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奪われた平穏

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rogan064

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「ゴホッ・・・ゴホッゴホッゴホホッ・・・」
「大丈夫?どうしよう・・・この子、咳が止まらないわ。それに熱もあるようだし・・・」
昼過ぎになって突然苦しげに咳き込み始めた小さな男の子が、心配そうな表情を浮かべる母親に付き添われながら布団の中でブルブルと身を震わせている。
「風邪でもひいたんじゃないのか?今日の朝方は随分と冷え込んだからな」
「ただの風邪ならいいけど、ちょっと咳が酷いから心配なのよ。私、竜神様の所へ行ってくるわ」
「ああ、そうだな・・・それがいい。ちゃんとお供え物は持って行けよ」
その言葉に妻が無言で頷いたのを確認すると、父が代わって咳き込む息子の傍らへと身を寄せていた。

一面深い森に覆われた大きな山の麓に、その村は静かに佇んでいた。
一見するとどこにでもあるような農作の盛んな村でしかないのだが、ここにはたった1つだけ決定的に他の町や村とは異なる点がある。
それは村の奥の岩棚に設けられた深く大きな洞穴・・・
そこに棲んでいる、"竜神様"と呼ばれる1匹の巨大な老竜の存在だ。
この大きな山には元々多くのドラゴンが棲み付いており、彼らは決してお互いの縄張りを侵すことなく平和に暮らしている。
だが20年程前にかつての人々がこの山の麓へ新たな住居を構えようとした時、村のある一帯を治めていた1匹の雄の老竜が人間達の様子を見ようと村へ降りてきたのだという。
その老竜は初めこそ自らの縄張りを荒らそうとする人間達に粛清の牙を剥こうとしたものの、やがて最終的には村に住み処を作って日に3度の供え物を捧げることを条件に人間が山に住むのを許すことになる。
そしてそれ以来、老竜は村の奥に人工的に設えられた巨洞の中で日がな1日惰眠を貪るという生活を続けていた。

だが村に暮らす人間と老竜の間に主従関係のような緊張が漲っていたのは、村ができてからのほんの数年間だけ。
初めは老竜の誇る余りの巨躯に恐れを成して洞穴には近寄ろうともしなかった村人達も、次第に竜との共生という奇妙な生活を受け入れ始めたのだ。
そして今ではその老竜も、人々に知恵を授け外敵から村を守る神として村人達の誰からも慕い敬われる存在となっていた。
そして今日も、突然のように体調を崩した我が子を救ってもらおうと1人の悩める母親が神となった彼の老竜のもとへと足を運ぶ。
これは、そんな平和な村で起こったある刺激的な出来事である。

村の奥でぽっかりと口を開けている竜神様の洞穴の前までやってくると、私は手にした籠に一杯に盛られている果物の山を一瞥していた。
たとえこんな質素なお供え物でも、竜神様は快くお知恵を貸してくださることだろう。
初めてこの村に来たときの竜神様はあんなに恐ろしげな容貌で村人達を睨めつけていたというのに、今では竜神様なくしてはこの村も成り立たないのではないかと思えるほどに重要な存在になっている。
事の大小はどうであれ、村人達の中で竜神様の恩恵に与ったことの無い者はほとんどいないに違いない。
やがて洞穴の中に足を踏み入れると、私はひんやりと冷たい洞内の空気に肌を晒しながら竜神様がいるであろう奥にある広間を目指していた。
入口から遠ざかるにつれて辺りはどんどん薄暗くなっていったものの、その奥から聞こえてくるゴロゴロと大気を震わせるような呼吸の音が徐々に大きく響いてくる。

「どうした・・・ワシに、何か用か・・・?」
しばらくしてようやく竜神様の住み処となっている洞穴内の広間へ辿り着くと、地面の上に静かに蹲っていた巨大な竜が不意にその頭を持ち上げていた。
天井に空けられた小さな穴からは細い陽光が幾条もの煌きとなって洞穴内に差し込んでいて、村の守り神となった巨竜の姿を淡く照らし出している。
全身に纏った鎧のように堅牢な深緑色の鱗、背中から生えた生白い翼膜を湛える1対の翼、そして私の顔を真っ直ぐに見つめている、大きな大きな金色の瞳を孕んだ双眸。
普通の人間であればまず間違いなく恐怖に足が竦んでしまうであろうその巨竜の姿を目の当たりにして、しかし私は怖気づくこともなくお供え物の籠を持ったままそろそろと歩を進めていた。


「竜神様・・・うちの子が、昼頃から激しい咳と熱に苦しんでおります。何かよい方法はないものでしょうか?」
「何だと?そうか、お主の子もか・・・いやなに、今朝にも他の者から同じようなことを相談されてな・・・」
やがて竜神様はその願いを聞くと、私と視線を合わせよう再びその大きな顎を地面の上へと押し付けていた。

「それで・・・その方には何と?」
「ワシも初めはただの感冒か何かかと思ったのだがな・・・お主の話を聞くと、どうやらそれも違うようだ」
竜神様はそう言うと、その大きな2本の爪で私の持っていた籠から林檎を1つ摘み上げて口の中へと放った。
「この辺りでは極稀に、例年より強い山風が吹き下ろすことがある。朝に酷く冷え込んだのもそのためなのだ」
そしてムシャリという軽い咀嚼音とともに、噛み砕かれた林檎が深い喉の奥へと飲み下される。
「そ、それで・・・?」
「その風に乗って、山の中腹に生えているある木から毒性のある花粉が飛んできているのだろう」
「では、村の人達に危険が・・・?」
やがて竜神様の言った毒という言葉に、私は思わず片手で自分の胸を押さえていた。
その様子を見て、眼前の巨竜が微かに微笑む。
「そう心配せずとも命に危険はない。それに、あれに当てられるのは精々幼子か年寄りくらいのものだ」

それを聞いた私の顔に一先ず安堵の表情が浮かんだのを見届けると、のそり・・・という重々しい音とともに竜神様が横たえていた体を持ち上げ始める。
「だが毒の木と言っても、その樹皮には解毒作用がある。煎じて飲めば、お主の子もすぐによくなるだろう」
ズ・・・
「あの・・・」
そしてすっかりと立ち上がったその巨大な竜神様の威容に、ゴクリと息を呑んだまま声を詰まらせてしまう。
「樹皮はワシが取ってこよう。村中で流行病にならぬ内にな。お主は、我が子の傍についていてやるがいい」
「あ、ありがとうございます!」

やがて洞穴へお供え物を置いて家へと帰り着いた私の耳に、ズシッズシッという竜神様の足音が聞こえてきた。
なんと優しい方なのだろう。
村が作られた頃は生贄の1人でも寄越せと言わんばかりの恐ろしげな雰囲気を醸し出していたというのに、この20年の歳月で最も大きく変わったのは他でもないあの竜神様なのに違いない。
そんなことを考えながら家の中に入ると、まるで子供の看病に疲れたという様子で夫が居間から顔を出していた。
「おお、帰ったか。それで・・・竜神様はどうしたんだ?」
「どうもその子の咳は山の方から下りてきている花粉が原因だそうよ。今、竜神様が薬を取りに行ってくれたわ」
「そうか、それはよかった。竜神様が戻ってきたら、もっときちんとしたお礼に行かなきゃならないな」
確かに、この子だけではなく他の村人達も一緒に救ってくださるというのだから、あんな果物だけのお供え物では竜神様がよくても私達の気が済まないというものだ。
だが、今はじっとあの方の帰りを待っている他にない。
「ゴホッゴホッ・・・ゴホッ・・・」
息子が全身を震わせるようにして激しい咳をする度に、私はそっと熱に火照ったその小さな手を掴んでいた。

ふぅむ・・・そういえばワシがあの人間の村に住むようになってからのこの20年間、スズヒノキの花粉がこんな山の麓まで飛散してきたことは1度もなかったような気がする。
初めてあの花粉にやられた村の人間達の立場に立ってみれば、たとえ命に別条が無いことだとしても彼らが不安げに浮足立つのは無理もないといえるだろう。
ワシは巨体をくねらせて立ち並ぶ木々の間をひょいひょいとすり抜けながら、かつて自分の住み処だった洞窟を目指して森の中を歩き続けていた。
その洞窟のすぐ傍に、目的のスズヒノキが生えているのだ。
スズヒノキは、文字通り鈴に似た割れ目のある小さな黒い実を付けることで知られる針葉樹の1種だ。
花粉程度の毒ではそれを吸った人間が死ぬようなことはまずないが、その実に含まれる猛毒は万が一傷口にでも入ろうものならワシのような巨竜ですらしばらくは体の自由が利かなくなる程の強力なものだった。

やがて長い尾を振るようにして急な勾配の坂を攀じ登りながら森の奥深くへと入っていくと、ようやく20年前まで住んでいた住み処が視界の端へと姿を現す。
随分と長い間放置してしまっているだけに、きっと生い茂った草木やら何やらで荒れ果てていることだろう。
だが、今となってはもうどうでもいいことだ。
ワシは洞窟の入口とほぼ同時に目に入ってきた幾本もの太い大木に目を止めると、不気味な黒い実を実らせるスズヒノキの木をゆっくりと見上げていた。

サラサラと舞い落ちるその花粉の香りが、胸の内に妙な懐かしさを呼び起こしていく。
何をするにも自由だが孤独だった遥か昔のことを思い出す度に、人間達と暮らす今の生活を手放したくないという竜族らしからぬ考えが強まっていくのを感じるのだ。
そしてそんな数瞬の懐古から我に返ると、ワシは鋭く尖った爪をスズヒノキの幹に突き立てていた。
ガッ・・・ザクッ・・・バリ・・・バリバリ・・・
堅いはずの木肌がいとも容易く板状に剥がれていくその様子に、自然とはよく出来たものだと感心してしまう。
この樹皮を持っていけば、村の者達ももうこの花粉に悩まされることはなくなるだろう。
ワシはその大きな手に一握りの樹皮を剥ぎ取ると、傷付いた木の幹をそっと撫で上げて踵を返した。
そうして背後を振り向いたワシの目に、再び打ち捨てられた洞窟が目に入ってくる。

「む・・・?」
その時、ワシはもう見慣れたはずの洞窟の入口に後から誰かが掘り拡げたような跡があることに気がついた。
不思議に思って少しだけその暗い入口に近づいてみると、確かに以前よりも洞窟の幅が左右に広くなっている。
それに最近誰かが出入りしたかのような大きな足跡が洞窟の周辺にいくつも残っていて、ワシは何時の間にかこの界隈の縄張りを他の仲間に奪われてしまっていたらしいことを理解していた。
だがたとえそうだとしても、別に気に留める必要もないだろう。
今のワシにはあの人間達との暮らし以外に必要なものなど何もない。
我らにとっての縄張り意識など、所詮は獲物を探して歩き回る敷地の大小に他ならないのだから。

やがて元来た道を辿って村に戻ると、既にあの娘から村の者達に話が伝わっていたのか数人の村人達がワシの帰りを待っていたかのように次々と家の中から姿を現していた。
「おお・・・竜神様、うちの子が朝から熱を出して・・・」
「お、俺の親父も、さっきから咳が止まらねえんです」
「ゴホッ・・・わ、私も・・・ゴホゴホッ・・・竜神様・・・」
酷い有様だ・・・確かに今朝の山おろしは例年にない程の激しい強風だったとはいえ、毒花粉の被害は思ったよりも深刻なものだったらしい。

そして救いを求めて近寄ってきた村人達に手にしていたスズヒノキの樹皮を一欠片ずつ分けてやると、ワシは彼らの感謝のこもった視線を背に受けながら村の奥の洞穴へと入っていった。
そしてお礼のつもりなのか奥の広間一杯に山と積まれていた農作物や獣の肉を目にすると、不覚にも漏れてしまった笑みを噛み殺しながらその美味そうなお供え物の中へと身を埋める。
やはり、この生活も悪くない。
そんなことを考えながら洞穴の外の気配を窺ってようやくゆっくりと眠れそうなことを確認すると、ワシはつい数時間前にもそうしたように組んだ両腕を顎の下に敷いて遅い昼寝を楽しむことにした。

「おやおや・・・誰か、よりによってこのあたしの庭を荒らした馬鹿な奴がいるようだね・・・」
あたしは新たな住み処となった洞窟の傍にある木に何者かの大きな爪跡が付けられているのを見つけると、その周囲にある自分のそれよりも一回り小さな足跡へと視線を移した。
どうやら足跡の大きさから察するに侵入者は人間でも獣でもなく同じ竜族らしいのだが、あたしの縄張りを侵したからにはたとえ仲間だろうともそれなりの報いを受けさせてやる必要がある。
幸いその巨体によって刻み付けられたのであろう深い足跡はずっと山の麓の方まで続いているらしく、身の程知らずの愚か者を追跡するのはさして難しいことではないらしかった。
「フフフフ・・・どこの誰だか知らないけれど・・・あたしが目に物見せてくれるよ・・・」
誰にともなくそう呟きながら1度だけペロリと舌舐めずりすると、あたしは地面の上に点々と残った足跡を辿るようにして山を下り始めていた。

ズシッ・・・ズシッ・・・
「む・・・何だ・・・?」
どこからともなく聞こえてきたその不穏な足音に、ワシはほんの1時間程の浅い眠りを中断して顔を上げていた。
とてつもなく巨大な何者かが、確かにこの村へと近づいてきている。
だが不意にその足音の主が誰なのかに思い当たり、ワシは急いで地面の上に横たえた体を起こしていた。
20年間この村に住み続けた今でも、この辺り一帯はワシの縄張りには違いない。
だがもしそこへ他の仲間が入ってきたのだとしたら、これはもうあの中腹にある洞窟に住み付いた新たな竜がワシの足跡を辿ってここまで山を下りてきたと考えるのが最も自然というものだろう。
そして万が一にも、元から住んでいるこのワシの方を縄張りへの侵入者として認識していたとしたら・・・

村人達が危ない・・・!
ワシは出来る限り素早く、それでいて静かに寝床から抜け出すと、洞穴の入口から顔を出してガヤガヤとした喧騒に揺れる村の様子をそっと窺った。
そのワシの目に、村の入口からこちらを睨み付けている大きな大きな赤い竜の姿が飛び込んでくる。
艶めかしくも嗜虐的な色を宿す鋭い双眸、ワシの2倍はあろうかという長大な琥珀色の双角。
見たところワシと同じく悠久の時を経たであろう雌の老竜のようだが、その視線には明らかに騒ぎを聞いて集まってきた村人達に対する敵意が込められていた。

「な、何だこいつは!?」
「竜神様の他にもこんな竜が・・・」
「と、とにかく・・・誰か竜神様を・・・」
流石の人間達もその危険な雰囲気を醸し出す雌竜が決して味方ではないことを悟ったのか、数人の男達が慌ててこちらへ駆けてくるのが見える。
やがてそれに応えるようにして暗がりの中から姿を見せてやると、ワシを呼びにきた者達の顔に安堵の表情が浮かんだ。
そして彼らに連れられるまま赤竜の前へと身を乗り出し、招かれざる客をギラリと睨み付ける。

「何をしに来たのだ?この辺りはワシの縄張りだ。獲物を探すのは勝手だが、この村にだけは手を出すでない」
「フン・・・何を言ってるのさ、人間なんかに飼われている老いぼれが。お前の方こそ、さっさと出て行きな」
「何だと!」
その雌竜の相手を小馬鹿にしたかのような尊大な態度に、ワシは思わず息を荒げて大声を上げていた。
珍しく怒りを露わにしたワシの剣幕に驚いたのか、周囲を取り囲んでいた若者達がビクッと身を強張らせる。
「誰が何と言おうと、ここはもうあたしの縄張りだよ。そんなに悔しいのなら力尽くで奪ったらいいじゃないか」
だが雌竜の方はワシよりも体が大きいお陰で敵を呑んでかかっているのか、その精一杯の恫喝にも微塵も臆することなく挑発の言葉を継いでいた。
「それとも、まさかこのあたしが怖いのかい?雄のくせに随分と情けないねぇ・・・アッハハハハ・・・」
「ふ、ふざけるな!」
ワシは激しい怒りに身をまかせながらも村人達に危険が及ばぬようにそっと彼らを両腕で遠ざけると、眼前で不遜な笑みを浮かべる雌竜に向かって勢いよく躍りかかっていた。

「グオアアアァ!」
ドッ・・・ドスッ・・・ズンッ・・・!
竜神様も赤い竜もまるで刃物のような鋭く長い爪を相手目掛けて振り下ろしては、丸太のように太い尻尾がブゥンという音を立てながら風を切っていく。
見たところ背中を覆った堅牢な鱗とは違って柔軟性のある甲殻に覆われた腹や首筋がお互いの弱点なのか、時折その顎に隠された巨大な牙がそんな急所に向けて素早く伸ばされていた。
だが・・・

「グアアッ!」
「ああっ!竜神様!」
やはり最終的に勝敗を分けたのは、その一見親子と見紛うばかりの圧倒的な体格差。
数秒の取っ組み合いが終わりを迎えると竜神様は何時の間にかうつ伏せに組み敷かれ、その後頭部を雌竜の巨大な手に掴まれて首を思い切り後ろに仰け反らされていた。
幾度となく振るわれたのであろう鋭利な爪撃に竜神様の翼に張られた肌色の翼膜は無残に引き裂かれ、その神々しいまでの威厳を保つのに一役買っていた2本の角は途中からぽっきりと折り取られてしまっている。


そうしていとも容易く敵を捻じ伏せると、雌竜が勝ち誇ったかのような笑みを浮かべながら苦悶に顔を歪める竜神様の耳元へとその口を近づけていった。

「フン・・・何だい、口ほどにも無い奴だねぇ・・・」
「う、うぐぐ・・・おのれ・・・は、離さぬかぁ・・・」
制圧した獲物を弄ぶように、雌竜がその手に掴んだ竜神様の頭をグリグリと捏ね繰り回す。
圧倒的な巨躯を誇る雌竜の腹下から何とか逃れようと竜神様が先程から必死に身を捩っているものの、最早翼も角もボロボロにされて喘ぐだけとなったその身に逆転の力は残されていないことだろう。
そして一頻り暴れた末に無駄だと悟ったのか竜神様がクタッと体の力を抜いて抵抗を諦めると、雌竜が大きく顎を開けて仰け反らせた獲物の首をガブリと咥え込んでいた。
とどめを刺すつもりなのだ。
ギシ・・・ミリ・・・ミシ・・・


「う・・・が・・・」
巨大な顎が少しずつ閉じられていく度に、喉元を噛み締められた竜神様が苦しげな吐息を漏らす。
やがてプツリという音とともに蛇腹状になった甲殻に雌竜の牙が突き立てられると、その傷口から真っ赤な鮮血が垂れ落ち始めていた。

「りゅ、竜神様・・・!」
竜神様が危ない・・・!
僕はそれまで他の村人達と一緒に少し離れた所から2匹の巨竜の様子を窺っていたものの、今にも朦朧とした意識を失いそうになっている竜神様の窮地に思わず群衆の中から身を乗り出していた。
「お、おいお前!・・・りゅ、竜神様を離せ!」
夢中でそう叫びながら地面に落ちていた小振りの石ころを拾い上げ、雌竜の背中に向かって思い切り投げつける。
ガッという音とともに硬い鱗に弾かれた小石は雌竜にとっては蚊に刺された程度にすら感じなかっただろうが、どうやらその注意を竜神様からこちらに向けることにだけは成功したらしかった。
やがて獲物を嬲る愉悦の時間を人間に邪魔されたことに腹を立てたのか、雌竜が咥えていた竜神様の首を離しながらゆっくりとこちらへ視線を向ける。
その赤鱗に覆われた顔には先程までのような余裕たっぷりの笑みは見当たらず、ただただ己に楯突いた身の程知らずに対する静かな怒りだけが轟々と燃え上がっていた。

「ふぅん・・・このあたしに手向かうなんて、随分といい度胸をしてるじゃないか・・・」
そして散々に痛めつけられてぐったりと弛緩した竜神様をその場に打ち捨てると、雌竜が新たな獲物となった僕の方へクルリとその巨体を振り向ける。
「ひっ・・・」
あの竜神様よりもさらに大きな雌竜に間近から殺意を込めた視線をギラリと叩き付けられて、僕はあまりの恐ろしさに腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。
「フフフ・・・あたしからは逃げられないよ・・・覚悟しな・・・」
「う、うあ・・・ああ・・・」
やがて周囲の村人達も自分が襲われることを避けるかのようにさっと身を引いたお陰で、尻もちをついたままたった1人怒れる巨竜の前へと取り残されてしまう。
唯一の頼みの綱である竜神様は意識こそまだ微かに保っていたものの、やはり体は動かせないのかひたすらに虚ろな瞳をこちらに向けたまま僕に逃げるよう訴え続けていた。

シュルルッ
「うわっ・・・や、やめ・・・」
だが、恐怖に痺れてしまった獲物が今更こんな巨竜のもとから逃げ切ることなどできるはずがない。
そして雌竜の背後から伸びてきた太い尾の先が僕の足へと素早く巻き付けられると、僕は抵抗する間も与えられぬまま一瞬にして雌竜の頭上へと逆さまに吊り上げられてしまっていた。
その僕の真下で、ガバッという音を立てながら巨竜の顎が暗い肉洞の口を開いていく。
「ひぃっ・・・た、助けて・・・りゅ、竜神様ぁ・・・!」
「よ、よせ・・・村の人間達には手を・・・」
やがて助けを求める僕の声に反応した竜神様が弱々しくもそう言い掛けた刹那、まるでそれを待っていたかのように僕の足へと巻き付いた尻尾が緩められていた。
ズルッ・・・
「う、うわあああああ!」
自由になった体が、眼下に広がっている赤竜の口内へ向かって音もなく落ちて行く。
そしてベチャッと熱い唾液を纏った分厚い舌で受け止められたかと思った次の瞬間、僕はバクンという顎の閉じられた音とともに暗い闇の世界へと放り出されてしまっていた。

その途端ジュルルっという唾液を啜る音が暗闇となった広い口内に響き渡り、長い紐状に細められたおぞましい竜の舌先が僕の服の中へと無遠慮な侵入を始める。
ザワ・・・ザワザワ・・・
「うああっ・・・あ、熱っ・・・」
そうしてまるで煮え湯のように熱く滾った粘液がたっぷりと胸や腿などの直肌に塗り込められると、僕はその身を焼く熱さとザラザラの舌に与えられるこそばゆい感触に短い悲鳴を上げながら激しく身悶えた。
その上全身に絡み付いた舌にグイグイと力が込められる度に、着ていた服が少しずつ脱がされていく。
「や、やめて・・・お願いだから・・・助けて・・・竜神様・・・」
だが涙ながらに呟いた祈りの言葉も空しく、僕は自在に蠢く舌先であっという間に裸に剥かれてしまっていた。
そして一頻り僕の体をベロベロと舐め回してもう何も邪魔なものを身に着けていないことを確認すると、雌竜がプッという音とともに唾液でグシャグシャになった服の塊を器用に口の外へと吐き出す。
それを見た村人達の間に動揺が広がったのか、顎の間から微かに彼らのざわめきが聞こえてきたような気がした。

ベチャ・・・ヌチャァ・・・
「ひあぁっ・・・!」
だがそんな別世界での出来事に想像を膨らませている暇もなく、無防備となった僕の全身に再び熱く燃える大蛇がすり寄ってくる。
腹や背中はもちろんのこと、首筋や脇の下やあるいは敏感なペニスをぶら下げた股間にまで長い舌が這い回り、僕はまるで熱湯を張った大きな鍋に入れられて煮られているような感覚を味わわされていた。
「あ、熱いよ・・・竜神様ぁ・・・ひいぃ・・・」
ただ単に口内で好き勝手に舐め回されているだけだというのに、もうすぐ食われてしまうという恐怖の予感が僕の体力をみるみるうちに奪っていく。
やがて辛うじて舌の拘束を逃れることができた右腕を口の外へ伸ばそうとしたものの、獲物の必死の抵抗を感じ取った舌先が素早くその腕へと巻き付いてきた。

シュル・・・ギュルッ・・・ギリリ・・・
「ぐ・・・う・・・あ、ああ・・・!」
やがて腕の1本も動かせぬ程に体中を舌でグルグル巻きにされると、外の様子を僕に見せようとしてか雌竜がおもむろに大きく口を開ける。
そして僕をその口の中に捕えたまま、雌竜が器用に言葉を紡いでいた。
「ほぉら、お前を助けようとしてあたしに楯突いたこの子がこれからどうなるか・・・よく見ておきな・・・」
突然口内に響いたその雌竜の言葉に涙にくれた顔を上げてみると、僕の眼前で散々に打ちのめされて力尽きた竜神様が無残に横たわっている。
「りゅ、竜神様・・・竜神様ぁ・・・」
自分の力では最早ささやかな抵抗すらもできないと悟って口の中から必死にそう呼びかけてみると、竜神様が少しだけ頭を上げて今にも巨竜の腹へと呑み込まれてしまいそうな僕を力なく見つめていた。

「や、やめるのだ・・・お前は・・・ワシさえここから追い出せばそれで気が済むのだろう・・・?」
ギュウ・・・
「ひあ・・・う・・・ふぅ・・・」
その諭すような竜神様の口調が気に入らなかったのか、雌竜が舌で僕の体を軽く締め上げる。
「フフフ・・・そうはいかないね。縄張りを侵した人間どもは皆あたしの食糧さ。1人だって逃がしゃしないよ」
「そ、そんな・・・そんなのいやだ・・・お願いだから・・・離してぇ・・・」
ズリュズリュッ
「うわああっ!」
自分も含めた村人全員に対する雌竜の静かな死刑宣告に身を捩ったその瞬間、鑢のように荒々しくザラついた舌先が僕のペニスを玉ごと激しく摩り下ろす。
ペロ・・・ペロロ・・・
「く・・・うぅ・・・や・・・め・・・あはぁ・・・」
更には尖った舌の先端で固くそびえ立った亀頭を執拗に弄ばれて、僕はしばし自分の置かれている状況も忘れて想像以上の快感に悶え狂っていた。

「お、おのれ・・・それ以上村の人間達を苦しめるというのなら・・・もう許さぬぞ!」
やがて成す術もなく口内で嬲り者にされている若者の苦悶の表情を見るに見かね、ワシは最後に残されていた力を振り絞って憎き雌竜を一喝していた。
ドシャッ!
「グアァッ!」
だがそう叫んだ瞬間に赤鱗に覆われた巨大な手で頭を思い切り踏み付けられると、雌竜が悲鳴を上げたワシの眼前へなおも快楽によがり狂う生贄の末路を近付けてくる。
「あうぅ・・・りゅ、竜神・・・様・・・助けてぇ・・・・・・」
その懸命に助けを求める若者の悲痛な訴えを聞かされながら、ワシは結局彼に対して何もしてやれぬという大きな敗北感を味わっていた。

ショリ・・・ギュルル・・・
「はぅっ・・・だ、だめ・・・うああ・・・!」
やがて耳元に近付けられた雌竜の口内から、一際大きな艶のかかった叫び声が漏れ聞こえてくる。
踏み付けられた頭をゴリゴリと地面の上に擦りつけられながらもその暗い牢獄の中へ視線を向けてみると、素っ裸にされた青年の肉棒に煮え滾る唾液を纏った舌が幾重にも巻き付けられていた。
ギュッ・・・ジュル・・・
「うあっ・・・ひいぃっ・・・」
そしてその赤黒い小さなとぐろがまるで心臓の脈動が如き激しい収縮を繰り返す度、肉棒を締め上げられた人間の顔に熱さと快楽に歪んだ苦悶の表情が浮かぶ。

ジョリジョリジョリ・・・グギュゥ・・・
「ああああ・・・や、やめてぇ・・・」
ザラついた舌でペニスを舐め上げられるという気が狂いそうになる程の快感を味わわされて、僕はドロドロに溶かされていく己の理性の残滓に必死にしがみ付いていた。
死から逃れようとする生き物としての本能が次第にその機能を失っていき、思わず全身を蝕む甘い毒のような快楽にうっとりと身を任せてしまいそうになる。
ブシュ・・・ビュビュビュ~・・・
「あは・・・ぁ・・・」
そしてふとした心の隙間にそんな誘惑の楔が叩き込まれた瞬間、僕は雌竜の舌に包まれたまま絶頂を迎えてしまっていた。

き、気持ちいい・・・
突如として高圧電流のように全身を這い回った射精の快感に、それまで雌竜の拘束に抗おうとしていた体からすっかりと力が抜けてしまう。
ズル・・・ズズズ・・・
だが足の先に熱い粘液を纏った食道の肉壁が擦れたその瞬間、僕はハッと我に返っていた。
呑み込まれる・・・!
ング・・・ング・・・という断続的な嚥下運動が、その狭い喉の奥へと僕の足を引きずり込んでいく。
足を引き抜こうにも全身に巻き付いた舌のお陰で満足に身動きが取れず、僕は再び眼前で踏み付けられて喘いでいる竜神様に助けを求めていた。

「うわぁっ!竜神様・・・早く・・・早く助けて・・・食われるなんていやだぁ・・・」
それが決して叶わぬ願いだというのは自分でも理解していたものの、最早そう泣き叫ぶ以外に僕にできることは何もなかったのだ。
ング・・・ズ・・・ズズリュッ
そうこうしている内にも力強く繰り返される蠕動が僕の下半身を呑み込むと、その足先に食道を埋め尽くす蕩けるような柔肉がみっちりと絡み付いてくる。
ムニュ・・・グニュウ・・・
「う・・・ひぃ・・・」
このまま呑み込まれたら僕は・・・一体どうなってしまうんだろうか・・・
やがてそんな僕の不安を煽るかのように、雌竜の首がゆっくりと持ち上げられていく。
そして口の中から見えていた竜神様の姿が晴れ渡った昼下がりの青空へと変わると、僕は垂直になった肉洞の中に一気に滑り落ちそうになっていた。

「ひぃっ・・・も、もうやめて・・・僕が悪かったから・・・ゆ、許し・・・て・・・」
静寂に包まれた小さな村の中に、そんな巨竜に呑まれかけた若者の悲鳴だけが空しく響き渡る。
だが雌竜によって無様に捻じ伏せられている村の守り神を取り囲んだ村人達は、まるで石にでもなってしまったかのように誰1人としてその場を動こうとはしなかった。
今正に食い殺されんとしている若者がそうであったように、誰もが次は我が身となることを恐れているのだろう。
「う、うわああああぁ~~・・・!」
そして天を仰いだその顔にうっとりとした至福の笑みが浮かんだ次の瞬間、ついに力尽きたのであろう若者が甲高い断末魔の叫びとともに雌竜の腹へと呑み込まれてしまったらしかった。

ドクッ・・・ドクッ・・・
「う・・・うぅ・・・」
やがて執拗な雌竜の責苦の果てに、辛うじて体を支えていた両腕からついに最後の力が削ぎ落とされる。
そしてズルリという湿った音とともに煮え立つ食道へと滑り落ちた途端に、周囲の肉壁がまるで獲物を押し潰すかのようにムギュッと僕の体を挟み付けてきた。
ムニュムニュと形を変える狭い肉壷が、それに包まれた僕へと巨竜の鼓動を直に伝えてくる。
もう決して助からないという諦観故か不安や恐怖といった感情は不思議と消え去り、後に残ったのは全身に絡み付く無数の肉襞による容赦のない愛撫の快楽だけ。

やがて腕や足がまるで食道の壁と一体化してしまうのではないかと思える程に深い肉の海に埋もれると、露出した乳首やペニスまでもがその艶めかしい蠕動に嬲られ始めていた。
グニュ・・・ズリュゥ・・・
「あふ・・・ふあぁ・・・ひ・・・ぃ・・・」
ビュルッビュルル・・・
その逃れようのないこそばゆさと体中を蝕む茹だるような熱さの前に、成す術もなく再び精を漏らしてしまう。
雌竜がこれ程までに時間を掛けて僕をいたぶるのは、きっと他の村人達への見せしめでもあるからなのだろう。
今頃彼らは、ゆっくりと大きな腹へ向けて飲み下されていく雌竜の喉の膨らみを呆然と眺めているのに違いない。

そしてズブズブと溺れるように胃袋へ向かって食道を滑り落ちていた僕の足が、やがてヌチャッという小さな音とともに温かい液体に触れていた。
ズル・・・バシャ・・・
その途端狭かった食道を通り抜けた体が勢いよく腹の底に溜まった液体の中へと落下し、一瞬にして竜の胃液の海に身を浸してしまう。
「あ・・・は・・・ぁ・・・」
気持ちいい・・・余すところなく全身を押し包んだ胃液が、まるで媚薬のように僕の体の中へと染み渡ってくる。
「フフフフフ・・・どうだい坊や・・・あたしの腹の中も、思ったほど悪くはないだろう?」
それはもしかして、雌竜が僕に向けて放った言葉だったのだろうか・・・?
身も心も散々に蹂躙され尽くしたせいかだんだんと意識がぼやけていくような気がして、僕はついに声を上げることもできないまま巨竜の胃の中でゆっくりと目を閉じた。

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