格子の向こうに映える月

    

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森の奥にひっそりと佇む、岩壁に掘られた大きな洞窟。
その薄暗い闇の中から、体長2m程の影が燦燦と明るい太陽の降り注ぐ森の中へと飛び出していった。
「いってきまーす!」
洞窟の奥で気持ちよさそうに眠っている母親に向けてそう叫びながら、全身を鮮やかな桃色の体毛に包んだ小さなドラゴンが姿を現す。
一目で雌とわかるほど優しげで可愛らしい顔をしてはいるものの、その頭からはドラゴンらしく乳白色に輝く2本の立派な角が伸びていた。

「今日も丁度いい獲物が見つかるといいなぁ」
全身を覆った桃色の体毛が風に靡くのを感じながら、あたしは遅めの朝食にするべき獲物の姿を探して辺りに視線を振り撒いていた。
長かった雨季がようやく明け、瑞々しい潤いに満ちた木々の葉も久し振りに大地を照らす陽光を受けて嬉しげにその身を揺らしている。
歩く度に左右に揺れるフサフサの短い尻尾が、時折地面に積もった落ち葉を巻き上げてはカサカサと乾いた音を立てていた。
最近はようやく狩りの面白さというのか獲物を獲ることができる喜びを知って、こうして母もまだ寝ているうちから狩りの練習を始めているのだ。
もうすぐ我が身に降りかかることになる災難のことなど露知らず、あたしは呑気な幸福の笑みを顔に浮かべながら森の小道を歩き続けていた。

「おい、向こうから何かこっちに来るぞ」
「あれは・・・かなり小さいが雌のドラゴンじゃないか?狩りの途中のようだけど、まだ子供だな」
「それなら好都合だ。捕まえやすいからな。それに見ろよ、あの綺麗な桃色の体。絶対に人気が出るぞ」
そう言いながら麻酔銃を構えた彼を見やりながら、僕はやれやれといった具合に溜息をついた。
いくらうちにくるお客さんが少なくなったとはいっても、こんな密猟紛いのことまでしてドラゴンを捕まえてくる必要などあるのだろうか?
何も知らずに向こうの小道を歩いているあの小さなドラゴンにだって、母親くらいはいることだろう。
可哀想に・・・彼が銃の引き金を引けば、彼女は産まれてからこれまでに見知った仲間達にはもう会うことができなくなるのだ。

「撃つぞ・・・いいか?」
「ああ・・・ちょっと可哀想だけど、どうせ止めたって撃つんだろ?」
ターン!
木々の梢で羽を休めていた小鳥達が、僕への返事の代わりに鳴り響いた銃声に驚いて一斉に飛び上がった。
小鳥達のバサバサと激しく羽を羽ばたかせる音や悲鳴にも似た甲高い鳴き声に混じって、遠くで桃色の仔竜が地面に倒れるドサリという低い音が耳に届いた気がする。
「当たった・・・のか?」
「見れば分かるだろ。ほら、さっさと車に積んでいくぞ」
「あ、ああ・・・」
また1匹罪のない野生動物の生活を変えてしまったというのに、僕はさして胸が痛まなくなった自分に軽い自己嫌悪を覚えつつも捕えた仔竜を車へと運ぶことにした。

「う・・・ん・・・」
体が小刻みに揺れるゴトゴトという音で、あたしは目を覚ました。
キョロキョロと辺りを見回してみるが、何やら耳障りな騒音が聞こえる以外は真っ暗な闇に包まれている。
両手足は固い紐のようなもので縛られている上に声を上げられぬよう口にも何かを噛ませられていて、あたしは唯一自由に動かすことができる尻尾で床をバンバンと叩いた。
「お・・・あのドラゴン、起きたみたいだぞ」
「ほっとけよ。どうせ向こうに着くまで何もできやしないさ」
どこからともなく、人間達のものと思われる声が聞こえてくる。
一体、何がどうなったのだろうか?
確か狩りのために森を歩いていて・・・そういえば、突然腹の辺りにチクッという痛みを感じたような気がする。
その途端急に眠くなって・・・つまり、あたしは人間達に捕まってしまったということなのだろうか。
なんとか首を巡らせてその小さな痛みを感じた場所を眺めてみたが、別段怪我をしたり血を流したりしたというわけではなさそうだった。

バン・・・バン・・・
あたしはそれからもしばらくの間は尻尾で床を叩いていたものの、これ以上暴れても体力の無駄だということを悟るとじっと床に横たわって動かないことにした。
きっと、お母さんは今頃あたしのことを大層心配していることだろう。
もう、お母さんにも友達にも2度と会えないかもしれない・・・
そんな予感が脳裏に過ぎる度に、あたしは不安と悲しみに満ちた涙が零れそうになるのをグッと堪えていた。

キキーッ
結局泣き疲れてうとうとと眠りに落ちそうになっていたあたしの耳に、突然何かを引っ掻くような大きな音が聞こえてきた。
ザラザラした木の床の上を滑りそうになるほどの衝撃が体を襲い、思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
だが口に噛ませられた物のせいで、それはただの呻き声にしかならなかった。
もっともあの人間達には悲鳴など聞かれたくなかったから、かえってよかったのかもしれない。
やがてバンッという音とともに暗闇が縦に裂け、眩いばかりの光があたしの身の周りを照らし出す。
光の中には、先程聞こえた声の主だと思われる2人の人間の男が立っていた。
そのうちの1人が、とても信用のおけない怪しい笑みを浮かべながらあたしに向かって手招きする。
「ほら、こっちにきなよ。乱暴しないから」
外から差し込んだ光で自分のいたところが狭い密室の中だったということに気付いて、あたしは人間の誘いを拒絶するように不安に駆られたままジリジリと後ずさっていた。

「よせって。彼女、怯えてるじゃないか」
「うーん・・・じゃあ、後はお前に任せるぞ。俺は部屋の準備をしてくるから」
「あ、ああ・・・」
可愛らしい雌の仔竜に獣でも見るような視線を向けられたのが余程ショックだったのか、いつもなら強情な彼が意外なほどにあっさりと引き下がる。
彼が足早に建物の中へ消えていったのを確認すると、僕は仔竜を必要以上に怯えさせないように敢えて車から少しだけ距離を取った。
そしてできるだけ自然な笑顔を作りながら、努めて穏やかに話しかける。
「可愛い君をこんな目に遭わせてしまって済まない。その縄を解いてあげるから、こっちへおいで」
僕のその言葉に彼女はしばらくの間微動だにしなかったものの、彼よりは信用できる人間だと思ってくれたのかのそのそと荷台の上を這い始めた。
そして恐る恐る手の届く所まで近づいてきた彼女の縄へと手をかけ、ゆっくりと結び目を解いてやる。
やがて縄が取り去られて自由な体を取り戻すと、雌の仔竜はようやくその小さな顔に安堵の表情を浮かべていた。

「ほら、おいで」
なおも優しげに話しかけられる声に、あたしはどうせ逃げ場もないと思って素直に従った。
薄暗い車の荷台から明るい外へと抜け出し、辺りに視線を走らせる。
周囲はあたしが逃げ出せないように高い石壁がグルリと取り囲んでいて、今入ってきたのであろう唯一の入口は既に門が閉められてしまっていた。
やはり、おとなしく人間達の言うことを聞いていた方がいいのだろう。
あたしのこの小さな体では、例え目の前の人間をどうにかできたところでここから逃げ出せる自信はなかった。
信頼しているのか平気であたしに背を向けながら歩いていく人間の後について、建物の中へと入る。
閉鎖された外の空間からではわからなかったが、どうやらそこはかなり巨大で複雑な構造の建造物のようだった。
十分に幅の取られた通路をしばらく歩かされ、やがて1つの大きな部屋の前で人間が立ち止まる。
その部屋の入口から、先程最初にあたしに声をかけたあの人間が丁度出てきたところだった。

「お、丁度よかったな」
「この子、いきなり入れても大丈夫なのか?これからどうなるのか何もわからなくて不安だろうに」
「大丈夫さ。あいつがなんとかしてくれるだろ」
そう言いながら、彼が親指で今出てきた部屋の方を指差す。
まあ、それもそうか・・・蛇の道は蛇って言葉もあるしな・・・
僕は彼の言葉に無言で頷くと、あくまで彼女を怯えさせないようにそっと部屋の中へ仔竜を入れてやった。
車の中程ではないが薄暗い部屋に再び入れられて、仔竜が不安げな面持ちでこちらを振り返る。
その今にも崩れてしまいそうな顔を見ながら、僕は静かに部屋の扉を閉めた。

ガチャ・・・
閉ざされた扉であの人間の顔が見えなくなると、あたしは恐る恐る辺りを見回した。
床一面に敷き詰められた厚い藁、天井に埋め込まれた淡い照明、壁に口を開けた小さな格子窓、部屋の奥の方には自動で開くと思われる大きな扉も見える。
「ここ・・・一体どこなの・・・?」
ポツリと漏らした声が金属質な壁に反響し、微かな振動になって耳へと跳ね返ってくる。
あの人間達の様子から他に誰かがこの部屋の中にいるのだろうかと思ったが、隠れ場所のない四角い部屋のどこを探してもあたし以外には1匹の虫の存在すら感じ取ることはできなかった。
仕方なく、部屋の隅で壁に寄り添うように暖かい藁の上へと蹲る。

「お母さん・・・」
ほんのりと体を包み込む藁の感触に身を委ねた途端、あたしは不意に涙を零してしまっていた。
いつも通りの朝のはずだった。
こんなことがなければ今頃は、1匹くらい小さな獲物を捕まえて得意げな顔をしていたことだろうに。
それがこんな・・・人間達に捕まってどことも知れない薄暗い部屋に囚われてしまうなんて・・・
どうしてせめて母が起きてから狩りにでかけなかったのかと、あたしは人間達よりも先に己の浅はかさを呪った。
母が起きていれば、あたしの身に起こった異常などすぐに嗅ぎ付けて助けにきてくれただろう。
たがそれももう、既に手遅れなのだ。
小さな格子窓を通して快晴の青空を見つめながら、あたしは疲れてしまったのかいつしか深い眠りに落ちていた。

ガチャ・・・
耳の奥へと突き刺さる、扉を開閉する金属質な音。その音に驚いて、あたしはハッと目を覚ました。
慌てて扉の方へと目を向けるが、既に扉は閉まっている。
だが床の上には、大きな豚が2頭転がっていた。
2頭とも息を引き取っているところを見ると、これは・・・あたしの食事なのだろうか?
突如出現した人間からの差し入れを口にしていいものか思案しながらも、藁の上に横たえていた体を起こす。
その瞬間、今度は背後にあったあの大きな扉がガラガラという音とともに開いていった。
日の暮れかけた橙色の空が見え・・・その先に誰かが立っている。
どうやら、ドラゴンのようだ。
全身を夕焼けにも負けないほど真っ赤な長毛で包んだその体は、尻尾を含めれば10m近くもあるだろうか。
首の中程まで垂れた赤い髪がゆらゆらと揺れる度に、宝石のような蒼い目が輝いて見える。
だが何はともあれ仲間に会えたという安堵感に、あたしは起こしかけていた体をペタンと床の上に落とした。

「あら、あなたが新入りさんね?」
澄んだ声が部屋の中に響き、不安でどうにかなってしまいそうだったあたしの心をそっと癒していく。
その大きなドラゴンが部屋に入ってくると、開いた扉が再びガラガラという音を立てながら閉じていった。
そして完全に扉が閉じたガシャンという音を最後に、部屋の中に静寂が訪れる。
「どうしたの・・・?」
どういう反応をしていいのかわからずにうろたえるあたしの様子を不審に思ったのか、彼女が心配そうに声をかけてきた。
「あ、あの・・・あたし・・・あぅ・・・」
一体、どこから説明すればいいのだろう・・・?
ここはどこなのか?あの人間達はあたしをどうするつもりなのか?元の森に無事に帰れるのか?
様々な疑問が頭に浮かんでくるが、それを目の前のドラゴンに聞くのが何とはなしに怖かった。
多分、期待したような答えは返ってこないことを予感しているのだろう。

「ほら落ち着いて、大丈夫だから」
大きなドラゴンのどことなく大人びたお姉さんといった感じの接し方に、あたしは喉に詰まらせた息をなんとか飲み込んだ。
「ここ・・・どこなの・・・?」
「ここは動物園っていってね、人間達の娯楽の場よ」
「動物・・・園?」
初めて聞く言葉に、あたしは美しい赤髪の垂れた彼女の顔を見つめ返した。
「つまりね、私達は人間達にとっては凄く珍しい存在なの。だから、私達を見世物にしているのよ」
「見世物って・・・そんなの酷いわ!」
ただでさえお母さんと離れ離れにされて傷心だったというのに、あたしは人間達の見世物にされると聞かされて激しく憤った。

ゴロゴロゴロ・・・
だがその途端、朝から何も食べていなかった腹が空腹の唸りを上げてしまう。
「お腹が空いてるのね。話は後にして、まずは食事にしましょう?」
彼女はそう言うと、床に置かれていた2頭の豚をあたしの目の前へと並べてくれた。
「全部食べていいわよ。その様子だと、今日1日何も食べてないんでしょう?」
「う、うん・・・」
胸の内に燃え上がっていた怒りも激しい空腹には逆らえず、あたしは彼女に勧められるまま差し出された食事にかぶりついていた。

余程お腹が空いていたのかお姉さんの分の食事までペロリと平らげると、あたしはほっと一息ついた。
さっきまで半ばパニックに陥っていた頭の中がようやく落ち着き、少しだけ心に余裕ができる。
「落ち着いた?」
「う、うん・・・もう大丈夫。でも・・・こんなの耐えられないわ。あたし、お母さんに会いたい・・・」
あたしは朝方に見た母の最後の姿を思い出した途端、思わず涙が溢れそうになった。
「そう・・・あなたも無理矢理連れてこられたのね・・・まだ幼いのに可哀想に・・・」
「お姉さんも・・・無理矢理連れてこられたの?」
「ええ、そうよ。もう4年くらい前のことだけど、友達と森の中で涼んでいたところを人間に捕まったの」
お姉さんは昔を懐かしむように無機質な天井を見つめていたが、不思議とその表情から人間に対する怒りや憎しみのような負の感情は読み取ることができなかった。

「その友達はどうなったの?」
「一緒に捕まったけれど、こことは別の場所に連れていかれたわ。真っ赤な鱗を纏った美しい竜だったのよ」
そう言った後で、彼女はクスッと笑って小声で小さく付け足した。
「でも、ちょっと年寄り臭い話し方をしてたけれどね」
「心配じゃないの?その友達が・・・」
「大丈夫よ、人間は滅多なことでは私達を殺したりなんかしないもの。それにね・・・」
話し相手ができて嬉しいのか、お姉さんがさらに声を弾ませて先を続ける。
「私も最初はここから逃げ出そうとして暴れたりしたけど、今は結構ここの生活も気に入ってるのよ」
「どうして?」
「だって私達と人間が森の中でいきなり出会ったら、大抵の人間は必死で逃げちゃうでしょう?」
とりあえず、あたしは無言で頷いてみた。
まだ幼いあたしにはよく分からないが、彼女ほど体が大きくなれば多分そうなのだろう。

「でもここでは、私達は人間から糧をもらって、人間は私達のお陰で糧を得るの。とても平和的じゃない?」
「確かにそうかもしれないけど・・・」
「それに何もしなくたってそれなりにおいしい食事ができるし、1日中毛繕いだってできちゃうんだから」
お姉さんはそう言うと、細長く伸びた爪で自慢の赤髪を梳き始めた。
外の風に晒されて所々にできていた毛玉が、爪が通る度に綺麗に梳かされていく。
「だからって・・・人間達の見世物になるのなんて嫌よ」
「そうね・・・でも、直に慣れるわ。あなた凄く可愛いもの。きっと人気者になれるわよ」
綺麗なお姉さんに可愛いなどと言われて、あたしは思わず照れてしまった。
「そ、そんなこと・・・ないもん・・・」
「明日になればわかるわよ、きっと。ほら、今日はもう寝ましょう」
そう言いながら、お姉さんが藁の上へと横たわって手招きする。
「うん・・・」
それに吸い込まれるようにしてお姉さんのもとへと寄り添うと、あたしは暖かい彼女の胸元へそっと顔を埋めた。
お姉さんがそんなあたしの体を包み込むように、両腕で抱き締めてくれる。
「お母さん・・・」
お姉さんの優しげな抱擁に母の温もりを感じながら、あたしは一言そう呟いて眠りに落ちていった。

「ほら、そろそろ起きて」
お姉さんに背後からゆさゆさと体を揺すられて、あたしはそっと目を開けてみた。
部屋の入口の前には昨日と同じようにいつのまにか食料である2頭の豚が置かれている。
格子のはまった天窓からは明るい朝日が差し込んできていて、あたしは大きく欠伸を漏らした。
「さ、早く食べましょう。もうすぐ外に出るわよ」
「え・・・?」
まだ寝ぼけている頭を揺すりながらそう聞き返すと、あたしはとりあえず眼前に差し出された食料にかぶりついた。
昨夜のこともあってさしてお腹が空いていたわけではなかったものの、どうやらこれからしばらくは何も食べることができないらしい。
急いで大きな豚を1頭食べ終わると、昨日お姉さんが部屋に入ってきた大きな扉がガラガラとけたたましい音を立てながら開いていった。

「お、お姉さん・・・これからどうするの?」
「外に出れば分かるわ」
優しげな、それでいて何かを期待しているようなお姉さんの視線に促されるようにして、あたしは大きく口を開けた扉から恐る恐る外へと足を踏み出した。
何かを遮るように扉の目の前を塞いでいる仕切りの壁をグルリと回り込み、辺りへ視線を巡らせる。
「何・・・ここ・・・?」
仕切りの壁の向こう側は、頑丈な鉄の檻で囲まれた巨大な広場だった。
檻の外には広い通路のようなものが通っていて、似たような檻がすぐ隣や通路の向こう側などあちこちに点在しているのが見える。
その不思議な光景を呆然と見つめていたあたしの背後で、今出てきた扉が再びガラガラという音を立てて閉まっていった。
「お、お姉さん・・・」
これから何が始まるのかという不安に怯え、そっとお姉さんの傍へと擦り寄ってしまう。
「心配しなくても大丈夫・・・私達は夕方までここで過ごすだけよ」
そうは言うものの、あたしの目は遠くにある大きな門の所から大勢の人間達がわらわらと通路を通ってこちらに近づいてくる様子を捉えていた。

初めて見る人間達の群れに思わず心臓の鼓動が跳ね上がるが、その半数近くが小さな子供のように見える。
やがてキャッキャと甲高い声を上げる人間の子供達のうち、数人があたし達の存在に気付いたようだった。
「あ!見て!新しいドラゴンがいる!」
「すご~い、綺麗なピンク色~!」
通路と広場を隔てた鉄の檻に食いつくようにして、子供達の熱い視線が一斉にあたしへと注がれる。
そのある種異様な光景に恐れをなして、あたしは通路に背を向けて蹲ったまま頭を抱えると尻尾をクルンと丸めてブルブルと震えていた。

しばらくの間目を閉じてその場の雰囲気に耐えていると、やがて多少は意味の聞き取れていた子供達の声がザワザワという波打つような騒音へと変わっていく。
何事かと思ってそっと背後を振り向くと、優に100人は下らない大勢の人間があたし達の周囲を取り囲んでいた。
「お、お姉さん・・・こんなの・・・もう嫌よぉ・・・」
ほとんど泣き声にも似たあたしの弱々しい声に、隣りで人間達の視線を涼しく受け流していたお姉さんが笑う。
「あら、あの人間達は皆あなたが可愛いから見にきてるのよ。言ったでしょう?人気者になれるわよって」
励ましなのか冷やかしなのかよくわからないその言葉に、あたしは勇気を出して好奇の目でこちらを見つめている人間達の方へと体を向けた。
確かに、ほとんど全ての人々の視線がお姉さんではなくあたしに注がれている。
「ふふ・・・ほら、大丈夫だから・・・彼らの近くまで行ってあげたら?」
あたしは一瞬なんてことを言うのかといった視線をお姉さんへと向けたものの、とりあえず身に危険はないことを再確認して恐る恐る人間達で埋め尽くされている通路の方へと近づいていった。

「来た!こっちに来たよ!」
「見せて!ねえ見せて!」
「かわいい~!」
徐々に子供達との距離が縮まる度に、彼らのはしゃぐような声が耳へと届いてくる。
やがて鉄でできた頑丈な檻を隔てて彼らのすぐそばまで近づいてみると、意外とそれまで胸の内で燻っていた恐怖心が溶けるように消えていった。
あたしに噛まれることを恐れているのか流石に檻の内側へ手を出してくるような子供はいなかったが、そのキラキラと輝く目には抑え切れない好奇心がありありと浮かんでいる。
チラリと背後のお姉さんの方を振り返ってみると、彼女は満足げな笑みを浮かべたまま小さく頷いた。
そして子供達を怯えさせないように、爪を引っ込めた片手をそっと檻の隙間を通して彼らの方へと伸ばしてやる。
さっきまで大声で騒いでいた子供達は突然のあたしの行動に一瞬しんと静まり返ったものの、やがて1つ、また1つと好奇心に打ち負けた彼らの手があたしの手に向かって差し出された。
サワッ・・・サワサワッ・・・
「あっ・・・」
フサフサの毛で覆われた手の甲に子供たちの小さな指が触れる度に、くすぐったい感覚が背筋に走る。
だがそれをきっかけにして、周囲にいた大勢の子供達がわっとざわめきながらあたしの周囲に殺到し始めていた。

ガラガラという部屋に通じる扉の開く音で、あたしはハッと我に返った。
気がつくと空は既に真っ赤な夕焼けに染まっており、檻の周囲を埋め尽くしていたはずの人々の姿も消えている。
あたしは正直なところ、檻の外に手を出した後のことをほとんど覚えていなかった。
ただ何となくおぼろげな記憶に焼きつけられているのは、とても楽しかったということだ。
初めはあんなに人間達に見られることを恐れていたというのに、何時の間にか時間を忘れて大勢の人間達と笑い合い、触れ合っていたような気がする。
「どうだった?」
開いた扉の下を潜りながら投げかけられたお姉さんの質問に、あたしはそっと俯いたまま小声で答えた。
「うん・・・結構、楽しかったよ・・・」
「ふふふ・・・よかった」
閉じていく扉の音を聞きながら部屋の中に用意されていた夕食を見つけ、思わず顔が綻んでしまう。
ここでの生活も思っていたほど悪くなさそうなことに気付いて、あたしはその日、初めてお姉さんと楽しい食事を摂った。

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