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押掛女房朱鷺色恋記2

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rogan064

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 エプロンの紐がキツイのか、尻尾で押し上げた瞬間はっきりと。思ったよりこじんまりとしておくゆかしい奥さんタイプというか。あ、いやもとい。

 (俺はいったい……どうしてしまったんだぁ!)

 ヴィストは己の下半身を呪いながら、とり急ぎ顔を背け緊急避難。しかし彼の眼球は大胆にも主人に異を唱えた。くねくねと大胆に踊る雌竜の尻尾。その下にある秘密の場所に視線を送り込もうと反抗を続ける。

 (ウソだうそだろ嘘だって! 俺は人間以外に欲情したりしねぇええええ)

 また、見えた。踏ん張ったせいか今度はよりしっかりと――御開帳。

 自身の唾を呑む音が、やけに大きく聞こえた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――ゴクッ!

 また聞こえた。ヴィストさんが唾を飲み込む音。いい匂いが辺りに立ち込めているせいだろう。人間と竜の好みの違いが少し心配だったけどこれならもう安心だ。

 (すごくイイ感じ。もう少しだけ待っててくださいね♪)

 嬉しくて手元が狂いそうな自分を抑えつつも、腰から下は喜びが素直に出てしまっている。エプロンの紐を押し上げた尻尾がうねって辺りに粗相をしないか少し心配だ。


 ――ゴクッ!

 またまた聞こえた。今度は抑えてはいるものの荒い息遣いまではっきりと聞こえてくる。
私は内心苦笑した。

 (もう、そんなに待ちきれないんですね。食いしんぼさんなんだから♪)

 しょうがない人だと、私は彼の様子を横目で伺った――

 (え? ええええええ! こ、これって!)

 私から眼を逸らしては、戻すのを何度も繰り返しているヴィストさん。視線の先にあるモノを理解して……私は愕然としてしまった。

 (わ、私の雌の部分を……見られてる? )

 そういえば人間が異性の前で裸になる時は、交尾に関わりがある事が多いとも聞いていた。変身の不完全な私はよく考えたらいつもの通り裸なのだ。でも私を異種族として見ているからなんともないと……。

 ――もしかしたらこのエプロンがいけなかったのかも知れない。

 (まさか……これが"裸エプロン"?なのかしら)

 性的な所のみをぎりぎり隠す(?)事で全裸よりも魅力が高まる事もあるそうだ。"バカっぽい手だけどね"とおばあさまが苦笑交じりに語ってくれたのを思い出す。


(もうっ! 私って何てはしたないんだろう……人間の雌でも最初からこんな事しない)

 でも今更隠すのも変に思われそうだし……それになんだムズムズして気持がいい。見られているのが――気持いい。

(嘘っ? ああっ……ヤダ)

 体の芯に火がついたような感覚。その熱にあぶられ溶けるかの様に雌の奥が潤ってくるのが判る。もし垂れてきてそれが見られたら……どう言い訳したらいいんだろう?

(はやくっ、早く火を止めなく、ちゃ……)

 焦げそうな肉を間一髪で救い出し、お皿に野菜を盛り付けて。後ろ向きの窮地を脱するべく、私は今まで以上に調理に躍起になった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ガチャガチャとやや荒っぽく食器の触れ合う音がする。

 (ややや、やばいっ!)

 料理の盛り付けに入ったスーフィに、煩悩より本能が勝りヴィストは平静を取り戻した。
命あっての物種とはよくいったものだ。

 『は、はぁーい……お待たせしました』

 『お、おう。そんな事はないさ』

 動揺で声にビブラートが掛かってはいたが、そんな彼を訝しむ様子も無く雌竜は次々と料理をテーブルに並べていく。どことなく気疲れしている様に見えるのは気のせいなのか。

 『なぁ、その、大丈夫か? 慣れない事をさせてしまって、すまん』

 『い、いえ! すみません。私ったら……』

 人間の道具はやはり扱いにくかったのかとヴィストが気遣うと、とたんに雌竜の声が跳ねあがると、急に沈み込む。まるでミスをしたのを隠しているかの様に。
 なんとなしに場の雰囲気が落ち込むのをヴィストは慌ててフォローする。

『さてと! さっそく頂くとするか……お!』


 ほう、と献立を一瞥した彼は思わず感嘆のため息をついた。

 ◆塩付け肉のステーキ、レモンソース添え。

 ◆干し魚と野菜のマリネ。

 ◆山菜の天麩羅、ニンニクすり身ソース付きetc。

 なかなかどうして、まるで人間が作ったのと変わらないような見事な出来栄えだ。

 (後は味、か)

 少々不安ではあるが、食欲を刺激するこの香りは本物だ。ヴィストは唾を飲み込みながら料理に手を付け――。

 『おおっと失礼。いただきます』

 貴族時代のテーブルマナーを思い出し苦笑いする。こうして他者と食事をするなど数年ぶりだ。暖かい気持ちが彼の胸に沸き上がる。

 (雌……いや、女の子なんだよな)

 相変わらず魔眼を合わせない様うつむき加減ながら、期待と緊張を交互に送ってくる
スーフィの視線が照れくさい。これまた例の艶本に似たような状況があった気がする。

 (バカっぽいが、これはいわゆるその……)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 (新婚さん、というモノなんでしょうか?)

 返事が返ってこないのは承知で、胸のうちでおばあさまに尋ねてみた。たしか契りを結んだばかりのつがいに多い光景だと聞いている。交尾が主体の私達と違い、人間は食事においても愛を確かめ合う事ができるのだ。聞いた当初は奇妙な風習だと思ったが、今はその喜びが理解できる気がする。

 (もし口に合わなかったら、どうしよう)

 胸をよぎる不安もそうでなかった時の喜びを増してくれる調味料だ。わたしは怖くてはずかしくてうれしくて、もうどうにかなりそうだった。

 『あむ。んっ……ふんふん……』

 ヴィストさんが真剣な顔つきで私の料理を味わってくれている。吐き出したりしない所を見ると極端に外れた出来では無さそうだが、私が一番欲しいものがその表情には無い。

 『あ、あの!』

 『ふんがぶへ?』

 不安が言葉になってしまった私に、怪訝そうに彼が反応する。やや不機嫌そうなその視線にますます緊張してしまうが、もう黙ってはいられなかった。

 『そ、そのどうでしょうか? お、お口に合わなければべ、べ別に残しても……』


 『ぶがな。むぐむぐむぐ』

 彼は慌てた様子で口中のモノを飲み込むと、真剣な顔つきで私を睨み付けた。正直長老たちの前に召還された時よりも恐ろしい。彼の言葉を聞くのが怖い。

 『ばかな。まずいなんて言えるわけないじゃないか』

 『え? ……あ、そう、ですよね?』

 私は少々がっくりとした。きっと私に気を使ってくれているのだろう。その優しさが嬉しくて……でも少々胸に痛い。

 『マズイというヤツは、……味覚がどうかしている』

 『え?、えええええ?』

 そっぽを向きながらぶっきらぼうに答えるヴィストさん。その横顔がなんとなく照れている気がして、喜びが私の全身を朱に染める。もしかしたら、少しは好意を持ってくれたのかもしれない!

 (お、おばあさま! 作戦第2段階もせ、せ性交じゃなくって成功です!)

 溢れんばかりの嬉しさに思考がやや乱れてはいたが、私は心の中で快哉を叫んだ。調子に乗って少々意地悪な気分になってくる。


 『申し訳ありません。人の言葉に不勉強なので味覚がどうかしている、という意味がよくわからないのですが』

 『は? いやすまないう、ううえお、その、お……』

 素直でない物言いをするのも、なかなか言葉を返せないのも照れている証拠だ。私に特別な感情を持ってくれていないならためらう必要なんてない筈。私は無言の期待で彼にさらなる圧力を掛けてみる。

 『お、おいしい、かな』

 『え? すみませーん。も う 一 度 お願いします♪』

 しっかり聞こえてはいたが、そんな中途半端な言い方では満足できない。自分でも意地悪な笑みを浮かべている事に気が付いてはいたが、嫌われるかもしれないとは思っても自分の中の欲望を抑えられなかった。

 『……おいしい。美味しかった』

 『あ、ありががとうございます!』

 雄に受け入れてもらったと頭の中で本能的な喜びが爆発し、またもや私の理性が吹き飛びそうに駄目だ欲シイそれはそうだけどナラ襲ッテシマエばまだはやいですっておばあさまが!

 (まだよ。まだよスーフィ。まだ肝心の作戦が残っているでしょう?)

 私は息を荒くしながら自分を必死に説き伏せた。そう。ここからが正念場なのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 『――ごちそうさま。いやぁ美味かった』

 照れを通り越して開き直った感で、ヴィストは食後の挨拶をした。

 『はい。おそまつさまでした。……と言うのが礼儀なんでしょうか?』

 良い感想を聞けたのがよほど嬉しかったのか、浮き浮きしながらスーフィが尋ねて来る。
相変わらず視線を下げてはいるが、その純粋な喜びは溢れるほど伝わってくる気がして、彼は先程抱いてしまった己が邪念に罪悪感を禁じえなかった。

 『え? あーいや別にそこまで謙遜しなくてもいいと思うが。それにしても料理の腕前といい、よく勉強しているんだな』

 気持ちを誤魔化すように話題を振ると、スーフィは嬉しそうに胸を張る。

 『おばあさまのお知恵のおかげです。ここだけの話ですけどまだ1500年と若いのに、万年単位のエルダーの方々をやり込めるほど凄いんですよ』

 『まあエルダー級になると長期休眠する場合も多いらしいからな。世間ズレするって事もあるだろうが。にしても相当のやり手なのは間違いない』

 敵には回したくないなとヴィストが締めると、雌竜はさらに嬉しそうな顔をした。

 (そんなに張っても胸は無いんだなって当たり前、かっ! ……また俺は!)

 再三の邪念にヴィストは胸の内で己を叱咤した。


 『で、お次は何でしょうか? 何かお望みのモノ、したい事はありますか?』

 彼の苦悩を吹き飛ばすかのような無邪気なスーフィの催促。褒められたのが嬉しいのだろうか。主人に喜んでもらいたがる犬を想起させるその様子が、彼の妄想の火を焚き付けていく。

 (お前が欲しい、とかよくある展開だよな……ヤバイヤバイヤバイ!)

 もはや理性とは関係なく硬直を始める身体の先端を意識し、ついにヴィストは観念した。自身の劣情はもはや認めざるを得ないが、こうなったら緊急避難で押さえ込むしかない。

 (溜まってるせいで異常に敏感になっているだけだ……ガス抜きすれば)

 そうと決まればする事は一つだ。彼はテーブルを盾にしつつ、不自然に勃ちあがった腰から下を見せないように自然に立ち上がった。

 『さてと。ウマイ飯も済んだし次は風呂だな』

 『? お ふ ろ、お風呂……あ、湯浴みですね? でしたら』

 『待った。ここから先は人間のその……神性な領域だから遠慮してくれ』

 ヴィストは浮き足立つスーフィの鼻先を言葉で遮った。いささか仰々しすぎるが嘘は言っていない。案の定きょとんとする彼女にあくまで真面目に説明する。


 『風呂に入る時は人間は最も無防備な状態になる。その……これは本能的な問題もあってなるべく身の安全を確保しようとするんだ』

 野生動物の習性程度に捉えてくれればいいと願いつつ、彼は言葉を続ける。

 『別にあんたが竜族だからじゃない。同族同士でも余程のことが無い限り共に入る事は無いんだ。習慣、文化なんだよ』

 と強弁しつつも頭の片隅で某国にあるという共同浴場の噂を思い出しヒヤリとする。彼女はともかく"おばあさま"は相当博識らしいので一種の賭けになるが……。

 『あ! その……よくわかりました。出すぎた真似をして申し訳ありません』

 途端にしょげかえるスーフィの様子に彼の胸が痛む。純真なお嬢様を騙している様でいたたまれない気分だ。それに突き動かされたのか、またもや身体が勝手に反応した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――さわり。

 『ぁ……く』

 一瞬、何が起きたのか判らなくなった。思った以上に逞しく、それでいて繊細な温かみが暗く沈みこんだ私の思考を愛撫する。

 (ヴィストさんに頭を、撫でられている……!)

 何という心地良さだろう。ゆっくりと離れていく彼の指が名残惜しい。

 『そうじゃない。そうじゃないんだ。とてもよくしてくれてるのはわかっている。でもこれはその……そう簡単にはいかない事なんだ』

 どこか自分をはかりかねている様なヴィストさん。でもそこに含む気持ちは伝わってくる様な気がしてならない。ここはこれ以上求めるのは酷というものだろう。

 『わかって、ます。私はここで待っていますから、ごゆっくりとなさってください』

 眼をあわせられない代わりに努めて明るく返事を返す。先程のお返しというわけではないけれど、礼をするついでに伸ばしたままの彼の手に軽く鼻先をこすりつけると、なんともいえない雄の香りがした。

 (焦る事は無い。確かに私を意識してくれている)


 部屋の奥へと立ち去るヴィストさんを見送りながら、場合によっては策の実行を伸ばしてもいいかもしれない、と私は思った。本能の苛立ちを感じはするが、そのもどかしさが今は奇妙に心地良い。
 人間の愛とはなんと回りくどいのだろう。でもその過程をも楽しむのが彼らなのだ。短い時間を生きている筈なのに、私たちの方が刹那的な感じがしてしまう程に濃密に。

 (それを今共有できているのだから……ゆっくり近づいていけばいい)

 久々に冷静になった途端、私の思考に彼の舌打ちが紛れ込んできた。

 『くそっ……しまった』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ヴィストは己の手際の悪さを今更ながら恨めしく思った。

 (休憩せずに先に風呂を沸かしておくべきだった、か)

 といっても雌竜の来訪から既に数時間経過している。先に準備しても結局はぬるま湯につかる事になるのだが。

 『どうしたんですか? お困りですか大丈夫ですかお手伝いしましょうか?』

 ここぞとばかりにスーフィがすっ飛んでくるのを彼は背中で感じ取った。振り向くとどこか嬉しそうなその声色の後ろで振られている尻尾があったりして。その様がますます忠犬を連想させる。

 『い、いやなんでもない、いやなんでもあるんだが……前にもいったと思うがここは神聖な場所なんで、な?』

 既に臨戦態勢にある下半身を見られないよう慌ててかばいながら、ヴィストは雌竜を追い返そうとする。予想はしていたもののキツイ反応が返ってきた。

 『私ったらなんて事を……でも、でも誤解しないで下さい。別に困らせようとしてるんじゃないんですっ! どうしても、どうしてもお役に立ちたくて……』

 (オイオイオイ……反則だろこりゃ)


 俯いているスーフィの瞳が潤んでいるのは確信できた。それにしてもさっきから女性を泣かせてばかりいる気がする……既に彼はこの雌竜を異性として否定はしなくなっていた。
となるとこれまた男性として非常に宜しくない気がする。

 (だったら、これを舐めて気持ちよくしてもらおうか……ってヤバイヤバイ!)

 その男性が別の意味で宜しくない誘惑を囁いてくるからたまらない。この場はなんとしても去ってもらわなければと思うのだが、またスーフィを泣かせる様な事は避けたい所。
しかし彼の自制は上も下も限界点に近づきつつあった。

 なにせ

 ・欲求不満の男(裸同然)

 ・その妄想を刺激するいい女(元々裸)

 ・狭い場所で二人(?)っきり。

 二人っきりなのだから。

 (と、とにかく彼女に満足して帰ってもらわなければ……せめて30分は持たせないとって違うだろオイ!)

 もはや考える傍から欲望に染まっていく思考にヴィストは泣きそうになった。もう頭のどこかで、なりゆきまかせでいいじゃないのケダモノだものとか、都合よく歪曲されたどこかの詩人の格言が浮かんできたりしてとにかくもう駄目な気がする。

 (風邪を引いても止む無し、か)


 戦死覚悟で水風呂に突撃しようとした彼の前に、ふいに桃色の背中が立ちふさがった。

 『これが人間の湯浴みする所、"お風呂"なんですね? あれ?お湯が沸いてませんね』

 『あーその沸かすの忘れてたんだ。裏に竈があるし薪もあるから気にしないでくれ』

 好奇心からか風呂をのぞきに行ったスーフィの感嘆と疑問の声。それに少し毒気を抜かれたヴィストは半ば放心状態で答えを返していた。だから予測できなかったし止め様が無かったのだが。

 『それじゃ風邪を引いてしまいますっ。……ここは私に任せてくださいね』

 『はへ? ……っておい待ってくれ!』

 ざぶんっ。

 意外な素早さで石の浴槽に浸かった雌竜の巨体。冷水を苦にする様子も無く目を閉じた彼女は、頬を赤らめながら目を閉じた。

 『あの、それじゃ……失礼しますっ……』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 心を読まれてはいないとはいえ躊躇いは拭えない。私はものすごくはしたなくて恥ずかしい事をしようとしているのだから…・・・でもこれしか方法が思いつかなかった。

 (んっ……はぁっ)

 心中に欲望を開放し、待ち望んだヴィストさんとの交尾を想像する。やり過ぎるとお風呂を汚してしまうけれど……。

 (あっ……硬くて、素敵です……)

 先程見た彼の裸、脱いだ衣服で隠された雄の器官を思い描く。大きさはこの際どうでもいい。余すとこなく包み込む為の訓練は十分に積んである。それを呑み込み味わう瞬間、その喜びが熱となって全身に広がっていく。燃え盛っていく。

 ジュワッ……。

 火竜の性、熱を操る能力が水温を急激に上げていく。暴走に近いそれは数分と立たず室内を湯気で白く煙らせて――。

 『ま、待った。もういい! もう十分熱くなったからってアチチチッ!』

 (――いけないっ!)

 冷水を浴びせかけられた気分で幸せな妄想が醒めていく。気が付くと浴槽は沸騰する熱湯が吹き出し、人間にとっては火傷を負いかねない危険地帯と化していた。


 『つ、掴まってくださいっ!』

 私を止めようと駆け寄ったヴィストさんが、悲鳴を上げて跳ね回っているのをおぼろげに確認し、慌てて彼を抱えて安全な場所まで脱出する。こんな時でも股間を隠す姿勢を止めないので、途中で滑り落としそうになったけれども。

 『だ、だだ大丈夫ですかっ! おケガはないですか?』

 『ハァ、ハアッ。……ありがとう。火傷は……していないみたいだ』

 それにしても凄い力だとあきれた風に呟く彼を尻目に、私は決定的な過ちをしてかした事に愕然としていた。

 (もしかしたら、彼は死んでいたかもしれないのに!)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 煮立ったお風呂がなんとか入れるぐらいまで。私達は居間に戻って冷めていく時間を過ごしていた。
 時間は真夜中に近い。本来ならヴィストさんは日々の汗を流し、くつろいだ時間を過ごしている筈なのに。

 ――私が、私がそれを台無しにしてしまった。

 『あ……いや、むう』

 『あの……いえ』

 さっきからずっとこの調子で机をはさんで向かい合うだけ。会話すらままならない沈黙に蝕まれていくのはもう耐えられない。私だ。私のせいなのだ。だから――。

 ゴトン!

 平静を装い立ち上がった私の内心を暴くかの様に、家具の立てる音は大きかった。

 『ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。今夜は……おいとまさせて頂きます』

 『あ、おい! そのちょっと待てよ』

 期待通り引き止めてくれるのが嬉しい。そしてそんな自分が浅ましくてしょうがなかった。私はせめてもの気持ちを込めて最大限の笑顔を作ると別れを告げる。

 『人間の風習に不慣れとは言え……分別に欠けた行為の数々、平にご容赦下さい』


 比較的冷静なつもりでいたけれど、きっと私は慢心していたのだ。たかが人間を手玉に取る等たやすいと――おばあさまの知恵を得て相手を弄ぶつもりだった私は、自分の心に翻弄されて失敗したのに違いない。
 所詮私はゆきずりの地竜に手篭めにされているのがお似合いの、その程度の存在だったのかもしれない。ヴィストさんには不釣合いな存在だ。

 『それでは、失礼いたします』

 せめて去り際は綺麗にと、尻尾などが周辺にぶつからないよう踵を返して玄関へと。

 ガタゴトッ! ドガッ。

 『痛ッ……がっ。こんな、時に、蹴躓くかよ……って待て、よオイ!……くうーっ』

 背後で上がる彼の怒声、いや悲鳴が私を鷲掴みにした。向う脛を家具にぶつけただけでなく、正面から床に倒れた額を押さえ、苦痛をこらえる姿が胸に突き刺さる。

 (――!)

 恥も外聞も無く体が勝手に動いていた。ヴィストさんを素早く抱き寄せて、とりあえず脚を枕に頭を寝かせ様子を確認する。よかった。怪我は無い。

 『あ、あのっ! ……だ大丈夫ですかっ?』

 『ああ……怪我はしてないみたいだ……』


 風呂場での失態の再演に私はますます暗澹とした気持ちに包まれる。それにしてもどうすればよいのだろう。ここにいるのも去るのも迷惑を掛ける気がする。

 それなのに。

 『私の、私のせいでこんな……』

 もはや詫びの言葉も思いつかないほど困惑しきっているのに。どうして私の手は彼の頭を撫で続けているのだろうか。

 ――ふと、迷う指先が暖かい感触と言葉に絡め取られた。

 『あのさ、これって』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 『人間の言葉で、膝枕って状況なんだがな』

 予想通り動きを止めたスーフィの反応を内心楽しみながら、ヴィストは言葉を続ける。大胆に相手に絡めた指には竜族特有の滑らかな肌ざわりが、おずおずと力を込めてくるのが確認できた。

 『余程相手に気を許してないと受け入れられないんだ。この意味がわかるか?』

 案の定かぶりを振る雌竜を確認してから、彼は勝負に出る。

 『何を気に病んでるかは知らないが、俺はあんたに帰って欲しいといった覚えはない
ぞ?例え竜族だってご機嫌取りや遠慮は、しない』

 最後の部分は半分嘘だ。いよいよ命が危ういとなれば全力で抵抗(逃げるのだが)する覚悟はできているが、なるべく機嫌を損ねたくない相手である事に代わりは無い。だがそれはもはや事なかれ主義からのものでは無くなりつつあった。

 『でも、私ったらあつかましく押掛けた挙句……失神させたりお風呂でもここでも大怪我をさせる所だでしたのにわふっ?』


 情けなく自責を続けるスーフィの口をヴィストは手で塞ぐ。雌竜がその気になれば手が飛んでいる所だが、そうはならないという確信があった。

 『竜族ってのは無駄にプライドが高すぎる。失敗の一つや二つで全てが終わったわけじゃないだろう? 実際料理は美味かった。一緒に食事に付き合ってくれるのも嬉しかった』

 ごくり、と喉を鳴らすスーフィ。ヴイストはその気持ちが手に取る様に判る気がした。

 (ここで、まず一つ確かめておかないとな)

 我ながらどうかしていると内心苦笑しつつも、偽りの無い本音を優しく叩きつける。

 『それにこうして撫でられてると、とても気持ちがいいし――安らぐんだ』


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 『え……』

 (えええええええええええええ!)

 驚愕の叫びは辛うじて心に押さえ込めたけれど、後一押しで精神のバランスが一気に崩れてしまいそうな危うい予感がする。

 『ヴィストさん、あの……それって』

 しょげ返っていた私の何かが期待感と共にむっくりと鎌首をもたげ始めていた。彼の次の言葉しだいでは嬉々として獲物に襲い掛かりそうな……。

 (だ、駄目です! 駄目なんです! さっきみたいな事になったらどうするの?)

 理性を総動員して必死に本能を説き伏せる。しかし今まで散々おあずけを喰わせているソレは性懲りも無く我慢の限界を訴え暴れまわっていた。そこに彼の返事が――。

 『だからさ、あんたさえ良ければ、まだここにいてほしいんだ』

 『は、はいぃいい! わ、私でよろしかったらこ、ここにいさせて頂きます!』

 あからさまにうわずった返事を返すのが精一杯。私は全身に広がる興奮を押し止めようと必死になっていた。今発熱したら今度こそ大惨事は避けられない。背筋の凍るような未来図でなんとか乗り切れたものの、全身はうっすらと冷や汗をかいていた。


『おっと……汗かいてるみたいだな。頃合だし――入ろうか?』

 内心の葛藤で気が付かなかったけれど、私から離れたヴィストさんがにこやかに誘ってくる――さ そ い? どこへ?

 『はい? るんですか?』

 『お風呂だよ。何の為にここで待っていたと思ってるんだ?』

 どこか面白がっているような彼の声色に私はますますワケが分からなくなっていた。いや判ってはいたけれど、それが何を意味しているのかを認識したくなかったのかもしれない。

 『じゃあ行くぞ。ぬるま湯にならない内に入りたいしな』

 『あ、はい! ただいま参ります!』

 (――彼と――入る――お風呂に――は……だ……の)

 思考の順序を一部ずらして自分を誤魔化すと、私は尻尾をバタバタさせながら彼の後に従った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 するりと衣服が床に落ち、外気に触れた肌が引き締まるのを感じる。後ろの視線がひどく気になってはいたが、躊躇いと共に下着まで一気に脱ぎ捨てヴィストは全裸を晒した。

 ――ただし後ろだけ。

 『あの…先程も疑問に思ったのですが。どうして前を隠していらっしゃるんですか?』

 振り返った矢先。スーフィから不思議そうな、それでいてどこか悪戯っぽい響きの問いが投げつけられる。

 『あ? ああああーその、これはだな。人間の体の造り上性、じゃなくてその急所が前面に出てしまうので本能的に隠そうとしてしまうんだ、という説があるらしい』

 ヴィストはあくまで冷静に、平静を装う。まだだ、まだ――

 (確定じゃない。これはあくまでその――裸の付き合い、親善交流だ)

 『そう、なんですか? 人間っていろいろと大変なんですね』

 首をかしげながらもやや残念そうに頷くスーフィの物欲しげな視線に、彼の隠し所がびくりと反応するが、粗相をする事無く大人しくしているのはどうした事か。

 (さっきまではあんなに元気だったのにな。我ながら情けない愚息だぜ)


 いざ雄として自分を意識すると、堂々と晒すにはお粗末な(竜の視点から見ると)事に気が付いた己がムスコはすっかり自信を喪失。いまや親の陰に縮こまっている有様にヴィストは苦笑したが、それを奥歯で噛み潰すと何食わぬ顔で風呂場に相手を誘う。

 『滑らないように注意してくれよ。まずはその、体を洗って汚れを落とす所から始めようか?』

 『はいっ! なんか水浴びに似ていますけど色々面白そうですね。ワクワクします……あっ! コレはどうやって使うんでしょうか?』

 石鹸や湯桶、ヘチマたわし等浴場の小道具にスーフィは興味深々といった様子で手にとっては感嘆の声を上げる。その無邪気な様に思わず目尻を下げながら、ヴィストはその使い方を実演して見せるのだった。

 『これは石鹸といってな。目に見えない汚れを落としてくれるんだ。濡れて溶け出した部分をこう、たわしに付けて……腕を出してくれ。そしてこすって汚れをおっとおお!』

 『アッ!アハハハハハハ、な、なんですかこれくすっ、くすぐったいですぅ! アハ、ハハハハ』


 初めての刺激に身を捩る雌竜の巨体に押し潰されそうになりながら、意外と感じやすいんだな、とヴィストはにやつきと悪戯心を抑えられなかった。

 (腕でこの反応だと……他の部分だとどうなるんだ?)

 『慣れるまでしばらく我慢だ。まず背中から洗うから後ろを向いてくれ』

 良識が止めろと異を唱えるのを研究の為だと丸め込み。彼は健気に震えながら耐える雌竜の性感……もとい生体調査を開始した。

 ゴシュゴシュ。

 『あー。背中……気持ちいいです……その肩の辺りを強くされると』

 『そこは筋肉が集まっていそうだからな。疲れていると気持ちがいいんだ』

 『ほ、本来なら翼が生える筈の所なんです……私は成長が遅くて付け根しかできてないんですけど。同種からは貧翼ってからかわれて……あッ、そこ、そこですっ……』

 竜の世界で意外な所が魅力の対象になるらしかった。ヴィストは感心しながらスーフィの肩を叩いて励ます。

 『人でも似たような悩みはあるな。でも気にしない方がいいぞ。雌の魅力はそこだけで決まるものじゃない』


 『はぁー、はい……そう、ですよね。おばあさまは尻尾を一振りするだけで若い雄が言い寄ってくると……自慢されていましたし。私もそっちは自信……あるんですぅ……』

 ゴシュゴシュゴシュ。

 (お次は少し大胆に、だ)

 心地良さにうっとりとしている背中を徐々にこすり落としながら臀部へ……は本意ながら手が滑ってしまった際障りがありそうなので、その途中の尻尾へとヴィストは攻撃を開始する。先程の筋肉云々で言い訳しておいたのでなんとか受け入れてもらえるだろう。

 『しなやかな割に結構筋肉付いてるな……付け根から洗っていくからなぁばぶへっ!』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ドグシッ!

 『ハ! ――ぁ!』

 オウゥウウン! ク……ァうう……ウゥ……

 初めて味わう得体の知れない快感。咆哮と共に私の尻尾が、弾ける。同時に何かも弾き飛ばしてしまった気がするが、暫くの間恍惚の波に身を委ねて漂うばかりだった。

 (あ、こんな、気持ち、いいの……一匹でシテた時だってない……おばあさまにも教わってなかった)

 雄を誘惑する為のしぐさや台詞は山ほど学んだけれど、変身がばれた時点で無意味になってしまっている。肝心要の交尾の作法については『人間の感覚を身に付けないと分からないから』という理由で変身が未熟な私は余り手を付けられなかった。

 "なぁに、ちゃんとした殿方なら身を任せててもいいんだよ"

 それに知らないほうが新鮮で楽しいとおばあさまは私の不安を笑い飛ばしてくれたけれど、こういう事なのだろうか。

 (でも、今は)

 今は私は……ストさんと、交尾、じゃなくてただ、湯浴みに。体を擦ってもらってだんだん変に、気持ちよく。それから尻尾……尻尾が弾けて、弾いて。

 (尻尾! じゃあ私が、弾いたのは)


 まだ途切れがちな思考をちぐはぐに繋ぎ合わせて、私は恐ろしい推測に愕然となる。
振り向きたいけど振り向きたくない、それでも見てしまった。

 『ヴィストさんっ!』

 背後の壁に延びている彼を助け起こす……これで何度目だろう。外傷は無いけれど、打ち所が悪いと命に関わるかもしれない。嫌な想像を振り払いながら私はその場で介抱を続けるしかなかった。

 『お願いですっ。起きて、起きて下さい……!』

 懸命に呼びかける私の声が浴室に空しく響く。

 『うっ……は、あっ……』

 苦しいのかヴィストさんの眉がしかめられ、はぁっと吐息が漏れる。その目は閉じられたまま一向に起きる気配は……。

――あった。

 『ぁ……ヴィスト、さん?』

 ピクリ。

 私の呼びかけに反応したわけではない、と思うそれは確実に身を起こしかけていて。

 ムクッ……。


 (あ、ああああ? あ――)

 ヴィストさんの下半身に辛うじて引っ掛けられた、いや引っ掛かった布を押し上げつつあるモノ。私は唖然として見つめるしかなかった。

 ――これは。

 ――彼の。

 ――だ。

 (ミテ、見たイ)

 止められない。私の中のナニかが蠢き始めて――!

 (なんて事を! ダメっ! 見ては、駄目……)

 駄目なのに。あろう事か私の手は布をゆっくりと引き剥がそうとしていた。

 ヌチャッ……

 思っていたより重たく、粘ついた音と共に邪魔な布が取り除かれる。

 『――あッ!』

 ゴクン。とこれは私の唾を呑む音。生まれたままになった……ヴィストさんの股間から眼が離せない。

 ――これが。

 ――彼の。

 ――雄なんだ。

 そそり立つそれの大きさは、私達に比べれば小さいけれど。先端が矢じりの様に張り出し、肉棒に浮き出した血管が絡み付いているそれは十分猛々しさを感じさせた。

 (こ、これを受け入れるんですね)

 雌の肉を押し分けては掻き出す為のカタチ。私の中で締め付けた時の感触がより淫らな期待に変わる。

 (アァ……早ク欲シい……だ、駄目そんな寝込みを襲うような事! でも……)

 ――デモ。触るぐらいなら。

 (いい、よね。本当に、触るだけだから……)


 理性が少しずつ本能に侵食されているのが自覚できた。それでも私は半ば操られるように、ヴィストさんの股間に手を伸ばしていく。

 『では……失礼、します』

 ピクンッ。

 頷いたわけではない、と思う彼の雄が勃起の脈動を魅せ――私の手が、触れる。

 (ああっ。熱い――)

 ビクビクンッ。

 私の肌が、いや掌中の欲望がアツく猛り、さらに充実していくのが感じ取れた。これはまだ大きくなるのかもしれない。

 (駄目ですっ……そんなに擦っちゃ……ああ、でもまだ硬くなるんですね)

 感触を確かめるだけの筈の自分の手は、いつの間にかたどたどしい愛撫に変わっていた。
おばあさまにおそわったとおり上下に緩やかに扱き、時折やさしく締め付けてあげる。その度に芯に硬いものができあがり、ビクビクと脈動するのがたまらなく愛しかった。

 ハァハァ……グルル……ハァハァ……。

 息が荒い。野性の唸りが私の喉から漏れている。もうどうなってもいい、のかも知れない。視界と思考が情欲の赤に染まっていって。


 ――その時、彼が声を上げた。

 『ううっ! や、止めろ。止めてくれぇ……』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ヴィストはおそらく人生で一番情けない悲鳴を上げていた。何故こうなったのか正直ワケがわからないのだが、とにかくナニが、いや何か大変な事になっているらしい。

 『うふふ。今更ナニを言ってるんですか? ここはこんなに立派になっているのに?』

 床に横たわった自分(何故か体が動かない)の上に跨ったスーフィが、勝ち誇った笑みを浮かべながら愛撫を激しくする。周囲は湯煙のせいかぼんやりとしてよく判らなかった。

 (落ち着け。状況を生理、整理するんだ)

 確かスーフィと膝枕からイイ雰囲気になって。それから一緒にお風呂へと……途中でなんだか妙な気分になってイケナイ悪戯をしたら手痛いしっぺ返しを受けた。ここまでは順当だ。

 (だが何でこうなってるんだうぁッイクっ)

 追憶で気をそらしたつもりが自制が疎かになり、気をヤッてしまいそうになる。ヴィストは必死に肛門を引き締めながら、雌竜を制止しようと懸命になった。

 『と、とにかくどういうつもりでこんな……いくらなんでも失礼じゃないの、かな?』

 彼女の理性に賭けた一言はあっさりと一蹴された。

 『裸のお付き合いは無礼講ですよね?』


 こうなる事を期待していたクセに、と張り詰めた亀頭をつるつるした極上の掌で責められ、続く言葉を封じられてしまう。

 『はぁーっ。先っぽがなんだかヌルヌルしてきましたよ。これは何ですか?』

 明らかにわかっているスーフィの意地の悪い双眸が、ヴィストの苦悶の表情を嘗め回す。
この状態で魔眼に捉えられたら最後だと、必死に視線をそらしながら彼は叫んだ。この状況下でも律儀に答えてしまう自分に少し呆れたが。

 『せっ、単なる性、生理現象だっ! ううっ、だから俺は今のあんたとそういう事をする気はな、くっ!くわぇるなあああああっ』

 『はむっ、ちゅっ……この期に及んで往生際の悪い雄だねぇ。じゃなくて、ですね』

 お仕置きです、とヴィストのイチモツを一瞬大胆にくわえ込んで吐き出したスーフィは、少し呆れている様だった。逸らしたままの彼の耳元に、彼女の熱い囁きが染み込んでいく。

 『本当に体だけなら、我慢しないでお出しになればいいのに……本当は入れたいんでしょう? 一緒に楽しみたいんですよ――』

 ――私の、ココと。


 ヴィストは見えるはずの無い鮮紅色の淫らな肉襞が見えた気がした。スーフィの言葉に妄想が喚起されただけだと思いつつも、余りに真に迫った印象に思考が塗りつぶされそうになる。

 『ち、違う、ちがう、違う……』

 『……違うんですか? 本当に私の事をそう考えてくれないんですか?』

 急に悲しげに落ち込んだ雌竜の声音に少しだけ彼の意識が冴える。、自分と彼女に罪悪感を感じはしたものの、逃れる機会は今しかないとヴィストは心を鬼にして断言した。

 『俺達は種族が違うんだ……当たり前だろう?』

 沈黙。恐る恐る見上げたスーフィの顔は悲しげに逸らされていた。決定的な何かを失った気がしたが、結局はよかったのだと彼は内心の抗議を説き伏せる。

 (そうだ、これでいいんだ。自然な事なんだ)

 『さ、さあわかったらどいてくれ。お互いこの事は忘れよう。俺はあんた自体は嫌いじゃない。こんな事で嫌いになったりはしないから』

 禁断の行為から逃れて安堵する一方、消え残る悲しさを振り払うようにヴィストは努めて明るい声を張り上げた。その内容に多少は救われたのか雌竜の返事にも笑みが含まれる。


 『そう、ですね。私も忘れます――だから』

 (だから?)

 不自然に途切れたスーフィの声に彼は薄ら寒いものを、いやこれは一種の期待か――を感じ取った瞬間、振り返った彼女の燃え盛る双眸に戦慄した。

 (し、しまった! あ、ああああ……)

 魔眼の力がヴィストの意識を陵辱する。前回のように意識を失う事は無かったが……たった一つの欲望に魂が組み替えられていく様な錯覚に彼は恐怖し狂喜した。
 荒い息と共に彼女が自分を犯す体位を取りつつあるのが感じ取れる。そしてソレを待ち侘びてそそり立つ己が欲棒と、切なげに振られる腰の動きも――。

 『これから起きる事は、無かったんです。だからナニをしても……イイんですっ!』

 『はぁ……はぁ……ハヤく、はや、めろ。入れさ、せて、イレるナっ……!』

 欲望の氾濫と理性の残滓にもつれる舌。彼の意志に反応するのはもはやそこだけになっていた。

――その時、彼が声を上げた。

 『ううっ! や、止めろ。止めてくれぇ……』

 (!!!!!!)

 『と、とにかくどういうつもりでこんな……いくらなんでも……』

 いつの間に気が付いていたのだろうか? 手篭めにされようしていたヴィストさんが
私の下で呻いている!

 『きゃあああああ! ご、ごめんなさいすみません嫌いにならないでお願いします!!』

 この状況ではもはやごまかしようがなかった。私は混乱しながら謝罪の言葉を必死に並び立てる。でも手はしっかりと彼のイチモツに吸い付いて離れない……。

 『……単なる性、生理現象だっ……俺は……あんたと……する気は……くわぇるなあああああっ』

 (え? 咥える? ナニを?)

 本格的な叱責を覚悟した私の耳に届いたのは、全く脈絡の無い叫びだった。

 『えーと、ヴィストさん? 起きて……ません?』

 空いた手でゆさゆさと彼を揺さぶって見るがうーんと唸り声を上げるだけで、その眼は硬く閉じられたままだ。どうやら夢を見ているらしい。


 (可哀想に、どんなひどい目にあっているんだろう)

 と心底心配しているのに、私の手は不謹慎にも愛撫を止めようとはしなかった。それにしても勃起へ刺激を与える度に、彼の苦悶がひどくなる気がする。

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