護られているとはいっても、あの壁1枚隔てた向こう側にはまだ大勢の蛮族達が残ってるんだ」
僕はそう言うと、短い体毛に覆われた彼女の大きな手をそっと両手で抱き締めていた。
「だからお父さんは何時も言っていたよ。この土地にだって、いつ蛮族達が襲ってくるかわからないって・・・」
「確かに・・・彼らは一見すると無知で粗暴に見えても、何処か狡猾な一面があるからな」
部屋の天井を見上げながら呟いた彼女のその言葉に、また少し懐古的な響きが混ざる。
「僕は両親に安心して暮らしてもらいたい。だから竜騎士になって、少しでもこの国を蛮族達から護りたいんだ」
それを聞くと、彼女はわかったとばかりに僕の体を抱き寄せてくれていた。

やがて昨日と同じように美味しい食事を堪能すると、僕は仰向けに寝転がった彼女のフカフカとした暖かい腹の上にそっと身を横たえた。
「ねえ、1つだけ気になることがあるんだけどさ・・・」
「何だ?」
「どうしてあの相手の雄竜・・・あんなにあなたに怯えていたの?」
僕がそう言うと、彼女が些か驚いた様子で首を持ち上げる。
「・・・見ていたのか?」
「う、うん・・・周りの人達は誰も気付いてないようだったけど・・・僕は見てたよ」
その答えを聞いて、彼女がしばらく僕の顔をじっと見つめた末に何かを諦めたかのようにフゥと長い息をつく。

「流石の私も、力や体の大きさでは雄に及ばぬ。だが彼らは、こちらでは決して雌に敵わぬのを知っているのだ」
クチュ・・・
そして何故か少し自虐的にそう呟くと、彼女が体毛の奥に潜ませていた自らの秘所を軽く鳴らしていた。
その音につられて彼女の股間に目を向けてみると、青い体毛の平原にぱっくりと深紅の割れ目が口を開けている。
「尤も、雌とまぐわった経験も無い野生の雄竜どもはどうか知らぬがな」
「な、何だか・・・とっても凄そうだね・・・」
「何なら・・・お前もここを味わってみるか?私も、あの腰の抜けた雄竜が相手では少々物足りなかったのでな」
え・・・つまりそれって・・・ここに・・・僕のを・・・・・・?
だが必死にその言葉の意味を理解しようと激しく回転する僕の頭が、やがて本能的な期待感に屈伏していった。

「さぁ・・・」
「あ、あぅ・・・」
宝玉のような彼女の黒い瞳が、まるで心の奥底を覗き込むかのように真っ直ぐ僕の目を捕えて離そうとしない。
その吸い込まれるように魅力的な視線に唆されて、僕は何時の間にか着ていた服をそっと脱ぎ始めていた。
そしてすっかりと裸になった僕の体を、サワサワと肌触りのよい彼女の毛皮が優しく包み込んでくる。
「ああ・・・」
何という心地よさなのだろうか・・・柔らかく波打つ彼女の腹が僕の全身を艶めかしく愛撫し、自然と膨れ上がってしまった小振りなペニスをゆっくりと、しかし確実に彼女の膣へと導いていく。

クチャ・・・ジュブ・・・グブブ・・・
「は・・・はあぁ・・・」
やがて遠慮がちに弾けた水音とともにペニスが蕩けた秘肉の海へと丸呑みにされると、僕は予想以上の快感に彼女の腹の上で海老反りに体を仰け反らせていた。
「フフフフ・・・凶暴な雄竜どもも泣いて許しを乞う秘裂の味だ・・・人間のお前には堪らぬだろう・・・?」
「き、気持ちいい・・・あっ・・・だめ・・・う、動かないで・・・」
彼女がほんの少し身動ぎしただけで、柔肉の海で溺れる肉棒が更にその揺らめきに蹂躙される。
厚い肉襞がやわやわと軽く震えただけで絶頂という高みへと押し上げられてしまう自身のあまりの無力さに、僕は何故あの雄竜があんなにも必死に彼女へ助けを求めていたのかを理解していた。

「何とも・・・懐かしい感覚だ・・・かつてのあの男も、毎晩のようにこうして私と交わっていたのだぞ」
「ほ、本当・・・に・・・?はぁぅ・・・」
ヌチュゥ・・・
「本当だとも・・・フフフ・・・だからお前も、私の伴侶を名乗るのならおとなしく身を任せるがいい」
グ・・・チュ・・・グチュ・・・グシッ・・・ヌチュゥッ・・・
「ふあっ!あ、あああぁ~~~!」
ビュビュ~ビュルルル・・・
やがてその言葉とともに彼女が僕の肉棒を包み込んだ秘所を獰猛な肉欲に暴れさせると、僕は成す術もなく彼女の中に大量の白濁の飛沫を吐き出していた。

ジュブ・・・ヌジュ・・・
「あ・・・あふ・・・はぁぁ・・・」
更に射精直後のペニスをゆっくりと、しかし粘っこく扱き上げられ、力の抜けた手足がプルプルと震えてしまう。
「も、もう降参だ・・・こ、これ以上やったら・・・どうにか・・・なっちゃいそうだよ・・・」
「そうか・・・フフフ・・・まあ、初めはそんなものだろうな」
そして彼女の顔を見上げながらそう懇願すると、ようやくもみくちゃに弄ばれて精と愛液に塗れたペニスが濡れそぼった彼女の真っ赤な淫口からジュボッという音とともに解放されていた。
これでも、彼女の方はまるで片手間だったのに違いない。
互いに認め合って愛の契りを交わすというのならともかく、こんな凶悪な膣に敵意を持って嬲り尽されたらそれがたとえどんなに屈強な雄竜であったとしても到底耐えることはできないだろう。

「はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」
やがてジンジンと痺れるような快楽の余韻を醒まそうと腹の上で荒い息をつく僕を愉快そうに見下ろしながら、彼女がそっと僕の足先に長い尾の先を絡み付けてきた。
「またこれが欲しくなったなら、私はいつでも応じてやるぞ。尤も、この次はもっと激しくなるだろうがな」
「う、うん・・・覚えておくよ・・・」
僕はそう言いながら、裸の体が冷えないようにと巻き付けてくれた彼女の暖かい尾を両手でギュッと抱き締める。
「でもきっと・・・20年以上前にあなたとともに暮らしていた男の人は、とても幸せだったんだろうね」
「そうかも知れぬ・・・だが今となっては、もうあの男の心中は誰にもわからぬのだ」
「ううん・・・僕にも何となくわかるよ。きっとその人は、身も心もあなたと1つになりたかったんだと思う」
そんな僕の言葉を聞いて、彼女がゆったりと藁の上に横たわりながらぼそりと呟く。
「何故、そう思うのだ・・・?」
「だって・・・今正に僕が・・・心の底からそう願ってるから・・・さ・・・」
そしてそこまで声を絞り出すと、僕は何故だか急激に襲ってきた睡魔に逆らえず深い眠りに落ちていった。

足先に、胸元に、そして頬に触れる心地よい毛皮の手触りに、ぼんやりとした意識が戻ってくる。
だが何処となくいつもと違う奇妙な感覚に疑問を感じて薄っすらと目を開けてみると、目の前に大きな青い毛で編まれた美しい絨毯が広がっていた。
しかしその切れ間の遥か向こう側に、見慣れた厩舎の部屋の壁が覗いている。
何かがおかしい・・・
やがてそう思いながらゆっくりと体を起こそうと試みた次の瞬間、私は目を覚ました時から感じていた違和感の正体にようやく気が付いていた。
「これは・・・ば、馬鹿な・・・」
さっきまでと比べて妙に狭いその視界の端に映ったのは、見紛う事なき人間の小さな手足。
これは・・・夢を見ているのだろうか・・・?
だが試しに竜とは違って5本もあるその細指をゆっくり折り曲げてみると、まるでそれが自分自身の体であるかのように自由自在な動きを見せる。
そしてそんな私がいたのは、藁の地面へ仰向けになって眠る青い体毛に覆われた雌の巨竜の上だったのだ。

まさか・・・この人間と私の体が・・・入れ替わったとでも言うのだろうか?
いや、そんなことなど起こり得るはずがない。
だが彼の言葉が切れたのと同時にやってきた強烈な眠気に堪えられず目を閉じたあの瞬間、私は鬣に編み込んである白い石の辺りに確かに何か不思議な熱を感じていた。
もしかしたらあの石が、私とこの青い竜・・・いや、人間との間に何らかの奇跡を起こしたのかも知れぬ。
そしてどうにも拙い足取りで彼の腹の上から床に滑り降りると、私はそれを確かめるべく眠っている彼の鬣を両手で弄った。
サク・・サワサワ・・
あの石は・・・確かこの辺りに・・・
眠っている自分の体を手探りで撫で回すというのは何とも奇妙な気分だったものの、その甲斐あってかようやくフサフサした厚い鬣の奥に硬い石の感触を探り当てる。
そしてその青い鬣の束を掻き分けて中に編み込まれた石をそっと取り出してみると・・・
真っ白だったはずのその石が、まるで黒曜石を思わせるような深い漆黒の色に染まっていた。

「お、起きろ小僧!何時まで寝ているつもりなのだ。早く起きぬか」
何が起こっているのかもわからずに混乱した頭の中を整理しながら、私は取り敢えず未だに目を覚まそうとしない眼前の竜を起こそうとその体を揺すっていた。
あの人間の心が宿っているのだと理解はしていても、非力な人間の身で自身の何倍も大きな巨竜を叩き起こすのに些かの躊躇いを感じてしまうのは本能に刻み付けられた恐怖の成せる業なのだろう。
だがその長い体毛を引っ張ったり頬を叩いたりしている内に、彼がようやく緩慢な目覚めを受け入れていた。
「ん・・・んぁ・・・」
そしてゆっくりとその目が見開くと、まるで石化してしまったかのように途端に彼の動きがピタリと止まる。

「・・・・・・」
誰かにそっと体を揺すられているような感覚に、僕はしばらく取り戻した意識の波間をゆらゆらと漂っていた。
彼女が僕を起こそうとしていたのかも知れないが、その割には随分と遠慮がちな起こし方だったような気がする。
そして試しにそっと目を開けてみた次の瞬間、僕は余りの事態の異常さに固まっていた。
僕の目の前に、僕自身がいたのだ。
その"僕"が酷く心配そうな、それでいて何処か取り乱したような様子でこの僕の顔を見つめている。
「あ、あれ・・・?何・・・?」
僕は・・・夢でも見ているのだろうか・・・?
「小僧・・・お前・・・なのだな?」
だが眼前の"僕"から掛けられたその言葉に、おぼろげながらも自分の置かれている今の状況が呑み込めていく。
まるでパノラマのように斜め後ろまで見渡せるようになった視界の端に、自分のものであろう青い体毛に覆われた尻尾と翼が揺らめいたのだ。

「う、うん・・・でもこれ・・・どうなったの・・・?」
「私にもよくわからぬ。だが、どうやらお互いの体が入れ替わってしまったようだ」
その言葉にふと視線を落としてみると、僕の姿をした彼女に比べて随分と大きな竜の腕が目に入った。
これが、巨大な竜の視点というものなのだろう。
ここから眺めれば人間などどうしようもなくちっぽけで、そして取るに足らない存在のようにすら思えてしまう。
「ど、どうしよう?」
「とにかく・・・何であろうと起きてしまったことは仕方がない。取り敢えず、すぐに厩舎の外に出るのだ」
彼女にそう言われて部屋の天窓に目を向けてみたものの、まだ今しばらくは朝日が昇る様子がなさそうに見える。
「そ、外って・・・まだ夜が明けてないじゃないか」
「だからこそ、今の内に空を飛ぶ訓練をしておくのだ。こんな状況で、もし戦いの招集が掛かったらどうする?」
確かに、彼女の言うことにも一理ある。
流石に悠久の時を生きてきた竜というべきか、彼女はこんな異常事態にあっても冷静に現実を見つめているのだ。
そして自分の姿をした人間が自分の声で話したその言葉を頭の中で反芻すると、僕は大きな大きな竜の体をのそりと持ち上げて部屋を出ていった。

やがて静かに抜け出してきた厩舎の外には、人間はおろか獣の気配すら全く感じられなかった。
新月なのか、それとも厚い黒雲が空を覆い尽してしまっているのか、いつもなら出ているはずの金色の月までもが今夜は身をひっそりと隠している。
ある意味、誰にも気付かれずに空を飛ぶ練習をするのには最適だと言えるかもしれない。
「それで・・・どうするの?」
「まずは翼を羽ばたくのだ。持ち上げるときは優しく、振り下ろす時は力強く。試しにやってみるがいい」
バサ・・・バサ・・・
成る程・・・翼を動かすのには、思ったよりも大きな力が要るようだ。
それでも大きな翼が大気を叩き付けると、不思議なことに何だかフワフワと体が浮き上がりそうな気がしてくる。
尤も、自在に空を飛ぶにはまだまだこんなものでは足りないのだろうけれど。

「こ、これでいいの?」
だが彼女に助言をもらおうと背後に首を振り向けてみると、険しい顔をした僕の顔が目に飛び込んでくる。
「もっと早く動かせ。そんな気の抜けた羽ばたきでは、いつ墜落するかと不安でお前の背に乗れぬではないか」
「え・・・の、乗るって・・・もしかして、あなたが僕の背中に乗るの?」
「何を言う。当然だろう?それとも、他に一体どうしろというのだ?」
確かに、このまま竜騎士を続けるには互いに互いの役割を演じる必要があるだろう。
でもそれは・・・言うほど簡単なことではない。
「さあ何をしている。悩んでいる暇があるのなら早く先を続けるのだ」
「う、うん・・・わかった」
とにかく、今は黙って彼女に従うしかないだろう。
人間に飛び方を教えられる竜・・・いや、その逆か・・・
ふと脳裏を過ぎったそんな滑稽な情景に苦笑しながら、僕はなおも力強く翼を羽ばたき続けていた。

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