禁断の意匠に抱かれて2

    

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次の日、俺は昨晩の激しい疲労のせいか昼近くまで深い眠りについていたらしい。
目を覚ました時には既に太陽は南中を迎えており、青々とした草木の萌える初夏の香りが辺りに立ち込めている。
「そうだ、あのドラゴンは・・・?」
俺はふと昨夜の出来事を思い出すと、まだふらつく足取りでよたよたと玄関の扉を開けて外の様子を窺ってみた。
その家の目の前で、一見すると石像に見える黒々としたドラゴンがじっとその巨体を地面の上に横たえている。
だが扉を開けた様子で俺の気配に気がついたのか、ドラゴンはおもむろに大きな頭を地面から持ち上げると心配そうな眼差しをこちらに向けた。
「おはよう・・・よく眠れたかい・・・?」
返ってくるのは小さな唸り声だけだと知りながらも、何故かこのドラゴンにはついつい気軽に話し掛けてしまう。
それは恐らく、昨日の一件で彼が随分と心の優しいドラゴンであることが容易に想像できたからなのだろう。
やがてそんな主と従の簡潔な意思の疎通が終わると、俺は通りの向こうをゆっくりとこちらに向かって歩いてくるグレッグの姿に視線を移していた。

しばらく動向を見守ろうと思ってじっと家の戸口からドラゴンと何も知らない友人の様子を窺っていると、グレッグが目の前に蹲っている不思議な石のドラゴンを見て驚きの声を上げる。
「おいルイス!一体なんだこいつは!?」
だが突然出された大声に驚いたのかドラゴンが不意にグレッグの方へと首を振り向けると、俺は慌ててグレッグを家の中へ引き入れていた。
「まあいいから落ち着いて聞いてくれ・・・昨日、古物展に行っただろ?そこで、こいつを見つけたんだ」
そしてそう言いながら、まだ事態を飲み込めていないグレッグの前にあの杖を差し出す。
彼はその先端に埋まっている小さな黒い石を見つけると、急に食い入るような目で俺を見つめてきた。
「これが、お前の言っていた例の石なのか・・・?」
「ああ、そうさ・・・グレッグも見ただろ?俺も最初は驚いたさ。でも、本当にあの石像に命が宿ったんだよ」

「だが夢が叶ったにしちゃ、随分と浮かない顔をしてるじゃないか。まだ何か言うことがあるんじゃないのか?」
流石に長年付き合っているだけに、グレッグは一瞬にして俺の複雑な表情の裏に隠された不安を読み取っていた。
「最初に断っておくけど、あのドラゴン自身は決して危険な性格の持ち主じゃないんだ。でも昨日の夜・・・」
俺は本当に話してもいいものか少し躊躇ったものの、やがて意を決すると昨晩起こった不思議な現象のことをグレッグに打ち明けた。
「あのドラゴンに触れると、力を吸い取られるっていうのか?」
「あいつも困惑してるみたいだったよ。どうしてこんなことになったのか・・・これじゃあまるで・・・」
「史実にあるような呪いと何も変わらない・・・そう言いたいのか?」

自分で言うより先にグレッグの口から出た呪いという言葉に、俺は思わず必死になって反論していた。
「そんなつもりなんてなかったんだ!俺はただ・・・あのドラゴンの石像に命を宿したくて・・・」
「なあルイス、呪いっていうのは、言わば相手をどうにかしたいっていう強い思念の塊のようなものなんだ」
強い思念の塊・・・そう言えば確か昨晩読んだ本にも、あの石は人の思念を吸収すると書いてあった。
「そして、それが善か悪かは関係ない。ただ善良な事を願う時は、それを祈りと呼んで区別しているだけなのさ」
もしそうだとすればあれは呪いをかけるために使われてきた邪悪な石というよりは、願いを具現化できるほど強力な一種のパワーストーンだと言えるのかもしれない。

「じゃあ・・・どうしてあんなことになったんだ?」
「全く何もないところに突然命を生み出すなんて、神様にだってできやしないってことだよ」
それから先のグレッグの言葉には、ある意味で真理に近いものがあった。
あのドラゴンは身に触れた周りの生物達の命を吸い取ることで、石に宿った仮初めの命を保っているのだろう。
自分が生きる為に他者の命を刈り取ることそれ自体は、別に悪いことではない。
野生の獣達はもちろん、人間も、虫も、水中に生きる魚達も、誰もがやっている自然の摂理なのだ。
「で、でもそれじゃあ、ずっと誰の命も吸い取らなかったとしたら、あいつは一体どうなっちまうんだ?」
「そいつは俺にはわからんが・・・多分、1匹の生物として死を迎えることになるんじゃないか?」
「・・・そうか・・・」
それを聞くと、俺はがっくりと肩を落とした。
「とにかく、あいつをどうしても生かしてやりたいなら近くの森にでも住まわせてやれ。町には置いておけない」
「ああ、確かにな・・・」

グレッグが帰っていくと、俺はじっと家の前で待っていた健気なドラゴンに森の方を指差して言った。
「お前はこれからあの森で暮らすといい。大丈夫、ここからならすぐにお前に会いに行けるから」
半ば俺の言葉を予想していたのか、ドラゴンが全く表情を変えないまま小さく頷く。
「グルル・・・」
そして承諾の唸り声が聞こえると、その巨体がのそりと地面の上から持ち上げられた。
ドラゴンが今まで蹲っていた辺りの雑草は全て枯れていて、中には引っくり返って死んでいる小さな虫の姿も見て取れる。
俺はその退廃的な光景に一抹の不安を覚えはしたものの、ドラゴンが静かに尻尾を振りながら森に入っていくのを見送ると一応はホッと安堵の息をついた。

その日から、俺は毎日のように森へドラゴンの様子を見に行くようになった。
大概は森の入口から少し奥へ入った所にある木陰の広場で蹲っていることが多いのだが、たまに狩りにでも出かけているのかその場所へ行ってもドラゴンの姿が見えないことがある。
だがしばらくすると、ノシノシという重々しい足音を響かせながら何だか少し悲しげな表情を浮かべたドラゴンが戻ってくるのだった。
「やぁ・・・元気かい・・・?」
「クルゥ・・・」
無機質な単色に覆われているドラゴンの体はお世辞にも気分がいいようには見えないのだが、ドラゴンは俺がそう尋ねる度にいつも可愛げな声で返事をしてくれる。
だが空を飛ぶことはできないのか背から生えた翼はまるで飾り物のようにずっと小さく折り畳まれたままで、俺は何とはなしにこのドラゴンが酷く不憫に思えて仕方がなかった。

やがてドラゴンを森へ放してから2週間が経とうかとしていた頃、俺はドラゴンの住む森の様子が徐々に変わってきていることに気がついた。
いや正確に言えば、家にやって来たグレッグに指摘されて初めて気がついたのだ。
森の中に入れば所々に見えてくる不自然な枯れ木。
足跡のように残る、互い違いに続く朽ちた雑草の跡。
中にはどこを怪我しているわけでもないというのに息絶えている兎や鹿の姿もいくつか見つけ、俺はそれらが全てあのドラゴンによるものだということを理解していた。
「どうしてこんなに・・・?」
「多分、普通の獣と同じように日に数度の狩りをしているだけじゃあ、命を維持できなくなってきたんだろう」
つまりそれは、あのドラゴンが手当たり次第に辺りの動植物達の命を吸い取り始めたということなのだろうか?

その日グレッグとともにいつもドラゴンが蹲っている広場へと向かう途中、俺はたまたま茂みの向こうで繰り広げられたドラゴンの狩りの現場に遭遇していた。
突如大木の陰から飛び出して来た小さな影・・・どうやら野兎のようだ。
その小さな獲物目掛けて、巨大な岩のようなドラゴンが茂みからガサッという激しい音を立てて飛び掛っていく。
「キィィッ!」
そして次の瞬間驚きと恐怖の入り混じった兎の悲鳴が聞こえたかと思うと、ドラゴンが捕えた獲物を地面の上にグッと押しつけていた。
「キ・・・キィ・・・」
やがてほんの数秒もすると、兎が爪も牙も突き立てられてはいないというのに命を吸い取られて絶命する。
全く無傷の獲物の亡骸を見下ろしながら、ドラゴンはどことなく罪悪感の読み取れる複雑な表情を浮かべていた。
狩りの為に動き回ったドラゴンに触れてしまったのか、あちこちの茂みがそこだけ枯れてしまっている。

「こいつは・・・思ったよりも深刻な状況のようだな・・・」
ドラゴンの不思議な狩りの一部始終を木の陰から眺め終わると、グレッグが不意にそう呟いた。
「深刻な状況だって?」
「多分あいつは今、酷い苦しみを感じているはずだ。生きながら死の苦しみを味わっているんだろう」
確かに、あのドラゴンが獲物を狩るのは空腹を満たすためでもなければ喉の渇きを潤すためでもない。
ただ狩りをしてでもああやって誰かの命を吸い取らなければならない、何らかの理由があるのだ。
そして恐らくあのドラゴンを衝き動かしているのは、グレッグの言う通り何もしていなくても少しずつ自分の命が削られていくという死の苦しみなのだろう。

「どうにかできないのか?」
「生きていくのは簡単さ。草も木も動物も、森には溢れてる。この森がある限りあいつが死ぬ心配はないだろう」
だがグレッグはそう言うと、いつもの住み処に向かって消えていくドラゴンから俺へと視線を移した。
「問題は別の所にあるんだ。兎を殺した時のあいつの表情を見たか?」
「ああ・・・何か・・・悲しそうな顔をしてた」
「あいつは、本当は誰も殺すことを望んじゃいないのさ。ただ苦しいから、仕方なく誰かを殺してるだけだ」
つまりグレッグは・・・いつかはその微妙なバランスが崩れるかも知れないということを言いたいのだろう。
確かにあの心優しいドラゴンの性格を考えれば、やがては自ら死を迎えることを選んでしまうような気がする。
俺は神妙な面持ちでグレッグと顔を見合わせると、今日はもう家に帰ることにして来た道を引き返し始めていた。

個人的にはあまり信じたくない話なのだが、世の中には悪い予感ほどよく当たるという言葉がある。
人間が脳裏に可能性として思い描いた未来の光景は、実際にそれが起こる前兆である場合が多いという意味だ。
グレッグとともにドラゴンの狩りの様子を目撃してから4日後、いつものようにドラゴンに会うために森へと足を踏み入れた俺はそこで驚きの光景を目にしていた。
ほんの数日前とは比べ物にならぬほどの量に増えた、そこここに散乱している大小様々な動物達の死骸・・・
視界に入る無数の大きな木々も5本に1本は無残に朽ちた枯れ木と化していて、地面の近くに生えていた茂みのほとんどは今やまるで醜い茶色のモザイク模様のようだ。
「どうしてこんな・・・」
この森が、森全体が・・・死にかけていた。
昨日ここへ来た時は、決してこんなに酷い状況ではなかったはずだ。
確かに相変わらず無傷の獲物の骸はいくつか目に付いたものの、草や木はあんなに青々と茂っていたじゃないか!
俺は突如胸の内に湧き上がった不安に耐えながら、ドラゴンがいつも寝床にしているあの広場へと急いだ。
そしてやっとのことで到着した広場で待っていたのは・・・俺が、どこか心の内で既に予想していた光景だった。

地面を覆った無数の枯れ葉の山の中で、苦しげに顔を歪めたドラゴンが蹲っていた。
虚ろな瞳でハァハァと辛そうに息をしながら、時折まるで誰かに助けを求めるように長い尻尾を伸ばす。
そしてドラゴンの背後にあった大きな木の幹に尻尾の先がクルンと絡まったかと思うと、たった今まで空を覆い尽さんばかりに厚い葉を茂らせていたはずの大木が、見る見るうちに枯れ朽ちていった。
そうしてわずかばかり回復した命を振り絞って、ドラゴンが俺の顔を切なげに見上げてくる。
「お、お前・・・」
俺は、ドラゴンにかける言葉が見つからなかった。
こうしている間にも、彼の中では無情な炎が刻々と命の芯を焼き続けているのだ。

「グ・・・グル・・・ゥ・・・」
やがて痙攣したように半開きになったドラゴンの口から、今にも消え入りそうな弱々しい声が漏れ聞こえてきた。
今彼を襲っているのは、身の焼け焦げるような酷い熱さなのだろうか・・・?
それとも、血の気も凍ってしまうような激しい寒さ・・・?
いや、もしかしたら全身を鋭利な何かで突き刺されるような耐え難い激痛だったり、暗い水底に引きずり込まれてしまったかのような絶望的な息苦しさなのかも知れない。
呪いによって引き起こされた死に際の苦しみとは、一体どんなものなのだろうか?
俺にはとても想像することなんてできないが、あのドラゴンは今、正にその地獄を味わっているのだ。
石像に命を吹き込みたいなどという馬鹿な望みを持った、この俺のせいで!

俺は目の前で悶え苦しむドラゴンの様子に、どうしようもなく胸を痛めていた。
このまま命尽きた彼が死んでしまうまで、俺はここでじっと傍観しているしかないのだろうか。
彼の体に手を触れて安心させてやることさえできない無力なこの俺に、これ以上一体何ができるっていうんだ!
葛藤と、後悔と、そしてこの上もなく浅はかだった己への憤りが、三つ巴となって暴れ回っている。
仮にドラゴンが死んでしまうとしても、せめてあの目を覆いたくなるような苦しみからは早く救ってやりたい。
あんな小動物の命を奪うのにも良心を痛めていた心優しいドラゴンが、どうしてこれほどまでに苦しまなければならないのだろうか。
こんな・・・こんな無慈悲な呪いなんてあってたまるか!
広場の端にくず折れて泣いていた俺は、心の中で叫んだその言葉に思わずハッと顔を上げていた。

そうだ・・・何でこんな簡単なことに、もっと早く気がつかなかったんだろう・・・?
俺にはもちろんそんなつもりはなかったけれど、これはあの黒い石を通して石像にかけられた呪いなんだ。
それなら今度は逆に、あの石を使って呪いを解くことができるに違いない。
悲しみと絶望にうな垂れていた体に微かな希望が流れ込んできたのを感じ取ると、俺は勢いよく立ち上がってドラゴンのもとへと駆け寄った。
そして荒い息をつきながらこちらを見つめているドラゴンの耳元に向かって、静かな声で囁いてやる。
「もう少し待っててくれ・・・すぐに、その苦しみから救ってやるからな」
「クルゥ・・・」
やがて目を閉じたドラゴンの小さな返事を聞き取ると、俺は家に帰るために森の中を全力で駆け出していた。

いつも通っているはずの道なのに、急いでいる時はこんなにも遠く感じてしまうものなのか・・・
デコボコした道に何度も躓きそうになりながら一気に森を走り抜けると、俺はそのままの勢いで家の中に飛び込んだ。
そしてわずか20日足らず前の記憶を頼りに家の中を探し回り、やっとのことで目的の杖を見つけ出す。
「あった・・・これがあればあいつを・・・」
苦しみから解き放ってやることができるに違いない。
だがそれは、同時にあの石像から命を奪うということでもある。
ドラゴンを死の苦しみから救うために命を奪うなど、何とも皮肉な話だ。

しばしの葛藤の末、俺は杖を握った手にギュッと力を込めると再び家を飛び出していた。
今の俺に、そんなことを考えている余裕はない。
こうしている間にも、あいつは俺の到着を待ちながらたった独り朽ちた森の中で苦しんでいる。
あいつは何も悪くないのに・・・俺があいつを苦しめているのも同然だ。
焦燥にこけつまろびつ森の中をがむしゃらに走り続ける俺は、端から見ればまるで恐ろしい何者かに追われていたように見えたに違いない。
いや・・・事実俺は、ドラゴンの命の残滓を刈り取ろうとする死神に追われていたと言ってもいいだろう。
奴よりも早くあそこに辿り着かなければ、彼は散々に苦しみ抜いた後にその命の灯火を永久に消してしまうのだ。

やがて例の広場に辿り着くと、ドラゴンは俺の姿を認めて眼前の小さな花に伸ばそうとしていた手を止めていた。
"早く助けてくれ・・・もうこれ以上、誰も死なせたくない・・・"
丹精込めて彫り上げたドラゴンの円らな瞳が、必死にそう訴え続けている。
俺は疲れ切った体を引きずるようにしてドラゴンに近づくと、彼に杖を振り翳して己でかけてしまった呪いが解けるように心の底から強く念じていた。
シュウウ・・・
その途端石像に命を宿した時のような低い音が辺りに響き渡り、真っ黒だった杖の石が再び白く染まっていく。
だがドラゴンは、完全に呪いが解ける前に早くも命が尽きかけてしまっていた。
このままでは彼は元の石に戻るどころか、このまま1匹の生物として死を迎え朽ちていってしまうことだろう。

そんなこと・・・させるものか!
俺は手にしていた杖をその場に取り落とすと、最早虫の息といった様子のドラゴンの腕をそっと掴んでいた。
「ぐ・・・うぅ・・・」
その瞬間それまで感じていたのよりも何倍も激しい疲労感が、ドラゴンに触れた手から全身に波紋のように広がっていく。
ドラゴンは俺が体に触れていることに気付いて慌てて腕を離そうとしたものの、俺は意地でも離されまいと更にそれに食い下がっていた。
「な、なぁ・・・落ち着いて・・・聞いてくれ・・・お、お前は、俺が1番心を込めて創った作品なんだぞ・・・」
悲壮な表情を浮かべて俺を見つめるドラゴンとしっかり目を合わせながら、徐々に擦れていく声で先を続ける。
「だ、だからさ・・・頼むから・・・そんなに辛そうな顔をしないで・・・くれよ・・・」
そして何とかそこまで言い切ると、俺はドラゴンの腕に縋ったままガクリと力尽きていた。

自らの手で殺めてしまった創造主の姿を目の当たりにして、ドラゴンはしばらく呆然とその場に固まっていた。
地面に落ちた杖の石からは相変わらずシュウシュウという音が鳴り続け、ドラゴンの体から仮初めの命を少しずつ吸い出し続けている。
だがやがて、ドラゴンの目からぽたりと1滴の涙が零れ落ちた。
それは、仮初めのものとはいえ確かにドラゴンの石像に命が宿っていた証。
ドラゴンはルイスから貰った命を奮い起こして彼の体を両腕でそっと抱き抱えると、これまで1度も広げられたことのなかった1対の翼を大きく左右に広げていた。
そして自らの使命に従うように、凛とした表情で荘厳に天を振り仰ぐ。

「グゥオオオオオオオオオオオーーン!」
突如町全体に響き渡った巨大なドラゴンの咆哮に、俺は思わず森の方を振り返っていた。
「ルイス・・・?」
何だか、妙な胸騒ぎがする。
俺は急いで町の外れにあるルイスの家へと向かうと、半開きになっていた入口の扉を開けて家の中を覗き込んだ。
家中が酷く荒らされたような形跡がそこかしこに残っていて、心臓の鼓動が少しだけ早くなる。
違う・・・これは、ルイスがやったんだ。
多分何かを探すために、慌ててそこら中を乱暴に物色したのに違いない。
「ルイス・・・一体、何を探してたんだ・・・?」
だが、その答えは少し考えただけで容易に想像がついた。
だとすれば、あいつの居場所はやはりあのドラゴンの所だろう。
俺は恐らくルイスもそうしたように勢いよく彼の家を飛び出すと、森に向かってひた走っていた。

「ルーイス!どこにいる!」
死と退廃に覆い尽くされた森の中を広場に向かって走る途中、俺はひたすらにルイスの名を呼び続けた。
だがやがていつまで経っても返ってこない返事に焦燥を募らせながら広場に辿り着いた俺の目の前に、信じ難い光景が飛び込んでくる。
「ル、ルイス・・・」
そこにあったのは、朱に染まり始めた空の色に淡く輝いている巨大なドラゴンの石像だった。
満足げな表情で息絶えたルイスの亡骸をその胸の内に抱き抱え、美しく磨き抜かれた大きな翼が広場を覆い尽くすかのように一杯に広げられている。
そして天に向かって悲しい慟哭の声を上げたドラゴンの顔は死に際の苦しみなど微塵も感じさせないほどに凛々しく整っていて、不覚にもその魂のこもった禁断の意匠に思わず目を奪われそうになってしまう。

「くそっ・・・ルイス・・・なんてことを・・・」
俺はドラゴンの腕の中からルイスを引っ張り出そうとしてみたものの、硬い石と化した両腕にしっかりと抱き抱えられたルイスの体は少しも動かすことができなかった。
まるで、愛しい創造主を決して手放そうとしないドラゴンの強い意志が働いているかのようにすら思えてしまう。
やがてどうあっても俺には何もできないと悟ると、俺は静かにルイスに語りかけていた。
「全く・・・馬鹿な奴だよ、お前は・・・でも・・・立派に親父さんを超えたんだな・・・」
もう、彼らの邪魔はしないことにしよう。
ルイスを亡くしたことが悲しくないといえば嘘になるが、彼は彼の人生の目的を達成したのだ。
そうしてしばらくの間親友の幸福そうな顔を目に焼き付けると、俺は静かに踵を返した。

再び持ち主を失った悲劇の杖が静かに見守る中、晴れ渡った空に浮かぶ満月が森の中に佇むドラゴンの石像を優しく照らし出している。
呪いによって傷ついた森は、長き歳月の果てに無事に元の姿を取り戻すことだろう。
そしてそれがやがて石像の腕に抱かれたルイスの亡骸を朽ち果てさせたとしても、心優しいドラゴンはその腕の中に永久に彼の姿を象り続けるに違いないのだ。



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