常世の寝室2

    

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「・・・これからどうするのだ?」
ドラゴンが不安と申し訳なさを顔に滲ませながら、細々と声を絞り出す。
「奴らが見張ってるかもしれない。出かける用事があるって言ってしまったんだ」
「では、出かけるのか?」
「すぐに戻ってくるよ。目くらましにちょっと出てくるだけだ」
だが、ドラゴンは一層不安の色を濃くさせていた。
「どうかしたのか?」
「お前が出て行けば、お前のいない間奴らはここに押し入ってくるのではないか?」
ドラゴンにそう言われ、僕はハッと息を呑んだ。
しまった・・・確かに奴らならやりかねない。だが僕が出て行かなければやはり疑われてしまうだろう。
「くそっ、僕の考えが甘かった・・・どうすればいい?」
「もし私が見つかれば、お前もただでは済むまい。だが、そうかと言って他に隠れる場所もない」
ドラゴンの言葉の真意を悟り、僕は背筋に冷たい物が走るのを感じた。
「・・・強行突破する気・・・なのか・・・?」
ドラゴンがそれに答えるかのように、僕の目をジッと覗き込む。
黒水晶のように美しいドラゴンの漆黒の瞳が、それしか方法がないことを告げていた。
「・・・・・・わかった。町を突っ切って山の中まで逃げ込むんだな?」
「とても危険だぞ?奴らは私を殺すつもりだ。その私と共に逃げるということは・・・」
「わかってる。でも、もともとお前をここに引き込んだのは僕の意思だ。一緒に逃げよう」
僕は決心を固めると、ドラゴンと共にここを逃げ出す準備を始めた。

必要最低限の食料と衣服、その他の雑貨を小さめのカバンに詰めると、僕はドラゴンに目配せした。
「どうやって出て行くんだ?」
まさかドラゴンを伴ってのこのこと玄関から出て行くわけにもいかないだろう。
「私の背に乗るのだ。それなら逸れることはなかろう?」
ドラゴンはそう言うと、玄関の前で蹲り姿勢を低くした。
その肌触りのよいフサフサの背中に跨り、ドラゴンの首に腕を回す。
「しっかり掴まっておるのだぞ」
寝そべるようにしてドラゴンの背中にピタッと体を密着させると、僕はコクンと頷いた。
それを合図に、ドラゴンが扉を開けてバッと外に飛び出す。
一瞬遅れて、僕の家を見張っていた男達から声が上がった。
「ドラゴンが出てきたぞー!」
その声が消えるか消えないかの内に、にわかに周囲がざわめき出す。
「やはり見張られておったのだな」
ドラゴンは狭い路地を避けて山へと向かう大きな道を全力で走った。
背中に乗っている僕にも、自分達を狙う殺気の群れをそこら中に感じ取ることができる。

ふと後ろを振り返ると、武器を手にした数人の男達が後を追ってきていた。
その内の1人が、大きく振りかぶって手にしていた鎌を投げつけてくる。
ヒュンヒュンという恐ろしい風切り音とともに、僕達のすぐ横を鋭い鎌が放物線を描きながら通り過ぎていった。
「くそっ・・・無茶苦茶やる奴らだ・・・」
疾走するドラゴンの背に必死でしがみつきながら、農家の男達の気性の荒さに毒づく。
「前からもきたぞ」
ドラゴンにそう言われて前を向くと、左右の路地から数人の男達が飛び出して襲い掛かってきた。
振り下ろされた巨大なフォークをヒラリとかわし、ドラゴンが道を塞ぐ男達の中へと無理矢理突っ込んでいく。

怒りに身を任せた人間達が、次々と危険な何物かをこちらに投げつけてきた。
顔をしかめながら身を伏せ、鈍く光る刃物の雨をやり過ごす。
ドスッ
何とか窮地を脱すると、私は行く手を阻む人間の1人を突き飛ばして囲みを脱出することに成功した。
後はこのまま山まで辿り着けば、恐らくあの人間達も追っては来ないだろう。
「チクショウ!」
背後で、あの執拗に私を付け狙っていた男が叫ぶ声が小さく聞こえた。

背に乗せた人間の重さに耐えながら懸命に走り切り、私はついに山の麓に辿り着くことができた。
「ここまでくればもう大丈夫だろう」
私はハァハァと荒い息をつきながら、背後の人間に話しかけた。だが、返事がない。
人間は家を出るときと同じように私の背にぴったりと体をつけたまま、ピクリとも動こうとしなかった。
「どうかしたのか?」
そう言いながら後ろを振り向こうとした時、私は脇腹に何か温かいものが流れ落ちる感触があるのに気がついた。
そちらに目をやると、真っ赤な液体がポタポタと地面に水溜りを作っている。
「血・・・?」
私は慌てて、近くにあった枯れ木の根元に乗せていた人間を降ろした。
「う・・・」
苦痛に呻いた人間の背に、小振りの斧が1つ突き刺さっていた。
その痛々しい傷口から、人間の命が少しずつ溶け出している。
「まさか・・・」
不意に胸を締めつけた予感に来た道を振り返ると、真っ赤な血の跡が遥か彼方から点々と続いていた。

「しっかりするのだ!」
僕の背中に突き刺さっていた斧を抜き取ると、その傷口をドラゴンがペロリと舐める。
傷自体はそれほど深いものではないが、ドラゴンとの長い逃避行のうちに僕はすでに大量の血を失っていた。
フラフラと視界がぼやけ、時折意識がフッとなくなりかける。
もし気を失えば、恐らくそれが僕の最期になるだろう。

「ああ・・・どうすれば・・・」
私は死に瀕している人間を前にしながら、何もできずにウロウロと歩き回った。
あの時・・・暴徒と化した男達に凶器を投げつけられたときに聞こえたドスッという鈍い音・・・
私は逃げるのに必死で、背中に乗せた人間が衝撃に震えたのに気づくことができなかった。
この程度の傷なら、すぐに手当てをすれば十分に助かったはずだ。それなのに・・・
背後に延々と続く血の跡が、私の愚かさを責め苛む。
疎らに枯れ木の生えたこんな荒野と呼んでも差し支えない場所に、私はこの傷ついた人間を連れてきてしまった。
いや、そもそもこの人間は私のせいで傷を負ったのだ。もし死なせてしまえば、私が殺したのも同然になる。
この人間は、己の身が危険になるのを承知で私の命を救ってくれたというのに・・・
「う・・・ぅ・・・」
懸命に意識を保とうとしているのか、枯れ木にもたれかかったまま人間が呻いた。
「頼む・・・死ぬな・・・私のせいで死なないでくれ・・・」
「・・・い・・・」
焦燥に駆られる私の耳に、消え入るような小さな呟きが届く。
「な、何だ?よく聞こえぬ」
ドサッと地面に倒れ込んでブルブルと震える人間の口元に、私は耳を近づけた。
もう1度、ほとんど動かぬ唇の間からか細い声が漏れてくる。
「さ、寒い・・・」
致命的な失血に、人間の体を歯の根も合わぬような寒さが襲っていた。
両手で腕を抱えるようにして、人間が虚ろな瞳でガチガチと歯を鳴らしている。
私はいらぬ刺激を与えぬようにそっとその上に覆い被さると、フサフサの体毛に覆われた体で人間を包み込んだ。
「もう私にできるのはこのくらいだ・・・許してくれ・・・」

霞む視界の中に、ドラゴンの落ち着きを失った顔が映った。
その顔に、先程までの凛とした威厳など影も形も残っていない。
そこにあるのは、己の無力さに打ちひしがれたただ1匹の獣の姿だった。
フワリと体を包み込んだ暖かさに、この上もない幸せを感じる。
ああ・・・ずっとこうしていたい・・・でも、もう・・・
どう抗っても止める術のない意識の消滅が、容赦なく僕に襲いかかってくる。
一陣の冷たい山風が、ヒュウっと辺りに吹き渡った。

「う・・・うう・・・うああああああ・・・」
2度と動かなくなった人間の亡骸の上に突っ伏しながら、私は泣いていた。
いくら悔やんでも、いくら己を責めても、犯してしまった間違いを取り戻すことなどできない。
「済まぬ・・・うう・・・許してくれ・・・ゆ、許してくれ・・・・・・」
止めど無く流れ落ちる涙が、ポタポタと乾いた地面を濡らす。
「私を恨むがいい・・・呪うがいい・・・頼む・・・そんな顔で逝くな・・・」
最後の最後に与えられた温もりに緩んだ穏やかな人間の顔が、更に私の心を深く深く抉った。

私は一体いつまで泣いていたのだろう。もうどのくらい時間が経ったのかすらわからなかった。
私の命に、一体何の価値があったというのか。私がしたことといえば、己の食欲を満たすために人間を怒らせ、あまつさえ命の恩人を死に追いやっただけではないか。
もはや、私に生きていく資格などない。何がドラゴンだ。誇り高い聖なる生き物だと?
これほど野蛮で愚かで滑稽なドラゴンなど・・・う・・・くく・・・・・・
悔やんでも悔やみ切れぬ切なさが、いつまで経っても拭い去ることができなかった。
もう1度・・・もう1度この人間の元気な顔が見たい。それができるのなら、私の命など投げ出してもいい。
生き返らせることなどできるはずもない。お前に会うために、私も後を追おう。
お前は私を許せないだろう?そう言ってくれ。目を開けてそう罵ってくれ。
そうしてもらえれば、私は堕ちたドラゴンとして生きていける。
なのに・・・お前のその幸せそうな微笑が、私を切り刻むのだ。
すでに冷たくなった人間の上で、私はひたすらに祈り続けた。

「待ってたよ」
「お前は・・・」
眩いばかりの光の中で、逆光に顔が隠れた人間が私を呼んでいた。
「僕はお前を恨んでなんかいないよ。お前を助けたのは僕の意思だって言ったろ?」
「では・・・許してくれるのか・・・?こんな私を・・・」
枯れることを知らぬ涙が再び目から溢れ落ちる。
人間は息を引き取った時と同じように穏やかな笑みを浮かべながら、私の方に近づいてきた。
「泣かないでくれよ・・・苦しませてしまって悪かった・・・」
「うう・・・ぐぐぐ・・・・・・」
「さあ、もうここなら誰の邪魔も入らない。ずっと一緒に過ごそう」
そう言いながら、人間が手を差し伸べてきた。その手に導かれるままに、光の扉の中へと入っていく。

「ここは・・・まさか・・・」
目も眩むような光の扉を抜けた先は、人間の家の寝室だった。
だが、ここには邪魔なテーブルも、洋服ダンスも、私の隠れたクローゼットもない。
あるのはただ、私が人間と初めて触れ合った、そして初めて幸せを感じたあのベッドだけだった。
そのベッドに人間が潜り込む。現実世界と何も変わらぬ日常の光景。
完全にベッドに寝そべると、人間は初めて私を誘ったときと同じように布団の端を少し持ち上げた。
「ほら、入りなって」
あの時と同じ人間の言葉が、今まで胸の奥につっかえていたしこりを急激に洗い落としていった。
「う、うむ・・・」
言われるままにベッドに潜り込むと、人間が私の体を優しく抱きしめた。
「あの時の続きだね」
「ああ・・・」

数週間後、穏やかな顔で眠る人間に覆い被さるようにして、空腹に衰弱した黄色いドラゴンが息絶えていた。
辺りにはしんしんと雪が降り積もり始め、不運にも命を落とした人間と不遇に命を投げ出したドラゴンの上に少しずつ白いベールを被せていく。
もはや、彼らに気付く者はだれもいない。永久の眠りの中で永遠の安息を誓った人間とドラゴンは、静かに山の片隅に葬られていくのだった。



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