裏窓2

    

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「うわ・・・。」
吐いてきてよかったと思った。
「見事だなこりゃ・・・。」
桐生がフィアと同じことを言った。
窓から入った銃弾は、若干身を乗り出していた竜人の眼窩を見事に打ち抜き、あたりに脳漿をばら撒きながら頭蓋骨を破壊し、ビルの壁にめり込んでいた。
あまり見ないようにする。
「でしょ?初めてでこれは・・・。」
フィアが桐生に同意し、賞賛の意味を込めて俺を見やる。
俺は正直複雑な心境なわけだが・・・。
「ん?」
桐生が足元に目を落とす。
「おい・・・これってM249じゃないか?」
「へ?」
フィアが間の抜けた声で答え、俺は名前だけは聞いたことがあるその銃を近くで見ようと、桐生の傍に寄る。
見かけは通常のライフルとあまり変わりないが、弾倉部分に台形をしたマガジンが付いている。
桐生がそのマガジンをはずすと、中からベルト状に繋がった5.56mmがジャラジャラと連なって顔を出す。
「200発フルで持ってやがる・・・。」
「ここにも入ってますよ。」
俺は窓の脇に転がっていたコンテナを注意しながら桐生のところまで運ぶ。
持ち上げるときや傾けたときに、中で軽やかな金属音がした。
因みに、俺たちが居るオフィスビルのこの階には、5~6階分を貫く大穴が開いている。
そこの淵近くに平気で腰掛けているフィアの神経には、ある意味平伏だが・・・。
ともかく、コンテナの中に爆発物やらが入っていないことを確認し、もって帰るべく銃のケースを探し出し、荷造りを済ませる。
いざ、帰ろうとした瞬間だ。
「何か来た。」
フィアが唐突に、緊急を要する声で言った。
彼女はいつの間にか、ビルの窓から下を見下ろして、地面の様子に気を配っていたようだ。
「気付かれてる?」
桐生が荷造りの手を止めずに聞き返す。
「多分、気付いてない。気付いてたら、こんな武器があること知っててあんなに堂々と近づいてこないわよ。」
傍らに横たわる機関銃。
「こいつの帰りが遅いからじゃない?」
壁際に転がっている、頭部の潰れた竜人の死体をしゃくりながらフィアが言う。
俺、早くもパニック。
「どうする?」
これは桐生。
「あんたたち、裏から出なさい。私が先にここから飛び降りて、あいつら表に集めるから。」
フィアがそう言いながら、早くも窓から身を乗り出そうとしている。
「少なくとも入り口は知られていない以上、ここから全員やっちまうのが一番確実だと思うぞ。」
「どうするのよ・・・。」
「フィア・・・、外行くわけ?」
俺がやっとのことで口を開く。
「行く。」
フィアは簡潔に答えた。
――沈黙。
桐生が痺れを切らせたようだ。
「分かった。お前は勝手に下に行け。ただ、必要以上に動き回るな。なるべく開けた所までおびき出すだけにしてくれ。」
そう言うと機関銃の安全装置を確認する。
フィアは溜息をつきながら窓へ向かう。
俺、何もできない。
「じゃ、行って来る。」
フィアが振り返らずに言ったかと思うと、そのまま窓から飛び降りた。

フィアはそのまま飛翔し、片側3車線の道路の右側のど真ん中に、音も無く着地した。
建物に入ろうとしていた集団に躊躇いも無く銃を向ける。
そのまま1発。
よくは見えなかったが、竜人の一人の頭にでも当たったらしい。
1秒しないうちにスライドを引きなおし、もう一度構えなおす頃に下が一気に騒がしくなった。
もう1発。
もう一人に当たる。
急所は外れたらしいが、動きは止まった。
集団が走り出し、一斉に銃を向ける。
全員似たようなデザインのアサルトライフルのようだ。
何を使っているかは、よく分からない。
フィアが一気に身を翻し、竜人たちがライフルを構え、桐生の機銃が火を噴くのは全て、ほぼ同時だった。
銃を構えた集団は、もう一度空中へ翔けるフィアを捕らえようとフルオートのライフルを連射しながら彼女の後を追い、彼女の方は少し上まで上がったかと思うと凄まじくゆるい角度で降下しながら一気に初速を得て、猛スピードで上に逃げる。
この間、約1秒。
その瞬間だった。
通常、銃というものは、引き金を引いてから弾が出るまでのラグは皆無と言っていい。
しかし、機関銃やガトリングのようなタイプは違う。
まず、中でフルオート機構が動き出し、ある程度のタイムラグを伴ってから一気に銃撃が始まるのだ。
つまり、その間だったわけだ。
文章であらわすと『、』程度の時間。
その時間が過ぎ去った瞬間だった。
銃声と言うには連続しすぎている音が、アサルトライフルの連射音をかき消した。
だだだだだ、と言うよりも、ばりばりばり、と言う音。
左手で44口径を構えた桐生が、人間には到底真似できない腕力で、右手一本の力だけでミニミを連射する。
マズルが毎分1000発の連射による放熱で火を噴き始め、その隙間を縫うようにこちらも腹の底に響くような音を立ててマグナムが発射される。
「お前!その銃よこせ!」
不意に声を張り上げて指示を出され、俺は反射的に腰にあったベレッタを手渡す。
左手でそれを持ち、ミニミの連射を中断してそれを右の脇の下と窓枠で支え、ベレッタのスライドを引き、フルオートにしながら、
「こいつに弾入れてくれ、さっきのTTXの奴。」
と言ってマグナムを放り投げる。
と、言うか地面に落としていたものを蹴り飛ばす。
俺はそれを受け取り、さっき桐生が弾を入れていた桐生のコートのポケットに手を突っ込む。
手作り臭あふれる.44マグナム―TTX EDITION―を6発、レボルバー部分にぶち込む。
そんなことをやっている間に、桐生は100発近くあった9mmを全て撃ちつくしたらしく、少しずつケチりながらミニミで弾をばら撒いていく。
どうやらフィアは、下で隠れながら銃撃でもしているらしい。
と、ミニミの銃弾が尽きた。
「入れたか!?」
「入った!」
俺がそう言い終わる前に俺の手からむしりとる様にしてアナコンダを奪い取り、ハンマーを起こして引き金を・・・。
引かない。
何故なら、桐生が顔を出した瞬間、フィアが尾で最後の一人の頸をへし折ったからだ。
俺が銃を渡している間に、肉弾戦で2人片付けたらしい。
穴だらけになったアスファルトと、埃が立ち昇るビルの部屋、硝煙の匂い。
フィアと桐生は、窓を隔てて短い言葉を掛け合った後、俺を桐生が担ぎ、俺は荷物を担ぎ(機関銃の先端からは相変わらず火が出ていた)、下へと降り立った。
「遅い。」
フィアの第一声はそれだった。
最後の2人のときの話らしい。
「まあ、上出来だろ。仮にお前が劣勢になっても、相手の方には弾残ってなかったっぽいし・・・。」
地面に転がる、大量の薬きょうに目を落とした。
「いざとなったら、こいつもあるしな。」
そう言いながら、ビルに向かってマグナムの引き金を引く。
ばおん、と妙な音がして、ハンマーが桐生の顔を掠めて真後ろに飛んでいった。
アナコンダのレボルバー部分が大きく上に飛び出し、フレームが一目で修復不能と分かるような勢いで曲がっていた。
幸いなことに、液漏れはしていないようだが・・・。
「・・・・・・壊れた?」
桐生、本気で落ち込んでたな・・・。

結局、アナコンダは近くにあった瓦礫の山の奥深くに突っ込んで(これって不法投棄って言うんじゃないのか?)、見なかったことにすることにしたらしい。
大通りから飛び立った俺たちは、そのまま大きく迂回しながら空中経由で例のエレベーターへと飛び、誰も付いてこないことを確認した上でシャフトの中へそれぞれ時間差でダイブした。

その後、朝っぱらから疲労困憊して帰宅した俺たちを待っていたのは、突然の機銃掃射で叩き起こされたほかの竜連中の冷たい冷たい視線だったのだが、それを気にする余裕も無く帰宅した俺たちは、それぞれの住処で結局翌日の朝まで泥のように眠った。

薄暗がりの中、薄目を開ける。
フォークリフトのパレットの上に大きな板を置き、その上に布団を敷いただけの万年床。
その上で丸くなり、膝を抱える俺。
俺の体を包み込むようにして、フィアの背中がなめらかな曲線を描き、寝息を立てる。
すー、すー。
それに合わせて胸が収縮し、彼女の吐息がうなじを撫でる。
背中に彼女の腹が接して、内臓の蠕動を伝える。
数時間前にヒトを殺めた前足が、俺の胸を包み込むように抱き留める。
彼女の脈が聞こえる。
人間のそれよりも大きく、ゆったりとした筋肉の波。
皮膚の下を、あの脳漿と同じ色をした液体が流れる。
すー、すー。
ずっと寝息。
時々、思い出したようにしなやかな尾が動き、ぱたん、と音を立てる。
ブラインドの向こうで、決して多くはないこの地下街の住人達が歩き回っているのが見える。
桐生も、あの中にいるのだろうか。
それとも、その向こう、向かいの建物の中で、ささやかな喧噪から離れ、俺たちと同じ様な時間を過ごしているのだろうか。
・・・。
俺は、どうだろう。
外?
外に居る連中に混じって、彼らと同じ時間を共有する自分を想像する。
外で誰かが笑い声を上げた。
からん、と、空き缶が転がる音が後に続く。
中身の入っていないような音だった。
すー、すー。
相変わらずのペースでフィアの寝息が聞こえる。
ぱたん。
生きてる。
漠然とそう思う。
そう思うと、今度は飛び散った脳が頭の片隅でちらつく。
270°回転し、皮膚が千切れかけた首。
ライフルの音。
腹に響く音。
ぱたん。
思考が中断する。
壁。
そこに飛び散る俺の脳漿。
木っ端微塵に破壊された頭蓋骨。
床を汚す血液。
その前に、煙を上げる銃口。
見覚えのある36口径。
それは――、
「んぅ・・・。」
フィアが喉から声を漏らす。
俺の体を抱くように曲げていた手で目を擦る。
そのまま、その手を俺の頭に。
でも、俺の頭はもうソコにはない。
だってソレはさっきフィアが壊しちゃったから。
俺の脳漿で汚れる彼女の手。
無性に悲しくなり、泣きたくなったのに、眼球はとっくの昔に破裂しちゃったから――、
「大丈夫!?」

目の前に、フィアの顔があった。
彼女の大きな手が俺の頭を左右から掴み、俺の目を覗き込む。
俺はいつの間にか泣いていた。
鼻水の量がだんだん増える。
「あ、――・・・。」
頷こうとしたが、声が出ない。
首だけを縦に振ると、涙の粒がぼたぼたとこぼれ落ちた。
フィアは何か言いかけた様だが、口を開くことはしないで、そのまま俺の頭を彼女の胸に押し付けた。
声を出すと大声で泣き叫びそうで、俺は奥歯をかみしめながら、彼女のわきの下から腕を差し込み、肩に回してしがみつく。
後ろに回した腕がフィアのわきの下に圧迫されている。
ここは意外と柔らかい。
彼女は左手で俺を抱いたまま、右手で俺の頭を撫でる。
それはただ掴まれただけのような動作だったが、それでもとにかく俺は嬉しかった。
「――あ・・・、――あ・・・っ。」
馬鹿みたいにその言葉を繰り返す俺に付き合って、「大丈夫だから。」と言いながら、彼女の胸の匂いで俺の思考を満たしていてくれた。
俺は結局堪えきれず、彼女にしがみついたまま大声を上げて号泣した。
たぶん、フィアもちょっと泣いてくれていた。

外に住んでいる者達は、人間達の領域を中庭、または単に中と呼ぶ。
それに対して、自分達の領域は外と言うわけで、内側と外側という概念において、人と竜は共通の理解を持っている。
中庭は、球体の一部を切り取って伏せたような、ドーム上の空間。
内側に人工の空と人工の太陽がある。
空の壁に覆われた箱庭の中で、人間が暮らしている。
外は見ない。
自分と違うものの世界は、見ない。

その中庭を囲むように、竜人が群をなしている。
それは小さな群が集まって作られたような1つの社会で、その社会はまるで1つの組織のように機能していた。
アパートや住宅が建ち並ぶ、本来は人間の生活が営まれた場所。
中庭から外に放り出された人間は、例外なくココに迷い込み、彼らに発見され、ほぼ例外なくなぶり殺される。

公園がある。
住宅街によくあるタイプの、遊具と砂場と公衆トイレが設置された公園。
今は遊具は撤去され、砂場とおぼしき場所には衣類や肉片などの細かいゴミが散乱している。
汚れきった公衆トイレからは、排泄物と体液の入り交じった腐臭。
壁の下品な落書きを書いたのは、ナニだろうか。

竜のコロニーは、そこから更に離れたところに点在する。
竜人とは異なり、飛行能力を有する彼等は、長距離をおいて点在する彼らの居住区を、竜人に邪魔されることなく行き来する。
居住区はたいてい地下にあり、それぞれ1つないし複数の決まった入り口が存在する。

竜の気性は穏やかな場合が多い。
遺伝子に刻み込まれた選民的なプライド、他の生物に対する優越感がそうさせるのであろう。
事実、現在この世界に存在する3つの生物の中で、客観的に見て、精神的、肉体的に一番優れているのは竜であろう。

竜人と人はよく似ている。
いや、性格には、よく似ていた。
どちらが先かはもはや知る術はないが、少なくともどちらか片方にとってもう片方が驚異に映らないわけがない。
自らと異なる者を排除しようという傾向は、両方に見られた。
生物学的に対等な立場である以上、それは当然のことだ。
両者が他者を排斥しようとし、両者は激しく対立した。

結局、この生存競争に、人間は負けた。
彼らはもはや戦うことを止め、自分たちと異なる者に目を向けない道を選んだ。
彼らは、壁を作った。
彼らには、欲しい物を生み出す力があったので、壁の中は豊かだった。
そしていらないモノは、外に投げ捨てた。

竜人達は、戦うことを止めなかった。
自らを生態系の上位に押し上げようと、不毛な戦いに身を投じ始めた。
当然、竜人の死者数はすさまじかった。
竜にとってみれば、降りかかる火の粉を払いのけているだけのことなのだが・・・。
竜人達は、この世界の中で孤立することになった。
何人かは中庭に入り込み、人に混じってはまた外に戻り、何人かは竜人社会を裏切り、竜社会に紛れ込んだ。
その内の何人かは、もう一度竜人の社会に戻ったりもした。

そして、長い時間が経った。

「いっそのことここで全裸にでもするか?」
竜のうちの一体が冗談めかして言う。
誰も笑わない。
何度も繰り返される重い空気。
長い沈黙。
論議の中心にいるのは他でもない俺自身だが、人間ごときが口を挟む空気ではない。

竜連中の間での人間の評判は、悪い。
相当悪い。
隷属させやすく、寝返りやすい気質の生物なので仕方ない。
その上、現在の状況がまたすこぶる悪い。
近頃の竜人の行動が、言い予感を抱かせない物らしいのだ。
先日のアサルトライフルもそうだが、最近彼らの間での銃器の流れが激しいらしい。
何を企んでいるのか分からない以上、何をしでかすか分からない。
これらは全て、今朝フィアから聞いたことなのだが。
ともかく、フィアに付き添われて「正式に」表通りに出てきた俺への風当たりは、思いっきり予想通りだったわけだ。
桐生とフィアの間に挟まれるように小さく立ち尽くす俺への視線が、猛烈に痛い。
痛い上に、非常に冷たい。
数秒が数分に延長される凍り付いた空気の中で、背中に添えられたフィアの手の部分だけが汗ばんだけど、手を除けて欲しいとは思わなかった。

「まぁ、あの連中に限って、わざわざこの時期にこんないかにもな奴持ってくるとは思えんが・・・。」
何度か繰り返された議論がまた始まる兆しを見せる。
「しかし、怪しすぎる。論理的な理由を抜きにしても、この時期にこの存在は放置していいとは思えない。」
因みに彼ら、先程からひたすら俺と竜人連中との関係に対して言及したがる。
まあ、早い話が奴らの犬か否かってことだ。
俺の知の及ぶところではないので、何か言うことは出来ない。
俺が黙るしかないから、話が終わらない。

「とりあえず飼うって事にしたらどうよ?」
桐生の隣の竜人が口を開く。
彼女はルネと言うらしい。
流音?
まあ、いい。
桐生と同棲中。
一時期は密会を余儀なくされていたらしいが、彼女が竜人の所に「カミカゼの真似事」を仕掛けて以来、いつの間にか公然と出会うようになったようだ。
因みにカミカゼというのは数世紀前に流行った群の自爆部隊らしい。
詳しいことは聞いていないが、彼女はそれで乳房を吹っ飛ばし、肋骨を一本失ったそうだ。
竜人や竜の生命力は伊達じゃないな。
で、その肋骨は今彼女の胸の前でペンダントとして揺れている。
「別に、素手で襲いかかられてやられるような相手じゃないでしょ?」
最後の台詞に小馬鹿にしたようなニュアンスが見え隠れする。
俺と大して変わらない身長なのだが、もうなんと言うか覇気が違う。
何ビビってんの、腰抜け。
目がそう言っていた。
目の前の竜が一気に喧嘩腰になり、咽の奥まで来た言葉の爆風を飲み下す。
近くにあったウイスキーの瓶に八つ当たりしようとしたようだが、見下すようなルネの態度に、ここで切れたら大人げないと思ったらしく、「勝手にしろ」と捨て台詞を残して去っていった。
体の向きを変えたときにさもうっかりと言った様子でさっきの瓶を尻尾ではね飛ばした。
壁に当たって派手な音を立てて砕ける。
ルネの方を見ると、野良犬を撃退したような顔で鼻先から笑いを漏らしていた。

店のある階まで上がると、外の喧噪が嘘のように遠ざかる。
桐生が店の入り口のドアを閉めると、いつもの見慣れた静寂が部屋の中を包んだ。
ため息をつく。
くたびれた上着を脱ぎながら、ルネが俺を見る。
「で、正直な所どうなの?」
俺に思考の時間を与えずに、ルネが口を開いた。
俺は助けを求めるようにフィアを見やるが、彼女は口を出すべきか否か決めかねている様子だ。
仕方ないので俺が答える。
「関係ない。」
うん、なんて簡潔。
脱いだ上着を部屋の隅に放り投げると、ルネはいきなり俺の襟首を掴み、壁に押しつけると素早く、俺が上半身に身につけている物をはぎ取り始めた。
「ちょ・・・、なにを」
「黙りなさい。」
手を休めることもなく、俺を半裸にする。
貧相な上半身をまじまじと眺められた。
桐生もフィアも何も言わず、ただその作業を見守っている。
「後ろ。」
「・・・はい?」
「後ろを向いて背中を見せて。」
仕方がないので言われた通りにする。
「この痣はいつの物?」
腰の下あたりにある内出血を押し込まれて、鈍痛が走った。
「フィアに初めて会ったとき、爆風で飛ばされて地面で打った。」
ルネがフィアに視線を投げる。
「それは本当。」
フィアが言った。
「で、もう満足か?」
桐生が冷蔵庫からカクテル用の烏龍茶を出しながら言う。
桐生は毎回ここにきては勝手に飲み物を略奪していくのだ。
まぁ、竜には金銭の概念が無いようなので、もともと入手に金は掛からないわけだが。
「一応。」
ルネが答える。
明らかに満足していない様子で。
「それこそ、ここでなら全裸にしたいぐらい。」
「・・・。」
「脱がせたら?」
フィアがとんでもない横槍を入れる。
「アンタもここで脱ぐんならね。」
と、思ったらフォローのつもりらしい。
桐生から取り上げた烏龍茶を啜りながらルネに対して続ける。
――沈黙。
――。
「ふん。」
フィアが鼻を鳴らす。
それが癪に障ったらしい。
ルネがいきなり、本当にいきなり、上半身に着ていた男物のワイシャツを脱ぎ始めた。
長袖で隠れていた腕が露出する。
体の骨格は、人間に近いらしい。
細い体だった。
鱗のない、特徴的な皮膚が光を吸収し、筋肉の掘りを際立たせる。
腕をクロスさせるようにしてTシャツも脱ぎ、床に叩きつけるように投げ捨てる。
上半身が姿を現した。
背中から左の乳房にかけて大きな傷があり、普段は隠れて見えない肋骨のペンダントが揺れる。
肩で息を一つすると、そのまま俺を壁に押しつけるように固定し、ベルトを外し始める。
つーか、待て。
せめて待てと言わせろ。
そのままベルトを引き抜き、ズボンを下ろされた。
と、思うと、今度は彼女が自分のベルトを外して、こちらもくたびれたジーンズを下げてって・・・
「ち、ちょっと待てお前ら!」
桐生がやっとこさ絞り出した大声で制止するのも聞かず、ルネはズボンを完全に下ろした。
それも蹴り飛ばすと、つかつか俺の方に歩いてきてってそれは流石に止めろって

どす。

桐生がルネの後頭部にグーをぶち込み、そのまま羽交い締めにして俺から引き離す。
フィアはため息をつきながら彼女の脱いだ彼女の服と、彼女が脱がせた俺の服を拾い始める。
俺はその場に立ち尽くしたまま、下着一枚で呆気にとられている。
フィアが拾ったルネの服を桐生に渡し、桐生がそれをスマンと言いながら受け取り、フィアは呆然とする俺のズボンを上げた。
とりあえず服を着ようとする俺の顔を、ルネが睨みつける。
目が潤んでる。
ずぅ、ずぅ、ずぅ。
ずぅ、ひっ・・・。
ひっ・・・、ひっ・・・。
ルネが服を着ないままで服を握りしめた手で顔を拭う。
「あーあ、女の子泣かした・・・。」
フィアが言った。
俺の耳元で。
ルネは下着だけの姿のまま、桐生の手に支えられて店の奥に入っていく。
鱗の桐生の背中から、地面をずりずり引きずられて行くルネの尻尾の先端が見え隠れした。
ふぇぇ・・・、と情けない声を出しながら、トイレ兼洗面所兼風呂場のドアが閉まった。

――後で分かったことだが、ルネはどうやら俺よりも年下だったらしい。
いや、俺だけ悪者みたいなこと言わないでくれないかな・・・。

だだっ広い空間のど真ん中あたりで、今日何度目かの提案をルネにぶつける。
つか、なすりつける。
「ねぇ。」
「んー?」
「もう帰らね?」
「駄目。」

分かりやすく言えば、見回りだ、パトロールだ。
露骨に言うと、竜たちの厄介払い。
俺に関する処遇が纏まるまでは飼うことにするから、それまでは首謀者で面倒を見ろ、と言うことらしい。
で、ルネだ。
竜の認識では、彼女が俺の飼い主らしい。
で、見回りに行ってこい、人間も連れてけ。
・・・ヤバくなったら、ルネだけ逃げろ。
フィアと桐生も、別の用事で出かけたらしいが、詳しいことはよく分からない。

寒風吹き荒ぶ広野の中を、人間1人と竜人1人が行く。
正確には、地下街から地上に出て少し北上したところにあるオフィス街のビル。
その一回部分のロビーだ。
四方を囲うガラス窓はことごとく破壊され、申し訳程度に残ったブラインドの残骸が風に揺れる。
硬質な床の上に大小様々の薬莢が転がり、爪先に当たって音を立てる。
壁がないので音が反響することもなく、寒々しいオフィス街の空に消える。
柱が整然と並んでいる。
表面の飾りの石が剥がれ落ち、鉄筋が露出している。
その上に真新しい補強がなされた物がちらほら。
真新しいと言っても、厚く埃を被っていることに変わりはないが。
俺たちはビルの中をまっすぐに抜け、道を挟んだ反対側にある公園跡地に出た。
周りに残る煉瓦だけの植え込みと、遊具の残骸、それと恐らく公衆便所であろう朽ちた建物で辛うじてその判断を下す。
「ここはどうする?」
ルネに判断を仰ぐ。
今更だが、目線が俺よりも低い。
「いい。」
即答。
公園の中を睨みつけるような表情。
「・・・昔何かあったとか?」
「・・・・・・・・・・・・。」
無視。
「なぁ、」
「黙って。」
ルネが俺の口の前に手をかざす。
「今、何か音がした。」
「誤魔化したいなら露骨すぎるぞ。」
「いいから黙って。銃だして。」
「・・・。」
雰囲気に気おされてとりあえず銃を抜く。
セミオートにしてスライドを引く。

因みに、竜連中が使っているのは殆どの場合マグナムのレボルバーだ。
弾が詰まりにくく、彼らのような構造の手でも手入れがしやすい。
ノーマルなハンドガンを使用しているのは、俺の知っている限り俺とルネだけだ。

「あっち。」
ルネがしゃくった方角に目を凝らすが、ルネに目視確認できない存在を俺が認識できるはずもなく、ルネの台詞の真意は当然分からない。
「行く。」
「・・・俺も?」
「当たり前。付いてくるだけでいいから。」
「・・・・・・・・・。」
この台詞も結構意味深じゃないか。
何だ、俺に的(まと)になれってか。
「・・・背中にくっついてて。肩の上から手ぇ出して。」
「・・・・・・。」
その体制になると、俺の顔面の真ん前にあなたの髪が・・・。
「これでいいか?」
「腕、私の耳に当てといて。その位置で撃たれると後で何にも聞こえなくなるから。」
ルネの横顔に俺の腕が密着する。
「フルオート。」
「は?」
「フルオートにしといて。私が撃ってないときだけ撃つようにして。」
「はあ・・・。」
「弾倉、どのくらいで換えられる?」
「へ?」
「時間。何秒くらい?」
「練習したから、多分3秒。」
「じゃあ5秒として見とく。私の方もそれくらいだから、私が換える時はそれ位の時間撃ち続けられるようにしといて。」
「・・・頑張る。」
「ん。」
ルネの後ろに立ち、銃を構える。
寝癖は直していないが、清潔に保たれた髪の毛からいい香りがした。
「足。」
「うん?」
「足、踏んだら死ぬよ。」
「・・・了解。」
2人とも申し合わせたかのように右足を踏み出した。

最初のうちは、特に変わったことはない。
先程と全く変わらない、整然と並ぶ柱と、埃のロビー。
それでも、ルネは柱の間を縫うように、蛇行しながら進んで行く。
体制が体制なので、俺も仕方なくこれに倣う。
真ん中あたりまでは、とりあえず異常なし。
俺の方が若干歩幅が広いので、ルネに合わせて少し速度を落とす。
それでも、俺は足を下ろしてから次の足を踏み出すまでにある程度待つ必要が出てきた。
砂を踏みつける、2人分の足音。
しかし、たぶんルネも分かっているとは思うが、この状況でハンドガンは辛い。
レンジが短すぎる。
それでも深追いしたいとルネを動かすモノの正体。
俺たちに危険を冒させる意味。
首でも持ち帰るつもりなのだろうか。
竜人の?
――安直だ。
気持ちは分かるが。
彼女と言う存在は、きっとそうするだろうという根拠は何もない。
が、この状況に身を投じるまでにあった彼女の思考はこれに違いないという自信もある。
過去に何があったのかは知らないが、負けるはずがない、死体を持ち帰る、と言う彼女の精神状態は、手に取るように分かる。
・・・待て。
それってヤバくないか?
こいつ、今、なんか、免許取ってから3ヶ月位の若者の顔してるぞ。
調子に乗って事故るパターンがありありと浮かんだ顔だぞこれは。
「なぁ、やっぱり帰らないか?」
いつの間にか歩を進めなくなった彼女に言う。
「駄目。」
そして、予想通りの
「もう、手遅れ。」
・・・へ?

どん。

反響と一緒に、重い音がこちらに到達する頃には、ルネと俺はそれぞれ地面を蹴って柱の陰に避難していた。
・・・俺は後ろ、ルネは前に。
「馬鹿!何でそっちにワザワザ・・・」
「おまえにあの状態で押されたら反射的にこっち来るだろ普通!」
どどどん。
先程の銃声が3点バーストの特徴的な余韻を残して響き、ルネの側の柱の裏側を激しく抉った。
その余韻が終わらぬうちに、今度はこちらの柱に4発。
どうやら、相手も複数らしい。
銃口を柱の脇から覗かせ、適度に弾をバラまく。
ハンドガンの音、軽い・・・。
先程の4発の後は、3発、5発、5発、3発、また4発・・・と規則的な撃ち方を繰り返す。
このルーチンが2回終わるごとに、弾倉を入れ替えるようだ。
30発式のM4。
見たとこ、そんな感じがする。
やっぱ、ハンドガンじゃ辛いか、と思った。
「ねぇ!」
ルネが俺に声を張り上げる。
「次のリロード時に、柱変えて、できるだけ近づくわよ!」
「把握!」
こちらも弾を撃ちきって、新しい弾倉に詰め替え。
3、5、5、3。
「今ぁ!!」
2人で柱から飛び出した。
その瞬間、真っ正面、ライフル2銚の銃口があるとおぼしき地点から、うぃいいいぃぃぃぃぃぃぃん、って・・・。
「隠れろぉ!!!!!!!!」
飛び出した瞬間に目に入ったモノは、円筒形をしており、その付け根に向かって弾薬の鎖が伸びていた。
比較的低い回転数で回り始めたその円筒には、周りを取り囲むように細いパイプのようなモノが取り付けられている。
で、それが一つ一つ全て銃口なので、総合的に、楽観的に判断しても、あぁ、あれが世に言うガトリングガンと言う存在かと、結論づけられたわけである。
どががががががががががががががががががががががが。
「なんてモノ持ち出してくんだよ!」
ががががががががががががががががががががががかが。
「運が悪かったとしか思えないわよ!普段からあんなの持ってるわけがない!」
がががががががががががががががががががががががが。
「ヤバい、柱が死ぬ。」
がががががががががががががががががががががががが。
「長時間は撃てないはずだから、もう少ししたら止むでしょ!その時に移動するなりする!」
ががががががががが、が、が、が、が。
ういいいぃぃぃぃぃぃ・・・。
「逃げる!」
「了解!」
流石に今のはちょっとばかり刺激的過ぎる。
因みに、柱はほぼ半分無くなってました。
ルネの方が若干速く、ゴールまで2/3程を残すあたりまではルネの背中を見続けた。
がぽん。
「ぎゃんっ!」
間の抜けた破裂音の後で、ルネがものすごい悲鳴を上げて、不自然な格好のまま宙を舞う。
尾と、白い煙が後に続いた。
「おい!」
その場でいつの間に出たんだと思うような量の涙と鼻水まみれの顔でのたうち回るルネにかけよる。
ルネは「うわっ・・・んんんんんんんんんんんんん!」と、絶叫とも嬌声ともつかない声を上げて、顔の前で両手を痙攣させていた。
催涙ガスでこうなった場合は、ほぼ間違いなくこすっても無駄。
むしろそれにより粘膜が傷つき、ガスの浸透を促進させる。
多分、その知識と、かすかな理性で手を止めたのだろう。
先ほどの破裂音がした方向を確認する。
ライフルのレール部分に取り付けられているのは、40mmのサブアーム。
いや、なぜここにそんなモノがあって、しかもこっちを向いてるかっつーと。
ライフルを構える、ルネと同じ様な竜人。
多分、雄。
かなり大柄だが、太っているわけではない。
筋肉。
だろうなぁ。
見事な体。
ご丁寧に、マズルにあわせたガスマスク装備。
そいつが、一目で分かるような動作で俺の後ろをしゃくる。
つられて振り返る俺。
相変わらず泣き叫んでのたうち回るルネの向こうに、似たような装備の竜人。
こちらはさっきの奴よりも細い。
そいつのライフルの中から覗く、スタングレネード。
指はもう、サブアーム側の引き金に掛かって・・・。
「や・・・やめ・・・・・・」
がぽん。
どす。
鳩尾。
一瞬、息が出来なくなり、口からは空気の塊と一緒にうめき声が搾り出される。
自分の腹を見下ろす、と、目の前いっぱいに広がる、・・・煙?
呼吸が回復した。
吸ったらヤバい事は分かっているが、反射的に肺が膨らみ、空気と一緒に大量の催涙ガスを吸い込んだ。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
ヤバい、目ぇ痛ぇ。
予想していたことだが。
ものすごい量の涙と鼻水と涎が溢れる。
それでも痛い。
顔に手を持って行こうとしたら、近くにいたデカい方の竜人に押さえつけられた。
危ねぇ。
あ、なんか竜人さん怒鳴ってる。
咳。
鼻水。
涙。
息できない。
ヤバい。
死ぬ。
苦し・・・。
体の力が抜けて行くのが分かる。
その感覚が、足から段々上に上がってくる。
首まで来たとき、急激に意識が遠くなり、目の前が真っ暗になった。
ルネが相変わらずぎゃんぎゃん泣き叫んでいる声が、頭の中で反響した。

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