毛鱗の番い

    

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冬の訪れを告げる木枯らしが吹く深い森の中、1匹の雌のドラゴンが暗い面持ちを湛えて当てもなくさ迷っていた。
全身から伸びたフサフサの赤い短毛に、真っ白な2本の角。
腹の辺りから尻尾の裏側にかけてだけはやや灰色がかった毛に覆われていて、長過ぎず短過ぎない小振りな尻尾がバランスを取っているかのようにフリフリと左右に揺れている。
まだ若い彼女は周りの仲間達に比べれば小柄で気もあまり強い方ではなく、今年も番いを見つける唯一の機会である繁殖期に手頃な雄を1匹も見つけられずに深く落ち込んでいた。

「あーあ・・・今年もだめだったわ・・・早く子供が欲しいなぁ・・・」
もう数年も前からの話なのだが、私は自分の力で小さな子供を育ててみたいという衝動に駆られている。
だが歳が離れているとはいえ周囲の仲間達が楽しそうに子育てしている姿を見るにつけ、番いとなる夫も見つけられずに落ち零れている自分が情けなくなってしまうのだった。
運良く強い夫を見つけられた雌のドラゴン達は、今頃夫とともに住み処の中で大きな卵を愛でていることだろう。
なのに私は・・・また来年までこの暗い気持ちを引き摺っていかなければならないのだろうか・・・?
ドラゴンの子供達は種族によって巣立ちの時期が異なるのだが、この辺りは1年の間に季節が変わりやすいために半年もしない内に子供が育つのだ。
だから雌のドラゴン達は毎年夏から秋にかけて必死に子供を産ませてくれる雄を探して回るものなのだが・・・
子供が産めるようになってからはまだ5年と経ってはいないものの、こうも番いを見つけられない年が続くとだんだんと気分が落ち込んできてしまう。

「あら・・・あれは・・・?」
とその時、私は疎らになった林の向こうに大きな洞窟が口を開けているのを見つけた。
初めて見る洞窟だ。恐らく、最近になって誰かが岩肌に掘ったものに違いない。
どうせこのまま住み処に帰っても、私は失意の内に独り寂しく眠りについてしまうだけだろう。
少し、気分を紛らわせるのもいいかもしれない。
私はふとそう思い立つと、木の間を縫うようにしてその洞窟へと近づいていった。
「凄く大きい洞窟ね・・・」
私が小柄なせいもあるのかも知れないが、間近で見たその洞窟は驚くほど大きなものに感じられた。
多分、天井までの高さは優に7、8メートル位はあるだろう。
曲がりくねっていて闇に包まれている洞窟の中に耳を澄ましてみたものの、誰かがいるような気配は全く感じられない。

どうしよう・・・誰もいないようだけど・・・入ってみようかな・・・?
もしかしたら私は、この時からある種の黒い期待を抱いていたのかも知れない。
誰の気配も感じられない洞窟の中へと恐る恐る足を踏み入れ、徐々に暗さを増していく奥へ向かってゆっくりと進んでいく。
そしてやがて最奥の方にぽっかりとした広場が見えてくると、私は思わずゴクリと息を呑んでいた。
闇の中に微かに光る2つの鈍い輝き・・・
妖しい光沢のある楕円形の球体が、落ち葉や木の枝を集めて作られた温床の上に静かに安置されている。
人間なら両手に余るようなその大きさから察するに、ドラゴンの卵に間違いない。
やはり、ここは最近誰かが卵を産むために掘った新しい洞窟なのだ。
「綺麗・・・」
それが卵であることを知らない者が見れば、恐らくは宝石か何かの原石のようにも見えたことだろう。
美しい2つの卵が放つ母性を惑わせる不思議な誘惑に、私は吸い寄せられるようにして卵を持ち上げていた。
どうしても、子供が欲しい・・・例え他の仲間が産んだ卵だとしても、この子を私の手で育ててみたい・・・
そんな悪魔の囁きが、弱り切った心の内に何の抵抗もなく染み透ってくる。
そして数分後、ついに私は誰が産んだものかもわからないその大きな卵を1つ抱えたまま洞窟を後にしていた。

「ふぅ・・・ふぅ・・・やっと着いた・・・」
大きな卵を持ったまま首尾よく誰にも見咎められずに自らの住み処へと辿り着くと、私は高鳴る鼓動を抑えるように大きく安堵の息をついた。
何しろ、この卵は誰がどう見ても私が産んだものには見えないのだ。
今頃はこの子の本当の母親が洞窟へと戻ってきて、忽然と消えた卵に激しく憤慨しているに違いない。
私は繁殖期の始まる頃に早まって作っておいた小さな寝床に盗んできた卵を静かに降ろすと、改めて洞窟の中へと差し込んでくる薄明かりの下でその様子をじっくりと観察した。
胸の内では微かな罪悪感とそれを上回る期待感が跳ね回り、数日後の孵化が待ち遠しくて仕方がない。

「そうだわ・・・暖めてあげないと・・・」
卵の置かれていた洞窟は曲がりくねっていたお陰で冷たい風はあまり吹き込んでこなかったものだが、ここはそれほど深い洞窟ではないせいかあの洞窟よりもいささか気温が低いような気がする。
私は大きな卵を潰さないようにそっと寝床の上に丸まると、ふっくらしたお腹の中に埋めるようにしてそれを両手で抱き抱えた。
「気持ちいい・・・」
命の収まった殻を抱く感触・・・
自分で産んだ子供ではないはずなのに、何故かこうしているだけで言いようのない幸福感が込み上げてくる。
「きっと無事に育ててあげるからね・・・」
それから数日の間、私は激しい唸りを上げる空腹も我慢して可愛い"我が子"を暖め続けていた。

3日後、ついに待ちに待った孵化の日がやってきた。
初めてここへきた時は石のように静かだった卵は今やドクンドクンという脈動が感じられそうなまでに熱を帯び、中で何か小さなものが動いているのが硬い殻から心地よい振動として伝わってくる。
「そろそろ産まれるのかしら・・・?」
自分に言い聞かせるかのように呟いたその言葉が引き金になったのか、突然ピシッという音とともに卵に小さなヒビが入る。
パキッ・・・ピキキッ・・・
徐々に広がりを見せていく網の目のようなヒビ割れに目を瞠っていると、やがて細かく砕けた卵の穴から仔竜の小さな手が突き出した。
最初に見えたのは産まれたばかりだというのに鋭く尖った短い爪と、手の甲を覆った緑色の細かな鱗・・・
「えっ・・・鱗・・・?」
不意に胸の内を過ぎった嫌な予感をよそに、小気味よいパキャッという音がして卵が左右に割れる。
そしてその中から、全身にエメラルドのような美しい緑色の鱗を纏った仔竜が飛び出してきた。
スラリと細長く伸びた尻尾の先はまるで槍のように尖っていて、あどけないながらも鋭い光を宿した2つの瞳がキラキラと輝いている。

「ああっ・・・そんな!」
「クウゥ?」
不思議そうに首を傾げる子供から顔を背けるようにして、私は両手で頭を抱えていた。
これは異種族の子だ。
私はなんて浅はかだったのだろう・・・
母子でこうも外見が違っていては、誰が見てもこの子が私の子でないことが一目でわかってしまう。
ああ、どうしよう・・・そ、そうだわ・・・今ならまだ、本当の母親の所に連れていけるかもしれない・・・
私は半ばパニックに陥りかけた頭をブンブンと振り払うと、異母のもとに産まれてしまった小さな仔竜をそっと抱き上げていた。

「クゥ~、ククゥ~~」
お腹が空いたのかそれとも嫌がっているのか、柔らかな腹に押しつけるようにして私に抱えられていた仔竜が雄にしてはか細い鳴き声を上げながら頻りに身を捩っている。
「ほら、暴れないで・・・今あなたの本当のお母さんの所に連れていってあげるから・・・ね?」
だがいくら宥めようとしてみても、仔竜の鳴き声はだんだんと大きくなるばかり。
いずれにしてもこのままでは、誰にも気付かれずに例の洞窟までこの子を連れていくのは難しいだろう。
「クゥ~~!クゥ~~~!」
「わ、わかったから・・・静かにしてちょうだい・・・」
仕方なく抱き抱えていた仔竜をその場に降ろしてやると、彼はトテトテと跳ねるように寝床の上に取って返してドサリと蹲ってしまった。

ふぅ・・・仕方がない・・・どうやってこの子をあの洞窟まで連れていくかを考えるのは後にして、とりあえずまずは何か食べ物を獲ってくるとしよう。
今の今まで卵を暖めることに夢中で気にもとめていなかったが、考えてみれば私はここ数日間ほとんどロクに食事を摂っていないのだ。
ゴロゴロゴロロロ・・・
私は早く何か寄越せと喚き散らす腹を一撫ですると、寝床の上で蹲ったままこちらを見ている子供に向かって一言声をかけた。
「じゃあ何か食べ物を持ってくるから、そこでおとなしくしててね・・・?」
「クゥ・・・」
そんな短いながらも確かな返事に気をよくすると、私は数日振りに明るい外へと狩りに出掛けていった。

久し振りの狩りであまり思い通りに体が動かないだろうと思っていたものの、やはり空腹を満たそうとする本能故なのか数匹の小動物を捕えるのにさして多くの時間は必要としなかった。
「はぁ~・・・生き返ったわぁ・・・」
そして取り敢えずは当面の空腹を満たすために2匹ほどの獲物を捕えたその場で腹に収めると、子供の為に野ネズミを1匹捕まえて来た道を引き返し始める。
そう言えば、卵を見つけた洞窟は確かこの近くだったはずだ。
残念ながら肝心の仔竜はここにはいないけれど、少し様子を窺っていくのも悪くない。
私はそう心に決めると、数日前の記憶を頼りに深い茂みを掻き分けていった。

「あった・・・ようやく見つけたわ」
目の前に大きく口を開けた広大な洞窟。
初めてきた時と同じようにその暗闇にそっと耳を澄ましてみると、今度は何やらゴオオッというような空気を震わせる音が聞こえてくる。
どうやら、中に誰かいるようだ。
寝息のように聞こえないこともないが、もしそうだとしたら一体どんなドラゴンが棲んでいるというのだろうか?
私は手にしていた野ネズミの亡骸を静かに地面の上へと置くと、恐る恐る足音を殺して何者かが待つ洞窟の中へと入っていった。

「グオオオオオオ・・・・・・ゴオオオオオオオ・・・・・・」
闇に包まれた空洞に響き渡る、大地の唸るような声。
私は徐々に大きくなるその声に半ば怯えながらも、曲がりくねった洞窟の中を少しずつ奥へと進んでいった。
そしてあの卵が置かれていた大きな広場が見えてきた途端、思わずビクッと身を竦めてしまう。
そこにいたのは、まだ孵化していない卵を大事そうに抱えて眠る、黒鱗を纏った巨大なドラゴンだった。
地面の上に蹲っているというのに高いはずの洞窟の天井が一見して低く見えてしまうほどのその巨躯に、本能的な恐怖で足が凍り付いてしまう。
眼は閉じられているものの、険しい表情を浮かべたその顔には明らかに怒りの感情が見え隠れしていた。
その矛先は言うまでもなく大事な卵を盗んでいった何者か・・・つまり、私に向けられていることだろう。
憎き卵泥棒に天誅を下すためなのか手の先から伸びた爪は刃物のように鋭利に研ぎ澄まされ、固く閉じられた口の端から覗く牙はぬらりとした唾液に濡れ光っている。
「あ・・・あ・・・」
だ、だめだわ・・・こんなのに卵を盗んだなんて知られたら、どんな恐ろしい目に遭わせられるか・・・
私は目の前の巨竜を起こさないようにそろそろと足音を殺して後退さると、洞窟の外に置いてあった野ネズミを持って一目散に自分の住み処へと逃げ帰った。

住み処に帰ると、仔竜が待っていたとばかりに寝床の上で顔を上げる。
「はぁ・・・はぁ・・・ほら、食べ物を獲ってきたわよ・・・」
「クウゥ!」
そして疲労と恐ろしさで息を切らしながらも捕まえてきた餌を放り投げてやると、彼は嬉しそうな声を上げるとともにすかさずそれに齧りついていた。
産まれたばかりにもかかわらず尖った手の爪が野ネズミの肉を器用に引き裂き、ズラリと生え揃った牙が新鮮な肉を力強く食い千切る。
その荒々しい仔竜の食事の光景を見るにつけ、私は図らずも彼の母親の姿を脳裏に思い浮かべた。
あの母親に捕まったら、私もあんな風にして無残に引き裂かれながら食われてしまうのだろうか・・・
そんな恐ろしい想像にブルッと体を震わせると、私はこれからこの子をどうやって育てていこうかと途方に暮れていた。

翌朝、私はまだ寝床で眠りこけている子供を住み処に残したまま狩りへと出掛けていった。
刷り込みの影響なのか、今の彼は私が本当の母親だと思っている。
とにかく、私にできることはできる限り彼を育ててやることだけなのだ。
立ち並ぶ木の奥にチラリと姿を見せた仔鹿に狙いをつけながら、私はそんな複雑な心境を胸の内で反芻していた。
だが小枝や枯れ葉を踏んで音を立ててしまわないようにそっと獲物に近づきはするのだが、どうにも気分が乗ってこないのは何故だろう・・・?
いくら自分の手で子供を育ててみたいとは思っていても、やはり心のどこかでは私の本当の子供ではないということがひっかかっているのかもしれない。

ガサッ
「あっ・・・」
そして心の葛藤に決着を着けられぬまま足を前に出した途端、私は思わず茂みの中へと足を突っ込んでしまった。
その音に驚いて、狙っていた獲物があっという間に逃げていってしまう。
やっぱり・・・あの子は本当の母親の所に返してあげよう・・・
たとえそれであの恐ろしいドラゴンに酷い目に遭わされたとしても、それは私の身から出た錆なのだ。
私はそう覚悟を決めると、狩りを中断して子供の待つ住み処へと身を翻していた。

それにしても・・・あんな化け物のようなドラゴンに、一体どうやってあの子のことを説明すればいいというのだろう・・・
たとえ全てを素直に打ち明けて子供を返してあげたとしても、寝顔にすら滲み出すほどの彼女の怒りがそう簡単に和らいでくれるとは思えない。
そんな悩みを抱えたまま住み処へ戻ってみると、仔竜は何時の間にか私がいなくなって不安だったのか、寝床の上で震えながら辺りをキョロキョロと見回していた。
「クゥゥ・・・」
そしてようやく外から帰ってきた私の姿を認め、ホッと安堵の声を漏らす。
なんという愛らしさだろうか・・・たとえ異種族の子供であろうと、幼子の可愛さには違いなどない。
私は思わずガバッと仔竜を両手で抱き締めると、彼と離れる決心がつくまでじっとその場に座り込んでいた。

「ほら、大丈夫よ・・・いきましょう・・・?」
「クゥ・・・クゥゥ・・・」
半ば不安げな表情を浮かべた仔竜を連れて住み処を出発したのは、夕方近くになってからのことだった。
森の木々が覆い尽くした空には所々に夕焼けの橙が顔を覗かせていて、何だか別世界を歩いているような不思議な錯覚に陥ってしまう。
産まれたばかりでまだ小さいとはいえ、仔竜はもう姿だけならあの洞窟で見た大きなドラゴンと瓜二つだった。
そんなこれから対峙しようとしている恐ろしいドラゴンのミニチュアと並んで森の中を歩いているのだから、心が掻き乱されない方がどうかしているというものだ。
仔竜の方は仔竜の方でまだ外を出歩くのが怖いのか外出は頑なに拒んでいたものの、一旦洞窟の外に出されてしまうと今度は決して私とは離れまいと必死に身を摺り寄せながらついてきている。
そしてそんな"我が子"との散歩を20分程続けていると、やがて来るのは3度目になるあの洞窟が見えてきていた。

「いい?あなたはここで待ってて。後で必ず呼びにくるから・・・ね?」
「ク・・・クゥ・・・」
私がそう言うと、仔竜は渋々ながらも私の言葉に頷いていた。
ただ単に臆病なだけなのかもしれないが、仔竜は自分の周囲に迫る危険に割と敏感なのだ。
彼は森の中で独りぼっちになることももちろん怖かったに違いないが、同時にこれから私が入ろうとしている洞窟の中にいる何者かの存在にも気付いているらしかった。
耳を澄ましてみても昼間のようにあのゴオオオッという大きな寝息は聞こえなかったものの、その暗闇の中からは確かに誰かの強烈な存在感を感じ取ることができる。
あの恐ろしげなドラゴンは・・・ともすれば私が来るのを今か今かと待ち構えているのかも知れない。

「じゃあ・・・行ってくるわね・・・」
何も知らぬ仔竜をその場に残し、巨竜の洞窟へとそっと最初の1歩を踏み入れる。
怖い・・・なまじ昼間にこの洞窟の主を目の当たりにしてしまっただけに、私は今激しい恐怖に襲われていた。
あの刃物のように鋭い鉤爪・・・岩をも噛み砕きそうな屈強な牙・・・
脳裏に浮かぶ誇張ではない凶像がもたらす黒い不安は止まる所を知らず、処刑台へと続く階段を自ら登っているような感覚が心臓の鼓動を徐々に早めていく。
そしていよいよ最奥の広場へと到達すると、地面に蹲っていた巨竜の背筋が凍るほどに冷たく鋭い視線がジロリと私の顔へ注がれていた。

「フン・・・何だ、誰かと思えばまだほんの小娘じゃないか。あたしに何の用だい?」
あくまで静かに、それでいて冷たく漂う空気を揺らす、しわがれた老竜の声。
油断無く私を睨み付けているその眼には悠久の時を生きてきたのであろう威厳が満ち溢れ、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさがギュウギュウと胸を締め付けてくる。
「あ、あの・・・私・・・」
怖い・・・怖い怖い怖い・・・!
彼女は今はまだ私のことを自分の住み処に迷い込んできた小娘程度にしか思っていないのかも知れないが、この先を言えばあの恐ろしい金の瞳にどんな光が宿るのかは容易に想像がつく。

「何だい・・・?言いたいことがあるならはっきり言いな」
「ひっ・・・」
別段怒鳴りつけられたわけでもないというのに、彼女の発する逆らい難い重圧に押し潰されそうになってしまう。
「わ、私・・・ひぐ・・・あ、あなたの卵を・・・」
その私の言葉に、組んだ腕の上に顎を乗せていた巨竜の首がピクッと反応した。
「あたしの卵を・・・どうしたんだい・・・?」
大事な卵が消えた原因が私にあることを悟ったのか、彼女が微かな怒りを滲ませながら頭を持ち上げる。
「その・・・ぬ、盗みました・・・」
その瞬間、ガバッという音とともに地面に蹲っていた漆黒の巨竜が起き上がった。
そして滑らかにしなる長い尻尾がヒュッと私の方へ伸びてきたかと思うと、一瞬にしてそれを全身に巻きつけられてしまう。

「ふぅーん・・・あたしゃてっきり不埒な人間どもが盗っていったとばかり思っていたんだけどねぇ・・・」
「ああ・・・うっ・・・ごめんなさい・・・ゆ、許して・・・」
だがそんな謝罪も空しく、私は長く太い尻尾できつく締め上げられたまま彼女の口元まで引き寄せられていた。
「よりによってあたしの子供を盗むなんて・・・たとえお前が同族でも許さないよ・・・覚悟おし・・・」
ギリ・・・ギリリ・・・
「うあっ・・・あっ・・・い、いや・・・助けてぇ・・・」
鱗も持たない柔らかな体に硬い尻尾がグイグイと食い込み、全身の骨が悲鳴を上げる。
だがいくら苦悶に身を捩った所で、全身に巻き付いた竜の尾を引き剥がせる程の力など最初からあるはずがない。
「あぐっ・・・く、苦しい・・・ああ・・・ああああぁ~~~!」
メキメキと音を立てて際限無く胸や腹を締め上げる巨大なドラゴンの尾。
やがて苦痛と息苦しさで気を失いそうになったその時、ようやく苛烈な締め付けがほんの少しだけ緩んだ。

「ハッ・・・ハッ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
そして真っ黒なとぐろに凭れ掛かるようにして荒くなった息を整えていると、私でも丸呑みにできそうな巨口が眼前へと近づけられる。
「それで・・・あたしの卵はもちろん無事なんだろうね?何処にあるんだい・・・?」
「それがその・・・あ、あの卵はもう・・・」
ギリリッ
「ああっ!」
「おや、よく聞こえなかったよ・・・もう1度お言い・・・」
何かを勘違いされたのか、私は言葉の途中で唐突に胸を締め上げられた。
こんなことでは、もし下手なことを言ったらその場で締め殺されてしまっても不思議ではない。

「こ、この洞窟の外に・・・」
「何だ、ここまで持ってきたのかい?フフフ・・・呆れた小娘だねぇ・・・それなら、お前にはもう用はないよ」
もう下に降ろしてくれるのかという期待とは裏腹に、再び尻尾による圧迫が強くなってくる。
ミシッ・・・ギシッ・・・
「あっ・・・なん・・・で・・・?た、助けて・・・」
「だめさ・・・いくら盗んだ卵を返しにきたって、あたしは許さないからね・・・」
「そ、そんな・・・あぐっ・・・い、いやよ・・・いやああああああああ!」
残酷な黒竜に容赦無く尾を引き絞られ、私は締め殺される恐怖に洞窟中へ響き渡るような大声で叫んでいた。

タタッ・・・タタッ・・・
薄れ行く意識の中に響く、軽快な足音。
容赦の無い老竜の締め上げに屈してどこかの骨が砕けそうになったその時、聞き覚えのある鳴き声が上がった。
「クゥ~~!クゥクゥ~!」
「・・・え・・・?」
竜尾のとぐろの中で限界まで仰け反っていた首をほんの少し傾けると、あの仔竜が必死に何かを喚き散らしながら暗い洞窟の中を走ってきている。
老竜の方もそれに気付いたのか、盗賊への制裁を一時中断すると本日2匹目の闖入者へと視線を向けていた。

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