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竜と人と

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「ローレンス、ドラゴンと結婚した人間はいないのかな?」
ローレンスは音読の途中だった小難しい天文力学の本を閉じ、驚いたそぶりを隠すことなくテメレアに視線を向けた。
この唐突な質問自体が驚きに値するものだったが、
普段は自分の朗読にじっと耳を傾けているテメレアが急に話題を切り出したことに、ローレンスは面食らった。
雲ひとつない穏やかな星空の下、ランプの灯りにゆらめくテメレアの表情がどこか寂しげに見える。
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
驚倒の表情を取り繕い、あたかも平静にローレンスが言った。
質問を質問で返されたテメレアはしばらく考え込むように目をつむっていたが、やがてそのままの状態でこう続けた。
「ずっと不思議に思ってたんだ。
 ドラゴンと人間はこんなにも仲がいいのに、結ばれたって話を聞いたことがないから。
 いけないことなのかな?ドラゴンと人間が結婚するのは」
思いつきもしなかった発想に、ローレンスは頭を悩ませた。
確かに、人間よりはるかに実直で合理的かつ聡明なドラゴンたちは、
決して伴侶を裏切ることのない、人生のパートナーとして最適な素質を備えているように思えた。
いや、例えそうだとしても、ドラゴンと人間の間に子は成せない。
家庭を望めない結婚に魅力を感じる人間はそう多くないだろう。
「正直に言うと、きみの質問には驚いたよ。
 ドラゴンは尊敬に値する素晴らしい存在だと思うけれど、
 人間とは種族が違うし、体格差もある。何より、家庭を持てない。結婚は難しいことなんじゃないかな」
ローレンスは言葉を選び、テメレアを傷つけないように言った。
それを聞いたテメレアが、到底納得できていない様子で鉤爪をぎゅっと握り締める。
「ふふん、子づくりができないってこと?
 でも、子どものいない夫婦も人間にはたくさんいるよ」
人間社会においては多種族との結婚そのものがタブーであると、
それをテメレアが納得できるようにどう説明すればよいのか、ローレンスはいっそう頭を悩ませた。
テメレアが言っていることは決して間違ってはいない。
自分が口にしていることは、ただ慣習的に人間社会において禁忌とされてきた暗黙のルールでしかないのだから。

テメレアが首に掛けたプラチナ製のペンダントを見遣り、期待を交えたような口調で続ける。
「ローレンス、あなたはぼくにたくさんの宝石をくれた。
 人間は想いを寄せる女性に宝石を贈ってプロポーズするんでしょ?
 これは、そういう意味じゃないの?」
ローレンスはぎくりとした。
鬱いだテメレアを救うために与えてきた装身具が、
結果的に彼に間違った感情を抱かせてしまっていたのかと思うと、心が痛んだ。
思えば、彼に宝石を贈る時、自分の感情をしっかりと伝えたことがあっただろうか。
「テメレア、私はきみを何よりも大切に思っている。
 けれど、それは恋愛感情ではないんだ。
 わたしにとってきみは・・・そうだな、家族や恋人よりもずっと深い存在なんだ。
 だから、たとえきみが雌のドラゴンと結婚したとしても、嫉妬などしない。
 むしろきみの幸福を喜ばしく思う」
ローレンスはテメレアの鼻先に優しく手を添えた。
テメレアがこれほどまでに自分を想ってくれていることは素直に嬉しかったが、
ここで曖昧な返事をしては、結果的にテメレアの幸せに繋がらないだろう。
テメレアには女性と──ドラゴンの雌と結ばれてほしい。ローレンスは心からそう願っていた。
「ローレンスが雌のドラゴンだったらよかったのに」
テメレアが冗談と受け取るには真面目すぎる口調で言った。
ローレンスは一瞬でもああそうだなと相槌を打ちそうになった自分を心の中で戒め、
気乗りしない内容の本を再び開いた。

「じゃあ、続けるよ」
そう言ってページに目を馳せたローレンスの視界に、テメレアの頭が滑り込む。
「でも、キスくらいはしてもいいよね?人間は同性でも頬にキスをするって聞いた」
テメレアが首をかしげたような格好で、ちろちろと二つに割れた舌を出した。
隣国ではそういった風習があると聞く。テメレアが一体どこからそんな知識を仕入れたのか・・・
悪い気はしなかったが、紳士としてのプライドに苛まれ、こう続けた。
「それは他の国の話じゃないかな。イギリスでは誰もやらないよ」
べろりと長い竜の舌がローレンスの顔にまとわりつく。
否応なしかと笑い出しそうになるのを必死にこらえ、ローレンスはテメレアのしっとりとした頬を撫でた。

テメレアの唾液は血生臭かった。夕食のせいだろう。
だが、今はそれすらいとおしいのだ。


感想

  • 可愛いらしくローレンスを口説く(?)テメレアと、変な博識(?)ぶりに困惑しつつも、そんなテメレアを愛おしいと思うローレンスの静かな一コマが、微笑ましいです。 -- FINCLE (2008-10-19 00:35:43)
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