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発情期

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ローレンスは困惑していた。
テメレアは初めての発情期を迎えた。雌雄の区別を持つ生き物であれば珍しくもない成長過程のひとつだ。
だが、ドラゴンはただのけだものではない。人間と同等、いや、それ以上に賢いのだ。

ドラゴンは発情期の衝動を自制できる、そのケレリタスの言葉に疑いはない。
彼は上官であると同時に数百年を生きたドラゴンでもある。説得力は相当なものだ。
しかし、自身のテメレアに対する接し方
──特に日常的な世話のあり方が他の担い手と比べて特殊であることをローレンスは自覚していた。
ロック・ラガン基地に赴任して間もない頃、食事で汚れたテメレアを洗ってやっていたローレンスを見て少年兵たちはこう言っていた。
ドラゴンは自分の体を自分で舐めて掃除するものだ、と。
ドラゴンの世話はパートナーの責務。ローレンスは自論に自信を持っていたが、
日常のあらゆる局面において自分に大きく依存しているテメレアが発情期を一人で乗り切ることができるのか、いささか心配だった。

「ローレンス、浮かない顔をしているな」
食堂で一人夕食を取っていたローレンスを心配して、バークリーが隣の席に腰掛けた。
握られたグラスの中であふれんばかりに注がれたワインが波打っている。
「訓練に問題でも生じたのか?」
「ありがとう、キャプテン・バークリー。いや、大したことではないんだ」
「きみとわたしは同期だろう。どんなことでも相談に乗るよ。まあ、軍機でなければな」
ワインを半分ほど口に運び、微かに笑みを浮かべてバークリーが言った。
飾り気のない、しかし心暖かい一言にローレンスは揺らいだ。
彼のドラゴン、マクシムスはテメレアと同じ雄。それに年齢も近い。
相談相手としてバークリーほど最適な相手はいないだろう。
ローレンスは決心し、周りの飛行士に聞かれぬよう声を潜めて問いかけた。
「その・・・マクシムスは既に最初の発情を?」
対照的に、バークリーは特別気にする素振りも見せずに続ける。
「きみがこの基地に来る数ヶ月前にな。ひょっとしてテメレアが?」
「ああ。ケレリタスにも相談したが、ドラゴンは自制できるものだから心配には及ばないと」
「そうだな、彼の言うとおりだ」
バークリーがあまりに躊躇無く答えるので、ローレンスの心配は疑問に変わっていた。
何故、彼はそこまで言い切れるのだろうか。
「この基地には雌のドラゴンが多数いるだろう。間違いが起きないと言い切れるのか?」
「ローレンス、ドラゴンはきみが思っている以上に賢い。
 自分の立場も状況も理解している。パートナーと空軍に迷惑をかけるようなことは絶対にしない」
バークリーは自信満々に答えた。それはマクシムスへの信頼の表れでもあるのだろう。
調子が良くなったバークリーは、そこにふと一言を付け加えた。
「どうしても抑えられなくなったら、ドラゴンは自分で処理をする」
「処理?」
「ドラゴンは手を使えないからな。わたしも実際に見たことはないが、舌や尻尾を上手に・・・」
ローレンスは思わず赤面した。まずいことを聞いてしまったと後悔したが、既に遅い。
「失礼!そろそろテメレアを寝かしつけなければ。貴重な相談に感謝します、キャプテン・バークリー」
その場にキャプテン・ハーコートや訓練生がいなかったことを神に感謝した。
慌てて話題を切り上げると、ローレンスはバークリーに会釈し、テメレアの待つ広場へと逃げるように駆け出した。

「テメレア」
その名が響いたのは広場ではなく、ロック・ラガン基地のすぐそばにある湖だった。
呼びかけに反応はなく、竜の巨体が水面で月明かりと交じり合い、悲しげに揺らめいている。
「ずいぶんと捜したよ。今日は二回も泳ぐのかい?」
ローレンスの息はすっかり上がってしまっていた。実際、そうとう捜し回った。
広場を一周した挙句、採食場にまで足を運んでいた。
乱れた呼吸で震える手のひらをテメレアの背にそっと置いた。その瞬間、ローレンスははっとした。
震えている。自分の震えではないとはっきりと分かるほどに。
やがて小さく鼻を鳴らすと、テメレアが口を開いた。
「ヴィクトリアトゥスが言ってたんだ。ドラゴンは自分でなぐさめるんだって。でも難しくて、ぼくにはできなかった」
"心配"は的中していた。彼は一人で本能と葛藤し、苦しんでいた。
他人のアドバイスに頼り、そこに至るまで何もしてやれなかったことへの自責の念に喉が焼けるように熱くなった。
声が喉で死に絶え、掛ける言葉が出てこない。
「ローレンス・・・」
テメレアは深くうなだれたまま水面に巻きひげをちょんと垂らし、冠翼を小さく揺らしている。目は閉じたままだ。
「ねえ、ローレンス。ぼくはダメなドラゴンなのかな?
 体も一人できれいに洗えないし、本を読んでもらわないと寝付けないし、それに・・・」
「そんなことはない。きみは立派なドラゴンだよ、テメレア」
ようやく喉を出たローレンスの声がテメレアの言葉を遮る。まるで自分に言い聞かせるかのように。
テメレアはゆっくりと頭を上げて微かに目を開き、縋るように体をすり寄せた。
「ローレンス・・・ぼく、すごく苦しいんだ。あなたに助けてほしい」

これから行う行為は飛行士として、人間として反するかもしれない。
だが軍人である以前に親友であり相棒であり家族である彼が苦しんでいる姿をどうして傍観などできようか。
テメレアが望むのであれば、構わない。
「おいで、テメレア。心配しなくていい。きみはわたしに言ってくれただろう。どんな問題でも、一緒に解決しようって」


感想
  • あえて卑猥な描写をしないという工夫と展開によって、
    本編と照合させてもまるで違和感なく読めました。
    切り上げ方にもセンスを感じます。 -- 名無しさん (2008-04-09 22:41:54)
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