赤月の悪戯2

    

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Human-side
Dragon-side

町での買い物に予想以上の時間を食ってしまい、俺は両手にいくつもの買い物袋を提げたまま暗くなった山道へと入っていった。
2ヶ月もあるという初めての大学の夏季休暇を退屈な家の中で食い潰すくらいならと、俺は数日前からこの山の中腹にある大きな山小屋で過ごしている。
まだ俺が産まれてもない頃に祖父が山の中で暮らすのに使っていたものだそうだが、祖父が亡くなった今では家族にとってのちょっとした別荘となっている。
流石に山に広がる広大な森からは多少外れたところにはあるものの、森を切り取った急な坂の麓に建てられているお陰で緑の山の雰囲気は十分に味わえていた。
それにちゃんと電気もガスも水道も引かれているお陰で生活に苦労はしなかったし、数年後就職して1人暮らしを始める練習としてはある意味最適なのかもしれない。
だがもう慣れた往来とはいえ流石に暗くなってから山道を歩くのは少し危険な気がして、俺は見えにくくなった地面の窪みや砂利に足を取られないように気を付けながらも山小屋に向かって急いでいた。

「ふぅ・・・やっと着いた」
ようやく山小屋の前に着いた時にはもう完全に日が暮れてしまっていたが、小さな門灯は点けっぱなしにしておいたお陰で特に暗さは気にならなかった。
そして買い物袋を持ったままポケットを探って扉の鍵を取り出し、ご丁寧にも2重ロックになっている2つの鍵を外してやる。
小屋の中に入ると、俺は玄関口にコンビニから買ってきた食料の類をドサリと放り出した。
ふと窓の外に目をやると、遠く木々の間から見える地平線の近くに真っ赤な満月が浮かんでいる。
「そう言えば小さい頃、赤い月は不吉の前兆だとかいう話を聞かされたっけ・・・」

多分、大地震の起こる数日前に赤い月が見えたなどという噂に色々と尾ヒレがついただけの話なのだろうが、あんなものは夕焼けと同じ原理で月の光が赤く見えているだけなのだ。
毎日どこかの国からはこれと同じ光景が見えるはずだし、これがもし本当に不吉の前兆だったら世界中不幸だらけになってしまうことだろう。
まあ、例え頭ではそうわかっていたとしても、こういう迷信の類というものは大抵心のどこかにその残滓を落としてしまうものなのだが・・・
俺は結局数分間見つめ続けていた珍しい自然現象から目を引き離すと、早速夕食の準備に取りかかっていた。
やかんに水道の水を入れて火にかけ、今しがた買ってきたコンビニの袋の中からカップ麺とサラダを取り出す。
もう時間も遅いし、今日の夕食は簡単に済ませてさっさと寝てしまうことにしよう。
そうしてしばらく後に遅めの夕食を平らげると、俺は暖かいベッドに潜り込んで心地よい眠りについていた。


ドーン!
「な、何だ!?」
遅い朝の眠りに身を埋めていた途中で突然響き渡った大きな音に、俺は慌ててベッドから飛び起きていた。
何かが小屋の壁にぶつかった音のようだが、裏手の坂から風か何かで折れた木の幹でも落ちてきたのだろうか?
様子を見に行くために急いで服を着替えると、俺は恐る恐る小屋の外へと出ていった。
そしてグルリと小屋の周りを回って森から続く長い坂の方に顔を出すと、小屋の軒下に何やら水色の体毛に覆われた小さな動物が倒れている。
ひょろりと長く伸びた細い尻尾や小さな翼、それにぐったりと地面の上に横たえられた流線形の頭の後ろから覗く白くて短い角に、俺はそれが子供のドラゴンであることを見て取っていた。
「どうしてこんな所に・・・」
もしかしたら、親のドラゴンが近くにいるのかもしれない。
そっと仔竜に触ってみると、気を失ってはいるもののまだ息はあるようだった。
壁に強か打ちつけたと思われる頭の後ろには小さな傷ができてほんの少しだけ血が流れているが、すぐに手当てしてやればきっと元気になるだろう。
だが問題は、俺がこの仔竜を小屋の中に運び込む所を誰にも見られてはいけないということだ。
人間はもちろん、もしかしたらいなくなった子供を探してその辺をうろついているかも知れない親のドラゴンにでも万が一見つかろうものなら、あらぬ誤解をされて食い殺されてしまってもおかしくはない。

「でも、流石にこのまま放ってはおけないよな・・・」
俺は大きく息を吸い込んで覚悟を決めると、仔竜にできるだけ刺激を与えないようにそっとその柔らかい体の下に手を差し入れた。
体のあちこちについていた土と草の欠片がポロポロと零れ落ち、小柄ながらもずっしりとした重量感が俺の両腕に押しつけられる。
「んっ・・・結構重いな」
それでも足腰に目一杯力を入れて仔竜を持ち上げ、ヨタヨタと千鳥足を踏みながらそれを小屋の中まで運ぶ。
そして床に敷いたマットの上にそっと仔竜を寝かせると、俺はまず頭から流れている血を拭いてやった。
更に頭の傷口をタオルできつく押さえながら、備えつけてあった救急箱から消毒液とガーゼと包帯を取り出す。
「・・・これでよし・・・と」
長い首と尖った頭のお陰で包帯をどうやって巻いてやればいいのかかなり迷ったような気がするが、それでも不器用ながら何とか仔竜の傷の手当てを終えて大きく息をつく。
「目、覚ますかな・・・?」
まるでミイラか何かのように白い包帯でグルグル巻きにしてしまった仔竜の頭を優しく摩りながら、俺はしばらくの間その可愛げな寝顔を眺めていることにした。

「きゅ・・・きゅぅ・・・?」
「お、気がついた」
ずっと頭を撫でてやっていたお陰なのか、突然仔竜が甲高い鳴き声を上げながら目を覚ます。
「きゅっきゅあっ!?」
「ほらほら、そんなに怯えなくたっていいだろ?助けてあげたんだから」
流石に突然目の前に現れた俺の姿に驚いたのか、仔竜が大層慌てたように大声を上げた。
だが俺の返事を聞くと、仔竜は何やらじっと考え事に耽ってしまったのか首を傾げてうんうんと唸っている。

「その怪我、大丈夫か?」
「ふきゅ・・・?」
なんのことだとばかりに上ずった声が漏れるが、仔竜はその俺の言葉でようやく自分が包帯で巻かれていたことに気がついたらしかった。
不思議そうな顔をしたまま先の丸い爪で頭や首の周りに巻きついた布を触っているが、どうやら怪我の治癒のためにはそれを取り外すべきでないことだけは理解できたらしい。
少しは落ち着いたのかふぅっという小さな息を漏らすと、仔竜が俺の顔をじっと見上げてきた。
「どうした?腹が減ったのか?」
「う、うきゅきゅっ!きゅ、きゅう・・・」
キュルキュルキュルル・・・
だが必死に何かを喚き始めた仔竜の声が、突如として鳴り響いた腹の音に掻き消されるように小さくなる。
やがて何か深い葛藤と戦っているような沈黙が訪れた後、仔竜はトサッと床に身を低めて尻尾を振っていた。

「よーし、待ってろよ。今何か食べさせてやるからな」
俺は仔竜にそう言って台所に取って返すと、昨日コンビニから買ってきた食料の袋をガサガサと漁り始めた。
ドラゴンが一体何を食べるのかは正直よくわからなかったものの、まあ肉類ならまず問題はないだろう。
俺は小さな豚肉のパックを袋から取り出すと、フライパンを火にかけて料理の準備を整えた。
肉なら生のまま食べさせても問題はなさそうだが、少しは火を通してやった方があいつもおいしく感じるだろう。
「きゅきゅ・・・きゅぅ・・・」
フライパンに油を引こうとした丁度その時、俺は仔竜の小さな呟き声に背後を振り返ってみた。
だが暗い面持ちで俯いた仔竜の姿には何となく哀愁が漂っていて、声をかけるのが思わず躊躇われてしまう。
きっと寂しいんだな・・・
本人は違うことを考えているのかも知れないが、俺は勝手に仔竜の心境を想像すると豚肉を炒め始めていた。

「ほら、食べてみなよ」
そう言いながらでき上がった豚肉のソテーを小皿に入れて仔竜の前に差し出してやると、仔竜は何だか酷く驚いた様子で辺りをキョロキョロと見回していた。
そして目の前に置かれた餌にようやく気がついたらしく、クンクンと仔犬のようにその匂いを嗅ぎ始める。
パクッ・・・ムシャッムシャッ・・・ングッ・・・
やがて最初の一口を味見するかのように短い咀嚼と嚥下の音が静かな室内に響き渡ると、仔竜は1度だけ俺の顔を見上げてから猛烈な勢いで餌を食べ始めていた。

相当に腹が減っていたのかあっという間に餌を完食すると、仔竜は先程までの警戒心はどこへやら、ぷっくりと膨らんだ柔らかそうなお腹を抱えてその場に仰向けに転がっていた。
うっとりと目が閉じられた仔竜の顔を見るにつけ、どうやら少なくとも味の方には満足してもらえたらしい。
さて、これからどうしようか・・・
時間はまだ午後の3時頃だが、この仔竜をここにほったらかしにして出かけるわけにもいかないだろう。
少なくとも頭の怪我が完全に治るくらいまでは、俺が責任をもって面倒を見てやる必要がある。
取り敢えずは体を洗ってやって、後は寝せてあげるとしよう。
「満足したか?」
「きゅ・・・んきゅうぅ・・・」
そう聞くと、相変わらずゴロゴロと可愛げに床の上を転がりながら仔竜が小さな声を上げる。
多分、肯定の返事なのだろう。
「そうか」
俺は仔竜の返事に満足すると、思わず顔に笑みを浮かべていた。

「じゃあ、体を洗おうか」
「ふきゅ・・・?」
俺がそう言うと、仔竜はどちらかといえば不安げな表情をその顔に浮かべていた。
一応さっきから俺の言葉の意味は理解しているような節があるから、もしかしたら体を洗われるのが嫌なのかもしれない。
だが今夜は仔竜をこのまま床にほっぽり出したまま寝るわけにはいかないから、一緒にベッドで眠るとしたら多少嫌がられたとしてもやはり体は洗ってやらなければならないだろう。
「ほら、風呂に行くぞ」
俺は依然として何か悩んでいるような顔で蹲っていた仔竜の腕を掴むと、さっき餌を作る時についでに用意していた風呂へと引き摺っていった。
「きゅ、きゅぅっ、うきゅきゅっ・・・」
やはり体を洗われるのが嫌なのか仔竜が何やら必死に抵抗するものの、まだ子供だけに人間に逆らえる程の力はないらしい。
俺はちょっと可哀想だとは思いながらも、仕方なく仔竜を無理矢理引き摺るようにして風呂場へと連れていった。

「ほら・・・まずは包帯取らないとな」
「きゅ、きゅうぅ・・・」
そう言いながらなおも逃げようとする仔竜を押さえつけ、その頭に巻きつけていた白い布を取ってやる。
流石はドラゴンの回復力というべきか、それとも元々それ程大きな傷ではなかったのか、微かに赤く滲んだガーゼを剥がしてみるとザラザラした擦り傷に多少の血が滲んでいるだけになっていた。
取り敢えず、お湯をかけても痛がらないか反応を見てみようか・・・
バシャッ
「うきゅ・・・ふ、ふきゅ・・・」
これまでは俺が傷口を触ったり眺めたりしてもじっと目を瞑ったまま身を強張らせていたものの、桶に汲んだお湯を頭からかけてやった途端に仔竜が何やら文句を言い始める。

「きゅ、きゅふっきゅふふっ・・・」
「ごめん、痛かった?」
その一言が何か気に障ったのか、仔竜は今にもその小さな牙を剥き出しそうな勢いでキッと俺の顔を睨みつけた。
だが次の瞬間、まるで洗われた子犬のようになってしまった姿に自信を無くしたのかガクリとうな垂れてしまう。
「う、うきゅ・・・」
長い尻尾も翼も角もある立派なドラゴンの姿をしているというのに、全身に生えている体毛のせいで水に濡れると何とはなしに情けなく見えてしまう。
その体も、1回り小さくなってしまったかのようだ。
そうか・・・きっと、こんな姿になるのが嫌でさっきはあんなに抵抗してたんだな・・・
「そんなに落ち込むなよ・・・後でちゃんと元通りに乾かしてやるからさ」
そう言いながら、俺は大人しくなった仔竜の体に再びお湯をかけてやった。
バシャシャッ
柔らかい翼の間に石鹸を擦りつけて泡を立ててやり、それを全身にくまなく擦りつけてやる。
そして大量のお湯でザバッと泡を流してやると、仔竜はようやく終わったのかとばかりに小さく息をついていた。

仔竜の体を洗い終えると、俺は一旦風呂の外に出て服を脱ぎ始めた。
ドラゴンと風呂に入るなんて何だかドキドキしてしまうが、それ以上に大きな期待に思わず鼻歌が漏れてしまう。
そして着ていた服を全部床に脱ぎ捨てると、俺は再び風呂の扉を勢いよく開けた。
ガララッ
「ふきゅ・・・!」
突然上がった上ずった声に何事かと下を見ると、仔竜が風呂場の隅でブルブルと震えながら俺を見上げていた。
だが、どうやら寒くて震えているのとは違うらしい。
明らかに俺に対して相当な警戒心と、そしてある種の恐怖感を抱いているのが見て取れる。
「どうしたんだ?急にそんなに怖がらなくたっていいだろう?」
俺はできるだけ仔竜を怯えさせないように努めて笑顔を作ろうとしてみたが、流石に目の前で小さな生物に怯えられてしまってはなかなか自然に笑うことは難しかった。

「うきゅ・・・きゅきゅぅ・・・ふ、ふきゅ・・・」
仔竜の方はといえば、目を見開いて俺のペニスをじっと凝視したまま何事かを叫んでいる。
「きゅ、きゅうぅ・・・」
そして何か恐ろしい結末を想像でもしてしまったのか、仔竜はこれ以上ないくらいに体を縮込ませると頭を抱えてブルブルと震え出していた。
仕方ない・・・よくわからないが、取り敢えず仔竜が落ち着くまでの間に体を洗ってしまうとしよう。
俺はそう思って一先ず仔竜から視線を外すと、桶に汲んだお湯を自分の体にザバッとかけていた。
あまり仔竜の方を見つめていてはまた怯えさせてしまうかも知れないと思い、敢えて仔竜に背を向けたまま床に座り込む。
そして石鹸とシャンプで全身をすっかり綺麗に洗い終えると、俺はゆっくりと仔竜の方を振り向いてみた。

「少しは落ち着いたか?」
俺がそう聞くと、今度は何やら恥ずかしがっているのか仔竜が横を向いたまま何度も小さく頷いている。
「そっか・・・じゃあ、一緒に湯船に浸かろうか」
「きゅ・・・?」
その言葉に仔竜がまた不安げな声を上げたものの、俺はそれにも構わず仔竜の小さな体をグイッと持ち上げた。
なんだかこうして力なく抱かれている仔竜を見ると、本当に犬か何かに見えてしまう。
「きゅ、きゅうぅ・・・」
じっと見つめられているのに堪えかねたのか仔竜がもじもじと体を揺すり始めたので、俺は仔竜を抱いたまま湯船の中にチャポンと座り込んでいた。

仔竜はいきなり俺に後ろから抱かれて驚いたのかしばらくの間は身を強張らせていたものの、やがて温かい風呂の中が気に入ったのか途中からその硬直がふっと緩んでしまう。
「どうだ、気持ちいいだろ?」
「ふきゅぅ・・・」
本当に心の底から気持ちよさそうに目を閉じた仔竜の顔を肩越しに眺めながら、俺もようやく一息ついていた。
今日は朝から大きな音で叩き起こされ、挙句にこいつの怪我の手当てをしてやったり餌を作ってやったり、果ては体を洗って一緒に風呂に入った挙句に今夜はこいつとベッドを共にしようとまでしている。
全くもって忙しい1日だ。
だが珍しいドラゴンの子供と一緒に過ごしているという実感が、朝から俺の中で不思議な高揚感と充実感を作り出しているような気がする。
このままもうしばらくしてから風呂から上がれば、丁度そろそろ夕方に手がかかろうかという時間だ。
まあ当然のことながらまだ就寝の時間には程遠いのだが、俺はもう早くもこの可愛い仔竜と一緒に寝たくてうずうずしてしまっていた。

「よし、そろそろ上がろうか」
仔竜が今度は大きくうんと頷いたのを見届けると、俺は仔竜を風呂場から連れ出して1枚のバスタオルを手渡した。
「きゅきゅ・・・?」
「それで体を拭くんだよ。濡れたままだと寒いだろ?」
仔竜はその言葉に納得したとばかりに数回頷くと、慣れない手つきでバスタオルを体にクルンと巻きつけた。
「ふきゅ・・・」
短い手を一生懸命動かして何とか体を拭こうと奮闘する仔竜の様子は見ていて飽きなかったものの、やがて上手く体が拭けないせいでちょっとした自己嫌悪に陥ってしまったのか仔竜の手がピタリと止まる。
「拭いてあげようか?」
その提案にしばらく迷ったような沈黙が流れた後、仔竜が何も言わずに俺の前に濡れた頭を差し出した。
きっと恥ずかしがっているのだろう。可愛い奴だ。

ゴシッゴシゴシッ
望み通りに精一杯力を入れて翼や尻尾の先までしっかりと水分を拭き取ってやると、萎れていた仔竜の体毛がふわりと持ち上がり始める。
そしてパサッパサッと軽く背中を撫でてやると、仔竜はようやく元のフサフサした姿に戻れて満足そうに体を震わせていた。
「疲れたかい?」
「んきゅ・・・ふきゅっきゅきゅきゅぅ・・・」
仔竜が何やら小声で呟いてはいるものの、頭は頷いているから一応は肯定なのだろう。
「じゃあ、あそこで寝ようか」
そう言いながら仔竜に見えるように部屋の隅に置かれていたベッドを指差すと、人間の寝床に多少は興味を持ったのか仔竜がついっと顔を上げていた。

ガシッ
「きゅ・・・!?」
それじゃあ仔竜の同意も得られたことだし、風呂上がりの体が冷めないうちにベッドの中で暖まることにしよう。
俺は背後から仔竜の体を持ち上げると、素早くベッドの上まで運んでいった。
そして翼越しに両腕で仔竜の体をしっかり抱き抱えたまま、ごそごそと布団の中へと潜り込んでいく。
「きゅ、うきゅ、きゅきゅきゅあっ・・・うきゅきゅぅ・・・」
予想と違ったのか仔竜が何やら必死に喚いているが、案の定フサフサの毛に覆われた仔竜の体はポカポカとしてとても暖かかった。
そんな貴重な温もりを手放すのが惜しくなり、思わずギュッと仔竜の体を力強く締めてしまう。
「う・・・きゅ・・・」
だがその途端仔竜の苦しげな呻き声が上がり、俺は慌てて腕の力を抜いていた。

「あ・・・ごめんよ・・・大丈夫かい?」
「ふ、ふきゅきゅぅっ!きゅ、んきゅふきゅぅ・・・う、うきゅ・・・ふきゅ・・・」
多分、仔竜は相当に怒ったのだろう。
だが今にも俺に噛み付かんばかりの剣幕で何かを叫ぼうとした直後、その小さな黒い瞳からボロッと大粒の涙が溢れ出していた。
俺・・・泣かせるくらい酷いことしちまったんだろうか・・・?
「そ、そんなに泣かないでくれよ・・・俺が悪かったから・・・」
俺は何とか仔竜を宥めようと努力してみたものの、1度泣き出した仔竜はなかなか泣き止んではくれなかった。
多分、これまで積もっていた不満や鬱憤や、或いは悲しみのようなものが一気に爆発してしまったのだろう。
「うぅ・・・うふ・・・ふきゅぅ・・・」
しゃっくりが止まらなくなったのかヒック、ヒックと断続的な喘ぎ声を上げる幼子にも何もしてやれず、俺はただただもうほとんど傷もみえなくなった小さな頭を撫でながら仔竜が落ち着くのを辛抱強く待っていた。

「ごめんな・・・お前の気持ちを考えてなかった・・・さっきは・・・いや、全部無理矢理だったもんな・・・」
ようやく仔竜が泣き止んだのを確認すると、俺は改めて謝罪の言葉を口にした。
「お前が嫌なら、俺、別の場所で寝ることにするよ」
だがそう言ってベッドから抜け出そうとした俺の腕を、仔竜の小さな手がギュッと掴んでくる。
「きゅきゅう・・・」
「許してくれるのか・・・?」
そう聞き返すと、仔竜が目をきつく閉じたまま何度も何度も頷いた。
どうしても、俺に一緒にいて欲しいらしい。
仔竜に促されるようにして再びベッドの中に潜り込み、柔らかい翼の生えた背中に腕を回して今度は正面のからその小さな体を抱き抱えてやる。
「じゃあ、今日はもうずっと寝ていようか・・・」
「ふきゅ・・・」
ようやく心の底から俺に対しての警戒を解いてくれたのか、仔竜は目を閉じたまま何時までも俺の胸にスリスリと顎の先を擦り付け続けていた。


「う・・・ん・・・」
何の音もしない、静かな朝の気配・・・
俺は寝ぼけた頭でしばらくもぞもぞとベッドの中で身を揺すっていたものの、やがて隣にいたはずの仔竜の気配が消えていることに気がついて目を開けていた。
「ん・・・ど、どこにいったんだ?」
まだ眠い目を擦りながら辺りをキョロキョロと見回してみるが、どこにも仔竜どころか鼠1匹見当たらない。
テーブルの上には空になったカップ麺とサラダの容器が放り出されていて、コンロの上には多少の湯冷ましが入ったやかんが放置されたままになっている。
俺はまさかと思ってベッドから這い出すと、床に置かれていたコンビニの袋をガサガサと漁っていた。
その中に、たった1つしか買ってこなかったはずの豚肉のパックが顔を覗かせている。
「夢・・・だったのかな・・・」
はは・・・そうだよな・・・ドラゴンの子供がここにいたなんて、自分でも信じられないくらいなんだから・・・
それでも俺は仔竜と過ごした1日が夢だったという現実を受け止め切れず、服を着替えると家の外へと出ていった。
そしてグルリと小屋の周りを回って森から続く長い坂の方に顔を出し、仔竜がぶつかったと思われる壁の辺りを何度も何度も調べてみる。
だが・・・当然のことながらそこには何の異常も見つけられなかった。
「やっぱり夢か・・・」
だが諦めてそう呟きながら仔竜が転げ落ちてきた坂の上の方へと視線を振り向け、俺はその場で固まっていた。

長い急坂の上に広がる深い森・・・
その森の手前に、体高2メートル以上はあろうかという巨大なドラゴンが顔を出していたのだ。
そして真っ直ぐにこちらを見つめているそのドラゴンと、思わず目が合ってしまう。
だがその全身に生えた美しい水色に輝く長い体毛に、俺は見覚えがあった。
夢の中で出会った仔竜・・・あの小さなドラゴンが大きくなれば、きっとこんな具合になるのに違いない。
あの仔竜の母親なのだろうか・・・?
もしかしたら昨日のことは現実で、ここから逃げ出したあの仔竜が母親に俺のことを教えたのだろうか・・・?
「あ、あう・・・」
ドラゴンの目に殺気はなかったものの、高所から巨大なドラゴンにじっと見下ろされては身も竦むというものだ。
俺は逃げようにも小屋の壁に退路を阻まれてしまい、ゆっくりと坂を滑り降りてこようとするドラゴンから片時も目を離すことができないまま震えていた。
そして、坂を降り切ったドラゴンがゆっくりと俺の前へ身を乗り出してくる。
「うぅ・・・うああっ・・・」
巨大なドラゴンに壁際へと追い詰められ、俺は恐ろしさにポロポロと涙が零れた顔をペロリと舐め上げられた。
あの仔竜が俺のことをどう母親に伝えたのかはわからないが、わざわざここまで俺を探しにきたということは・・・きっと俺を殺す気なのに違いない。

「た、助けてくれっ・・・!」
だがもう助からないと知りながらも必死でそう叫ぶと、ドラゴンが突然大声で笑い出していた。
「ふ、ふははははは・・・お前でも、そのような顔をするのだな・・・ふふ・・・ふははは・・・」
「え・・・?」
一体どういうことなのか状況が掴めずにキョトンとしていると、ドラゴンが再び口を開く。
「また、私の体を洗ってくれぬか?」
「あ、あんた・・・あの、小さかったドラゴンなのか?」
「小さいとは失敬な・・・私はここ数百年もの間、ずっとこの姿のままだ。あの、夢の日を除いてはな・・・」
俺はそれを聞いて、早鐘のように打ち続けていた心臓の鼓動をやっとのことで鎮めていた。

ドラゴンを小屋の中へと招き入れると、俺は風呂の用意にかかっていた。
あの大きな体を洗うのは多分物凄く大変だろうが、洗って欲しいというのなら願いを叶えてやるべきだろう。
空になっていた浴槽にお湯を出して風呂場から出てくると、俺は床の上に蹲っていたドラゴンに夢のことを聞いてみた。
どうやら、ドラゴンの方も俺と全く同じ夢を見ていたらしい。
「今だから打ち明けるが、お前が服を脱ぎ始めたとき、私は本当に犯されるのかと思って怯えておったのだぞ」
「はは、そんなまさか・・・まあ、全然興味が無かったといえば嘘になるけどね・・・」
「では・・・今も興味があるのか・・・?」
そう言いながら、ドラゴンが妖艶とも言える表情を浮かべて俺を見つめる。
元の体に戻れて心に余裕ができたのか、それとも内心ではドラゴンの方にも興味があったのか、今の彼女は明らかに俺の肯定の返事を誘っていた。
「そ、そうだな・・・じゃあ風呂から上がってから・・・どうだい?」
「フン・・・本性を現しおったな、人間め」
ドラゴンはそう言って俺の体をその手でドスッと突つくと、どちらからともなく大声で笑い合っていた。


すっかり陽の落ちたその日の夜、1人の人間と水色の体毛を纏った1匹のドラゴンが山小屋の大きなベッドの上で絡み合っていた。
空では少しずつ欠け始めた赤い月が地平線のそばをうろついていて、見るものに微かな不安と、そして不思議な期待感を振り撒いている。
魔力に満ちた赤月の気紛れな悪戯は今日もどこかで誰かを惑わし、そして今日もどこかで誰かを深く結びつけているのかもしれない・・・



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