紅き大老

    

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「ぐ・・・うぅ・・・」
幾本もの燭台に灯された淡い蝋燭の明かりの中に、初老の男の苦しげな呻き声が響き渡っている。
「お、王様・・・あまり無理をされてはお体に障りますぞ」
「ふふふ・・・ワ、ワシも歳を取ったものだな・・・この程度で・・・ぐ・・・体が音を上げるとは・・・」
ほんの数日前、彼はここ最近親愛なる城下の民を苦しめていた毒の息を吐く悪竜の退治へと向かった。
そして東の山奥に潜んでいたその悪竜の住み処を数人の腕の立つ兵士達とともに急襲し、奇跡的に1人の犠牲者も出すことなく討伐に成功した・・・はずだったのだが・・・
「兵長の具合はどうなのだ?ワシよりも大分苦しんでおったようだが・・・」
「はっ・・・タルカス殿は今朝から昏睡状態に陥ってしまい、つい先ほど息を引き取られました」
「そうか・・・」
毒竜の退治に向かった男達の全滅の報告を聞いて、王と呼ばれた男は巨大なベッドの中でゴホゴホと咳を漏らしていた。

ワシのせいで、また大事な民の命を失ってしまったか・・・
全身を蝕む倦怠感と時折襲ってくる激痛や息苦しさに、ワシは弱気ながら近い内に訪れるであろう死を予感していた。
あの毒竜の棲む洞窟から帰ってきてから、討伐に赴いた者達は皆一様に体の具合を悪くしている。
剣の腕は立つが比較的小柄だった2人の近衛兵達は城に帰ってきてからすぐに、弓矢の名手だった有志で名乗りを上げてくれた大柄な男は一昨日、すでに天に召されていた。
そして今日、ワシが1番頼りにしていたタルカス兵長が亡くなったのだ。
「戦地に赴いていない私がこんなことを申し上げるのも恐縮なのですが・・・」
「何だ?言ってみるがいい」
国の王が危篤だというのに必死で落ち着きを保とうとしている健気な執事の声が聞こえ、静かに先を促してやる。
「毒竜の住み処には瘴気が満ちていると言われております。それに当てられて助かった者は皆無だとか・・・」
「ふふ・・・なるほど・・・どうやらワシの命も、先はそう長くないと言いたいのだろう?」
わかっているという風に大粒の汗を浮かべた顔にぎこちない笑顔を作ってやると、執事がガクリと肩を落とした。

「息子を呼んでくれ・・・死ぬ前に、せめて顔だけは見ておきたいのでな・・・」
「し、しかし、王子様は今隣国へと遠征に出ているのでは・・・」
「なぁに、元々はこちらから仕掛けた戦だ・・・こちらが手を引くとなれば、向こうも深追いはするまいよ」
ゆっくりと頷いた執事が寝室を出て行くと、ワシは薄暗い部屋の中にポツンと1人取り残された。
目を瞑れば脳裏に蘇ってくるのは、毒々しい緑色の鱗を纏ったあの毒竜の姿ばかり。
最後に彼奴の腹に剣を突き立てたあの勇敢な兵長も亡くなった今、ワシは己の取ってしまった浅はかな行動を心の底から後悔していた。


「済まない皆・・・すぐに退却しよう」
半ば予想はしていたものの、そう言った僕の言葉に周りを取り囲んでいた大勢の兵士達の顔色が変わった。
「何を言うのです王子、もう勝利は目前なのですよ?」
「たった今、父上が危篤だという知らせが届いた。数日前に毒竜の討伐に赴いてから、容態が悪化したらしい」
王の危篤とあっては、他国で戦争などしている場合ではない。
兵士達もそのことは十分に承知しているのか、急にしんと静まり返ってしまう。
「僕は急いで国に戻る。お前達は敵の追撃を受けないようにゆっくりと時間をかけて引き上げるんだ。いいな?」
「はっ!」
「よし・・・クインとアレフ、お前達は僕と一緒に来い。道案内を頼むぞ」
戦いに関しては素人同然だが地理には詳しい2人の部下を引き連れると、僕は兵士達の大隊をその場に残したまま城へ向けて馬を走らせ始めていた。

パカラッパカラッ・・・
僕を先導するように前を走る2人の部下、クインとアレフは、王子と兵士という身分の差がなければきっと無二の親友になれたであろう気さくな男達だった。
どちらかというと臆病な印象のある痩せ男のクインと、今まで剣を手に取ったことがないというのが信じられないほどの立派な体つきをしたおおらかな性格のアレフは、見ていて実に対照的で面白いのだ。
「クイン、城までどのくらいかかりそうだい?」
「はい・・・これまで進軍してきた道を引き返せば、5日程で到着するかと・・・」
「5日だって?それじゃあ間に合わないぞ!」
だがそのやり取りを聞いて、すかさずアレフが口を挟む。
「ここから少し先に、大きな森があります。それを抜けることができれば、2日で城へ着くことができるかと」
確かに、ここはまだ隣国の領内。
僕達は敵の奇襲を避けるために、できるだけ広い道を選んで進撃を続けてきたのだ。
その行軍の跡は大きく抉り込むような曲線を描いて国境を西へと越えていたものの、国の西側に広がる大きな森を城の方向へ真っ直ぐに抜けることができればかなりの時間を短縮できるだろう。

「よし・・・ことは急を要するんだ。アレフの言う通り、森を抜けよう」
「で、ですが王子、国領の西に広がる森は帰らずの森と言われているのですよ?そんな所を通るなんて・・・」
「帰らずの森だって?」
そう言えば確かに、小さい頃そんな話を聞いたことがあるような気がする。
なんでも、その森に入って無事に出てくることができた人間は未だかつて誰1人としていないらしいのだ。
あまりに広く深い森の為に迷ってしまうのか、或いは何か恐ろしい生物でも棲んでいるのか・・・
だが近頃はそんな話も全く聞かなくなり、僕自身クインに指摘されるまで忘れていたことだった。
「それは・・・子供達が森へ入らないように話して聞かせるための迷信じゃないのか?」
「真偽の程はどうかわかりませんが・・・私は実際にあの森で消えた人間を何人か知っております」
それは、今の僕にとってはあまりよくない知らせだった。
だが僕が信頼を置く他ならぬクインの言葉だ・・・恐らく、本当のことなのだろう。
「しかし王子、伝書鳩とて優に半日はかかる距離ですぞ。時間が惜しいのならばたとえ危険だとしても・・・」
アレフの言葉ももっともだ。
僕のもとに父の危篤を知らせる伝書鳩が届いたのが今日の昼過ぎだとして、執事が鳩を放ったのは恐らく昨晩のことだろう。
他に毒竜の討伐に赴いた者達は皆亡くなったということだから、父ももう先は長くないに違いない。

「済まないクイン、お前の意見を無視するわけじゃないんだが、今は時間がないんだ。森を抜けよう」
「は、はい、王子・・・」
しばしの葛藤の後にそう結論を下すと、やがて背後の地平線に沈みかけた夕日が漆黒の闇で塗り潰された巨大な森のシルエットを遥か前方に浮かび上がらせていた。
帰らずの森・・・その名前のせいかクインから聞いた話のせいなのか、初めて見る森ではないというのに何だか背筋をザワザワと冷たい痺れが這い上がっていくような気がする。
元々臆病なクインはもちろんのこと、森を抜けることを提案したアレフでさえ徐々に大きく広がってくる暗雲のような森の影に対して微かに怯えたような表情を浮かべている。
そして僕達はお互いに身を寄せ合うと、暗闇に覆われた巨大な口をぽっかりと開けている森の中へと勢いよく突入していった。

「・・・・・・うっ・・・?」
森へ入って数分後、僕は突然何者かに見つめられているような不気味な視線を感じていた。
それも1つや2つではなく、まるでそこら中から誰かに見られているような気がするのだ。
しかもその中には、微かにだが殺気のようなものまで感じ取ることができる。
尤も、これは僕が戦場で培ったある種の勘に近いものかもしれなかった。
その証拠に僕の少し前を行く2人は相変わらず顔に不安げな表情を浮かべてはいるものの、まだこの異常には全くといっていい程気がついていないらしい。

「見ろ、また人間どもがこの森に入ってきたぞ・・・」
「グフフ・・・これはいい・・・丁度腹が減っていたところだ、さっさと捕まえてしまおうではないか」
「まぁ待て・・・泉へ向かう者には手を出すなと、大婆様からきつく言い渡されているであろうが」
馬の蹄や茂みの揺れるカサカサという音に混じって微かに聞こえる誰かの話し声。
僕は流石に不審に思って辺りを見回してみたものの、日が暮れかけていることもあってか薄暗い木々の中に声の主達を見つけることはできなかった。
「うぬぬ・・・口惜しいことだな・・・あんな奴らなどすぐにでも八つ裂きにしてやれるというのに」
「だがもしあやつらを襲ったことが大婆様に知れたら、どんな恐ろしい罰を受けることになるかわからぬぞ」
また聞こえた。
相当に声を低めて話しているようだが、空気を震わせるような野太い声の端々は確かに僕の耳へと届いてくる。

「アレフ、聞こえたか?」
「・・・?何がです?」
やはり、彼らはまだ気がついてはいないらしい。
「森の中に誰かいるぞ・・・さっきから何か声が聞こえるんだ。敵じゃないのか?」
「あまり脅かさないでくださいよ、王子。俺には何も聞こえませんでしたよ」
「そ、そうか・・・」
まあ今のところ僕達に襲いかかってくる気配もないし、一気に走り抜けてしまえば問題はないかもしれない。
胸の内に奇妙なしこりを残したまま、僕達は更に闇の深まる森の奥へと馬を走らせ続けていた。

それから更に1時間程森の中を走った頃だろうか・・・
もうあの不思議な話し声が聞こえることはなくなったものの、完全に陽の落ちた森の中は月の光も届かぬ一面の闇に覆い尽くされていた。
それぞれが手にしたランプの頼りない光は振動とともに激しく揺れていて、端から見れば黒一色のキャンバスの中を真っ赤な三つ目の怪物が走っているように見えることだろう。
だがしばらくすると、ようやく前方に薄っすらと淡い月の銀光が垂れている場所があった。
国境はもう越えたのかもしれないが、森を抜けるのはまだ距離的に先の話のはずだ。

やがて不思議に思いながらもその森の切れ間を飛び出すと・・・ぽっかりとした広場がそこに広がっていた。
広場の真ん中ではコポコポと澄んだ音を立てながら大きな泉が湧き出していて、静かにさざめく水面が美しい半月の光を反射して辺りを優しく照らしている。
「この森にこんな場所が・・・?」
いくら地理に詳しいとはいっても、ここは帰らずの森。
クインもアレフも、実際に森の中へと足を踏み入れるのはこれが初めてだったのだろう。
地図で見れば明らかにそれと判るような広大な円形の広場なのだが、これが地図に載っていないということは、この光景を見て生きて帰った者が皆無だということを暗に裏付けていた。

「2人とも、ここで少し休まないか?」
「し、しかし王子、急いで城へ戻らなければならないのでは・・・」
どちらかというと早くこの森から抜け出したいというような様子で、クインが僕に異を唱える。
「それはそうだが、馬達も今日は1日中走り通して疲れているだろう。それに、この闇では道に迷う可能性もある」
「・・・確かに王子の言う通りだ。城へ着くのは半日遅れてしまうが、ここで夜を明かした方が安全だろう」
それを聞いて、クインは渋々馬から降りると泉の辺へ水を飲ませに連れていった。
「王子、俺はもう少し先の方を見てきます。もし道がまだ続いているようなら、明朝すぐに出発しましょう」
「ああ・・・わかった」
アレフは地面の上に降り立つと、僕にそう言って向こう側の暗い闇に覆われた獣道の中へと入っていった。
それにしても不気味な森だ・・・
さっき聞こえた誰かの話し声は別として、ここには野生の生物達の気配がほとんど感じられない。
小鳥や梟の囀りはもちろん、虫の鳴き声や獣の唸り声、果ては小動物達の足音に至るまでが全く聞こえないのだ。
まるでそれら全ての生物達が、森に棲む何者かに畏怖の念を覚えているかのように。

「う、うわああああああっ!」
とその時、突然アレフのものと思しき悲鳴が辺りに響き渡った。
反射的にアレフが入っていった広場の向こう側の森へと視線を向けると、巨大な何かがアレフの体を持ち上げたまま月の光の下へと姿を現す。
それは艶やかな光沢と血のように深い赤みを帯びた鱗を纏う、見上げるほどに大きな1匹のドラゴンだった。
その蛇腹状になった胸から腹にかけてを覆う甲殻はくすんだ灰色に染まり、頭の後ろからは真紅に映える立派な長髪を伸ばしている。
そして軽く広げられた蝙蝠のような1対の翼膜は薄い桃色を湛え、何よりも獲物を見据える鋭い切れ長の白眼が僕の顔へと真っ直ぐに向けられていた。


そんな巨大なドラゴンに体を鷲掴みにされたアレフが、大きな手の中で必死に身を捩りながら助けを求めている。

「く、くそっ・・・離せ!離してくれぇ・・・!」
「ア、アレフ!」
「おやおや・・・無断で妾の森に入ってきたばかりか、随分とうるさい子だねぇ・・・」
次の瞬間、ドラゴンはそう呟きながらゆっくりとアレフに視線を向けると、手の内で悶える虫けらを黙らせるかのようにギュッときつく握り締めた。
メキッメキキッ・・・
「ぐあああっ・・・!」
「おだまり!」
そしてなおも苦痛に声を上げてしまったアレフの体をポイッと地面の上に放ると、ドラゴンが巨大な足で彼をドスッと踏みつける。
「あぐっ・・・た、助けて・・・王子・・・あ・・・ああ・・・」
爪の間から首と腕だけを出したアレフを嬲るようにドラゴンがゆっくりと体重をかけていくと、うつ伏せに踏みつけられた彼の体が少しずつ巨大な足の下へと消えていく。
「お、王子・・・が・・・はぁ・・・」
やがてミシッという音とともにドラゴンが足下の人間を一際強く踏み躙ると、アレフは息ができなくなったのか半分ほど柔らかい土の地面に体をめり込ませたまま気を失ってしまっていた。

「クフフ・・・ようやく静かになったねぇ・・・」
ドラゴンはその顔に満足げな笑みを浮かべると、気絶したアレフの上から足をどけて彼の体を摘み上げた。
そしてグッタリしたアレフの姿を見せつけるようにして、泉の辺で腰を抜かしていたクインへと視線を向ける。
「お前もこうなりたいのかい?」
「ひ、ひいぃ・・・!」
クインはドラゴンの次の標的にされたことを悟ったのか隣にいた自分の馬に必死で攀じ登ろうと試みたものの、馬達は僕が乗っているのも含めて皆金縛りにあったようにその動きを止めていた。
ドラゴンのあの内に秘めた残虐性が滲み出すような視線に曝されては、野生の動物達には成す術がないのだろう。
馬に乗って逃げることが無理だと知ると、クインは半ば千鳥足のような拙い足取りで僕の方へと走ってきた。
そして僕の横を通り過ぎ、さっき通ってきた森の道の方へと駆け出していく。
「ま、待てクイン!」
暗闇のせいで比較的ゆっくり走ってきたとはいえ、馬で1時間以上もかかる距離なのだ。
人間が走ってこの森を抜けようとしたら優に数時間はかかるだろうし、夜に1人で数時間も歩き回ったら迷ってしまうのは火を見るより明らかだった。

だがクインの後を追おうとして、僕はハッとドラゴンの方を振り返った。
「おや、お前も逃げるのかい・・・フフ・・・この子がどうなってもいいのかねぇ・・・?」
僕の目の前でアレフを太い尾でグルグルと巻き上げたドラゴンが、ゆっくりとこちらへ歩を進めながら楽しそうに呟く。
「か・・・彼を放してやってくれ・・・」
馬と同じようにその場に固まったまま、僕は擦れた声でドラゴンに懇願した。
だがこのドラゴンにそんな慈悲など微塵もないことは、既に歴史が証明している。
森へ入って消えていった人間達は、皆この紅竜の餌食になったのだ。
そしてこれほど余裕たっぷりに僕へ近づいてくるということは、絶対に獲物を逃がさない自信があるのだろう。
或いは、逃げても無駄なことを知っているか・・・

その考えに行き当たった瞬間、僕はクインの消えていった森の方へと顔を向けていた。
「追うのはお止しよ・・・もうあの子は助からないさね・・・クフフ・・・」
「ほ、他にもドラゴンがいるんだな?」
「クフフフ・・・さあねぇ・・・」
そうこうしている内に、ドラゴンは何時の間にか僕の眼前にまで迫ってきていた。
そして馬に乗った僕よりも高い目線から獲物を見下ろしながら、美しい桃色の翼膜を大きく左右に広げる。
バサァッ!
「ヒ、ヒヒヒィィーン!」
「うわっ!」
死の恐怖に凍りついていた馬もその恐ろしさについに耐え切れなくなったのか、僕を背に乗せたまま大きく身を反らせて嘶きを上げた。
そしてドサッという音とともに僕を土の地面の上へと振り落とし、クインが消えていった森の方へと一目散に駆け出していく。
「さぁて・・・捕まえたよぉ・・・」
逃げ場がないように僕をその大きく広げた翼でグルリと取り囲みながら、ドラゴンは引き攣った表情を浮かべる僕とは対照的にニタリと不気味な笑みを顔に貼り付けていた。

十数時間前まで、僕は隣国の兵士達と命懸けの戦いの最中にいた。
だがあちらこちらで1つ、また1つと命が消えていくのが当たり前のあの喧騒の中にあっても、僕は今ほど死を身近に感じたことはなかっただろう。
ドラゴンの四肢の先から生えた凶悪な爪や、薄ら笑いを浮かべた口の隙間から覗く鋭い牙の森。
そんなちっぽけな人間の命を吹き消すには十分過ぎる凶器が、視界の端で月光を反射して鈍く輝いている。
その上たとえ腰に差した剣を引き抜いて立ち向かった所で、ドラゴンの全身を覆う堅牢な鱗と甲殻には傷1つつけることすらできないに違いない。
直接的にはドラゴンから何の拘束も受けてはいないというのに、僕は桃色の翼膜で形作られた牢獄の中から逃れることもできずにただただ震えていることしかできなかった。

「ぼ、僕を殺すつもりなら・・・早く殺せよ・・・」
やがてドラゴンの恐ろしい白眼に睨み付けられて抵抗が無意味であることを無言で思い知らされると、僕は顔を背けて自らの命を潔く差し出した。
「フフ・・・お前は人間にしては随分と気位が高いようだねぇ・・・命乞いをしない所は気に入ったよ・・・」
そう言いながら、ドラゴンが地面にへたり込んだ僕の顎を鋭い爪先でツツッと掬い上げる。
「くっ・・・うっ・・・」
尖った爪の先が喉の上を這い上がる感触に、僕はともすれば漏れてしまいそうになる悲鳴を必死で噛み殺した。
「安心おし・・・こやつを妾に捧げるというのなら、お前の命は助けてやっても構わないよ」
「そ、それは・・・そんなこと・・・」

アレフをドラゴンに差し出せば、僕は助かる・・・?
あんなに忠実な部下・・・いや、親友の1人を、自分の命が助かるためにドラゴンへの生贄にしろっていうのか?
心の内で良心が首を左右に振る。
だが仮に僕がアレフの身代わりになった所で、このドラゴンは尻尾の内に捕えた気を失っている人間の無事を果たして保証してくれるのだろうか?
それに・・・僕は城へ帰らなければならない。
今際の際にある父を一目見るために、こんな所で命を落とすわけにはいかないのだ。
「だめだ、彼を殺すなら僕も殺せ!でも僕を助けてくれるというのなら・・・彼も一緒に助けてやって欲しい」
その返事を聞くと、ドラゴンは意外だとばかりに少しだけ首を引いた。
「ほっ、随分と泣かせることを言うじゃないか・・・まぁいいさ・・・元々こやつに興味はないしねぇ・・・」
そう言うと、ドラゴンは尻尾で絡め取ったアレフをポイッと泉の辺へと放り投げた。
何時の間にか他の馬達も何処かへと逃げてしまったのか、僕達以外に誰もいなくなった広場の湿った地面の上へ弛緩したアレフの体がドサッという音を立てて転がる。

「た、助けてくれるのか?」
恐る恐るドラゴンの顔色を窺いながらそう尋ねると、そこに老婆特有のしたり顔が浮かび上がった。
「もちろん、タダでとは言わないよ・・・お前には少々、妾の余興に付き合ってもらうとしようかねぇ・・・」
「よ、余興だって・・・?」
何のことか分からずに不安な表情を浮かべた僕を楽しそうに眺めながら、ドラゴンが広げていた翼を畳む。
「なぁに、夜が明けるまでの辛抱さ・・・クフフ・・・お前はどんな声を上げるのか、今から楽しみだよ・・・」
僕は不覚にも、その言葉とともに灰色の甲殻で覆われているドラゴンの股間に隠された秘裂からトロリと桃色の雫が垂れ落ちたことには全く気がつかなかった。

人間1人の胴体程度なら軽く掴み上げることのできるようなドラゴンの手が、尻餅をついていた僕の両腕を柔らかな地面の上へと優しく、それでいて力強く押しつけた。
「な、何を・・・」
「いいから・・・動くでないよ・・・」
そして大の字に寝かされた僕の上へ、空をも覆い尽くすかのような巨大な紅と灰色の体躯が覆い被さってくる。
殺されることはない・・・と頭ではわかっているものの、僕は目の前のドラゴンに比べてあまりにも小さな己の存在に否応なく不安を募らせていった。
帰らずの森を統べるこのドラゴンにとって、人間など脆くて儚い玩具の1つでしかない。
これまでも、そしてこれからもそうであるように、この恐ろしい雌老竜はいざとなれば人間の命を刈り取ることに微塵の逡巡も覚えることはないのだ。

ドラゴンは既に従順な贄と化した僕を完全に腹の下へと組み敷くと、背後に隠されていた強靭な尾を自らの股の間からそっと僕の下半身へと巻きつけた。
そして股間を覆っていた薄手とはいえ鉄でできた鎧を、ドラゴンが片手で力任せに毟り取る。
バリッバリバリッ!
「うああっ!」
苦痛はほとんど感じなかったものの、僕はその凄まじいまでのドラゴンの膂力に完全に恐れをなしていた。
そして恐怖に萎えきった情けないペニスが露わになると、ドラゴンの口元に嬉しそうな笑みが広がる。
「クフフ・・・これはこれは・・・随分と小さなモノをぶら下げているじゃないか・・・クフフフ・・・」
「う、うぐぐ・・・」

誇りと尊厳に塗れて生きてきた王子であることを殊更にひけらかすつもりは毛頭ないが、僕は今までの人生でこれほどの恥辱を味わったことが果たして他にあっただろうか?
そんな耐え難い現状に必死で歯を食い縛る僕をよそに、ドラゴンがフニャリと腹の上に横たわったペニスを鱗でザラつく尻尾の先でクニクニと執拗に嬲り回す。
「あっ・・・や、やめ・・・くあっ・・・」
「いいねぇ・・・もっとそのかわいい声を聞かせておくれ・・・」
手も足もピクリとも動かせない程に押さえつけられたまま、僕はゾクゾクと背筋を駆け上がってくる恐怖とは異質の昂ぶりに身を捩っていた。

更に首を振ってもがく僕の顔を指先で押さえると、ドラゴンが人間をも丸呑みにできそうな大きな口をゆっくりと近づけてくる。
そして人間如きには歯も立たないような固く締まった舌の先が僕の口内へと半ば無理矢理に捻じ込まれると、そこからトロリと熱湯のように煮え滾る熱い唾液が流れ込んできた。
「ぐっあっ・・・熱っ・・・ぁっ・・・」
「ほぉらおとなしくお飲み・・・妾の雫は堅物の雄竜をも惑わす至高の媚薬ぞえ・・・クフフフ・・・」
ゴクリ・・・!
「う、うがあああああっ・・・!!」
脳内に響き渡るような嚥下の音とともに大量の熱いドラゴンの唾液が喉の奥へと消えると、僕は全身を内側からジリジリと炙られるような熱さに激しく身悶えていた。

「はぁ・・・はぁ・・・は・・・ぁ・・・」
やがて言葉では到底形容し難い苦痛の波が引き潮のように消えていくと、今度はそれを追いかけるように甘い疼きが競り上がってくる。
萎えていたはずの僕のペニスは何時の間にかはちきれんばかりに膨れ上がり、ドクンドクンという脈動が感じられるほどに固く大きくそそり立っていた。
更に全身の皮膚はまるでそれ自体が性感帯にでもなってしまったかのように、ドラゴンの手が肩に擦れる度、足に巻きついた尻尾が僅かに締まる度、そして夜風が僕の体を撫でる度に痺れるような刺激を送り込んでくる。
「ふあっ・・・う、動かないでぇ・・・ああっ・・・ぁ・・・」
「クフフフ・・・どんな気分だろうねぇ?お前はこれから、その体を妾に存分に弄ばれるのだよぉ・・・」
「うああ・・・そ、そんな・・・ひあぁっ・・・」
レロッという音とともに熱い唾液を纏った舌が頬を駆け上がっただけで、僕は言葉を封じられてしまっていた。
両の拳をギュッと握って快感に耐えようとしたものの、それすらもが耐え難い刺激となって僕の身を責め詰る。

快楽という名の苦痛と期待という名の恐怖に震える僕の顔を満足げに眺め回すと、ドラゴンはその長い首を曲げてギンギンに張り詰めた怒張へと口を近づけた。
そして僕のペニスに向かって、まるで炎のように熱い吐息をほんの少しだけフッと吹きかける。
「あひぃっ!・・・や、やめてぇぇ・・・」
「おやおや・・・これは少し飲ませ過ぎちまったかねぇ・・・フフ・・・まぁ・・・それも面白そうさね・・・」
鋭い快感にビクンと跳ね上がった僕の様子にドラゴンは一瞬だけ困惑したような表情を浮かべたものの、すぐにそれが背筋の凍るような嗜虐的な笑みへと変わっていく。
「ひ・・・ひぃ・・・助けて・・・」
「クフフ・・・その様子じゃあ、お前の雄を妾の火所に呑み込むのは最後にしないといけないようだねぇ・・・」
そう言いながらドラゴンは僕のペニスにシュルリと舌を巻きつけると、その淫猥な赤いとぐろをパクリと口の中に咥え込んだ。

「ほぉら、たっぷりと可愛がってあげるよぉ・・・」
ギュウッと熱い媚薬を絞り出しながら、力強い肉塊が敏感極まる僕の肉棒を容赦なく締め上げる。
「うあっ、うああああっ!」
ブシュゥッビュルルルルッ・・・
直接ペニスに塗り込められたドラゴンの唾液の想像を絶する威力に、僕は成す術もなく精を放っていた。
快感に耐え切れず激しくのたうつ度に新たな刺激がペニスを熱く焚きつけ、1度放った精が中々止まらない。
ビュビュビュッ・・・ビュルッ・・・
「ぐあああぁ・・・は、は、放してぇ・・・かはっ・・・」

たった1度ドラゴンの舌にペニスを締め上げられただけで、僕は3度も精を漏らしてしまっていた。
こんな容赦のない責めを朝まで続けられたら、いくらなんでも身がもたないに違いない。
しかもこれは、ドラゴンにとってはまだまだ遊びの域を出ていないのだ。
その証拠にドラゴンの下腹に見えている灰色の土地に咲いた桃色の花びらが、早く獲物を呑み込みたくて先程からうずうずと戦慄いていた。
そしてやがて存分に精を搾り取られた僕のペニスが蒸し暑い口内から解放されると、ドラゴンがペロリと舌舐めずりしながら小声で呟く。
「フフフ・・・中々にいい顔をするじゃないか・・・さて、次はどうしてくれようかねぇ・・・?」
つい数分前まで殺されることはないだろうと高を括っていたというのに、僕は今死よりも恐ろしい目に遭わされるのではないかという予感にゴクリを息を呑んで激しく怯えていた。

「う・・・うぐ・・・」
全身の骨や筋肉がミシミシと軋むような鈍い痛みに、俺は意識を取り戻した。
頬がついていると思われる地面はしっとりと微かに湿っているらしく、体温で暖められたのかほんのりとした熱が顔全体にジワジワと広がっているのが感じられる。
俺は・・・そうだ、確か大きなドラゴンに踏みつけられて・・・それから・・・?
「ああっ・・・うあああっ・・・」
とその時、ぼんやりとした頭で現状を把握しようとしていた俺の耳に上擦った王子の声が聞こえてきた。
ハッとして目を開けて辺りを見回すと、巨大なドラゴンの腹下に捕えられた王子がその全身に余すところなく長い尻尾をグルグルと巻きつけられ、紅と灰色のとぐろの中で激しく身悶えている。
そして時折王子の体がギュッと軽く締め上げられたかと思うと、今度はウネウネと捻り回されたりしていた。
「ぐ・・・あ・・・うわあああっ・・・」
そしてその度に、苦痛というよりはどこか恍惚に近い表情を浮かべた王子が頻りに悲痛な叫び声を上げる。

「お、王子・・・!」
長年に亘って刷り込まれてきた王子への忠誠心に、俺は思わずドラゴンを斬り付けようと剣の柄に手をかけた。
だが次の瞬間俺が目覚めたことを察したのか、ドラゴンがゆっくりと半分ほどこちらへ顔を振り向ける。
そして恐ろしい切れ長の真っ白な瞳を輝かせながら、残忍な巨竜がその顔にニタリと不気味な笑みを浮かべた。
「う、うわああ・・・!」
殺される・・・!
下賎な人間など生き物とすら見ていないような冷たい視線に心臓を射抜かれ、俺はドラゴンを刺激しないように柄にかけていた手をゆっくりと離すと脱兎の如くその場から逃げ出した。
「あ、あぐっ・・・待て・・・アレ・・・フ・・・!」
「おやおや・・・そこで黙っておとなしくしていれば命は助かったというのに・・・馬鹿な子だねぇ・・・」
必死の思いで森の中へと逃げ込んだ俺の背後から何やらドラゴンの声が聞こえてきたような気がしたが、俺はもう後ろを振り向くこともできずただひたすらに走り続けていた。

「はぁ・・・はぁ・・・」
かつてクインが消えていった元来た道を走りながら、今更ながらに王子を見殺しにした己の愚行を恥じてしまう。
だがたとえ誰に何と言われようとも、俺はもうあの広場へと戻るつもりには到底なれそうになかった。
なぜドラゴンに踏みつけられた後に殺されなかったのかは今も不思議だったが、きっと王子が身を呈して俺の身を守ってくれたのだろう。
自分でも不忠な家臣だと自らを責めながら、俺は息を切らせて闇の中で立ち止まると後ろを振り返った。
大丈夫だ・・・ドラゴンは追ってはきていないはず・・・
だが辛うじて命が助かったことに安堵の息をつこうとしたその時、突然近くの茂みが盛大な音を立てた。

ガササッ
「うわあぁ!」
「アレフ?アレフなのか!?」
驚いて上げてしまった自らの叫び声に次いで聞こえてきた、震えるようなか細い声。
暗闇のせいで声の主はよく見えないが、どうやらクインの声らしい。
「ク、クインか・・・?お前・・・どうしてこんな所に・・・?」
「道に迷ったんだ・・・もう何度も同じ所を回っているような気がするし・・・なあ、助けてくれよ・・・」
だがそうは言っても、目の前の人間の顔も判別できないようなこの暗さでは道に迷わないほうがどうかしている。
あのドラゴンに睨み付けられた時は気が動転していて気付かなかったが、よく考えればわかるはずのことだった。
「それが・・・どうやら俺も道に迷ったらしい。もうどっちの方角から来たのかもまるでわからないんだ・・・」
「な、何だって・・・!」
絶望を帯びたクインの悲痛な叫びが、静寂を保っていた辺りの茂みをガサガサと揺らす。
そしてその茂みの音が正に恐ろしい死神達の足音であると気がつくのに、そう多くの時間は必要としなかった。

|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|
  
添付ファイル