分かたれた者達2

    

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「ん・・・」
チュンチュンと小鳥の囀る声が聞こえ、俺はゆっくりと目を開けてみた。
真っ暗だった外は何時の間にか明るくなっていて、燃え尽きた焚き火からは黒い煙が立ち昇っている。
どうやらあの後、快楽の余韻を楽しむようにドラゴンの腹にしがみついている内に眠ってしまっていたらしい。
体を押し包んだ柔らかな感触が、全裸で寝ていた俺の体をポカポカと暖めてくれていた。
ドラゴンの方もあのまま眠ってしまったらしく、ぐってりと仰向けになったまま満足げな寝顔を岩の地面の上に横たえている。
心から信用している者にしか見せないであろうその可愛げな寝姿に、俺はしばらくの間顔がにやけてしまうのを抑えながらじっと見入っていた。

その日の昼頃、俺はこのドラゴンにエルダという名前をつけた。
足の痛みはまだしばらくは消える様子がなく、当分の間はこの洞窟で暮らすことになると思って俺が彼女に名をつけることを提案したのだ。
エルダとはよく成熟したという意味の言葉からつけたのだが、ドラゴンは意外にもこの名前を気に入ったようで、俺が彼女の名を呼ぶと優しげな視線を向けながら応えてくれるようになった。
まあ、肝心のエルダの方は恥らっているのかそれとも人間を名前で呼ぶことに抵抗があるのか、1度として俺を名前で呼ぼうとはしなかったのだけれど。

エルダとの幸せな生活を始めてから3週間後、彼女は朝目を覚ました俺にそっと声をかけてきた。
「足の具合はどうだ・・・?」
そう言われて、つい最近まで痛んでいた足を恐る恐る動かしてみる。
だが今までのようなズキンとした鋭い痛みが走ることはなくなり、俺は大分体が軽くなったような気がした。
「ああ、随分よくなったよ。もう歩いても大丈夫だと思う」
「それはよかった・・・では、お前ともそろそろお別れなのだな」
「そうだな・・・俺、エルダに会えなくなると思うと寂しいよ」
それを聞くと、エルダは不意に俺から視線を外した。
「何を馬鹿なことを・・・竜殺しの名が聞いて呆れるぞ」

私はそれで精一杯の皮肉を言ったつもりだったが、視線を元に戻すと彼はただその顔に煮え切らぬ苦笑いを浮かべているだけだった。
どうやら、その言葉は彼の本心から出たものだったらしい。
私は気を取り直してどうしてよいかわからずに突っ立っている小さな人間にそっと顔を近づけると、その耳元に呟きにも似た言葉を囁いた。
「気が向いたら、またここを訪れるといい・・・お前なら、私はいつでも歓迎するぞ」
「ああ、そうするよ」
元気になった体を起こし、出立の準備を整えた若者が明るく返事を返す。
いよいよこの男と別れなければならないと思うと、私は不覚にも胸に微かな息苦しさを覚えた。
「じゃあ・・・いつかまた会おう、エルダ」
初めてこの洞窟にやってきた時と同じように鉄兜と剣のない腰巻を身に着けると、彼はそれだけを私に言い残して洞窟の外へと消えていった。

川に落ちてから大分流されてしまったのが幸いしたのか、意外にも岩山を抜けるのにそう時間はかからなかった。
そして突如目の前に開けた景色に、思わずじっと見とれてしまう。
小さな村を覆うようにして青々と広がる森の周囲を、壮大な山脈が取り囲んでいる。
正に秘境といった感じのその景観を、俺は岩山の中腹から見下ろしていた。
3週間ぶりに暖かい宿のベッドで寝られるかと思うと、エルダには悪いが少し気分が軽くなってしまう。
俺は逸る気持ちを抑えながら森へと続く坂道を一気に駆け下りると、村の方向へ向かって足早に歩き続けた。

「なんだ、大して険しい森でもないじゃないか」
上から見下ろした時には深い森のように感じたものの、実際には厚い葉を茂らせた木々が疎らに生えているといった程度の開けた森だったようで、木々の間からでもその村はすぐに見つかった。
ポツンポツンと点在する民家からは村人達がせわしなく行き来していて、意外と活気のある村のように見える。
俺はとりあえず村の隅にあった小さな民宿を見つけると、体を休めるために門戸を叩いた。
ガラッという音とともに入り口の扉が開き、シワの寄った老婆が姿を見せる。
「お客さんかね?」
「ああ、そうだ。何日か泊めてもらいたいんだが・・・」
「構わんよ。入りなされ」
俺の身なりを見てただの旅人ではないと思ったのか、老婆はジロジロと俺を見つめながらも家の中へと入れてくれた。
もっとも、俺の目には老婆がどこか微かな希望を求めているように見えたのだが。

「あんた、あの険しい岩山を越えてきなすったのかね?」
「まあそんなところだ。途中でいろいろとあったけれどね・・・」
俺を宿泊用の部屋に案内しながら、老婆が話を続ける。
「この村はちょっとした問題を抱えておってな・・・あまりお客さんに構ってやることができんでの・・・」
「問題って?」
「月に1度・・・どこかの山に棲んでいる恐ろしいドラゴンが、村から若い娘を生贄として取っていくのじゃ」
山に棲むドラゴン・・・?
俺は一瞬エルダのことを脳裏に思い浮かべたものの、すぐにそれを振り払った。
まさか、そんなことがあるはずがない。きっとこの辺りの山には他にもドラゴンが棲んでいるのだ。

「そのドラゴンっていうのは、一体どんな奴なんだ?」
「さあ・・・実の所、この村にはそのドラゴンの姿を見たという者はもういないのじゃ。何分古い話での・・・」
そうこうしているうちにようやく宿泊用の部屋に辿り着くと、俺は部屋の隅においてあった小さいながらも暖かそうなベッドに顔をほころばせた。
そのベッドにドスンと腰掛け、老婆に話の先を続けるように促す。
「続けてくれ。実は俺、ドラゴンを殺す仕事に就いているんだ。もしかしたら、村の役に立てるかもしれない」
「なんですと!?そ、それはありがたい」
驚きに見開かれた老婆の目を見つめながら、俺はそのドラゴンがエルダでないことを心の内で切に願っていた。

「それで、今度はいつ生贄を出すんだ?」
人里を荒らしているドラゴンといえば大抵が家畜や農作物を荒らしたり、生贄を要求する奴がほとんどだ。
これまでいくつも似たような依頼を受けてきた俺にしてみれば、こんな会話はもはや珍しいことではなかった。
「最後に出したのは3週間前、よく晴れた日の前夜でしたの・・・ですからもう、10日もありませんでな・・・」
3週間前のよく晴れた日といえば、俺があの岩山に登ってエルダと初めて遭った日じゃないか。
じゃあ俺を助けてくれたあの日、エルダはこの村の娘を・・・いや、違う・・・彼女じゃない・・・!
胸の内に去来するエルダに対する疑惑とそれを否定する心が、激しい葛藤を繰り広げていた。
「わかった・・・いつもはどうやってドラゴンに生贄を?」
「ドラゴンは月毎に住み処を変えているようで、毎年同じ月に同じ場所へと生贄を送っております」
なるほど・・・恐らくそのドラゴンは、長い間同じ所に棲まないことで人間達から突然襲われるのを避けているのだろう。

「それなら今月は・・・どこへ生贄をやることになってるんだ?」
「今月は確か・・・東の岩山の洞窟だったと記憶しております」
「そんな馬鹿な!」
それを聞いた瞬間、俺は老婆が驚くのも構わずに大声で叫んでいた。
「い、一体どうなされたのじゃ?」
「あ、いや・・・何でもない。村人達に剣を鍛えてもらってくれ。生贄を送る日、洞窟へは俺が代わりにいくよ」
俺がそう言うと、老婆は軽く頷いて部屋から出ていった。
まだ、エルダだと決まったわけじゃない。
きっと他のドラゴンが・・・そうだ、そうに決まってる・・・
俺はベッドの上にゴロンと寝転がると、赤い鱗を纏ったエルダの顔を思い起こしていた。
宝石のように美しく輝く蒼い瞳、とても威厳と自尊心に染まりきったドラゴンとは思えぬ可愛げな寝姿・・・
そして何より俺に向けて注いでくれたあの心休まる優しさが、全て偽りだったとでもいうのだろうか・・・?
そんなことを考えながら目を閉じているうちに、俺はいつしか深い眠りに落ちていった。

やきもきした気持ちで過ごした9日間は、俺の人生で最も長い一時となった。
次の生贄となる難を逃れた娘が俺へのお礼のために民宿を訪れ、鍛冶屋が新しい剣の試作品を持ってくる度に、俺は激しい不安とともに居た堪れない気持ちになっていった。
もし今夜あの洞窟でエルダと会ってしまったら・・・俺は、彼女を殺せるのだろうか・・・?
それとも、やはり全く別のドラゴンが住み処を移動したエルダの代わりにあそこで待ち受けているのだろうか?
西へ西へと傾いていく太陽を見つめながら部屋のベッドに腰掛けていると、鍛冶屋がいよいよ叩き上がった剣を、もしかしたら愛する者を永遠の眠りにつけることになってしまうかもしれないその白刃を、俺のもとへと持ってきた。
「・・・本当に、あの岩山に行きなさるのかい?」
「ああ・・・誰かが・・・いや、これはきっと、俺が行かなければならないことなんだ・・・」
その言葉の意味を汲み取ることができなかったのか老婆が首を傾げたが、俺はそれ以上は何も言わずにそっと民宿を後にした。
村の広場で、大勢の村人達が俺の出発を大いに囃し立てている。
いつもなら笑顔の1つも見せて彼らに手でも振ってやるところなのだが、俺は終ぞそんな気分になることはできなかった。
「明日の朝になったら、私らぁ洞窟まで様子を見に行きますよ!」
「頑張ってくだされ!」
次々と浴びせられる声援に背を押されながら、俺は稜線の向こうに沈みかけた太陽を背負って森の小道を歩き始めていた。

長い森を抜けて岩山の中へと入る頃、すでに辺りには暗い闇が満ち始めていた。
そう言えば、俺はこの山の中を夜に歩いたことがない。
昼と夜の景色は、それが自然を色濃く残している場所ほど違って見えるものだ。
最後に通ってからまだ10日と経っていないはずの道が、まるで初めて来た道のようにその印象を変えている。
心に重くのしかかる不安と戦いながら、俺は真っ暗な山道を1歩1歩例の洞窟へ向かって進み続けた。
やがて山の奥にぽっかりと口を開けた洞窟が見えてくると、心臓がドクンドクンと激しく暴れ始める。
俺はドラゴンに会うことを恐れているのだろうか・・・?
いや違う。俺はエルダに会うことを・・・会ってしまうことを心から恐れているのだ。

果たして、俺は腰から剣を抜くとそっと足音を殺して漆黒の闇に包まれた洞窟の中へと足を踏み入れた。
一面を覆った黒の中に、ポツンと輝く蒼い2つの光・・・
「ああ、そんな・・・エルダ・・・どうして・・・・・・」
「お、お前は・・・」
闇の中で俺の姿を認めたのか、エルダが驚きを隠せないといった様子で声を漏らした。
だが俺が手にしていた真新しい剣へと視線を移すと、エルダの声が悲しげなものへと変わる。
「そうか・・・私を・・・殺しに来たのだな・・・」
カラァン・・・
取り落とした剣が鳴り響く音とともに、深い絶望が俺の頭の中を塗り潰していた。
以前と変わらぬ穏やかな声、優しげな光を放つ2つの瞳・・・
だが彼女は、紛れもなく村の娘達を生贄としてその身の糧としていたのだ。

「だめだよ・・・俺・・・エルダとは戦えない・・・」
「私もだ・・・今更お前を殺すことなど、私にはできぬ・・・」
その言葉にまるで吸い寄せられるようにして、俺は静かに地面に蹲るエルダのもとへと近づいていった。
そしてゴツゴツとした鱗に覆われた大きな腕にすがるようにして、地面の上に崩れ落ちる。
「それなら、俺と一緒にどこかへ逃げよう・・・エルダ・・・」
「それはできぬ・・・この山々は数百年も前から私が治めている土地なのだ。それに・・・」
「頼むよ・・・明日の朝になれば、村人達が様子を見にここへやってくるんだ・・・」
だが俺のその言葉にも、エルダは特に表情を変えることはなかった。
そして静かに俺の耳元へと口を寄せ、まるでそよ風のように低い声でそっと囁く。
「では・・・明日の朝まで時間はあるのだな・・・?」
「え・・・?」
思わずそう聞き返しはしたものの、俺はぷっくりと膨れた腹を上にして地面に寝そべった彼女の様子に隠された意図を読み取った。
そして身につけていた鎧と兜を地面に脱ぎ捨て、プルプルと震えるあの柔らかな腹の上へと攀じ登る。
「これが・・・お前と過ごす最後の夜になるのだろうな・・・」
力なく発せられたエルダの声を耳にして、俺は自らの肉棒を花開いたエルダの中へと勢いよく突き入れていた。

1匹の竜と1人の人間の間に芽生えた愛を確かめ合うように、切ない悲しみを伴った行為は朝まで続いた。
やがて山の向こうから朝日が小さく顔を出し、洞窟の中にも薄明かりが差し込み始める。
「エルダ・・・俺・・・一体どうしたら・・・」
「私を殺すがいい・・・それしか、お互いに残された道はないのだろう?」
「無理だよ・・・俺にはそんなこと・・・」
だがエルダは半ば無理矢理に俺の体をその身から引き離すと、地面に落ちたままになっていた剣を指し示した。
「竜と竜殺しが愛し合うことなど、所詮は儚い夢だったのだ・・・さあ早く・・・その剣で私を貫くがいい」
洞窟に近づいてくる村人達の気配を感じ取ったのか、エルダが半ば焦燥を滲ませて声を絞り出す。
その声に操られるようにして、俺は力なく地面に落ちていた剣を拾い上げた。
「エ、エルダ・・・」
「さあ、やるのだ・・・お前に殺されるのならば、長かった生涯の幕引きとしては悪くない・・・」
そう言って、エルダが自らの腹を俺の前に曝け出す。
「早く、村の人間達が来る前に・・・さあ、やらぬか!」
「う、うぅ・・・うわああああああああっ!」
いよいよ進退窮まって、俺は大声で泣き喚きながら手にした剣を振り降ろしていた。

「おい、一体どうなったんだ・・・?」
「さあ・・・お前、様子見てこいよ」
「ば、馬鹿言うなよ」
すっかりと明るくなった快晴の空の下、洞窟の前では幾人もの村人達が集まっては外から洞窟の中の様子を恐る恐る窺っていた。
とそこへ、洞窟の暗がりの中からあの若者が姿を現す。
村人達の間に一瞬ざわめきが走り、1人の初老の男が若者に駆け寄った。
「あの・・・ド、ドラゴンは・・・?」
「・・・洞窟の中を見てくるといい・・・」
弱々しく呟かれたその一言に押され、若者に声をかけた男が洞窟の中へと入っていく。
そしてしばらくすると、彼は大声を上げて外にいた村人達へドラゴンの死を伝えていた。

「あ、ありがとうございますだ・・・あなたは村の恩人だ」
「どうかこれを・・・私達からの心からのお礼ですわ」
村長とともに生贄にならずに済んだ若い娘が現れると、彼女は金貨の詰まった袋を俺の前へと差し出した。
だが、この金を受け取るわけにはいかない。
俺は結局、愛する者の命を救うことができなかったのだから・・・
「金は要らない・・・その代わり明日になったら、その金であのドラゴンの為に立派な墓を建ててやってくれ」
「え・・・?」
「それが仮にも数百年間この山々を治めてきた主への、せめてもの礼儀だ・・・」
それを聞いて、娘が戸惑いながらも大きく頷く。
「は、はい」
そうして終始何事もなかったかのように平然と振舞っていた俺だったが、村人達を率いて村へと戻る途中、俺はともすれば零れ落ちそうになる涙を必死で堪え続けていた。

その日の夜、村では盛大な祝いの宴が開かれていた。
ドラゴンという脅威の去った村人達が皆一様に浮かれ騒ぎ、憂いなき美酒の味に酔っている。
当然のように俺も幾度となく酔った村人達から酒を勧められはしたものの、俺はその度に苦笑いを浮かべながら彼らの杯を断った。
「悪い、ちょっと出てくるよ」
やがて酔いつぶれた男達が1人、また1人と深い眠りに落ちていったのを確認すると、俺は用足しだと偽って宴の席を抜け出した。
そのまま明るい笑い声の絶えない村を誰にも気付かれぬようにそっと離れ、闇に落ちた森の中へと入っていく。
そして昨日も通った暗い山道を歩き続けてしばらくすると、俺はいつしかエルダの棲んでいたあの洞窟の前に立っていた。
いつもと変わらぬ静かな洞窟の様子に胸を撫で下ろし、ぽっかりと口を開けたエルダの住み処へと足を踏み入れていく。
朧雲に隠れた月から投げかけられている淡い明かりが、洞窟の奥の壁に凭れるようにして息絶えているエルダの姿を浮かび上がらせた。

「エルダ・・・」
腹の真ん中に深々と突き刺さった剣が、今もそのままに残っている。
傷口から流れ出した血が深紅の模様を描いて腹の上を流れ落ち、岩の地面の上に静かに血溜まりを作っていた。
ドラゴンスレイヤーという職に就きながら初めて心を通わせられたドラゴンの無残な姿に、まるで胸が引き裂かれるかのような深い悲しみが込み上げてくる。
俺はエルダの亡骸から強引に視線を外すと、洞窟の隅にあった枯れ枝の山を崩し始めた。
枯れた細枝以外にも砂や枯れ葉とともに堆く積み上げられたその黒い山から、やがて1つの小さな白い球体が姿を見せる。
美しい乳白色に輝くそれを目にした瞬間、俺はエルダの最期を頭の中に思い起こしていた。


「う、うぅ・・・うわああああああああっ!」
ドシュッ!
「グ・・・ウグ・・・・・・」
勢いよく振り下ろされた俺の剣先は柔らかなエルダの腹をいとも容易く突き破ると、その奥に隠されていた彼女の命の源、力強い脈動に戦慄く心臓を真っ直ぐに刺し貫いていた。
苦しげな呻き声とともにエルダの巨大な口の端から鮮血が滴り落ち、彼女の蒼い瞳に悲しげな満足感が光を灯す。
「エ、エルダ・・・俺・・・」
堪え切れなくなった涙が俺の目からポロポロと零れ落ち、エルダの傷口から噴き出した赤い飛沫に混じって腹の上を流れ落ちていった。
「フ、フフ・・・何故、お前が泣くのだ・・・?お、大物を仕留めたのだぞ・・・少しはわ、笑うがいい・・・」
「ああ、許してくれエルダ・・・俺が・・・俺がこの手で、あんたを殺すことになるなんて・・・」
「お前は自分の役目を果たしたのだろう?そして、私は私の役目を終える・・・ただ、それだけのことだ・・・」
ブルブルと震えるエルダの手が持ち上げられ、傍らで泣きじゃくる俺の頭をそっと撫でていく。
「1つ・・・私の願いを聞いてくれぬか・・・?」
「ああ、もちろんだ・・・何でも言ってくれ」
もはや目を開けていることもできなくなったのか、2度と開くことのないエルダの蒼い瞳が瞼の裏へと姿を隠す。
そして彼女の口から、人間に対しての最初で最後の願い事が静かに囁かれ始めた。

「そこの壁の隅に・・・先日私が産み落としたばかりの卵が隠してある・・・」
「卵?」
「私と・・・お前との間に産まれた子だ」
続いて聞こえてきたエルダの言葉に、俺は自分の耳を疑った。
「お、俺の・・・俺とあんたの子供だって・・・?」
「そうだ・・・あの子を私の代わりに・・・お前に育てて欲しいのだ」
死に際の苦痛に顔を歪めながら、エルダがか細い声を絞り出す。
「そしてできるなら・・・あ、あの子にも、私と同じ名をつけてやってくれ・・・」
「ああ、わかった・・・わかったよ・・・きっと立派に育ててみせる」
「フフフ・・・そう・・・か・・・・・・礼を・・・いう・・・ぞ・・・」
その言葉を最後に彼女の体から魂の欠片が抜け出すと、静かに天という名の虚空へと消えていった。
「う、ううぅ・・・・・・エルダ・・・」
俺は洞窟の外に村人達のざわめきが聞こえ始めるまで、少しずつ冷たくなり始めたエルダの腹の上に突っ伏して泣き続けていた。


ゴソゴソと地面から掘り出した彼女の卵を手にすると、俺はエルダの亡骸へと切ない視線を戻した。
最後まで苦しげだった彼女の顔が、独りこちらに取り残された俺の胸を深々と抉っていく。
「エルダ・・・俺はドラゴンスレイヤーを辞めるよ。この子を無事に育てることが、これからの俺の生き甲斐だ」
そう言いながら、すっかり冷たくなったエルダのそばへヨロヨロと近づいていく。
「だからさ・・・せめて最後に・・・またあの笑顔を見せてくれよ・・・・・・」
不意にぶり返した悲しみの涙を抑えることができず、俺は彼女の大きな顎にそっと頬を擦りつけた。
そして乱暴に涙を拭い、洞窟の外へと重い足取りの先を向ける。
だがその瞬間、月を覆い隠していた黒雲の切れ間から銀色に輝く月光がサーッと降り注いだ。
その光が洞窟の壁に乱反射して、明るい煌きがエルダの顔を照らし出す。
突然のことに反射的に背後を振り返ってみると、さっきまで苦痛に歪められていたはずのエルダの顔にあの優しげな笑みが浮かべられていた。
「ありがとう、エルダ・・・」

その日を最後に、彼はドラゴンの卵を手にしたまま世の人々の前から姿を消した。
大いなる山の主たる赤い鱗を纏ったドラゴンは英雄の残した言葉通り村人達によって手厚く葬られ、その岩山の頂上には今もドラゴンを倒した一振りの剣が厳かに祭られている。
村の人々は突然に姿を消してしまった竜殺しの若者を必死になって探したものの、ついに最後までその足取りを掴むことはできなかったという。
だが愛する者の死という悲しみを乗り越えた元ドラゴンスレイヤーの若者は、無事に産声を上げた小さなエルダとともにきっと今もどこかで幸せな日々を送っているのに違いない。



感想

  • 泣いた -- 名無し (2007-12-27 00:22:57)
  • 心から泣いた -- 名無し (2009-11-16 17:47:53)
  • 泣いた -- 名無し (2011-08-03 06:36:07)
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