我が翼を想いて

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今ではもう数少ない書物の片隅でしか語られることのなくなった古き時代・・・
大陸の方々に散らばる小さな国々が、領土を広げるために幾度となく制圧と統合を繰り返した時期があった。
とは言っても、国同士が血で血を争うような戦争を繰り広げていたというわけではない。
ある程度の纏まりを見せ始めた幾つかの国が我先にと競うように行っていたのは、国境に面した未開の地に生きる無数の蛮族達の平定である。
そしてそんな彼らの軍事力として最も貢献していたのは、日々の訓練に明け暮れている屈強な兵士などではなく、当時の人間達にとって最も身近な存在だったとされる竜と竜騎士達の働きだったと言ってもいいだろう。
それ故にたとえ外見がどれ程華奢で非力な頼りない風貌であったとしても、天駆ける竜達と心を通わせて彼らを操ることのできた竜騎士の存在は国から非常に重宝されていた。
これはそんな竜騎士に憧れて騎士養成所を訪れた、ある1人の若者の話である。


最近ようやく整備が進んだと見える平坦な道を歩きながら、僕はふと晴れ渡った空へと視線を向けていた。
そこに見えるのは春の訪れに喜ぶ数羽の鳥の姿と、巨大な竜に乗って空を舞う幾人かの竜騎士達の姿。
僕も、早くあんな風になりたい・・・
そんな激しい羨望にも似た思いが、もう家を出て1時間近くになろうとしている僕の胸をじわじわと締め付ける。
だが、それもあと少しの辛抱だろう。
長らく国の成長をただ見守っていることしかできなかったこの僕も、昨日ようやく18歳の誕生日を迎えたのだ。
18歳・・・それはこの国で暮らしている多くの若者達にとって、そして取り分けこの僕にとって、とても重要な意味を持っている。
今の僕がそうであるように、誰もが憧れる夢の職業・・・竜騎士になる資格を持つことができる歳なのだ。

未開の地に暮らす蛮族達からの侵略を防ぎ、彼らの土地を平定して国土を拡大していく要職とも言える竜騎士。
だがその夢を叶えるには、王城の隣に設けられた騎士養成所へと赴き、自らのパートナーとなる竜にその素質を認められなくてはならないのだ。
そしてそれは、決して勇気があるとか力が強いなどといった単純な理由には留まらないのだという。
事実かつて僕が出会った竜騎士達の何人かは決して力が強いとは言えない僕にでも勝てそうな小男であったり、虫も殺せないような笑顔を浮かべた優男であったりしたものだった。
まあとは言え、当然彼らの傍らに佇んでいた巨竜がそんな主の周囲に油断なく注意を払っていたのだが・・・

更に長い長い道のりを歩き続けること30分、ようやく通りの向こうに目的の騎士養成所が見えてきていた。
その大きく開かれた入口では大勢の竜騎士志望者達が早くも長蛇の列を成していて、僕の胸の高鳴りも否応なく激しいものになっていく。
いや、焦る必要などないのだ。
この養成所には毎日朝早くから100人を超える志望者達が引切り無しに詰め掛けているという話だが、無事に竜に認められて華々しい竜騎士の第1歩を踏み出すことのできる者は10日に1人いるかどうかなのだそうだ。
その異常なまでの敷居の高さもまた、竜騎士達への畏敬を生む1つの要因となっているのだろう。

やがてそんな活気溢れる人々の流れに呑まれるようにして養成所の中へと滑り込むと、僕は早速行列から引き離されて小さな個室へと通されていた。
そしてその狭苦しい小部屋の中に、竜騎士養成の教官らしき男が入ってくる。
とは言っても、その服装はあくまでも軽装だ。
この教官も含めて彼ら竜騎士達の目的は自らが剣と盾を取って敵と戦うことではなく、いかにパートナーである竜を自在に操って敵を蹴散らすかということに懸かっている。
だから重い鎧や武器の類は、却って竜の動きを阻害してしまう原因となるのだろう。
ふとそんな想像に身を任せていると、やがて僕の前にやってきた教官がニコリと笑っていた。

「見ない顔だな。ここに来るのは初めてか?」
「そ、そうです。昨日18歳になったばかりで・・・」
「成る程・・・昨日の今日でここへやってくるとは、お前も余程竜騎士に憧れていると見えるな」
流石に大勢の志望者達を見てきている経験があるだけに、彼には僕の心中など簡単に見通せてしまうのだろう。
「まあ、そんなに緊張することもないだろう。俺が今ここですることは、たったの2つだけだ」
「2つ・・・?」
「まずは、本当にお前に竜騎士になる意思があるのか確かめることだ。何分、冷やかし目的の輩も多いのでな」
まあ、それはそうだろう。
竜騎士と言えば、少なくともこの国では名誉職だと言っても過言ではないのだ。
本音を言えばここに来たのはただの冷やかしのつもりだが、あわよくば竜騎士になれるかも知れないという浅はかな考えを持つ者が決していないとは言い切れない。

「僕は本気ですよ」
「もちろん、そう信じているとも。もう1つは、お前がこの国に対して危険な考えを持っていないかどうかだ」
成る程・・・確かに、竜騎士ともなれば曲がりなりにも竜の力を借りることができるようになるのだ。
竜騎士達を大勢抱えているこの強固な国がもし瓦解や破綻の危機を迎えることがあるとすれば、それは同様に強大な力を持った竜騎士達の反乱が原因となる可能性が最も高いと言える。
「だが・・・どうやらそれも愚問のようだ。お前がその手の人間でないことは、目を見ればわかることだしな」
「じゃあ・・・」
「竜に会うことを許可しよう。後のことは、お前次第というわけだ」
不意にそう言い残して部屋を出て行こうとした教官の後姿を見つめながら、僕はいよいよ念願の竜騎士に1歩近付くことができたという実感に身を震わせていた。

ガララッ
やがて教官が部屋を出て行ったのと入れ替わるようにして、今度はもっと若い男が静かに中へと入ってきた。
そしてその場に立ち竦んでいた僕の姿を目にすると、彼があまり抑揚のない平坦な声を僕に投げ掛けてくる。
「ついてきなさい。竜の厩舎に案内しよう」
「は、はい!」
まだ緊張が抜け切っていないせいで思わず上ずった声を上げてしまったものの、本当の難関はここからなのだ。
何しろ相手は、僕の数倍もの体躯を誇る巨大な竜。
自在に人語を操ることができる程に賢い彼らも、万が一怒らせたりしようものなら獰猛な猛獣と何ら変わりない。
やがて徐々にその間隔を狭めていく鼓動に耳を澄ましながらも前を行く男についてしばらく歩いていくと、目の前に大きな長細い建物が見えてきていた。
養成所を取り囲んでいる高い塀のせいで外からは全く見えないようになっているものの、初めて見た僕にもこれが竜の厩舎であろうことは容易に想像がつく。

「これが・・・竜の厩舎・・・?」
だが一応確認のためにそう呟いた僕の声に、男の声が素早く返ってくる。
「そうだよ。ここには姿形の様々な竜達が50匹以上暮らしているんだ。皆、自分の主の出現を待っているのさ」
「50匹も・・・それで・・・僕はどうすればいいの?」
「通路の両脇に、竜達の部屋がズラリと並んでいるんだ。ほら、それぞれの扉に小さな窓があるだろう?」
そう言われて、僕は昼間だというのに薄暗い厩舎の通路へと目を向けていた。
淡い燭台の炎に照らされた、延々と向こうまで続く真っ直ぐな廊下。
その左右の壁際には確かに一定の間隔を置いて扉らしきものが並んでおり、男の言うように小さな覗き用の小窓が全ての扉に取り付けられている。
「その窓から中を覗いて、気に入った竜の部屋に入るんだ。後は彼らに、自分を主だと認めさせればいいのさ」
「認めさせるって・・・一体どうやって?」
「さあ・・・生憎自分はここで働いているだけで、竜騎士ではないからね。でも今まで見てきた例だと・・・」

そこまで聞くと、僕は素早く彼の前に手を翳してその言葉を遮っていた。
「いやっいいよ!僕が何とかするから」
「そ、そうかい?まあ、焦らずにゆっくり選ぶといいよ。時間はたっぷりあるからね」
確かに、時間はたっぷりある。
50匹以上いるという竜達を、1匹ずつじっくりと吟味していくこともできるだろう。
だが広い通路を行ったり来たりしながらいろんな小窓を覗いている内に、僕はある1匹の竜に目を留めていた。
「あの竜は?」
そして食い入るように窓を覗き込みながら、そばにいた彼にそう訊ねてみる。
床一面に厚い藁の敷かれた広い部屋の中で物憂げに佇んでいたその竜は、全身に透き通るような美しい水色の体毛を纏っていた。
頭部に生えた茶色の4本の角は鋭く天を衝き、角の間から背中に向かって真っ青な鬣がフサフサと棚引いている。
そして長く細められたその双眸に凛と輝く黒い瞳が、ぞくぞくと背筋を震わせるような鋭い魅力を放っていた。

「ああ・・・彼女は、この厩舎でもごく僅かしかいない雌の竜さ。気になるのかい?」
「う、うん・・・なんていうか、凄く綺麗でさ」
「ふふふ・・・雌竜とは言うけれど、彼女は訓練で戦わせたらここの竜達の中でも1番に強いんだ」
それを聞いて、僕は思わず竜に注いでいた視線を彼の方へと振り向けていた。
50匹以上も竜がいるのに、ここで1番強い竜だって・・・?それも雌竜なのに・・・
「それ、本当・・・?」
「本当さ。ここのどんな雄竜だって、誰も彼女には勝てやしない。でも・・・あまりお勧めはしないよ?」
「どうして?」
彼は過去にも、竜騎士の志望者達から幾度となく同じ質問を投げ掛けられたことだろう。
ここで1番強い竜だと言われれば、本気で竜騎士を目指す者達が彼女を放っておくはずがないからだ。

「ここにきてもう1年近くになるっていうのに、彼女は・・・誰にも心を許そうとしないんだ」
「人間を嫌ってるの?」
「プライドが高いのさ。人間を背に乗せて空を飛ぶなんて、きっと彼女には到底耐えられないことなんだろう」
プライドが高い・・・か・・・
確かに自分よりもずっとずっと小さな人間に使役されることになるのだから、そういったことを嫌う性格の竜が1匹や2匹いたとしても何ら不思議ではない。
でも僕は彼女の強さなどよりも、その青白く輝く美しい姿に心を奪われたのだ。
何としてでも、彼女を僕のパートナーにしてみたい・・・
そんな激しい欲求が、胸の内に激しい炎となって燃え上っていく。
「僕・・・彼女に決めたよ」
「え?・・・い、いいのかい?」
「これから長く付き合うことになるかもしれない大事な相棒なんだ。妥協なんてしたくないもの」
僕は静かにそれだけ言い残すと、何かを言おうとして固まったままの彼を尻目に青い竜の部屋へと入っていった。

ギ、ギイィ・・・ガシャン
「え・・・?」
やがて妙に重々しい音を立てて開いた鉄の扉を潜った次の瞬間、僕は何だか目の前の光景に妙な違和感を覚えて目を擦っていた。
中は確かに、さっきまで扉の小窓から覗いていた藁の敷かれている大きな部屋になっている。
だがその奥で蹲っていた青き竜の大きさが、さっきまでとはまるで比べ物にならないほど大きく見えたのだ。
いや、冷静に考えれば人間を乗せて空を舞うことができる程の体躯なのだ。
本来ならどの部屋の竜達も彼女と同じくらいの大きさなのに違いないが、広い部屋の中を見渡しやすいようあの覗き窓の方に何か縮尺が小さく見えるような細工がされていたのだろう。

だが一旦部屋の中に入ってしまった以上、もう後戻りすることはできなかった。
肝心の竜は部屋に入ってきた小さな人間に特に興味を示した様子もなく、相変わらず切なげな表情を浮かべたまま壁の方を見つめ続けている。
僕はそんな彼女にじっと視線を合わせると、藁を踏む足音を殺しながら恐る恐る足を前に踏み出していた。
正直、彼女に近付くのはかなりの勇気が必要だったのだ。
何しろ彼女は、蹲っている今の時点で既に僕の身長と同じ位の体高があるのだ。
これでもし立ち上がったとしたら、きっと7メートルはあろうかというこの高い天井が狭く見える程の凄まじい迫力を持っていることだろう。
竜騎士養成所の厩舎の中だからこそ僕も辛うじて落ち着いていられるものの、もしこんな生き物に山中の洞窟か何かで出くわしたとしたらあっという間に腰を抜かしてしまうであろうことは容易に想像がついた。

「あの・・・」
やがてその手触りのよさそうな青い体毛に触れられそうな所まで近付くと、僕は依然として無視を決め込んでいる竜の注意を引こうとそう声を掛けていた。
そしてその瞬間、物思いに耽っていた竜の大きな黒い瞳がギョロリと僕の方へ向けられる。
「何だ・・・お前は・・・」
突如として聞こえてきた、雌の竜らしい微かに艶を含んだ声。
しかし声には、明らかに人間に対するある種の憤り・・・というよりも寧ろ、激しくも暗い失望の色が如実に滲み出していた。
細い鏃のように鋭く細められた竜の視線は真っ直ぐに僕の目を捉えていて、まるで心の中を見透かされてしまうのではないかとさえ思えてしまう。
だが僕は、竜騎士として彼女を生涯のパートナーとするためにここへ来たのだ。
それなのに今ここで怖気付いてしまっているようでは、とてもそんな望みなど持つべくもないだろう。
やがてそう自分に言い聞かせて何とかなけなしの勇気を奮い起こすと、僕は刺すように睨み付けてくる彼女の眼を力強く見つめ返したまま言葉を紡いでいた。

「僕はどうしても、竜騎士としてあなたの背に乗りたいんだ。どうすれば、あなたに認めてもらえるの?」
「フン・・・お前のようなひ弱な小僧がこの私の背に乗りたいだと?笑えぬ冗談だな」
「冗談なんかじゃありません!僕はあなたのその美しい姿が気に入った・・・だから伴侶に選んだんです」
だが僕がそう言った次の瞬間、彼女が突然ガバッという音とともに身を起こしたかと思うと人間1人くらい軽く鷲掴みにできるようなその巨大な手で僕の体を激しく地面の上へと踏み付けていた。
ドシャッ!・・・グ、ググ・・・
「う、うああっ・・・!」
更には藁の上へ仰向けに縫い付けられた僕の顔を覗き込むように、彼女がヌッと真上に首を突き出してくる。
「自惚れるな小僧。伴侶を選ぶのはお前ではなく私の方だ。だが私は、人間などにこの身を預けるつもりはない」

そしてそう言い終わると、彼女がなおも僕の体にジワジワと体重を掛けながら視界を埋め尽くすその端正な顔に何とも言えない不気味な笑みを浮かび上がらせていた。
「さて・・・くだらぬ話はもう終わりか?」
「う・・・ぼ、僕をどうする気なの?」
「フフフフ・・・お前は私の安息の一時を妨げたのだからな・・・どうしてくれようか・・・」
やがてそう呟きながらジュルリと舌舐めずりした彼女の様子に、僕は今更になって巨竜の手の内に捕らわれているというこの状況の危うさを痛感していた。

ゴクリ・・・という息を呑む音が、必死に冷静さを保とうとしている脳裏に甲高く反響する。
僕の体を押さえ付けている大きな手の指先に生えた、太くて鋭い爪。
僕の顔を覗き込んでいるその口元から小さく覗いた、唾液に濡れ光る牙。
雌の竜だと思って何処かしら油断していたものの、やはり彼女はこの厩舎でも随一の屈強な竜なのだ。
そんな人間の命など容易く刈り取れるような恐ろしい凶器の数々が、身動きのできない僕の眼前にこれ見よがしに見せつけられている。
だが・・・今更ジタバタしたところでどうなるわけでもないだろう。
僕は、自分の意思で彼女をパートナーに選んだのだ。
そんな彼女に受け入れられなかったのだから、こういう結果になってしまったのも仕方がないと言える。

ジロジロと捕らえた獲物を値踏みするように見回してくる竜の視線を受け止めながら、僕は1度だけ大きく息を吸うと静かに目を閉じて体の力を抜いていた。
もしかしたら、竜に認められなかった竜騎士の志望者達はその場で竜に殺されてしまうのかも知れない。
それに死が怖くないと言えば嘘になるだろう。
でも今の僕には、彼女を信じてこの身を任せる以外に選択肢などなかったのだ。
「ほう・・・これから私に嬲り殺されるかも知れぬというのに、いい度胸だな小僧」
「あ、あなたがどう思おうと、僕はあなたを伴侶に決めたんです。でもあなたが僕を気に入らないのなら・・・」

僕がそこまで言った途端、まるで本当にその先を続ける勇気があるかを試すかのように熱い唾液を纏った竜の分厚い舌が僕の首筋にヌルリと這わせられていた。
それと同時に、凶悪な牙の気配や生暖かい吐息がきつく目を閉じたままの僕の顔へと叩き付けられる。
「う・・・く・・・」
この先を言えば、本当に彼女に食い殺されてしまうかも知れない・・・でも・・・
僕は彼女に見えないように両手をギュッときつく握り締めると、渇いた喉が声を嗄れさせぬ内に先を続けていた。
「す、好きにしてください!」

次の瞬間、それまで僕の体を縛めていた巨竜の手が退けられていた。
そして相変わらず目を閉じたままの僕の耳元へ、大きな竜の口がそっと近付けられる。
「フン・・・これだけ脅しても恐怖に屈伏しなかった人間はお前が2人目だ・・・」
「え・・・?」
囁かれた言葉の意味を探るように、僕はゆっくりと目を開けてみた。
その眼前で、顎を引いた竜が真っ直ぐに僕の顔を見つめている。
「いいだろう。そこまでこの私を信頼するというのなら、お前を認めてやっても構わぬ」
「ほ、本当に?」
「何だ、その言葉は信じられぬのか?」
そう言った竜の顔に、不意にニヤリとした笑みが広がっていた。
「あ、あはは・・・やった・・・ありがとう!」

やがて一頻り長年の夢が叶った感動に身を任せると、僕は部屋の外で待っていたあの男に事の経緯を伝えていた。
「本当かい!?そりゃ凄いな。じゃあ早速、彼女を外に出してやらないとね」
彼は本当に心の底から驚いたという様子でそう言うと、扉の隣に備え付けられていた長いレバーを力一杯引き下ろしていた。
その瞬間、扉とは反対側の部屋の壁がギギギッという音とともに大きく跳ね上がっていく。
そうか・・・あの巨大な竜達がこの狭い入口からどうやって部屋の中に入ったのかと思ってたけど、竜達はあっちの壁の方が出入口になっているんだな。
「ほら・・・彼女が出てくるから、厩舎の外で待ってなよ」
「う、うん!」
僕はそう言うと、薄暗い厩舎の通路から意気揚々と明るい外へ飛び出していった。

喜び勇んで厩舎の外側に回ると、やがて彼女が眩しげに眼を細めながら大きく開いた扉の外へと這い出してくる。
「わあ・・・」
眩い日光の下でさわさわと青い鬣を風に揺らすその彼女の美しい姿に、僕は改めて目を奪われていた。
この竜が、今日から僕の竜騎士としてのパートナーになるのだ。
彼女とともに地を駆け空を舞い寝食を共にする生活を脳裏に思い浮かべただけで、心躍るようなワクワクとした期待感が止めどなく溢れ出してくる。
まるで10年来の親友と絶世の美女を同時に手に入れたかのような歓喜が、胸の内で激しく跳ね回っていた。
「じゃあ、あそこの建物で竜騎士名簿に登録を・・・それが終わったら、一通り空の旅でも楽しんでくるといい」
やがて不意に背後から聞こえてきたその声に後ろを振り向くと、遅れて外へと出てきた彼が広場の向こうにある建物を指差している。
「うん、ありがとう!すぐに済ませてくるよ」
「フン・・・いい気なものだな・・・」
浮かれる主の姿を見てやや呆れ気味に呟きながらも彼女が僕の後について歩き始めたのを目にすると、僕は彼に教えられた通りに厩舎の傍に並んでいた小さな建物へと向かっていた。
そして主従の契約が成立した1組の人竜がやってきたのを中から見て取ったのか、僕達の訪れを待っていたかのように2人の若い男女が建物から出てきてにっこりとした笑みを浮かべる。

「おめでとうございます。竜騎士の方はこちらへお越しください」
やがて若い女性の方がそう言って僕を建物の中へと案内すると、男の方が竜を連れて建物の裏の方へと消えていった。
「あの・・・彼女は何処へ?」
「ちょっとした準備です。すぐに終わりますから心配なさらずに・・・では、こちらへ署名をお願いします」
目の前の女性とそんなやり取りをしながら、差し出された木盤に自分の名前を書き込む。
そして厚い束となりつつある竜騎士達の名簿にそれが追加されると、彼女が受付の奥の方から堅い樫の木でできた手の平に載るくらいの小さなプレートを取り出してきた。
全面を鮮やかな赤色に塗られたそのプレートの表面には、深く刻まれた僕の名前とともに数本の青い糸の束のようなものが縫い付けられている。

「これは・・・?」
「それが、竜騎士としてのあなたの身分証です。縫い付けられているその青い鬣は、あなたの竜からの信頼の証」
彼女の鬣・・・そう言えば、以前に誰だったか大きな黒い竜を従えた竜騎士の身分証を特別にこっそりと見せてもらったことがあった。
その時は確か大きな艶のある1枚の鱗が、まるで紋章か何かのように綺麗に縫い付けられていたのを覚えている。
つまりこれは、自分の竜を特定するためのある種のシンボルでもあるのだろう。
「そしてその赤い色は、赤い狼煙であなたに召集を掛けることを意味しています。だから・・・」
「赤い狼煙が上がったら、それが任務のための呼び出しだということですね」
僕がそう訊き返すと、彼女は呑み込みが早いとばかりに笑いながら大きく頷いていた。

やがて真新しい身分証を誇らしげに翳しながら建物から出て行くと、既に外で待っていた竜が肩越しに僕を見下ろしながらポツリと小声で呟く。
「さっさと私の背に乗るのだ。まずは空に慣れねば、お前など何の役にも立たぬことになるのだからな」
「う、うん、わかった」
そして彼女に促されるままフサフサとした心地よい体毛の海を泳いで大きな竜の背に跨ると、僕はその背中に生えた滑らかな鬣をしっかりと掴んでいた。
「背から滑り落ちて恐ろしい思いをしたくなければ、しっかりと掴まっていることだな」

力強く放たれた彼女のその言葉に、全身の血液がグルグルと音を立てて駆け巡っていく。
だがいざ大空に舞い上がらんと彼女が身を屈めたその瞬間、不意に長い鬣に絡ませていた僕の指先に何か固い塊がコツリと触れた。
見れば歪な球体に1本の細い穴を通したような形の純白の石が1つ、彼女の鬣の中にひっそりと編み込まれている。
「あ、待って・・・これ、何?」
「それは気にするな・・・下手に触って無くしでもしたら許さぬぞ。さあ、掴まれ!」
そして有無を言わさず僕の疑問を切り捨てると、彼女が勢いよく晴天の空へと飛び上がっていた。

ゴオオオオ・・・
「す、凄い・・・」
水色の体毛で覆われた巨翼が大気を叩く度、彼女の体がグングンと地上から遠ざかっていく。
僕は初めて空を飛んだことに言い知れぬ感動を覚えながらも、その背中から振り落とされないように必死に彼女へとしがみ付いていた。
そして眼下の養成所を一望できる程の高さまで上昇すると、彼女がゆったりと翼を休めて空を滑空する。
「フフフ・・・人間を乗せて飛ぶのも・・・もう随分と久しい気がするな・・・」
「え・・・?」
やがてゆったりと空を飛びながら彼女が小声で何かを呟いたような気がしたものの、僕には耳に叩き付ける風の音のせいで上手く聞き取ることができなかった。
「今、何か言った?」
だが僕がそう大声で訊ねると、彼女が小さく頭を振る。
「な、何でもない!それよりも、何処か行きたい所はないのか?」
「そ、そうだな・・・それじゃあ、南へ向かってよ。父さんと母さんに、竜騎士になれたことを伝えないと」
来る時には2時間近く掛かった養成所から家までの長い道のりも、彼女の翼ならすぐに着くだろう。
そしてそれを聞くと、彼女は無言のまま静かに燃え盛る太陽の方向へと首を振り向けていた。

騎乗に不慣れな人間を落とさぬように密かに腐心しながら飛び続けること約10分・・・
やがて南の国境沿いに建てられた高い城壁と、その向こうに広がる欝蒼とした未開の森林が眼下に近付いてくる。
だが四半世紀近い年月を感じさせるその古い城壁の造りを目にした瞬間、私は胸の内にチクリとした切ない痛みを感じていた。
いや・・・今は思い出すのを止めておこう。
あの男に比べれば何処か頼りないのは確かだが、今はこの背に乗せた人間こそが私の伴侶なのだ。
「ほらあそこ、あの家だよ」
しばしの間そんな懐古に浸っていた私に耳に、急に彼の甲高い声が飛び込んできた。
見れば国境の城壁に程近い田畑の中に、確かに小さな家が1軒だけ寂しげに佇んでいる。
「では、下に降りるぞ」
私は彼に確かめるようにそう言うと、その家の前を目掛けてゆっくりと空を滑り降りていった。

長閑な田園で暮らす家の主達を驚かせぬように軽やかな身のこなしで地上に舞い降りると、彼がまるで柔毛に覆われた滑り台を滑り降りるようにして私の背中から飛び降りる。
そして私を家の前に待たせたまま、彼が両親を呼ぶために家の中へと勢いよく飛び込んでいった。
「お父さん!お母さん!僕、念願の竜騎士になれたよ!」
そんな歓喜に満ちた彼のくぐもった声が、玄関の木製の扉を通して私の所にまで聞こえてくる。
私の承諾の返事を聞いた時もそうだったが、彼は余程竜騎士になれたことが嬉しかったのだろう。
だがこんな辺鄙な田舎で暮らしていた彼が、一体どうしてそれ程までに竜騎士になることを切望したのだろうか?
あの厩舎でのやり取りで潔くこの私に命を差し出した彼の様子を取ってみても、それが単なる竜騎士への憧れや羨望だけではない何かしらの覚悟に基づいた理由であることは容易に想像がつく。
とその時、いかにも中年といった風情を醸し出した彼の両親と思しき2人の人間が家の窓から顔を覗かせていた。
そしてこの私の姿を見て取って、何とも言えぬ驚きの表情を浮かべている。
だが頑なに家の外までは出てこようとしないところを見ると、どうやら彼らも多少はこの私を・・・いや、竜という存在そのものを心の何処かで恐れているのに違いない。
まあ本来ならば、それこそがごく普通の人間の反応のはずなのだが・・・

やがて小さな家の前でそんな人間達の反応を見ながら待つこと数分後、ようやく彼が家の外へと出てきていた。
「もうよいのか?」
「うん、2人とも喜んでたよ。でも、あなたに近付くのはちょっと怖いって言うんだ・・・」
「当然だろう?巨大な竜と手を結ぼうなどという無謀なことを考えるのは、竜騎士の連中だけでたくさんだ」
そしてそう言いながら、そっと彼の前に屈んで背を向けてやる。
「さあ早く乗れ・・・そろそろ厩舎に戻るぞ」
彼は両親の反応に何処となく落胆したような表情を浮かべていたものの、それを目にするとまた元の笑顔を取り戻してくすぐったい感触を私の背に注ぎ込んでいた。

家に向かった時よりは幾分か落ち着いた気分で養成所までの空の旅を楽しんでいると、やがて高い塀に囲まれた竜の厩舎のそばで何やら大勢の人々が大掛かりな食事を作っている光景が見えてきた。
「あれは?何をしてるの?」
「我らの晩餐を作っているのだろう。そろそろ時も夕刻・・・何分、竜の数も多いだろうからな」
そうか・・・確かに50匹もの竜が同じ屋根の下に暮らしているのだから、それに必要となる膨大な量の食事も養成所の人達がこうして毎日大変な苦労を掛けて作っているのだろう。
「で、でもさ、いくら50匹分の竜の食料とは言っても、ちょっと量が多過ぎる気がするんだけど・・・?」
「何を言っているのだ。50匹というのは、あの厩舎で自らの伴侶を待っている竜達の数であろう?」
「う、うん・・・そうだけど・・・?」
たどたどしくそう答えると、彼女が少しずつ高度を落としながら鈍い奴だとばかりに呆れ顔でこちらを振り返る。
「竜騎士と暮らす竜の多くも、あれとは別の厩舎に大勢いるのだ。そして今日から、私もそこへ住むことになる」
「僕も、あなたと一緒にいていいの?」
「無論だ・・・ここは元々、そのために人間が作った施設なのだからな」
僕はそれを聞くと、ホッと小さく息をついて彼女の暖かい背に身を預けていた。

かくして彼女の言った通り、人間達の訪れを待つ竜の厩舎から少し離れた所にある広い敷地に先程の2倍はあろうかというような巨大な厩舎が東西に5棟も立ち並んでいた。
その平坦な厩舎の屋根が、西側から赤青緑黄白の5色に綺麗に塗り分けられている。
あれがきっと、竜騎士達に召集を掛けるための狼煙の色を示しているのだろう。
竜騎士となって空から眺めなければわからないような秘密が、この養成所には幾つも溢れているのだ。
「そろそろ下に降りるぞ」
「うん」
そんな僕の声に応えるように、彼女は大きく翼を伸ばすと立ち並ぶ厩舎の前へと滑らかに滑空していった。

やがて無事に地上へと降り立つと、厩舎の前にいた1人の男が駆け足で僕達の前へとやってくる。
「お帰り!本棟の方から話は聞いてるよ。お前さんも、よくこの頑固者を説得できたもんだな」
「え・・・あ、う、うん・・・」
突然の呼び掛けに何と答えていいのかわからずにそんな二つ返事を漏らすと、彼女が男をジロリと睨み付けた。
「あ、ああ、すまん。君らの部屋はこっちだ。通路は十分に広く出来てるから、彼女と一緒に入ってくるといい」
そして男が1番西側の厩舎に入っていったのを見届けると、彼女の背中から滑り降りながら小さく呟く。
「ありがとう、助かったよ」
「フン・・・この私を頑固者呼ばわりとは、無礼な奴だ」

しばらくして彼女とともに一面に藁が敷き詰められた広い部屋へ通されると、僕は彼女の隣にドサリと腰を下ろして大きく深呼吸していた。
「ふぅ~~・・・」
「疲れたのか?」
「うん・・・他の竜騎士の人達は皆気持ちよさそうにしてるけど、空を飛ぶのって結構大変なんだね」
そう言うと、彼女が僕の背中にその太くて暖かい尻尾をそっと添えてくれる。
「それはすぐに慣れるだろう。これでも私は、他の雄の連中に比べれば優しく飛んでいる方なのだからな」
「そ、そうだね。でもさ、どうしてあなたはそんなにこの養成所や竜騎士達のことに詳しいの?」

そんな何の当たり障りもない話から突然心の奥底にしまっておきたかった秘密に手を伸ばされて、私は思わずドキリと胸の鼓動を打ち鳴らしてしまっていた。
試しに長い首を巡らせて彼の正面に目を向けてみると、その顔に実に興味深げな表情が浮かんでいる。
「何故、そんなことを聞くのだ・・・?」
「だって、人間に心を許したのは僕が初めてなんでしょ?それに鬣に編み込まれてた白い石も気になるし・・・」
やはり、彼には本当のことを打ち明けておいた方がよいのだろうか・・・?
確かにこれから彼とともに寝食を共にするというのなら、隠し事など無い方がよいに決まっている。
それは重々承知していたものの、私はあの出来事を・・・いや、あの男のことを思い出すのが辛かったのだ。
「ねえ、教えてよ」
「・・・わかった」
だが結局は彼の勢いに負けてしまうと、私は静かに藁の上へと体を横たえて切ない昔話を切り出していた。

30年近く前、私はこの国の近くにある森の中の洞窟で暮らしていた。
竜騎士などという人間の職業はまだ何処の国にも存在しておらず、山林に棲む竜の多くは森や荒野に住む蛮族どもと同様に国の平和を脅かす敵として見られていたのだ。
尤も、そういう風潮が形作られた背景には実際に人間の町や村を襲う竜族の存在があったことは言うまでもない。
だが私の方はと言えば、時折何を血迷ったのかこの私の命を狙って洞窟にやってくる身の程知らずな人間達を手酷く返り討ちにする以外には、特に人間に危害を加えたことはなかったはずだった。
そしてそんなある日、蛮族達とは異なる立派な鎧に身を包んだ1人の男が私の洞窟を訪れたのだ。

「ようやく見つけたぞ!」
心地よく眠っていた所へ突然投げ付けられたその声に、私は不機嫌さを隠そうともせずにゆっくりと顔を上げた。
だが次の瞬間目に飛び込んできた光景に、一瞬言葉を詰まらせてしまう。
「何だお前は・・・まさか、そのなりで私を殺しに来たというのではないだろうな?」
見れば男は、既に体中に酷い怪我を負っていた。
抜き放たれた剣や盾、そして銀色に鈍く輝く鎧のあちこちには早くも無数の血糊が付着していて、男自身の腕や足にも斧や鉈で斬り付けられたのであろう痛々しい傷口がいくつも覗いている。
恐らくはここへ来る途中で森に住む蛮族達に見つかり、一斉に襲い掛かられたのに違いない。
国に住む人間達が彼らと敵対していることは、この森に棲んでいれば鳥や獣にすら理解できることだ。
だが男は私と目を合わせるや否や手にした剣と盾を力無く地面の上に放り投げると、出血で意識を失ってしまったのかドシャッという重々しい音を立ててその場に崩れ落ちていた。

ペロ・・・ペロペロ・・・
「う、うう・・・」
やがて薄っすらと戻ってきた意識の中に、顔を舐められるくすぐったい感覚と微かな水音が飛び込んでくる。
そして闇の中で自分の置かれている状況を再認識しながらゆっくりと目を開けてみると、その眼前で俺を抱き抱えた大きな青い竜が何処か心配そうな面持ちでじっと俺の顔を見つめていた。
「フン・・・気が付いたか・・・お前は、思ったよりも丈夫な人間なのだな」
「あんた・・・俺を介抱してくれたのか・・・?」
「生憎と今、腹は満ちているのでな・・・だが、まだ助かったと思うのは早計ではないのか?」
そう言いながら、竜が俺の喉元に鋭く尖った指の爪先をツツッと這い上がらせる。
「あ、あんたの力を借りたいんだ・・・このままじゃ、折角纏まり始めた国がまた蛮族どもの手に落ちてしまう」
「何だと・・・?」
「人間に力を貸すのが気に入らないのはわかってる。でも・・・それを承知であんたに協力を頼みたいんだよ」

男はそう言うと、緊張させていた体からぐったりと力を抜いていた。
言うべきことだけを言って、後は私の判断に身をまかせようということなのだろう。
「それで・・・一体私にどんな見返りがあるというのだ?」
「何もない・・・俺があんたに預けられるのは、この命と信頼だけだ。それで不足なら・・・好きにするといい」
私はそれを聞くと、グイッと男の頭を鷲掴みにして大きく露出したその白い首筋を顎で咥え込んでいた。
そして唸るような殺気を込めた声で、男の耳元に聞こえるように囁いてやる。
「本当に、よいのだな・・・?」
幾本もの太い牙の先端が男の喉元に触れ、そこから滴り落ちた唾液が痛みとも熱さともつかない刺激を曝け出された無防備な急所へと送り込んでいく。
だが男は迫りくる死の予感にゴクリと大きく1つ息を呑みはしたものの、最期まで悲鳴や命乞いの声は上げることなく閉じた両目から一筋の無念の涙を溢れさせただけだった。


「それで・・・彼はどうなったの?」
昔を思い出すようにして少し声が途切れたのを敏感に感じ取ったのか、それまで一言も発さずに話を聞いていた彼が不意に私の体をユサユサと揺すっていた。
「結局、私はその男にとどめを刺すことができなかった」
「じゃあ・・・彼の要求を受け入れたんだね」
そしてそう言いながら、彼が何処となくホッとした様子で大きく息を吐き出す。
やれやれ・・・この様子では、最後まで話してやらねば今夜はゆっくりと食事もできぬようだ・・・
私は小さな溜息とともに心の内で密かにそう独りごちると、再び彼から視線を外して先を続けていた。

「・・・フン・・・どうやら、その覚悟だけは本物のようだな」
私は小声でそう呟くと、男の首筋をそっと舐め上げてやった。
その様子に願いが通じたことを悟ったのか、男がゆっくりと閉じていた目を開ける。
「では・・・手を貸してくれるのか・・・?」
「一時の退屈凌ぎだと思えば多少は楽しめそうなのでな・・・その間は、私もお前を信用するとしよう」
「そうか・・・ありがとう・・・礼を言うよ」
そして男がふぅと大きな安堵の息をついたのを目にすると、私はそっと抱いていた彼を起こしてやった。

「それでお前は一体、私を味方につけて何をしようとしているのだ?」
「俺はこの森の近くにあるサルナークという国で兵長を努めている。そこに、竜騎士の部隊を作りたいんだ」
「竜騎士・・・だと?」
一体、この男は何を言っているのだ・・・?
竜騎士などという言葉を聞いたのは初めてだったものの、それが意味していることは明らかだろう。
つまり・・・竜の背に乗って戦う人間達のことを指しているのだ。
「何を馬鹿なことを・・・この私はともかくとしても、人間に付き従う竜などそう多くはおらぬというのに」
「だからこそ、あんたの協力が必要なんだ。人と竜が平和を分かち合えることを、俺達で証明するんだよ」

「当時の私は、その男の言ったことがこの上もなく突飛で馬鹿げた計画だと思ったものだった」
薄暗い厩舎の天井を見上げてそう言いながら、私は胸元に身を寄せる彼の頭を大きな手でそっと摩っていた。
「でも今のこの国の現状が、あなたとその人の働きの結果なんだね」
「私も、初めは我が目を疑った。だが人間達との無為な争いを好まぬ竜達が、次々とこの国へ集まり始めたのだ」
何か考え事でもしているのか、彼がじっと押し黙ったまま藁の敷かれた地面へと視線を落としている。
「そして私や人間達の大方の予想を裏切って、竜騎士達の部隊はわずか2年余りで出来上がった」
「じゃあこの養成所も、その頃に建てられたんだね」
「そう・・・だから私は、ここのことなら何でも知っている。この30年間、その歴史を見続けてきたのだからな」
そこまで話した丁度その時、突然大きな部屋の扉がコンコンという軽快な音を放っていた。
どうやら、我らの夕食が出来上がったらしい。
そして手中の彼に半ば訴え掛けるような視線を向けてみると、しぶしぶと言った表情で彼が小さく頷く。
「お腹、空いてるんでしょ?話の続きは、また明日聞かせてよ」
「・・・わかった。では、ゆっくりと食事を摂らせてもらうとしようか」

彼女はそう言うと、次々と部屋に運び込まれてくるこんがりと焼き上がった肉の山を見てジュルリという音とともに大きな舌を舐めずっていた。
竜の巨体に見合ったその凄まじい量はともかくとして、人間の僕から見ても美味しそうな焼き加減の肉だ。
そしてそのフワリと鼻を衝いた香ばしい香りの前に、朝方から何も食べていなかった僕の空腹感までもが甚く刺激されてしまう。
「お前も腹を空かせているのなら、好きなだけ食べてよいのだぞ?」
「い、いいの?本当に?」
「何故彼らが火竜でもない私のもとへ生肉ではなく焼いた肉を持ってきたのか、考えればわかることだろう?」
成る程・・・つまりこれは、竜と竜騎士が一緒に食事できるようにという配慮なのだろう。

「じゃ、じゃあ・・・お言葉に甘えて・・・」
僕は遠慮がちにそう呟くと、目の前に置かれた大きな豚の丸焼きの脚を力任せに引き千切っていた。
そして手にした肉を掲げるようにしてしばしの間眺めると、その美味そうな肉の塊に思い切り齧り付く。
「はぐ・・・ふぐ・・・もぐ・・・」
「フフフ・・・どうやら、私よりもお前の方が空腹を我慢していたようだな」
「んぐ・・・そ、そうだね・・・朝から何も食べてなかったし、今日は色々なことがあったから・・・」
それを聞くと、彼女は僕の目の前にあった食べ掛けの豚を掴んでひょいっとその口の中へと放り込んでいた。
そしてバリッバリッという豪快な音を立てながら、あっという間に豚を丸々1匹平らげてしまう。
「ああっ・・・それ、僕の・・・」
「何を言う。同じ獲物を分け合って食べるのは信頼の証なのだぞ。それに・・・」
「それに・・・?」
妙な所で不意に言葉を切った彼女の様子に、思わずそう訊き返してしまう。
「お前のその困った顔も、1度見てみたかったのでな」
「もう!酷いよ!」
だがそんなやり取りをしながらも、僕は彼女と終始笑いながら豪華な食事を楽しんでいた。

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