裏窓3

    

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鼻を突く異臭で目を覚ました。
目の前に、さっきのでかい方の竜人。
ああ、ここ、公園のトイレか。
小便器4つに、小部屋が2つ。
それに、おそらく掃除用具置き場であろう空間が一つ。
俺達意識喪失組は、その一番奥の壁にもたれかかるように、床に直接足を伸ばして座らされていた。
目の前の竜人がガスマスクをはずす。
長い銀髪が姿を現した。
身長は、おそらく2m近いだろう。
上半身は黒のランニングシャツ、下半身も黒基調のミリタリーパンツ。
シルエットだけでは、上半身裸に見えたのは、こいつの体色が黒だから。
「平気か?」
黒いのが聞いた。
何とか頷く。
実際、あの至近距離であんなものぶっ放された日には全然平気じゃないんだけども。
「元々、火薬の量減らしてはいたが、まさかあの距離で撃つとはな・・・。」
口元を緩めながら頭をかく。
「撃たせるつもりはなかったんだが、あいつはこーいうことに関しては素人だからな、まあ、大目に見てやってくれ。」
「はぁ・・・。」
軽い声で笑わないでくださいまだ結構痛いてす。
「お前、人間だよな?」
頷く。
「あいつらに拾われたのか。」
頷く。
「武器も、あっちからの入手?」
頷く。
「ほう・・・そうか・・・。」
黒いのが顎に手を当て、親指で顎の下を掻きながら考えるしぐさをする。
「あの・・・。」
これは黙ってると相手の都合の良いように会話を推し進められるパターンだ。
と、言う訳でとりあえず口を挟む。
「前に、・・・多分手榴弾だと思うんですけど、爆発に巻き込まれかけまして・・・。」
「何処で?」
「オフィス街の・・・、確か、トレーラーの所・・・。」
「ああ、確か運転手がいい具合にジューシーだったな。」
「はぁ・・・。」
確か、その運ちゃんの手で『滑って』転んでフィアの上に落ちたんだっけか。
「悪い、多分それ俺だわ。」
・・・・・・・・・。
「まあ、そのときは竜しか見てなかったからな・・・、お前みたいなのが居ることは気付かなかった。」
・・・まあ、生き残ったからよし。
「所で・・・、」
「あん?」
「もう一人の方・・・、専門じゃないって言ってましたよ・・・ね?」
「ああ。」
「『専門』って?」
「俺は・・・、まあ、現場仕事。で、あいつはまあ、オフィスワーカー・・・かね?」
「オフィス・・・、ですか。」
「うん。拷問関係。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの・・・なんて呼べば良いですか?」
いや、これは話題変えるだろ普通。
「・・・これ、なんて読む?」
黒いのは、首にかけていたタグを俺の前にかざす。
『黒』と彫られていた。
「くろ?」
「残念、へい。」
「へい?」
「黒(ヘイ)。」
「何処の読み方?」
「極東の方。大陸からは出ない。」
「へえ・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
やばい、話が続かない。
何かいわねーと・・・。
「ところで、こいつ。」
「はい?」
隣でまだ眠っているルネを指す。
「お前とどんな関係?」
「僕とは特に・・・。会ったばっかりだし。」
「何処に居た?」
「竜の所に。」
「地下?」
「はい・・・。」
あれ?
確か、あそこに竜の集落があるのって口外厳禁じゃなかったか?
「あの・・・、何で?」
「ん?ああ、あいつら、知られてないつもりなんだっけ?」
頷く。
「知ってるよ?普通に。時々攻撃したりはしてるけど、あれ、カムフラージュだし。」
「はあ・・・。」
「まあ、話せば長くなるけど、俺たちとしては、正直、竜はもう脅威として感じなくなったってーのかな・・・。」
頷く。
「今むしろ動向が危ないのは人間側だしね。人間の方が、竜に攻撃しかけようとしてるらしい。最近外に出される人間増えてるのは、多分その所為。」
「じゃあ、俺も?」
「多分。まあ、大抵は竜に拾われる前に俺らで拾って、適当に遊んだ後元に戻すか、攻撃的姿勢を崩さない場合は・・・。」
オフィス街で串刺しだったり、右半分だったり、下半分だったり、眼球がなかったりした死体を思い出す。
思い出さされる。
「おーい。」
入り口付近で声がしたので、そっちを見ると、黒より2回りは小さい赤い竜人が立っていた。
黒が立ち上がり、彼の傍まで歩いて行く。
時折、俺の方やらルネのほうを指差しながらしばらく話し込んでいた。
数分後、黒が再び俺の前に立つ。
「立てるか?」
頷く。
「喜べ、お前、捕虜からペットに昇格したっぽい。」
「・・・誰の?」
「俺の。」
かっかっか。
俺の肩を軽く叩きながら、黒が笑った。

とりあえず、肩を貸してもらって立ち上がる。
足がまだふらつくが、支えがあれば立てないことはない。
「じゃー、イリス、後頼むわ。」
黒が赤い竜人の肩を叩く。
彼は無言のまま手を上げ、黒に手の甲を見せると、そのまま掃除用具の中のバケツを引っつかみ、中にたまっていた水っぽいけど何だかよく分からない液体を、ルネに頭から浴びせかけた。
俺、呆気。
黒は俺の肩を押して、ここを早く立ち去ろうとする。
イリスと呼ばれた竜人は、それで目を覚ましたルネの頭を両手でつかみ、グラグラする彼女の頭を固定し、自分の顔を覗き込ませるように見せ付けた。
ルネの頭の動きが止まり、代わりにここから見ていても分かるほどの勢いで手が震え始める。
力が入らないまま、自分に覆いかぶさる竜人の体を退けようとするが、当然、全く意味がない。
イリスの頭越しに、俺の姿を認めたらしいルネは、あろうことか、もう既に涙目になっている。
「嫌だ・・・、嫌だ嫌だ嫌だ・・・。」
力が入らないまま、乱暴な動作で個室に連れ込まれそうになる。
間一髪で壁を掴み、懇親の力で抵抗する。
も、まあ、そこはやっぱりガキだし、寝起き(?)だし。
「やだぁぁあああああああああ!止めてぇ!お願いだからぁあああ!!」
顔をぐしゃぐしゃにして懇願する。
俺に。
俺に助けを求める。
空いているほうの手を懸命に俺に伸ばすも、そのまま個室に引きずり込まれる。
「嫌だあああああああああああ!!うわあああああああああああああっ!!!うわあああああああ(どす。)げぶぉっ!」
鈍い音が聞こえ、悲鳴が止んだ。
何か噛まされたのか、「んー!んー!」程度の声がドアの向こうから漏れる。
それがだんだん甲高く、湿ってくる。
中で何が行われているか、想像に難くない。
「おい。」
黒が俺の肩に手を回し、強引にトイレから引きずり出す。
それに従う、俺。
結局、そのまま俺は、そのトイレから、そこにある現実から、逃げた。

公園から15分程歩いたところに、薄汚いジープが停めてあった。
黒が鍵を取り出し、ドアを開ける。
後部座席に、促されるままに乗り込む。
運転席と助手席以外のシートはフルフラットにされており、靴を脱いで黒に倣って座席の下のスペースに放り込む。
黒は足と尾を投げ出して背中の後ろに手を付き、俺は膝を抱えて腰を下ろした。
尾のためのスペースなのか、運転席と助手席の背もたれには穴が空けられて、後部座席も全体的に後ろに下げられている。
「人間の動きが、若干怪しい。」
黒が突然口を開いた。
「外に、何か仕掛けるつもりらしいんだ。」
「竜側に?」
「多分。」
沈黙。
「社会の出来という観点で見れば、人間に勝る生物はいない。」
黒が独り言のようにこぼす。
「集団を維持する為の手段として、隷属を用いない。」
「・・・。」
「その代わり、自らと異なる存在を全て敵と見なし、自らの地位を揺るがすと思われる存在には容赦しない。その結果が」
黒が窓の外を仰ぎ、俺もそれに続く。
「あれだ。」
先程のビルや公園よりもさらに北の位置に、煤けた、のっぺりとした球体、の一部。
「孤立、いや、拒絶だ。嫌なこと、嫌いなものは見ない、聞かない。」
「・・・。」
「確かに合理的な思考だがな。」
「・・・俺は・・・、何のために外にいるの?」
「さあな。竜連中に紛れ込ませるためか・・・。」
「分かんないんだ・・・。」
「俺は全能じゃない。」
・・・。
沈黙。
黒が運転席と助手席の間から手を伸ばし、車のエンジンをかけ、暖房を入れる。
左右の壁から乾燥した温風が吹き付け、俺は鼻を啜る。
「煙草、吸っていい?」
「うん。」
正直、あんまり良くない。
「・・・・・・やっぱ、止める。」
顔に出たらしい。
黒が出しかけたライターと煙草をポケットに納めた。
「何の話だっけ?」
「あれ。」
窓の外を示す。
「あぁ。」
「人間の話。」
「・・・・・・過去に何回戦争やったか知ってるか?」
「4、5回?」
「4回だ。」
黒が指を全て開いて掌をこちらに向ける。
「最後ので、人類の数が極端に減ったわけだが、それにより人類の孤立化はどんどん進むことになる。」
「今の所は、5回目の兆しは無さそうだよね?・・・人間同士では。」
「だな。だからだろ。」
「?」
「だから、敵を外部に、自分たちよりも明らかに優れた生物に選んだんだろうな。」
「じゃあ・・・。」
「ああ。人間が竜相手に何かやらかそうとしてるのは確実だ。」
「・・・。」
「問題はそこじゃない。中庭でも竜が相手らしいってのは周知の事実だ。・・・無論、お前等みたいな一般人は除くが。」
黒が顎に手を当て、親指で顎を掻く。
ぽりぽり。
「俺らがどっち側につくかって事。」
「あぁ。」
「まぁ、立地が立地だからな。どちらかにはつく必要があるわけだが。」
「立地?」
「竜の集落と、中庭のちょうど間なんだよ、竜人の集落の場所。」
理解した。
何か始まれば、必然的に巻き込まれる地理なのだろう。
そこを離れれば問題ないような気もしたが、何か特別な理由でもあるのだろうか。
「まぁ、ある程度は様子見て、勝ってる方に行くのが一番確実なんだろうが・・・。」
「竜人の総意としてはどうなってるの?」
「どーでもいい。」
「はい?」
「ってーのが総意。わざわざ戦争する必要ないし。武力ってのは、内側の統治のために使うもんだ。」

とんとん。

窓ガラスが叩かれ、咄嗟に腰に手を持って行く俺。
銃はそこにはなかった。
当たり前だが。
外を見ると、イリスが肩にルネを担いで立っていた。
黒が車のドアを開ける。
「じゃ、後よろしく。」
イリスが黒にそう言い、黒は外に出て煙草に火をつけてから、俺に「後で」と言ってルネの体を支えて車から離れていった。
入れ替わりにイリスが車に乗る。
さっきのミリタリーパンツに白のTシャツから、黒のスラックスの上にワイシャツを羽織った姿になっている。
何でかは、知らない。
結局、さっきのルネの姿も良く見えなかったし。
考えないことにする。
「あいつ、車の中で煙草吸ってないよな?」
イリスが口を開いた。
鼻をひくつかせながら、煙草の痕跡を探す。
「吸ってない。」
さっきやっぱり止めたのは、この所為かもしれない。
自分でも気にしていたのか、深く勘ぐりたくなってくる。
気付くと、イリスが俺の顔を覗き込んでいた。
「な・・・、何ですか?」
「・・・・・・おめ、何処住んでた?」
「・・・・・・?」
「中庭で。どんな所住んでた?」
「ボロアパート・・・、です。普通の。」
「普通ってのは?」
「・・・・・・あんまり、普通じゃなかったかもしれない・・・。」
「近所に怪しい奴が居たり?」
「・・・まあ、そんな感じです。」
「夏場はゴミ出し嫌がるくせに、コートは消して脱がない四本指の奴は?」
「・・・・・・何で?」
何で?
え、ちょっと待て、何で知ってんの?
「ごめん、それ俺・・・。」
え?
「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「やっぱりあのガキか・・・、懐かしいな。」
「最近見ないとは思ってたんですけど・・・、大家さんに聞いてもまだ前払い分の家賃の貯金があるから、部屋の片付けも出来ないって・・・。」
「そのうち戻る気で居るからな。」
「・・・・・・・・・。」
待て。
頭が整理できない。
口だけがどんどん動き、適切な言葉を反射的に紡ぎ出しはするが、理解がそれに追いつかない。
何か、さっきからずっと頭の中が混乱しっぱなし。
話してくれるのは有り難いが、俺が理解できるように、ゆっくりと話して欲しい。
みんな、自分で理解している知識を断片的に話すから、かえって混乱してくる。
「・・・とりあえず、貴方は俺の元御向かいさん、と。」
イリスが頷く。
「とりあえず、今はそれだけ理解してればいい。」
そう続ける。
「まあ、移動時間もあることだから、時間のあるときにじっくり話そう。」
「はあ・・・・・・。」
知りたい気もするし、知りたくない気もする。
まあ、今日はもう何か疲れた。
これ以上何を言われても頭に入らない気がする。
「・・・ところで・・・。」
ここで、さっきから一番気になっていることを聞いてみることにする。
「彼女、どうなるんですか?」
「ん?・・・ああ、あいつか。別に?もうやることは済んだし。」
「やることって?」
「あれ。まあ、一応造反した訳だし、それ捕まえたらある程度のペナルティは課されるだろ。」
「ペナルティって・・・。」
「あいつは飼い犬じゃない。身内に噛み付いたらどうなるか分からないほど馬鹿でもない。そういうことだ。」
「・・・・・・。具体的に、何を」
「知りたいか?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「歯医者って拷問、知ってるか?」
「・・・あの・・・。」
「あん?」
「・・・・・・やっぱり、いいです。」
「あ、そう。」
ルネがもう一度黒につれられて戻ってきた時には、彼女は自分の足で歩いていた。
両手にかなり厚く包帯が巻かれ、口の中にガーゼが詰められている。
目が真っ赤になって泣きはらした跡があり、かなり疲労してはいるが、それ以外には特に目立った外傷はなかった。
後部座席部分に俺たち二人が入り、運転席にイリス、助手席に黒が座る。
ルネは最初こそ俺のことを恨めしげに睨み付ける事を止めなかったが、そのうち微妙にすすり泣き始め、俺が「大丈夫?」と言うと頸を縦に振った。
そのまま俺の傍まで来て、動かない口で「ごめん」と言ったので、俺も同じことを言った。
鼻を啜りながら俺の肩に頭を乗せ、数分後には車に揺られて寝息を立て始めた。
黒が俺たちの様子に気付き、口の端を緩めた。
ちょっと恥ずかしい気もしたが、ついさっき初めて出会って、ついさっき撃たれた相手の割には敵意を感じることはなかった。
結局、俺の意識はその後数分しか保たれず、いつの間にか眠りの中へと誘われていく事になった。
ものすごく疲れていたらしく、不確かな安心と車の振動が心地よかった。

目を開ける。
灰色。
灰色の世界。
埃を舞い上げながら走るジープの窓に映る廃墟が、ゆっくりと流れる。
前方に、中庭を覆うコンクリートの殻。
どうやら、地下への入り口のあるアーケード街のある方向とは反対側に来ているらしい。
車が動き出してからどれくらい経ったのかは分からないが、この睡眠で頭の中が少しすっきりした。
窓ガラスにもたれていたために痺れる額をさする。
ルネは、まだ目を覚まさないようだ。
口に含んだガーゼの血はもう固まっているが、掌に巻いた包帯は染み出した血液で赤黒い湿った斑点が出現していた。
「んぅ・・・。」
左肩で声を漏らす彼女の頭を撫でる。
髪の毛は湿っていて、少し錆臭い。
俺が寝るときに起こされた後部座席の背もたれの下に空けられた隙間から彼女の尾が後ろに延び、床のマットの上を這う音がする。
助手席では黒が腕を組んだまま爆睡モードに入っており、運転席のイリスも生あくびを噛み殺している。
速度計の針が、120km/hをゆっくりと乗り越えた。
「あの・・・。」
なんかヤバそうな気がしたので、イリスに話しかける。
「んあ?」
しつこく這いだしてくるあくびを堪えながら、イリスが答える。
速度がゆっくりと落ち、85km/h程に落ち着いた。
「どした?」
眠たそうな声で続ける。
「いや・・・、休まなくても平気ですか?」
「あー、確かにヤバいかもな。」
ハンドルから手を離し、目を擦りながら言う。
「お前、まだ寝るか?」
「多分、平気だと思う。」
「そうか・・・。じゃ、付き合え。」
「へ?」
「会話してないと寝そう。」
「だから休めば・・・」
「もうすぐそこだ。」
イリスが言い、俺は前方を見る。
いつの間にか車のすぐ脇に来ていた中庭の壁から、廃墟がちらほらと覗く。
と、その中に、明かりが灯った細長い2棟のビルが現れた。
「ほら、見えた。」
イリスがそう言い、速度計の針はまた100km/hを跨いだ。

ボロい。
灯りが無ければそこら辺の廃墟と変わらない位ボロい。
近くに寄ってみると、鉄筋やらコンクリートやらでガチガチに補強されていることが分かるが、それもかなり年季が入っている。
助手席と後部座席から、目を覚ましたルネと黒が降りる。
「荷物ー。」
イリスが黒に言う。
ルネは口からガーゼを引っ張り出し、ゴミ山の中に放り込んだ。
「人間!」
黒に呼ばれて、ジープの後方に回る。
何となく、ルネもついてきたようだ。
「これ持ってて。お前等の銃も中に入ってるから。」
黒いボストンバッグを手渡される。
肩に掛けたが、意外と重かった。
「それと、ルネ・・・、だっけ?」
ルネが頷く。
「こいつ、渡しとく。使い方は分かるな?」
ルネが頷く。
黒はルネに鍵を放り投げ、銃は後で返すと言って、ルネに先に行くようにと言った。
手ぶらで手前のビルに向かう。
手前と奥のビルは、ほぼ完全に同じ作りに見える。
中庭の壁の、ビルを挟んだ向かい側に俺たちのいる駐車場があり、一つは独立して、もう一つは、局面を成す壁にもたれるように、壁に接して建っていた。
「使い方?」
「まあ、後で分かるさ。」
黒は俺の質問をあっさりと流して、ジープのハッチを開ける。
イリスが中からさらにバッグを二つ取り出し、片方を黒に預ける。
「おっしゃ、行こうか。」
黒が言った。

近づいてみると、ビルの特殊さが際立った。
高さはそこそこ。
まあ、普通の高層ビル程度だろう。
が、その先端はまだ鉄骨が露出しており、建設途中だった。
反対に最下層部分はかなり使い込まれており、何十にも補修された後がうかがえる。
地面よりも一段低い部分に入り口があり、中に明りが灯されていた。
そして何より、窓の配置。
壁の周りを這うように、弦巻(つるまき)上に螺旋を描く。
上層部に行くにつれて、明りがまばらになっていくようだ。
「下層部は共用フロアなんだ。大衆向けの施設は、下に固まってる。」
いつの間にか隣に居た黒が、煙草に火を付けながら言う。
「居住区は、上。」
「しかも新規入居時はもれなくペントハウス。」
イリスが横槍を入れ、黒が笑う。
「新しいのが来る度に増築するんだ。」
イリスが言った。
中に入る。
物が多い。
とにかく多い。
使えるのかどうか分からない電化製品やら、自販機やら、その他諸々。
壁は一応、掃除されているようだが、掃除の為に撒いた水が水垢になっているような有様だった。
しかも丸い空間のうち、それぞれ向かい合う二つの地点から螺旋状に階段が始まっているものだから、恐ろしく狭い。
その上真ん中にはでかい円柱。
そこに曲面上の両開きのドアがあり、それだけがここがゴミ置き場でもスラムでもなくエレベーターホールであることを主張している。
「階段がこうやって出てるってことは・・・、」
「そう。ここ、螺旋状に上に伸びてるんだよ。」
イリスが言った。
黒は、ホールの隅の灰皿の脇で、名残惜しそうにさっき火をつけたばかりの煙草を咥えている。
エレベーターの中は禁煙なのだろう。
「下層部は階層一つに部屋一つだから、ある程度平坦になってるがな。居住区に入ると、もう階層の概念が無くなる。」
イリスがエレベーターのボタンを押しながら説明する。
「二重螺旋を形成する螺旋階段の沿うように、階段状に部屋が並ぶんだ。同じ高さの向かい側は、階段が違うからかなり遠い。」
・・・イリスは、複雑な言葉が好きなのだろう。
若しくは、説明が殺人的に下手糞なのだ。
「まあ、よーはアレだ。」
黒が灰皿の脇から話に割り込む。
「向かい合った二つの螺旋階段が廊下になって、その階段に沿って部屋が並んでる。だから、お向かいさんとは階段が違う。」
理解した。
その構造だと、向かい側の部屋に行くには一度下に降りる必要があるわけだ。
で、階段を変えてもう一度上る。
「まあ、大体、エレベーターを通り抜けるがな。」
黒がそう言った時、エレベーターが到着し、ドアが開く。
錆臭くて、埃っぽい。
壁の禁煙マークの下に、根性焼きの後がついていた。
エレベーターの中から別の竜人が出てきて、イリスの隣に居る俺の方を気の毒そうな目で見ながら通り過ぎた。
「糞、着いてから火ぃ付けりゃ良かった。」
黒がそう言いながら、2/3ほど残っている煙草を灰皿のふたに擦り付けた。

エレベーターの中に入って、さっきの黒の台詞の意味が分かった。
エレベーターは円形で、その中には向かい合うように二つの扉がついている。
それぞれが別の階段に沿うように、エレベーター自体も回転しながら上に昇るわけだ。
慣れないと気持ち悪い。
周りが見えない分、微妙に捻られながら上に上るような感覚だけなのが救いだが。
扉の脇には、一列に並んだボタンと、鍵穴が大量に。
ボタンにはそれぞれ1桁の数字。
大衆向けの階層だろう。
ドアの上を見てみたが、フロアと施設の対応表は載っていなかった。
鍵穴の群れの中には、まだ壁に穴があいているだけのものもあり、それが床スレスレまで、びっしりと壁を覆っている。
黒とイリスがそれぞれの鍵をそれぞれの鍵穴に差し込んで回し、戻して抜いた。
鍵穴を良く見ると、それぞれに細かく3桁の数字が彫ってある。
鍵穴に鍵を入れてまわすと、それぞれの部屋に対応した高さまでエレベーターが進む仕組みなのだろう。
一番下の鍵穴の数字を見ると、134番だった。
多いのか少ないのかよく分からないが、少なくとも134人の竜人が、この建物の中で生活していると言うことだ。
エレベーターの速度が落ち、停まった。
俺たちの後ろのドアが開き、青色の皮膚の竜人が乗り込んできた。
手に持った鍵の束をジャラジャラ言わせながら、目的の鍵を探し出し、さっきイリスが刺したのと同じ鍵穴に鍵を入れようとする。
「・・・おい。」
イリスがその竜人に声を掛けた。
「そこ、もう停まるようになってるぞ。」
声を掛けられた青の竜人がイリスに気付き、「何だ・・・、」と言いながら鍵を鞄に放り込んだ。
「乗ってるならそうやって言えよぉ・・・。」
体系はイリスと同じくらいだが、若干細い。
と、言うか、今まで黒とイリスを比べていたからイリスが細く見えていたが、イリス意外と筋肉質だ。
青い竜人の腕とイリスのそれとを比べると、その差が歴然とする。
「知るかよ・・・。」
イリスがそう言いながらも、青い竜人の肩を叩く。
知り合いのようだ。
いや、それは鍵を差し込んだ時から分かったけども。
「あれ?人間・・・。」
青い竜人が俺に気付く。
ついでに俺の隣の黒にも。
「こいつ、へーさんが拾ったの?」
へ、へーさん?
「ああ、まあ、そんなトコだ。ルネと一緒に居たんでな、とりあえず『保護』した。」
「・・・で、イリス、・・・何かした?」
青いのが心配そうな顔で言う。
「こいつにか?」
黒が聞く。
青いのが頷く。
イリスが口を開いた。
「別に、俺は始めて対面したような捨て猫いきなり虐待するほど病んじゃいないさ。」
青いのが心底ほっとした様子で俺に向き直った。
「じゃ、まだこっち出てきてそんなに時間経ってないんだね。」
頷く俺。
と、イリス。
「ルネが言ってた」と、付け加える。
ああ、アイツ、ちゃんと俺の事庇ってくれてたのか・・・。
なおさら申し訳ない気持ちになった。
青いのが俺の頭を撫でながら、笑顔を浮かべた。
・・・満面の・・・。
俺は、なんとなく拾ってこられた子猫のような気分になる。
まあ、実際そうなのだが。
「リオンって呼んでくれればいいよ、人間君。」
青いのが言った。
「あ、はい・・・、宜しく・・・。」
雰囲気に飲まれてる俺。
エレベーターが停止した。
黒がいる方のドアが開く。
「じゃ、また後で、下でな。」
黒がそういって、俺を捕まえて話さない姿勢になっているリオンから俺を引っぺがし、エレベーターの外の螺旋階段に出る。
俺も、荷物を引きずりながら後に続いた。
足元が不安定なので、微妙に怖い。
「電話してねー、へーさん。」
リオンが手をぶんぶん振り回しながら言う。
「僕はイリスんトコに居るからー。」
「はいはい・・・。」
黒がそう言い終わらないうちに、エレベーターのドアが閉まった。
黒は俺をそこに待たせて、さっきの鍵とは別の鍵で、目の前のドアを開ける。
扉を押しながら、俺に「入れー」と言った。
結構、狭い。
暮らすには二人が限界だろうか。
大体縦横が5m位の空間。
その奥にはユニットバスだろう、扉がもう1つ。
そこだけ正方形の部屋が部屋が四角く切り取られていた。
扉を入って左側には布団箪笥兼本棚があり、その隣に結構大きいデスクトップPC。
黒がその電源を入れる。
その向かい側に洋服用と思われる引き出しの箪笥と、ハンガー式の洋服ダンスがある。
本棚やら箪笥やらは備え付けらしく、床に固定されて床と同じ材質だった。
床も壁も、味気の無いコンクリートのようだが、壁には板が打ち付けられ、床はカーペットが敷かれていた。
ドアの向かい側に、身を乗り出せるような窓が一つ。
ドア下のスペースに靴を脱ぎ、カーペットには裸足で乗る。
床には切れ目は無いので、靴を脱ぐ、脱がないは持ち主の意向なのだろう。
ずっと穿きっぱなしだった靴を脱ぎ、床に座り込む。
起動したPCの前に座り、黒がマウス操作をすると、画面に大量の3桁の数字が表示された。
それぞれの数字は表のように区切られており、そのセル一つ一つに赤・黄・青の色が付いている。
「何それ?」
「在宅確認早見表。」
黒が言う。
「在宅が青、外出が赤、睡眠中が黄、非通知は無色だ。」
今の状態は殆ど赤、無色が若干、後はちらほらと青と黄色。
黒がその中の一つを指差す。
セルに二重の縁取りがされており、そこだけが強調されている。
「これがここ。」
青い。
「で、これがイリスんトコだな。」
その斜め下のセルを指差す。
赤い、と思ったら青になった。
「ここの下層部のサーバーと繋がってて、リアルタイムで更新されるんだ。まあ、出かける前に電話するか、こいつで確認しろって事だな。」
黒が言った。
「まあ、これが青くなってるのに電話に出ないようなときは、非通知に設定するの忘れて何か楽しいことでもやってるってことだな。」
かっかっか。
黒が笑う。
「・・・もしかしてPCってこのためだけ?」
「まあ、メッセージ送ったり、ナニしたりナニしたりだな。連絡取りたいだけなら電話でも何とかなるが、出前とる時なんかはこっちの方が便利だ。」
そう言ってモニタを放置したまま椅子から立ち上がる。
「じゃ、とりあえず風呂入るか。」
と、言いながら服を脱ぎ始めた。
「お前も脱げ。」
・・・・・・・・・マジで?

狭苦しい料理屋に入ると、奥のほうでリオンが「へーさーん!」と大声を出した。
心の底から嬉しそうな顔。
イリスは・・・、他人の振りしてる。
「何だ、食ってなかったのか・・・。」
黒がそう言いながら椅子に腰掛ける。
壁際なので、固定式の長椅子だ。
その隣に俺も座る。
何か、黒に肩組まれたし。
「お、着替えさせたのか。」
イリスが言った。
「ああ、ついでに風呂も入ってきた。目ぇ覚めるし。」
黒がそういって俺の頭に手を置く。
ちょっと逃げ出したい。
「風呂って・・・、お前まさかもう手出したんじゃ無いだろーな・・・。」
「流石にそこまで餓えちゃいねーよ。」
かっかっか。
「まあ、じっくり慣れさせてかr・・・」
「人間・・・。」
黒が言葉を言い終わる前に、イリスが俺に話しかける。
「悪いことは言わない、俺んトコ来い。」
イリスの前に、発芽玄米の御飯と味噌汁が置かれる。
「こいつ、ちょっとその気(け)がある。」
「おいおい・・・、まだこいつがノンケだって決まったわけじゃないだろ・・・。」
「ノンケです。」
「うわ・・・、断言かよ。」
「当たり前だろ・・・。」
「じゃー僕がへーさんとこ行っても良いー?」
「あれ・・・?リオンってひょっとして・・・、そう・・・なんですか?」
「あー・・・、黒が目覚めさせた。これはひょっとしたら未来のお前の姿かもしれない。」
「だーら、別に両刀も悪くないと思うぜ?オカズには困らねーし・・・。」
「お前は飯の前にそーゆー言葉を吐くな。」
「へーさんとこ行ってもいいの!?」
「あー、分かった分かった。」
リオンが狂喜乱舞し、納豆が到着する。
「で、ルネは・・・どうするんですか?」
「さあな。多分、もうこれでお咎め無しだろ。まだ若いし。」
イリスが味噌汁と発芽玄米を口の中でミックスしながら言う。
「本気で造反したとも思えないしな。まあ、若気のいたりって奴?俺も妄想だけはしてたわ。」
黒がそう言い、納豆に盛大にわさびをぶち込んだ。
「ああ、お前何食う?」
「あ、月見蕎麦あります?」
「天蕎麦にしとけ、悪いことは言わん。」
「・・・じゃあ、それで。」
黒がテーブルの脇についているコンソールのボタンを押すと、伝票と一緒に注文確認が出てきた。
奥のほうで、「天蕎麦18番ですー!」と声がした。
「で、何だっけ?」
「ルネです。」
「ああ、そうだったな。」
納豆がだんだん白っぽくなってきて、粘りが凄くなってくる。
黒が溜り醤油とからしを足す。
「アイツって処女かな?」
ぶっ!
イリスと俺とリオンが吹いた。
いや、その下にあった感情はさまざまだけど。
「でも、確かあいつ竜と同棲してましたよ?」
「マジで?」
「はい。」
「まあ、そりゃ十中八九してるだろうな。」
「いや、あれと一緒に住んでて何の感情も抱かないのは黒くらいだろ・・・。」
なぜか流れる深刻そうな沈黙。
天蕎麦が到着し、黒が俺の前に一味を取ってくれた。
「本人に聞く勇気ある?」
「馬鹿か、お前は。」
べし。
イリスがリオンを殴る。
・・・軽くだよ?
「・・・イリス聞かなかったの?」
「流石に拷問してもセクハラはしないわ・・・、俺。」
「意外と処女かもな・・・、竜族の『ぴ――』ってものすごい大きさだから。」
周りの連中がいっせいに俺たちの方を振り向く。
「お前に常識を説くのは野暮かもしれないが、それは流石にマズいだろ・・・、常識的に考えて・・・。」
イリスがものすごく居心地が悪そうに味噌汁を啜った。
こいつら、何だかんだ言ってやっぱり雄(おとこ)だな・・・。
うん。
「ま、いいや、とりあえず本題。」
黒が涼しい顔で続ける。
周りの視線が痛い。
「これって、俺らどっちに付くべき?」
「・・・・・・・・・?」
いきなり何の話?
「ああ、人間側に付くか、竜側に付くかって話。」
      • 話題がまた唐突で重いな・・・。
天ぷらを汁に漬け、一部千切って麺と一緒に口に入れた。
「まあ、とりあえず人間には付かない方がいいですよ。」
と言う俺。
「理由は言わずもがな、人間の同盟協定は全く当てにならない。」
続ける。
まあ、人間だからボロクソ言っても平気。
「あと、これ一番大事だけど、多分、人間、竜と竜人の違い分かってない。同盟じゃなくて、竜側が人間に隷属って形じゃないと納得しないよ、多分。」
・・・・・・・・・沈黙。
ずぞぞ、と蕎麦を啜る。
「よーするに、人間側よりは竜のほうがまだ希望があるよってこと。俺なんかも拾ってもらったし、器は絶対竜のほうが大きい。人間と竜人の違いも、それなりに理解してるみたいだし。」
「そうでもない。」
今まで殆ど真面目な会話に参加していなかったリオンが、突然深刻な顔で口を開いたので、ちょっとびっくりした。
「そうでもないよ。少なくとも、僕はそう思ってる。正直、僕らに対するスタンスは、人間も竜も変わらない。」
リオンの前に天ぷら定食とから揚げ定食が置かれ、テーブルが一気に狭くなった。
「あ、人間君、塩取って。・・・ありがと。・・・人間から見たらどうか分からないけど、少なくとも竜は竜で、結構酷いことやって来てる。」
リオンがから揚げと天ぷらにざばざばと塩をかけながら、独り言のように言う。
「ケチャップと一味と薬味葱。」
イリスがリオンに所望の物品を手渡した。
リオンが天ぷらにケチャップを満遍なく分厚くかけ、味噌汁に一味と葱を、汁が見えなくなるまでぶち込んだ。
ケチャップまみれの天ぷらを御飯に載せ、米と一緒に口に運ぶ。
「むしろ、こーいう物品をこっちに提供してるのは紛れも無く人間だし、協力体制に持っていくんなら多分人間の方がいいよ。」
「いや、人間よりは竜だ。」
俺も引かない。
「俺とルネが何とかする。竜の協力は取り付ける。それに、いざ俺たちが一人勝ちしようとしたら、数で勝る竜を後に持ってくるのが最良だ、と思う。」
あんまり詳細なことは分からないので、客観的な要素だけで話を進める。
「俺はどうか分からないが、少なくともルネは竜たちの中でもそれなりの発言力を持ってる。」
ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ。
「うわ、もう伸びてきた。・・・反対に人間側に間違いなく潜り込んで、竜人として話が出来る奴がいるのか?」
いつの間にか俺が会話の流れを掴んでいる。
半分以上残っているのは、天蕎麦と唐揚げ定食だけになった。
「はい、ストップ。」
黒が納豆の小鉢をテーブルに置き、箸を湯飲みに投げ込んで言った。
「どの道、お前らにはここでの発言力が無い。妄想を垂れ流すのもいいが、その殆どがおそらくお前らの頭の中で完結することを忘れるな。」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」」
「まあ、お前らの言い分も的を得ていない訳じゃないがな。ただ、的に当たるか否かで話を進めても平行線だ、分かるだろ?」
椀の底にへばり付いて乾燥しかかっているわかめを剥がしながらイリスが言う。
「どの道近々方針としては決定されることだ。俺らにはそれに逆らう権利も理由も無い。」
「そうそう。お前らが何か言ったところで。竜全体の活動方針は何も変わらないさ。まあ、人間側にはまず傾かないとは思うが。」
黒がそう言って、イリスの湯飲みにお茶を注いで、自分で飲んだ。
「早く飯食って、収まるところに収まって、さっさと寝ろ。」
イリスがそう言って、リオンの湯飲みにお茶を注いで、自分で飲んだ。
俺は手早く自分の湯飲みにお茶を注いで、自分で飲んだ。
リオンは唐揚げを味噌汁の中に漬け、御飯と混ぜてかき込むと言う、流石に見ていて不味そうな行動に走った。

「じゃ、お前ら先に上行ってろ。」
黒が俺とイリスにそう言って、リオンの肩を掴んだ。
「俺らはもう一軒回る。」
さっきの店を出た目の前にある、『いかにも』な店に二人で消えていった。
俺たちはそのままエレベーターに乗り込み、イリスが黒の部屋の前の層の鍵穴に、自分のとは別の鍵を入れる。
黒の自宅と階層の鍵は、合鍵を持っているらしい。
そのまま黒の部屋まで上がり、俺とルネの荷物の入ったバッグを担いでまたエレベーターに乗る。
黒の階層と同じ側のドアが開いた。
階段は共通なので、いざとなれば歩いていけるらしい。
つか、荷物が大きかったりしなければ、歩いた方が早いそうだ。
ドアを開けると、黒と同じような構成の部屋が現れる。
左右の間取りが逆で、備え付けの家具の材質も微妙に違うが、それ以外は全く同じような部屋。
ただ、こちらは黒の部屋と違い、物が多い。
それでも手狭な感じがしないのは、綺麗に片付いていたり、布団がしっかり畳まれていたりするからだろう。
細かい箱のようなものが綺麗に整頓されて積まれ、窓のある面の壁を埋め尽くしている。
「布団一つしかないから、しばらく共用な?」
イリスがそう言い、やっぱりいきなり服を脱ぎ始めた。
「俺、風呂入ってくるから、適当にくつろいでて。」
「・・・ああ、・・・うん。」
ちょっと身構えたのは秘密。

ここで、1つ告白することがある。
俺には、名がない。
あるのは6桁の住民番号のみ。
中庭での生活では、固有名詞を使用する必要に迫られなかったのだ。
ほしいと思ったことがないわけではないが、具体的にどうしたいと問われると、答えに詰まる。
因みに住民番号は、生まれた年数の下2桁とその居住地、北東西南がそれぞれ1~4、それに、その年何番目に生まれたかが最後の3桁で、俺の場合は054012となる。
――始めに「人間には」ではなく「俺には」と言ったのには理由がある。
いわゆる個別主義者、インディビジュアリストと呼ばれる人々。
個別主義を冠しながらも集団でないと行動できない矛盾は置いとくことにする。
名前のあるなしで迫害されるような謂われはないし、大して問題を起こすようなわけでもないので、あまり目立った集団ではない。
事実、俺も今の今まで彼らのような集団は、ほとんど意識の外にあった。
その集団が、小規模ではあるけども、中庭、南側出入り口からぞろぞろ這いだしてくる。
彼等の先頭にいる長身の男が数歩前に出て、肩に掛けたドデカい鞄を地面に置いた。

3日経った。
俺が竜人の集団に合流した翌日、彼等は正式に、人間側との対立の構えを見せた。
理由は知らない。
知る必要がない。
その日の内に、中庭の南側出入り口周辺を固めるように、テントと掘っ建て小屋の集落が出現した。
タワーから大して遠いわけではないが、武器などの補給物資の保管場所は近い方がいい・・・のか?
約200mの道のりを、搬送量の多い車が4時間ほど行き来して、結局、作業が終了したのは日を跨いでからだった。

その翌日は、完全に引っ越し作業に追われた。
それぞれ専門分野の異なる面子で、4~5人の集団となり、そのメンバーでテントをひとつ。
イリスたちの関係が、単なる友人グループでないことが判明した。
本当はもう1人居たらしいが、数ヶ月前に爆死したらしい。
詳細は聞いていないが。
少ない荷物をジープに運び込み、引っ越し作業そのものは午前中の内に終了した。
その後、睡眠不足と疲労で泥のように布団に倒れ込んだ俺たちが覚醒した頃、にわかに外が騒がしかったのだ。

「何だぁ・・・、あの大所帯・・・。」
黒が思わずと言った風に漏らす。
「何て名乗ったって?」
「名を持つ者、だとさ。」
後ろから這いだしてきたイリスが言う。
「ネーミングセンスの無さそうな名前・・・。」
数日一緒に暮らして分かったが、こいつは何というか時々一言余分だな。
「何だ、インディビジュアリストか。」
「いんでぃ・・・?」
答えた俺に黒がこぼす。
こぼせてない。
「個別主義者集団。」
「なんだそりゃ・・・。」
「没個性的な社会に反抗したい連中だよ。」
イリスが付け加えた。
「あ、なんか渡した。」
威圧感たっぷりに進み出た大柄の竜人を見上げながら、先頭の竜人が何かを受け取る。
「何かのディスクだねぇ・・・。」
いつの間にか起き出して、話に加わっていたリオンが、自前のオペラグラスを覗きながら言う。
「何の?」
黒が言う。
分かる訳ない、とイリスが答えた。
彼らはそのまま一時的に捕虜として隔離区画に移され、俺達はテントに戻って、共用のノートPCで適当な音楽かけながら時間を潰した。
夕方、黒とイリスが揃ってテントを出た。
皺だらけの絨毯兼布団の上で、広い空間を満喫するように手足を投げ出してしばし放心した。

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