エルアール

    

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空を飛んでいるドラゴンを、人は、神の使いとして憧れと尊敬の目で見つめる。
中には、悪の根源のようにドラゴンを憎んでにらみあげている者もいたが、
どちらにも共通していえることは、何故神の使いなのか、何故悪の根源なのか、
確固たる証拠を持っていないことだった。

二匹のドラゴンは、少々平和ボケしていたのかもしれない。
相変わらずのどかな空を滑空する二匹のドラゴンは、
人間たちが打ち出した鋼鉄の網にまんまと引っかかった。
互いに動転して、思い思いの方向に逃げようとしたため、
網が複雑に絡まって、二匹は地面へと落ちた。
地面に着いたら人間の占めたもの、
飴に群がるアリよろしく、ドラゴンにわっとたかり込んで、あっという間に縛り上げてしまった。



「ねぇ、エル。私たち、何とかならないのかしら…。」
薄緑の肌を持ったドラゴンが、強い藍色が栄えるドラゴンに話しかけている。
二匹とも、両腕両脚を鎖でつながれ、さらに体の上から何重にも鎖を掛けられ、
地面にくいで打ちつけられている。
自慢の翼も、これでは全く動かすことができない。
「アール殿、何とかならないのかと申されても、こちらとて自由の効かない身…。
残念だが、どうすることもできん…。」
「ええ、じゃあ私たち、もう助からないの?」
アールと呼ばれた薄緑のドラゴンは体中を震わせ、鎖を鳴らした。

「おい!ガチャガチャうるさいぞ!」
二匹の前で、番をしていた兵が振り向いて怒鳴った。
「何よ。人間の分際で!」
アールはそういって、兵に向かって思いっきり「い~っ!」と声を出して威嚇した。
「アール殿…。」
エルは腕で額を押さえようとしたが、鎖でその腕は阻まれた。
押さえられなかった代わりに、やれやれといった表情で空を仰ぐ。

「お前たちは、これから王に謁見するのだ。
粗相のないように。
機嫌を損ねてしまったら、お前たちにとって最も最悪な道をたどる事になるぞ。」
兵がそう言った。
「今だって、十分最悪よ。馬鹿!」
「アール殿、少し黙っていてはくれぬか。
…頭が痛くなる。」
エルがそういった途端、怒りの矛先はエルへと変わった。
「なによ、結局だらしないじゃない!私がこんな目にあっているのに、
エルは助けられないじゃないの!」
その後も延々と小言を続ける。
「ううむ…。」
黙らせるつもりが、余計な火をくべてしまったと、エルは後悔した。

「ほら、お前たち、王が来たぞ。静かにするんだ!」
二人の前にあった門がゆっくりと開き、一行が中へと入ってきた。
たくさんの兵隊とともに、1台の馬車が入ってくる。
「あそこから頭出したら、噛み付いてやるんだから…。」
アールがそう毒づいたので、エルは「しっ。」と口を鳴らした。
馬車が二人の目の前で止まり、兵隊がそのドアを開ける。
中から降りてきたのは、えらく太った中年の男だった。
くるくるカールの白髪で、ひげも髪の毛に負けじとカールしている。
「まるで、かつらの乗った樽だわ…。」
アールがそうエルにささやいた。
まさにそのとおりだったので、エルは不覚にも噴出してしまった。
「聞こえておるぞ?」
樽がそう口を開いた。
「あ、あら、…ごめんなさいな。」
アールが気を取り直したように謝った。
「…して、こちらがこの国の王、5代目ピール王である。」
樽に紹介されて、馬車からもう一人降りてきた。
「え、ええと、5歳のピール王?」
アールが目を瞬かせた。
降りてきたのはなんと、馬車の階段も満足に下りられないほど小さな子供だった。
「ちがうよ、僕9歳だもん。」
「こら、ドラゴン、変なことを申すでない。」
樽が怒っている。

「えーと、僕を背中に乗せてくれるってほんと?」
子供は、樽の後ろに隠れながらドラゴンにそう聞いた。
「背中に乗せるとは?」
エルは、樽に向かって質問の補足を求めた。
「ピール王は、空に焦がれておる。
一度でいいから、空を飛びたいと申しておる。
そこで、お前らの出番なのだ。
背中に乗せて飛んでくれれば、開放しよう。」
アールは、その言葉を聴いて急に怒り出した。
「ちょ、ちょっと!もしかして、私たちが捕まえられたのって…、
そのがきんちょを背中に乗せて飛ぶためだったの!?」
「いかにも…。」
樽はうなずいた。
「絶対いやよ!頼むにも手順てものがあるじゃない。
礼儀を持って頼んでくれたら断らないでもないけど、
こんな手荒な方法で捕まえられて、了承なんて、ほんとに思っているの?」

樽は、こほんとせきをした。
「お前らは、聖域の向こう側に住んでいる。
頼もうにも、私たちの踏み入ることのできない場所だ。
空を飛んでいるお前らを打ち落とす以外に、どう頼む方法があるのかな?」
「…では私たちが王を背中に乗せたまま、聖域に帰ってしまう可能性を、
考えてはいないのか?」
樽は首を横に振った。
「お前らは、曲がりなりにも崇高な生き物だ。
そんな馬鹿な真似などできまい。
なに、王が楽しまれたなら、それなりの褒美を取らせよう。」
アールが、ぐっと首を乗り出した。
「褒美って?」
「お前の首サイズの金のネックレスでも、職人に作らせよう。
見た感じ、お前は宝飾が好きそうだからな。」
樽がそうアールに説明した。
「ネックレスくれるの!しかも金ですって!?
やだ、どうしよう。」
ぬか喜びしているアールを無視するように、樽がエルに振り返った。
「そっちの青いのは何がいい?お前なら…本か?」
エルは、青いのと呼ばれたことに「藍色だ!青よりも深い、深海をたたえる色だ!」と、
訂正したい小さな苛立ちを覚えたが、そんなそぶりは露も見せなかった。
「うむ、では私がほしい物を300冊ほどいただこうか。」
「よろしい。決まりだな。」

兵が鎖を解き放つ。
アールは、頭の中がネックレスで一杯になっていた。
自分が崇高かどうかは分からないが、ネックレスをくれるなら、
がきんちょを背中に乗せて、安全飛行をするなどたやすい願いだ。
樽は、王に向き直ると、抱き上げた。
アールに乗せようとしたが、直前で王が嫌がったため、
王はエルの背中に乗ることとなった。
正確には、エルの耳を王がつかんで、後頭部に馬乗りになる形だった。
「アール殿は、私の横を何も乗せないで飛ぶだけでネックレスがもらえるという。
ううむ、如何せん納得が…。」
アールは背中に誰も乗っていないので、これでもかとアクロバディックな飛行をしながら、
エルの周りを飛び回る。

「ねぇ、聖域に行きたい。」
王が、エルの耳元で叫んだ。
「ピール殿、そう叫ばなくとも聞こえるぞ。耳が痛い。」
「あ、ごめん。」
「いやいや。…しかし、聖域は人間の入れない地ゆえ、ピール殿を連れて行くわけには行くまい。」
「ええ、行きたい!」
王は、そういってエルの耳を思いっきり引っ張った。
「あいたた!これっ!ピール殿っ!」
「行こうよ、聖域に。」
アールが、無責任な口調でそう言った。
「アール殿は、知っていてそう申すのか?
聖域とこちらでは、次元が違うゆえ、並の人間ではその気圧の差で膨れ死んでしまうのですぞ?
ピール殿も、風船のように膨らんで破裂したいとは思っておりますまい。」
エルは、王が納得行かない顔をしながら、延々耳を引っ張るのに耐えていた。

「全く、人間というものもどこまで風習を大切にするのやら…。」
こんな幼い子供まで、継承という風習次第で何千何万の上に立てると言うのだ。
エルは、愚痴をこぼした後頭を振るのが癖だったので、危うく王を振り落とすところだった。
首を左右に振られて、振り落とされそうになったこと意外は実に順調な飛行だった。
兵たちが空を見上げながら、鎧の隙間から少々うらやましそうな顔を覗かせている。
ご満悦で降りてきた王を見て、樽も幾分か調子が上向いたようだ。
アールサイズのネックレスは出来上がるのに、時間が掛かるというので、
300冊の本を選び取るエルが帰るとき一緒に持ち帰るということで、二人は別れた。



あれから3ヶ月程経つというのに、ネックレスは届かない。
ついでにエルも帰ってこない。
エルが帰ってこないことに関しては、そんなに心配はなかったが、
ネックレスが届かないことに関しては一大事だった。

アールはいてもたってもいられなくなって、聖域から外へと出た。
王国の近くを堂々と飛行したら、多少の騒ぎになることは心得ていたため、
地面に降り立つと、どしどしと歩いて王国へと入っていった。
エルがいたなら速やかに止めたであろうが、今日はある一人である。
目も口も皿のようにあんぐりとした人間達にかまわず、アールは城へと直行した。
「ちょっと、門開けてほしいんだけど?」
アールの言い知れない気配で、速やかに閉まってしまった門に対して、アールが話しかけた。
しばらく経っても返事がないので、アールはばさっと翼を一なびかせして、
揚々と城の塀を乗り越えた。

「ちょっと、ネックレスどうなったのよ。」
剣を構えて震えている兵に向かって、アールはそう聞いた。
城の奥から、めがねを掛けたエルが走って出てきた。
「アール殿!ちょっと、こんなまねをするなど、慎みが足りないですぞ?」
アールはエルの姿を見ると、腕を腰に当てて怒りをあらわにした。
「ネックレス!」
そう一言だけ怒鳴った。
「アール殿…。」
エルは、後ろ頭をかいて心底困り果てていた。

「全く、本ばっかり読んで、持ってくるの忘れたんでしょ!」
エルの持っていた本を取り上げて、空中で何回か振り回した。
「ああ、ああ…。アール殿っ!それ、それ!」
必死に取り戻そうとするが、アールのほうがちょっとだけ動きが早く、
どうしても本を取り返すことができない。
アールの手が案の定滑って、本が空中で飛散する。
「あ~っ!」
エルは断末魔のような声を上げながら、空中を蝶々のように舞い飛ぶページを追いかけていった。
きっとした顔で、兵士に振り返る。
「ネックレス、出来ているんでしょうね!?」
「は、はい!後は、エル殿が持ち帰るだけでした!」
「全く、エルったら。…どうせ、本を選ぶついでに、
この国の本を全部読み漁ろうって魂胆だったんでしょ。
で、ネックレス、どこあるのよ?案内して。」

大きな広間に案内されると、そこにネックレスが飾ってあった。
一粒一粒が数珠繋ぎになっており、バラの彫刻が施してある。
「あらぁ!素敵!ちょっと、ただのネックレスじゃないなんて、
あんたたちもやるじゃない!」
アールは、城が揺れんばかりにはしゃいだ。
「…でも、ちょっと大きいわね。そういえば、首の寸法も測らせていなかったし、
仕方ないのかしら。
ねぇ、じゃあ、この余った部分でイヤーカフ作ってもらえるかしら。
イヤリングもいいんだけど、耳元でチャラチャラ音が鳴るのはいやなのよ。」
アールが兵に向かって注文しているところに、この前の樽が入ってきた。
「では、ドラゴン殿。また、王を乗せてもらえるかな?」
「頼んだもの作ってもらえるなら乗せるわ。」
アールがのんびりと暮らしていた3ヶ月の間、エルは本を読む合間に王を乗せていたのだ。

エルは、本のページをとりに行ったっきり戻ってこない。
かくして王は、いつも乗っているエルの代わりに、ちょっとピーピーうるさい別のドラゴンに乗る羽目になった。
頭の中が、イヤーカフでいっぱいになっていたアールは、
そのうれしい気持ちが赴くまま、頭の上で王が叫び倒しているのにも気付かずに、
王が振り落とされるたびに、空中でキャッチするようなアクロバティックな飛行を続けた。

アールが戻ってくると、その上には恐怖と名のついた置物が乗っていた。
叫んだ顔のままカチカチに固まって気絶している。
「い、いったい何をされた!?」
樽が駆け寄って王を介抱している。
「何をしたって…、空を飛んだだけよ。」
「ああ、ピール王…。なんて惨い!」
ピール王の顔を見ながら、樽が嘆いた。
「ええい、もう良いわ!
イヤーカフは作ってやるから、エル殿を呼んで来い!」
樽がその腹と顔を、ぶよぶよ揺らせながら怒っている。
なんとなく気分を害したアールは、返事もせずに飛び去った。
「全く…。同じドラゴンでもああも違うとは…。
やはり、どの世の中でも女は堕落するものか…。」
樽は、自分の身に起こった昔の不幸を思い出しながら、さめざめと嘆いた。

風の吹く方向へとしばらく飛んでいると、辺りをキョロキョロ見回しながら、
飛んでいるエルが見えてきた。
「ちょっと、エル!何しているのよ。」
アールがエルのとなりまで回り込む。
「ああ、アール殿…。どうしても153ページと154ページの1枚が見つからん…。」
「元からなかったんじゃないの?」
アールのぶっきらぼうな答えに、
エルが、目を細めながら言った。
「そんなことあるわけがない!このように貴重な本が落丁しているなど…、断じて!」
アールは、エルのあまり見たことがない勢いに驚いた。
「わ、分かったわよ。一緒に探しましょう…。」

結局、夜まで探しても見つからず、エルはがっくりうなだれて城へと戻った。
「おお、エル殿。帰りが遅くて心配しましたぞ。
エル殿がいないものだから、こやつがひと悶着起こしましてな。
全く、こうも役に立たないとは…。」
もう少しで、怒鳴ろうと息を吸ったアールの肩を、ぽんとエルが叩いた。
アールが振り向くと、しなびた枯れ木のような顔をしたエルがそこにいる。
なんだか、怒りを完全に吸い取られてしまった。
「全く…。」
アールは、その言葉だけをやっと搾り出した。

「して…、エル殿。何をそんなにしょげていらっしゃる?」
樽がエルを心配している。
「実は…、この本のページがどうしても見つからず…。」
「そのページがなくても、文意は繋がるのではないですかな?
そして、右の図や左の図がないのでは?」
エルは、152ページと155ページを読み比べた。
「た、確かに、図のページがない。な、何故分かる?」
「王も国の図書館は利用する。
最近は、好きなページを勝手に破いて持ってきてしまうのだ。」
「ページを飛ばされた後、帰ってこないからまさかと思ったのだ。
ほら、これを。」
樽は、そういうと20枚ばかりの紙を取り出した。
「私どもでは、どれがどの本のページが分からなくなってしまってな。
こうして持っている以外に法がなかったのだよ。
足りないページは、エル殿がこの中から補填できるであろう。」

その紙を受け取って確かめてみると、
それらはどれもドラゴンの絵が書いてあるページばかりだった。
「ピール殿は、よほどドラゴンが好きと見える…。」
「ええ、それはもう…。
私どもが、ドラゴンを捕らえたと言う報告をした日のお喜びようといったら…。
エル殿にも見せたかった、ドラゴンをあそこまで好いておられるのだ。」
「そうか…。」
エルは、ドラゴンをそこまで好いてくれるピール王に対し、少しばかり好意を覚えた。

一方、エル、エルと、自分の名前が全く出てこない会話に嫌気がさしたアールは、
いつの間にかネックレスの部屋で、
ネックレスを分解して、頼まれたイヤーカフを作ってくれている職人を口説いていた。
「ねぇ、職人さん。私のところに来ない?
私のためにいいもの作ってくれたら、
毎日いい事してあげる。」
職人は、顔を真っ赤にしながら、大きなネックレスの珠を叩いて削っている。
その赤が、仕事の真剣さから来るのか、ドラゴンのくどき文句で高揚したのかは定かでない。
「聖域の向こうにはいけない…。」
職人はやっとそれだけ言うと、仕事に専念した。
「そうよねぇ。残念よねぇ。
こっちに来れたら、あんなことにこんなことに…知らないことまで、いろいろしてあげられるのに…。」
職人は、ハンマーを打ち下ろし間違えて、自分の指をしたたかと叩いた。
「あいだぁっ!」
アールが笑っている。笑いながら、自分よりずっと小さな人間の指をその腕で撫でた。
「あら、変なこと言い過ぎちゃったかしら。
冗談よ。私のために、いいもの作って頂戴ね。」
アールは、この純な職人をからかっているだけなのだ。



「どぉ、どぉ、似合う?」
300冊の本と言うかさばる荷物を風呂敷に包んでエルが飛んでいる。
少々動きが鈍くなったエルの前を、
金のネックレスとイヤーカフを見せつけながら、アールがくるくると飛び回る。
「ううむ、アール殿…。
きれいなのは分かったが、ちょっと落ち着いて飛行してくれぬか。
気を抜いたら本をこぼしてしまう。」
アールは、あまりほめてくれないエルにむかって膨れた顔をして見せた。
もし、本をこぼしてしまったら余計ほめてくれなくなると思ったので、
しぶしぶ飛行速度を緩めた。
聖域突入の衝撃で、風呂敷から本がこぼれそうになった以外、実に順調な飛行だった。

「見て、見て、エル!」
首に掛けたネックレスを両手でエルにかざしながら、アールがはしゃぐ。
「うん?ああ…、アール殿、きれいですぞ。」
着いて早々本を読み始めたエルは、エルがそう聞くと、
一瞬だけ本から目を離し、またすぐに視線を戻した。
わずかな間の後、
「エルの馬鹿ぁ~っ!」
と言う轟音がとどろいた。
聖域に住む奇妙な形の鳥たちすべてが逃げ惑う。
一方、その轟音の発信源を耳元で放たれたエルは、目をまん丸に開けたまま固まっていた。
その手から、ぽとりと本が落ちる。

はっと気付いたときには、アールは目の前にいなかった。
代わりにあった光景は、轟音の衝撃波でばらばらに吹き飛んだ本の山。
「あぁ…。」
両手を前に突き出しながら、胸を突かれたような声を漏らす。
エルだって、こんなときどうしたらいいかは知っている。
吹き飛んだ本の山を名残惜しそうに見ながらも、エルはアールを探すために飛び立った。
「アール殿~。」
今までこんな大きな声を出したことがあっただろうか。
とにかく、自分のありったけの声を外へと押し出した。
どう叫んでも、先ほどのアールの轟音には届かなかったが…。

聖域全体を探すのは容易い事だった。
この大地を大きな正方形で切り取られたような場所で、
生き物が住むに必要な、山や森、湖と言った一通りのものはそろっている。
しかし、大陸を一瞬で舞うことが出来るドラゴンの翼の元では、どんなに広大な領域も、
ものの数十分で、探しつくすことが出来たのだ。

確認の意味も込めて3回は探したと言うのに、アールは見つからない。
まさか、自分の気配を察して逃げているのだろうか。
ネックレスを掛けて、喜んでいたアールを思い出して、
自分がどれほど冷たかったかを思い出した。
「ううむ…。」
エルは、唸る以外に法がなかった。

アールが嗚咽しながら、誰かと話している。
ここは、ネックレスが置いてあった城の中の部屋。
「えっ、えぐっ…。
そしたらエルったら、私をちらりと見ただけで、また本を読み出したの…。
ひどいわ。せっかくネックレスつけたって言うのに…。」
「はぁ。まぁ、でも…。」
相手は、ネックレスを作った職人のようだ。
「でも、エルさんの気持ちも分からないでもない…。
だって、そうじゃないですか。
アールさんがネックレスに夢中なのと同じように、
エルさんは本に夢中だったんですよ。」
「でも、せっかくエルのためにもっときれいになれたって思ったのに…。」
「アールさんは、エルさんのことが好きなんですか?」
アールは、率直な質問に少々うろたえた。
「え、そ、そんな…好きって聞かれると…。」
さっきまで泣いていたのがうそのように、赤らめた顔を職人から背けた。
「いや、エルさんは幸せですなぁ。」
「そ、そんなんじゃないってば!」
アールは、いつもエルにする強さで職人を叩いた。
もちろん、人間にとっては身に余る強さだったので、職人は防御も出来ないまま体全身にその衝撃を受けた。
ひゅーんと、音もなく空中を真っ直ぐに飛んでいき、
「ぐえっ!」
と壁に打ち付けられて、そのまま伸びてしまった。
変な声に気付いて、エルが振り返った。
目の前にいるはずの職人がいない。
視線を奥へと移すと、白目をむいて壁にへたり込んでいる職人。
「あ、やだっ!?
ちょ、ちょっと、大丈夫…!?」
アールは、職人に駆け寄って抱き上げた。
「ねぇ、起きてよぉ!
ちょっと力んじゃったのよぅ…。」
アールは、職人を揺すぶりながら懸命に話しかけたが、
その揺さぶりすら、職人にとっては地獄でしかなかった。



最近は、町の中をドラゴンが平然と歩く世の中になったのか。
ついこの前、王の部隊がドラゴンを捕らえたと言ううわさを耳にしてからと言うもの、
町の中をドラゴンが何度も練り歩いている。
「すまぬが、アール殿を見かけなかったか?」
突然、町の人たちにエルがそう聞いても、町の人たちはさほど驚かない。
しかし、アールが誰かを知らない町の人たちは、誰もが首を横に振るばかりだった。
探すことで頭がいっぱいになっていたエルは、アールが誰なのかを説明するのをすっかり忘れていたのだ。

最後の希望も打ち砕かれ、がっくりうな垂れるエル。
うな垂れたままとぼとぼ歩いて帰ろうとしていると、兵が城のほうから叫んだ。
「エル殿~!町人に何を聞いて回っているのです~?」
エルは、兵のところまで近づいて、アールの居場所を聞いた。
「エル殿。町人はアール殿が誰かを知っていませんよ?」
「ううむ、そうであったか…。
言われてみれば、町人に自己紹介をした覚えもない…。
…それで、アール殿は?」
「城にいますよ。」
そう聞くや否や、兵をなぎ倒さん勢いで城へと走っていった。

アールを探す一心でがむしゃらに城を走り回るエルに、
もう少しで緊急配備が引かれるところで、エルはアールを見つけた。
アールは病室で、伸びた職人の上からタオルで風を送っていた。
「ア、アール殿…!?」
「ああ、エル…。」
「いや、本当に済まなかった。
本にばかり目が行って、エル殿の気持ちなど露知らず…。」
「エル、そんなことより職人さんが重体なのよ。
悪いけど、人間に効きそうな聖域の薬草とって来てくれるかしら?」
アールは、相変わらずタオルで職人を仰ぎながら、エルにそういった。
どれだけ怒られるかと、覚悟していたエルは、
「…へっ?」
と情けない声を出した。
「いいから、とってきて。」
「う、うむ、分かった。」
エルはそういうと、首をかしげかしげ、城を後にした。



エルの持ってきてくれた次元の違う薬草のおかげで、
職人の傷は早く癒えたようだ。
アールは、気がついた職人に深く詫びを入れた。
「いえ、しょうがないですよ。自分だって、変なこと聞いた訳ですし…。」
職人はそういって笑った。
アールは、許してくれたことに対する感謝の意を表そうと、職人を抱きしめた。
職人は、また怪我するんじゃないかと強張ったが、
今度こそ、アールの力は弱められていた。
「人間って、こんなに繊細だから、美しいものを作れるのかしら…。」
職人の肩元で、アールがそう呟いた。
「そんなぁ、人間は何か身につけないと美しくならないから、
物を作ることが出来るんですよ。
アールさんは、その存在自体が美しいんですよ。」
この職人は本当に口がうまい。
アールは顔を赤らめ、またもや力加減を忘れて職人を叩いてしまった。
職人をベッドから思いっきり吹き飛ばしてしまったことに気付いたアールは、
本気で自分のコントロールのなさを嘆いた。
医者に出て行くようにどやされ、二匹は逃げるように城を後にした。

「アール殿、本当に済まなかった…。」
帰路の道中、エルがポツリと声を出した。
アールは、エルの少々前を飛行しているため表情が見えない。
しばらく沈黙が続いた。

「エル?」
「うむ…?」
「また、昔みたいに人間と仲良くできるかしらね。」
アールが振り向いた。
「近づくも人間、離れるも人間…。」
「なにそれ?」
エルは首を横に振った。
「いや、なんでもない。
また、仲良くできるでしょうぞ、エル殿。」
「やっぱりそう思う!?
ああ、人間っていいわねぇ。
今度は、ブレスレットを作ってもらおうっと…。」
脱力したエルは、危うく風呂敷を投下してしまうところだった。


END


感想

  • エルとアールのエロをいれた続編希望。 -- 竜好き (2009-06-04 22:21:32)
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