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妃の笑う夜

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rogan064

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だれでも歓迎! 編集
カツーン・・・カツーン・・・
「はぁ・・・」
豪奢な装飾に彩られた広い城の廊下を歩きながら、私は深い溜息をついていた。
私の治めているこの小国がここよりずっと西方に位置するノーランド王国の属国だったのは、もう4年も前の話。
無事に独立を果たした後の私の生活は、この上もなく贅沢で明るいものになるはずだった。
いや確かに、私がこの国の誰よりも優雅で安寧な生活を送っていたのは間違いない。
そう、あの日までは・・・

暗い面持ちで廊下の角を曲がると、やがて突き当たりに淡い燭台の明かりに照らされた寝室の扉が見えてくる。
こんな生活を、私は一体何時まで続けなければならないのだろうか?
遠いようで近かった寝室の扉に手をかけながら、1度だけゴクリと大きく息を呑む。
こうでもしないと、私はとてもこれから味わうであろう恐怖の前に正気でいられる自信がなかったのだ。
そうしてじっとりと汗ばみ始めた手に力を込めると、ゆっくりと重い扉を押し開けていく。
ギイイィ・・・
「クフフフ・・・遅かったじゃないか。妾を待たせるなんて、お前も随分と肝が据わってきたようだねぇ・・・」
薄暗い寝室の中から聞こえてくる、ねっとりとしたしわがれ声。
私は顔を上げるのも恐ろしくて、頑なに下を向いたまま部屋の中央に置かれた大きなベッドの方へと恐る恐る近づいて行った。

だがやがて、自分の足しか見えていなかった視界の端に太い紫色の先端が入り込んでくる。
そしてその尾の先が不意に音もなく持ち上げられたかと思うと、私の顎先を力強く掬い上げてきた。
グイッ
「う、うう・・・」
「顔をお上げよ・・・クフフ・・・今更そんなに怯えることもないだろう・・・?」
半ば強制的に前を向かされた私の目の前に、一気にそいつの姿が飛び込んでくる。
5メートル四方はあろうかという特注の巨大なベッドの上で狭そうに身をくねらせている、禍々しい大蛇。
いや、艶のある幅広の鱗に覆われたその蛇体から伸びる大きな四肢が、彼女の真の正体を示している。
そこにいたのは、体長15メートルは軽くあろうかという毒々しい紫鱗を纏った1匹の雌龍だった。
そして返事もできずに怯えていた私の体をその人間の胴よりも太い尾でグルリと巻き取りながら、私の顔を見て今宵の愉しみを想起でもしたのかその龍の顔に老婆が見せるような嗜虐的な笑みが浮かんでいく。
樹齢1000年の大木ですら締め潰せそうなその恐ろしい力には到底逆らう術などあるはずもなく、私は幾重にも折り重なったとぐろという名の牢獄に囚われたまま広大なベッドの上へと引きずり上げられていた。

「どうしたのさ?今日は何時になく元気が無いじゃないか・・・」
やがて完全に獲物と化した私の体をベッドの上に横たえながら、龍が怪訝そうな面持ちでそう聞いてくる。
「わ、私は一体・・・何時になったらこんな生活から解放されるのだ・・・?」
「こんな生活とはまた随分とご挨拶だねぇ・・・この国の誰よりも裕福で自由に暮らせているくせに・・・」
そう言いながら、龍が全く身動きのできなくなった私の顔をその分厚い舌でゆっくりと舐め上げる。
ベロォ・・・
「これ以上、一体何が不満だというんだい・・・?クフフフフ・・・」
「あぅ・・・そ、それは・・・」
私が何を言いたいのかなどとうに知っているというのに、龍が白々しく惚けた様子で私の顔を覗き込んでくる。
だがそれを口にすればどうなるかは、ほんの少しだけ強く締め付けられた体の方がよく知っているらしかった。
思えばあの時、私が妻を狩りの見物などに連れ出さなければ、こんなことにはならなかったというのに・・・
口答えする気力も消え失せた私の様子を面白げに眺めている龍を力無く見つめ返しながら、私は運命が変わってしまったあの日のことを脳裏に蘇らせていた。

元々この国があの大国から独立することができたのは、他でもない妻の助力があったからこそのことだった。
とは言っても、決してそこに何かしらの争い事があったわけではない。
ノーランドは強大な兵力を有してはいたものの、彼ら兵士を束ねる王は実に慈悲深く、他国を武力で制圧したというようなことは少なくとも私の知る限り1度としてなかったように思う。
彼の王が国を守る以外の目的で武力の矛先を国外へ向けた唯一の例外は、当時周囲の森に巣食っていた凶暴なドラゴン達の退治だけだった。
この森に埋もれてひっそりと存在していた小国がノーランド兵達の目に留ったのも、そのドラゴン退治の行軍の最中でのことだと聞いている。
彼らはドラゴンどもに怯えて森へ入ることもできなくなっていた我々を保護する代わりに、ノーランドとの交流をより深める目的で両国の間を繋ぐ大きな街道の開発を提案してきた。
その頃の私はまだ10歳くらいの幼い子供だったが、願ってもない大国の提案に当時は壮健だった私の父が手放しで喜んでいたのを覚えている。

やがて森からドラゴンどもの脅威が消えて待望のノーランド街道が開通を迎えた頃、40歳の誕生日を迎えていた父は重い病に倒れてしまっていた。
かくして王の1人息子だった私は16歳という若さで王位を継ぎ、その翌々年には城下町に住んでいた美しい娘と結ばれることになる。
妻は、私よりも1歳年下だというのに実に聡明な女性だった。
曲がりなりにも王妃の身でありながら毎週のようにノーランドへ出向いては、もうドラゴンの脅威は去ったし街道を作る約束も果たしたと言って我が国に常駐していたノーランド兵達を退かせるよう説得したものだ。
丹念に染め上げたその透き通るような黒髪を靡かせて私に微笑みかけてくれる彼女を思い出すだけで、幸せだったかつての日々が蘇ってくるような気さえしてしまう。

だが国が独立してから1年ほど経ったある晴れた日の朝、私は前日に大きな鹿を仕留めることができた嬉しさから日に焼けるから嫌だと言ってきかない彼女を半ば無理矢理に狩りへと連れ出してしまったのだ。
つばの広い麦わら帽子を被ったまま馬で私の後をついてくる妻は初めこそ不機嫌そうにしていたものの、やがて森を走る内に大きな湖を見つけると、彼女が楽しげに笑いながらそちらの方へと走って行ってしまう。
「私、あの湖で泳いでくるわ。その間、あなたは狩りの方を楽しんでいらっしゃったら?」
「あ、ああ・・・そうだな。そうしよう」
今思えば、どうして私はあの時妻を1人にしてしまったのだろうか?
きっとようやく扱いに慣れ始めた狩猟用の弓を早く振いたくて、私は妻の安否よりも手近な獲物を探すことの方に神経を傾けてしまっていたのだろう。
馬に乗ったまま茂みを掻き分けて綺麗に澄んだ湖へと駆けて行く妻の後姿を見送ると、私はそれが彼女を見る最後になるなどとは夢にも思わずに森の中へと馬を走らせていった。


厚く立ち並ぶ木立にも邪魔をされない、涼しげな清風。
森の中にひっそりと広がっていた広大な湖が、晴れ渡った空を映して美しい水色に輝いている。
私は念のため誰かが、特に夫がこちらを覗いていないことを確かめるように森の方を一旦振り返ると、その場で着ていた服をいそいそと脱ぎ始めた。
大きな麦わら帽子や薄いシルクのドレスが、パサパサと乾いた音を立てながら短い草の上に降り積もっていく。
やがて大胆にもすっかり全身の生白い肌を露わにすると、私は胸を両腕で隠しながらそっと冷たそうな水に足先を浸していた。

チャプ・・・ザブ・・・
「あら・・・それほど冷たくもないのね・・・」
ギラギラと照り付ける太陽のせいなのか、湖の水温は少し温く感じる程度には温められている。
私はその心地よさに満足して一気に水の中へと飛び込むと、しばしの間水面に浮かんで眩い太陽を見つめていた。
そう言えばノーランド王の許しを得て国が独立を果たしてから、近頃の私は滅多に外へ出掛けなくなっていたような気がする。
たまにはこうして夫について森へ繰り出しては、ゆっくりと1人で羽を伸ばすというのもいいかも知れない。
だが青い空を見上げながらぼんやりとそんなことを考えていた私には、正に今その水面下で恐ろしい存在が身を躍らせていることには全くもって気付くことができなかった。

ズ・・・ズズズ・・・
「きゃっ!?」
不意に下半身に感じた、硬い鱗の撫でる感触。
慌てて太腿に絡み付いてきたその何者かを引き剥がそうと身を捩ったものの、私は手を伸ばす間もなく一瞬の内に両足をギュッと何かに締め付けられてしまっていた。
そして何が起こったのかもわからず狼狽えていた私の前に、深い紫色に染まった龍がゆっくりと顔を出していく。
「ひっ・・・」
普段は国民の前でなくても気丈に振舞っていたはずの私が不覚にも短い悲鳴を上げてしまったのは、その水に濡れた龍の顔が極上の獲物を捕らえることができた捕食者の愉悦に満ち満ちていたからだろう。
だが一時の恐怖に駆られて必死に暴れようとしたその間際、私は自分が置かれている絶望的な状況を否応なく思い知らされて抵抗を諦めていた。

「あ・・・あぁ・・・」
「ふぅん・・・なかなかに賢い娘だねぇ・・・己の立場をよく弁えているじゃないか・・・クフフフ・・・」
龍の尾に巻かれた私がいる場所は、底すら見えぬ程に深い湖の真っ只中。
この龍にしてみれば、自らの尾で捕らえた私を締め殺すことも溺れさせることも朝飯前なのに違いない。
そしてなによりも私が本能的な恐怖を感じたのは、終始龍の顔に浮かべられていたその不気味な笑みがいざとなればそんな獲物への制裁を全く厭わないであろうことを無言の内に示していたことだった。

「た、助けて・・・」
決して龍を刺激しないように、それでいて精一杯の慈悲を請うように、私は今にも恐怖に擦れてしまいそうな声でそう懇願していた。
「助けて、だって・・・?クフフ・・・残念だけど、そいつはできないねぇ・・・」
巨大な龍の口から静かに告げられた、逃れようのない死の宣告。
だがすぐに私にとどめを刺そうとしないのは、きっとまだ何か私に用があるからなのだろう。
「い、一体・・・何がお望みなの・・・?」
「さあてねぇ・・・お前には知る必要のないことさ・・・ほら、黙って妾によく顔をお見せ・・・」
そう言いながら、龍が更に一巻き自慢の太い尾を私の体に巻き付けてくる。
そうして私の両腕の自由をも奪い去ると、その巨大な龍の鼻先が私の顔に近付けられていた。

「な、何をするの・・・?」
「なぁに、お妃様の美しい顔を、ほんの少し拝見させて頂くだけさね・・・クフフフ・・・」
「ど、どうして私が妃だと・・・」
自らの身分をズバリと言い当てられて、私はそれまで何とか抑え続けてきた心臓の鼓動が急激にドクンドクンと激しく暴れ出したのを感じていた。
私を一国の王妃と知って襲っているのだとしたら、この龍の目的は恐らく単に縄張りを荒らした人間に対する粛清だけではないのに違いない。
「知らなくていいことだと言っただろう?いい加減に黙らないと、冷たい水底に引きずり込んじまうよ・・・」
「・・・!」
その穏やかな口調とは裏腹に、龍の顔に一瞬背筋が凍りつくかのような暗い殺意が過ぎる。
私はそれに驚いてビクッと身を強張らせると、なおも近づけられる龍の顎から顔を背けるように俯いていた。

「クフフ・・・いい子じゃないか・・・」
そう言いながら突然生暖かく湿った舌先で顎をペロリと舐め上げられ、思わず小声で夫に助けを求めてしまう。
「あ、あなた・・・助けてぇ・・・」
だがその声も湖面に揺れる波と風の音に空しく掻き消されてしまうと、ついに全身に巻き付いた太い龍の尾が少しずつ私の体を締め上げ始めていた。
ギ・・・ミシ・・・
「あ・・・い、いや・・・やぁぁ・・・」

殺される・・・!
俄かに全身の骨が軋みを上げながら息が苦しくなっていく恐ろしさに、私は最早首と足先だけしか動かなくなった体を必死に暴れさせていた。
更に無力な獲物が悶えるのを楽しむように、激しくもがいていた私の首にシュルリと長い舌が巻き付けられる。
「お前の顔はしっかりと覚えたからねぇ・・・ほぉら、楽におなり・・・」
そう聞こえた次の瞬間、メキッという音とともに背に食い込んだ龍の尾が更にきつく引き絞られていた。
ギリリ・・・ギシ・・・ミシシ・・・
「か・・・は・・・」
やがて白く霞んでいく意識の中に、龍の楽しげな声が微かに聞こえてくる。
「さぁて・・・妾の正体を知ったお前の夫が一体どんな顔をするのか、今夜が楽しみだよぉ・・・クフフ・・・」
その龍の言葉が終るや否や、私は全身の砕ける鈍い音とともに2度と目覚めぬ眠りの世界へと落ちていった。

サク・・・サク・・・
草を踏む馬の足音が、静かな森の中に響き渡る。
私は妻と別れてから程なくして見つけた小さな仔鹿に矢を射かけてみたものの、やはりまだ狩りの腕は未熟なせいかまんまと狙いを外して逃げられてしまっていた。
その後も何度か獲物の気配を見つけることはできたのだが、どうにも放つ矢に気分が乗らないのはきっと妻がそばにいないからなのに違いない。
「ふう・・・仕方ない・・・今日は諦めるか・・・」
多分、こんな調子でこれ以上狩りを続けても目立った成果は上がらないだろう。
私は早くも底を突き始めてしまった軽い矢筒を一瞥すると、湖で泳いでいるであろう妻を迎えに行こうと来た道を引き返し始めていた。

湖へと駆けていく妻を見送ってから、1時間程も経った頃だろうか。
私が森の小道から茂みの奥に広がっている湖の方へと視線を向けると、丁度妻が馬に乗ってこちらへとやってくるところだった。
城を出てきた時以上に目深に被った麦わら帽子が何かを隠しているようで些か不自然に見えたが、彼女からかけられた明るい一言にそんな疑問も何処かへと吹き飛んで行く。
「ごめんなさい、待たせたかしら?」
「いや、私も今来たところだ。狩りの方はさっぱりだったよ」
「それは残念だったわね・・・じゃあ、早く城へ戻りましょう」
そう言いながらくるりと踵を返した彼女の様子にはやはり何処かさっきとは違う妙な違和感があったものの、私はそれが何なのか自分でもよくわからないまま黙って彼女の背後をついて行った。

「それじゃあ私、先に着替えてくるわね」
しばらく2人で森の散歩を楽しんだ末にようやく城へと辿り着くと、妻は私にそれだけ言い残してそそくさと城の中へ入って行ってしまっていた。
だが彼女が乗り捨てた馬を連れて馬小屋へと向かおうとしたその時、ようやくそれまで彼女に対して感じていた違和感の一端が目に入ってくる。
彼女がいつも乗っていた栗毛の愛馬が、何故か酷く怯えきっていたのだ。
フラフラと目を泳がせながらハッハッと荒い息をついているその馬の様子に、微かな不安が込み上げてくる。
森で妻と別れてからのあの短い時間の内に、一体彼女に何があったというのだろうか?
私は取り敢えず背を摩って何とか馬の気分を落ち着かせてやると、そのまま小屋の中へとそっと入れてやった。
何だか嫌な予感がする。
私は続いて自分の馬も大きな小屋の中に入れてやると、夕焼けに赤く染まり始めた城の壁を見上げながらしばらくの間その場に立ち尽くしていた。


人間の城に入るのはもちろん初めてだったものの、王妃の部屋を見つけることは思った以上に簡単なことだった。
衛兵すらもが立ち入りを禁じられているらしい上階の一角にある部屋と言えば、これはもう王族の部屋以外には考えられないだろう。
やがて重い扉を開けて入った寝室と思しき部屋の中でまず最初に目に入ったのは、4、5人の人間がまとまって眠れそうな程に巨大な1台のベッド。
更には豪華な服飾品の飾られた棚や姿見のついた化粧台が所狭しと部屋の隅に並べられており、ここが寝室としてだけではなく王妃自身の部屋としても使われていることは容易に想像がついた。

「クフフフ・・・まずはこの姿を、しっかりとあの娘に似せないとねぇ・・・」
次の瞬間、とてもうら若い娘が発したものとは思えぬようなしわがれ声が王妃の口から漏れてくる。
そしてパサリという音とともに取り去られた麦わら帽子の下から覗いたのは、王妃の特徴である漆黒の黒髪とは似ても似つかぬ深い紫色に染まった長い髪だった。

やがて西日の差し込む晩餐の場に姿を現した妻は、外出用のドレスから室内用の薄着に着替えていた。
だがいつもなら色調の整った収まりの良い服を着てくるというのに、今日に限っては何だか上も下もちぐはぐな着合わせになっているような印象がある。
何十着とある色とりどりのドレスは毎日召使い達が用意しているはずだから、よもや丁度いいものがなかったというわけではないだろう。
しかも丹念に染め上げられた黒髪を揺らす彼女の小さな2つの眼には、今までの爽やかな輝きとは打って変わって微かな妖艶さが滲み出していた。
「何だか、雰囲気変わったね・・・?」
「そう・・・?きっと気のせいよ」
気のせいか・・・本当にそうならいいのだが・・・

妙な雰囲気の中で始まった食事の間中、私はほとんど妻と言葉を交わそうとはしなかった。
元々広い部屋での食事なだけに普段も何かを話しながら食事に手をつけることはあまりないとはいえ、今日の妻は湖で別れた時からやはりどこかがおかしいような気がするのだ。
妻に懐いているはずの馬が怯えていたのもおかしかったし、ともに食事を楽しんでいるはずの今も彼女が決して私と目を合わせようとしないのは、まるで何かが露呈することを恐れているようにすら見える。
そしてもしその想像が正しければ、きっと彼女は食事が終わるや否や自らの部屋に帰ってしまうことだろう。
「ごちそうさま。なかなかおいしかったわ」
やがてそんな妻の様子に意識を傾けている内に、彼女は早くも自分の分を平らげてしまっていた。
「もう部屋に戻るのか?」
「ええ、今日は何だか疲れちゃったし・・・先に寝室で待ってるわ」
そして予想通りと言うべきなのか、そう言い残した妻が私の返事も待たずにさっさと部屋を出て行ってしまう。

一見いつもと同じように見える妻の一挙手一投足に、僅かな綻びが見え始めていた。
あれは・・・本当に私の妻なのだろうか・・・?
森で別れてからのあの1時間程の間に、彼女はすっかり変わってしまった。
普段それほど王妃と接する機会の多くない周りの衛兵や召使い達は疑問にも思っていないようだが、いつも彼女とともに過ごしている私の目から見れば朝とは明らかに様子が違い過ぎている。
まあ、その理由もあと数時間で真相がわかることだろう。
私は妻の消えて行った部屋の入口からそっと視線を外すと、早くも冷め始めた自分の食事に向かっていた。

カツーン・・・カツーン・・・
ようやく晩餐と兵士達への激励を終えて寝室へと向かう途中、私は誰もいない廊下に響き渡る己の足音にじっと聞き入っていた。
寝室の中で待っている妻は、いつもの朗らかな笑みを湛えるあの妻でいてくれるのだろうか・・・?
そんな不思議な不安が、廊下の奥に姿を現した寝室の扉へと近づく度に膨れ上がっていく。
ゆらゆらと揺れる燭台の明かりが薄暗い廊下を照らし出しているそのいつもの光景が、私には何となく怪物の住み処へと続く帰らずの道のように見えた。

ギィ・・・
そしていよいよ、いつも以上に重く感じる寝室の扉をゆっくりと押し開けていく。
その向こうで待っていた妻は・・・広すぎるベッドの上でこちらへ背を向けて静かに座っていた。
「待たせたかい・・・?」
「ええ・・・ずっと待ってたわ」
相変わらず私の方に背を向けたまま、妻の小さな声が聞こえてくる。
「早くこっちへ来て・・・あなた・・・」
「あ、ああ・・・」
私は誘われるがままにベッドの方へ歩み寄ると、そっと妻の背後に近付いて行った。
だがその次の瞬間、全く予想だにしていなかった事態が起こる。

ピカッ!
「うわぁっ!」
突如として視界を焼き尽くした、眩いばかりの激しい閃光。
更には目が眩んでよろめいた私の体に、何やら重々しく太い物が素早く巻き付けられる。
「な、何だ・・・一体・・・?」
だが何が起こったのかもわからぬままよく見えぬ目で周囲の状況を確かめると、私は自分が思った以上に深刻な危機の中にいたことを悟っていた。

「おやおや・・・随分あっさりと信用してくれたものだねぇ・・・?」
不意に聞こえてきた、ねっとりと絡み付くような老婆の声。
その声とともに、全身が何か巨大なものにギュッと締め付けられるような息苦しさが襲ってくる。
そして閃光にやられた視力がようやく回復すると、私は思わず喉まで出かかった悲鳴をグッと堪えていた。
「う、うあっ・・・!」
激しい閃光とともに突如として私の眼前に姿を現したのは、あまりに巨大な1匹の紫龍。
その長い長い胴の1部が私の体に幾重にも巻き付けられており、私は早くも恐ろしい怪物の前で一切の身動きを封じられたままベッドという名の俎上に横たえられてしまっていた。
「な、何だお前は!?つ、妻を一体どうしたんだ!」
「さぁ・・・お前の妻なんて知らないねぇ・・・」
だがそう言いながらもこれ見よがしにペロリと舌をなめずった雌龍の様子から、妻の辿ったであろう末路を推測するのは至極簡単なことだった。

「く、くそぉ・・・何てことを・・・う、ううぅ・・・」
彼女はきっと、湖でこの龍に襲われて命を落としたのに違いない。
そしてあろうことかこいつは、妻そっくりに姿を変えてこれまで私を欺いていたのだ。
「クフフ・・・化粧道具なんてものを使ったのは初めてだったけど、なかなか上手く誤魔化せていただろう?」
そうか・・・そう言えばかつてこの近くの森に棲んでいたドラゴン達は人間に姿を変える能力があったそうだが、その髪の色だけは元の姿の名残なのか体色と同じ色になってしまうという話を聞いたことがある。
それ故にまだドラゴン達が森に蔓延っていた時期には、黒髪でない人間を見る度にその正体を疑ってかかる人が多かったらしい。
妻に化けたこの龍が森で深々と麦わら帽子を被っていたのも、不慣れな手つきで黒く染め上げた髪をあまり私に長く見せようとはしなかったのも、きっと髪の色で正体がバレることを恐れてのことだったに違いない。
だが今こうして私の前にその真の姿を見せているということは、最早正体を隠しておく必要はなくなったということなのだろう。

ギュ・・・
「う、うぁ・・・」
やがてしばしの静寂を挟むと、凄まじい力を宿しているであろう龍の尾が突然私の体を軽く締め上げていた。
「ほぉら・・・女房の心配をしている場合じゃないんじゃないのかい・・・?」
その気になれば人間1人など軽く握り潰せるであろうその圧倒的な力の差を前にして、必死に身動ぐ勇気さえ跡形もなく何処かへ吹き飛んで行ってしまう。
「わ、私を殺すつもりなのか・・・?」
「そうして欲しいというなら、望み通りにしてやろうかねぇ・・・」
グ・・・グギュ・・・
「あ・・・わ・・・ま、待て!待ってくれ!」
「クフフフ・・・冗談さ・・・そんなに必死になって、面白い子だねぇ・・・」


慌てて否定する私の様子を楽しんでいるかのように、老龍の顔に意地悪な笑みが浮かぶ。
そうだ・・・もしこいつの目的が私を殺すことだとしたら、わざわざ妻になりすますなどという面倒なことをしなくとも森の中でいくらでも私を襲うことができたはずだ。
「じゃあ・・・一体何が目的なんだ?」
「なぁに、ただの退屈凌ぎだよ・・・お前は知らなくてもいいことさね」
退屈凌ぎだって・・・?
そのために・・・そんなことのためにこいつは、私の妻を殺したっていうのか?

ふざけるな・・・・・・!
理不尽極まりない仕打ちに対する怒りが、胸の内でグツグツと煮え滾っていた。
だがそれを今この憎たらしい邪龍にぶつけてみたところで、虫ケラのように捻り潰されてしまうだけに違いない。
何しろ今の私は、龍のとぐろの中で悶え喘ぐことしかできない無力な存在なのだ。
例えどんなに屈辱的な目に遭ったとしても、妻の死を無駄にしないために今は静かに耐え忍ぶしかない。
「そ、それで・・・私は一体何を・・・?」
そう言った途端にまるで物分かりの良いペットを見つめるような視線を向けられて、私は微かにブルブルと震えながら雌龍の返事を待っていた。

「そんなに身構えるんじゃないよ・・・お前はただ、何も知らない振りをしていればいいのさ」
「し、知らない振りって・・・一体何を・・・?」
「今この国で妾の正体を知っているのはお前ただ1人・・・この意味はわかるだろう・・・?」
つまり、国の王妃がこんな化け物と入れ替わってしまったことを、誰にも漏らすなということなのだろうか?
「昼間は王妃に姿を変えた妾といつも通りに生活し、夜はお前の体を妾に捧げるのさ・・・簡単なことだろう?」
「それで・・・お、お前は一体何を得るってい・・・う・・・うぐぅ・・・」
ギリ・・・ギリリ・・・
「まだ妾の話は終わってないよ・・・途中で口を挟むなんて無粋な子だねぇ・・・」
突如として声も出せぬ程にきつく締め付けられた胸が、ミシミシと嫌な音を立てる。
こいつがこうして私を痛めつけるのは、決して自分に逆らえぬよう恐怖心を植え付けることが目的なのだろう。
今はまだ多少苦しい程度の制裁で済んでいるものの、もし本気でこの龍を怒らせたとしたら・・・
脳裏に浮かんだ決して有り得ないとは言い切れぬその恐ろしい想像を、私は軽く頭を振って追い払った。

「もう1つ・・・週に1度、妾に贄を寄越すのさ」
「贄・・・?まさか・・・人間か?」
「そのまさかさね・・・なぁに、誰でもいいじゃないか・・・例えば牢獄に捕えてある罪人とか、ねぇ・・・」
雌龍の口から飛び出したその言葉に、私は心の底から震え上がっていた。
こいつは、こうやってじわじわとこの国を食い潰していくつもりなのだ。
まずは罪人を、次いで家を持たぬ浮浪者や旅人を、そして最後には・・・この私も・・・?
「誰がそんな・・・そ、そんなこと・・・」
人として許し難いその不条理な要求に、私は精一杯の勇気を振り絞って雌龍を睨み付けていた。
だがその龍の顔からは、さっきまでの薄ら笑いがすっかりと消え去っている。
もし断ればこいつは・・・あっさりとこの私を食い殺して夫を失った悲劇の妃を演じることだろう。
どちらに転ぼうとも、これは所詮この龍にとっての退屈凌ぎに他ならないのだ。

「何か言ったかい・・・?」
私が決してその要求を断れないと確信しているのか、とぐろの上に両肘をついた体勢で龍がじっとりと私の顔を覗き込んでいる。
その気になればほんの少し私を締め上げて無理矢理肯定の返事を引き出すこともできるだろうに、この性悪な怪物は私の心が折れる瞬間をこのまま辛抱強く待ち続けるつもりらしい。
「わ、わかった・・・わかったから・・・もう放してくれ・・・」
その返事を聞いた龍の顔に実に嬉しげな満面の笑みが浮かぶと、私は拘束を解かれた後もぐったりとベッドの上に横たわったまま今後のことについて思案していた。


あの日から3年、今夜も私は誰もが寝静まった城の寝室で紫龍の懐に抱かれている。
奇跡的にというべきか、それとも人間としての生活にもうすっかり慣れてしまったのか、見事に不自然さの消えた王妃の振る舞いにその正体が龍であることを看破した者は誰もいない。
まぁ仮に気付いた者がいたとしても、もしかしたら知らない内にあの龍に消されていたのかも知れないが・・・
「フン、文句がないのなら早く服を脱ぎな・・・それとも、今夜は妾に剥ぎ取ってもらいたいのかい・・・?」
「あ、ああ・・・待ってくれ・・・」
やがて私の沈黙に痺れを切らしたのか、龍がとぐろの縛めを緩めながらそう命令する。
私は言われるままに震える手で着ていた服をベッドの外へ脱ぎ捨てると、少し肌寒く感じる全裸の体をゆっくりとベッドの上に広げた。
その上に、うねうねと重い蛇体をくねらせながら巨大な紫龍がのしかかってくる。
そして屈強な手で私の両腕を柔らかなベッドに押し付けると、雌龍がいつものように眼を細めながら含み笑いを漏らしていた。

ズ・・・ズズ・・・
「う・・・く・・・」
まずは挨拶代わりとばかりに、雌龍が露出した私の肉棒をその腹でゆっくりと磨り潰していった。
鱗に覆われていない腹の皮膜は何とも言えないしっとりとした湿り気を含んでいて、小さく縮込まった雄の先端に絶え間なく切ない快感を送り込んでくる。
「これは妾を待たせた罰だよ・・・今夜はゆっくりと焦らしてやるから覚悟するんだねぇ・・・」
スリュ・・・ズルル・・・
「は・・・あふ・・・ぅ・・・」
巨大な体をゆらゆらと揺らしながら、龍が私のペニスを右へ左へと弄んでいた。
だが押し寄せる快楽に自らその腹へ滾る先端を押し付けるべく腰を浮かせると、龍がひょいと腹を持ち上げて愛撫を止めてしまう。
「あ・・・そ、そんな・・・」
「クフフ・・・だめさ・・・まだまだたっぷりと時間を掛けて可愛がってやらないとねぇ・・・」
実に愉しそうな顔でそう言うと、龍が生殺しの快楽に身を捩る私の様子をクスクスと笑いながら眺め回す。

シュル・・・スス・・・
あくまで優しく撫でるようにペニスの先を捏ね繰り回され、再び絶頂の疼きが背筋を駆け上っていく。
だがいよいよそれが熱い迸りとなって噴き出そうとした瞬間、またしても雌龍の腹が遠ざかってしまう。
「ひぅ・・・た、頼む・・・も、もっと・・・」
「もっと・・・何だい?よく聞こえなかったねぇ・・・クフフフ・・・」
一国の王である私の口から屈辱的な懇願の喘ぎを絞り出そうと、妃が艶めかしくその身をくゆらせていた。
だがもし私がこいつに屈しなければ、この拷問のような甘い責苦は朝まで続けられることだろう。
抵抗しようにもきつくベッドに組み敷かれた両手は言うに及ばず、それまで投げ出されていた両足にも長い龍尾の先端がシュルリと巻き付いて完全に身動きを封じられてしまっている。

スル・・・スル・・・シュルル・・・
「うああっ・・・も、もう許して・・・う、うぅ・・・」
果てたくても果てられない限界ギリギリの快感が、私の人としての理性を打ち崩していく。
「ほぉら、妾にどうして欲しいのか言ってみな・・・これまでだって、お前の望みは叶えてきてやっただろう?」
つかず離れずペニスを責め嬲るその龍の腹が、まるで私を嘲るようにフルフルと左右に震えていた。
そして既に先走りを始めた先端にその狂おしい程のバイブが微かに触れ、僅かに残っていた王としての、人間としての、そして雄としての矜持を溶かしていく。
「はぐっ・・・あ・・・も、もっと・・・う、ふぐぅ・・・」
やがて目からボロリと大粒の悔し涙が溢れると、私はもう何度目になるかわからぬ龍への屈服の声を上げていた。

「た、頼むから・・・もっと激しく・・・してくれ・・・」
「ふぅん・・・本当にいいのかい・・・?」
そう言った龍の顔に、か弱い獲物を袋小路に追い詰めた残忍な肉食獣の愉悦が漂っている。
正直、私は頷くのが恐ろしかった。
だが強者に捕えられた弱者の宿命とでも言うべきか、たとえそこに待っている結末を知っていたとしても、私には涙ながらにゆっくりと頷く以外なかったのだ。

かくして私の首が上下に振られたのを見て取ると、雌龍は突然私の体をそのとぐろの中へと引きずり込んでいた。
唯一両腕だけは相変わらず龍に掴まれたまま外へと出ているものの、胸から下はすっぽりと足先まで紫色の筒の中にはまり込んでしまっている。
「クフフ・・・よぉく言ったじゃないか・・・それじゃあ望み通り、枯れ果てるまで頂くとしようかねぇ・・・」
そう言いながら、龍が私を巻き込んだとぐろを微かに滑らせる。
そしてクチュリという水音が丁度私の雄槍の真上に来たのを見計らうと、龍が一気に私の腰の辺りを締め上げていた。
ギュ・・・ズリュゥ・・・!
「あふぁっ!?」
勢いよく尾が引き絞られた拍子に、張り詰めた肉棒がたっぷりと潤っていた熱い雌龍の蜜壷へ深々と突き刺さる。
そしてペニスを根元まで咥え込んだ龍膣が捕らえた獲物をぎゅうっと力強く締め付けると、私は溜めに溜め込んだ白濁を成す術もなく搾り取られてしまっていた。

グジュッ・・・ギジュッ・・・
「う・・・くうぅ・・・」
燃えるように熱い柔肉が寄せては返し、私のモノを容赦無く扱き上げていく。
だが背骨を抜き取られるかのような射精の快感に身を捩ろうにも、全身にぎっちりと巻き付いた強靱な龍尾はそれすらも許してくれそうになかった。
「んん~・・・お前もなかなか可愛い顔を見せてくれるじゃないか、ええ?」

週に1度与えられる生贄にこいつが一体どのような仕打ちをしているのかは知らなかったものの、この様子だと恐らく彼らにはもっと悲惨な責苦を味わわせてその命の雫を搾取しているのだろう。
ギシギシとあちこちの骨が軋む程にきつく抱き締められたままペニスをしゃぶり上げられて、私は力一杯歯を食い縛って押し寄せる快楽の波を耐え忍んでいた。
まあ仮に気絶してしまったとしてもこいつに叩き起こされてまた続きを強要されるだけなのだが、逃げ場のないこの状況で気を失ったら2度と目覚めないのではないかという不安はどうしても拭えそうにない。
だが龍の方はそんな私の葛藤を知ってか知らずか、必死に声を押し殺している私の様子を窺うように幾重にも折り重なった肉襞をゆっくりと翻していった。

グ・・・グリュ・・・
「ぐああ・・・あふ・・・うふぅ・・・」
さっき射精したばかりだというのに、なおも私の肉棒を吸い込んでは揉みしだく艶めかしい龍膣の蠢きに再び白濁が競り上がってくる。
更には私の両腕を押さえつけている龍の手から時折フッと力が抜けることがあるものの、いざもがこうとした時には再びギュッとベッドの上に磔にされてしまうのだった。
「クフフ・・・どうしてそんなに暴れるのさ・・・?これはお前が望んだことだよぉ・・・」
やがて抗議の声も上げられずにただひらすら首を振って悶えるだけの私に、雌龍が頻りにそう話しかけてくる。
ジュプ・・・ニュル・・・グチュグチュッ
「むぐ・・・ぅ・・・」
ドプ・・・ビュルルル・・・
そして2度目の精を啜り上げようと凄まじい吸引の快楽を味わわされたその瞬間、私はついに耐え切れずに龍のとぐろの中で気を失ってしまっていた。

「おやおや・・・もう終わりかい?こんな程度じゃあまだまだ足りないねぇ・・・」
妾はぐったりと弛緩した男の顔をベロリと舐め上げると、お楽しみの最中に気絶してしまった奴隷に仕置きを与えるべく徐々にとぐろをきつく締め上げていった。
だがすっかり弾力を失った男の体に自らの尾がギリリと食い込んだその時、不意に思い留まって力を抜いてやる。
よくよく考えてみれば、今夜は確か金曜日。
明日の夜には、週に1度妾に捧げられる生贄をたっぷりと味わうことができるではないか。
それならば、今日はこの疲弊しきった王を休ませてやった方がまた次にも繋がるというものだろう。
いや寧ろ妾の言いなりになるだけで何の面白味もないこんな男よりも、まだ反骨精神のある囚人どもの方がよほど捻じ伏せ甲斐があるというものだ。

「クフフ・・・3年間連れ添ったこの人間も・・・もうそろそろ用済みになる日が近いかもねぇ・・・」
ふと脳裏に浮かんだその黒い想像に独り密かに興奮すると、妾は激しい閃光を発して人間の王妃へと姿を変えた。
そして存分に弄ばれて力尽きた王をベッドの端に寝かせ、自分もその隣へと横になる。
「まあいいさ・・・今日くらいは、精々ゆっくりとお休みよ・・・クフフフフフ・・・」
やがてそんな物言わぬ男への睦言ともただの独り言とも取れる呟きを漏らしたのを最後に、妾は1人の人間の女性として淑やかに眠りについていた。

「ん・・・うん・・・」
瞼の上から突き刺さる眩しい陽光の刺激に、私はゴロリと体を転がして目を覚ましていた。
キョロキョロと辺りを見回すと既に昼近い時間になっていたらしく、燦々と輝く太陽が窓から金色の光を寝室の中に投げ込んでいる。
龍に締め付けられたせいか体のあちこちが鈍い痛みと骨の軋みに悲鳴を上げているものの、どうやら昨夜は気を失ってしまった私をあのまま寝かせてくれたらしい。
明け方まで隣に寝ていたであろう王妃は既に起きて行ったらしく、部屋の隅に置かれた化粧台にはかつて私の妻が使っていた髪染めが置かれていた。
あの龍はこうして毎朝、深い紫色の髪を黒く染めて城の者達に姿を見せているのだ。

「そうか・・・今日は土曜だったな・・・」
今頃彼女は、地下の独房に捕えられている今宵の"食事"の選別にでも行っていることだろう。
囚人の生贄が捧げられる毎週土曜日は、唯一私があいつから解放されてゆっくりとした夜を過ごせる日なのだ。
尤も、眠る場所は私の書斎にある小さなベッドになってしまうのが情けないところなのだが・・・
私は床に脱ぎ捨てたままになっていた自分の服を全裸の体に軽く羽織ると、新しい服に着替えるべく重い扉を開けて寝室を後にした。

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