捨てたはずの剣2

    

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「さあ、我を満足させるのだ・・・もし爪や牙を立てたりしたら、どうなるかわかっておるだろうな・・・?」
私はその言葉に震える両手で雄竜のモノをそっと掴むと、ゴクリと大きく息を呑んだ。
決して爪を立てないように柔らかな皮膜に覆われた指の腹でゆっくりと極太の肉棒を扱き上げながら、その先端を静かに口に含んでいく。
「ふ・・・ふぐ・・・」
やがて屈辱的な奉仕をさせられているというのに逆らうこともできない悔しさと情けなさに、きつく瞑った目からポロポロと大粒の涙が溢れてきた。
ともすれば抑え切れなくなった激情にまかせて思い切りこの肉棒を噛み千切ってしまいたくなるが、そんなことをすればまず間違いなく恐ろしい目に遭わされた挙句に殺されてしまうだろう。
何とか命を繋ぐためにも、今はひたすらに耐えるしか他に道はないらしい。
レロ・・・ヌチュ・・・シュル・・・
やがて心の中では強硬に反発しながらも、私は黒竜の肉棒に舌を巻き付けながらその先端を吸い上げた。
口に含み切れていない肉棒の根元は両手で包み込むようにして上下に摩りながら、無表情にこちらをを見つめている黒竜を悦ばせるべく不自由な体を必死に動かし続ける。
チュパ・・・ズ・・・ズリュ・・・
そんな頭の中で弾けるかのような淫らな水音だけが、胸の内で激しく燃え立つ憎しみの炎が延焼するのを辛うじて食い止めていた。

目の前に突き出された肉棒に泣きながらむしゃぶりついている幼い雌仔竜の痴態を眺めながら、我は次第に高まってくる快楽の波に身を委ねていた。
時折疲れからか雄の根元を摩る手の動きが鈍ることがあるものの、ほんの少し尾で締め付けてやるだけで仔竜が慌てて奉仕を再開する様は見ていて実に気分がいい。
恐らくは我に対して筆舌に尽くし難い程の憎しみを燃やしているのだろうが、我に命を握られている以上この小娘にそれを行動に移す度胸はないのだろう。
クチュッ・・・チュブッ・・・
か弱い雌を支配しているという優越感とともに、切ない快感が絶え間なく肉棒へと送り込まれてくる。
やがて心地よい全身の疼きが雄槍へと集中していく感覚に、我は巨大な手で小さな仔竜の頭を鷲掴みにすると自らの肉棒をその喉の奥まで強引に咥え込ませていた。
「クク・・・初めてにしてはなかなかに上手いではないか・・・その礼に、我の精もたっぷりと味わせてやろう」
「ん、んぐ・・・んぐぅ~!」
そして苦しげに呻く仔竜にも委細構わず、肉棒を咥え込ませたその小さな口の中へと遠慮なく熱い精を放出する。

ドブ・・・ドクッドクッ・・・
「うきゅぶ・・・ふぐ、むぅ~!」
その瞬間、喉が焼けつくかのような凄まじい熱さが一瞬にして私の口内を満たしていた。
頭を押さえ込まれているせいで引き抜くこともできない肉棒の先から黒竜の精が勢いよく噴き上げ、飲み込み切れなかった白濁が私の顔や腕を熱く焼きながら汚していく。
「うぶ・・・ふきゅ・・・ぅ・・・」
「ククククク・・・クハハハハハ・・・」
そんな無慈悲な暴虐の前に成す術もなく悶える私の姿に、黒竜が勝ち誇った笑い声を洞窟中に轟かせていた。

「はぁ・・・はぁ・・・」
夜明け前の澄んだ冷たい空気が、森の中を静かに満たしていた。
ここは一体何処なのだろうか・・・?
微かに青みがかってきた空を背景に黒々とした木々のシルエットが浮かび上がり、夜の闇に包まれた姿とは打って変わって不気味な静寂と寂寥感が周囲を押し包んでいる。
あのドラゴンの洞窟を離れてから、俺はもうかれこれ3時間以上もの間孤独な森の中を彷徨っていた。
エルダを助けなければ・・・そんな思いが頭の中を埋め尽くし、かつて養ったはずの鋭い方向感覚はすっかりと鈍り切ってしまっているらしい。
だがやがてサファス山の稜線が日の出の予感に明るく輝き始める頃、俺はようやく麓の村へと通じる1本の道を見つけ出していた。
踏み拉かれた草や折れた木の枝などを見ても、採集のために森へ入る村人達が頻繁に往来していることが窺える。
その小道から見える村の中では、朝の早い数人の男達が早くも田畑の手入れを始めているようだった。

「おおーい・・・」
「おい見ろ・・・あれ・・・昨日この村に寄った旅の人じゃないか?」
「あ、ああ、そうだ、間違いない。それにどうやら、俺達のことを呼んでいるようだぞ」
やがて大きく手を振りながら森から出て行くと、すぐに数人の村人達が俺のそばに駆け寄ってきた。
「おお、あんたか・・・一体どうしたんだ?そんなに疲れ切って・・・」
「そ、村長に会わせてくれ・・・朝早くから申し訳ないが、大事な話があるんだ」
「それは、村の娘達が森から帰ってこないこととも関係があるのか?」
やはり、彼らにとって1番気になるのは消えた娘達の安否なのだろう。
だが俺はその返事に大きく1度頷いただけで、敢えて彼らに真相を打ち明けることはしなかった。
この村には何の関係もない俺の口から語って聞かせるには、余りに衝撃が大き過ぎることだからだ。
「村長があんたに会うそうだ。すぐに行くといい」
やがて俺の話を聞いた村人の1人が先に村長の所へ事情を説明しに行ってくれていたらしく、御目通りの許しが出たという連絡が俺の元へと届けられた。
俺の話はもしかしたらあの村長を更に苦しめることになるのかも知れないが、そうかといって話さない訳にもいかないだろう。
何しろ俺は、若い娘が目の前で命を落とすのを何もできずに傍観していたのだから。

その約10分後、俺は数人の村人達と一緒に村長の家へと集まっていた。
そして一段落したところで、村長が静かにお茶を濁す。
「それで・・・このワシに一体どういった御用ですかな?」
「まず最初に、1つだけ確認したいことがある。この村から、ドラゴンに生贄を出したことがあるかどうかだ」
だが俺がそう言った瞬間、辺りの空気がシンと静まり返っていた。
「ど、どうしてそれを・・・?」
俄かに震え出した声で村長にそう尋ねられ、まずは昨夜見たことを順を追って話していくことにする。
「昨晩、俺は森の中である広場を見つけた。麻縄で生贄を木に縛り付けた跡もね・・・知ってるだろう?」
「ええ、確かに・・・この村は、100年以上も前から山に棲む黒い竜へ5年置きに娘を生贄として出しております」
「最後に生贄を出したのは何時・・・?」
その問いに、村長が何かを思い出すかのようにほんの少しだけ頭を捻った。

「最後はそう・・・5ヶ月程前のことです。すぐそこに住んでいた18歳の美しい娘が犠牲になりましてな・・・」
「その時に、他に変わったことは?」
「そう言えば・・・その娘と一緒に住んでいたレオルという名の9歳になる弟も、同じ日に姿を消しました」
姉が生贄に出された日に、その弟までもが姿を消した・・・
9歳という年齢を考えれば、多分姉が生贄に出されることはきちんと伝えられていなかったことだろう。
恐らくその真相は闇の中なのに違いないだろうが、俺には何となくその日村で起こった出来事が1つの流れとなって頭の中に鮮明に浮かび上がってくるのを感じていた。

森の中で見たあのドラゴンの性格は、少なくとも俺の目には極めて残忍なものに映っていた。
秘所が張り裂けんばかりの巨大な肉棒に貫かれながら泣き叫ぶ娘を尾で締め上げて更に責め嬲り、あまつさえその逃れ得ぬ口内で生きたまま弄ぶなど、様々なドラゴン達を目にしてきた俺でさえ見たことがない。
そしてこれはあくまで仮定の話だが、もし生贄に出されて木に縛り付けられた娘とそれを追って森に入った弟が同時にあのドラゴンに見つかったとしたら、恐らく真っ先に命を狙われるのは幼い弟の方だろう。
身動きの取れぬ姉に見せつけるように嬲り尽された挙げ句、成す術もなく暗い腹の底へと呑まれていく少年・・・
そんな例えようもない地獄絵図を目の当たりにして泣き叫ぶ娘の姿が目に浮かび、俺は推測の域を出ないその想像に黒竜への怒りを燃やさずにはいられなかった。
それと同時に、黒竜に囚われの身となっているエルダの身が案じられる。

「それで・・・この村から竜に生贄を出していたことが娘達の失踪にどう関わっているんだ?」
しばしの空想に耽っていた俺の様子に痺れを切らしたのか、同席していた村人の1人が話の先を促した。
「結論から言えば、消えた娘達は多分全員生きてはいないと思う。皆、その黒い竜に食い殺されたんだろう」
「なんですと!?」
当然というべきか、或いは意外にもというべきか、俺の言葉に最も激しく反応したのは他でもない村長だった。
「そんなはずは・・・あの黒竜には、いつも言われるままに若い命を差し出してきたのですぞ!」
「何が引き金になったかはわからないが、5年に1度の生贄だけじゃあ満足できなくなったということだろうな」

信じ難いドラゴンの裏切りに、その場にいた全員が押し黙ってしまう。
だが、俺から見ればそれは別に不思議でも何でもないことだった。
ドラゴンが人間の町や村に対して生贄を要求するのは、労せずして上等な獲物を手に入れることができるからだ。
極論を言えば、仮にドラゴンの側には人間の町や村を脅かすつもりなど毛頭なかったとしても、のそりとその巨体と威圧感を盾に姿を見せて獲物を要求するだけで若い娘が手に入ってしまう場合すらある。
だとすれば、老獪で狡猾なドラゴンがそれを利用しない手はないだろう。
つまりこの村も含めてドラゴンの住み処に近い人間の居住区が彼らに襲われずに済んでいるのは、決して望むがままに生贄を差し出しているからなどではなく・・・単にドラゴンの気紛れに過ぎないのだ。

「ワシらは、一体どうすればよいのだ?見ての通り、この村にはあの竜に太刀打ちできる者などおらぬのだぞ」
ドラゴンが森に入った娘達を無差別に喰らっている・・・
もしそれが事実だとすれば、いずれはこの村を滅ぼしにやってくる可能性も絶対に無いとは言い切れない。
村長もそれに気がついたのか、不安げな表情で俺の顔を覗き込んでくる。
「それでも、村を守るためにはいずれあのドラゴンを倒すしかない。これ以上被害が大きくならない内に・・・」
「何か方法でもあるのか?」
「いや、そんなものはない・・・でも、俺は数年前まで竜殺しの仕事をしていたんだ」
俺がそう言うと、竜殺しなどという言葉は初めて聞いたのかその場にいた村人全員が俄かに色めき立つ。

「竜殺しだって!?あんた・・・あいつを・・・あの黒竜を殺せるっていうのか!?」
「それはわからない。俺だって、あんなにでかくて残忍なドラゴンを見たのは今回が初めてだからね」
だがそうかと言って、彼らの期待を無碍に裏切るわけにもいかないだろう。
俺とともに村長の家に集まった数人の村人は、失踪したり生贄に出されたりして大切な娘を失った家族達だった。
つまり森に棲む黒竜は、いわばここにいる村人達にとって共通の仇敵。
それに連れて行かれたエルダのこともあって、黒竜打倒は俺にとって最早避けては通れない運命となっていた。

やがて俺の言葉に周りの誰もが何も口を挟まなかったのを確認すると、彼らを勇気付けるようにほんの少しだけ語調を強めて先を続ける。
「でもあんたたちが皆で協力してくれるというなら、俺もやれるだけのことはやってみようと思う」
「ああ、もちろんだ。ワシらにできることがあるのなら、何でも協力しよう」
「おおっ!」
元々結束力の強い彼らのこと、年老いた村長のその力強い一言に、村人全員がドラゴンの退治に向けてあっという間に意識を統一させていた。

その日の昼頃、数人の男達が村からやや南に下った所にある小さな町へ向けて出発していた。
彼らの一番の目的は、まずできるだけ多くの武器を手に入れることだ。
この村には武器になりそうなものは精々が農耕のための鋤や鍬、或いは木を伐採するための斧や鉈といった程度のものしかなく、あの黒竜を相手にするには余りにも心許無いと言わざるを得ない。
かつてあの黒竜が生贄の要求を始めて間もなかった頃はもっと強力な剣や槍のようなものもあったらしいが、血気に逸った男達がドラゴンの退治に乗り出して返り討ちに遭ってからは、それらも捨ててしまったのだそうだ。
確かに力の無い者達にとっては無抵抗が唯一の生き抜く術であることが少なくないものの、流石にあの無慈悲で残忍極まる巨竜を相手にそれは危険過ぎるというものだろう。
現に黒竜が生贄だけでは飽き足らずに森に入った娘達を次々と餌食にし始めた今となっても、武器の無い村人達はその許し難い裏切りに抗議の声を上げることすらままならないのが現実なのだ。

「彼らはどのくらいで村に戻ってこれる?」
「南の町までは2時間足らずで辿り着ける。武器の調達の時間を考えても、夕方頃には戻ってくるはずだ」
長い間村を苦しめていたドラゴンを退治する話が持ち上がったとなって、何時しか村中の男達が村長の家に集まって作戦を話し合っていた。
彼らもようやく、もうこれ以上ドラゴンの暴挙にひたすら怯えているのは無意味だということを悟ったのだろう。
「よし・・・それじゃあ、決行は今日の夜だ」
「ちょっと待ってくれ。夜にあいつと戦うのは、俺達の方が不利なんじゃないのか?」
「そうとは限らない。要は、夜の闇に乗じて奇襲を仕掛ければいいんだ」
人間以外に天敵と成り得る生物がいないドラゴンにとって、人間が寝静まる夜は唯一油断の生まれる時間帯だ。
流石に洞窟の中に足を踏み入れれば臭いや音で気付かれてしまうだろうが、警戒させないように外に誘き出して風下から襲うことができれば状況はかなり有利になる。
寧ろ今の俺にとって1番の気がかりは、黒竜に連れ去られたままのエルダの安否の方なのだが・・・

ブシュッ・・・ビュビュッ・・・
「ふ・・・ふきゅ・・・」
もう・・・これで何度目になるのだろうか・・・?
何時まで経っても衰えることを知らない黒竜の雄槍に弄ばれ、私はもうほとんど赤い鱗が見えなくなる程の多量の精に塗れて荒い息をついていた。
さっきまで明るかったはずの外はすでに2度目の夜を迎え、濃厚な黒竜の精の匂いが真っ暗な闇に包まれた洞窟の中を満たしている。
「フン・・・何だ、もう限界なのか?」
黒竜はそう言いながら相変わらず下半身を屈強な尾に巻き取られたまま白濁の海に横たわる私の頭をグイッと引き起こすと、虚ろになった小さな蒼い瞳をじっと覗き込んできた。
すっかり使い古してぼろぼろになった玩具をどう処分しようかと考えているのか、そんな黒竜の真っ赤に輝く不気味な眼がゆらゆらと左右に揺れている。

ああ・・・お願い・・・もう止めてぇ・・・
再び溢れ出した涙に潤む視界が、黒竜の顔をグニャリと歪めていった。
今の私の脳裏に浮かぶのは、産まれた時からずっと一緒に暮らしてきたあの人間の顔ばかり。
この黒竜は、私をここから生きて帰すつもりはないのだろう。
死に対する恐怖などよりも、あの人間ともう会えなくなってしまうという深い悲しみが私の胸を黒竜の尾などより何倍もきつく締め上げていく。
彼のためなら多少の危険など厭わないつもりでいたというのに、こんな所で最期を迎えることになるなんて・・・

深い悲嘆と絶望に暮れた私の表情を見届けると、黒竜は先程まで短かった指先の鉤爪をニュッと伸ばしていた。
そして俄かに目の前に出現したその4本の鋭利な凶器が、ヒタリと私の無防備な首筋に当てられる。
「ふ・・・ひきゅ・・・」
喉元を含めて体の前面を覆った母親譲りのモチモチとした被膜が、尖った黒刃の前に頼りなく張り詰めていた。
今にも喉を切り裂かれてしまいそうだというのに、長時間に及ぶ黒竜の蹂躙の前に抗う力は欠片も残っていない。
「ククク・・・なすがままか・・・それもよかろう・・・」
やがてそれを聞いて思わずゴクリと唾を飲み込んでしまったのを私の覚悟の証とでも受け取ったのか、黒竜が喉元に押し付けていた鉤爪をゆっくりと振り上げていた。
だがきつく目を閉じてとどめの一撃が振り下ろされるのを待つこと数秒、不意に黒竜の視線が何処か別の場所へと振り向けられた気配が伝わってくる。
恐る恐る閉じていた目を薄っすらと開けてみると、何者かの存在を感じ取ったと見える黒竜がその赤眼で闇に沈んだ森の様子をじっと窺っているところだった。

暮れ泥む夕日の朱にサファス山が染まり始める頃、南の町に向かった男達が村へと帰ってきていた。
幾本もの剣や槍といった武器を調達する彼らの姿は向こうの町ではさぞ物騒に映ったことだろうが、これでようやくあのドラゴンと戦う準備が整ったことになる。
そろそろ中年に手が届くかというような決して若いとは言えない大勢の村人達も、ドラゴンとの戦いに対する緊張と闘争に赴く男としての本能の鬩ぎ合いに凛とした表情を浮かべていた。
失敗すれば村が滅ぶかも知れないというのに、そんな心配をしている者は1人としていないように見える。
およそ争いなどとは無縁な彼らでは余りに込み入った作戦を実行するのは難しいものの、何が何でもあのドラゴンを倒そうという彼らの意気込みこそが最大の武器になり得るのだ。

「いいか?俺達であの黒竜を倒そうと思ったら、これはもう目を狙うしかない」
「他に弱点はないのか?」
「心臓を狙おうにも胸は堅い胸郭で覆われているし、仮に心臓を一突きにしても死ぬのには時間がかかるんだ」
もしそうなれば、瀕死のドラゴンが暴れて村人達に予期せぬ被害を招く可能性がある。
自らの手で命を奪ってしまったかつてのエルダも、心臓を貫かれた苦しみの中で俺にあの仔竜を託したのだ。
だが、これが心臓ではなく脳となれば話は変わってくる。
あの紅に輝く恐ろしい双眸の裏に隠れた黒竜の脳を貫くことができれば、即死とまではいかないにしても速やかに意識を奪うことができるはずだ。
「よし・・・行くぞ」
必要以上に彼らを煽り立てぬように抑えた、それでいて力強い声で出発を告げると、今回の討伐に参加することとなった十数人の男達が一斉に頷く。
やがて完全にサファス山の陰へと沈んだ夕日が月明かりに照らされた幻想的な夜の気配を運んできた頃、俺達は皆そろそろと足音を殺しながら深い闇に沈んだ不気味な森の中へと入っていった。

森に足を踏み入れてから約1時間・・・流石に村人達は森の地理に明るいとあって、俺は1度も迷うことなく黒竜の住み処と思われる洞窟のそばに辿り着いていた。
エルダは・・・まだ無事なのだろうか・・・?
木々の間を通り抜ける低い風の音だけが、辺りを押し包んだ静寂の帳を切り裂いていく。
周囲の木に刻まれた無数の不吉な爪痕を初めて目にした者も多いのか、繁みの陰で洞窟の様子を窺っている村人達の間には微かに動揺の色が見え隠れしていた。
だが自らドラゴンを外に誘き出す役目を買って出た1人の村人が、そんな仲間達を落ち着かせようと肩を叩く。
そして巨竜の住み処へ向けてそっと不安げな視線を振り向けると、彼は大きく息を吸って俺に声をかけてきた。

「じゃあ・・・行ってきますよ・・・」
「絶対に慌てるんじゃないぞ。あんたは、飽くまで迷った挙句に偶然ここを通りかかっただけなんだからな」
「あ、ああ・・・わかってる」
恐らく自分では平静を装っているつもりなのだろうが、彼の膝は内心の恐怖で微かにフルフルと震えている。
だがそうかと言って今更どうすることもできず、彼はギュッと拳を握って意を決するとフラフラと黒竜の住み処に向かって近づいていった。
サク・・・サク・・・
意図的に出しているとは言え、静まり返った辺りに草を踏む音が予想以上に大きく反響する。
今にもあの洞窟から殺意を滾らせたドラゴンが飛び出してくるのでは・・・
十分現実に起こり得るそんな不吉な予感に、囮となった男を見つめる他の村人達の間にも緊張が漲っていった。

我に楯突いた小さな赤き仔竜にとどめの爪を振り下ろそうとした刹那、不意に何者かの足音が住み処の洞窟の中へと届いてきた。
サク・・・サク・・・
特に何処かへ向かって歩いているわけではない迷いのある足音とともに、人間だけが放つ独特の雑多な臭いが微かに辺りに漂っている。
何故人間がこんな所に・・・?
まさか、この我に何か用があって来たというわけではないだろう。
恐らくは森で迷った人間が、偶然に我の住み処の周りをうろついているだけに違いない。

我は外に感じる人間の気配の理由をそう結論付けると、眼下で最期の瞬間を待ち続けている仔竜に視線を戻した。
こやつは最早ここから逃げるどころか、腕1本動かす力も残ってはおらぬだろう。殺すのはいつでもできる。
それよりも今正に我の縄張りを侵している愚かな人間を、少し脅かしに行ってやるとしよう。
「クククク・・・」
新たな獲物が手に入るかも知れぬ喜びに、我は尾で巻き取った仔竜をポイッと岩の地面の上に放り投げると含み笑いを漏らしながらゆったりと起き上がっていた。

いつドラゴンが出てきてもいいように慎重に洞窟の周りを取り囲みながら囮となった男の様子を窺っていると、やがて重々しい足音とともに洞窟の暗がりの中から巨大な影が姿を現した。
森に迷った振りをしていた男がその禍々しい気配に気が付き、ゆっくりと背を向けていた洞窟の方を振り返る。
そしておぼろげな月明かりに照らし出された巨竜の燃えるような真っ赤な眼と視線を絡ませたその刹那、とても演技には見えない逼迫した悲鳴が森中に響き渡っていた。
「う、うわあああああああああっ!!」
ドサッ・・・
心の中では予めその光景は予想していたはずなのだが、いざ暗い森の中で気休めの武器も持たぬままに恐ろしいドラゴンと対峙した彼は完全に冷静さを欠いてしまっていた。
彼の人間としての理性を捻じ伏せた野生の本能が強大すぎる敵に対して降参を告げたのか、まるで何者かに力を吸い取られてしまったかのように腰が砕けてしまう。

「ひ、ひぃ・・・た、助けてくれ・・・」
「クク・・・クククク・・・」
再び立ち上がる力も余裕も失ってズルズルと這うように後退さる男に、ドラゴンが実に楽しそうな笑みを浮かべながら少しずつ近づいていく。
やはり、あのドラゴンは縄張りを侵した人間に対してもいきなりその命を奪ったりするような奴ではないらしい。
まるで遊んでいるかのように少しずつ少しずつ獲物を追い詰めては、その狼狽を甘露として啜り上げているのだ。
だが・・・奴がそんな残虐な愉悦に浸っていられるのも、今夜が最後になる。
周囲に潜んだ俺と武器を持った村人達は気配を悟られぬようにじっと息を殺しながら、ドラゴンの意識が完全に囮の男に集中する瞬間を辛抱強く待ち続けていた。

ドッ・・・
その数秒後、緩慢な逃避行を続けていた囮の男の背が背後に聳え立っていた大木の幹へと突き当たる。
「あ・・・ああ・・・」
恐怖にカチカチと歯を鳴らす男の顔は、今にも泣き出しそうな程に醜く歪んでいた。
そんな逃げ場を失った小動物を手中に収めようと、ドラゴンが凶悪な鉤爪の生えた手をゆっくりと伸ばしていく。
だがもうだめだとばかりに男が顔を伏せたその直後、俺は手にしたナイフを黒竜の眼に向けて素早く投げつけた。
ヒュッ・・・ドスッ
「グヌアァッ!?」
月明かりに煌く白刃の切っ先が真っ赤に光る大きな左眼に見事に突き刺さり、今度は突然の痛みと驚きに満ちたドラゴンの悲鳴が辺りに響き渡る。
右眼で左方を見ることができない細長いドラゴンの顔では、片眼を潰しただけでも視界を半分以上奪うことができるのだ。
村人達に無用な犠牲者を出さずにドラゴンと戦うためには、今はこれだけでも十分に効果があることだろう。

やがて苦痛に悶えるドラゴンの声が消えぬ内に、それまで茂みや木の陰に隠れていた大勢の村人達が一斉にドラゴンを取り囲んでいた。
大木の根元で震えていた囮の男にも何時の間にか1本の長い槍が手渡され、彼もまた多少及び腰ながらドラゴンに向けてその鋭い穂先を突き付けている。
「お、おのれ貴様等・・・我にこのような真似をして・・・生きて帰れると思っているのではなかろうな!!」
怒りに燃えるドラゴンの巨口から咆哮にも似た激しい怒声が吐き出され、周囲の木々をザワザワと揺らしていく。
眼に突き刺さった小振りのナイフと滴り落ちる鮮血がその迫力に拍車を掛けたのか、数人の村人達が僅かに怯んだ気配が俺の所にまで伝わってきた。

だが、ここまで来たら最早後戻りすることはできない。
俺は辛うじて怯まずにドラゴンを睨め上げていた1人の男と咄嗟に視線を交わすと、長剣を腰に構えたままドラゴンに向かって走り出していた。
そして死角から何者かが迫ってくる気配にドラゴンがグルンとこちらに首を振り向けたその瞬間、先程俺と視線を交わした男が隠し持っていた別のナイフをドラゴンの顔に向かって投げつける。
「ウヌゥ!」
カキン!
再び飛来したその凶器に、ドラゴンは反射的に眼を伏せると顔を覆った堅い鱗でナイフを弾き返していた。
だが実に幸運なことに、ドラゴンが俺の方に潰れた眼を晒したまま完全に無防備になっている。
その機を見逃さず、俺は大きく息を吸い込むと手にした剣先をナイフの突き刺さったドラゴンの眼を目掛けて一気に突き出していた。

ドッ・・・ズガッ!
だがとどめの一撃が傷ついた黒竜の眼に届こうかとしたその瞬間、突如俺の腹部に凄まじい衝撃が走っていた。
そして視界が一瞬にして流れ去り、数瞬遅れて2度目の衝撃が今度は背中へと叩き付けられる。
「がっ・・・はっ・・・」
激しく背を打ち付けたせいで呼吸が止まり、呻く以外に上手く声が出てこない。
黒竜が無造作に振るった尾に薙ぎ払われて木へ叩き付けられたのだと理解するのに、呼吸の断たれた脳がやけに長い時間を必要とする。
突然の出来事に周囲の村人達がざわつく中、ズルリと木の根元に崩れ落ちたまま視線を上げた俺の前ではまず1人目の獲物を踏み潰そうとドラゴンが巨大な足を振り上げている所だった。
「う・・・うあ・・・」
反射的に上げた助けを求める声も、周りにいる村人達までは届かない。
そして身を守ることもできずにいた俺を目掛けて、大きな鉤爪の生えたドラゴンの足が振り下ろされた。

ボゥ!
「ウヌゥッ!」
ドオォン!
だがこれで最期かと思われたその時、突然地響きとともに周囲が一瞬明るく照らし出される。
標的を外した黒竜の足が激しく地面を踏み鳴らし、地面の上に大きな足跡を刻み込んだ。
「エ、エルダ・・・?」
やがて死の予感にきつく閉じていた目を開けてみると、洞窟から必死で這い出してきたのであろうエルダが黒竜に向かって盛大な炎を吹き上げている。
昨夜のような加減された小さな炎とは違って天を焦がすかのような激しい火炎が黒竜の視界を奪い、予期せぬ不意打ちに思わず仰け反った黒竜の腹が俺の眼前へと曝け出されていた。
「ん・・・?」
その堅牢な甲殻に覆われた雄竜の下腹部に、一瞬だけ隆々たる肉の巨塔が姿を覗かせる。
「ウゥヌ!またしても小娘めが!」
そして怒りとともに視界を紅蓮に染める炎を払った黒竜が足下にいたエルダをギラリと睨みつけたその瞬間、俺は手元に落ちていた剣を握るとその雄だけにある最大の弱点目掛けて鋭い切っ先を横薙ぎに振り払っていた。

スパッ
「グガァッ!?」
距離が遠かったお陰で剣先が掠った程度ではあったものの、敏感な肉棒を僅かに斬り付けられた痛みに黒竜が悲鳴を上げる。
そして苦し紛れなのか怒りにまかせた一撃なのか、再びブゥンという音とともに黒竜の尾が振り回された。
「うわっ!」
バキッベギキッ
咄嗟に身を伏せた俺の頭上を猛烈な勢いで丸太のような尾が通過したかと思った次の瞬間、背後にあった細い木が激しくひしゃげて圧し折れる。
危なかった・・・あんなものを食らったら、一溜まりもなかったことだろう。
周囲を取り囲んでいた村人達は暴れ狂うドラゴンの猛威に恐れをなしたのか、或いは新たに姿を現したエルダに驚いてしまったのか、少し離れた所に退いて様子を窺っている。
今や完全に俺とエルダだけがドラゴンの前へと取り残される形になってしまったものの、俺は尾撃を外した黒竜に再び大きな隙が生じていることに気がつくと体を起こして走り出していた。

トットット・・・
尾を振った勢いでこちらに向けられていた山のように大きな巨竜の背を素早く駆け上り、黒竜の背後、その頭上から手にした剣を大きく振り被る。
そして黒竜が背中に感じた違和感に後ろを振り返ろうとした瞬間に、俺は潰れた赤眼の死角からその痛々しい傷口に深々と剣を突き刺していた。
ドスゥッ・・・!
「ガアアアァッ!!」
眼孔の奥に隠れた脳を正確に貫いた、確かな手応え。
だが咆哮とも悲鳴ともつかない耳を劈くような凄まじい轟音が辺りに響き渡り、暴れた黒竜の背に乗っていた俺は宙高く跳ね上げられて地面の上へと落下してしまっていた。
ドサッ
「うぐ・・・」
土に覆われているとはいえロクに受け身も取れずに落ちてしまったお陰で、体にほとんど力が入らない。
そんな俺の姿を片目で睨み付けながら、黒竜が恐ろしい凶器である長い鉤爪を振り上げる。
「おのれ・・・貴様だけは・・・貴様だけは許さぬぞ!」
く、くそ・・・あと少しでこいつを倒せるっていうのに・・・!
だが心の中でついた悪態も空しく、身動きの取れない俺の上へと崩れ落ちるようにして力尽きたドラゴンが怒りの凶爪を振り下ろしていた。

ドン!ザグッ!
「ぐあぁっ!」
次の瞬間全身に走った激しい衝撃に跳ね飛ばされて、俺は闇に染まった視界の中をゴロゴロと転がっていた。
だが明らかに深手を負ったであろう一撃を受けたというのに、ほとんど痛みらしい痛みを感じない。
まずい兆候だ。
ああ・・・俺・・・死ぬのかな・・・
まるで感覚が麻痺してしまったかのようなその不思議な現象に、俺はしばらく地面の上に横たわったまま周囲の状況に聞き耳を立てていた。
やがて力尽きた黒竜の倒れ込むズウゥンという重々しい音が聞こえ、辺りに空しい静寂が戻ってくる。
「う・・・うぐ・・・」
そして傷の具合を確かめようと衝撃を感じた左の肩口に手を当ててみたその時、俺は初めて自分の体の異変に気が付いていた。
いや正確には、異変が無いことに気がついたというべきだろう。

どこにも・・・怪我をしていない・・・?
体のどこを触ってみても、血が流れている感触もなければ服が破けている様子すらない。
でも・・・あのドラゴンは最後の力を振り絞って確かに爪を振り下ろしたはずだ。
それに、俺がここまで跳ね飛ばされる程の衝撃を受けたことは紛れもない事実。
じゃああれは一体・・・?
頭の中の疑問が解決しないまま、地面からそっと体を起こして恐る恐る黒竜のいた方向へと目を向けてみる。
「エ、エルダ・・・!」
果たして、流れ出る血で全身を体色よりも深紅に染めたエルダが俺と黒竜の間にぐったりと横たわっていた。
エルダの背中には彼女の鱗でも防ぎ切ることができなかったのか3条の爪痕が深々と刻み付けられていて、その傷口からドクドクと真っ赤な血が大量に溢れ出している。
じゃあ俺があの瞬間に感じたのは・・・エルダが黒竜の爪撃から守ろうと俺を突き飛ばした衝撃だったのか?
くそ・・・本当なら俺が・・・俺がエルダを守ってやらなきゃいけないっていうのに・・・!

「お、おい!誰か・・・誰か来てくれぇ!」
急いでエルダのもとへと駆け寄りながらそう大声で叫ぶと、ようやく黒竜という脅威が去ったことを確信したのか辺りにいた村人達が次々と集まってくる。
だがエルダの方はというと、まだ微かにハァハァと小さな息をしてはいるものの薄っすらと開けられたその蒼い眼からは徐々に命の輝きが失われつつあった。
「きゅ・・・きゅふ・・・」
そして短く詰まった声とともに血を吐き出したエルダが、俺の顔をゆっくりと見上げる。
「その竜の子供は一体何なんだ?この黒竜の子供なのか?」
「そうじゃない!頼むよ・・・訳は後でちゃんと話すから・・・今はこの仔を助けてくれ!」
長年村を苦しめてきたドラゴンの仲間を助けて欲しいというその願いに、俺は初め彼らが相当な難色を示すであろうことを予想していた。

「よし・・・何だかよくわからないが、とりあえず応急処置だけして村へ連れて行こう」
だがエルダが2度にわたって俺の命を救った所を見ていた村人の1人が、すぐにそれに応えてくれる。
「ありがとう・・・助かるよ・・・」
そして破った服の切れ端でエルダの怪我を何とか止血すると、仔竜とはいえずっしりと重量感のあるその体を村人達が数人がかりで持ち上げた。
エルダの母親との約束を守るためにも、何としても彼女を死の淵から救わなければならないだろう。
やがて千里の道にも感じる村への長い長い帰路を辿る間中、俺は今にもエルダがその弱々しげな命の灯火を消してしまうのではないかと気を揉み続けていた。

未だ夜明けの気配の感じられぬ暗い村に辿り着くと、エルダはすぐに村長の家へと運び込まれた。
そして一先ずエルダを村の娘達に任せ、隣の部屋で待っていた村長のところへと顔を出す。
怪我をしたエルダの身はもちろん心配だが、今はまず村長に事情を説明しに行くのが先だろう。
「あの仔竜は今、村の者が様子を看ておる。それよりもまず・・・一体森で何があったのかを教えてくれんか」
「エルダは・・・あの仔竜は俺の・・・俺の娘なんだ・・・」
村長から投げかけられた質問に俺がそう答えると、周囲の村人達が信じられないといった様子でどよめく。
「あの竜の子供が・・・あんたの娘だって・・・?そいつは、一体どういう訳だね?」
「2年程前まで、俺はドラゴンスレイヤーだった。その過程で俺は・・・ある1匹の巨大な火竜に出逢ったんだ」
そうして俺がかつてのエルダとの邂逅と悲しい結末を語り始めると、村長を初めとした村人達はほとんど一言も発さずにじっと俺の話を聞き入っていた。

「・・・それ以来、俺はエルダとともに旅をしながら幸せに暮らせる場所を探しているんだ」
やがて長い長い独白がようやく終わりを迎えた頃、エルダの看病をしていた村の娘の1人がそっと顔を出す。
「あの竜の子供、無事に目を覚ましたみたいよ」
「ほ、本当かい・・・?」
まるでその声に誘われるようにして、俺はその場に集まった村人達の中をヨロヨロとエルダの寝かされている部屋へと進んでいった。
東の稜線から顔を覗かせた朝日の光に照らされて、外は既に平和な明るさに満ち満ちている。

「エ・・・エルダ・・・?」
厚く敷かれた藁の上に横たえられたエルダの姿・・・
その無残だったはずの傷口には幾つもの薬草を練り合わせて作った独自の血止め薬が塗り込められていて、グルグルと幾重にも巻かれた白い包帯が真っ赤なエルダの体色に鮮やかなアクセントを加えていた。
流石に採集を生業にしているだけあってか、民間療法のレベルの高さにもなかなかに目を瞠るものがある。
やがて部屋に入っていった俺の姿を認めたのか、彼女がうつ伏せの姿勢のままこちらを見上げて小さな鳴き声を上げていた。
「ふきゅっ・・・きゅぅっ!」
「大丈夫か?エル・・・」
ペロッ
「わっ!?」
そして彼女の様子を窺おうと顔を近づけた次の瞬間、突然エルダが俺の頬を愛おしげに舐め上げる。
「きゅきゅっ!きゅふふっ!」
悪戯っぽくも嬉しげな声を上げる彼女は、きっと俺の無事を心の底から喜んでくれているのだろう。

全く・・・彼女にも彼女の母親にも、俺はエルダに守られっぱなしだな・・・
「よかった・・・よかったな、エルダ」
これだけ元気にはしゃげるのならば、もう彼女は大丈夫に違いない。
「ありがとう・・・エルダを救ってくれて・・・俺、皆になんてを礼を言ったらいいか・・・」
「礼なんていらないさ。あんたは俺達の村を救ってくれた恩人なんだからな」
「そうだよ。もう誰も、生贄で娘を失うなんていう悲しい思いをしなくて済むんだ!」
背後で上がる村人達の喝采の声・・・やがてその合間を縫って、長年の呪縛から解き放たれた村長の明るい声が俺の耳へと届いてきた。
「そうじゃ・・・そなたさえよければ、この村に腰を落ち着けてみてはいかがですかな?」
「え・・・?」
「その仔竜と暮らせる土地を探しておられたのでしょう?村を救った人竜の親子なら、皆も歓迎することですて」
村長のその言葉に、大勢の村人達が即座に同調する。

「ああ、そいつはいい考えだ!あんた達なら大歓迎だよ!」
「い、いいのかい?」
「丁度すぐそこに空家がありますでな・・・例の、最後に生贄に出された娘とその弟が住んでおった家です」
そうか・・・それも・・・いいかも知れないな・・・
俺はチラリとエルダの顔を見やってそこに母親譲りの満足げな笑みが浮かんでいるのを確認すると、彼女とともにこの村で暮らす決心を固めていた。
「それじゃあ・・・お言葉に甘えさせてもらうとするよ・・・」

やがて幸福な空気に満ち溢れた村を挙げての集会がようやく終わりを迎えると、村人達全員が村長の家の前へと集められていた。
昼を間近に迎えた明るい太陽が燦々と照り付ける中、賑やかな人の群れが静かに何かを待ち続けている。
そしてそこへ家の中から古びた小さな陶器の壷を持ち出してきた村長がゆっくり姿を見せたかと思うと、固唾を呑んで見守る大勢の前で村に平和が訪れたことを声高らかに宣言した。
「皆、よく聞くのじゃ!長い間この村を苦しめてきたあの黒き竜は、もうこの世にはおらぬ!」
「おお・・・!」
その村長の言葉に、今初めて黒竜討伐の事実を知った数人の村人達が驚きと歓喜の声を上げる。
「これからは村を救ってくれたそこの若者と小さき竜に感謝を捧げながら、皆で村の発展を願うとしようぞ!」
村長はそこまで言うと、手にしていた壷を空高く放り投げていた。
その数秒後、ガシャンという音とともに地面の上へと落下した壷が粉々に砕け散る。
「おおーー!!」
やがて壷の中に入っていた十数本もの白い籤の束が派手に辺りへと飛散すると、深い業ともいうべき村の悲しみが盛大な歓声とともに風に乗って忘却の彼方へと運び去られていった。


「う、うぅ~ん・・・」
それから数週間後のある晴れた日の朝、俺はかつて不幸な姉弟が住んでいた家のベッドでエルダとともに心地よい安眠を貪っていた。
いや正確には、エルダの柔らかな腹の下敷きにされながらと言った方がいいだろう。
彼女はあの黒竜との1件以来、何をする時にも決して俺のそばを離れようとはしなくなっていた。
それ故かここ数日、夜寝る時には確かにベッドの下で寝ていたはずのエルダが朝になるといつの間にかベッドの中に体を潜り込ませているということが続いている。
だが流石に1人用のベッドでは俺と彼女が並んで寝ることなどできるはずもなく、俺は必然的にエルダに押し潰されるような体勢で朝を迎えることになるのだった。

仔竜とは言えほとんど人間と同じくらいの体長に背中を覆った厚い鱗や長い尻尾の重量も相俟って、彼女の体重は軽く100キロを超えているに違いない。
「お、重いぞ・・・エルダ・・・」
だがそう言いながらエルダの体をどかそうとしても何だか上手く力が入らないのは、きっと彼女の可愛い寝顔を間近で見ているせいだろう。
「ふふ・・・ふきゅ・・・」
何か幸せな夢でも見ているのか、やがてエルダの口から小さな笑い声が漏れてくる。
「エルダ・・・お前・・・本当は起きてるんじゃないのか?」
試しにそう言ってみると、エルダが顔に浮かんだ笑みを消し切れないまま綺麗な蒼い目をパチリと開いていた。

不意に漏らしてしまった笑い声のせいで寝たフリをしていたのがバレてしまい、私は仕方なく悪戯っぽい表情を浮かべたまま目を開けると彼の顔をじっと覗き込んだ。
お返しに腹下に組み敷いた雄の獲物を値踏みするような妖しい艶のある視線を投げかけてみると、不思議な興奮にゴクリと唾を飲み込んだ彼の喉が小さな嚥下の蠢きを見せる。
何としても、彼だけは護ってあげなくては・・・
1度も姿を見たことのない母親から受け継いだそんな母性本能とも言うべき衝動が、私の中を駆け巡っていた。
だが今は、もう少しこの心地よい時間に身を埋めていたい。
「エ、エル・・・うぶ・・・」
ペロッペロペロッ・・・
やがて何かを言おうとした彼を舐め付けて強引に黙らせると、私はその暖かい胸板にスリスリと顎を擦り付けた。
そして再びゆっくりと目を閉じながら、彼の顔にフッと鼻息を吹きかけてやる。
「ああ、わかったよエルダ・・・もう邪魔はしないよ・・・」
そう言いながら優しく鼻先を撫でてくれた彼の手は、私を今度こそ本当に幸せな夢の世界へと誘っていった。



感想

  • 愛にBORDERなんて無いんだよねっ!? ところで”追憶の闇”に関連しているように思えますが…小生の気のせいでしょうか? -- Nakachik/UP (2007-11-20 09:51:24)
  • 関連してますよ
    -- 名無しさん (2007-11-20 19:55:26)
  • 続編希望。 -- 名無しさん (2009-03-27 18:07:09)
  • 大きくなったエルダの話を作ってほしい。 -- 竜好き (2009-03-28 00:39:20)
  • なんか思い付いたら書いてみます -- SS便乗者 (2009-03-30 03:08:21)
  • エルダが雄の竜と結婚し、子供を産んで育てるぐらいまでお願いします。 -- 名無しさん (2009-04-08 08:09:57)
  • 雄竜と結婚ですか・・・かなり先の話ですね
    その内書けたら書いてみます -- SS便乗者 (2009-04-12 03:56:06)
  • 続編ありがとうございました。 -- 名無しさん (2009-04-18 12:33:01)
  • 再びその赤鱗に抱かれての続編お願いします。 -- 竜好き (2009-04-25 08:13:36)
  • いつもよいSSを書いてくださってありがとうございます。 -- 名無しさん (2009-05-07 12:24:19)
  • 送り火へと注いだ滴でエルダの話は完結ですか? -- 竜好き (2009-05-16 18:01:01)
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