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氷炎の恋物語4

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匿名ユーザー

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心の準備をする間もなく訪れた、唐突な彼との別れ。
私は翌日もそのまた翌日も、誰もいない湖の畔で毎日彼の訪れを待ち続けた。
この2ヶ月間、私の孤独を埋めてくれた1匹の雄の炎竜・・・
その彼がいなくなって、再び胸の内にぽっかりとした黒々しい穴が空いてしまったような気がする。
やがて繁殖期である春が終わりを迎え暑い夏の季節がやってきても、やはり彼は一向に姿を現さなかった。
危うく今にも折れてしまいそうな程にまで細った心へ不器用に添え木を当てながらも、過ぎていくのはただただ孤独に時を潰す日々ばかり。
彼は無事なのだろうか・・・?
それとも、もう私のことはすっかり忘れてしまったのだろうか・・・?
時折遠い空で紅い炎竜の影がチラつく度に胸が高鳴るものの、それが森の向こうへ消えてしまう度に目の奥から熱い物が溢れ出しては小さな氷の粒となって地面の上へと零れ落ちていく。
彼に会いたい・・・そんな切ない思いが、日に日に大きく膨れ上がっていった。

一体何故、掟などというものがあるのだろうか・・・?
今の氷竜の一族に、その理由を知る者は誰もいない。
遥か昔には氷竜と炎竜が共に暮らしていた時代があったらしいが、それすら他の者から伝え聞いた話でしかない。
なのに今、私はそんな不条理な掟のせいで初めて恋に落ちた雄竜とも空しく引き離されている。
時折心が折れそうになることも幾度かあったが、私はここで待っていることを彼に約束したのだ。
もし私が希望を捨ててしまったら、本当にもう2度と彼と会うことができなくなってしまう。
それだけは・・・そんなことだけは、絶対に認めてなるものか。
湖面に映る氷竜独特の青い顔を恨めしげに睨み付けながら心中でそう呟くと、私は力強く炎竜達の住み処のある南の空を見上げていた。

その明るい空の向こうに、また1匹の炎竜の姿が目に入る。
また彼の仲間が遠巻きに私の様子でも窺いにきたのだろうか・・・?
だがその炎竜の動向をじっと見守っていると、やがてその正体が私の目に激しい雷光のように飛び込んできた。
「まさ・・・か・・・?」
間違いない。よもやこの私が、彼を見間違うことなどあるものか。
遥か南の空から私の前に姿を現した者・・・それは紛れもなく、私が一月半もの間待ち焦がれた彼だった。
その紅い鱗で覆われた精悍な顔に、満面の笑みが貼り付けられている。
やがてお互いに一声も発することなく地上に降り立った彼としばし見つめ合うと、何とも言えぬ張り詰めた緊張が私と彼の間に流れていった。

「戻って・・・きてくれたのだな」
「待たせてしまって済まなかった・・・そなたには、とても詫びの言葉が見つからぬ」
「よいのだ・・・お前が目の前にいるだけで、私のこの一月半は無駄ではなかったのだから」
その返事を聞いた彼の口から、フゥと深い安堵の溜息が漏れる。
「とにかく、仲間に見つからぬ内にここを離れるとしよう。何処か遠くに逃げ延びて、ひっそりと隠れ住むのだ」
やはり彼は、仲間の監視の目を逃れてここまで駆け付けてきてくれたのだろう。
グズグズしてはいられない。
私は先に東の空へ向かって羽ばたき始めた彼の後を追うように地上から飛び立つと、周囲に他の炎竜の姿が見えないことを確かめながら彼の紅く燃える背中を眺め続けていた。

やがて眼下に広がっていた広大な深緑の森がゴツゴツとした岩山へと変わり、麓の森に澄んだ水を供給している川がその谷間を静かに流れているのが見えてくる。
そして川の上流に、浸食によって自然にできたと見える歪だが大きな洞窟が不意に姿を現した。
その暗闇の中へ音も無く滑り込んで行った彼に続いて、私もぽっかりと口を開けた岩の巨口へと飛び込んで行く。
古い川の流れが形作っただけに、その地面は所々細かな石が転がっている他は比較的程よい平坦さを保っていた。
「よくこんな所を見つけたものだな」
何処となく隠れ家的な洞窟の佇まいに、思わずそんなことを呟いてしまう。
「我らは自分だけの狩り場を見つけるために方々を飛び回るのでな・・・こういう場所なら幾つも知っている」
「これでもう、私達の間を引き裂こうとする者は誰もおらぬのだな」
「そうだな・・・新たな狩り場を見つけるのは少々骨が折れるだろうが、そなたと暮らせることを思えば・・・」

ようやく、私達は誰にも邪魔されぬ安住の地を得たのだ。
唯一心配された未開の狩り場も運よく洞窟のあるこの岩山のすぐ近くに見つかって、いよいよ四六時中彼と共に過ごせるという実感がこの上もない幸福感となって押し寄せてくる。
彼を探し回っているであろう炎竜達に見つからぬように食料を獲りに行くのはなかなかに緊張するものの、それも数日と経たぬ内に狩りの楽しみの1つとなっていた。
だがこの洞窟で彼との生活を始めてから10日が経とうとしていたある日の朝、私は全身に重くのしかかるような酷い倦怠感で目を覚ました。
「う・・・うぅ・・・ぐぅ・・・」
一体何だこれは・・・?
手足が痺れ、身動きできなくなった体がまるで内側から炎に炙られているような酷い苦痛を伝えてくる。
私の呻き声で目を覚ましたのであろう彼はしばらく何が起こったのかわからぬといった様子でじっと私の方へと視線を向けているだけだったものの、やがて事態の深刻さに気が付いて飛び起きていた。

「ど、どうかしたのか?」
いつもの彼らしくない、狼狽しきった声。
何とか彼にこの苦しみを伝えようとして、私は今にも消え入りそうな小さな声を必死に喉の奥から絞り出した。
「わ、わからぬ・・・だが・・・あ、熱いのだ・・・体中が・・・燃えるように・・・う、うああっ・・・!」
なおも全身を灼く苦痛の炎が、轟々と音を立てて燃え上がる。
そして悲痛な叫びで中断されたその訴えを最後に、私はついに声を出すことが出来なくなっていた。

「・・・す・・・だ!・・・・・・・・・か・・・・・・れ!」
朦朧とした意識の中へ、彼の切迫した声が途切れ途切れに聞こえてくる。
私は・・・死ぬのだろうか・・・?
一体何故・・・?
ようやく彼と共に暮らせるようになったというのに・・・こんな・・・
だが悲しみと悔しさに滲み出した1粒の涙は、頬を伝っても凍り付くことなく地面の上にまで零れ落ちていった。

バサ・・・バササ・・・バサバサ・・・
不意に何処か遠くから聞こえてきた、翼を羽ばたく音の波。
私は薄っすらと閉じていた目を開けてみたものの、辺りは完全な真っ暗闇に包まれていた。
今は夜なのだろうか・・・?
どうやら長いこと気を失っていたようだが、彼の姿は何処にも見えない。
だがそこへ、突然何やら慌ただしい様子で数匹の竜達がぞろぞろと雪崩れ込んでくる。
先頭にいるのは彼だ。
その背後にいるのは・・・氷竜・・・?
両手で大きな氷塊を抱えた3匹の仲間達が、あろうことか炎竜である彼に付き従っているとは・・・
これが・・・これが奇跡でなくて一体何だというのだ?
やがて心の底から心配そうな表情を浮かべた彼が、急いで私のもとへと駆け寄ってきた。
そしてもうすっかり衰弱して虚ろになってしまった私の眼を真っ直ぐに覗き込みながら、その顔にまだ私が生きていることに対する微かな安堵の色を滲ませる。

「さあ、その氷を私に・・・そして彼女の体を、そなたたちの身で冷やしてやってくれ」
彼はそう言うと、仲間から大きな氷塊を受け取って私の口元にその尖った先端をそっと差し込んでいた。
すぐに炎竜の全身から発する高熱が氷塊を溶かし始め、その表面を伝った冷たい水が渇き切った私の喉へと心地よい潤いを運んでくる。
更には彼に氷塊を渡した仲間がドサリと私の上に覆い被さると、その凍り付くかのような冷たさが生気となってこの身に流れ込んでくる感覚が全身に走った。
ああ・・・生き返るようだ・・・
彼はこのために・・・私を救うために、遥か北方の氷山まで仲間達を呼びに行ってくれたというのか。
胸の内から込み上げてくる彼と仲間達への感謝の疼きが、再び涙となって目の端から溢れ落ちていく。
そしてそれが青白い皮膜に覆われた私の頬に触れると、一瞬の内に小さな氷の粒となって地面の上に弾けていた。

次の日の朝、命を救ってくれた4匹の竜達が見守る中で私はゆっくりと立ち上がった。
「本当によかった・・・そなた達には、礼の言葉が見つからぬ」
「仲間同士が助け合うのは当然のことだ。お前こそ、よく我らに知らせてくれた」
やはり、彼はあの遠い海を越えて私の一族にこのことを伝えにいってくれたのだろう。
そして彼との会話を終えた仲間の1匹が、不意に私の方へと話し掛けてくる。
「さあ、里へ帰ろうぞ」
嫌だ・・・私はここへ残りたい。
お前からも、何とか言ってくれ。
だがそんな期待の眼差しを向けた彼の口から、悲しい言葉が聞こえてくる。
「そなたのためだ・・・もし今度同じことが起こったら、次もまたそなたを助けられるとは限らぬ」
「そんな・・・」
「私は、そなただけは失いたくないのだ。共に暮らすことが危険だというのなら、私は潔く身を引こう」

彼の言葉に、私は愕然とした思いを隠すことができなかった。
あの酷い苦痛の原因がまさか彼にあったなど、私はどうしても信じたくなかったのだ。
だが・・・彼の言葉には真実がある。
仲間の見張りを振り切ってまで私に会いに来てくれた彼がそう言うのだから、事実氷竜が炎竜と生活を共にすることはできないのだろう。
「もう・・・私と会ってはくれないのか・・・?」
今にも仲間達の前で泣き出しそうになるのを必死に堪えながら、私は彼にそう訊ねていた。
激しい葛藤に襲われているのが傍目にも判るほど、彼の目に暗い懊悩が顔を覗かせている。
だがやがて辛そうに私から視線を外した彼を助けるように、仲間達が不意に口を挟んでいた。

「お前さえよければの話だが、我らの里で彼女と共に暮らすというのはどうなのだ?」
「それはいい!それならもしまた同じことがあっても、すぐに我らの助けが呼べるだろうしな」
「だ、だが・・・あの土地は、炎竜の私が暮らしていけるような所ではないだろう?」
尤もな不安だ。灼熱の体を持つ炎竜では、あの土地で活動することはできても眠ることはできないに違いない。
何しろ地面は全て、厚い雪と氷で覆い尽くされた世界なのだから。
「なぁに・・・寝床となる岩を1枚、外から持ち込んでくればよいだけではないか」
「彼女のために精一杯尽くしてくれたお前なら、我らの仲間達も快く受け入れてくれるとも」
それを聞いた彼が、先程の私と同じように何かを訴えかけるような視線をこちらに向けてくる。
私はお返しとばかりに満面の笑みを浮かべて彼を見返すと、ようやく彼の迷いが何処か遠くへと消え去ってくれたようだった。
「そうだな・・・そう言ってもらえるのなら、お言葉に甘えさせてもらうとしよう」


視界一面を白銀に塗り潰す、とめどない雪と氷に支配された冷たい世界。
そんな不毛な台地のとある片隅で、禁じられたはずの氷炎の竜の番いが暮らしていた。
広い氷洞の奥には炎竜の寝床となる厚い岩床が設けられ、そのすぐ横の地面の上で全身に青白い皮膜を纏った雌の氷竜が静かに夫の帰りを待っている。
もう間もなく、氷海に住む獣を仕留めた炎竜が意気揚々と妻のもとへ帰ってくることだろう。
お互いにその身を触れ合うことすら許されぬというのに、彼らの未来は燦々と氷原に降り注ぐ太陽のように明るい輝きに満ち溢れていた。



感想

  • よきかな -- 名無しさん (2008-04-03 09:24:23)
  • エロを入れた続編希望。 -- 名無しさん (2009-05-17 03:27:34)

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