卵を求めて2

    

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時折脱走をはかる仔竜をハラハラしながら捕まえているうちに、俺はほとんど寝ることができずに朝を迎えた。1匹でも仔竜を見失えば俺の命がない。
幾分明るくなった森の中で眠気眼を擦っていた俺に、ドラゴンが口を開いた。
「私は狩りにでかける。わかっているな?」
皆まで言わなかったが、俺はその声に脅迫めいたものが込められているのをひしひしと感じた。

ドラゴンが行ってしまうと、俺は森の真ん中に4匹の仔竜とともに取り残された。
今なら逃げられるかもしれないが、ドラゴンがどこで見張っているかもわからない。
それに、仮に見つからなくても匂いでわかるのかもしれない。
しかたなく、俺は仔竜が逃げ出さないように捕まえたまま辺りに気を配った。
外敵から守るといっても、ドラゴンの子供を狙う奴がいるのだろうか?
人間にしても、卵を盗むのはわかるけど子供を狙ったという話は聞かない。
それじゃ一体・・・
「グルルルルル・・・・・・」
その時、背後で嫌な唸り声が聞こえた。猫科の猛獣が威嚇する時に発する低い獣声。
バッと後ろを振り向くと、ほんの数メートル離れた所の木の陰で大きなトラがこちらに向かって身構えている。さらにまずいことに、いつのまにか俺の手元を抜け出した仔竜が1匹トラのいる方へ向かって弱々しく這っていた。
「ま、まずい・・・」
急いで脱走した仔竜を捕まえるべく木の陰から飛び出すと、トラが驚いて飛びかかってきた。
200キロ以上ある巨体に体当たりされ、俺はあっけなく地面に押し倒された。
仔竜よりボリュームのありそうな獲物を捕らえて、トラが組み敷いた俺を見ながらペロリと舌を出す。
「う、うわああぁぁぁ・・・」
当たり前だ。素っ裸の俺が武器も持たずにどうやってトラと戦えっていうんだ。
獲物にとどめをさすべく、トラが大きく口を開けた。恐ろしい牙がいくつも並んでいるのが見える。
「く、くそーーーー!」
折角ドラゴンに見逃してもらったというのに、こんなところでトラに食われるのか。
悔しさに歯軋りしながら必死で身を捩ったが、体は全く動かせなかった。
次の瞬間、俺の弱々しい首を目掛けて凶悪な牙が振り下ろされた。

ドガッ!
恐怖にきつく目を閉じた俺の体に強烈な衝撃が走ったが、不思議と痛みは感じなかった。
体の上に圧し掛かっていた重圧が消え去り、恐る恐る目を開けてみる。
俺を組み敷いていたはずのトラが、いつのまにか近くにあった木に激しくぶつかって倒れていた。
傷ついた体をフラフラと持ち上げたトラの前に、不埒な敵に体当たりを敢行した母親のドラゴンが怒りに満ちた表情で立ちはだかる。
フラつくトラの首を掴んで地面に引き倒すと、ドラゴンはその頭を粉々に噛み砕いた。
小さな断末魔を残して、あれほど獰猛だったトラがあっさりと息絶える。
トラに組み敷かれた姿勢のままその光景を眺めていた俺は、こんな恐ろしい生物から卵を盗もうとしたのかと思って心底震えた。

トラが息絶えたのを確認すると、ドラゴンは真っ赤な血が滴った牙を覗かせながらこちらを振り向いて妖しい笑みを浮かべた。
「よく逃げ出さなかったものだな」
やはり、ドラゴンはどこからかこちらの様子をうかがっていたのだ。
もし逃げ出そうとしていればたちまち捕まって、ドラゴンの言う"恐ろしい死に方"をさせられていたことだろう。

だが、その憶測が間違っていたことはすぐにわかった。
後ろを振り向くと、ドラゴンが狩ってきた大きな鹿が2匹と大小の果物が置かれていた。
ドラゴンは、"たまたま"俺の窮地に間に合っただけなのだ。
それはつまり、俺がこれから先同じような危機に瀕したとしても、ドラゴンが助けにきてくれるとは限らないということだった。
かといってもし狙われている仔竜を見殺しにしたりすれば、今度はドラゴンに殺されることになる。
俺はこの時になって初めて、仔竜を育てることの難しさと自分が置かれている立場の危うさを再認識していた。

数分後、ようやく落ち付いた俺はドラゴンが取ってきた果物を食べながら仔竜の頭を撫で回した。
母親とよく似た尖った頭から、まだ細くて頼りない首が伸びている。
小さいながらも手足にはすでに硬い爪が生えており、腹の下から伸びた尻尾が元気よく跳ね回っていた。
巨大な母親とは比べるべくもないほど小さな体だが、すでに姿態はドラゴンそのものだ。
死ぬまで成長を続けるという蛇と同様、この仔竜達はこれから数百年という長い年月をかけて大きく育っていくのだ。
もうすでに一生分の恐ろしい体験をし、その上まだ命の危険に晒されているというのに、俺は仔竜を眺めながら何とはなしに明るい気分になっていた。

それからの1週間ほどは、特に危険な目に遭うこともなく無事に過ぎて行った。
ようやく仔竜の目が開き始め、這い回る動きにも活発さと目的意識が見て取れる。
体毛も薄っすらとだが生え始めていて、体の灰色が少し濃くなった気がした。
次第に慣れてきたもので、夜寝る時は仔竜に逃げられないように尻尾をしっかりと掴んで抱き抱える。
毎朝起きる度に恐る恐る子供の数を数えるが、今のところ仔竜が姿を消したことはなかった。
もっとも、万が一そんなことがあれば俺の命が消し飛ぶのだが。

早いもので、ドラゴンの子供を育て始めてからすでに1ヶ月が過ぎようとしていた。
幸いにしてあのトラ以来ドラゴンの子供を狙ってくるような危険な輩は姿を見せず、俺は毎晩どうやって仔竜を温めるかということに神経を使うようになっていた。
秋も深まり、次第に厳しくなる寒さに震えながら朝の訪れを首を長くして待ちわびる日が続く。
仔竜は産まれた時よりも一回り大きくなり、毛もそれなりに生え始めていた。
だが今晩も仔竜を抱いている腹は暖かかったが、露出した背中から夜風が容赦なく俺の体温を奪っていった。

私の影に怯えながらも必死で子供を守ろうとしている人間の背中を見ながら、私は自分を情けなく思った。
毎年秋から冬にかけて子供を育てるというのは、さすがに大変なことだ。
狩りに出かける時は子供が襲われないように素早く戻ってこなければならないし、夜は尻尾まで使ってしっかり抱き込んでやらないと子供が逃げ出してしまう。
私はその子育ての大変さから逃避するために、あの人間に子供を託したのだ。
だがその人間も、連日厳しくなっていく夜の冷え込みには苦心しているようだった。
しかたない・・・あの人間に体調を崩されても困るからな・・・
そう自分に言い訳すると、私は横たわったままもぞもぞと動く人間に近寄った。

フワッ・・・
突然、今まで冷たく冷やされていた背中が暖かくなる。
何事かと思って振り向くとドラゴンが俺の隣に寝そべっていて、体毛に覆われた温かくて柔らかい大きな腹を俺の背中に押し付けていた。

「黙って子供の面倒をみておれ」
声は力強かったが、そう言ったドラゴンの顔は俺から背けられていた。
人間如きを温めてやるなど、ドラゴンとしてプライドが許さないのだろう。
その微妙な心理を読み取って、俺は何か言おうとして開きかけていた口を閉じた。
とても暖かい・・・。ドラゴンの腹が波打つ度に、柔らかい毛先が背中を撫で上がりこの上ない温もりを送り込んでくる。
「あはぁぁ・・・」
その気持ちよさをもっと味わおうと、俺は知らず知らずのうちにドラゴンの腹に背中を擦りつけていた。
「む!?貴様、何のつもりだ?」
突然の刺激に驚き、ドラゴンが俺を睨みつける。
「え?い、いや、暖かくってつい・・・」
まずい・・・怒らせたのだろうか・・・?
すると、次の瞬間ドラゴンはいきなり俺の首に両腕を回してきた。
「ひっ・・・!」
一瞬殺されるのかと思って思わず身を縮める。
だが、ドラゴンは俺の体を背後から優しく抱き締めると、暖かい腹をさらにグリグリと背中に擦りつけてきた。
「フン・・・そんなによいのならいくらでも味わうがいい」
それを聞いて、俺は心の底から安堵の溜息をついた。体の前後を大小のドラゴンに挟まれて、仔竜を温めていたはずの俺が一番心地のよい温もりを感じていた。

その日から、ドラゴンは毎晩俺を背後から抱いて寝るようになった。
もしかしたら、いつもは我が子を抱いて寝るために気がついていないだけで、ドラゴンも夜の寒さに身を震わせていたのかもしれない。
5匹のドラゴンとお互いにお互いを温め合いながら、俺はいつしか夜がくるのを楽しみに待つようになっていった。

仔竜を育て始めてから1ヶ月と3週間が経とうとしていた。
朝目が覚めると、ドラゴンが何事もなかったかのように起きだし、無言のまま狩りにでかける。
仔竜達は大分大きくなったようで、足取りもしっかりとしていた。
体毛もさらに伸び、体の大きさを除けば母親のドラゴンとほとんど見かけは変わらない。
前のように勝手に辺りを這い回ることもなくなり、4匹とも俺に懐いてそばを離れることはなくなっていた。
「はは、かわいいな」
後10日もすれば、俺はドラゴンの子育てから解放されて自由になるはずだ。
だが、50日もの間必死で面倒を見ているうちに愛着がわき、俺にはこの仔竜達がまるで自分の子供のように可愛く思えてきていた。
いつものように仔竜を撫でてやると、気持ちよさそうに小さな鳴き声を上げながら仔竜が俺の手にスリつく。

ヒタ・・・ヒタ・・・
だがその時、俺は背後にまたしても危険が迫っていることには全く気がつかなかった。

突然、1匹の仔竜が何かを見て騒ぎ出した。
ひどく怯えているようで、俺も鼓動が早くなる。
仔竜が見つめている先を見ようと背後を振り返ると、低く身を屈めたトラが今にもこちらに飛びかかってこようとしているところだった。
しかも、前に襲ってきたトラよりも一回り大きい。体重は250キロ以上もあるだろう。
急いで辺りを見回すが、母親のドラゴンは遠くへ行ってしまったのか、助けにきてくれる様子はない。
「お、お前らはここにいろ!」
戦うしかない。仔竜を4匹とも大きな木の根元に集めると、俺はそばに落ちていた木の枝を掴んでトラと向き合った。
こんなものが武器になるとは思えないが、素手で立ち向かうよりはいくらかマシだ。

突然目の前に現れた人間に、トラが鼻息を荒くした。
「カロロ・・・」
喉を鳴らしながらゆっくりとトラがにじり寄ってくる。
なんとか時間を稼げばドラゴンが戻ってきてくれるかもしれない。
再び辺りに視線を走らせた瞬間、トラが不意にそのしなやかな体を跳躍させた。
「うわぁ!」
反射的に身をかわしたもののトラの鋭い爪が肩をかすり、激痛と3条の赤い筋が走る。
もし体当たりを食らって押し倒されたらそれまでだ。
その上仔竜を取られないように常にトラと仔竜の間に陣取る必要がある。
幸い傷口から血はほとんど流れなかったが、早鐘のように打ち続ける鼓動に肩が疼く。
再びトラが飛びかかってきた。今度は予測していたため、かわしながらその横腹に木の枝を叩き込む。
「グッ!」
多少のダメージはあったものの、トラは何事もなかったように着地してこちらを睨み付けた。
やはりこんな枝じゃあの大きなトラにとどめをさすことなんて無理だ。
次の手を思案しているうちに、トラが再び飛びかかってきた。
今度は正面からトラの顔に思い切り木の枝を振り下ろしてみた。
バキッという音とともに枝が途中から折れ、俺はそのまま飛びかかってきたトラの下敷きになった。
「ぐあっ!」
ずっしりと重量感のあるトラの体に押し潰され、息が詰まる。顔を殴られて怒ったトラが起き上がり、動きを封じようと両腕で俺の体を押さえつけようとしてきた。
「くそっ!この野郎!」
俺は無我夢中で手に持っていた棒キレを下から突き上げた。
折れたために鋭く先が尖った槍が、トラの柔らかい腹に何度も突き刺さる。
「グアアッ!」
ガッ
突然、頭がガツンと揺れた。俺の抵抗に耐えかねたトラの渾身のパンチを食らい、脳震盪を起こす。
ま、まずい・・・今気を失ったら・・・
視界がぼやけ意識が薄れていく中、俺は最後の力を込めて血に染まった木の枝を思い切り
トラの首筋に打ち込んだ。その瞬間、苦痛に悶えたトラに今度は反対側から頭を殴られる。
ガッという音とともに鋭い爪が皮膚を切り裂き、俺は自分の顔から血が飛び散ったのを感じたままガクッと気を失った。

数分後、3頭の鹿を獲って戻ってきたドラゴンは驚いた。
人間の上に大きなトラが覆い被さり、どちらも血に塗れている。
その人間の右手に、小さな先の尖った木の枝が握られていた。
「これは・・・」
辺りを見回すと、4匹の子供達は皆トラからは見えない安全な木の陰に避難していた。
トラを人間から引き離してみると、トラの腹と首にいくつもの傷があり、真っ赤な鮮血が滴っている。人間も体中にトラの爪跡が刻まれ、頭から血を流していた。

ペロ・・・ペロ・・・
妙なくすぐったさに、俺は突然意識が戻った。
目を開けると、ドラゴンが心配そうな眼差しで俺の顔を覗き込んでいた。
体中にかかった血はドラゴンがきれいに舐め取ってくれていたようで、肩にできた傷が生々しく浮き出ている。
「あ・・・ト、トラは?」
ドラゴンが顎で指し示した方向を見ると、首筋にできた傷から血を流しながら息絶えたトラがその巨体を横たえていた。
「よくぞ子供を守ってくれたな」
ドラゴンの顔に穏やかな笑みが浮かぶ。
ふと横を見ると、4匹の小さなドラゴン達がちょこんと並んで座っていた。
目が合うと、仔竜達が俺の腹に一斉に顔を埋め始める。皆無事でよかった。
「なあ・・・」
「ん?何だ?」
「これから先も、俺に子供を育てさせてくれないか?」
その提案に、ドラゴンがニヤリと笑った気がした。
「貴様がよければそれでも構わぬぞ」
言葉がわかるのか、仔竜達がワッとはしゃぎ出した。この子供達をもう手放したくない。
ドラゴンの返事に安心すると、俺は疲れた体を休めるために再び目を閉じた。

「やれやれ・・・子供より手のかかる人間だな」
ドラゴンはそう言うと、いつものように人間の体に抱き付いた。
仔竜達も昼寝のために人間の腹に身をスリ寄せる。
晩秋の明るい太陽の下、5匹のドラゴンと1人の人間は幸せそうな表情を浮かべたまま、森の中で心地よい眠りについたのだった。



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