雨が呼ぶ絆

    

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 山の麓に小さな村があった。
麓まで伸びてきている山の木々に寄り添うようにして、ぽつんと佇んでいる。
所々に畑や、家畜を飼っているらしい小屋などが見える。ここの住民は自給自足の生活をしていることが窺えた。
 そんな小さな村のある家から飛び出してきた一人の少年がいた。
まだ十歳にも満たないと思われる幼い瞳には、涙の後がほんのりと残っている。
服の袖で目を拭うと、そのまま早足で家の前から立ち去っていった。

 少年は道を歩いていた。道と言ってもこの村では舗装などされていない。褐色の地面が荒々しく表面に露出している。
外に出て間もない頃はよく転んで擦り傷を作ったものだが、もう道を歩いて転ぶようなことはない。
 ふと、立ち止まって振り返る。まだ自分の家は見える範囲にあった。
急いで歩いているつもりでも、幼い彼の足だ。頑張ってみても限界はある。
家を見ると、さっきの母親の声が頭に蘇ってきた。


『仕方ないじゃない。お父さん、どうしても仕事で戻ってこれないんだから』


 明日は少年の誕生日だった。普段は街での仕事で家にはいない父親も一緒に祝ってくれる、そのはずだった。
しかし、何の不運かその日はどうしても断ることができない仕事が入ったと、父親から手紙が届いたのだ。
父親と誕生日は家に戻ってくると約束し、一ヶ月も前からそれを楽しみにしていた少年は当然納得できなかった。

 父さんも一緒じゃないと嫌だとだだをこねる少年に、最初は母親もなだめるように説得していた。
だが、何度言っても聞き分けなかったため、いい加減にしなさいと母親からぴしゃりときつい仕置きを受けてしまったのだ。
しばらくは部屋で泣いていた少年だったが、やがてそのまま黙って家を飛び出してきた。
これ以上家にいたくなかったし、戻らないつもりだった。
約束を守ってくれない父親、自分の悲しみを分かってくれない母親、どちらの顔ももう見たくなかった。

 できるだけ遠いところに行ってやろうと意気込んで家を出てきたのはいいが、
どこに行くのか、どこまで行くのか、そう言った当てがあるわけでもなかった。
村の入り口付近まで来てようやく少年はそのことに気がついた。
 村の外には両側に木々の生えた道が続いている。まだ舗装された道は見えない。
しばらくは、この村で見るのと同じような風景が続いているらしい。
だが、生まれてからまだ一度も村から出たことのない少年にとっては、未知の世界だ。
一歩踏み出せば、もう二度と村に戻ってこれないのではないかと、言いようのない不安に襲われる。
その考えを振り払うかのように、少年はさっきの決意を詠唱した。
「戻らないって決めたじゃないか・・・。こんな所で立ち止まってちゃだめだ」
 一度深呼吸してから少年は前に踏み出し、村と外との境目になっている柵の外に出た。
最初はどんな事になるんだろうかと不安を抱いていたが、いざ乗り越えてみるとどうと言うことはない。大丈夫だ。
そのままどんどん歩いていこうとさらに前に踏み出しかけて、雲行きが怪しくなっていることに気づく。
重々しい灰色の雲が空を覆っている。家を出たときはそんなことはなかったのに、いつの間に。

 どうしようかと懸念している間に、鼻先に雨が当たる。見る見るうちに雨粒は数を増し、大地へと降り注ぐ。
考えてる暇はない。このままでは風邪をひいてしまう。どこか雨宿りできるところを探さなければ。
 きょろきょろと辺りを見回して、ぽっかりと口を開けた暗闇が目に入ってきた。
山の岩壁が露出した壁面にできた洞窟らしい。
村を出たすぐの場所にあったのだが、少年は今まで存在を知らなかった。
暗がりは確かに恐かったが、このまま一人で雨に打たれ続けるよりはいくらかマシだ。
勢いを増しつつある雨から逃げるように、少年は洞窟へと駆け込んでいった。

 湿った空気を鼻に感じた。
洞窟の中の空気はいつも湿っているが、どうやらそれだけが理由ではない。
空気そのものがいつもより湿っている。近いうちに一雨来そうだった。
 食料を調達に森に出かけようかと思っていたのだが、この様子だと少し後にした方が良さそうだ。
雨の風景や、しとしとと心に染みいってくるような音は嫌いではなかったが、やはり濡れるのはあまり好きではなかった。
 彼女は上げかけた腰を再び下ろすと、うずくまって目を閉じた。
特にすることもないので、これから降るであろう雨が上がるまで一眠りすることにする。

 間もなくして、何者かの気配を感じた。獣ではない、人間の臭いだ。村人だろうか。
村人がこの洞窟に立ち入ってくるなどあり得ないと思っていたが。

 ここに住み始めてからもう長い時間が経つ。
最初は恐れおののいていた村人も、今は彼女が危険な存在ではないと気づいている。
 しかし、一定以上の距離を保つことは忘れなかった。
外で会ったとしても、話し掛けたりはせず、決して目も合わさない。
また、彼女も村人や家畜を襲ったりはしなかった。
彼女と村人の間では、お互いに干渉し合わないことが暗黙の了解となっていた。

 気のせいかとも思い、全身の感覚を澄ませる。
確かに人間の気配がある。それは間違いのない事実のようだ。
もうすぐ雨が降るというのに、こんな所で何をしているのだろうか。
ここは子供が一人で立ち寄るような場所ではないことは明らかだ。
 あれこれと考えているうちにとうとう雨が降り出した。
初めは小降りで小さな水音だったが、すぐに勢いを増し止めどなく降り注ぐ。
通り雨だろうからすぐに止むはずだが、その分勢いが激しい。

 足音が聞こえてきた。どうやらその人間は洞窟に入ってきたようだ。
雨宿りにこの洞窟を選ぶとは、かなりシビアな選択だ。彼女の存在を知らないのであろうか。
予想だにしない来訪者に、不思議な興味が湧く。
どうせ雨が止むまですることもないし、どんな人間か見てやろう。
彼女はゆっくりと腰を上げると、洞窟の入り口へと向かっていった。

「ハア・・・なんでこんな時に雨なんか」
 洞窟に慌てて駆け込んだ少年は、ため息混じりに呟いた。
自分なりに急いだとはいえ、雨の増す勢いの方が早かったため服が濡れてしまった。
洞窟の入り口の岩壁にもたれかかり、しゃがみ込む。
奥の方は薄暗く、どこまで続いているか分からない闇が広がっていた。
暗がりを眺めているだけで、沸々と恐怖心がわき起こってくる。
少年はできるだけ奥を見ないようにしながら外に視線を移した。

 雨は止む気配を見せずその足を強めるばかりだ。
そのことがますます少年を不安にさせる。本当にもう家に帰れないんじゃないか。
家を出ると決意してから30分も経っていなかったが、少し少年は後悔し始めていた。
 ふいに背後で物音が聞こえた。少年はビクリと振り返る。
奥に広がる果てのない薄闇が、彼の恐怖心をますますかき立てる。
気のせいだ、何もない、大丈夫だ。そう言い聞かせ外に視線を戻そうとした時だった。
ヌッと大きな影が奥から這い出てきたのは。
「うわあああっ!」
 咄嗟に外へと駆けだそうとした少年だったが、雨を目の前に冷静さが戻ってくる。
それだけ少年にとって雨の中を一人で彷徨うことは抵抗があったのだ。
ぎりぎり雨が吹き込まない部分まで後ずさりし、大きな影を恐る恐る見上げた。

 まず少年の目に飛び込んできたのは大きな青い二つの光だった。
最初は宝石が宙に浮かんでいるのかと見間違ったほどだ。それが大きな影の瞳だと判断するのに少し時間が掛かった。
また、薄暗い中でも前足の爪は不気味な輝きを保っているのが分かる。まるでその鋭さを誇示するかのように。
そして、体は深い緑の鱗で覆われていて、背中には翼が備わっていた。
ぱっと見で判断しただけで、少年の五倍ぐらいの大きさはある。奥行きを含めればもっとありそうだった。
「・・・ドラゴン?」
 断片的ではあったが、少年の頭にある知識から推測するとその結論に行き当たる。
少年の問いかけにドラゴンは少しだけ眉をひそめた、ような気がした。如何せん暗いのではっきりとは分からない。
「少年よ、私のことを知っているのか?」
 突然ドラゴンから発せられた言葉に、少年は再び身を竦ませる。
独特の響きがあり、人間の声とは明らかに違っていた。
「し、知らない・・・」
 少年は激しく首を横に振る。
このドラゴンを知っているか知らないか以前の問題で、ドラゴンを見ること自体初めてだったのだ。
もし、このドラゴンが洞窟に住んでいると知っていたならば、洞窟に近づきはしなかっただろう。
「お前はここで何をしているのだ?」
「雨が降って・・・たから、ちょっとあ、雨宿りをしよう・・・と思って」
 しどろもどろになりながらも、少年は自分のいきさつを説明する。
家出してきたことは含まれていなかったが、そこまで言う余裕がなかったのだ。

 これからこのドラゴンに何かされるのではないかと、表面上でも内心でもびくびくしていた少年だったが、
当のドラゴンは小さく息をついただけで特に何かをする素振りも見せない。
「そうか・・・ならば雨が止むまではここにいるがいい」
「え・・・?」
「この土砂降りの中、お前を外に放り出すのも酷な話だ。ここは私の住処ではあるが、雨宿りさせてやろう」
 そう言ってドラゴンはくるりと向きを変え、洞窟の奥へと戻っていった。
暗闇に大分目が慣れてきたおかげで、何となくではあるが内部の奥行きが分かる。
ドラゴンはその一番奥に戻り、腰を下ろしたようだった。

 少年はしばらく呆然と立ちつくしていたが、ようやく雨宿りさせてもらえるらしいことが理解できた。
とにかくドラゴンに何もされなかったことが、意外であり拍子抜けでもあった。
もちろん何かされたかったわけではなく、ホッとしたことは事実だ。
張りつめた緊張が解けるとともに、少年はへなへなとその場に座り込んでしまったのだ。

 再び洞窟の奥に腰を下ろしながら、ドラゴンはふうと息をついた。
どんな人間なのかと興味本位で見に行って見れば、年端も行かぬ少年だったとは。
親からこの洞窟のことを聞かされていないのであろうか。
雨に濡れた姿が哀れに思えたので、雨宿りさせてやることにはしたが。
 少年は未だに入り口でへたり込んでいる。
いきなりドラゴンの姿を目の当たりにした割には、なかなか冷静だったのではと思うが。
泣き叫んで話にもならない状態にならなかったことは、誉めるべき点であろう。

 ふいに少年が立ち上がった。
いつ転んでもおかしくない危なっかしい足取りで、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
何をするつもりなのだろうと見ていると、ドラゴンの近くまで来て立ち止まり何か言いたげな瞳を投げかけてくる。
「どうした?」
 ドラゴンが問いかけると、少し深呼吸した後、少年は口を開いた。
「どうも・・・ありがとう。雨宿りさせてくれて」
 まだ少し怯えた様子はあるものの、さっきに比べれば大分はっきりした発音だった。
礼を言うためにわざわざ近くまでやってきたというのだろうか。
少年の意志を計りかね、ドラゴンはじっと少年の瞳を見つめた。
まだ穢れを知らないであろう無垢な瞳の中にも、仄かに強さを匂わせるものがある。
「誰かに何かをしてもらったら、ちゃんとお礼を言いなさいって、お母さんがいつも言ってるから」
「そうか、偉いな」
「へへ」
 少年は照れたように笑う。ドラゴンは初めて少年の笑顔を見た。
屈託のない笑みは、見る者を穏やかな気持ちにさせてくれる。こんな感覚は本当に何年ぶりだろう。

 子供が無邪気というのは種族が違っても変わらない。
もう何年も前に独り立ちして久しく会ってない自分の子供のことを、ドラゴンはふと思い出した。
今頃どこで何をしているのだろうか、元気でやっているのだろうか。
感慨に浸っていると、小さなくしゃみの声で現実に引き戻される。
「大丈夫か?」
「うん。でもちょっと寒い、かな・・・」
 雨宿りしていたとはいえ、少し濡れてしまったのだろう。少年はブルッと身を震わせた。
「そのままでは風邪を引く。・・・近くに来ないか。そこでいるよりは暖かいと思うぞ」
 ドラゴンは少年に向かって手招きをする。
もう怯えてはいなかったが、さすがに身を寄せるのは抵抗があるのではなかろうか。
断られることを予想しつつも、少年に問いかけていた。
「え・・・いいの?」
「ああ、お前が良ければ私は構わないぞ」
「ありがとう」
 躊躇うことなく少年はドラゴンの元に歩み寄る。そして、脇腹にもたれかかるような形で地面に腰を下ろした。
少年があっさりと提案を受け入れたことにも驚いたが、堂々とした様子にも驚かされた。
目の前のドラゴンは危険ではないと理解したのであろうか。身を寄せてきた少年の体温が伝わってくる。
誰かが側にいると実感できることは、こんなにも安心感のあることだっただろうか。

 ドラゴンの体は、身を預けるには十分すぎるほどの大きさがあった。少年はもたれかかってふうと息をつく。
頑丈そうな鱗の見た目に反して、いざ身を寄せてみると背中を通してはっきりとしたぬくもりが伝わってきた。
一人で家を飛び出してきたときの不安や、止みそうにない雨に対する不安を拭い去ってくれるような不思議な安心感がある。
「なんか、こうしてるとお母さんといるみたいだ」
 柔らかさとは無縁の堅い鱗に覆われたドラゴンだったが、背中越しに伝わってくるぬくもりはどことなく母親を彷彿とさせるものだった。
「お母さん、か……」
 少年の言葉に、ドラゴンはフッと目を細める。
どこか感慨にふけっているようにも思えるその瞳は、とても暖かい光を宿している。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。少し昔のことを思い出しただけだ」
 どんなことなのか少年には想像もつかなかったが、きっといい思い出なのだろう。
あんなにも穏やかで、優しい表情をしていたのだから。

「ところで、お前はどうして一人でこの洞窟の前にいたのだ? 森が危険なことは知っているだろう?」
 少年のような子供が遊ぶには少々遅い時間帯だったし、何より村の外に一人で出ることは危険すぎる。
狼や熊と出くわす可能性もゼロではないのだ。そんな場所に少年は一人でいた。ドラゴンが疑問に感じてもおかしくはない。
「……家出、してきたんだ」
 ごまかそうかとも思ったが、ドラゴンに見つめられていると嘘を見抜かされてしまいそうでできなかった。
それに、ドラゴンは少年のことを本気で心配してくれている。
きっと自分の話も真剣に聞いてくれるだろうとと思い、事情を全て話すことにしたのだ。
「家出、だと?」
「うん……。明日は僕の誕生日なんだ。僕のお父さんは遠くの街に働きに行ってるんだけど、明日は帰ってきて一緒に祝ってくれるって約束してたんだ……」
「それが……帰って来られなくなったのか?」
 これから言おうとしていたことを先に言われ、少年は目を丸くする。
「父親が帰ってきてくれなかったことが、お前に取っては家出したくなるほど辛いことだったのだろうな」
「それに……そのあとお母さんともケンカしちゃって。家にいるのが嫌になって飛び出してきたんだ……」
 もうこんな家にいたくないと飛び出したときは思っていた。
しかし今になって考えてみると、家を出ていったいどうするつもりだったのだろうか。
少年が帰るべき場所は、少し前に飛び出してきた家しかないのだ。
「なるほど……。約束を破った父がそんなに許せないか?」
「だって僕はもうずっと前から楽しみにしてたんだ、それなのに……。きっと僕のことなんかどうでもよかったんだよ!」
 少年の声が洞窟の中にこだまする。
ぶつけようにもぶつけられなかった父に対する怒りが、少年を叫ばせていた。
「それは違う」
「え……?」
 少年は思わずドラゴンの方を見、そしてぎくりと身を竦ませる。
優しい瞳から一転した、鋭い視線が少年を射抜いていたからだ。
ただ単に睨んでいるのとは違う。心に突き刺さってくるような強い意志のようなものがが、その眼には含まれていた。
「本当にお前のことをどうでもいいと思っているのなら、最初から約束をしたりはしないさ」
「だ、だけど……」
 言い返そうとして、少年は言葉に詰まる。
帰ってくると約束をしたときの父の顔は、紛れもなく笑顔だったのを覚えていたからだ。
「約束が守れなくなった父親も、父親が帰ってこれないと知った母親も辛かったはずだ。お前と同じように、あるいはそれ以上にな」
 返す言葉もなく、少年はうなだれた。
自分のことばかりで、父親や母親がどんな気持ちなのかを考えていなかったのは明らかだったからだ。
「離れていても、親は子供のことを大切に思っているものだ。誕生日に帰って来ようとしてくれただけでも良い親ではないか」
「……そう、なのかなあ?」
「ああ。少なくとも私はそう思うぞ」
 ドラゴンにそう言われると、なんだかそんな気がしてきた。
落ち着いた話し方はこちらの気持ちを引き込み、それでいて納得させるような雰囲気がある。
「それともお前は、本気で二度と家に帰りたくないと思っているのか?」
「……そんなこと……そんなことない!」
 村から出ようとしたときに、もうすでに躊躇いはあった。
雨に打たれ一人で洞窟に入ったときには、後悔し始めていたような気がする。
「家に……帰りたい」
「雨が止んだらすぐに帰るんだ。きっと母親が心配しているぞ」
 もう洞窟の外は暗くなり始めていた。こんなにも遅くまで外出したことは少年にとって初めてだ。
「……うん。帰ったらお母さんに謝るよ」
「それがいいだろう」
 ドラゴンはそう言って、外へと視線を移した。
雨はまだ降り止む気配を見せない。洞窟の中からでも水の落ちる様子が見える。
少年は小さなあくびをした。慣れないことをしたため、疲れてしまったらしい。
「雨が止んだら私が教えてやろう。それまで一眠りしたらどうだ?」
「そうする。ありがとね、ドラゴンさん……」
 少年は目を閉じ、ドラゴンに深くもたれかかる。
優しいぬくもりは心地よい眠気を誘う。そう時間が経たないうちに、少年は眠りへと落ちていった。

 ドラゴンは頭を起こした。外を見ると、もう雨は止んでいた。
まだ辺りの空気は湿っているが、外を歩いて帰れないことはないだろう。
通り雨だろうと思っていたのだが案外長引き、辺りはすっかり暗くなっている。
森に出かけるのは明日になるな、とドラゴンは小さくため息をつく。
「雨が止んだぞ」
 鼻先で少年の肩をつつく。まだ少し眠そうにしながらも、少年は目を覚ました。
もたれかかっていた体を起こし、小さくのびをする。
「そっか。今日は本当にありがとう。ドラゴンさんのおかげで僕、お父さんと仲直りできそうだよ」
「それは良かった。家族を大切にな、少年」
「うん!」
 少年は外に出ていこうとしてふと立ち止まった。そしてドラゴンの方を振り返る。
「……どうした?」
「あのさ、また会いに来てもいいかな?」
 少年がどうしてこんなことを言いだしたのか分からなかった。
村人からは避けられ、蔑ろにされている自分に会いに来たい、それは本気で言っているのだろうか。
「なぜそう思う?」
「どうしてって……今日はドラゴンさんと会えてよかったし、またいつか一緒にお話しできたらなあって」
 少年にはドラゴンに対する恐れや怯えと言ったものがなかった。
最初は確かに震えていたが、今は違う。人間と会話するのと同じようにドラゴンとも普通に接することができる。
もし、村人達が少年のような心の持ち主ばかりならば、ドラゴンが孤独を感じることなどなかったかもしれない。
しかしそれは叶わぬことだと分かっている。
「やめておけ。村の人たちは、私と会うことを快く思わないだろう。お前が周りからおかしな目で見られることになるかもしれない」
 本心としてはまた少年と話がしたいと思ってはいた。誰かが側にいて、自分と会話をする。
久々の感覚だったが、それはドラゴンの心に安らぎを与えてくれたのだ。
しかし少年のことを考えると安易に頷くわけにはいかない。
自分達と違う者に対しては人間は冷たい態度をとる。それはドラゴンが身をもって感じていることだ。
少年が自分と同じような境遇になることだけは避けたかったのだ。
「そんなの関係ない。僕がまた会いたいって思ったんだ。だからいいでしょ? また会いに来ても」
 周りの目などは気にしない、自分がこうしたいと思った通りに進む。子供らしい素直な発想だ。
少年の真っ直ぐな気持ちを無視してまで、彼と遠のけようとは思わなかった。
会いに来ることが村からみれば好ましくないことだったとしても、ドラゴンにとってはこの上なく嬉しいことだったからだ。
「……好きにするがいい」
 少年の顔がパッと明るくなった。こうも分かりやすいと、見ていて微笑ましい。
「じゃあ、約束だよ? また会って話をするって」
「ああ。分かった、約束だ、少年」
 すると少年は自分の手を差し出した。小さな手だ。触れることを躊躇わせるほどに。
「指切りしよう。大事な約束のときにはこうするんだ。ドラゴンさんも手、出して」
「……ああ」
 ドラゴンは少年に言われるがまま手を差し出す。爪で少年の手を傷つけないようにそっと。
人間の決め事のようなものを信じるわけではなかったが、それをしておけば本当に約束が守れるような気がしたからだ。
「指きりげんまん嘘ついたらはりせんぼんのーますっ、指きった」
「針……千本?」
「約束するときはこれを言うんだ。本当に針を飲ませるわけじゃないよ。
嘘をついたら針を飲むくらいのつもりでいろってことなんだとおもうけど」
 なかなかおもしろいたとえだ。約束を守ることは大切だし、それぐらいの気負いがあってもいいかもしれない。
人間の決め事も興味深いものがあるなと、ドラゴンは思った。
「なるほど。では私からの約束だ。どんなに親とケンカをすることがあっても、もう家出なんて考えるのはやめておけ、いいな?」
「うん……。約束するよ」
 少年は頷き、そっと手を離した。
「それじゃ」
「ああ、またな」
「うんっ!」
 元気良く答えると、少年は洞窟の外へと駆けだしていった。
やがて足音は聞こえなくなり、辺りには夜の静寂が訪れる。

「…………」
 少年が去ったあと、ドラゴンはしばらく自分の手を見つめていた。
まだ小さな手の感覚が残っている。温かくて柔らかい、子供の可愛い手だった。
「礼を言うのは私の方だったかもしれないな」
 今までの孤独を完全に埋め合わせられたわけではなかったが、それでも少年の存在は大きかった。
自分でも不思議なくらい、穏やかで暖かい気持ちにさせられたのだ。
「ありがとう……」
 ドラゴンは小さく呟く。聞こえはしないと分かっていても、言葉にしておきたかった。
そして洞窟の奥まで戻ると、うずくまって静かに目を閉じた。



 END


感想

  • DRAGONって、凶悪なイメージ(IMAGE?)で定着してますけど、見た目だけでって酷いですよね…。故人は!このDRAGON(名は?)は少年に(名は?)優しいし…良かったです。毛嫌いしている村人達は少なからずとも損をしてますよね?…会って話しでもしてみないとキャラは判らないのに。 -- Nakachik/UP (2007-10-16 14:43:09)
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