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砂塵舞う闘技場2

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匿名ユーザー

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翌日、朝早くから入り口の戸を叩く者があった。
いつも兄の仕事を手伝っている、あの初老の男だ。
名前は聞いたことはないが、私は彼と兄が親しくしているのを何度も見たことがあった。
「ローリア、いるか?」
「ええ、ちょっと待って・・・」
私は顔についていた涙の跡を素早く拭き取ると、努めて冷静を装って扉を開けた。
「ローリア、一体何があったんだ?アウルスが役人に引き立てられていくところを見たぞ」
「兄は濡れ衣を着せられたのよ。婚礼用だと偽って造らされた剣で皇帝の暗殺を企んだ人達がいて・・・」
「この前入った仕事のことか?」
力なく頷いた私を見て、男は憤りを露わにしていた。
「くそ、なんてことだ!・・・それで、お前は何か言われたのか?」
「あ、兄は死刑だって・・・ああ・・・私どうしたら・・・」
「死刑だと!?無実のアウルスを衆目の中でドラゴンに殺させる気か、あの悪魔め!」
改めて兄を待っている運命の恐ろしさを再確認させられ、私は男の胸に縋りついていた。
「ああ・・・」
「何か助ける方法はないのか?」
「方法があるなら私の方が聞きたいわ・・・でももう無理よ・・・刑の執行は明日なのよ」

それから数分の間、私達はお互いに押し黙っていた。
だがやがて、男が躊躇いがちに口を開く。
「1つだけ、アウルスを救う方法があるかも知れん」
「え・・・?」
「とても危険な方法だ。ともすればお前が命を落としかねん」
私は男の顔に、微かだが希望を見据える小さな光が宿っているのが見えた。
「兄を救えるなら何でもするわ。教えて!どうすれば兄を助けられるの?」
「お前が直接、アウルスの命を救ってくれるように頼むのだ」
「頼むって・・・一体誰に・・・?」
一瞬、沈黙が流れた。
続きを言ってもいいものかどうか迷っている男の様子に、私も救いを求めるべき相手に思い当たる。
「まさか・・・ドラゴンに・・・・・・?」
「・・・そうだ」
あのドラゴンのもとへと出向いて、兄を救ってくれるように頼む・・・?
その様子を想像しただけで、体中がブルッと震えてしまう。
「怖いのはわかっている・・・だがローリア、これはアウルスの妹であるお前にしかできないことなんだ」
先日見たカルドゥスの断末魔が脳裏に蘇り、私は恐怖に言葉を失ってその場にくず折れた。
その力の抜けた私の体を、男が優しく支えてくれる。
「やるとすれば今夜しかない。守衛の注意はワシが引く」
「・・・・・・わかったわ」
「では、日が暮れたらまた会おう」
男が出ていくと、私は緊張に胸を押さえながら着替えを用意して日が暮れるのをじっと待っていた。

もう間もなく日没かという頃合になって、私は入口の戸を叩く音に意識を振り向けた。
そして人目を忍ぶように扉を開け、男を家の中へと招き入れる。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか・・・」
「とにかく、そこへ座って・・・気持ちはできるだけ落ち着かせたほうがいい」
私は男に促されるままに木の椅子へと腰をかけると、暗い面持ちで俯いた。
「闘技場の皇族席と反対側、つまり西側の客席の下に、猛獣達を飼っている部屋があるはずだ」
「どうやってそこまで行くの?」
「南側に一般の観客は入ることのできない大きな入口がある。皇族や関係者だけが使っている入口だ」
コロシアムの周りの様子を思い浮かべながら、私は小さく頷いた。
それを見て、男が先を続ける。
「入口には常に守衛が1人ついているが、そこからコロシアムの中へ入ってしまえばもう邪魔者はいない」
「ドラゴンはどこかの部屋で檻に入っているのね?」
「それはワシにもわからん。人目を避けるために松明は使えないから、後は暗闇の中を手探りで行くしかない」
暗闇の中を手探りで・・・そのあまりの不安に声を失った私に、男が静かに声をかけてくる。
「ローリア、気を強く持て。もしドラゴンの前で弱気を見せれば、その場で殺されてしまうかも知れんのだぞ」
「ええ、分かってるわ・・・行きましょう」
すでに太陽は西の端に姿を隠し、空には眩いばかりの星座の群れが輝いている。
町の誰もが家の中に引き篭って家族の団欒を楽しんでいる頃、私と初老の男は兄を救うためにひっそりとコロシアムへ向かって歩き始めた。

夜の闇の中に沈んだコロシアムは、見るからに不気味な雰囲気を醸し出していた。
目印代わりに外周に添って掲げられた松明の灯かりがゆらゆらと揺れ、南の入口を守る守衛の姿を浮かび上がらせている。
「ワシがあの守衛を引き離したら、すぐに中に潜り込むんだぞ」
「分かったわ」
それだけ言って物陰から出ていった男の様子に、私はじっと聞き耳を立てていた。
男が道に迷った風を装ってコロシアムに近づき、入口に立っていた守衛に気さくな様子で話しかけている。
「やあご苦労様。昼間は汗だくだというのに、夜はめっきり冷えて困るな」
「どうかしたのか?」
手馴れた様子で、守衛が返事を返している。
こんな仕事をしていると、きっと浮浪者や酔っ払いの類によく声をかけられるのだろう。
「何、ちょっと酒が回って道に迷っちまってな。水が飲みたいんだが、近くの水飲み場まで案内してくれんか?」
「仕方ない爺さんだな・・・ついて来な。すぐそこだ」
一応辺りを見回して他に誰もいないことを確認すると、守衛は男と一緒に通りの向こうへと歩いていった。
そして2人が建物の陰に入って見えなくなったのを見計らって、素早く入口からコロシアムの中へと忍び込む。

月や星の明かりさえも入り込む余地のないコロシアムの回廊は、まさに暗黒の様相を呈していた。
ほんの一寸先すらも見えない完璧な闇の中に、猛獣達の息遣いや足音が混ざって聞こえてくるような気がする。
やがて闇に目を慣らしながら石の壁に手をつけて西側へと進む内に、いくつかの部屋が見つかった。
扉代わりに嵌め込まれた鉄格子の間から部屋の中を窺うと、微かに血の香りと獣臭が漂ってくる。
「・・・ここじゃないわ・・・」
確かに部屋の中には何か生物のいる気配がするが、それはトラやライオンといった"ごく普通"の獣の気配だった。
とても同じ部屋の中に、あの恐ろしいドラゴンがいるとは思えない。
だがいくつもの部屋を通り過ぎて先へと進んだ私の眼前に、突き当たりとともに最後の部屋が見えてきた。
「ここが最後ね・・・」
他の部屋と同じように鉄格子の間から部屋の中の様子を窺ってみるが、これまでと打って変わって全く生物の気配を感じ取ることができない。
試しに軽く鉄格子を押してみると、扉はいとも簡単に開いてしまった。
キイイ・・・
まるで地獄への門が開いたかのような錯覚に思わずゴクリと唾を飲み込んだものの、私は意を決するとそっと部屋の中へと身を滑り込ませていった。

部屋の中は、冷たい風の吹く外に比べて思いの外暖かかった。
真っ暗な広い部屋の中をドラゴンが入れられているだろう檻を探して手探りで歩いていく。
だがいくら探してみても、この部屋にそんな大きな檻がある様子はなかった。
部屋を間違えたのだろうか?
仕方ない・・・隣の部屋からもう一度順番に探していこう。
そう思って引き返そうとした、その時だった。
「ほう・・・これはまた美味そうな夜食の差し入れだな・・・一体どういう風の吹き回しだ・・・?」
突如背後から聞こえてきた低くくぐもった声。初めて聞いた声だが、その主の正体はすぐに想像がついた。
しまった・・・道理で檻など見つかるはずがない。
この部屋が・・・この部屋そのものが、ドラゴンの住み処になっていたのだ。
一瞬にして辺りの空気が恐怖と緊張で凍りつき、足が竦んでしまう。
恐る恐るゆっくりと背後を振り向くと、漆黒の闇の中にあの金色に輝く2つの瞳が浮かんでいた。

「あ・・・ああ・・・・・・」
瞳の動きとゴソリという音で蹲っていたドラゴンが起きる気配を感じ取り、恐ろしさのあまりにじりじりと後退さる。
「待って・・・わ、私は・・・」
カラカラに乾いた喉と口が、私の声を封じ込めていく。
誰か・・・誰か助けて・・・!
だが上げようとした悲鳴は喉の手前で掻き消され、私はその場にペタンとへたり込むとゆらゆらと近づいてくるドラゴンの瞳を凝視していた。
そして身動きできぬまま巨大な舌で頬を舐め上げられると、固く冷たい地面の上へと組敷かれてしまう。
「ひっ・・・」
「フフフ・・・よい味だ・・・お前のような娘が、なぜ夜中にこんな所へくるのだ?」
「あ、あなたに・・・お願いがあってきたんです・・・」
その言葉にドラゴンが私の顔を覗き込むと、私は恐怖にガタガタと震えながらもその瞳をじっと覗き返した。
「願いだと・・・?なぜ我がお前の願いなどを聞かねばならぬ。お前はこれから我に食われるのだぞ?」

その言葉はうら若き小さな娘を絶望に追いやるには十分なもののはずだった。
だがそれでもなお我の瞳を力強く見据える娘の様子に、思わず心を動かされてしまう。
「フン・・・まあいい。聞くだけは聞いてやろう。お前は何が望みなのだ?」
「私の兄を助けてほしいの・・・」
「なぜそんなことを我に頼む?」
我がそう尋ねると、突然娘の顔に様々な感情が溢れ出した。
怒り、悲しみ、無念、そして憎しみ・・・
そうして交じり合ったいくつもの負のうねりが、やがて涙となって娘の目から零れ落ちていく。
「兄は、皇帝の命を狙ったという濡れ衣を着せられて死刑を宣告されたわ」
自分の命も風前の灯だというのに、時折小さく嗚咽を漏らしながらも娘が必死で後を続ける。
「私に残ったたった1人の家族なのに・・・明日にはあなたに殺されてしまう・・・」
「それで己の命も顧みず、我に兄の命乞いをしにきたというのか?」
「兄のいない世界を独りで生きていくなんて私には耐えられない・・・兄が助からないのなら、私も死ぬ覚悟よ」

きっぱりとそれだけをドラゴンに告げると、私は静かに目を閉じて返答を待った。
もう私にできることは何もない。
もしこのままドラゴンに殺されてしまったとしたら、それは私も兄もそれまでの運命だったということだろう。
「・・・面白い」
「え・・・?」
「兄妹の味比べに興味がないといえば嘘になるが・・・お前のその勇気に免じて、願いは聞き届けてやろう」
兄が・・・助かる?今、ドラゴンは確かに私の願いを聞いてくれると言った。
「ほ、本当に?」
耳を疑ってそう聞き返した私に、ドラゴンが静かに囁く。
「だがもちろん、タダでとは言わぬぞ」
「私にできることなら・・・何でもするわ」
「フフフフ・・・そうか。では、服を脱ぐがいい。その身を我に捧げることが、お前の兄を助けるための条件だ」
そう言って私の上からどけたドラゴンの様子で、私はドラゴンが何を望んでいるのかを理解した。

暗くて周りは何も見えないというのに、ドラゴンの金色の瞳が服を脱ぐ私の体を見つめているのが感じられる。
兄の命を救うためとはいえこんな得体の知れない怪物に処女を奪われるという事実から、私は歯を食い縛って必死に目を背け続けた。
「い、いいわ」
身に纏っていた衣服を上も下もすっかりと脱ぎ去り、生まれたままの姿を冷たい石の地面の上へと横たえる。
それを見届けると、ドラゴンはゆっくりと私の股間へ向けてその長い首を近づけた。
ペロッ
「・・・っ!」
産まれてからまだ誰にも明かしたことのない秘裂を舌先で掬い上げられ、初めて味わう快感に身を震わせる。
「どうだ・・・?」
ペロッ・・・ピチャ・・・ペチャ・・・
「あっ・・・くっ、はぁ・・・」
徐々に秘裂から溢れ出した愛液がドラゴンの舌に触れ、唾液と混じり合っていやらしい水音を辺りに響かせた。
やがて花びらを舐めていただけの舌に力がこもり、固くしこった舌先が私の中へとじれったい侵入を始める。
「フフフフ・・・」
「はぅん・・・あぁ・・・ふぅっ・・・」
少しずつ少しずつ、未開発の膣をやわやわと押し広げるように舌先がグリグリと捻じ込まれ、私は荒い息をつきながら拳を握り締めるとさらに激しさを増していく快感に身を捩った。
時折訪れる強い刺激で膣が無意識の内に収縮し、ドラゴンの屈強な舌を締めつける。
だがザラザラとざらつくその肉塊はそんな抵抗にも怯むことなく、更にグチュグチュと卑猥な音を立てて私の最奥を蹂躙した。

「ああっ!」
嬌声とともに娘の体が一瞬ビクンと跳ね上がると、絶頂を迎えたその秘所から甘酸っぱい愛液が止めど無く溢れ出してきた。
度重なる快楽の刺激と愛撫に初めはきつかった娘の肉洞はわずかながらもその径を増し、辛うじて我の怒張を受け入れられる程度にはなったことだろう。
我は快楽の余韻に震える秘所からそっと舌を引き抜くと、ペロリと舌なめずりをして娘の顔を覗き込んだ。
「力を抜くがいい・・・苦しく感じるのは最初のうちだけだ。やがて、お前は身も心も我にまかせるようになる」
我の言葉に、娘は大きく息をつくとフッと体の力を抜いた。
その目は閉じられていたものの、我に対する恐れはほとんど消え去っているように見える。
娘の体が動かぬように両手で腰を押さえ、我はすでに十分に濡れそぼった膣へと己の肉棒を近づけていった。
チュプ・・・ズッ・・・ズズズズ・・・
「う・・・あっ・・・」
小さな肉洞が裂けぬように、我は次々と溢れ出す愛液の導くまま少しずつ娘を貫いていった。
それでも柔らかに形を変える舌とは違い、固くそそり立って膣壁を摩り下ろしていく肉棒の感触に娘が身悶える。
ズブ・・・ズブ・・・
あくまで優しく、しかし容赦なく、我は再び娘の最奥を自らのその槍で突き上げた。
ズン、ズンという体内に響く鈍い音が、少し遅れた快感と興奮になって波紋のように広がっていく。
「あっ・・・ああっ・・・!」

2度目の絶頂に向けて追い込まれていく娘の顔は真っ赤に紅潮し、その小さな体はもはや力なく我の抽送に合わせて揺すられるだけになっていた。
無意識に翻る娘の肉襞が我の肉棒を燃え上がらせ、全身から沸き立つような熱さが股間に向けて集まっていく。
「クッ・・・ウヌ・・・」
何とか射精を堪えようと満身の力を注いだものの、我は膣壁のきつい締めつけに気力を削り取られてしまった。
「ヌ、ヌア・・・ウゥ・・・こ、これ以上・・・は・・・グ、グアアアアアー!」
「あああ~っ!!」
ついに快感に耐え切れず勢いよく肉棒から放たれた精の熱さと刺激に、娘もまた限界を迎えていた。
そのままお互いに力尽き、しばらく荒くなった息を整える。
「フゥ・・・フゥ・・・だ、大丈夫か?」
「はぁ・・・は・・・ぁ・・・ええ・・・なん・・・とか・・・・・・」
娘の無事を確認し、我はゆっくりと快楽に戦慄く肉棒を引き抜いた。
精と愛液の混ざり合った白濁がゴボゴボと娘の肉洞から滴り落ち、石の地面にその跡を広げていく。
だがゆっくりと起き上がろうとした所を娘に抱きつかれ、我はその柔肌をそっと受け止めると夜が明けるまでともに眠りについた。

翌朝、私は闘技場へと続く石の扉の隙間から漏れてくる朝日の光に瞼をくすぐられて目を覚ました。
衣1つ身に着けていなかった私の体を赤い鱗に覆われた巨大なドラゴンが抱え込んでいて、ほんのりと心の落ち着く温もりを与えてくれている。
薄く眼を開けていたドラゴンは私が目覚めた気配に気付くと、私の背中に回していた腕をそっと引っ込めた。
「目覚めたのなら、早く服を着るがいい。お前のその姿は食欲をそそり過ぎるのでな・・・」
そう言って私から視線を外したドラゴンに、初めて見た時のような恐ろしさなどは微塵も感じられなかった。
急いで脱ぎ捨ててあった服を身に纏い、ドラゴンの背にそっと手をかける。
「兄を・・・お願いね・・・」
その言葉に返事はなかったものの、ドラゴンは満更でもないという様子でゴロゴロと喉を鳴らしていた。

カン・・・カキン・・・
それからしばらくすると、決闘を見に来た観衆達の声が騒音となって石室の中にまで聞こえてくるようになった。
盾と剣が打ち鳴らされる音とともに、歓声やどよめきが大波のようにコロシアムの中を駆け巡っていく。
やがてワッという一際大きな歓声とともに甲高い剣戟の音が聞こえなくなると、突然辺りがしんと静まり返った。

「諸君!静粛に!」
闘技場を挟んで反対側にあるはずの皇族席から、ドミティウスの声が微かに聞こえてくる。
「数日前、余は今立っているこの場所で、何者かに剣を投げつけられて命を狙われた」
その言葉に、観客席を埋め尽くした数万人の視線が闘技場に送り出された兄に向けて集中していることだろう。
「余に剣を投げつけた不届き者はその日の内に処刑したが、ここにもう1人、余を殺すために剣を作った男がいる」
自信と期待に満ちた様子で声高に叫ぶその皇帝の声に、ドラゴンまでもがじっと耳を傾けていた。
「それ故これまでの例にしたがい、余はその男アウルスに死刑を言い渡した」
「お兄ちゃん・・・」
「今日もまた、諸君はドラゴンの暴威を目の当たりにすることだろう!」
その言葉を合図に、闘技場へと続く石の扉がゴゴゴゴゴっという地響きを伴って左右に開いていく。
「我にまかせておけ、娘よ・・・」
ドラゴンは観客達から見えないよう物陰に姿を隠した私の方をチラリと一瞥すると、ぼそりとそう呟いてから砂塵の吹き荒れる闘技場へと出ていった。

目の前にぽっかりと口を開けた暗い石室から姿を現したドラゴンに、俺は背筋を凍りつかせた。
獲物の魂を射抜く恐ろしげな眼光、背に立ち並ぶ鋭い棘の森、銅剣どころか鋼の刃すら通さぬ堅牢な鱗・・・
何度も傍観者として観客席から眺めてきたこのドラゴンが、今度は俺の命を奪うために襲ってくるのだ。
決して信用はできないが、運良くこのドラゴンを倒すことができれば俺の罪は免除されるという。
だがそのためにと渡された銅剣と盾を持つ俺の両手は、圧倒的な敵を前にしてブルブルと震えてしまっていた。
「う・・・く、くそ・・・」
辺りを取り巻く観衆のどこからか、妹が俺の姿を見ているのだろうか?
絶対に敵わぬとわかりきった敵を前にして怯える俺を、一体どんな気持ちで見つめていることだろう・・・
なおもゆっくりと迫りくるドラゴンにジリジリと壁際に追い詰められながら、俺は2度と見ることのできぬであろう妹の顔を思い出して目に涙を浮かべた。
鋭利な爪の生えたドラゴンの右手が、ブンという音とともに逃げ場を失った俺に向けて振り下ろされる。
なぜか狙いが外れて肩を掠めた爪を辛うじてかわすと、俺はドラゴンの側面に回り込もうと飛び出した。
だがその瞬間、横薙ぎに振られていたドラゴンの尾に足を掬われて砂の地面の上へと倒れ込んでしまう。
ドスッ
そして慌てて起き上がろうとしたその時には、背中をドラゴンの巨大な足で踏みつけられていた。

「ううっ・・・あ・・・」
何とか足の下から逃れようともがいてみるが、尖った足の爪を背に押しつけられ抵抗を封じられてしまう。
少しずつ少しずつ焦らすように背に食い込んでいく爪の鈍い痛みに、俺は剣も盾も遠くに投げ捨てるとドラゴンに向かって叫んでいた。
「た、助けてくれ・・・うああっ・・・」
手足をばたつかせて悶える俺の体に、ドラゴンの尾がゆっくりと巻きつけられていく。
ああ・・・俺はこのままあの暗い石室へと連れ込まれて・・・ドラゴンに食い殺されるんだ・・・
これまで幾人もの死刑囚が辿ることになった恐ろしい運命をまざまざと思い出しながら、俺は死の恐怖にボロボロと泣いていた。
やがて手も足も口までもをその長い尾でグルグルと巻き取ると、ドラゴンがゆっくりと石室へ向かって引き返し始める。
にやけた顔で俺を見つめるドミティウスの顔が遠ざかり、俺は成す術もなく死の待つ石室の中へと引きずり込まれていった。

「お兄ちゃん!」
私はドラゴンが物陰へと降ろした兄に駆け寄ると、絶望にぐったりと弛緩したその体をゆさゆさと揺すった。
「ロ、ローリア・・・?どうしてここに・・・?」
何故ドラゴンの石室の中に私がいるのか理解できないといった様子で、兄がブンブンと頭を振る。
「話は後よ。早くここから逃げましょう」
「に、逃げるってお前・・・」
「それなら早くするのだな・・・回廊の窓から外へ飛び降りれば、守衛の目にもつかぬだろう」
その言葉に、私はドラゴンのもとへと近づくと大きな鼻先にそっと口付けをした。
「ありがとう・・・兄を助けてくれて・・・」
「フン・・・これはただの気紛れよ。さあ、我の腹が鳴らぬうちにさっさと行くがいい」
私はそう言って顔を背けたドラゴンの頬に感謝を込めてもう1度口付けすると、兄を連れて石室を後にした。

憐れな兄妹が石室から出ていくと、我は再び戻って来た心休まる静寂にそっと身を委ねていた。
「ありがとう、か・・・」
再び激しい揺れとともに閉まっていく石の扉を見つめながら、ぼそりと呟いてみる。
「美味そうな娘を逃して惜しいことをした気もするが・・・案外、それも悪くない・・・」
不思議な満足感に我は今にも空腹で鳴き出しそうな腹を抱えたまま地面の上に蹲ると、静かに目を閉じて次の獲物を辛抱強く待つことにした。


これは、血で血を洗う古代ローマ帝国の剣闘史に起こった奇跡の物語。
誰にも見咎められることなく無事にローマを脱出した2人の兄妹は、今もどこか遠く離れた見知らぬ土地で、尊い平和の祈りをドラゴンに捧げていることだろう。



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