裏窓5

    

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――がしゃん。
目が冴える。
眠れない。
寝るまで黒とイリスの喧嘩聞かされた上に、それ聞いてたリオンは泣き出すし。
おめーらは悪くねえと怒鳴り散らす黒。
多かれ少なかれ責任感じてるときにそーゆーこと言わないで欲しい。
で、その音。
皺だらけの敷物から這いだして、テントの外を窺う。
イリスの背中。
小さく見える。
その足下に崩れたジェリ缶の山。
小声で、内容の聞き取れない悪態を連発しながら座り込む。
頭を掻き毟る。
寝られなくなる確信があったが、俺はそのまま寝床に戻った。

結局、イリスは明け方に戻ってきて、俺のすぐ横に体を投げたし、尾を俺の腰に乗せて爆睡し始めた。
寝る前に目が合い、まだ起きてたのかと言われた。

次の日俺は、朝飯の配給時間が終わるまでテントから出なかった。
黒達には起きたくないと言った。
イリスも一緒に寝ていたが、大して気にならなかった。
黒が一度一人で戻ってきたが、俺が無視を決め込んだのでそのままなにもせず出て行ったようだった。
惰眠を貪る、という表現は不適切かもしれない。
とにかく怠い。
寝返りを打つ気にもならない。
いつの間にか、イリスが目を開いていた。
尾は相変わらず、俺の腰に乗ったままになっている。
「・・・寝たか?」
「寝てない。」
そうか、と呟いて欠伸をする。
唾液が糸を引くのが見えた。
「昨日、悪かったな。」
ややあって、イリスが口を開いた。
寝起きの声だった。
俺はなにも答えずに頷いた。
「俺が間違ってたかもしれん。」
真意を推し量り難い。
怠いので、表情は変化しなかったと思うが。
「今日未明、竜側が正式に休戦及び協力体制作りを表明した。」
ため息を付きながら、俺に背中を向ける。
乗っかった尻尾が付け根に近くなり、重さが増す。
「お前等の手柄だ。」
――沈黙。
この言葉を使うのは何度目だろうか。
だがしかし、そこに流れたのは紛れもなくそれ。
「・・・悪かったな。」
ややあって、イリスがそう言って体を起こした。
うつ伏せになって、両手を前に突き出すように。
関節が伸びるとき、あちこちでポキポキ音が鳴る。
倦怠感丸出しの動作だった。
「昼飯、塔の方で食うから、出発するまで寝とけ。寝てねーんだろ?」
上半身にランニングシャツを被せながら、イリスが言った。
「ん。」
俺はそう言って寝返りを打つ。
イリスの気配が無くなってから、俺は大きくため息をついた。

目の前に置かれた天ぷら定食に目を落とす。
あの時と同じ、塔の下の方にある料亭。
その18番テーブル。
もう殆ど定位置になっていた。
当然、天ぷらは一番時間がかかるので最後の到着になる。
リオンと俺とルネがそれ、・・・リオンは例によって唐揚げ定食とのチャンポンだが。
黒が日替わり定食、上。
イリスは相変わらず発芽玄米と味噌汁。
席に付いたのと同時にイリスが懺悔大会を開始したため、メニューに目を通す時間が無かったせいか、俺とルネは箇条書きの一番最初に書かれたものを注文したわけだ。
そして、この店は揚げ物が旨い。
「まあ、もうその話はいいからさぁ・・・。」
リオンがそういって、食事に手をつけないリオンを遮り、自分は2つ目の定食を盆ごと目の前に引きずる。
味噌汁と茶が、同じリズムで揺れる。
「で、もし本格的に中庭入るとしたら何時になるの?」
これは俺。
あえてイリスに振ったつもりだったのだが・・・。
「ああ、この前這い出してきた人間の集団いただろ?」
食いついてきたのは黒だった。
目的の半分は達成だから問題ないが・・・。
「あいつら曰く、お互いかなり切迫してる認識らしいな。」
黒がそのまま続ける。
「まあ、つまりかなり早い時期になると。今日の明日って可能性も無きにしも非ずだな。」
「ふぇー・・。」
ルネが天ぷら咥えて間の抜けた相槌を打つ。
因みに、ルネは天ぷらに何もつけずに口に含んでから天汁と大根下ろしを口の中に流し込むという、かなり変わった方法で天ぷらを食していた。
「あ、唐揚げ定食もう一つ追加で。」
天ぷらを飲み下した後、傍を通った店員に追加注文。
「あ、じゃあ俺も。」
なんとなく雰囲気に呑まれて俺も追加。
朝飯食ってないから多分食えるだろう。
イリスはさっきリオンに止められてから一言も喋らず、目の前の飯に没頭している。
俺の注文を最後に、食卓が突然静かになった。
しばし、無言で食事を片付ける。
「ああ。」
それが数分間続いて、リオンが天ぷら定食を平らげ、日替わりランチ、並を注文したとき、黒が口を開いた。
「そういえばイリスお前、あのこと話したか?」
「・・・・・・何が?」
イリスが始めてまともに口を聞いた。
「中庭のこと。」
黒が答える。
「こいつには、特に言っといた方がいいだろ。」
「――ああ・・・。」
イリスが味噌汁のそこのわかめを剥がしながら言う。
「そのことか。」
リオンの手が止まった。
食事はしてなかったけど、水をがばがば飲んでたはずだが。
そりゃあ、揚げ物ばっかりあんなに食ったら喉も渇くさ。
で、その手が止まる。
何となく、話の想像は付いたが、とりあえず続きを促す。
・・・リオンには多少気を遣いながらだが。
そして、丁度良い具合に、そのタイミングで唐揚げが到着した。
それに手をつけながら、マズルにしわを寄せるイリスの顔を見る。
「・・・中庭には、意外と竜人多くてな。」
イリスが言葉を選びながらといったスローペースで語り始めた。
「まあ、お前の逆のパターンだ。」
そういって緑茶に湯を注ぐ。
白湯は飲まない主義らしい。
「お前と同じ様に、別にスパイやってるわけじゃないんだが、中に逃げ込みたくなるようなワケありの奴らも多くてだな・・・。」
そういって割り箸で緑茶をかき混ぜ始める。
日替わりランチ、並がリオンの前に到着した。
「まあ、平たく言えばかなり歪んだ連中が多い。」
イリスが続ける。
俺、聞く。
「・・・多分、中入ることになったら、お前らも待ってるわけには行かないだろうから、一番前とは言わなくても、どっかしらには居てもらうことになるんだがな。」
一拍置く。
「正直、お前らが心配なんだ。」
ああ、と、黒も頷く。
「お前らみたいなのは、あいつらから見れば一番八つ当たりしやすそうだからな。」
真顔で言う。
「そんなわけで、まあ、入るんなら南側からってことになる。」
俺が出てきた方か。
「そっちだったよな?お前の住んでたアパート。」
「ああ、うん。」
声に出して頷くことにより、やっと会話に入れた気がする。
リオンは相変わらずこっちに聞き耳立てながら御飯を咀嚼していた。
「それで、だ。」
「?」
中に竜人居ることがメインじゃなかったのか。
「お前ら二人、そのアパートで同じ部屋に住め。」
「え?」
これはルネだ。
俺じゃない。
俺はむしろその一言のおかげで脳味噌がすばらしい勢いで活動を再開し、あんなことやこんなことがげふんげふん。
「えええええええええええええええええええええええええええ!?」
ルネがテーブルを叩くようにして立ち上がる。
・・・そんなに嫌か。
「別にいいじゃねーか・・・、お前ら、あっちでは半同棲みたいなことやってたんだろーが・・・。」
「「やってない!」」
妙な不協和音は店の喧噪の中に消え、リオンが頬を緩め、黒がからからと笑った。

ジープの積載量は意外と少ない。
そりゃ、モノよりも人を運ぶのが目的なんだし、シートを倒してできるスペースは見事に上げ底だ。
しかも、シートを全部荷物スペースにすると、乗れるのは4人が限度だ。
・・・まぁ、荷物少ないから関係ないけどな。
結局、有って無いような俺の生活用品は後部ハッチにすべて収まり、普段の共同生活の面子にルネを加えた5人は普段通り、俺たち用のテントに集合した。
先日まで竜人ばかりだった中庭脇のキャンプの敷地内に竜が目立つようになり、生活圏内で目にする皮膚の質感のバリエーションが増えた。
テントの中に居ても、時折巨大な羽音が聞こえる。
「フィアとかは来てないんだね。」
「ん?ああ、ここにか。」
落ち着いたところで口を開いた俺に、黒が答える。
リオンは黒の二の腕に頭をもたせたままで、目を閉じていた。
これはいよいよ寝るつもりらしい。
ハタから見てると結構アレだが、幸せそうな顔してるので刺激はしない。
「来てないみたいだな、会わないし。」
「アイツら、確か中庭で追いつくらしいぞ。」
イリスが本日2本目の黒酢パックにストローを差し込みながら言う。
因みに、1本目は朝飲んでた。
「南から入るから、多分先にお前等と合流だな。」
そう言って黒酢に口を付ける。
旨いとか不味いとかの感想は零さない。
前に飲んでみたら、結構濃かった。
「南から入るの?」
と、ルネ。
俺も
「そんなことまで決めてんのか」
と。
「ああ、つーか多分今日中に入る。」
「だな。何も変更無ければ。こっちは竜が参戦するつもりで準備してたから、それが決まれば早い。」
黒が続ける。
「何だかんだ言って、小規模だからな。」
イリスが言った。
じゃあ俺ら、結構重要だったの?
「アタシ等が行かなかったらどうするつもりだったのよ?」
「行かせるから平気だ。まぁ、こいつが立場的に一番好都合だったし、行ってくれそうだったから良かったがな。」
イリスが俺を指しながら答える。
ルネの顔色が若干変わった。
「ああ、それからもう一つ。」
イリスが思い出したように付け加える。
「?」
「これは特にお前だが、」
俺の方を向く。
・・・名前がないのも不便だな。
リオンの言葉の意味が分かったかもしれない。
「お前が中庭から放り出されたの、大体3月前だよな?」
頷く。
「もうそろそろ3ヶ月半になる。」
「・・・4ヶ月前、こっちから竜人1人が失踪してる。恐らく中庭にな。」
「・・・あぁ。」
イリスの黒酢のパックが限界を訴える。
「見つからない方がいいって話か。」
「そこまで単純じゃないが、まぁ、その程度の理解でも問題ないだろーな。」
「・・・。」
ああ、そうかい。
「さて、と。」
イリスが相変わらず気怠そうに腰を浮かす。
「そろそろお前置きに行くか。こっちは何時になるか分からんし。」
因みにリオンは寝っぱなしだ。
「だな。」
黒がリオンの体を床に寝かせ、立ち上がる。
「日が落ちるまでには戻りたいし。」
リオンを残したまま、俺達はテントを出た。

「ねぇ。」
ルネが車に乗って暫くした後、声を発する。
ジープの中の微妙にぬるい風に瞼が重くなる。
「さっき言ってた、4ヶ月前に中庭入ったヤツって、誰?」
「・・・変な奴。」
黒が答える。
「・・・多分、イリスの方が詳しいぞ。同業者だしな。」
そう付け加えた。
「何か知ってる?」
ルネは、ターゲットをイリスに変更したらしい。
「・・・一応。」
イリスが相変わらず倦怠感溢れる口調で言う。
まぁ、コイツ、戦闘とか嫌いっぽいしな。
「確か・・・サヰとか言った気がする。・・・見た目奇抜な奴だとは思ってたけど、中身も結構来てたな。」
渋るときは渋るくせに、話すと決めたときはやたらと饒舌。
「中庭にやたら固執してな。これから先、人類の方が生き残りやすいとか、所詮人外は切り捨てられるとか・・・。」
舗装道路から外れる。
ギアを落として、駐車場の中をぬるぬると進む。
「・・・まぁ、とにかく変な奴でした、って事?」
ルネが口を挟む。
車を止める前に話を終わらせたいらしい。
・・・自分が振ったクセにな。
「それじゃ終わらんから話そうとしたんだ。」
イリスがギアをリバースにして、後ろを振り返りながら言う。
「お前、」
後ろを見たついでに俺に視線を投げる。
「結果的には人間側離脱した、悪く言えば裏切った形になるから、事情詳しく知らないそーゆーヤツと鉢合わせたら、なかなかハッピーな事態になるだろーな。」
そう言ってサイドブレーキをかける。
「着いたぞ。」

黒達とはそのまま二言三言言葉を交わして別れた。
別れ際に黒が「コレ持ってけー」と言って、スクールバッグほどの大きさの荷物をよこしたが、特に劇的なシーンもなかった。
そのまま荷物を両手に下げ、ルネの塔へ向かう。
相変わらずグリグリするエレベーターを抜けその包みをバラすと、中からずいぶん前に黒とイリスに没収されたM92Fと、見覚えのない銃が1つ。
見た目は普通のハンドガン。
しかし、銃身の下、トリガーの前部に折りたたみ式のグリップが付いており、銃口も若干円筒形に飛び出している。
弾は普通の9mmのようだが、弾倉は木製のカバー付きのグリップから微妙にはみ出している。
一応、オートとセミの切り替えは付いているようだが。
「・・・これって93Rじゃね?」
脱いだ上着を針金ハンガーに着せていたルネに声をかける。
「お?」
ハンガーをラックに掛け、部屋の隅で胡座をかいていた俺の横に座る。
「おおおおおおおおおっ!?」
手を出しかけて止める。
・・・やっぱり止めない。
「アイツ、こんなの持ってたんだ・・・。」
M93R。
ベレッタの、かなり珍しい3点バースト採用ハンドガン。
オフィス街の俺のように、フルオートでハンドガンを滅多撃ちにすると、大して多くもない弾倉をアッと言う間に空にしてしまう。
そのため、引き金を一度引くと3発弾がでるこの機構が採用されたのだ。
アサルトライフルなんかでも、この機構を使用しているものは珍しくない。
ただ、このM93Rはマイナーなのだ。
映画や小説にもほとんど登場しないため、知名度が低い。
俺自身、本物を目にするのはこれが初めてだった。
「それにしてもアンタ毎回結構な物持ってくるよね。」
ルネが変な感想を述べる。
「このグリップって、実際使うの?」
「あー・・・、ひょっとしたらアンタなら要らないかもだけど、使う癖つけて、意識的にしっかり握るようにした方がいいかも。」
ルネがそう言いながら、弾倉を外してグリップを起こす。
カチン、と金属音がして止まったグリップを左手で握り、右手はトリガーに添えて肘を深く曲げる。
肩を怒らせるように上げ、2つのサイトを右目と直線上に並べる。
右目をつむり、
「やっぱ長距離は厳しいねー・・・。」
「ハンドガンなんだからしょーがないだろ。」
「うーん・・・。」
今度は両手で後ろのグリップを支え、体の正面で手を伸ばす。
「あたしはやっぱ長距離レンジ派かな。」
そう言って銃を俺に渡す。
「こーゆーのの方が良い。」
部屋の隅からどこかで見たようなケースを引っ張り出してくる。
中から出てきたのは、いつぞやのスナイパーライフルだった。
「あれ?これってAPS2だよね?」
フィアが持っていたのと同じ。
「同じの買ったもん。色々教えてもらったし・・・。」
窓を開けて外に銃口を向け、スコープをのぞき込む。
こちらも弾倉は入れていない。
「当たるまでに5日はかかったよ。」
引き金を引く。
金属音だけが響く。
「そんなに難しいモノなの?」
音の余韻が引いてから口を挟んでみる。
「俺、初めてで当たったけど・・・。」
「まぐれまぐれ。そう簡単に当たってたまるかってーの。」
そう言って弾倉から1発を残して弾をすべて抜く。
それを銃に納め、
「あそこの的、見える?」
俺に手渡しながら窓を後ろ手に指差した。

窓の外、建物から100m程離れたところに、古びたコンクリートブロックがいくつか置かれている。
この窓から地面までの高さは約60m。
「単純計算で大体120mか・・・。」
それくらいの計算は俺でも出来る。
斜め下に向かって撃つわけだし、この距離ならまだ何とか重力を考慮する必要はないだろう。
ライフルの弾の初速はおよそ500m/s。
0.2秒で到達するならコリオリの法則も無視、と。
上手い具合に西の風だし。
「真ん中ねらえばOKかな・・・と。」
頭の中で独り言を垂れ流すのはここまで。
後は決めた点に向かって撃つだけ。
「ド真ん中っと・・・。」
スコープの調整が済んでいることを祈りつつ、ぶれる左手に力を込める。
銃全体を肩に押しつけ、スコープを覗き込む。
窓枠に質量を感じたので顔を上げると、ルネが俺の背中を跨ぐようにして窓枠に手を付き、頭の上で的を見つめていた。
「・・・何だよ・・・。」
「別に。・・・どれ狙ってる?」
スコープに視界を戻す。
「一番右。西側。」
建物の周りに人影はない。
狙撃の時間とか決まってるのかな。
「行けそう?」
ルネが俺の顔の隣に顔を置き、銃口を見つめる。
「行ける。大分揺れが少なくなってきた。」
そう言って引き金を引いた。
サプレッサーでも付いてるのか、意外と静かな破裂音がする。
弾は風に流されることもなく、真っ直ぐに、一番右側のブロックを抉った。
「・・・お見事・・・。」
ルネがフィアと同じ事を言った。
「フィアとリアクション同じだな。」
「・・・・・・どうしてるかな。」
「・・・あいつら?」
「うん」
俺から銃を受け取り、ケースに収める。
「桐生とフィアってくっついちゃえばいいのにね。」
「・・・桐生ってそんなキャラだっけ?」
「うん。」
蓋を閉めたケースを部屋の隅に戻し、薬莢を窓から外に投げ捨てる。
3.5秒ほど後、地面が硬質な音を立てた。
日が落ちると、空気が冷える。
暖房設備が整っているとは言えない部屋に、容赦なく吹き込んでくる冷気を閉め出す。
「それにしても冷えるな。」
「アンタが出てきたときはまだ汗ばむくらいの時期だったもんね。」
雨があまり降らなくなった。
いつの間にか窓ガラスは毎朝水滴を蓄えるようになったし、間違っても扇風機は不要になった。
どこまでも灰色の世界は、まだ季節を忘れていないらしい。
秋だった。
それはそれは素晴らしく秋だった。
「風呂、先入ってきて。」
ルネが窓を閉めて言う。
「布団出しとくから。」

風呂から上がると、ダブルサイズの布団が1枚。
――ああ、これは、そーゆーことか。
「じゃ、寝たけりゃ先に寝てて良いよ。私も風呂。」
そう言ってその場で身につけた物を脱ぎ始める。
「待て待て待て。」
「見たくなきゃ見なきゃ良いでしょ。」
「・・・・・・。」
じゃあ、薄目で見とく。
「・・・それじゃ、行ってくる。」
「ん、待ってる。」
いつの間にか日が落ち掛けているようで、灰色の空の切れ目からオレンジ色の染みが広がっていた。
実に旨そうな色だった。
それは、干からびたネズミの皮を撒き散らしたグラデーションとなり、だがしかしそれは隙間の色合いだけでも十分その全体像を把握させる。
突き刺すような色だった。
今にも落ちてきそうな雲はやがて地に沈み行く太陽の断末魔を浸食する。
反対側には、薄い碗の様な月が昇る。
南向きの窓の両側に、昼と夜が相対した。
それはすぐに闇となり、雲となり、ネズミは空を覆い、月を視界から隠す。
雲の流れが速い。
窓を閉めていなければ、かなり強い風が入り込むのだろう。
流れ流れる雲の隙間から、上弦の、大きな、赤い、月が現れた。

ばたん。

ルネが出てきた。
いつものようにわしわしと髪を拭き、ターボにしたドライヤーで乾かす。
バスローブだけの姿で、そのまま布団に大の字。
「・・・お前、まさかその格好で寝る気か?」
「いつもコレ。アンタも早く寝なさいよ。」
「・・・あっそ。」
仕方がないのでその隣に寝転がる。
隣から湯気が上がる。
ため息1つ。
いつの間にか、ルネがこちらを見ていた。
目線が交錯する。
ルネの顔が、笑みに歪む。
それは決して歪な変形ではなく、意図的な筋肉の運動とも思えない、微かな弛緩。
ふ――、と鼻から息を漏らすルネ。
「それにしてもアンタ、経験無いのね。」
ルネが口を開く。
「もっと斜に構えた性格かと思った。」
「・・・っ、・・・。」
言葉が出てこない。
視線が泳ぐ。
顔が赤くなるのを感じる。
「あああああああああもう可愛いなぁ。」
それと同時に、ルネの何かが外れた。
俺の頭をわしわしと撫で、そのまま馬鹿笑い。
涙流して笑ってやがるこいつ。
「・・・っるせぇな。」
寝返りを打ち、ルネと反対側を向く。
「あー、苦しい・・・っ、・・・くくく・・・。」
やっぱり終わらない。
見てなくても有るモンは有るもんな。
ひとしきり笑った後、ルネが言う。
「・・・ねぇ、ここ泊まるのって、いつまでよ?」
「さぁ。とりあえず中でいろいろやってる間。」
「ふーん・・・。」
「それがすんだら帰るから・・・っ・・・、ん・・・っ!?」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
とりあえず、ルネの髪が目の前でいい匂いを撒き散らし、視界の8割がそれで埋まる。
口を何かで塞がれて、口内に柔らかい温かい物が侵入する。
顎はルネの手で押さえられ、体の上に覆い被さるその体。
促すように吸い込まれ、送り込まれる唾液の処理に困りながら、その力に負けて相手の口に入り込む自分の舌。
ああ、いい匂いがしたのは鼻息しか出来ないからか。
舌が絡み合い、歯や歯茎を舐め回す。
ぎこちないだろうけど、合格点は貰えないけど、精一杯その動きを真似る。
ルネのマズルが大きく開き、俺の頬を覆う。
舌は根元まで口に入り、唾液が流れ込んだ。
不意に、その口が離れる。
いつもの距離のルネの顔。
いや、いつもよりはだいぶ近いんだけど・・・。
ねぇ?
塗れた口の周りに風が当たり、熱を奪う。
口の中に冷気が流れ込んでくる気がした。
「じゃ、今日はこれくらいで勘弁してあげる。」
悪戯っぽく笑いながら、ルネが言った。
「これから結構時間有るんでしょ?」
そう言って電気を消しにかかる。
「・・・いや・・・、今日・・・?・・・ここまで?」
「うん。3日もあれば最後まで行けるから、安心しときなさい。」
やたら上機嫌で、ルネが電気を消す。
相変わらず下弦に見える月が、窓から部屋を照らしていた。

――翌々日、正午。

「・・・機嫌悪いなぁ・・・。」
「・・・・・・煩い。」
結局、俺が塔に移ったその日の内に、黒達は中庭に入り、本日、めでたく合流(俺にとっては兼一時帰宅だが)の許可が出たわけだ。
・・・中庭への進攻に際しては、体よく追い払われた感があるにはあるが、そもそも俺は余所者扱いなので気にしない。
まぁ、めでたく南側を制圧したので、俺のアパートが竜人と竜の勢力圏内に入ったのだ。
で、2日目に合流した竜組と共に、人間側の理屈で言う「平和的」解決の為に目下交渉中らしいが・・・
「人間と竜が初対面で対等だとは思えないわね。」
フィアが後ろから首を伸ばして言った。
・・・それは身を持って体験しました。
「あー、それにしてももうちょっと手こずってくれれば良かったのに・・・。」
ルネが空を身ながら言う。
ついさっき南ゲートから中庭に入ったので、北側の空(てんじょう)が広々と見渡せる。
そちらの方から聞こえてくるガラスが割れたり鉄がへこんだりする音は聞こえないことにした。
「せめて明日にしてくれれば・・・。」
「仕方ないでしょ、明日には2人とも北側行って貰うし・・・。」
「それ言い出したのって桐生でしょ?・・・アイツ、言ってることチグハグじゃん。」
髪の毛を掻き上げながら言う。
さっき風呂に入ったばかりなので、微妙に濡れていた。
露出が多いのはいつものことだが、下着の上にコートだけって言うのはいささか問題がある気がする。
「まぁ、人間は昔から多数派に影響されやすいからね。そりゃ、マイノリティも出てくるけど、少数派の黙殺だって人類の常套手段だし。」
口を挟む俺に、フィアが続ける。
「まぁ、完全に『飼われてる』人間連れてけば、こっちの上位性に関する納得は間違いないでしょ。」
「うーん・・・。」
ルネが頭を掻いた。
コートの襟元から胸を覆う下着が一瞬見えた。
やめてくれ。
「あぁ、そういえばあなたが住んでたアパートってこれ?」
南側から結構歩いたらしい。
木造2階建て、築・・・何年だこれ?
とりあえず結構古い。
そして家賃も安い。
畳がないので維持費も安い。
ただ、いくら中庭とはいえ、冬場は辛いものがあるので、暖房だけは頑張ってもらった。
「あぁ、これこれ。ここの1階西から2番目。」
そう言いながら建物に入る。
「ルネも暫くここ使って良いよ。彼の部屋はそのままになってるし、ほかの部屋も鍵空いてるところは使っていい。」
それだけ言って、大家さんの部屋を覗くと(俺が住んでたときと同じ人、同じ人間だった)、後のことは宜しくと言ってそのまま外に向かった。
「あれ?フィアは此処じゃないの?」
「こんなとこ、私が入ったら潰れるって・・・、竜は西。ま、気が向いたらのぞきに来て。」
もうそんなに時間無いけど、と言いながら、俺の問いに笑って答える。
「じゃ、心配はしてないけど、一応気を付けて。」
土煙を上げながら西の方へ飛んだ。
人工光源が当たる、極東の島国の一般的な住宅街の空を飛んでいく知り合いの竜。
それとすれ違うように、竜の別の一団が北東に向かう。
南からだけど、コレは時間の問題だな。
相変わらずやる気のなさそうな大家の案内で空いている部屋(1階だけだったが)を回り、ルネの部屋の鍵を受け取った。

このマンションは、L字型の妙な作りになっている。
片方が西、もう片方が南に向いており、西側が1号室、南側が4号室だ。
2階も同じく5号室から8号室まで。
1、2、4、5号室はワンルーム。
それ以外はダイニングキッチン付き。
長方形の部屋を2部屋並べた根元に、直角に正方形2部屋をつないだ形。
風呂トイレ共用。
トイレは敷地内、風呂は斜向かいの銭湯利用だ。
故に2号室から見た3号室は、隣ではなく向かいになる。
伏線なんかは特に無い。
俺は前と同じ2号室。
3号室は塞がっていたので1号室にルネだ。
・・・まぁ、そんなわけで、とりあえず帰宅しますか。

秋になると、夕方が早い。
空の9割9部9厘が人工物の中庭でも、それは変わらない。
空は赤くなるし、虫も鳴く。
その虫の姿を見たことはないけど。
前にも言ったが、俺はこの部屋の窓からの眺めが好きだ。
流れないままで色だけ変わる空。
夕方になると、近くの電柱のシルエットが浮かび上がる。
美しいとはとても言えないけど、やっぱり落ち着く。
「で、何でお前此処にいるの・・・。」
床に座って足を延ばす俺の横で、ルネが丸めた座布団を枕代わりに窓の外を眺めていた。
「んー?良いじゃん別に。お互いどうせ暇だし。」
そう言って延びと欠伸をする。
・・・犬みたいだな。
「で、晩ご飯どうするの?」
時折、尾が床と音を立てる。
叩くような音だったり、擦れたり。
「適当に見繕えば何かしらあるさ。インスタントは強い。幸い、ガスも電気も来てるし。」
「ふーん・・・。」
気のない返事。
「風呂は?」
「6時から。」
「後2時間か・・・。」
ルネが考え込むような素振りを見せる。
・・・黙ってれば可愛いのにな。
「よし。」
唐突に何を・・・
・・・まさか。
「鍵、閉めて。」
そう言った時にはもう、ルネはコートを脱いでいた。
「続きやるから布団だして。」
言われたとおりにすると、下着姿のままで布団の上に飛び乗る。
「・・・いいいいいやあの、・・・ほら、おおお俺ってこーゆーの初めてだからさ、もうちっとほら、時間ある時にした方g」
「明日は朝早く起こされそうだし、それ以降は時間あるとは思えないでしょ。」
そう言って上半身の布切れを外す。
そこにはかつて乳房であった物の名残が・・・あれ?
「あれ?胸・・・なんか事故で切除したって言ってなかった?」
「ん?あー・・・あれ、嘘。」
そう言ってその格好のままで頭を掻く。
「どうせこんな格好見せないし、・・・大きく・・・ならないから。」
・・・。
「つまり貧乳を誤魔化したかったと。」
「・・・・・・・・・・・・早く入れ。」
「は?」
・・・怒った?
歯を向いたり、眉間に皺が寄ったりはしてないから、致命的では無さそうだけれども。
尾が所在なさげに居場所を探す。
「早く。時間無くなるでしょ。」
俺の手首を掴んで布団に引き込む。
俺も部屋着なので、抵抗しない。
手首を掴まれたまま、ルネの隣に腰を下ろすような形になった。
彼女と同じように、膝を立てて座る。
体の側面が密着する。
肩が、熱い。
力入ってるし。
反対に、手首を掴んだ指先は、かなり冷たかった。
無意識に手首をふりほどき、その手を握る。
お互いの膝の下で、4本と5本の指が絡み合う。
「・・・・・・何かしなさいよ・・・。」
「何を?」
「・・・押し倒すとか。」
「・・・良いのかよ。」
「馬鹿。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
布団が沈む。
珍しく俺が上になった。
ルネは、驚いたような、何か複雑な顔をしていた。
顔が赤い。
たぶん俺も。
「・・・で、この後は?」

この時期は食欲が不振がちになりやすい。
体が冷えると食欲に睡眠欲が勝つ気がする。
そんなわけで、風呂に入るとテンション上がって腹が減るのもいつものこと。
「外寒いな、やっぱ。」
相変わらずいろいろ飛び交う天井の下。
距離が短いので何とかなるが、それでもこの時期の6時はもう夜、それなりに冷え込む。
「何か口に入れたい・・・。」
ルネもさっきと同じ格好なので、かなりこたえるらしい。
アパートの敷地内に入ると、ウチの「向かい」の部屋の前に一団。
まぁ、予想はしてたが、イリスと黒とリオンだった。
「おーい。」
「おかえりー。」
後ろから声をかける。
「おー、やっぱり会ったな。」
黒が重そうな荷物を持って言う。
イリスとリオンは、部屋の中にいるらしい。
覗く。
「何これ?」
「物置。」
中にいたイリスが言う。
「あ、お帰り。・・・、これ、全部荷物?」
「3人分だからな。これくらいにはなる。」
2号室の倍の面積の部屋の中は、一面ゴツい荷物で埋まっていた。
「ほかの連中のも預かってるし。」
「ここ、南側ゲートからも近いし、中庭内からのアクセスも良いから、ねっ、と・・・。」
リオンがバッグを手近な段ボールの上に乗せる。
「で、お前ら飯食ったか?」
黒が後ろから入ってきて言う。
さっきの荷物はもう無かった。
「まだ。」
ルネが答える。
「お腹は空いたけどね。」
「おしおし、じゃー上来い。白米と電子レンジとガスコンロとレトルトがある。」
「お、行く行く。」
白米に釣られるとは思わなかったが。

2階に上ると途端に家賃が跳ね上がる。
住宅街の外れなので、付近に高い建物はなく、道に面した窓からは北に向かって中庭が一望できる。
狭い方の1部屋を全員で占領し、レトルトカレーを集めて一つの鍋に盛大にぶち込む。
炊飯器3つから遠慮なく盛った白米の上に、セルフサービスでぶっかける。
これがまた旨い。
銭湯から歩いて帰宅する間に冷えた体の芯に染み込む。
暖房は全くない部屋の気温はひたすら上がり、鍋の中身が一段落する頃には全員が最低1枚の服を脱いでいた。
「こーゆー物久々に食ったが、悪くないな。」
「さすがにこの部屋に5人はキツいけどね。」
リオンと黒がそれぞれ「らしい」感想を述べる。
「それにしても、また外でるの嫌だな・・・。」
「別に、イリスはココで寝るのもアリでしょ?私たちは下だけど・・・。」
「だなー・・・。」
結論が出たのかどうかは分からないが、話すことがなくなると突然静かになった。
リオンは鍋の底に残ったカレーをひたすらこそげ落とす。
イリスと俺は、それを遠巻きに見ながら壁に背中を預けた。
「・・・それにしてもさ。」
「んー?」
俺が口を開くと、イリスが軽い返事をする。
この調子なら、この話しても良いかな。
      • 明日のこともあるし。
「この前出てきた連中、何で出てこれたんだろ・・・。普通は中から開けられないようになってるはずなのに・・・。・・・外から見たことでもないと、だけど。」
「あぁ、個別主義者連中に南側の開け方教えたの俺だし。」
イリスはそれがさも当然かのように、こともなげに言った。
「へ?」
「いや、知ってたからさ。あいつ等は少なくとも人減らしについての通説は信じて無さそうだったし。」
そう言いながら立ち上がり、部屋の隅に備え付けの冷蔵庫まで歩く。
「あぁ、竜だか竜人だかが入ってきてさらって行って殺してるってあれか。」
「あぁ。飲むか?」
イリスがいつものパック黒酢を2本、冷蔵庫から取り出し、俺に言った。
「あ、さんきゅ。・・・あんなの信じてる奴いるのかよ・・・。」
黒酢のストローをパックに挿す。
紙が破れ、抵抗を亡くしたストローが中の液体に触れる。
「同種と異種だったら、普通後者に警戒する。人間は特にな。」
ぢゅー・・・。
・・・。
・・・ああ、そういうことか。
イリスは以前、ここに住んでいた。
当然、中庭に入る為には南側の出入り口を使ったはずだ。
だから開け方が分かる。
それを例の連中に教えただけの話か。
「まぁ、そんなわけで、」
一息入れてイリスがまた口を開く。
「誰かしら人間出てくることは俺らは当然だが、有る程度周知だったわけだ。お前がスムーズに入ってこれたのもそのせい。」
お前等の素性知ったのもずいぶん後だったし、と言って黒酢に戻る。
リオンが黒の腕に頭を載せて寝息を立て始める。
ルネが窓を開け、秋の乾いた空気が部屋に流れ込んだ。
「んで、その後にサヰが入って、お前が出てきて現在に至るわけ。」
イリスの言いたいことはそれで全部らしく、後は目の前の黒酢に没頭する。
部屋の気温が下がってきたので、下の部屋から持ってきた上着を肩に掛けた。
顔を撫でる冷風が、半ば沈みかけていた意識を引っ張り上げる。
「竜は・・・なんで俺のことを・・・?」
大分経ってから、ずいぶんと長い間嚥下出来ずにいた疑問を口にしてみる。
黒酢はかなり結露していて、手が冷たかった。
「あいつ等、やたら保守的なくせに他種族に関しては無関心だからなぁ・・・。噂のことも知られてるかどうか・・・。」
「・・・。」
当たり障りのない回答。
「まぁ、拾ってきた猫でも飼ってるような気分だったんじゃねーの?少なくとも、俺はアイツ・・・フィアのこと見てて、そんな印象だったな。」

屋根下とはいえ、夜は冷える。
腹部で妙な存在感のある黒酢の揺れを感じながら外階段を下り、自室に戻った。
何故かルネも付いて来たわけだが。
部屋に入り、冷蔵庫に入っていた牛乳を火にかける。
かなり多めに砂糖を入れて、2つのカップのうちの一つをルネに渡した。
蛍光灯を消す。
窓際に行き布団に座り込んで、横向きに倒したカラーボックスをテーブル代わりにして、造り物の空を眺める。
「・・・この空・・・、好きだったんだけどな・・・。」
「思ってたのと違う?」
ルネが俺の方を見て言う。
側面から光が当たり、掘りが強調される。
元からそれほど深いわけではないので、陰影が強調された顔が何となく珍しく、暫時、見入った。
「・・・何か顔に付いてる?」
「い、いや、・・・何でもない。」
ルネは、あっそ、と言って窓に視線を戻した。
俺はそのままカップを傾ける。
「フィアは結局何で俺のこと拾ったんかねぇ・・・。」
何気なさそうな口調でルネに言った。
「さぁ。」
彼女は視線を窓の外に向けたまま、言う。
「分かんないけど、アンタが居なくなってから結構荒れてた雰囲気だったよね。」
それだけ言って、後は黙って色ムラだらけの空の絵を眺める。
「・・・。」
俺は何も言わず、視線を落とす。
カップの底に残った牛乳を、胃袋に流し込む。
やたら甘くてザラザラした。
流しにカップを突っ込み、
「・・・ありがと。」
「ん。」
布団に体を投げ出す。
「・・・明日早いからもう寝る。」
「ん。」

重ねて言うが、秋の朝は寒い。
白く靄がかかったような錯覚に陥る空気は日に日に冷たさを増す。
しかもそれが、日の出直後(厳密には「日」ではないが)となると尚更だ。
味噌汁と白米と卵と納豆という平凡な朝飯が、胃袋の中で地味に地味に放熱し、どんどん外気に奪われる体温と危うい均衡を保っている。
後部ハッチを半ばヤケのように勢い良く閉めると、俺はいつものジープの助手席に滑り込んだ。
「お疲れー。」
運転席のイリスが、ハンドルに突いた片肘に顎を乗せ、反対の手で缶コーヒーを揺らしながら言った。
「寒ぃな畜生・・・。・・・最後の荷物、やたら重かったけど、何?」
「非常用武器一式。」
イリスはそう言って、缶の底に残ったぬるそうなコーヒーを胃袋に流し込み、空き缶を助手席の下に置いた段ボールに放り込む。
中に入った紙パックと缶が、篭もった音を立てる。
「あー・・・コーヒー飲むと逆に体冷えたような気がするな。」
そう言って白く曇ったガラスを拭き、エンジンをかける。
中庭に持ち込めるガソリンの量が限られているため、アイドリングは出来ないのだ。
必然的に、停車中は暖房の類も一切無しだ。
「おめー、ショットガン撃てるよな?」
エンジンが掛かり、暖房が唸ると、黒が後ろで口を開いた。
「いや・・・撃ったこと無い・・・。」
正直に答える。
竜連中は長距離レンジの精密射撃主流なのだ。
接近戦に持ち込んだら素手の方が強いし。
・・・桐生だけは別だが・・・。
「簡単だ。」
車を動かし、イリスが言う。
「最初は引き金引く、それ以降は引き金から手ぇ放さずにがっちゃんがっちゃん。」
「装弾数は7発だから、それで撃つとすぐ無くなるがな。」
黒が続ける。
「不安だったら、1発撃ってコッキングって感じで覚えとけ。仕舞うときはセーフティかけるなり、幾らでも安全策はある。」
「しかし、君が触ったこともないなんて意外だね・・・。」
リオンが後ろで口を挟む。
「そもそも、銃なんて出てきてからしか撃ってねーよ。中で暮らしてるうちはある程度知識あったってだけで、ミリタリー趣味とかもないし・・・。」
そんなもんかねぇ・・・、と言いながら、リオンは後部座席に引っ込むと、
「ルネー。」
後ろでルネを呼んだ。
「保温庫の中に、適当な飲み物入ってない?」
「あー入ってる入ってる。」
気がなさそうな声でルネが答える。
「コーヒー以外で。」
と、リオンが付け加えた。

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